クラス代表を選出する時、何故か静流は出場させられていた
SHRが終わってすぐの職員室。その日はたまたま彼女ら二人に担当する授業がないため、職員室で溜まった仕事を消化することになる。
そのデスク上で千冬は座るとすぐに盛大なため息を漏らす。
(………やってしまった)
昔から彼女はそうだった。男に対して過度な期待をすることが多く、さらに言えば口が悪い。いくら時間が迫っていたからと言って静流に対してあの言い方はないと思った。
「大丈夫ですか、織斑先生」
「………大丈夫です……が」
「舞崎君、ですか」
真耶の言葉に千冬は頷く。
今回のクラス代表決めに、千冬は静流を決闘を出すかどうかで迷った。
確かに静流は素人で、おそらくセシリアとまともに戦うことすら無理だろう。だが―――
(だがアイツなら―――)
千冬は一夏と静流に決定的な差があることを理解していた。
一夏は直情型でほとんどが勘で行動することがある。だが静流は冷静で空気が読める。だからこそ、
(だからこそ、あの試合に出て空気を知る必要がある)
ISでの実際行われるものがどんなものか。セシリアとの戦いで自分本来のスタイルを確立してほしいと思ったいた。
静流は普段のISの表舞台だけじゃない。それによってできた裏を見て来た。そして千冬はそれに立ち会っていたからこそ、今の静流には感謝と尊敬の念を持っている。
(………できれば、舞崎にはそのままでいてもらいたい)
千冬がそう思っていると、真耶が千冬に声をかける。
「織斑先生、学園長が部屋に来るようにと言っていましたよ」
「……何?」
千冬は席を立ち、職員室とは別の部屋にある学園長室へと足を運ぶ。
ドアをノックし、返事を聞いてから「失礼します」と言って部屋に入る。
「お待ちしておりました、織斑先生」
椅子に座る初老の女性がそう言いながら席を立ち、千冬に応接用に準備されたソファーに座るように促した。
千冬はソファーに座ると、どうやらあらかじめ用意していた麦茶を持って来て、千冬の前に渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
千冬はそれをいただく。その女性―――学園長も席に座り、話を切り出した。
「先程、学園上層部から通達がありました。専用機は織斑一夏の方に渡せ、と」
「………そうですか」
自分の弟に渡されるので本来なら喜んでいいのだが、千冬は浮かない顔をする。学園長はそれが気になって尋ねた。
「喜ばれないのですね。嬉しくないのですか」
「実力で選ばれたわけではありませんからね。それに―――」
———それに、一夏よりも舞崎の方が良いだろうに。
学園長はその気持ちに気付いたのか、笑みを浮かべながら言った。
「他人の恋愛事情に口を出す気はありませんが、不祥事は困りますので彼が卒業してからにしてくださいね」
「ちょっ、それってどういうことですか!?」
「違いましたか? てっきり織斑先生が舞崎君に惚れたのかと」
「そういうことはありませんよ。ただ、舞崎の方があの機体を上手く扱えるのではないかと思っていただけです」
一夏に渡される機体のことを知っている千冬がそう言うと、学園長は目を丸くする。しばらくすると笑い始めた彼女に対して千冬は怒った。
「何ですか、いきなり」
「いえ。……意外だったんです。あなたがそうやって他人を贔屓するなんて」
「………それは学園長があの時の舞崎しか知らないだけですよ。今の舞崎はまともです」
「……そうでしょうね。聞いた話では、彼はちゃんとクラスに溶け込もうとしているとか。これも織斑君の………いえ、篠ノ之さんのおかげでしょうね。彼女が彼と交友関係を持っていたからこそ、舞崎君はクラスに溶け込もうとしている」
学園長の言葉に千冬は「そうですね」と答える。
実際、千冬もそう言う意味でも箒に感謝していた。以前から交流があることは知っていたが、ああも仲良さげに話しているとは。
(………いや、褒めるべきは舞崎の方か)
千冬にとって小学生の時の箒は自分と同じ―――あまり友達が作れないタイプだと思っていた。だが今では好いている一夏ではなく、静流という別の友人もいるのだ。当時の状況はわからないが、おそらくは―――
(舞崎の方から話したか)
そう思うと、自分の心配は杞憂かもしれないと思い始める。
———そんなことはないというのに
3時間目が終わると同時に一夏の周りに人が集まりだす。朝も何人かが一夏に話しかけており、それがきっかけで行動に出たのだろう。中には有料の整理券を配っている物もいた。
一夏としては箒と話がしたかったが、その肝心な本気は既に席を離れた後だった。
「……舞崎、少しいいか?」
「……ん?」
寝ようとしていた静流を箒は起こす。少々不機嫌そうだった静流だが、話しかけて来た相手が箒と知るや顔を上げた。
「何かな?」
「……さっきのことを、謝ろうと思って」
静流はそれを聞いて呆然としたが、やがて笑った。
「何がおかしい」
「いやいや、別にそんなことは何も思っちゃいないよ。それに僕自身、心が救われた気がしたしね。………もしかして、この二時間ずっとそんなことを気にしてたの?」
「あ、ああ」
「気にしなくていいのに。それに織斑先生の言う通りでもあるからね。流石に織斑君の推薦だけじゃ、是が非でも取り下げてもらうつもりだったけど―――」
———パンッ!!
どこからともなくそんな音を聞いた静流と箒は前を見る。前の方では何故か目力だけですべてを支配できそうなオーラを放つ千冬がいた。
「休み時間は終わりだ。散れ」
まるで蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく生徒たち。それを見た二人は少しばかり唖然とした。
「篠ノ之さんも、ほら」
「……そ、そうだな」
最後辺りになったが、実際はまだ休み時間なので特に注意されなかった。
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
「………へ?」
「学園で専用機を用意するとのことだ」
「え……えっと……」
どうやら一夏はまだわかっていないらしい。一夏は静流の方を見るが、まだ休み時間と言うこともあって静流は突っ伏していた。
「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」
周りがそう騒ぎ始めているというのに、一夏はどうして羨ましいのかを理解していなかった。
「舞崎、教科書6ページを音読しろ」
「『ISすべてにはISの心臓とも言えるISコアというものが必要であり、その技術は全く開示されていません。現在確認されているISコアは467個で、それはすべて篠ノ之束博士に作られたもので、完全なブラックボックスとなっているため未だに他の国では作れない状況にあり、世界各国にある企業や機関では数少ないコアをやりくりして研究、開発、訓練を行っています』」
「……それはお前がまとめたものか?」
「まとめたものをさらに思い出しながら言ってました。あ、もしかして「コアを取引することはアラスカ条約の第7項に抵触するから禁止」ってところも言うべきでした?」
それを聞いた千冬は完全に「間違えた」と思った。
「そうか。……まぁつまりはそういうことだ。本来なら専用機は国家もしくは企業に所属する人間にしか与えられない。が、織斑の場合は状況が状況だからデータ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」
「……な、なんとなく……」
千冬は心の底から後悔していた。弟の勉強不足であることを悔やむのもそうだが、自分に専用機を渡す権限がないこともそれに含まれる。
「じゃ、じゃあ、静……舞崎に専用機がないのですか?」
「ああ。発覚した時期、そして順番から織斑の方を優先された。悪いな、舞崎」
「いえ、お気になさらず」
そう言って静流は時間も時間だからか、勉強を始める。
すると一夏の二つ後ろに座る生徒が手を挙げて質問した。
「あの、先生。篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」
千冬はそれを聞いて一度箒の方を見る。箒も千冬の方を見て真意を理解したのか、頷いて答えた。
「そうだ。篠ノ之はアイツの妹だ」
瞬間、教室は騒がしくなる。そして彼女らは席を立ちあがり、一瞬で箒の所へと迫った。
「そこまでだ!」
それを断ち切るように千冬は大声を出し、動きを止める。
「で、でも先生―――」
「でも、何だ? 仮に貴様らの家族に天才がいて、そいつが失踪したとしよう。常にそいつと連絡を取っていないかと聞かれ、学生生活に支障をきたされたらどう思う。私が今日ばらしたのは、いずれ知られることだからだ。好奇心だけで騒ぐのは止めろ。いいな」
「……はい」
一人が返事すると、波紋が広がるように周りの生徒も同じように返事をする。そして千冬は真耶に授業を始めさせた。
昼休みになるとすぐにセシリアが一夏の所へと早速向かう。
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」
食堂に行って食事にしようとしていた一夏は突然のことに思考が付いて行かず、間の抜けた返事をしてしまう。
その頃、箒の所へ一人の生徒が向かっていた。先程千冬に箒のことで質問したその少女は箒に対して興味というよりも―――
「あの、篠ノ之さん。さっきはごめんね」
どうやら下手すれば騒ぎになっていたことを謝りに来たらしい。
「………ええと」
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は
「…よ、よろしく。……その、さっきのことはあまり気にしなくていい。織斑先生が鎮めてくれたし、私の姓も姓だからな。ISに興味を持っている以上、気になるのは仕方がないだろう」
そうスラスラと言えていることに箒が驚いていた。
(これも、舞崎のおかげか)
そう思いながら静流の席を見るが、既に席を立ったのか誰もいなかった。
その視線に気付いたらしい鷹月静寐は箒に言った。
「もしかして、舞崎君のことが気になるの?」
「………うむ。変かもしれないが、私にとって舞崎は恩人だからな」
「……お、恩人?」
そこまで重い話だと思わなかった静寐は驚く。するといつの間にいたのか、静寐の隣からのほほーんとした声が箒の耳に届いた。
「ねぇねぇ、マッキーが恩人ってどういうこと~?」
「……お前は?」
「
「………し、しののん!?」
それを聞いた静寐はフォローを入れた。
「どうやらこの子、他人にあだ名をつけて呼ぶタイプみたいなの」
「……そ、そうなのか……」
初めて見るタイプだということもあり箒は臆するが、静流と出会った時も似たような感じだったことも思い出して「そういうものだ」と納得する。
「それでそれで、マッキーが恩人ってどういうこと~?」
「……話せば長くなる。少し待て」
箒は一夏とセシリアが話をしているのを確認しつつそう言い、二人の方に行く。
「オルコット、もうそこまでにしてやってはどうだ? 仮にも今は昼食を取る時間であり、他にも休み時間もある。続きはまた別の機会にしてやってくれ」
「あら、篠ノ之さん。そう言えばあなた、篠ノ之博士の妹なんですってね」
「ああ。生憎それだけだ。残念ながら必要な情報を取れるとは思わないことだ」
するとセシリアは箒の目を見て恐怖を覚えて怯む。というのも箒は一見すれば何もない風に見えるが、その実そのことに触れられたことで目が笑っていないのである。流石の一夏もそんな箒に対して少し恐怖を抱いた。
「ま、まあ、どちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」
そう言ってセシリアはどこかに行く。それを見届けるつもりは元からないのか、離れたのを確認した箒はすぐさま言った。
「一夏。共に食堂に行かないか? 静流はもう行っているようだぞ」
「何だって!? 一緒に食堂に行こうと思ったのに……」
「おそらくオルコットを避けたのだろうな。言っては悪いがあの手は正直私も苦手だ」
そう言った箒は先に行き、静寐と本音、そして一夏は彼女の後に付いて行った。
一方その頃、静流の方はと言うと半円形の形をした複数座れる席に一人で座り、黙々と食事を取っている。行儀が悪い事を承知で本を読んでいる。
周りは空いているその部分に座りたいと思うが、静流に声が掛けずらいこともあって敬遠されていた。それからしばらくして箒たちが訪れ、各々の食事を受け取って空いている静流の席へと向かう。
「静流、一緒に座っていいか?」
「………いいよ」
静流はお盆を持って立ち上がり、少し離れて一夏たちに指示をする。
「君たち二人はさっき僕が座っていたところから。織斑君は左から真ん中に入って。そして篠ノ之さんが入って行って、その隣に僕が座るよ。あ、君たち二人はじゃんけんして決めてね。流石にそれで喧嘩別れしても責任取れないけど」
「「「………………」」」
箒は知っているが他の三人はわかりやすい指示に戸惑いを見せる。
「どうしたの?」
「いや、急に指示をしたと思ったらわかりやすい指示が飛んで来たから……」
「意外だろう? 舞崎はよくそれで裏委員長とか呼ばれていた。一部には裏番とか言われていたな」
「それはただ囃していただけだよ。僕はそういう大層な存在じゃない」
箒が着席しながらそう言ったこともあり、場所が空いたので静流はそこに座った。
「そういえばさ、静流。ISのこと教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何もできずに負けそうだ」
「普通はそうなんだけどね。だって織斑君だって素人でしょ? 相手は経験者なんだし」
「それはそうなんだけどさ……」
「じゃあ、篠ノ之さんに教えてもらえば?」
「何!?」
驚いたような顔をする箒に、静流は小さな声で言った。
「これはチャンスだよ。こういう時を狙って接近しないと気が付いたら別の子と引っ付いている、なんて洒落にならないでしょ?」
「……そ、それはそうだが」
その様子を見ていた本音は囃すように言った。
「ねぇねぇ、マッキーとしののんって仲いいけど、付き合ってるの~?」
「ちょっ、本音!?」
急だったことで静寐はそう注意するように言ったが、それでも年頃の女子であり、どうやら気になるようだ。
「残念ながら。それに今はそういうのに興味を持てるほど、余裕なんてないしね」
「そうなんだ~」
静流たちがそんなことを話していると隣では箒たちがISのことを話していた。
「……仕方ない。舞崎も今度の試合に向けて頑張っているんだ。私が―――」
「———ねぇ! 君って噂の子でしょ?」
箒が承諾しようとしていると、誰かが一夏に声をかける。全員が驚いてそっちを見ると、赤いリボンをしている生徒だった。
IS学園は学年によってリボンやネクタイの色が決まっており、今期1年の生徒は青を、2年は黄、3年は赤となっていた。つまり彼女は3年生という事になる。
「はあ、たぶん」
一夏は噂に興味がない……というよりも気にする余裕がないため微妙な返事をする。
「代表候補生と勝負するって聞いたけど、ほんと?」
「はい、そうですけど」
それを聞いた4人は一斉に恐る恐る静流を見るが、先程のテンションはどこに行ったのか、今は大人しく食事をしていた。
「でも君、素人だよね? IS稼働時間はどれくらい?」
「……えっと、20分くらいだったかと」
「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がモノをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く300時間はやってるわよ」
だが一夏はどれくらい凄いのかわからないのでイマイチその時間にピンと来ていなかった。
「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて」
それを聞いた一夏は驚き、その三年生を見る。知識の豊富さなどを考え、もしかしたらと思っていたところに思わぬ横槍が入った。
「結構です。私が教えることになっていますので」
まさか一年生が出て来ると思わなかったようで、三年生は表面上は笑顔を見せながらも箒を見下す視線を向ける。
「あなたも一年生でしょ? 私は三年生。私の方が上手く教えられると思うなぁ」
「私は、篠ノ之束の妹ですから。なので結構です」
するとその三年生は顔を青くし、
「そ、そう。それなら仕方ないわね」
そう言って逃げるように去る。
その様子を見ていた静流は特に何も言わずにいたが、静寐と本音は何とも言えない視線を箒に向けた。
「笑いたければ笑え。私はそれだけのことをした」
そう言った箒はそのまま食事を続ける。静流は早めに食べ終わったため食器を片付けて席を立つ際に言った。
「でもまぁ、ありがとう。さっきの、僕のためでしょ?」
「———!? きょ、去年は世話になったからだ」
その言葉に静流は小さく笑い、席を立って食器を片付けに行った。
「なぁ、箒。本当に教えてくれるのか?」
「言ってしまった以上は、な。それに、舞崎とやるよりも同室なのだから効率も良いだろう」
「そ、そうだな!」
そしてこの後、彼らは腕試しという事で剣道場に行くことになるのだが、それが思わぬ展開になるなどまだ誰も予想していなかった。