第21話 ただ、自分を鍛えるために……
「舞崎、大丈夫か?」
部屋に帰ると、織斑先生が俺を見て尋ねてくる。
今、俺の目は腫れていて、頭に包帯が巻かれている。
「ああ。なんとか倒したが、むと……知り合いに「これ以上は戦うのを禁止」って言われて帰ってきた」
「お前が内閣府のSP育成部門に出入りしているのは知っている。あそこはそこまで無茶なことはしていないと聞いたが?」
「全員に喧嘩を売った。それだけだ」
それだけ言うと俺は着替えを持って風呂に入る。身体を一通り洗って出ると、心配そうに織斑先生は俺を見ていた。
「気にするな。俺は気にしない」
「いや、だからと言ってこれは流石にやり過ぎだろう!? アイツらは一体何を考えている!?」
「俺が頼んだんだ。本気で殺しにかかってこいってな」
頼んだ、というよりも喧嘩を売ったが。
しかし、改めて俺がいた世界がちっぽけだと思い知らされた。世の中には強い奴らがたくさんいる。それは認めざる得ない。……もっとも、認めてなかったのかと聞かれれば首を横に振るがな。
「本当に大丈夫なのか? その、何か手伝いぐらいするぞ」
「……別に必要ねえよ。技術を取られて織斑の方に転用されても困るしな」
そう言うと言葉に詰まる織斑先生だが、俺は構わず寝ることにした。
IS学園の女は弱すぎて話にならない。それはすぐにわかった。
唯一耐えていたのはダリル・ケイシーと言う女だが、ルールをなんでもありに変えた瞬間に胸をこすらせたら周りが騒がしくなったのでそれを潰すことから始めた位である。
「何で本命の総合格闘部があんなに雑魚揃いなんだ……」
思わずそう呟いたほどだ。
総合格闘部は言うまでもなく打撃や絞め技などなんでもあり……なのだが、IS操縦者を育成する機関の生徒であるというのにほとんどが在籍していない。全部で15人程度だった。あまりにも少なすぎて笑えた。
次に剣道部に言って、入部したい旨を伝えると竹刀を渡されて部一番の生徒と戦うことになった。制服でということだったので遠慮なく竹刀を持つと、何故か降参した。後から篠ノ之に聞くと、竹刀は20㎏の重さの物だったらしく、持てない俺を見て笑おうと企んでいたようだ………が、俺は日頃から鍛えていたのでそれくらい余裕で振り回せるので軽く振り、挙句竹刀で遊んでいたのを見て全員が肝を冷やしたらしい。それくらいで肝を冷やすなよ。俺が知る変態引きニートなんてな、近くにあった鉄球で球速100㎞を出したんだぞ。それに比べたら温い温い。それも含めて後から思い出したんだが、引きニートが完成間近のプラモを持ってきて作っていたのを見たいじめっ子が遊んで壊したらしい。持って来たのが悪いと言えばそれまでなんだが、奴にしてみればかなり大事なものだったらしく、教卓で腕を折りかける寸前だったようだ。それに切れたいじめっ子が轡木を誘拐。人質にして呼び出し、殴ろうと陸上部から拝借した鉄球を使い、罠を仕掛けた。ドアを開けたら飛んでくる仕組みの奴である。それをあの引きニートは受け止めてプロ野球顔負けの綺麗なフォームで投球。IS技術のおかげで顔にぶつけられた奴の顔は元に戻ったが、100㎞のスピードで食らったのが鉄球なので、当時は顔が陥没したそうだ。おそらく股間を殴られた忍者に苦無を投げられて後頭部に刺さっても死ななかった男のように骨が丈夫だったんだろう。
―――閑話休題
続いて訪れたのは柔道部。俺は柔道のルールを全く知らず、知っているのは例の投げ方ぐらいだ。まぁ、何をしたのかと言うと案の定入部テストというのを受けた。IS学園は比較的に体型が綺麗な奴がほとんどだが、強そうなオーラを放っていた……のだが、おそらく柔道のように払って倒すタイプの技には弱いと思ったのだろう………うん。そうだろうな。これも後から知ったんだが、大外刈りという技で倒そうとしたらしいのだが、逆に返してやると首を痛めたそうだ。そして敵討ちと言わんばかりに現れた女生徒に某推理マンガで見た一本背負いをすると、つい離してしまい、壁に背中が叩きつけられたそうだ。
さらに空手部に行って顔面を殴ったら動かなくなり、陸上部に行ったら短距離、長距離どちらも勝利し、ついには運動部の全部活が出禁となってしまった。まだテニス部とか向かったら案の定出禁である。
それを伝えると武藤さんは引き笑いをしていたが、自分が育った場所に連れて行ってくれた。そこで10人いたが辛くも勝利を納めたのだが……
「……まさか、ここまでだとは思わなかった」
辛勝なのにそんなことを言われても、何の自慢にもならないと思う。
そして翌週、俺は武藤さんに怪しげな場所を紹介された。
「………ここは?」
「聞いたことぐらいはあるだろう。地下闘技場だ」
「……そんなところに高校生を連れて行っていいのでしょうかね?」
「おそらくダメだろう。……だが、それはあくまで10年前の話だ。ところで君は格闘技は見るのか?」
「………見ませんね。というか、見たことがありません」
ボクシングのリングのような場所を見ながら記憶を漁る。古い動画でならあるが、最近はオリンピック以外では全く見ない。
「女性優遇制度が出てからというもの、女性の強さを誇示させるためか喧嘩まがいのボクシングなどの放送は全面禁止となった。実際、ボクシングの試合会場も数が限られているし、それらは大抵女性が優先される。それに関してはよく言われるよ。政府はどうして男の自由を奪うようなことをしたのか、ってね」
まぁ、ボクシングをしている女性ってあまりいないイメージがあるほどだしな。
「それ故に、地下闘技場が男性の憩いの場として提供され始めた、と」
「過激なものと、そうでないものが別になるようになったが、地下に潜ってからというもの過激じゃないの基準が武器を使うか使わないかになってしまってな」
観客席から中心の闘技場が見える。真ん中では怖そうな奴が弱い者いじめをしているようだ。
「やれ! やれ!」
「雑魚を蹴散らしてしまえ!」
うわぁ。流石は地下と言ったところか。
レフェリーが割って入り、試合が中断。そして判決で怖そうな顔をした男の勝利となった。
「なるほど。過激じゃない方はヤバいと思ったらレフェリーが止めるのか」
「ああ。殺しが発覚したら流石に問題なんでね」
「そうか。まぁどちらにしても俺はもう1つの方にするよ」
俺がしたいのは命のやり取り。そうでもしなければあのジジイを倒すことはまず不可能だろう。
「止めておいた方が良い。もう1つの方では選手生命が容易に絶たれるのはよくあることだ。君がそんなことになったら―――」
「そうでもしなければジジイに勝てねえ。そんなのは俺自身が許せねえよ」
「ジジイ……まさか、轡木十蔵に会ったのか?」
何故だから知らないけど、武藤さんは顔を青くする。
「だったら尚更止めておいた方が良い。あの人は化け物だ」
「………なら、その人に勝ったら俺が強者の証拠になるだろ」
そうなればもう、容易に俺に攻撃してくる奴なんていなくなる。さらに言えば俺はIS操縦者だ。俺を恐れ、平伏す奴らが多くなる。そうなればもう……俺をどうこうしようと考える奴らは出て来なくなる。そしたら……俺は真の意味で自由だ。
「だからこそ、こんなところで尻込みしているわけには行かないんだよ! やるなら過激の方だ! そうじゃなければこんなところに来た意味はない!」
「………随分と軽視してくれるじゃねえか」
思わず説得することに夢中になっていたらしい。俺は後ろを振り向くと、さっきの怖い顔をした男が立っていた。
「おいガキ、さっきから随分と俺たちを舐めた発言してくれたな。そんなにテメェは強いのか?」
よく見れば、周りは俺を睨んでいる。どうやらさっきの発言をよく思っていないようだ。
「そうだな。少なくとも、弱い者いじめして楽しんでいるアンタよりかは」
「なにぃ?」
「おい! ………すまない。彼はまだあなたの実力を知らないんだ。だから大目に見てやってくれないか?」
武藤さんが慌てて謝るように言った。
「ほう。なら、ここで社会勉強をしていくのも一興だよなぁ?」
「待ってくれ。彼は世界にとって重要人物だ。怪我をさせてもらっては困る」
「……………」
武藤さんの言葉を聞きながら、俺は考えていた。
仮にこのおっさんの実力があんなものじゃなかったとしたら? ならば、少なくとも女共が弱すぎて鈍った身体を起すことはできるのでは? 流石にあのジジイ程のオーラは感じられないが、それでも幾分かマシだろ。
そう考えた俺は挑発した。
「おっさん、強いの?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」
「雑魚」
「………ほう?」
はい、単細胞。まぁ、雑魚で単細胞の織斑よりかはマシか。
「すまない。彼は―――」
「じゃあ、俺のリハビリの相手をしてよ」
「ちょっと待て! 勝手なことを―――ましてや相手はこの闘技場のチャンピオンでもあるんだぞ!? そんな人をいきなり相手をするなんて!?」
「ここに連れて来たってことは、遅かれ早かれこのおっさんと戦わせるってことだろ。だったら早い方が良い」
「……まぁ、そうだが。確かに君は強いかもしれないが、だからと言って彼を……過激の方でも上位に食い入る強者といきなり戦う必要は―――」
武藤さんはさらに顔を青くした。たぶん、俺が「良い獲物を見つけた」とでも言いたげに笑っているからだろうな。
服を着替えた俺は、オープンフィンガーグローブとヘッドギア、マウスピースを装着してリングに上がる。
「待ったぞガキ。精々俺の攻撃に耐えるんだな」
「………はいはい。期待しないで待っておくよ」
開始のゴングが鳴り、男は先にジョブを打って来た。それを回避したが今度はラッシュ。それも回避した俺は左手を上げて挑発した。
「もっと本気出せよ。止まって見えるぜ」
「そうかい。なら様子見はもう良いなァ!!」
動きが早くなった。一気に距離を詰め、俺を殴ってくる。回避したつもりだったが、かすってしまった。そしてその回数は次第に多くなる。
「どうした! 様子見ばっかしてると倒れちまうぞ!」
「なるほど。この場で戦って勝利を納めるくらいには強いようだが、その程度か」
とか言いながら、結構合格ラインに届いていると思うがな。流石は男。学園の雑魚豚共と全然違う。
そのことに喜びを感じた俺は思わず笑みをこぼしてしまう。それをどうとったのか、男は切れて殺意をむき出しにした。
「上等じゃねえか。だったらテメェを殺してやらぁ!!」
―――へぇ
俺はすぐに勝負をつけることにした。
まず男の股間を蹴り、その勢いのまま空中に飛ばす。
「俺を殺す……?」
次はロープ。伸縮性のあるそれに乗って、跳んだ。
「なら殺してみろよ」
空中で体を捻って蹴り飛ばす。
「生きてたらの……話だがな!!」
マットに着地。10.00は軽いな。
「……あー、生きてる?」
返事はない。ただの屍のようだ。
しかし俺自身に驚いた。生身じゃほとんど負けたことがないからそれなりに強いと思ってたけど、60㎏はありそうな奴を場外に蹴り飛ばすとは。
レフェリーが男に触れると、大きく叫んだ。
「きゅ、救急車!!!」
この後、武藤さんに怒られたことは言うまでもない。
「まったく。君と言う人間は手加減を知らないのか!」
「いや、向こうが殺すって言ったから………」
だから本気で相手して潰れただけなのに。
口を尖らせていると、武藤さんの電話が鳴った。
「もしもし。……そうか。わかった」
簡単に終わらせて電話を切る。一体何だったのだろうか?
「先程、さっきの人が意識を取り戻したそうだ」
「何だ。てっきり死んだかと思った」
思いっきり椅子と激突しているから無い話ではないだろう。
「少しは悪いと思わなかったのか?」
「全然。だけどまぁ、それなりには楽しめたし、リハビリにはなったかな」
………だけどまだ足りない。あのジジイを倒して強さを証明しないと……。
「君はどうしてそこまで強さを求めるんだ?」
武藤さんがそんな質問をしてくる。俺は一度嘆息して口を開いた。
「これ以上、失いたくないからな。俺を倒すこと自体が無駄だとすれば、余計な血は流れないだろ」
ただしこの場合、敵は含む気ないがな。
しばらく黙った武藤さんだが、やがて昼飯時だと言うことで近くにあった定食屋に入ることにした。五反田食堂ってところらしいが、武藤さんのお気に入りの店らしい。
中に入ると若い店員がいて、テーブル席に案内してくれた。
「注文は何にしますか?」
「私はカレイの煮つけで」
「………じゃあこの、肉野菜ハチニー炒めデラックスと付属の白米を大盛りで」
「わ、わかりました………」
店員は驚きながらも注文を取り、伝えに行く。
「良いのかい? どう見てもボリュームがありそうだけど」
「別にこれくらい普通ですよ。色恋にうつつを抜かしているバカ女共じゃないんだし」
織斑先生と同居している利点の1つでは、たくさん食べても引かれないし怒られない点にある。食堂のおばちゃんはたくさん食うと嬉しがるが、何故か知らないが生徒や教員は切れるんだよな。食事くらいたくさん食べさせろよ。
「……やっぱり、あそこでは苦労しているのかい?」
「そりゃあもう。雑魚はわめくしゴミはうるさいし。食事はたくさん食うなだの、周りのことを考えろだの、何度か寮の窓諸共海に叩き落としたい衝動に駆られましたよ」
「………よく耐えてるね」
「その件だけで、勲章はいただきたいほどです」
我慢勲章なんてあれば、の話だが。
苦笑いする武藤さん。すると先に食事が運ばれてきた。
「カレイの煮つけです。もう1つの方はもう少し待ってね」
「わかりました」
女尊男卑になってから、店員でも相手が男なら見下す奴がいるというのに、ここはそうでもないようだ。……案外、外面が良いかもしれないだけとかかもしれないが。
「では先にいただくとしよう」
「そうしてください。俺はもう一つの方が楽しみなので」
ボリュームがある食事が来るのを今か今かと楽しみにしていると、店の入り口が開いた。女の子が現れた。
「お母さん、お兄たち呼んで来たよ」
「そう? じゃあ蘭は先に食べちゃって」
「はーい」
そう言ってあらかじめ用意されていたらしい食事があるところに女の子は座る。しかし何故か不機嫌の様だ。
暇だったこともあって適当に眺めていると、女の子と目が合った。向こうが会釈してきたので、こちらも軽く会釈すると……何故か殺気が飛ばされた。
「お待ちどうさま。注文の品を持ってきました」
そう言われて俺の前に肉が大量に入った皿とごはんが入った茶碗が置かれる。俺はその量に思わず目を輝かせた。
「あの男、どうやらあの量に挑戦するらしいぞ」
「食い終わったら我々の拳を思い知らせるか」
「蘭ちゃんとアイコンタクトを取った罪、贖わせてくれるわ」
「無様にげろを吐いてのたうちまわるといい」
おやおや、物騒な連中もいたもんだ。
気にせずに俺はご飯を一口、そして肉と野菜を口に放り込む。かなり美味しくて噛みながら楽しんでいると、引き戸が開かれた。
「うげ」
「ん?」
……うん?
どこかで聞いたことがある声がした。
「何? 何か問題でもあるの? あるならお兄だけで外で食べても良いよ」
「聞いたか一夏。今の優しさにあふれた言葉。泣けてきちまうぜ」
……いち、か?
俺はゆっくりと首を回す。そこには、俺が見知った顔があった。
「し、静流!?」
「!!!??! 織斑、どうしてここに?!」
外出先で偶然出会ったが、せめて出会うのは篠ノ之の方が良かったと思うのは、彼女との付き合いが長いからだろう。そんなことをふと、思った。
エアリアルオーガ……その名前の由来は、空中戦である。
ということで、第2章です。次回がどんな展開になるか、お楽しみに……。
どうでも良い呟きでしょうが、旧版の蘭より新版の蘭の方が可愛いし、弾は大人っぽい気がします。しかし機体は……