「わかりました。ではよろしくお願いします」
そう言って俺は電話を切りガッツポーズをした。
交渉の席は設けることに設定した……が、
「デュノア社長とはフランス時間でこれから3日後に会うことになりました。なので先にドイツに行きたいと思います」
「ドイツに続いてフランス旅行だなんて……パスポート持ち歩いてて良かった!!」
「………」
「………はぁ」
幸い、あのジジイは先にドイツに行くようにとセッティングしてくれているので予定通りだ。
「………舞崎、何故貴様らがドイツに行くことになっている?」
「お前の……っていうか軍の監視だな。あと証言」
「…証言?」
「俺も意味わからんシステムと戦ったからその証言して来いってよ。巻き込まれたんだからそれくらいしろってな」
乗り込みながらそう説明してやる。
今回乗るのはIS学園が所有するVIP用のジェット機だがジャンボじゃない。というか、小型機に近い。
それに俺とボーデヴィッヒ、そして戸高満に武藤さんが護衛として同行する形となっている。だがまぁ、ここは空気を読んでボーデヴィッヒと同室になるが。
護衛と言っても人が襲って来ることはないだろうし、来ても俺が率先して出るから何の問題もない。
「俺とこいつでこっちの部屋を使うので仲良くどうぞ」
「是非そうさせてもらうよ」
「待て。それはあまりにも非効率的な―――」
「大丈夫。襲ってきたら四肢を捥いでおくから」
ぶっちゃけた話、護衛なんてあまり必要ない。だが狙われてややこしいことになったら面倒なので2人程同行してもらっているのだ。他国にいるって言っても日本の国家代表と問題起こしたくないだろうし。
ドアを閉めて鍵もかけると、普通にしているボーデヴィッヒに突っ込みを入れた。
「全く嫌がらないんだな」
「……私も、貴様と話がしたかったからな」
俺は近付いて自分とボーデヴィッヒの額に手を当てる。
「何だ?」
「……熱はなさそうだな」
「私は元気だが?」
「いや、あんな気持ち悪いことを言われたら誰だって正気を疑うだろ」
今まで殺し合いに近いことをしていたし。
「………まぁな」
「……ま、少しはマシになったみたいだからついでに言っておくが、俺は織斑千冬とは確かに同室だがあくまでも暴走の危険性があるからだ」
「……暴走?」
「まぁ、ISの方に少しばかり異常があってな。詳細は省くが戦闘力が高い織斑千冬と一緒にしておけば大丈夫という下らない理由からだ。それに年上には興味ないしな」
どうせなら年下の方が良い。……もしかして、クロエに惚れたのは背が低かったからか?
「ともかく、お前が考えているようなことは一切ない。というかそんな趣味はない」
「………教官は綺麗だと思うが?」
「まぁ、それなりにだが………色々と致命的だから女性としては見れねえよ」
未だに女性に家事をすることを求める男性は多いだろうしな。
「ま、自分を助けてくれた奴に入れ込む気持ちは理解できるが精々恩師程度と思っておけよ」
「………お前にはそういうのはいたのか?」
「一応な。殺されたけど」
祖父母がそれにあたるだろうけど。
「にしても、随分と大人しくなったな。あの時の殺意はどこ行った?」
「………今思えば、私は随分と馬鹿なことをしたと思う。勝負は最初に戦った時に着いていたというのにな」
「あれだけ訓練をこなしてきたのに素人に負けると思ったら気持ちはわからなくもない。……ま、今は大人しく寝ていろ」
「…そうだな。言葉に甘えさせてもらう」
そう言ってボーデヴィッヒはシャワーを浴びる準備をし始めた。……ここだけ聞けば俺たちが淫らな関係と取られるだろうが、残念ながら俺個人はボーデヴィッヒに対してそんな感情は抱いていない。………ほとんど同じ体型をしてたクロエのことが好きな時点で色々と終わっているかもしれないがな。
場所は変わってドイツ軍本部。ボーデヴィッヒだけは別室に移動させられて俺たちは待合室みたいなところで待機していた。
そこで俺はあくびをしていると、武藤さんに注意される。
「あまり姿勢を崩さない方がいい。君のことを観察している人間がいる」
「だったらさせておけよ。俺は別に構わないしな」
「………こっちが構うんだがな」
日本人として存外な振る舞いはしてほしくないってことだろうか? 俺個人としてはあんな奴らと同列として扱われることを考えると吐き気がするのだがな。
なんて考えていると、気配が1つ……いや、先頭を歩いている奴のせいで気付くのが遅れたがあと1人いるな。
「初めまして、ミスター舞崎。こんなところに何の用かしら?」
「………誰だアンタ」
「私? 私はドイツの国家代表をしているデボラ・グラウンよ。で、こっちがあなたのクラスメイトの部下のクラリッサ・ハルフォーフ。まぁ、もしかしたらクラスメイト「だった」になるかもしれないけどねぇ」
突然現れた女性が威圧感を出しながらそんな発言をする。
「まぁ当然と言えば当然か。ドイツ軍の少佐があんな危険なシステムを持ち歩いていたとなれば問題だしねぇ」
「………あれってそれほどのモノだったのか」
「そうさ」
「……だとすれば期待外れだな」
思わずため息を吐くと、他の奴らが信じられないという顔をした。
「どういうことかしら?」
「悲しいことに、ほかの国の代表はあれ以下なんだろう? だとしたら、操縦者として大成したところで虚しいだけだから、やっぱり当初の目的通り適当に卒業しようかなって思っただけだ」
さて、調味料としては十分かな。
ところで武藤さん、固まってないで落ち着こうぜ。この程度の相手ならアンタでも倒せるだろ。
「………いい度胸じゃない。あなたがそれを言うに値する人間か、今から試してあげるわ」
「……何で?」
「ISでよ! 偽物ごときを倒しただけで天狗になってるあなたを叩きのめしてあげるわ!」
………ああ、この人もそういう人種か。
何でわざわざISなんかで戦おうとするのだろうね。
「雑魚発言乙」
「は?」
「本当に俺と戦いたいというなら生身で来いよ。IS使ってとか甘ちゃんか? いや、甘ちゃんか。生憎だが俺は、そんなクソつまらない物を使って戦うつもりはない。何よりも―――ISなんて使ってそいつ単体の実力なんてわかるわけなんだからさ。そんな簡単なことすらわからないんだったらもう一度生まれなおしてくれば?」
にしても、武藤さんが無理やり俺を押さえつけようとしているけど土下座する気ないよ。それに、今更土下座したところで時すでに遅いしね。
案の定というか俺の狙い通りというか、デボラという女は俺に生身で戦うと宣言した。
■■■
その頃、ラウラは1人でドイツ軍の統括者であり右目に眼帯をしているレイング・ブラッド・クロニクルと対面していた。
「……では、搭載されていたことすら知らなかった……と?」
「はい」
そう返事するが、ラウラは怯えきっている。相手は軍の代表でもあるが、何よりも何か見えない力で封じられている感触すら感じるのだ。
「………そうか。やはり知らなかったか」
「はい。VTシステムの存在は私も認識しています」
「だな。私も理解するよう、あのようなグロいものを見せたかいはあった」
VTシステムの使用は一切禁じられているが、軍をはじめとするIS操縦者育成機関を担っている場所ではVTシステムの使用を禁じることを知らせることを国家代表や左官には見せることは義務付けられている。使用を禁じているからこその対処法の1つとして使っているのだ
「処分は追って伝える。なに、心配するな。君のここ最近の活躍ぶりは聞いている。VTシステムの使用は厳禁のためかなりの処分は下されるだろうが、現階級を下げるようなことはしない」
「…! ……ありがとう……ございます」
一礼するラウラに対してレイングはかなり複雑そうな顔を向けるが、聞こえてきた音に立ち上がった。
「……やれやれ。老体がいる時に暴れてくれるとはな。どこのどいつだ…?」
「総統、ここは私が」
「…いや、私も行こう」
実際、ラウラは嬉しく思えた。レイングはラウラにとって憧れの1人だからだ。
2人は総統室から出て少し移動すると、2人が激しく移動しているのを視界に捉える。その2人を確認したラウラは冷や汗を流した。
「な、何をしている!?」
「あ、ボーデヴィッヒ。話終わった?」
避けながらラウラの方を向いて確認する静流は隣を歩いていたレイングを確認すると笑みを浮かべた。
「あ、ごめん。そこのおっさん、ちょっとこの雑魚すぐに倒すから止まってて」
言うや否や静流は攻撃を続けるデボラの懐に蹴りを入れて飛ばした。
「………貴様、何者だ?」
「……舞崎静流。男性操縦者でそいつのせいでタッグマッチを負けにされたって説明すれば理解できる?」
「そのための仕返しに我が国の代表を潰したというのか?」
「違う違う。その豚がちょっとウザかったから実力でねじ伏せただけ。それよりも今はアンタだオッサン。俺と戦え」
唐突だった。静流が後ろから殴られて無理矢理土下座させられた。
「すみませんクロニクル総統! この男は少々馬鹿でして……ほら舞崎君、君からも謝りなさい」
「……クロニクル?」
レイングは静流から放たれている気配の質が変わったことに気付いた。そしてそれはラウラも同様であり、すぐに止めに入る。
「待て舞崎! この方はこれまでのどの人間よりも強い! お前が相手にした誰よりもだ!」
「………クロエ・クロニクル。この言葉にアンタは何か覚えがあるか? あるなら、俺と戦え」
そこからは素早かった。
数歩前に行っていたラウラを越し、サーベルを抜いて静流に突く。静流はその突きを回避したが、頬から血を流していた。
「…………聞かせてもらおうか。その話を」
「そうだな。たっぷり聞かせてやるぜ。………ただし、俺の欲求を満たしてからだ」
静流はトンファーを出して構える。
「君、今回の件はくれぐれも内密に」
「……くれぐれも、彼が希少な存在だということを忘れないでください」
正勝は耳打ちするとレイングは頷いて静流に仕掛けた。
■■■
ここまでは概ね計算通りだった。
何らかの方法でここのボスを出して、織斑先生に対する土産であるボーデヴィッヒを軽い処分で済ますように交渉する。誰でもよかったが、最初に国家代表が出てきてくれたのはありがたかった。
「中々の動きだな、少年。将来が楽しみだ」
「オッサンこそ、年の割に動く。しかも技は素早い上に力強いと来た」
防刃グローブで受け流しつつ、警戒を怠らない。というか、実力で言えばあの轡木の爺を越えているか同等だろう。
俺は久々に会えた強敵に、そしてそれがクロエの関係者であることに喜びを感じて興奮する。しかも、かなりの歳だろうに俺同様壁を走れると来た。まったく、場所を選ばずに戦えるというのはこんなにも嬉しいとは。
片方のトンファーで受け止めても対応が間に合わないほどのサーベル捌きに後れを取った俺はかなりの力で弾き飛ばされる。
「やれやれ……あの娘をこの程度の男のために送る羽目にやるとは……ワシの目も衰えたものよ」
「………期待外れで悪かったな。……まぁ、確かにアンタにゃトンファーごときで相手にしたのは失礼だったな」
結局、あのトンファーは最近使い始めた付け焼刃でしかない。だから俺はトンファーのホルダーを闘技場らしき場所の端に投げ捨てた。
「日本に住まう鬼として、アンタには敬意を表そう。誇っていい。アンタは俺を完全に本気にさせた」
……60%、か。
昔、俺は全身の骨を折ったことがある。俺自身が未熟者だったからというのはあるだろうが、あのクソ兄貴曰く俺の全力は体に大きな負担をかけるらしい。俺の骨折は高速道路から落ちたことよりも疲労骨折の方のようだ。もちろん、俺はそれで全力を出すことにトラウマを持ったということはなかった。ただ、相手の情報を引き出すことや今の俺の状況を考えて、60%ぐらいが妥当と判断しただけだ。
ちなみに、俺が「僕」と言っていたことや丁寧に接していたのはそういう訓練をしていただけであり、本気を出せばボディービルダーを潰すことは容易だった。
「さて、第2ラウンドの開幕だ」
俺は地面を蹴ってジジイに接近した。
■■■
レイングが織斑千冬の出身国から来た男と戦っているという情報は駐在していたドイツ軍人にすぐに知れ渡り、ほぼ全員がその様子を観ていたが、誰もが後に口を揃えて同じことを言った。「人間同士の戦いを超越している」と。
それもそうだろう。残像すらその身一つで出す2人の戦いだ。誰もが冷や汗をかく。
確かにISでも技術が進めばそれくらいのことはできるだろうが、2人はどちらもISを使用していないのだ。
レイングがサーベルを振り下ろす。その衝撃で風が巻き起こるが静流はひるまずに突っ込み、レイングのサーベルを折ろうとするがあと一歩及ばず回避される。その状態からレイングはサーベルでの連続攻撃を行うが、静流は捌いて回避をするのだ。
そのような拮抗状態から、レイングが懐から出したナイフを投げた。
―――!?
予想していなかった静流は回避するも、肩など一部食らってしまった―――はずだった。
「何っ!?」
レイングが驚くのも無理はない。確かにダメージを負った静流が怯まずに飛んで足で攻撃してきたのだから。
咄嗟に身を下げるレイング。だがそれは知っている者にとっては悪手であり、すぐさま脳天に踵落としをしたのだから。
―――エアリアルオーガ
それが静流の二つ名であり、全盛期を知る者たちは揃って言う。「まるで奴はゲームのキャラのようだ」と。
それは静流が重力が存在する世界の中でも少しの間だけ滞空し、様々なアクションをこなして敵を潰していくからであり、これまで名の通った不良たちは次々と静流に対して決闘を行った者はすべて潰されていった。そういう意味では高間晴文が静流に課した訓練はある意味では実っていただろう。もしこれまで通り不良としての生活を静流が送っていた場合、とあるイギリスの代表候補生は間違いなく初日で潰されていたからだ。
特に静流には悪癖が存在する。それは―――
静流は怯んだレイングを蹴り上げて姿を消す。だがあくまで高速で移動しているだけで消えたわけではないが、あまりの速さに目が追い付いているのはほんの数人だけだった。
―――ガッ!!!
その内の1人であるレイングは攻撃しようとした静流の動きを止めた。眼帯は外れており、そこからは金色の瞳が顕わになっている。
「本来ならこの瞳は対IS用を想定していたのだが、まさか人間である君に使うことになるとは―――」
「………これだから……これだから生身の戦いは止められないな」
―――静流の悪癖、それは戦いが楽しすぎるあまり目的を忘れるということだ
「食らいな、
捕まった両手を少し引き、心臓マッサージをするように押して衝撃を起こしてレイングを吹き飛ばした。
壁に叩きつけられたレイング。静流は着地し笑みを浮かばせた。
「………あのオタの癖が付いてしまったか」
どこか残念そうに言う静流だが、顔は笑ったままだった。
ということで大半の人が予想していたと思いますが、見事にやらかしました。
……まぁ、クロエが初期に出てきていた時点で察していた人は察していたかもしれませんが。