ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。……
「———うわぁ」
驚いた僕は思わず飛び起きてしまった。
(一体なんだったんだ、今の)
流石の怖さに僕は震えながらも覚えている。確か女の子が僕を悲しそうな目で見ながら謝っていたんだ。
(………地味に怖いね)
しかも周りは黒く、その女の子だけ幽霊のように光っているから余計にホラー要素が強かった。未だに僕の足が震えているよ。
僕は軽く深呼吸をしてから周りを見回す。
「…………ここは……一体……」
ちょ……ちょっと落ち着こう。
見慣れない部屋にはどこか高級感が漂っている。カーテンで遮られて周りが見えない。あ、そうだ……僕は昨日、理不尽な理由で殺されかけたんだっけ。
すると僕のテレパシーでも感じたのか、カーテンが開かれた。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
そう返した僕は、再び周囲を見回した。
「……あの、ここは―――」
「ちょっと待ってくれ。今すぐ、現状を説明してくれる人を呼ぶから」
そう言って女性は電話を取り、話をするとすぐに電話を切った。
そしてしばらくするとドアが開かれ、見覚えのある男性が現れた。
「まさかこうしてすぐに会えることになるとは思わなかったな、舞崎静流君」
「………武藤さん」
政府の役人である武藤さんが何故にここにいるんだろう?
そんな疑問が僕の頭に過ったけど、同時に昨日のことを思い出した。
「………そうだ。ハルさんは!? 高間晴文は無事なんですか!?」
記憶が正しければ重傷を負っているはずだ。それに急いでいたとは、かなり無茶な運転をした衝撃でところどころ痛めているはず。
すると武藤さんは俺に「立て」と言った。
「高間はこの病院にいる。説明するよりも先に見せた方が早いだろう」
「……わかりました」
嫌な予感がした。
見てしまってはもう取り返しがつかないと思ったけど、僕は立ち上がって用意されていた服に着替える。幸い、点滴を打たれているわけでもないし、着替えは容易にできた。
靴を履いて準備を終えた僕を確認した武藤さんは廊下に出る。どうやらどこかの病院らしい。昨日駆けこんだところはどんなだったか覚えていないけど、こんな上等なところだったのだろう。
しばらく歩くと武藤さんはドアをノックする。中から知り合いの声が聞こえ、返事をもらったので中に入ると、叔父と目があった。
「……静流君」
「…失礼します」
返事はない。
だけど僕は構わず中に入る。少し歩くと中が1人部屋であることがわかり、ハルさんがベッドに寝かされていた。
遠くからでもわかる。
重苦しい、医療ドラマで見たことがある患者が危険なシーンで大体置かれている医療機器が並べられている。
それを確認した時、付添である叔母さんと目が合った。そして叔母さんは立ち上がり、僕の方へと歩いてきて―――
―――パンッ
乾いた音。それが病室に響き渡り、武藤さんが叔母さんと止めようとしたが、僕は武藤さんを止める。
すると襟元を持ち上げられ、叔母さんに罵られ続けた。僕はそれをただ聞いていただけで、「自分は悪くない」という言葉を出さないようにしていた。
確かに自分は悪くない。ISを触らせたのは政府の方だし、動かせると知って攻撃してきたのは向こうだ。僕から喧嘩を売ったわけでもない。
でも何故か、叔母からの罵倒は自分が受けなければいけないと思った。
どれだけ時間がかかっただろう。叔母さんは叔父さんに止められていた。
「……僕はこれで失礼します」
そう言って部屋を出ようとすると、自動ではないはずのドアが勝手に開けられた。
入口には武藤さんと似た格好をした男性が立っており、後ろにも何人か控えていたらしい。すぐに僕を囲む。
「これはどういうことだ」
「武藤さん、あなたは黙っててください」
そう言った男が僕の方を向く。
そして腰に手を伸ばしたその人は俺を腕を掴んだ。
「舞崎静流、君は我々に同行してもらう。拒否権はない」
「それは私に一任されていたはずだ」
「事情が変わったんですよ、武藤さん。彼はこのまま連れて行かせてもらいます。ということだ。一緒に来てもらおう」
無理やり僕の腕を引こうとする男性だが、中学生とはいえそろそろ高校生になる。それに僕は周りと違ってそれなりに筋肉があるのでそう簡単には運べない。
見た目から細いと思ったその男性はバランスを崩すがすぐに持ち直した。
「……どういうことだ?」
「待ってください」
その男性の疑問を遮った叔父さん。僕に近付こうとすると他の人が遮った。
「アレを」
「わかりました」
叔父のすぐ前にいる男性がスーツの内ポケットからあらかじめ用意していたと思われる紙を叔父さんに押し付けるように渡す。
それを受け取るとすぐに叔父さんは破り捨てた。
「人一人売るには十分な額だと思うが、不服か?」
「そう言う問題じゃない。こんなふざけたことは今すぐ止めろ」
問答無用と言わんばかりの殺気を感じた僕は身震いした。いつも優しかった叔父が怒りを見せるなんて別々に暮らしていることもあって見たことがない。ハルさんが忙しい時はいつも相談に乗ってくれた、父親のような存在だ。
僕は周りが言うには頭がいいらしい。
状況もよく理解しているし、自分がどのように立ち回ればいいのかわかっている。以前、叔父さんにそう言われたのをしっかり覚えている。だから僕は家では大人しくしていたし、不必要な喧嘩はあまりしないようにしていた。
だからだろう。子供の僕は身近な大人からあまり怒られたことがない。だからこそ叔父さんがそこまで怒りを露わにするのはレアだった。
「彼の父親はすぐに受け取ってくれたがね。「好きにしていい」とも言っていたが」
「……あの馬鹿め……」
「実に無駄金ですね」
ため息を吐きながら嫌味を含めてそう言ってやった。
「何?」
「無駄金だと言ったんですよ。確かに彼は私と血の繋がりがありますが、それだけです。もっとも、僕は例えどれだけあなたに金を積まれようと、あなた方に従うつもりはありません。それよりも、ISを無断使用した女たちをここに連れてきてください」
謝ったところで怒りを収めるつもりは毛頭ない。けど、何よりも連れてきてハルさんをこういう風にした女どもに立ち場をわからせたかった。
―――僕を怒らせたらどうなるかを
「何のことだ?」
「……え?」
「何のことだと聞いている。昨日、そのような事実はなかった。むしろそれは君だろう? ISを使える君はその力を誇示し、街を破壊して回った。違うか?」
「……………」
この男が何を言おうとしているのかわからなかった。
いや、わかりたくなかったんだろう。僕の悪い癖だ。
「……………なるほど」
未だに掴んでいる手を掴んだ僕はそれをはがす。すると僕を掴んでいた男性が悲鳴を上げた。
後ろで何かが抜かれた気配がした。おそらく警棒か銃か。どちらにしても僕は負けるつもりはない。
僕はすぐに他の男たちを潰そうとしたけど、間に武藤さんが入り止める。
「……………」
そういうことか。
武藤さんの立ち場を察した僕はすぐに彼を敵と認識して潰そうとするけど、それよりも早く後ろを向いて背中を晒して言った。
「すぐに武器を収めろ。今回のことを然るべき場所に報告されたくなかったらな」
「あなたの言うことは聞けません。これは我々に対する反逆行為と認識し、あなたを捕縛することも可能ですが?」
さっき叔父さんに紙を渡した男性がそう言うと、武藤さんはため息を溢す。
「………やれやれ。随分と勝手なことをしてくれるな。立場的には俺の方だと思ったんだが」
「それはかつての話ですよ。先輩、あなたは余計なことをし過ぎた。聞けば昨日、あなたは国家代表といたというのにその少年に機体を奪われたそうですね」
「それは―――」
「―――クスッ」
彼らの近くから小さな笑いが聞こえた。
瞬時に全員がそちらの方を向く。視線は不気味な笑みを浮かべる僕へと集中した。
「とりあえず、あなた方の意見はわかりました。で、いつになったらあの騒ぎを起こした人たちをここに連れてきてくれるのですか?」
その言葉を言い終えるのとほとんど同時だったんだろう。さっき僕に倒された男が覚醒し、首を絞めてきた。
「止めろ!」
「もう止めてくれ!!」
武藤さんの声量を超えて叔父さんが懇願するように言った。
だけどさっきから首を絞めてくる男は止める気配はない。だから僕は容赦なく相手の目を抉り突いた。
幸い、僕の爪は長い。相手の眼球を潰すには十分だったようだ。
「ぐわぁあああああ!!」
雄叫びに似た悲鳴を上げながら、その男は膝を付いて右目を抑える。僕がもう一つを潰そうとすると、武藤さんが腕を掴んで止めた。
「何をするんですか?」
「それはこっちのセリフだ。今のはいくらなんでもやり過ぎと言わざる得ない」
「まだ頸動脈を切ってないだけマシでしょう? それにこれは向こうから売ってきた喧嘩ですし、何より―――勝手に僕の運命を決めつける輩がどうなろうか、知ったことじゃないですよ」
それに、昨日のことでよくわかった。
確かにISは世界を乱した。女性にしか動かせないという制約。現行兵器を遥かに凌駕する性能。それらのせいで女たちは狂い始めた……だけどあくまで、それは火種になっただけに過ぎない。
大本はそれを作って放置したアホであり、ISを擁護し、上になった立場を使って男をこき使い、逆らったら牢獄行きという下らない風潮を作ったのも、昨日の下らない騒動起こしたのも人間。そしてその原因となった法律を作ったのは、エリートを気取った昔から勝手に入ってくる金で自分たちは凄いと勘違いした政治家というゴミ共だ。事実、公表されていないだけだろうけど政治家の家族が牢獄に入ったってニュースは聞かないしね。
「さぁ、早く昨日の騒動の首謀者を連れてくるか、住所を提供してくれません? 住所を提供してくれたら、僕が一人で潰してここに引きずって来ますので」
小学生―――高学年の時からそれをしているんだ。今更驚かれても困る。
顔を引きつらせる彼らを僕は笑いそうになるのをこらえつつ、戦闘態勢を維持する。
「こいつ、狂ってやがる」
「狂っているのは僕じゃない。世界の方だ」
―――このまま待っていても拉致が明かない
そう判断した僕は跳び出して全員倒そうとした瞬間、渋い音楽が鳴り響いた。
どうやらその音楽は叔父さんのスマホかららしい。一度距離を取った僕はハルさんと叔母さんを巻き込まない位置に移動すると、叔父さんの口から信じられない言葉が漏れた。
「―――家が…燃えてる?」
■■■
静流は家の塀から屋根へ、まるで忍者を思わせる動きをして次から次へと通り過ぎる。
辛うじて設けられた道路は安全のためか一方通行が多いため、車では遠くなる。だが生身で移動した場合はその限りではない。
ましてや静流の身体能力は普段は思わせないが非常に高く、また持久力もあるのでデタラメな移動方法で家から家へと飛び移れるのだ。
その様子を見ていた正勝は、ただ静流の身体能力の高さを感心するしかなかった。
「……晴文君は、とんでもない化け物を育てたようですね」
それを聞いた晴文の父であり、静流の叔父でもある舞崎
「君もそう言うと思っていたよ、正勝君。でも、あの身体能力やさっき見せた行動力を持たなければ彼はとっくに壊れていただろう」
「………やはり、静流君がこうなったのは母親に殺されそうになったから、でしょうか?」
悲しそうな顔をしながら正勝がそう言うと、敏則は「だろうね」と答えた。
「確かにきつい性格はしていたけど、まさかあんなことになるとはね」
「……すみませんが、調べました。確か、元々堅い性格だったとか」
「うん。それに当時は妊娠して荒れていたから。それに、母とも仲がそこまで良くなくてね。弟は仕事で外に出ていたし、あの時の状況で静流がしたってことになったんだ。それに、本人もそれを認めたし」
そこまで言った敏則は車を操作して左の道に入る。
「でも、流石に弟は彼の味方をするべき………いや、させるべきだった」
「……恋愛とは、何をどう転ぶかわからないものですから」
「もしかして、彼女でもいるの?」
正勝が答えようとした時に敏則はブレーキを踏んで完全に停止させ、ハンドブレーキを引いてその場に停止させる。二人はシートベルトを外して外に出ると、出来上がった人混みを押し退けながら中心に向かった。
一足先に着いた静流は自分の実家とも呼べる家屋が赤々と燃えているのを見た。
誰も何もしないのを見て苛立ちつつも家の前に降りる。近くに人がおり、突然現れた静流に文句を言うが無視して中に入ろうとすると、中から誰か出てきた。
「お祖母ちゃん!」
何かを抱え、所々火傷を負っている祖母の姿を見つけた静流は駆け寄る。弱々しく倒れる祖母を受け止めた静流は祖母から感じた熱に眉を顰めるが、それでもしっかりと握った。
「……静流かい?」
「そうだよ、お祖母ちゃん。どうしてこんな……お祖父ちゃんは!? お祖父ちゃんはどうしたんだよ! 誰か! お祖母ちゃんを―――」
「無駄じゃよ。さっき、ワシの目の前で…落ちてきた柱の下敷きになった」
静流の祖母はそう言って弱々しい動きで自分が持っている物を静流に差し出した。
「……これを……そして、裏の納屋に入っているのも……持っていきなさい」
「お祖母ちゃん。そうだ、消防車……救急車も……誰か―――!!」
―――ドンッ!
体全体で静流は抱いていた祖母に押される。わけがわからなかった静流は自身の祖母が地面に倒れた音を聞いて駆け寄ると、何かヌメっとしたものに触れた。
「静流君!」
後ろからようやく追いついた敏則が現れ、惨状を見て悲鳴を上げそうになったのをこらえた。
(………何で……)
その液体が祖母であるものだと認識した静流はレンガを殴り、そこから血があふれ出る。
「舞崎君!」
正勝が慌てて駆け寄る。すると正勝は何かにぶたれたようによろめき、バランスを崩すもなんとか耐える。
「………武藤さん」
「大丈夫だ。ISじゃなければ、防弾チョッキと試作型の男性用ISスーツの二重構造で耐えられる」
だがその衝撃までは吸収しきれないようで、苦悶した。
「………そういう、ことですか」
正勝の耳にはよく届かなかった。
静流は祖母を優しく置く。そして、ただ優しく祖母を寝かせて、両手を合わせた。
その姿は痛々しく見えたが、まるで何かを開いた聖人のようにも感じ取れる。少なくとも、正勝はそう思った。