桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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やや遅くなりましたが
2018年第1号になります。

深海棲艦が再び父島を空襲しますが、
どうも敵機の様子がおかしいようです。


2-9c 烈火の護り 中編 【艦隊、防空部隊】

 

 

“自らの安全を自らの力によって

守る意思を自ら持たない場合、

いかなる国家といえども、自ら独立と

平和を期待することはできない”

 

——ニッコロ・マキャヴェッリ

(フィレンツェ共和国外交官)

 

 

 

南鳥島沖

 

深海棲艦 駆逐棲姫フレッチャー

 

 

「———何故勝手なことをするッ?!

私の案を承認したのではないのかッ!」

 

 

フレッチャーは激怒した。

 

 

「敵も味方も腐っているとはな…!」

 

マーカスを占領した所まではいい。

 

…だが、攻勢に出る為の戦力として

上層部から提供してもらう筈だった

増援の機動部隊が彼女に相談もなく、

いつの間にか小笠原の西方海域へと

転用されていたのである。

 

 

先日撃破された父島東方の部隊が、

足止め・攻撃を目的としていたのは

彼女も了承していた。

 

だが同時に、もう一つ機動部隊を

提供される手筈となっていたのだが、

()()()その部隊は父島沖にいた…。

そして傍受した無線によると

既に戦闘を開始しているという。

 

 

先に借りる予約をしていたのに

勝手に別の者へ貸し出され自分が

キャンセルされては誰でも怒る。

 

しかしそれを貸し出した側———

つまり深海上層部へと連絡を

取ろうにも返信が無いのだ。

 

 

「———クソッ!!

ヘ級flagを捨て駒にしておいて、

挙句には占領部隊をも見捨てるか…!」

 

 

フレッチャーもこの時ばかりは

人間に対してより、味方であるはずの

深海棲艦上層部への憎悪が勝る。

 

 

“ヘ級flag”———即ち“那珂”のこと。

那珂は人類側で元気にしているのだが

彼女がそれを知る由も無い…。

 

 

そんな彼女に対し、

仲間から声が掛けられる。

 

 

?「———カリカリしても

現状は変わりませんよ。

ここは気持ちを落ち着かせて、

最善の方法を考えましょう!」

 

「…貴様の声を聞くと落ち着くと

いうよりも、なんだか力が抜ける。

怒る自分が馬鹿らしく感じるな」

 

 

やや棘のある言葉を返すフレッチャー。

しかし相手は気にも留めない。

 

 

「だが貴様は怖くは無いのか?

このままでは敵の奪還部隊が来襲し、

空襲や砲撃も仕掛けてくるのだ。

上層部の考えは読めぬが私たちは

捨てられたと捉えていいだろう、

現に機動部隊(増援)が来ていないのだから。

 

必然的に私のみならず戦艦である貴様も

攻撃される可能性が高いと思うが…」

 

「お心遣い、ありがとうございます!

でも“ヒラヌマ”は大丈夫です!!」

 

 

ヒラヌマ、という名の戦艦は続ける。

自分は仲間を守る為に戦うから

権力抗争などどうでもよい、と。

 

 

「貴様は心優しいのだな…」

 

 

フレッチャーは嫌味など含まない

心の底からの本音を言った。

 

 

「それはフレッチャーさんもですよ。

口調はちょっと怖い感じですけど

仲間のことを考えていて、これまで

上層部の方々に対して提案を

何度もなさってましたし…」

 

 

お互いを慰め合う二人。

これは埒が開かないな、と

フレッチャーは苦笑いした。

 

 

……

 

 

———彼女たちが占領した島、

南鳥島は見るも無惨な光景であった。

 

 

小さな島からは黒煙が上がっており

艦砲射撃が行われたことを意味していた。

 

【挿絵表示】

 

全長1372mの滑走路上は

砲弾によって大穴が開けられ、

その役目を果たすことなく破壊された。

 

 

 

【挿絵表示】

 

南鳥島派遣航空隊を始めとした

諸官庁の庁舎は崩壊しており、

鉄筋コンクリート製であっても

砲撃には無力であったことを物語る。

 

 

【挿絵表示】

 

燃料タンクはその中身を垂れ流し

炎は収まるところを知らない。

 

 

「…敵ながら哀れだな」

 

 

自らが作戦立案しておきながら、

と思ったがそんな言葉がふと漏れる。

 

 

“憎き人間を殺してやったぞ!”

 

 

…艦砲射撃直後、フレッチャーは

一種の達成感を感じていた。

だが暫くして落ち着きを取り戻すと

無性に儚さが心を満たしていった。

 

 

“憎い人間どもとはいえ、

相手は無抵抗のままだった。

自分たちはそれを虐殺したのだ”

 

 

“これが私の復讐なのか…?

復讐という目的達成の為に

こんな孤島を襲い、近海にある

海底資源を採掘している…?

 

やっていることは泥棒以下だ。

仲間たちに胸を張って、人間どもに

復讐してやったなどと言えるものかッ!”

 

 

———そして同じ占領部隊に

配属されていた戦艦ヒラヌマが

彼女の相談に乗ったという経緯。

 

攻略前の出撃時から1週間程度の

僅かな期間であったものの、

二人には信頼関係が芽生えた。

 

 

「———そうですね。

私も艦砲射撃をしている間、

遣る瀬無さを感じてしまいました…。

 

前世でも島への艦砲射撃は

何度か経験したことがあります。

あまり詳しくは思い出せませんが

確か敵飛行場に対しての艦砲射撃も

行ったと思います」

 

「…ほう、偶然だな。

私も曖昧ではあるが、敵飛行場がある

島に対して何回か砲撃をした気がする」

 

未だ完全ではないものの

嘗ての記憶が不思議と思い出され、

二人は共通の話題で盛り上がった。

 

 

「そうなんですね!

前世も駆逐艦だったとしたら

凄い武勲艦だったのでは?!」

 

「さぁそれはわからんな…。

にしても、貴様はなんとなくだが

“ヘ級flag”と似ているな」

 

 

フレッチャーは率直に

思ったことをヒラヌマに問うた。

 

 

「あの“フラへちゃん”さんですか?

確かに他の方にも言われたことは

ありますけど話し方だけみたいです。

…あ、そういえば彼女と前に

少しだけお話しした時に———

 

“ヒラヌマちゃんってさー、

もしかしたら前世で同じ国だった

かもしれないんだよねぇ〜…”

 

…と言われたことがありますね」

 

 

その言葉を聞いたフレッチャーは

静かにその眼を閉じる、浮かぶは

フラへがまだ健在だった過去…。

 

そんなフレッチャーを見て

ヒラヌマは笑みを浮かべて言った。

 

 

「“冷徹ブリザード”って

巷では呼ばれていますけど

本当は心優しいお方ですね…」

 

「…その名で呼ぶなヒラヌマ、

呼ばれると恥ずかしくなる」

 

 

———“冷徹ブリザード”、

駆逐棲姫フレッチャーの異名。

 

他愛ない会話が続いた後、

突如ヒラヌマは真顔で呟いた。

 

 

「もしかしたら———」

 

 

そこまで言うと口を閉じた。

気になったフレッチャーが

「いいから話してみろ」と催促すると

ヒラヌマは困ったように笑いながら、

渋々言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「確信は持てませんが

ヒラヌマとフレッチャーさんは

もしかしたら同じ国のフネだった…。

何故か、そんな気がしまして———」

 

 

何かを懐かしむように、

ヒラヌマは静かに語った。

 

 

※※※

 

 

父島沖上空

 

 

迫り来る敵艦載機に対して正義の矢、

数多の対空ミサイルが突き刺さる。

 

 

既に射程内であったのだが、

陸海空自衛隊間での目標割り振りに

少なからず手間取ってしまったようだ。

 

敵機は140機程いるため、

この割り振りによるタイムロスも

致し方ないと言えた。

 

後日、3自衛隊間における統合運用も

改善されていくのだがそれは別の話…。

 

 

むろん深海側とて馬鹿では無い。

 

防空態勢を整えている人間側に

策もなく突っ込んでくる訳もなく…。

 

 

「———撃墜25機ッ!!残りは健在!

敵編隊、真っ直ぐ突っ込んでくる!」

 

「たったそれだけかッ…?!」

 

 

電測員の叫びがCICに木霊する。

 

60発ほど放たれたミサイルを

敵編隊は巧妙に躱し、島に迫る。

 

 

「クソがッ!!化け物共め…!」

 

 

 

…深海棲艦の用いた策は単純だ。

 

 

①戦闘機隊を先行させてこれを囮とし、

ミサイル直撃直前に急激な機動を取ったこと。

 

高速なジェット機には真似できぬ

低速機———とはいえ機種によるが

時速500kmを超える———の機動は、

対空ミサイルの先端にあるシーカーを

少なからず欺くことができた。

 

早爆したミサイルの破片が

機体を痛めつけ10機ほど撃墜

されたものの、飛行可能な戦闘機は

そのまま防壁の務めを果たした。

 

 

②対空ミサイルの仕組みを見事、

逆手に取ったということ。

 

シーカー、つまり探索部分を騙し、

ミサイルに敵機が違う場所にいるから

そこに向かえと錯覚させたのだ。

 

具体的には———

 

 

「当該空域に多数の反応ッ!

チャフらしきものを撒いた模様ッ!!」

 

 

同様の報告が部隊内から上がる。

そして某艦の砲雷長は呟いた。

 

 

「———先程の“フレア”に引き続き

お次は“チャフ”を使ってきたか…。

敵も現代兵器への対策を取ってきた、

こいつはマズいかもな…」

 

 

彼の冷静な声とは裏腹に、額からは

一筋の汗がゆっくりと滴っていた、

自分でも気付かない程にゆっくりと。

 

 

……

 

 

それは対空戦闘に入る直前のことだった。

 

先刻の空自戦闘機による迎撃後、

彼らからとある報告が入ってきた。

 

 

“対空ミサイルを使用したところ

敵艦載機群は『照明弾』を投下、

フレア代わりに使用したようで

発射したミサイルの半数近くが暴発した”

 

 

対空ミサイルの全てが外れた訳では

無かったが、この事実は部隊内に

大きな衝撃を与えたのだ。

 

この空襲でわかった事実は後日、

各国政府や軍部に通知された。

 

そして各国軍内部においては、

戦場となった小笠原()()の別名である

ボニン()()のボニンを付けて

“ボニン・ショック”、と呼ばれた。

 

※ちなみに、小笠原諸島と同群島は別物で

諸島には硫黄島や南鳥島が含まれる。

世間でよく知られている小笠原は、

父島列島などの民間人がいる群島を指す。

例を挙げるとすれば、都区部である

東京23区と東京都の関係である。

 

◎小笠原諸島

 ●小笠原群島

  聟島列島 - 聟島、嫁島、

       媒島、北ノ島等《/b》

  父島列島 - 父島、兄島、弟島等《/b》

  母島列島 - 母島、姉島、妹島等《/b》

 ●西之島

 ●火山列島(硫黄列島)

   - 北硫黄島、硫黄島、南硫黄島

 ●孤立した島々 - 南鳥島、沖ノ鳥島

 

 

【挿絵表示】

 

 

人類の現代兵器への深海棲艦の適応、

新戦術がデビューした瞬間であった…。

 

 

戦闘配置についている隊員たちに

その動揺が広がりつつあった。

 

 

「皆さん落ち着いてください。

例えミサイルが決定打とならなくとも

私たちには砲熕兵器があります、

高角砲や機銃で落とせばいいんです!

 

現代の大砲なら命中率も期待でき

ますし、性能も艦娘のものよりも

格段に高性能のはずです。

要は“どんぱち”すればいいだけのこと、

臆せず撃ちまくりましょう!!

今保有している弾薬を撃ち尽くす

勢いで頑張って戦いましょう!」

 

 

部隊内の動揺を感じ取った秋月が

3隊合同無線にて熱弁を振るう。

 

言わんとすることはこれまでと

それほど変わらないが言い方は

戦場慣れしたのかやや砕けており、

雰囲気を汲んだものになっている。

 

 

(こんな時司令ならきっと、

そう言うのでしょうか…?)

 

 

提督の言葉をマネをして

参加部隊を激励する秋月。

 

「ふぅ…」とひと息ついた後、

この場にはいない提督を想う。

 

彼から指示らしい指示は来ていない、

戦闘前に邪魔してはいけないと

秋月たちを思い遣ってのことだ。

 

 

だが一言だけ艦娘たちに

メッセージを送っていた。

 

 

“残弾は気にするな、

とにかく撃ちまくるんだ。

攻撃は最大の防御だ、

後のことは考えずにやっちまえ!”

 

 

提督のメッセージは悲壮感に

包まれていた艦娘たちを勇気付けた。

 

鬼怒ら新規艦娘らからは

淡白過ぎると文句も出たが、

提督をよく知る秋月たちには

彼の言いたい事がすぐにわかった。

 

 

(“お前たちを信じてるぞ”、

そういう事なのですね司令…)

 

 

先日誓った通り精一杯の努力をする、

それだけを考えることにした。

 

 

※※※

 

 

水平線から湧き出る多数の黒い粒が

艦載砲の射程に入り砲撃が開始される、

言うまでもなくその正体は敵機。

 

 

避難した島民がトンネル内で怯える。

 

沖にいる艦隊、そして島内の

防空部隊の射撃音が内部に反響。

 

味方側の反撃によるものといえ、

それに怯えない者はいない。

 

 

「島民の皆さん、この銃撃音は自衛隊に

よるものですのでご安心ください!

深海棲艦の航空機が飛来してきています、

トンネルの外に出ないでください!」

 

 

父島基地分遣隊の隊員らは

避難民に声を掛け勇気付ける。

 

そしてやがて聞こえて来たのは

航空機群の不気味な輪唱…。

その音は隊員の顔をも蒼白にする。

 

こころなしか味方の銃撃音が

弱まったように感じる人々…。

 

 

「艦娘のおねーさん、がんばって…」

 

 

小学生だろう子どもの儚いコトバ。

 

だがその声はその場にいた

全ての者にはっきりと聞こえた…。

 

 

 

———沖では対空戦闘が始まっていた。

 

 

「…やらせないッ!」

 

朝潮が最大戦速で蛇行しつつ

主砲と機銃による弾幕を張る。

 

「この海域から出ていけっ!」

 

低空の雷撃機や戦闘機は、

艦隊の対空砲火に竦んでいるのか

組織的攻撃をできないでいる。

 

艦娘や自衛艦による艦載砲を始め

特設の12.7mm機銃やCIWS、

対空ミサイルが文字通り烈火の如く

自分たちへと向かってくるからだ。

 

【挿絵表示】

 

 

単純に敵機の練度が低いのか、

はたまた艦隊のそれが高いからか…?

 

 

護衛艦『はたかぜ』に乗艦する

第1護衛隊司令である山本1佐は

各艦に指示を出しつつCICで考察する。

 

 

(…ふむ、此方の迎撃もそうだが

敵艦載機の練度は前回よりも幾らか

低いようだ。敵はそれを数でカバー

しようと大編隊を寄越した、か?)

 

 

……

 

 

『はたかぜ』の甲板上には5インチの

単装砲が二問備え付けられている。

 

【挿絵表示】

 

性能は次世代より劣るものの、

その2門が生み出す投射力は高い。

 

艦長の指揮の元、急速転舵により

30ktを保ったまま船体が傾き、

乗員たちは近くの手摺に縋り付く。

 

“旗風”の名前を体現するかの如く

風がマストの戦闘旗等を靡かせる。

 

【挿絵表示】

 

艦内にいる乗員たちからは

「手荒な操艦しやがって…」と

艦長への不満が飛び出たが、

当の艦長はCICで指揮を取っている。

 

(これは俺の操艦ではないんだが…。

確かに手荒かもしれぬ、だが仕方ない)

 

艦長も同じ事を思っていたが

それを言わないのは知っているからだ。

 

何故乱暴とも言える操艦をしたのか、

何故艦外から爆音と激しい振動が

伝わってきたのかを…。

 

 

(至近弾か、艦橋の航海長が

上手く避けてくれたみたいだな…)

 

 

艦橋内は喧騒に包まれていた。

 

主に見張り員から伝えられるのは

敵機発見の報告であったり、

それらが投下する爆弾等の報告である。

 

右・左舷からの雷撃機であったり

急降下爆撃機又は戦闘機の動きを

見極めた上で、適切な回避と

防空をせねばならない。

 

 

このような光景は艦娘や現代艦問わず

守備艦隊内の至る所で起きていた。

 

無論それは陸でも変わらない———。

 

 

……

 

 

父島 防空陣地上空

 

 

艦隊をやり過ごした一部の敵機は

“どうにか”島の上空に到達した。

 

どうにか、と表現したのは

深海棲艦側の残機数とその動きが

攻撃をしようとするソレではないからだ。

 

 

———その数30機

 

島まで到達できた敵機の総数だ。

まあ上等だと言ってやりたいが

その編成は無情であった。

 

 

———急降下爆撃機8機

 

島を爆撃しようというのに

辿り着けたのは僅か、残りの22機は

機銃しか装備していない戦闘機。

 

 

火力不足という言葉では済まぬ。

沖の艦隊を攻撃する爆撃機編隊から

戦力を引抜こうにも既に投下している。

 

 

“何処ヲ爆撃スレバイイノダ…?”

 

 

爆撃隊の指揮官は悩んだ。

なにしろ発艦前に()()()ロクな

指示も受けずに飛来したため、

島のどこに人間共の基地や兵器が

あるのか全く把握できていないのだ。

 

編隊は掩蔽された陣地群を

発見出来ず、周回するしかなかった。

 

彼らは狙うべき目標を速やかに

発見したかった———が、それを

見逃す防空部隊ではない。

 

 

「———なんだアイツら…。

どうして一思いに攻撃してこないんだ」

 

 

地上の隊員が呟いた。

そうしている間も機関砲が火を吹き

10機近くを撃墜していた。

 

彼らからすれば対空射撃訓練で使う

訓練標的以下の只の的だ。

 

 

「まるで()()()()()()()()

()()()()()みたいな飛び方だな…」

 

隣の隊員は呟いた。

 

「なんか迷ってるようにも見えたな」

 

敵機は対空砲火を積極的に避ける

仕草も見せず空で爆散していった。

さながら防空部隊は残弾処理を

するかの如く一通り撃ったのみで、

陸の戦闘は呆気なく終わった。

 

 

……

 

 

島への攻撃が敵の不可解な行動により

失敗に終わる一方、父島沖では

敵艦載機による守備艦隊への攻撃が

熾烈を極めていた———。

 

 

第2護衛隊の護衛艦『あまぎり』は

敵の雷撃機に襲われていた。

上空からは少数の急降下爆撃機が

五月雨式に襲来し、転舵を

阻害するかのように爆撃を仕掛ける。

 

 

(南無三ッ…!)

 

艦長だけでなく乗員の誰もが

もうダメだと咄嗟に目を瞑った。

 

 

「…と、投下弾は全て至近弾っ!」

 

 

全て至近弾に終わったものの

水柱が生み出す大量の海水が

『あまぎり』を覆うように降り注ぐ。

 

その艦名を体現するかの様に

空から水飛沫が降雪の如く降る。

 

天霧(あまぎ)らひ 降りくる雪の ()なめども 

君に逢はむと ながらへわたる”…か?

いや、本来の意味とはやや違うな。

 

しかしだ、消えかかったものの

この『あまぎり』は水を被っただけ、

どうにか生きている…!

 

乗員を無事家族の元へ返す、

俺もまだ死んでいられないんだっ!)

 

 

「被害状況知らせッ!」

 

敵の狙いが悪かったのか、

爆弾は見当外れの所に着弾し

被害・負傷者無しの報告。

 

「両舷から雷撃機、来ますッ!」

 

 

そこに雷撃機が突進していく。

 

左右から挟み撃ちされつつも、

両舷に備えられたCIWS及び艦首の

76ミリ速射砲が敵機を狙い撃つ。

 

航空魚雷を投下する遥か手前で

砲弾を撃ち込まれた雷撃機が

強制的に海面に叩き付けられ

衝撃で魚雷が爆発する。

 

それに伴って水柱と爆炎が上がるが

物ともせず肉薄する別の敵機。

 

片舷の敵に集中していると

もう片方が疎かになってしまう。

CIWSが迎撃するも飽和状態を越えて、

左舷後部からの接近を許してしまう。

 

 

「左150度30から雷撃機3ッ!!」

 

 

見張りの報告は絶叫であった。

操艦指揮官である航海長は咄嗟に

「取舵、急げッ!」を下令する。

 

やや時間を空け船体が動き始めるが、

敵機の距離は目と鼻の先である。

 

後方は対空火器の死角となってしまうが

敵機からは非常に狙い辛い位置となる。

 

仮に投下できたとしても、3本の

魚雷がフネを並行に追走する形となり

避けられる確率が高まる。

 

しかしながら———

 

 

「———もし回避できたとしても

並走すればその後の回避運動に

支障をきたし、この『あまぎり』が

只走るだけの的になるぞ…」

 

 

第二次大戦のサマール島沖海戦。

 

その際、敵駆逐艦から放たれた

複数の魚雷が戦艦大和及び長門に

向かってきたため、どうにか回避した

ものの両側を挟まれる形となり、

魚雷の燃料が切れるまで両艦は

走り続けなければならなかった。

 

 

速射砲も死角であり使用不能、

先述のCIWSは別の編隊に対応中。

 

せめてCIWSの装備位置が

『あぶくま』や『あめ・なみ』型の

ように船体前後にあったならば、

後部が迎撃できたであろう。

ここで設計を恨んでも事態は変わらぬ。

{IMG37143

 

「———捉えたわ、ウザいのよっ!

主砲、『あまぎり』に群がってる

敵機を蹴散らしなさいッ!!」

 

 

近くにいた満潮であった。

 

彼女から敵雷撃機は左正横、

主砲3基6門を斉射可能な位置だ。

 

片方ずつ連装砲を交互に発射、

1機は直撃を喰らい爆散し残る2機も

炸裂した砲弾の破片を受け操縦不能に

なったのか海面に突入した。

 

その際機体から魚雷が落下したものの、

不良を起こしたのかそのまま沈下。

海面を走ることはなかった。

 

どうやら危機は乗り越えたようだ。

 

 

『助かったよ満潮、感謝する!』

 

「…どういたしましてっ!」

 

 

やや弾んだ声で『あまぎり』に応え

次なる目標を探すため転舵する。

 

(やった…!でも敵はいる、

もっと頑張るんだから…!!)

 

喜びもそこそこに指示を飛ばす。

 

「よし次はあの艦爆をやるわよっ!」

 

 

『あまぎり』でも喜びの声が挙がる。

対空戦闘と回避運動を続けつつだが

修羅場をくぐり抜けたことは大きい。

 

 

「お前海水メッチャ被ってるな…」

 

航海長が見張り員を見て一言。

 

「“水も滴る何とやら”、っすよ!」

 

戦闘に伴う高揚からか口調が軽いが

今それを咎める者がいるだろうか。

 

「そりゃ良かったな!

一丁前に男らしくなってるぜ?

戦闘が終わったら入浴許可してやる、

それまで風邪引くんじゃねぇぞ!」

 

「…ういッス!」

 

 

……

 

 

守備艦隊はそれなりの規模である。

 

艦隊戦力としては大井たちドロップ艦娘を

含めても40隻強いるが、その中には

対空兵装を装備していなかったり

対空戦闘を行えない艦船もいる。

 

戦闘艦ではない補助艦艇を始めとした

非戦闘艦艇や中破した輸送艦や

大破した天龍、そして徴用タンカー等だ。

 

となれば艦隊防空、即ち他の艦船を

守るための護衛艦が不可欠である。

 

イージス艦や『あきづき』型護衛艦が

この空襲でその役割を担うこととされ、

現に対空戦闘を行っている…。

 

 

———第8護衛隊『すずつき』は

護衛対象である民間船を護衛していた。

 

 

「敵の攻撃が妙だな…」

 

 

CICで艦長が呟く。

 

レーダー画面上には未だ敵機が

多数いるものの、空襲前とでは

明らかに異なる点があった。

 

 

(空襲が艦隊に集中している…?

確かに島を攻撃する上で邪魔に

なるから狙うのは当然だが、

島を攻撃しようとする様子が無い…)

 

 

島の防空部隊からの報告では

数十機が飛来したのみで、空襲らしい

空襲は受けずに全機撃墜したという。

 

島民にも被害は無いと聞き喜ぶが、

となると尚更敵の狙いがわからない。

 

 

「急降下爆撃機、1機撃墜ッ!」

 

「了解した。

継続して警戒を行え」

 

 

思いを巡らせていたとはいえ

やはりそこは艦長らしく適確に下令、

着実に敵機を撃墜していく。

 

そして次なる敵を狙うよう指示。

 

 

(一端の艦長である私が考えるのだ、

他の先輩方もきっと気付いている…)

 

 

———護衛対象を護る『すずつき』。

だが乗員たちは、真艦首方向から来る

1機の敵雷撃機を見落としていた……。

 

 

 

 

 

 

 





“天霧らひ 降りくる雪の 消なめども 
君に逢はむと ながらへわたる”


- 万葉集 第十巻 冬の相聞歌より

“空が曇って降ってくる雪のように、
今にも消えてしまいそうな私ですが、
あなたに逢いたいと思って、
まだ生きています”……という意味です。

●今回『あまぎり』、『はたかぜ』
そして『すずつき』と護衛艦が登場。
ドウシテナノデショウネ…?

●村雨及び龍田に改二実装。
イベントと並行して改二まで
頑張って上げたいですね!
ゲームと小説でもケッコンせねば…。

●島への空襲は失敗…?
それとも敵側に不手際があったのか。
急遽引っ張ってきた機動部隊での
空襲には、敵の裏事情があるようです。
そして『すずつき』にピンチが…!

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