桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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本土 
横須賀基地


「———なに、菊池3佐たちとの
通信が一切取れなくなった…?」


鎮守府の留守を預かる警務隊長の声が室内に響く。それは驚きや心配の類ではなく、彼が滅多に出すことのない鋭い声。
それを報告した艦娘、鳥海は彼の険しい声と目力にやや怯えつつも自分がすべきことを果たそうとする。


「は、はい…。市ヶ谷のシステム通信隊群からの報告では先日から発生している衛星の不調若しくは当該海域上空の電離層の……」


「———違う、そんな科学的見地ありきの推測は深海棲艦という異質な存在に人間の考えや理屈は通用しない。
事実、彼らは我々の秘匿化された無線に乱入しているし、限定的かつ原始的方法だがミサイルをも無効化している。

これは即ち敵は、我々人類には計り知り得ぬ『妖術』ともいえる空間への干渉のようなものを行なっているのだ…」


“いきなり何を言っているんだ…?”

艦娘たちの考えは同じであった。

たかが通信ができぬぐらいで警務隊長は心配のしすぎなのだ、どうせ一時的なブラインド———通信不能地帯に入ったためではないか?

無論、彼も根拠も無しにそんな“戯言”を口にするはずもない。


「このデータを見たまえ。各種衛星が使えていた当該海域の二週間のもの。そして、辛うじて観測できた昨日の電離層分析や気象解析、そして地磁気測定のグラフだ…」


彼が見せた資料を見ると、明らかに占領される前と後では、天候を始めとした各種数値や自然環境が異なっていた。
天候や海面状況を始めとした環境条件がまるで別の国になってしまったかのように変化し、かつ、地球のいかなる地域とも異なっている。

艦娘たちは夏にも関わらず鳥肌が立った。敵は…深海棲艦とは一体どれ程底知れぬ存在なのだろう、そう思うだけでこれからどうしていけばいいのかという不安にも襲われる。
提督たちは、奪還に向かう艦娘たちが誰一人欠けることなく生還できるのだろうか…?


「———私は怖いよ。
深海棲艦という敵が何を目的に行動し、どんな能力を持っていてどんな攻撃を仕掛けてくるのか…。
知っての通り、私はしがない警務官だから戦闘指揮は出来ないし、あくまで菊池3佐———諸君の提督を業務面でサポートすることしか出来ない。言ってしまえば、書類にハンコを押すことが私に君たちに出来る最大の貢献であるかも知れぬ…」


警務隊長はどこか寂しそうに、だがはっきりと鳳翔たちを見据えながら語った。


「後方で祈ることしか出来ないしのはここにいる鳳翔ちゃんたちも一緒だ。こうしている瞬間にも奪還艦隊に敵が襲いかかっているかもしれない…。
———だがちょっとだけ考えて欲しい。菊池3佐だったらそんなときどうするか?彼は嘆くかい?それとも絶望で言葉も出せなくなっているかい…?」

警務隊長の問いに曙が答える。

「そんな訳ないでしょ。
あンのクソ提督がビビるなんてありえないわ、どうせいつもみたいに無駄にクソみたいな演説かましてホラでも吹いてるに違いないわ!
だってそれがクソ提督だもの!———あ…」


曙は普段通りの口調で言い放ち、自らの発した言葉に思わず口に手を当てた。
それに釣られたのか艦娘たちも苦笑いしながら苦い顔を明るくする。


「艦隊の無事を祈るということは彼を信じてあげる、そういうことではないのかな…?」


そう言い放つと警務隊長は何事も無かったのように机に座り、普段行なっている書類への印鑑押しを再開する。


「“提督”が今の君たちを見たらきっと『サボってるならセクハラするぞ?!』と怒鳴っているだろうね」

「…ふふふ、それは困りますね。
それじゃあみんな、お仕事に戻りましょうか」


鳳翔が手をパンパンと叩き、その声と音で動き始める鎮守府の艦娘たち。文句を言いながらも真面目に働く響や曙たち。


「司令官が帰ってきたら、温泉の慰安旅行でもプレゼントしてもらわないと割りに合わないね。」

「そんなんじゃ済まないわよ!
高級スイーツに連れて行かせて財布を空になるまで食べ歩いてやるんだから!!」


やや乱暴に聞こえる曙の言葉であるが、“連れて行く”というワードが自然と出てしまうあたり、彼女の提督に寄せる想いが滲み出ている。


「そ、そんなに食べたらお腹に贅肉がついてしちゃうじゃない。そうしたら提督の前に出られなくなってしまうわ…」


鳥海が制服から見える腹を撫りながら年頃の少女らしい感想を言う。


「鳥海さんは食べてもきっとお胸の方に脂肪が向かうのです!い、電もないすばでぃになる秘密を教えてもらいたいのです!!」


電の言葉で大爆笑が起こる。


(君は幸せ者だな、菊池3佐…。
無事に戻ってたらこの光景をゆっくり見るといい、君を慕ってくれている彼女たちの為にも絶対だぞ…!)


警務隊長は一人、そう願った……。




2-10a 烈火の反撃 【敵機迎撃〜攻撃隊発艦】

「戦闘機隊、突入開始!」

 

 

電測妖精の報告が艦橋内に木霊し、高まっていたその場の雰囲気が更に高まる。

 

「20ミリ機銃で敵機に穴を開けたらそのまま離脱させろ!一航過だけで十分だ、なぁに撃墜できなくても構わん!奴らは今頃ビビってマトモな編隊を維持できない、残りは護衛艦に“料理”させてやれ!」

 

 

提督は空母艦娘を介し戦闘機隊に指示すると、護衛艦部隊へと残敵の処理を依頼した。ミサイルは極力使わず、主砲を活用し動きの鈍い爆撃機を撃墜させる。

敵が誘導弾対策を講じてくるのであれば、無誘導の砲熕である主砲の必中の距離まで引きつけ撃てばいい。

 

 

そんな単純な策が通じるのかといえば、果たしてその通り。

爆弾を抱えた鈍重なプロペラ爆撃機がいくら回避運動を取ろうとも、高度な射撃統制システムによって狙われたら最期。逃れられるのは神の御加護があるのを願うしかないだろう。もっとも、深海棲艦たちに“神”という存在や概念があれば、の話であるが…。

 

 

先述の通り、艦隊にいる護衛艦は敵爆撃機を撃墜せんと主砲の狙いを定める。砲口からは冷却水が滝の様に流れ落ち、まるで獰猛な猛獣が獲物を前に涎を垂らしているかのようだ。

全艦艇を統制するHF・UHF帯及び衛星を介した“LINK-16”といった戦術情報処理装置は不完全なれど、それを補う護衛艦———“こんごう”等のいわゆるイージス艦や“ふゆづき”が各艦への目標割り振りに奮闘。父島空襲であったような対応不足の失態を再び起こさぬよう、哨戒配備中も共同訓練を実施していたのだ。

 

部隊指揮官や各艦艦長らは「実戦前に疲労困憊になってはダメだ」と考え、乗員たちに過度な訓練をさせるつもりは無かったのだが、当の乗員たちが希望して直前まで猛特訓を実施した。

一時的な疲れなどよりも、死の恐怖の克服や仲間を守れる強さと自信を持ちたいという熱い想いがあったに違いない。

 

空襲の直前まで戦闘服装のままに各々の持ち場で寝ていた彼らの顔に不安とか恐怖といった負の感情は見られなかった。“やれることはやり切った”と言わんばかりに満足げに死んだように眠る彼らの顔からはある種の戦士のような悟りを感じ取れたという艦長も少なくない。そしてその努力はこの瞬間、実ることになる…。

 

 

……

 

 

陸上における榴弾砲等の砲撃と海上における艦砲射撃とでは、口径の違いもそうだが根本的に異なるものがある。

 

 

「ジャイロチェック終わり、異状なし!」

 

 

海の動揺やうねりがある水上において確実に砲弾を命中させるためには、それらを計算し自動的に各種諸元を修正するために“ジャイロ”が必要となる。

自艦の傾きや方位を把握し、砲身を適切な仰角に向けさせる重要な装置である。

 

対空射撃を任された護衛艦らは射撃前のチェックを入念に行う。幸い、敵は音速対艦ミサイルとか超音速爆撃機ではないから敵機を捕捉してから時間は充分にあるのだ。

無論、主砲が撃ち漏らしてしまった時に備えてCIWSや対空ミサイルはもとより、艦娘たちもいつでも撃てる態勢を取る。

戦闘機隊はといえば、味方の対空射撃に巻き込まれないように敵編隊を左右から挟み込みつつ距離を保っている。万が一敵機が射線から逃げようとしたら有無を言わさずに撃墜する腹積もりなのだろう。

 

 

「我々が使うのはミサイルだけではないということを奴らに思い知らせてやるッ!」

 

 

どこかの艦長の言葉と共に、76ミリ及び127ミリの砲弾は各艦から放たれ短い旅へと出かけていく。

深海棲艦側としても何が起こったのかわからなかっただろう。なにせ突然隣を飛んでいた僚機もしくは自機が爆発したり空中分解したのだから。付近の空の炸裂煙を見てやっと対空射撃を受けているのだと気が付いた。

 

加速度的に増えていく損害に、編隊の指揮官は爆撃中止を決断した。

 

 

“攻撃は不可能だ、引き返そう”

 

 

この時、彼の決断は極めて正しかったのだ———そう、タイミングがもっと早ければ。

 

周りを見渡せば飛んでいる物体は存在していなかった。

 

 

“自分たちしか残っていない…?!”

 

 

そこまで指揮官が考えついたところで、彼は確かに見た。前方から丸く見える“何か”が向かってきている…。

それは護衛艦“おおよど”が放った76ミリ砲弾であった。そして、それを認識するのと指揮官が“蒸発”したのはほぼ同時であった…。

 

 

……

 

 

「全機撃墜できた、か…」

 

 

上空には味方の戦闘機隊しかいないことを確認し、『対空戦闘用具収め』が掛かる。

安堵するのも束の間、各艦は被害確認及び射耗弾薬等の点検並びに砲熕武器類の確認を行わなければならない。

陣形を輪形陣から対潜警戒陣形へと移行しつつ、空母へと戦闘機を着艦させる。雲龍も忙しそうに指示を飛ばしており、艦長としての艦娘の立ち位置というのも大変なものだなと思った。

米海軍の空母では“エアボス”と呼ばれる空母航空団(≒艦娘でいう母艦航空隊)の長が艦載機の指揮を取る。艦長はその艦の業務を統括しているに過ぎず、機についてはゼロではないものの艦載ほぼ無干渉と聞く。どうにかそのシステムの良い所を導入できないものか。

 

横須賀を出港し幾度の戦闘を経験したが、この半月余りの期間は自衛隊取り分け海上自衛隊にとっては貴重なデータを採取する機会となった。

作戦、戦術、戦法並びに艦隊運用そして艦内編成といった、マクロからミクロの流れに沿って問題点や改善すべき点が消えては現れるのが実戦というものなのだろう。

戦死者が出ているとはいえ、こうして勝ち戦である内は文句を言う余裕があるということだ。

 

 

「みんなよくやったな!

空母の戦闘機隊を除けば、俺たち艦娘部隊は1発も撃たずに空襲を乗り切ることができた。これは護衛艦部隊にとっては良い効果になると思う…」

 

『??えっと、艦娘側の弾薬が節約できたとかの話じゃなくて、“護衛艦にとって”っていうのはどんな意味があるのかしら…?』

 

提督の言葉に雷が疑問を投げかける。

彼がそれに答える前に漣が語る。

 

『漣としてはですねぇ、ご主人様が戦闘前に“護衛艦に対空射撃を一任する”って言った時はメッチャヤバいと思ったのですよ。だってホラ“自分たちは戦わずに逃げてばっかりとかマジありえんっしょ?!戦闘終わったらシバいたるッ!”…みたいな感情を持たれたんじゃないかって』

 

漣のトークは、表現がややオーバーであるものの、艦娘たちの思っていることを代弁していた。

 

『でもこうして戦闘を見守る側の立場になってみると色々と感じたこともありましてね、護衛艦側は“俺たちも頑張れば戦えるじゃないか”“艦娘ばかりに戦わせずとも守れるんだ”と考えたんじゃないかと。もうね、彼らは立派な海軍軍人としての自覚と自信を持てたんじゃないかとハイ。

———確かに漣を含めた艦娘も戦えば護衛艦側の負担も軽減できるけどそれじゃあ根本的な“両者の溝”は埋まらないんじゃないかなって…思いますネ』

 

 

普段と変わらぬペースでのらりくらりと語った漣であるが、その話し方を除けば提督の意図を完全に汲み取っていた。

提督は、先日までの戦闘によって護衛艦部隊内に蔓延っていた不安や煮え切らぬ想いを解決させようと決めていた。その方法が上記の戦闘法であり、護衛艦部隊の存在意義並びに“戦える”という事実を再認識させる結果を求めていたということ…。

 

元護衛艦“むらさめ”乗員であった提督らしい発想ではあるが、一歩間違えれば艦娘と護衛艦との間は修復不可能な確執が生まれる危険もあった。

提督は役職を———第101護衛隊司令という単なる護衛隊司令としての職責や権限をも逸脱、それこそ更迭や懲戒免職の可能性も無くはない。無論これも基地に無事帰れれば、であるが…。

 

 

それらを提督が考慮しない筈もなく、彼なりに考えついた結果なのだろうと艦娘たちは結論付けた。

現に提督は艦娘たちの交信には入らずただ聞いているだけであり、その行為自体が漣の語った考えを肯定していた。

 

「無いとは思うが敵の第二波を警戒しろ。明日は潜水艦部隊と会合しなきゃならん、それまでは適度な緊張感にしておけよ。会合、分離後は休む暇なんて無いぞ」

 

『あのご主人様?ソレって会合してからの方が緊張感アゲアゲってことなんですかねぇ…?』

 

「そりゃそうだろ。なにせ空母4隻を停止させて作業しなきゃいけねぇんだから」

 

 

☆☆☆

 

 

提督が依頼した件について反対意見や反発は当然あった。だがそれを宥め、昇華させるようとする者たちもいた。

両部隊を統制する奪還部隊指揮官並びに護衛隊司令と各艦長は反対意見を受け止めつつただ一言だけ返した。

 

“諸君は戦えないのか…?”と。

 

艦娘がいなくては護衛艦は攻勢に出れないのか、乗員たちはそう捉えた。

 

“衛星機器が使えなくとも、打撃力に劣る現代艦であろうとも旧式爆撃機ぐらいは127ミリや76ミリ主砲で撃墜可能であると証明してやろう!”

 

“父島空襲では大淀が攻撃されたからな。“おおよど”(コッチ)は元から対空ミサイルなんて積んでいないが76ミリ砲で復讐してやろう”

 

彼らの士気が高かった要因の一つであったのは艦娘や僚艦の受けた被害。それに報いようと無我夢中で戦っていたこともあってか、戦闘前に出ていた反発もどこかに消えてしまったようだ。

提督は各指揮官に無線で礼を述べつつも心の中は頭が上がらぬ気持ちで一杯だった。

 

 

☆☆☆

 

迎撃の翌日

2035i 

 

小笠原東方海域

南鳥島まで200km地点

 

 

「———先ほど部隊指揮官からあった通り、明朝の進撃開始は0500iとされた。それまで艦隊は速力を強速以上に保ちつつ之字運動を実施せよ。

対潜警戒は厳としつつも非番直員は休息せよ。…なお各艦は本職権限でシャワーを許す、時刻は2400iまで。この間適宜交代し英気を養え、以上」

 

『やっとシャワーが浴びれるっぽい!』

 

『昨日から艦橋にずっといたものね、流石に女の子には辛いものがあるわよね〜』

 

夕立と雷が無線上ではしゃぐ。だがそれは俺も同じだもん、俺だって年頃の男の子だもん!

↑※23歳の大人です。

 

「俺だってさっさとサッパリしたいさ。20代前半なのに加齢臭撒き散らしてたら隣にいる雲龍や妖精たちに嫌われちまうからな」

 

『やだ提督、なんか臭い…』

 

「おいやめろ村雨。冗談とはいえ女子に言われるとマジで死にたくなる…。あ、それと夜食は程々にしておくんだぞ。油物は肌にも良くない、今はなんともなくても30代からそのツケがまわってくるぞ」

 

『ご主人様は修学旅行の先生ですな』

 

『言ってることが警務隊長さんっぽい。実はもうおじさんになっちゃってる…?』

 

「誰がおじさんじゃい?!」

 

 

俺は艦娘たちに指示を出しつつ、少し細か過ぎるか?と反省した。それに周囲の護衛艦はシャワーも浴びることなどできない。

いくら警戒しているとはいえ、敵地目前でシャワーを許可する指揮官なんて歴史上で俺だけかもしれない。島までは200km、航空機からすればすぐ飛んでこれる散歩程度の距離なのだ。

だが、だからこそ…だからこそ彼ら彼女らには少しでも安息の一つはとってもらいたい。

 

 

(妖精たちも頑張ってくれている。だがこれが“最後”にならないようにしてくれよ…)

 

 

……

 

 

この日の午前中は味方の潜水艦群と合流した。先日の敵東方機動部隊への襲撃の際に撃墜された妖精パイロットを所属艦に収容するためだ。昨日の空襲では爆撃機を全機撃墜できたが、それよりも更に近い地点、敵の目前で決行しなければならない。

 

事前の打ち合わせ通りのポイントに差し掛かった途端、近傍に4隻の潜水艦が浮上したのだが、雲龍を始めとした一部艦娘が悲鳴を上げるという笑えない珍事も起きたりした。

 

 

「今から浮上するってわかってただろ…」

 

「し、しょうがないでしょ…。」

 

「元潜水艦“うんりゅう”のクセに」

 

「……(恥ずかしいわ…。)」

 

 

加賀以下4隻は行き足を止め漂泊、内火艇を降ろし救助された妖精を迎えに行かせた。幸い大きな怪我をしている者も無く、各空母の医務室に収容された。無論、タダで妖精を引き取るはずもない。

 

「よかったら皆さんで食べてください!」

 

内火艇の妖精から差し入れ。各潜水艦には空母艦娘の給養妖精が作った甘味をふんだんに使った菓子が贈られ、長期の緊張状態を強いられている潜水艦乗員らにとっては何よりも嬉しかったであろう。渡された飯缶にはアイスクリームやプリンが詰められており、冷凍庫に入れたとしてもおそらく夜までには無くなってしまうだろう。

また、それと並行して真水や生糧・貯糧品そして燃料が補給され、潜水艦乗員らが忙しそうに作業に当たる。新鮮な空気と久々の日光を堪能したい気持ちを抑える。一秒でも早く終わらせなければ自分たち潜水艦のみならず、周囲の水上部隊も敵を受ける可能性があるからだ。

護衛艦群は対水上・対潜警戒を厳となしており、付近上空にいる哨戒ヘリも同様だ。

 

作業が終わった潜水艦のセール上では潜航を始めているにもかかわらず、乗員が水没するギリギリまでしきりに手を振って感謝と互いの武運を祈る。

助けてもらった妖精や母艦の妖精、そして提督はこれに応え見送った。

彼らは水上部隊に先行してマーカス近海へと挺身していくからだ。これが最後の浮上であるかもしれないと思うと涙腺が緩むのを禁じ得なかった。

 

 

……

 

 

さて、奪還艦隊は決戦前夜を迎えた。

数時間毎に2直制の交代であるから夜間は熟睡は出来ないものの、良い意味で緊張の糸を切ることが出来るとあって妖精たちは我先にと雑魚寝を始める。

俺は“雲龍”艦内を巡りその様子を優しく見届け、医務室へと足を運ぶ。

理由はもちろん救助された妖精たちの見舞いの為。案の定、衛生妖精以外はベッドで安らかに眠っており久々の母艦を懐かしく思っていることだろう。

 

 

「さっきまでみんな起きとったんですよ。修学旅行よろしく騒いでたのに急に静かになり心配して駆け寄ったらこの通りです。救助された潜水艦で良くしてもらったらしく、傷病者用の昼食にケチ付けやがる野郎もいましたよ…」

 

「ははは!そりゃあ結構結構。流石に明日の攻撃隊の搭乗員には組み込めないだろうけど、今後の母艦航空隊のエースとしてしぶとく頑張ってもらうとしよう」

 

 

俺は医務長である妖精と軽口を叩きつつ、空母艦娘の活躍の足場———即ち母艦航空隊の練成と支援方法を考えていた。

搭乗員の妖精のみならず、どこの国でもパイロットというものは貴重であり育成するのにも莫大な費用とかなりの時間がかかる。機体や兵装はカネを積めば作れるがパイロットはそうはいかない。

練成の詳細は専門家である鳳翔たち空母艦娘に任せるとして、撃墜された妖精の救助体制の構築であったり他艦搭乗員との人事交流というのも実施していくことになるだろう。

 

やることが多過ぎて困っていると、医務室に雲龍が入ってきた。

眠る妖精たちを起こしたら可哀想だなとその場を退散、雲龍と歩きながら話し始めた。

 

 

「仕事熱心なのはいいけれどあまり考え過ぎてもダメよ、いま提督がすべき事をちゃんと自覚して。」

 

横を歩く雲龍から厳しいお言葉。

 

「“あれもこれも…”と広げ過ぎたら最終的に混乱してしまうわよ?中途半端になるとかじゃなくて、提督には少しでいいから休んでもらいたいの。」

 

「そう言われてしまうと俺も反論できないなぁ。俺としては艦娘(みんな)のことを想ってしてたんだけど、逆に心配をかけてしまってたとはな…」

 

縋るように語る雲龍の心の内が痛いほど理解できる。俺が艦娘や妖精を心配に思ってした事は、かえって彼女たちにとっては少なからず心配の種になってしまっているらしい。

 

 

(わかってはいる、わかってはいるさ…)

 

 

そんな俺の気持ちも彼女にはお見通しのようで「忠告はしたわよ。」と普段通りの雰囲気で歩き始める雲龍。どちらが言い出したわけでもないの飛行甲板へと向かい、まるで野原にいるかのように横たわった。

 

 

満天の夜空は綺麗だ。

 

“このまま朝にならなければ戦わなくてするのだろうか…?”

 

そんな感情も湧いては消えていく。

 

 

「———0500に発艦準備作業にかかるとして、その後は風上に向かいマーカスに攻撃隊を飛ばす。当然敵側の爆撃も予想されるから直衛機も残さないとな」

 

「爆撃機が飛んできたということは、敵には航空戦力を何らかの方法で作り出せるようね。こうしている間にも何十、何百という数に膨れ上がっていると思うと不安に感じるわ…。」

 

 

雲龍にしては珍しく弱音を言うじゃないかと思うと、胸の辺りに重みを感じる。見れば彼女が頭を寄せ、いつもらしからぬ顔をみせていた。そんな雲龍を俺はただ優しく撫でる。

 

 

「明日の空襲は奇襲じゃなくて強襲だ。敵も俺たちがここにいることはわかっているだろうし、今日だって爆撃機が飛んで来なかったのは何らかの思惑があるのかも知れない…」

 

虚勢や嘘では無く、俺は本音を言う。

 

「それは明朝に分かることだ。

敵機が100機来ようが1000機来ようがそうなってみないと誰にもわからんさ。状況次第ではこちらの攻撃隊発艦も中止、又は変更して策を練り直す」

 

「…そんな大事なことを提督の判断でしてしまってもいいの?それに奪還が遅れたら島の防御体制が強化されて手遅れになってしまう。それこそ私たちの…いえ、日本の危機よ?」

 

どんどん縮こまる雲龍。

 

「———敵には敵の好機がある。なら俺たちにも俺たちなりの好機が有るはずだ」

 

「……え?」

 

「そう、例えば敵の艦隊が無限大に増えていくとしたら海にイ級がぎゅうぎゅう詰めになるだろ?そしたら艦隊運動に制限が掛かって、こちらの戦艦や重巡にとって絶好の的になっちまう!

んーで、敵機が陸上でわんさか増えているなら飛行場も同じようにぎゅうぎゅう詰め、離陸は出来ないしプロペラを回そうにも僚機をガリガリ削ってハイ終了ッ!」

 

雲龍は始めは何を言っているのかわからないという顔をしていたが、俺が言い終わる頃には笑いを堪えられず腹を抱えていた。

 

「あ、もちろんハッタリなんかじゃなくて一応の根拠はあるんだぜ?深海棲艦の実艦タイプは“海から湧き出ることは無いから必然的に場所を取る”っていうこれまでの理論。航空機もそれに準じるだろうし、どっかの“四次元ポケット”を持ったタヌキ型深海棲艦が物理法則を無視してどら焼き型艦載機を飛ばすってのも考えたけど不採用だ———どうした雲龍?」

 

 

饒舌に集中するあまり、雲龍が俺に向ける視線に気付くのが遅れる。その眼からは慈しみの感情が、その顔からは子どもに向けるかのような深い優しさを感じ取れた。

村雨とは異なる雲龍のオトナな母性に、俺は思わず不埒な感情が湧くが、どうにかそれを強制的に海中投機する。ましてや彼女との距離は密着しておりゼロに近い、俺の理性は夜空の星に仲間入りするに違いない。

 

それを知ってか知らずか、雲龍は俺に静かに抱き着きそのまま話し始める。

理性が飛ぶどころか思考が追いつかず混乱し、襲いかかることもなく硬直してしまう。

 

(あ、そういや数日前にも雲龍の胸に顔を埋めて泣いてたな…)

 

ここに至り賢者思考が生まれ、天の川の牽牛星になりかけていた理性を地球に連れ戻した。

 

 

「やっぱり提督は不思議な人。現実的なことを言ったかと思ったら、急に可笑しなことを言って笑わせたり…。

でもそんな提督の声を聞いていると元気が出てくるわ。話している内容がくだらな過ぎて、こうして悩んでいる自分が馬鹿らしく思えたり、ね。」

 

「それ喧嘩売ってんのか…?」

 

 

さあどうかしらね、と惚けて答える雲龍だったが、その顔からは先ほどまでの陰りが無くなっていた。

 

 

「ねえ今ここで私が———提督のことが好き、って言ったらどうするの?」

 

「決まってるだろ。お前が好きか嫌いかは知ったこっちゃない。俺は元からお前が好きだから特に変わりは無いぞ」

 

「“お前たち”でしょ。無理に気を遣ってもらわなくても提督が艦娘全員のことを好きなのはわかっているわよ。」

 

「そうかいそうかい、なら話は早い。———ま、お互い意地を張っても朝は来る。実は眠気が来ないんだ、このまま話に付き合ってもらっていいかな?」

 

「…私も同じ。」

 

 

その後2人は寝そべったまま夜空を見上げ、日付が変わるまで雑談を続けた…。

 

 

※※※

 

翌日 0500i

 

 

陽は10分ほど前に水平線から顔を出し、暁光はその姿を変え始めている。天候は朝日に照らされる各空母の飛行甲板上には攻撃隊が待機しており、発艦の刻をいまかいまかと急かしているかのようだ。

 

「……よし、全艦艦首を風上に立てろ」

 

「雲龍了解。320度宜候。」

 

「320度宜候〜」

 

提督は静かに指示を出した。

了解を返した雲龍が操舵妖精へと下令。航空母艦『雲龍』はゆっくりと変針、それと同期するかのように艦隊は一斉に変針する。

とりわけ空母群とそれを護衛する駆逐艦は陣形を組んだまま艦首を風上へと向け、速力を着実に上げていく。

発艦に必要な合成風を作り出しつつあり、後は艦載機へ発艦指示を出すのみだ。

 

 

「…第101護衛隊マーカス攻撃隊、全機発艦用意」

 

 

先頭の零戦はエンジン出力を上げる。

ブレーキを掛けなければ動き出してしまう程のトルクを前輪で食い止めつつ、攻撃隊は機上にてチェックを行う。異状なしが届けられ、間髪を入れずに次の指示が下る。

 

 

「FOD調べ終わり、飛行甲板上クリア。空母各艦は全機最終チェックを実施させよ」

 

 

提督は抑揚の無い言葉で下令した。

抑揚の無い言葉というのは、聴く側に様々な心境を生み出す。冷たい人間だと感じる者もいれば、何か裏があるのではと考える者もいる。

 

 

「どうしたというの?いつもの提督らしくないじゃない。無理して無感情ぶって命令———もしかして私の真似でもしているの…?」

 

「んん〜正解。

実際にやってみると難しいな、自分の感情を表に出さずに淡々と出撃の命令を出すってのは苦手だ。雲龍の神経は結構図太いんじゃね…?———なんて思ったわけじゃないけど、自分がしっかりすれば妖精たちが無事に帰ってきてくれる……そういう心境なんじゃないかなって思った」

 

 

(あら…読まれてた。)

 

静かに笑う提督を見て雲龍は降参だと言わんばかりに両手を挙げた。同時に、何か思ったところがあったのだろう、彼女は考えを述べる。

 

 

「…いつも通りでいいわ。」

 

「うん?」

 

「いつも通りの提督でいいと思う。私もそうだけど、無理に仮面を被ろうとしたとしても、それは所詮自分に嘘をついているだけ。提督(貴方)提督(貴方)らしく、ありのままの感情で普段通り振舞ってくれた方が嬉しい…」

 

雲龍は自らの手を提督の手に重ねた。

やや冷たく、震えていた彼の手は温もりによって満たされる。

震えていたことを悟られ恥ずかしかしかったのか、彼は僅かに頬を高揚させ、“こりゃ参った参った”と照れ笑いを見せる。

 

「———ん、了解。

そんじゃあ俺の菊池節ってやつをやりましょうかね」

 

 

提督は雲龍の意を酌み、彼女が望む行動を取る。それは彼にとって至って普段通りのことであったが、艦娘や妖精たちにとっては心強く感じられた。

 

 

「———おはようパイロットの諸君、遂にこの時がやって来た。今回は艦隊攻撃じゃない、初の敵地攻撃だ」

 

 

(もうあの島は敵地、なんだよな…)

 

提督は自らの口から自然にでた単語に驚きつつも、事実であると認めるしかなかった。

 

 

「これは奇襲ではなく強襲だ。敵は待ち構えているだろうが、無理に力む必要はこれっぽっちも無い。

参加する攻撃隊は200機余り。偵察機が先行するとはいえ敵情は現在のところわかっていない。そんな杜撰な作戦にしてしまったのは他でも無い俺だ。———でもその怒りは敵にぶつけてやってくれ、そんでもって俺は悪くないから許してちょ…」

 

 

聞いていた妖精たちが機内で爆笑した。艦娘たちも例外ではなく、あの加賀でさえクスクスと笑っているほどだ。

 

 

「もし敵が強固な防御体制を敷いていたなら———攻撃は中止して逃げて来い。無理に突撃したらダメだ、これは俺からの命令だ…」

 

 

提督の言葉に引き締まる妖精たち。

現に昨日今日と航空機が襲来していない事実が彼の言葉に重みを持たせていた。そして大きく息を吸い込み発するはただ一つ。

 

 

「暁の水平線に諸君の健闘と勝利を刻めッ!———攻撃隊全機、発艦始めェッ!!」

 

 

奪還作戦開始の時は来た。

 

 

 




久々の投稿です。自分でも納得のいく内容にするにはどうすればいいのでしょうね。
あれこれと悩んだり修正していたら月日は過ぎてしまいます。

○今後の仕事について
今週末から、国内を転々と出張します。
出張期間は1ヶ月を予定しております。海外出張とは異なり電波を使えますが、プライベート時間はほぼ無いので執筆や返信は厳しいかもしれません。
九州から東北にかけて、万年デルタ出没注意報が発令されます。見かけた方はスルーしてあげてください。
…私の顔を知らない?ごもっともなご意見です。


○次回以降について
マーカス島に飛び立つ攻撃隊。
かつての南の楽園はその姿を変え、艦隊は改めてそこが敵地であると痛感させられる。
天候が悪化したため航空攻撃は一度きりしか行われず、提督は艦砲射撃を敢行するしかないと決断。

何故敵は島を占領したのか。
何故敵は人間を攻撃するのか。
その答えは…?

「“雲龍”に向かう雷跡多数ッ!!」

「ヨク来タナ———沈メッ!!」

「おいどうした白雪?!」

「オ願イダ、私ヲ…私を撃って…白雪ちゃん…!」

…提督は静かに葬いの涙を流す。


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