「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインが良いの!」
「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。 特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」
頭の中で今日行われるテストのことを考えていると、そんな会話が聞こえてきた。廊下にいる俺にそんな会話が聞こえてくるということは、どうやら奴らは廊下側の端で話をしているらしい。
(そういえば、今日からISスーツを申請できるんだったな)
俺には関係ないことなのでとっくに忘れていたが。
ちなみにISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達するスーツらしい。それを装備していたら小口径拳銃の銃弾程度ならば完全に受け止めることができるらしい。……その前に動きを合わせて掴めばいいだろうというのが俺の談だ。もっとも、いざって時のためにあの研究所で作られたオーダーメイドのISスーツを着ているが。
教室の中に入ると、俺の前の席で女子が集まって密談していた。
「ねぇ、聞いた? あの話」
「聞いた聞いた」
「学年別トーナメントで優勝すれば、織斑君と付き合えるって話でしょ?」
……また変な噂が流れているみたいだな。
まったく、女というものは変な噂が好きなようだ。そして100%、本人に聞いていない。
内心ため息を吐きながら今日の放課後に行われるテストに備えようと椅子を引くと、揃って肩を震わせた。
「ま、舞崎!? いつからそこに……」
「さっきだよ。ここは俺の席だからいてもおかしくはないだろ」
聞かれたくないなら、別の場所で噂を流せよ。
「……まさか、さっきの話も―――」
「もちろん、バッチリ」
そう言うといきなりつかみかかってきた。
「忘れなさい! 今すぐ!」
「むしろどうでも良いがな。そんな下らない噂でも流しているんだったら、もっと有意義な会話でもしてろよ」
にしても全然怖くない。IS学園の女のレベルは低すぎて話にならないな。
しばらく教本とにらめっこしていると、クラスの空気が変わった。
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
俺の同居人にして、1年1組の担任である織斑千冬が現れた。そう言えば、あの女と戦って前は負けたが、今はどうだろうか。元々使い慣れていないトンファーだったから、生身だと勝てるかどうか知っておきたいんだがな。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。それぞれのISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れるな。忘れた場合は学校指定の水着で訓練を受けてもらうが、それすらも忘れたら下着でしてもらうことになるので、晒し者にされたくなければ忘れるな」
まぁ、忘れたら取りに帰るくらいはしてもらいたいものだ。下着姿で出て来られたら、間違いなく俺は警察に連絡する。
(……そういえば、学校指定の水着や体操服って紺色スクール水着にブルマなんだよな)
とある引きオタ変態ストーカーがそれを知れば、彼女に強要しそうだと思った。というか、未だにあれに彼女がいるなんて信じられん。
「では山田先生、続きを」
「はい」
すると山田先生はどこか嬉しそうに……というか楽しそうな顔をして教壇に上がった。
「今日はなんと転校生を紹介します! しかも2名です!」
俺は驚くよりも早く耳を塞いだ。窓ガラスがカタカタと音を立てていることから、おそらくみんな大声を出しているからだと推測できる。
(そもそも、何でクラス分けねえの?)
普通、同時期に転校生が来るなら別々に分けるはずだ。もしその転校生が専用機持ちならばなおのこと。特に1組は俺を含めて既に3人の専用機持ちが存在している。そろそろ他のクラスだって欲しいだろう。
叫び終わったのか、ドアが開かれて2人が入ってくる。その内の1人を見て俺は思わず立ち上がった。
「……どうした、舞崎」
「…………いえ、何でもありません」
座りながらも、俺の思考はパニックになっていた。いや、ちょ、どういうことだ? 何でクロエがここにいる? アイツは殺されたんじゃないのか? と、そんな思考がグルグルと回る。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
簡潔な自己紹介が行われる。今はそんなことはどうでもいい。早くもう片方の自己紹介を―――
「え? 男?」
……男?
わけがわからない。金髪はどう見ても女だろう。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を―――」
案の定と言うべきか、女子たちは騒ぎ始めた。
「男子! 3人目の男子! しかもこのクラスに!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれて良かったー!!」
―――ガンッ!!
思いっきり机を蹴り上げて空気を壊した。
「「黙れ」」
ん? 今声が重ならなかったか? と思ったら織斑先生も同じ風にしていた。
全く。高が男が来ただけで鬱陶しい。俺から見れば女だがな。後でズボン脱がすか。
「皆さんお静かに! まだ自己紹介が終わってませんから!」
今この状態において金髪はどうでもいい。問題はもう片方の方だ。
もし銀髪の名前が「クロエ」ならば抱き着く。あと授業をサボってでも仔細を聞き出す。
「………」
話せよ! 黙るなよ! というかさっさとしろよ!
にしても、あの黒眼帯は映画に出てきそうだな。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
………ラウ、ラ? クロエじゃなくて?
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは「先生」と呼べ」
「了解しました」
いや、待て。もしかしたら姓が「クロニクル」かもしれな―――
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
最後の希望が潰えた瞬間だった。よし、頭を切り替えて勉強しよう。
教科書を持って続きを頭に叩き込んでいると、前方では乾いた音が響いたので教科書を下げる。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
………クロエはそんなことは言わないから、これは確定だな。
内心ホッとしながら、俺は再び教科書を上げる。前の方で変なやり取りがされているが関係なさそうだ。
その後、織斑先生からの指示が終わって俺たちは行動に出た。金髪? 知らんな。
「遅い!」
持って来た教科書を読んでいると、前の方で織斑先生が叫んでいる。そして1発が鳴り響いているところを聞くに、織斑がまた余計なことを考えていたのかもしれない。
気にせずに本を読み続けていると、後ろの方で音が響いた。さっきからオルコットと凰が騒いでいたので、それだろう。
「それと舞崎、今すぐ本を読むを止めろ」
「……………はいはい」
「はいは一度だ!」
「うーい」
怠いので適当に返事して、本をウエストポーチにしまう。ちなみに午前中にぶっ通してIS訓練を行うので水分補給は各自自由に取っておけだそうだ。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「「「はい!」」」
しっかし、大人数だな。これだけの数がいれば流石に練習相手にはなるだろう。
「まずは戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。凰! オルコット!」
「な、何故わたくしまで!?」
「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」
ぶつくさと文句を言いながら前に出る2人。だが、織斑先生が何か言ったことで突然やる気を出した。
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まぁ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
どうせ織斑に関して耳打ちしたんだろうな。わかりやすい。
「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。それはこっちのセリフ。返り討ちよ」
「慌てるな馬鹿共。対戦相手は―――」
すると上の方で何から風が切るような音がする。
俺はすぐに打鉄を展開して飛翔。飛んでくる奴の顔を掴んで止めた。
「あ、ありがとうございます!」
「何をしている。そんな体たらくだから生徒に舐められる」
「は、はい……」
本当にわかっているのか、この女は。
とはいえここでこれ以上話していても無駄なだけだ。
「さて、お前たち2人は山田先生と戦ってもらう」
「え? あの、2対1で……?」
「いや、流石にそれは……」
「安心しろ。さっきのは少し計算外だったが、お前たちならすぐ負ける」
その挑発は効いたようで、2人はすぐさま戦闘態勢を取った。
「では、はじめ!」
号令を聞いた3人は飛翔する。俺はハイパーセンサーのみを展開して試合観戦をすることにした。
「手加減はしませんわ!」
「覚悟しなさい!」
「い、行きます!」
……とりあえず、山田先生が勝つことに賭けよう。機体スペックはブルー・ティアーズ、甲龍の方が上だが、ラファール・リヴァイヴの場合は―――
「さて、今の間に……デュノア、山田先生が使用しているISの解説をしてみせろ」
「あ、はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最高後期の機体でありながら、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発の物でありながら世界第三位のシェアを持ち、七か国でライセンス生産、十二か国で正式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと
言うなれば、俺が装備している打鉄とは違って一番手、遊撃、後詰めなど、装備に制限がない。打鉄の場合は「撃鉄」という長距離狙撃パッケージが存在するが、実のところ単機での攻撃力は低すぎたりする。……よく俺は教員や所属不明機を潰せたな、と今更ながら知った時は驚いていた。
などと考えていると、第三世代機チームは山田先生に負けた。
「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」
「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」
「り、鈴さんこそ! 無駄にバカスカと衝撃砲を討つからいけないのですわ!」
「こっちのセリフよ! 何ですぐにビットを出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」
「……………連携取れていない時点でどっちもどっちだろ」
わざと聞こえるように言ってやると、どちらも俺を睨んでくる。
「舞崎の言う通りだな。舞崎、本来ならこの2人はどのように動くべきだったか指摘してみろ」
「まず、最初の時点で山田先生の機動パターンの解析。その後に凰を前衛、オルコットは狙撃を中心にビットを2基展開した後、狙撃とビットの連携で武装の破壊をメインとした牽制。その間に凰は手数で攻めて考える隙を与えさせないようにする。それで撃破できなければ単純な実力不足じゃないんですか? 基本、俺のスタイルは相手の精神から全身を折っていくものなのでよくわかりませんが」
山田先生が悲鳴を上げる。そんなことで悲鳴を上げなくてもって思うのは俺だけだろうか。
「まぁ、最後の大目に見てやろう。さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」
じゃあ、あの5人は俺以下ってことになるのか? 大した連携を取らずに負けていたが。
「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、舞崎、凰だな。専用機持ちを含めた8人のグループで実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちが担当しろ。では分かれろ」
だと言うのに、女子は一直線に織斑とデュノアの方に移動した。
「織斑君、一緒に頑張ろう!」
「わかんないところ教えて~」
「デュノア君の操縦技術、見たいなぁ」
「ね、ね、私も良いよね? 同じグループに入れて!」
…………あいつらは自殺志願者か? わざわざ暴力教師の前にそんな醜態をさらすなど、ただの無謀だ。
ただまぁ、こればかりは暴力を振るったところで自業自得だろう。
「この馬鹿者共が……出席番号順に1人ずつ各グループに入れ! 次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンドをひたすら走らせてやるからな!」
すぐさまグループに分かれる女たち。
「最初からそうしろ」
まったくもってその通りだ。無駄だと思って抗うなど愚の骨頂だというのに。
「………やったぁ。織斑君と同じ班。名字のおかげね」
「……うー、セシリアかぁ……。さっきぼろ負けしてたし…はぁ……」
「凰さん、よろしくね。後で織斑君のお話し聞かせてよ」
「デュノア君、わからないことがあったら何でも聞いてね! ちなみに私はフリーだよ!」
「はぁ。まさか舞崎と同じクラスだなんて……ついてないわ……」
俺だってこんなお遊戯をやらされる羽目になったんだから付いていないと言っても過言じゃねえな。
ちなみにボーデヴィッヒの所は全くと良いほど会話をしていない。あの小さい体からとんでもないプレッシャーが放たれているからだろう。しまいに「俗物が!」とでも言いそうだな。あの人、眼帯してないけど。
「ええと、いいですかー。これから訓練機を1班1機取りに来てください。数は打鉄とラファール・リヴァイヴがそれぞれ3機ずつです。好きな方を班で決めてくださいね」
……一応、聞いておくか。
「んで、どっちがいいんだ?」
「どっちでもいいわよ。さっさと取りに行きなさいよ」
俺を睨みながら、胸が大きい金髪がそう言った。ため息を吐いて残っているのを取りに行く……つもりで向かったらまだどっちも残っていたのでラファール・リヴァイヴをもらっていくことにした。
「―――いってぇ!? な、何だ何だ!?」
どこかで馬鹿が騒いでいるが、気にせずそのまま運んでおく。………意外と重いが運べない程ではないな。
確か、2組もいるんだっけ。他の班は1組からしそうだから、ここは2組からしておくか。
「じゃあ、この班は2組からやる。まず誰がやる?」
だが一切の無視される。いや、ここは指定した方が良いのか?
「………じゃあ、悪いけどそこのアンタ、先にやってくれない?」
そう言って指定したのはさっきの金髪巨乳だった。
「は? 何でアタシがやらないといけないの? っていうかさ、アンタ男のくせに生意気なのよ。それに前にうちのクラス代表をボコっておいてよく平然と―――」
ウザくなった俺は、その女を殴り飛ばした。
さて、殴り飛ばされた女子は一体誰でしょう?