『テスト終了。舞崎君、指定位置にISを待機させてください』
「わかりました」
トレーニングルームに現れた台座が指定位置らしく、ハイパーセンサーからの情報を頼りに着地する。
今日は研究所での最終日であり、本来なら2日休みのはずが休日出勤を強いられる研究員たちに申し訳ないと思いつつも僕はISを着地した。昨日からPICの設定をマニュアルへと変更させて練習しているけど、それなりに慣れてきた。
打鉄から降りた僕はトレーニングルームを出るとクロエがキメラと一緒に近付いてくる。
「お疲れ様です、マスター」
「ありがとう」
持っているボトルを受け取って水分を補給する。
「いやぁ、助かりました。ここで開発したはいいですが、肝心のIS操縦者がいなくて困っていたんです」
「いえ。こちらもIS操縦の訓練ができたので。むしろありがたいですよ」
僕らは今日、ここを立つ。その準備は既に終えていて、夕方に来る迎えを待つ間に開発した装備のテストを行っていた。
一度シャワーを浴びさせてもらおうと思いながら、僕ら3人は所長室へと向かっている。
「しかし、もう1週間ですか。早いものですねぇ」
「確かに。この一週間は本当に色々ありましたね」
一番の収穫はクロエを一緒に連れていけることだろう。彼女は知識の宝庫と言っても過言ではないほど、僕にISのことを色々と教えてくれた。それに、可愛い。できることなら一生監禁して外の空気を吸わせたくない。それほど彼女には感謝している。キメラを自分の胸に抱いて静かに喜んでいる様はまさに絵になる。
「今こそ、私が用意したナース服が必要になる瞬間だと思うのですが」
「やっぱりそういう意図だったんですね」
「そうです。ちなみに白衣は同じ用途で使う物です」
「それは間違ってますよね!?」
キメラの一件があってからだろう。僕ら男性の心の距離は縮まっていた。
「ところで、よく職員がクロエの同行を認めてくれましたね」
「確かに当初はそう言った反発はありましたが、「あなた方は舞崎君と同じロリコンなんですね」と言うと大人しくなりました。それにここは既婚者が多いですからね。浮気すれば即離婚です」
「それもそうだ。じゃあ、彼女の今後の人生はちゃんと世話しますよ」
僕と結婚……は難しいだろう。できればそこまで行きたいなって思うけど。
せめてちゃんとした人と結婚してもらいたいと思う。
「ははは。その言い方だと、まるであなた自身は彼女に興味がないようですね」
「他の男に渡すとなると、まず僕に勝てるかどうかですよね」
「一気にハードル上がりましたね」
それは僕も思った。一応、これでもかつては3つの中学の番を張っていたほどだ。
(僕が織斑君並のイケメンなら、少しは自信を持てたかもしれないけど………あ、無理か)
どっちしても後ろ盾が無いから無理か。
内心笑っていると、僕らがいた場所が揺れた。
「地震……」
「いえ、これは……お二人とも、今すぐこちらに―――」
―――ドォンッ!!
後方で爆発。僕はトンファーを出すと、さっきまで僕が纏っていた打鉄が現れた―――操縦者と共に。
「……どうして」
「所長。あなたは殺しません。私の目的は―――その男です!!」
―――ドォンッ!!
今度は別の場所!?
ともかく僕は壁に回避して飛び上がる。
「やっぱり、あなたは女権団ですか」
所長秘書にそう言うと、僕は左トンファーをガンモードにして撃った。
だけど秘書はそれを回避してクロエに接近―――しかしそれはキメラの炎で相殺された。
「不用意に攻撃するとは、どうやらその女はただの肉塊としか思っていないようですね」
「クロエ、逃げろ!」
近接ブレード《葵》を展開した秘書は僕に斬りかかる。僕はそれを回避して再びクロエがいる場所へと移動する。
「すばしっこいですね!」
「僕の取り柄の一つですから」
クロエは僕の近くにいて離れない。
「僕のことはいい! 早くそいつと共に逃げて!」
「ですが―――」
「君に死なれることが困るんだ!!」
少し迷ったらしいクロエは、ようやくそこから離れて逃げ始める。
秘書は最初から僕にしか興味がないようで、僕の方に集中する。
「この、ちょこまかと!!」
横薙ぎ、縦裂き、次々と僕に迫る。それを何とか回避していくと、通信が入ったのか秘書は顔を逸らした。そして怪しげに笑う。
僕の背筋に悪寒が通る。すると、足元から炎が上がった。
―――させない!!
■■■
その車の中はとても静まっていた。
同乗している運転手の武藤正勝、そしてその隣に座る更識楯無はどうすればいいのかと思っている。原因は2人の後ろの座っている人物だ。
「私は聞いてなかったんだけどね、どうして君が乗っているんだい? 織斑千冬」
「私もお前がいるとは知らなかったがな、戸高」
にらみ合う二人。それぞれが殺気をむき出しにしているため、前にいる二人にとって溜まったものではない。
先程のセリフも研究所が近くなってきたことでようやく絞り出したほどで、どれだけお互いがお互いを嫌っているのかを正勝と楯無は十分に理解した。
比較的大きな研究所が見えてくると、いち早く異変を察知した満が窓を開けてそこから飛び出し、ISを展開して正勝に通信を送る。
『何か異常が起こっているみたいです。先行します』
「お願いします、戸高代表」
『………こういう状態でも、名前で呼んでくれてもいいのに』
楯無も千冬も満を見習って同じように飛び出していった。
満は先行して様子を伺う。
研究所は半壊しており、火の手が燃え上がっている。少し離れた場所ではISが展開されており、満に気付いた狙撃手が撃って来た。
「舐めるなよ……私を!」
日本に限らず各国に存在する国家代表は多くても3人。モンド・グロッソでは大体2人をトーナメントに選出し、一人はどちらかが体調不良などで欠席した場合の補欠として扱われる。楯無の場合はその補欠部分に該当し、満は2人の内の1人となる。それ故かなりの戦闘力を持っており、敵のように素人に近い射撃など回避することなど造作もない。
「こちら戸高、襲撃グループと思われる一団を確認した。これより制圧を開始する」
『了解しました。織斑と更識は施設内の生存者を探してくれ』
『了解した』
『わかりました』
正勝の指示に2人が返事を返す。満は下に降りようとした時、誰かが外に出てきたのを確認した。
「織斑、そっちに舞崎君を確認した」
■■■
目を覚ました僕は、奇跡的に五体満足でいることを確認してすぐにクロエを探す。
辺りはほとんどが破壊されていて、それを見るたびに僕の中で不安がよぎる。
(お願い……お願いだから、絶対に無事でいて……)
藁にもすがる思いとはまさにこのことだろう。外に出ると、辺りは燃えていた。
不安に駆られながら、それでも僕は探し回った。絶対にいる。必ず生きていると信じながら。
―――でも、現実は非常だった
あるものを踏んだ僕は、恐る恐るそれを確認する。見つけたのは見覚えのあるドッグタグだった。
まだシステムが生きていて、どうやらさっき踏んだ時に起動して名前が出ている状態だった。
―――クロエ・クロニクル
そのタグの持ち主の名前が刻まれている。でも僕は―――
「……まだ……まだなんだ………」
生きてる。そう思って辺りを探し回る。
どれだけ移動したんだろう。気が付けば、僕はまた研究所の入り口に移動していた。
「舞崎!」
聞き覚えのある声。でも誰の声だったか思い出せない。
「舞崎!!」
急に触られる。僕は反射的にその手を払うと、もう一度掴まれた。もう一度抵抗して振り払い、相手を見るとそこにいるのは意外な人物だった。
「織斑先生、どうしてここに……?」
「迎えの車に同乗していてな。何か騒ぎがあったようだから急行するとこの様だ。いずれ救援も来る。それまでひとまとめに―――」
「女の子は見ませんでしたか!? 銀色の髪をした女の子なんです! その子は―――」
「……どういうことだ?」
何故か織斑先生は職員を睨みつける。そしてため息を吐いてどこかに通信すると少し言いにくそうな顔をした。
「先程、更識にも確認を取ったが、どうやら見ていないようだ」
「………そう………ですか」
………何で……僕に専用機がないんだろう。あればこんな風に……クロエが死ぬことなんてなかったのに。
(…………………ああ、そうか)
結局、やっぱり、この世を支配するのは力ってことか。
―――僕は……いや、俺は甘かったんだ
生身さえ強ければどうにかなる。そう思っていたけど違う。結局は暴力。ISが無ければ、その人の主張は通らない。あの女たちの主張が通るのはそういうことだろう。
―――欲しい?
どこからか声が聞こえる。どこかわからないけど、僕は右を向いた。
そこには黒い髪の、クロエと同じくらいの少女がいた。
「………何が?」
「あなたの力。あなただけの力が……欲しい?」
段々と、段々と近付いてくる少女。僕は不思議と嫌悪感を示さなかった。
「………欲しい」
「その力を持ったら、どうするの………?」
―――そんなの決まってる
「潰す」
「何を?」
「女を。そして思い出させてやる。―――所詮、女は男に付き従う生き物ということを」
「………そう。じゃあ、これを使って」
少女は僕にクリスタルを渡して消えた。僕はそれを握ると急に光り始めてすべて理解した。
―――今宵、僕は俺に成る。たった一人の男を潰すために燻らせたもう一つの姿を見せてやる
■■■
その頃、上空では満がまだ戦闘を続けていた。
いくら彼女の技量が高くとも、相手は連携で満を戦闘不能にしているので苦戦を強いられている。
「死ね! 裏切り者!」
「国家代表のくせに男に恋をするなど!」
迫る近接ブレードを脚部に仕込んでいるナイフで受け止めて抑え込もうとするが、もう一人のせいで上手く抑えることができない。抑え込んでいた女から離脱して体勢を立て直そうとするとハイパーセンサーに警告が入る。
【警告!所属不明ISが接近! 警告!】
逃げ出すよりも早く、その機体が現れる。
「また増えるのか………」
「……下がっていろ」
「その声、まさか―――」
―――舞崎君?
声をかけようとした満。だがその前に目の前の機体はいなくなり、接近してきていたブレードを持つ打鉄とすれ違い、反転した。
「なっ、何だお前は―――」
「―――消えろ」
メイスが展開され、折れたブレードを持つ打鉄の操縦者の頭部にぶつけ、
「こんのぉおおお!!」
アサルトライフル《焔備》を撃ちながら近づいてくるラファール・リヴァイヴの操縦者にメイスを投げ、当たったのを確認した所属不明機は抗う打鉄の操縦者の顔を容赦なく殴った。
「女の敵となるのね、ISを使っていながら―――」
「アンタのせいで……アンタのせいでクロエはぁああああ!!」
絶対防御を発動させ続けたことにより、打鉄のシールドエネルギーが切れて動けなくなる。それを確認した静流は打鉄を離して落下させた。
「男の分際で、ISを使うからそうなるのよ!」
秘書はグレネードを放り投げる。それが静流の前に接近するが当たらず、秘書の前に静流が現れて踵落としを食らわせた。
「その人に触れるな、男風情が―――」
すると秘書の前から静流の姿が消え、ラファール・リヴァイヴの後ろに現れてウイングスラスターを捥いだ。
「お前たちが……お前たちみたいなのがいるから………」
メイスを展開して背骨に攻撃する。ISの保護機能がなければ間違いなく砕けて死亡する攻撃であるため、絶対防御が発動してシールドエネルギーが一気に消滅し、ラファール・リヴァイヴは保護機能以外のシステムが停止する。
「隊長!」
「よくも仲間を―――」
一体どこにいたのか、施設の方から現れた打鉄2機。そちらに向かって静流は機体を向け、エネルギーを充填―――発射した。
エネルギーの放流に巻き込まれてシールドエネルギーが一気になくなり、2機共落下していく。
「………何なのよ……何なのよあなたは!?」
「とっくに知ってんだろ、俺のことは」
メイスはいつの間にか消えており、静流の両手には拳銃が握られていた。
「男の分際で!!」
秘書は鞭を展開して攻撃を仕掛けるが、静流は敢えてそれを掻い潜って実力差を見せつける。
「この―――」
鞭の先端が後ろから迫り来る。静流は先端に向けて銃口を向け、引き金を引いて軌道を逸らした。
「消えろ」
もう一方の銃で秘書の目に銃弾をぶち込む。ISには絶対防御があるとはいえ、威力までは相殺しきれない。
痛みに悶える秘書に容赦なく弾丸を放ち、機能が停止するまで何度も何度も撃ち込んだ。
やがて秘書が纏っていた打鉄も落下し、着地すると打鉄から放り出される。
「に、逃げないと――」
「―――どこに行くつもりだ?」
目の前に現れた静流。彼はすぐに秘書の顔を掴んで後頭部を近くの木に叩きつけた。
「や、止めて! 私が悪かったわ。だから―――」
だが静流は容赦なく腹部に蹴りを入れ、顎に掌打を叩き入れ、目を潰す。
「止めて……お願い………」
やがて謝罪が懇願に変わるが、それでも静流が止まることはない。
「安心しろ」
秘書の右腕を取った静流は、流れるように親指を折った。
「お前の仲間も、同じようにしてやるから」
「……いや……止めて……なんでも―――あぁああああああああああああああああッ!!?!??!」
懇願も謝罪もすべて無視、手の指をすべて捻じ曲げ、両腕を折り、足を折ろうとした時に何かが近付いてくるのを感じた静流。周りを警戒しつつ秘書の右足を折った。
「そこまでにしろ、舞崎」
「……千冬様……」
「ああ、これで最後だ」
―――バキッ!!
左足を折った静流は秘書を捨て、ハイパーセンサーを起動させて命令する。
「ここを襲った他の機体の場所を知らせろ」
「一体どうするつもりだ」
「どうだっていいだろ」
別の場所に移動する静流を捕まえようとした千冬。だが静流は容赦なく千冬の喉を突き、怯ませる。
その隙に静流は別の場所に移動し、何かを探している女性を見つけて攻撃した。
「お前は―――」
女が反応するが、腹部を攻撃して吹き飛ばす静流。倒れた女性は立ち上がって静流を襲うがそれよりも早く静流は腕を振り上げて女性の腕を切断した。
「何で……」
「俺のトンファーは仕込んであるからな。ほら、抗え―――よ!」
腹部を突き、女性が倒れたのを確認した静流は両足を折って悲鳴を上げさせる。その隙に顎を砕いてISを回収し別の場所に移動した。そして―――最後の一人の前に移動する。
「………舞崎静流……この異端者め!」
迫り来る拳を回避する前にトンファーを回し、先端から飛び出した鎖が付いた鉄球を女の頭部に直撃させた。
「―――!!」
さらに鼻の骨を折り、腹部に蹴りを入れて両腕の骨を折ってISを回収した。
「まっで、ぞでは―――」
「無様なものだ。女尊男卑の思想を持たずに大人しく過ごしていればこういう風にはならなかったのに………死ねよ」
腹部をもう一度蹴り、耳を切断し、目を潰す。ひたすら暴行を加えた。だが、決して彼女らを犯すことはしない。いや、そうする価値がない、感じられないのだ、静流には。
徹底的に自由を奪った静流はそのまま放置し、灰澤氏と合流した。
「舞崎君、大丈夫ですか………?」
「ええ。後は国会議事堂と女権団の本部を爆破して、そいつらの一族すべて血祭りにあげるだけなので」
灰澤は顔を青くした。
これまでの無邪気さと冷静さが同居した雰囲気は完全になくなり、ただ冷徹に、相手を処分することしか考えていない―――裏の顔に変わっているからだ。
「………彼女は―――」
「おそらく死んだんでしょう。僕の巻き添えを食らって。これが落ちていましたから」
灰澤にドッグタグを見せる静流。だがすぐに回収してポケットに入れる。
「……舞崎君」
「一週間ぶりですね、武藤さん。今回の襲撃者を全員無力化しておきました。それと、回収したISは返還する気はありません」
躊躇いなく答えた静流。だが正勝は何も答えずに目を閉じる。
するとヘリコプターの音がしはじめ、上から次々と装備を揃えた男たちが現れ、整列する。
正勝が指示をすると武装した男たちは森の中に入っていく。
「ISはいずれ回収させてもらうことになる。こちらとしても、君が持っているISを含めて調査しないといけないのでね」
「……………じゃあ、壊しても良いですか?」
「政府の言葉を代弁するなら「ダメに決まっているだろ」。私個人としてはぜひ壊してもらいたいがね。ただし、君はしばらくここで待機だ」
そう言われた静流は今すぐ逃げ出そうとするが、正勝に抑えられて戦いが始まった。
相手を容赦なく痛めつける。それほど彼にとって犠牲は大きかった。
ということで第14話「失ったもの、手に入れたもの」をお送りしました。