桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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艦隊防空を行う数多の護衛艦、
その一隻である『すずつき』。

“あきづき”型全4隻の中でも
彼女の奮闘は抜きん出ていた。
……深海棲艦が脅威と捉える程に。


それ故狙われる。
死神は静かに忍び寄っていた…。



2-9d 烈火の護り 後編 【乙型駆逐艦の戦い】

「———あれは…!!」

 

 

“すずつき”に迫る雷撃機に

気が付いたのは秋月であった。

 

 

周囲を警戒するレーダーや見張りの報告が

あった訳ではないが、彼女は例えるならば

第六感のようなもので悟ったのだ。

 

アレを生かしておいては不味い。

“すずつき”は必ず撃沈される、と。

 

 

半ば叫びつつその危機を知らせる。

 

 

「“すずつき”、こちら秋月っ!

艦首方向から雷撃機が来ています、

すぐに撃ち落としてくださいッ!!」

 

 

呼ばれた“すずつき”であるが、

別の敵機への対応に追われていた。

 

上からは急降下爆撃機し、

左右からは別の雷撃機が襲来していた。

 

前部に備え付けられた艦載砲と

CIWSを慌てて向けようとするが、

旋回途中で突如停止してしまった。

 

 

『こ、こちら“すずつき”!!

5インチ砲、21番砲(前部CIWS)

及びVLSに作動不良発生!!

このままでは迎撃できませんッ!!』

 

 

通信員が絶叫。

同時に艦内マイクが同じ内容を伝え、

それを聞いた乗員は事の重大さを

悟ったのか焦りを浮かべる。

 

秋月は咄嗟に自艦の前部の砲身を

“すずつき”前方の敵機に向けさせた。

 

 

彼女にできることを全て行うのみッ…!

 

(艦型違はえど…!

“今はまだ”居なくとも…っ!

“すずつき”(涼月)は私の大切な妹なんですッ!)

 

 

“秋月”及び“照月”は居る、

しかし何故か“涼月”は現れていない。

 

その時の悔しさや怒りを昇華する如く

秋月は遥か遠くの敵機へと撃つ。

また、同時に援護を得ようとした。

 

「“すずつき”近辺にいる艦艇の皆さん、

どうかッ!速やかに援護射撃を…!」

 

 

……

 

 

反応する他艦(仲間たち)は少なかった。

決して無視したりだとか諦めている訳では

なくて単純に構っていられないのだ。

 

全ての稼働艦艇が退避運動を取り、

自らに降り注ぐ火の粉を避けることに

必死なのだから無理もない。

次の瞬間には被弾していても不思議な

ことではなく、むしろ必然かもしれない。

 

 

 

その現状を客観的に表すとすれば

次の一言に集約されていた。

 

“秋月だけが援護できる状態”

 

 

もっとも、彼女自身がそれを

一番わかっている事実は皮肉か…。

 

 

(落ち着け、“防空駆逐艦 秋月”…。

私は艦隊防空をするためにここに居る、

それなのに味方を…大切な“妹”をッ!

目の前にして守れないなんて

そんなの…絶対に、嫌ですッ…!!)

 

 

既に砲口からは対空弾は放たれ

敵機の周りに炸裂しつつある。

だがいずれも損傷を与えるまでには

至っていないのか、敵機は怯むことなく

“すずつき”に突っ込んでくる。

 

機銃に張り付いている妖精たちも

自艦上空を警戒しつつこれを狙う。

届く届かぬという理屈は無い、

撃って撃って撃って撃つのみ!

 

 

「射程が遠くとも見越して撃つぞ、

25ミリであの機体を粉砕してやる!」

 

三連機銃が盛んに狙い撃つも

敵機は横滑りで躱しきった。

 

「「糞がァ…ッ!!」」

 

秋月の甲板上には砲熕の銃爆音

そして妖精たちの罵声が響き渡る。

 

 

……

 

 

…………

 

 

目の前の出来事が遅く感じる、

発射される25ミリ弾が見える程だ。

海や空の色も灰色になっている。

 

違う光景…いや、影像が流れる。

色彩はそのままである、走馬灯か?

 

 

秋月の脳裏に嘗ての記憶がよぎる。

 

 

(———“また”、なの…?

また…私は誰も、守れないの…?)

 

 

———エンガノ岬沖海戦…。

守るべき僚艦を守るどころか

自分自身が最初に被弾し、沈没。

 

 

(何が“防空駆逐艦”かッ…?!)

 

 

———先の第一次父島空襲…。

奮戦虚しく戦艦の伊勢は小破し、

輸送艦への攻撃を許してしまった。

 

伊勢の妖精たちは負傷し、

輸送艦にいた陸海空の隊員に戦死者。

 

 

(何が“大切なモノは必ず、

守り抜きます!!”だッ…?!)

 

 

自分は防空駆逐艦失格…いや、

もしかしたら艦娘としての存在意義さえ

持っていないのではないか。

 

眼の前で行われている砲撃音さえ

どこか遠くの出来事の様に聞こえ、

自分は違う世界にいるのでは…?

 

 

これは力不足か…?

それとも敵機が優秀だから…?

 

自然と無念の涙が溢れる。

行き場の無い悲しみと

自分への怒りが込み上げる。

 

 

『◯◯ッ――――――!』

 

 

遠くで誰かの声がする。

 

秋月にその声は届いていないのか

彼女は殻の中に閉じ籠ったまま。

 

 

このまま“妹”が沈められるのを

見ていることしかできないのか…?

 

自分が立っていることさえ罪に感じる。

もし“彼女(涼月)”が沈んだら自分も…。

 

 

 

 

いっそ、その前に自ら命を絶っ———

 

 

……

 

『———しっかりしなさいな!

何を迷っているの秋月ッ!!』

 

 

無音だった世界に怒声が響き渡る。

そう、私はこの声の主を知っている。

 

 

「———あ、足柄さんっ?!

ですが、私はどうすれば……」

 

 

その声の主である足柄は秋月に

問われるまでもなく手段を述べる。

 

『貴女に装備された後部砲塔は飾り?

そんなもの、捨ててしまいなさいな!

最大戦速でも間に合わないなら

思い切って転舵、全砲門を放ちなさい!

 

提督の言葉を忘れたの?!

“ドンパチ”あるのみ、そうよ!

貴女の自慢の弾幕を張りなさいな!

撃ちなさい秋月、撃てェーッ!!』

 

 

(そ、そうか!後部砲塔をッ…!)

 

 

秋月は咄嗟に停止と転舵を命じた。

“すずつき”との距離を詰められないかも

しれないのではと一瞬躊躇したものの、

「弾幕を張れ」という言葉を信じた。

 

 

———これは賭けだ、危険な賭けだ。

敵を撃墜するため弾幕の密度を上げる為、

その場に停止してマトになるのだ。

 

 

しかも撃墜できる確率は———僅かだ。

だが、今はコレしか…無いッ!!

 

 

“妹”の為なら…自分の命など要らぬ。

愛する者を守れるのであれば結構!

この秋月、何ぞ身命(しんみょう)を惜しまん!

 

 

「後部砲塔、捕捉出来次第撃て!」

 

 

上空に他の敵機がまだいるにもかかわらず

その場に停止するのはかなり危険だ。

だが秋月は自分が被弾する危険より、

“妹”に迫る敵機撃墜を優先した。

 

彼女までの距離を縮めるよりも

少しでも多くの対空砲弾で弾幕を。

 

 

(いまここでやらなかったら…

きっと私は、一生後悔するッ!!)

 

 

ガァン!ガァン!

 

 

行き足を止め、前後部の砲塔からは

絶え間無く対空砲弾が放たれる。

硝煙が砲塔付近を曇らせるが狙いは

逸れることなく敵機に向かう。

 

 

「弾幕なら負けません!

これが“どんぱち”ですッ!!」

 

 

秋月の予想外の行動に敵機も動揺したか、

僅かにスピードが緩んだように見えた。

その好機を見逃すはずもなく、

必殺の対空砲弾を浴びせ掛ける。

 

敵雷撃機の周囲には炸裂に伴って

ポップコーン状の黒煙群が発生。

そして飛散した破片や炸薬は敵機に

機体を引き裂きダメージを与え続ける。

 

 

たった1機を大量の黒煙が

取り囲み死の世界へと誘なう。

 

それを放った彼女———秋月型駆逐艦、

1番艦である秋月は固唾を呑み見つめる。

 

「各砲、撃ち方待て!」

 

 

秋月の命令を受け、

各砲は射撃を一旦止める。

 

 

(撃墜、できたのでしょうか…?!)

 

 

目視は不可能であり、レーダーも

砲弾の破片のエコーのため判別不能。

 

 

 

縋る思いで見張り妖精の報告を待つ…。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

……秋月を始め、全艦娘が現代化改修を

行われているのは周知の通りだが、

使用する砲弾についても同様であった。

 

彼女が放った対空砲弾についても

現在使われている技術を流用し、

炸薬や信管も大戦当時のそれらを

軽く凌駕する性能を持っていた。

 

10センチという小口径ではあるが

海上自衛隊内では中間の口径、

それほど威力に差異は無く射程も

十分であるため不足は無い。

信管も同様だ、撃墜する確率は

かつての物と比べ物にならぬ。

 

先日までの戦闘で秋月が撃墜した

敵機は決して少なくなく、伊勢や

輸送艦への攻撃を許してしまったのは

対応のキャパシティを超えてしまった

ためであり、僅か1機の敵機ならば

対空射撃で撃墜できる筈である。

 

 

☆☆☆

 

 

(嫌な予感、がします……!)

 

 

秋月は“何か”を感じ取った。

 

対空用の射管レーダー画面上には

破片のエコーが多数写っており、

撃墜の判定を下せていない。

各砲は秋月の『撃ち方待て』に従い

いつでも撃てる態勢を維持している。

 

10センチ砲弾の製造過程で

ミスでもあったのであろうか。

目標のかなり手前で炸裂したり、

炸薬が多過ぎためか大量の黒煙が

発生しており目視確認が困難だ。

 

 

無射撃の時間、空白の時間。

 

そのほんの10秒足らずの時間、

彼女は時間が過ぎるのが遅く感じた。

 

 

やや晴れた黒煙から目標が出てきた。

飛行不能に陥り墜落するのか…?

 

 

———違う。

 

 

「うそ……。

なんで?まだ飛んでる…!」

 

 

尾翼の大部分を失い、主翼をもぎ取られ

ながらも飛行するソレは異形だった。

 

エンジンは潰れ、プロペラはひしゃげて

いるのにもかかわらず、運命に引き寄せ

られるかのように飛んでいる敵機。

 

ゾワッ…。

 

 

“悪魔だ、アレはひこうきじゃない。

ひこうきじゃなくて悪魔なんだ”

 

 

秋月の脳内で何かが呟いた。

刹那遅れて射撃命令を下す。

 

だが数回射撃し終わったところで

彼女は慌てて撃つのを止めさせた。

 

 

「う、撃ち方止め!撃ち方やめェッ!」

 

“すずつき”が射線に重なり掛ける。

つまり、もうおしまいなのだ。

 

 

 

 

 

 

———そして秋月は悟った。

 

 

 

(間に合わなかった……)

 

 

 

 

※※※※

 

 

最後の数発が炸裂したのは見えた、

そして敵機が“すずつき”の艦首へと

突入しその付近で爆発らしきもの。

 

 

そこまで秋月の脳は認識した。

———いや、認識できたのだった。

 

 

(ごめん、なさい……“涼月”)

 

 

彼女のココロは“ソコ”に居なかった。

 

 

(もう———私に生きる資格なんて…)

 

 

 

それとほぼ同時、目の前にあるはずの

“どこか遠くの世界”から叫び声。

 

 

「敵機直上、急降下ァ!!」の叫び声。

 

 

(お姉ちゃん、何もできませんでした…)

 

 

 

もうすぐ自分にも“迎え”が来る。

急降下する爆弾が直撃するだろう。

 

 

 

 

突如、身体の力が抜け落ちた。

前方に倒れる体勢となるが秋月は

それを他人事の様に見ていた。

 

 

そして目を静かに閉じる。

これから自らに訪れるであろう運命を

拒否するどころか受け入れるかの如く。

 

 

 

(司令官…照月…ごめんなさい。

秋月は、もう……)

 

 

 

視界が暗黒に堕ちていく…。

 

 

 

(ごめん、なさい…す…ずt…)

 

 

 

死ぬとはこういうことなのだろう。

地獄に堕ちるとはこれを指すのだろう。

 

 

さらば、愛しき人たちよ…。

 

 

 

 

 

秋月は崩れ落ち、意識を手放した……。

 

 

 

 

 






投稿が遅くなり申し訳ありません。
納得のいく表現・描写が出来ず、
何ヶ月も試行錯誤をしておりました。

プライベートも仕事もぼちぼちです。
なお、他県への転勤等もあったため、
新しい職場での業務に必死でした!
勝手が異なるので効率が落ちますね。
もっと精進していきます。


●展開について
護衛艦すずつきは沈むのか。
そして防空駆逐艦秋月の運命は…?

かつての大戦時と同じく、
急降下爆撃による被弾は確実…。
どうなるのかは次話にて。

戦闘自体もそうですが、
秋月の精神が病まれていく描写を
考えている時か辛かったですね。

「重い」という言葉でごまかせない。
彼女にも失礼に当たるとともに、
命というものの価値について
私なりに再認識する機会となりました。
後日談でフォローもあります。


●新型DDGについて
’18年7月30日、日本で7隻目となる
DDG-179「まや」が進水しました。
…イージスとしても納得の艦名ですね。
2番艦は「たかお」ですかね?


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