桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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奪還部隊が南鳥島手前まで進出、
それを見越したかのように父島再空襲。

敵の規模は前回以上の200機超、
だが人類側にも戦力はあるのだ。

島には陸・空自の対空部隊。
現代のジェット戦闘機や
複数のイージス艦や護衛艦…。

そして鋼鉄の意志を持った艦娘たち。

提督は手助けできない状況であるが、
辛さよりも信じる想いは誰より強く。


戦いは一箇所で行われるのではない、
誰もが自分自身と戦っていた。
“自分”という、弱く強い敵と…。


———そして父島を覆う戦火、
後に“第二次父島空襲”と呼ばれる
深海棲艦の空襲が始まる。



2-9b 烈火の護り 前編

『———空自戦闘機隊、

敵艦載機まであと15分!』

 

 

艦隊中に流れる無線が

乗員や妖精たちを緊張させる。

 

ある者は空を睨み、

またある者はレーダー画面を…。

 

 

「やっぱ電探があると

心の準備をする余裕があるよね〜。

時代は対空防御ッ!

“いーじす艦”っていうのは

イマイチよくわからないけど、

高性能電探マジパナイ!!」

 

 

明らかに場違いな関心した声、

鬼怒はうんうんと満足げだ。

 

 

『随分お気楽そうじゃの。

———まぁお主のことじゃから

あえて大口を叩いていると思うが…』

 

鬼怒の艦上にある主砲や

高角砲から対空機銃まで、

銃砲と呼ばれるものは全て

敵編隊の方向を向いている。

 

他の艦娘も同様だ。

 

 

「そりゃ私も頑張りたいし!」

 

 

気合い十分に言い放つ鬼怒。

それはこの場にいる艦娘全艦の

心の代弁であり、必然であった。

 

 

何かが始まる前の緊張は

始まった後のそれより強い。

いざ始まれば、興奮や激情で

緊張などすぐに忘れられるが、

この待つ時間は特に長く感じる。

 

 

(大淀さんや秋月ちゃんも

気合いが入ってるねぇ〜!

私も負けてられないよッ!!)

 

 

せっかく“戻った”のだ、

阿武隈や他の艦娘との話もしたい。

 

それに提督も面白い人そうだし

落ち着いたら交流を深めたい、

対空戦闘の手順を確認しつつも

鬼怒は作戦終了後を考える。

 

 

「———さぁ!この鬼怒が

ドーンといっちょやったりますよッ!」

 

 

※※※

 

 

この迎撃作戦は大まかに

3つのフェイズに別けられる。

 

 

1つ目、陸上から発進した航空部隊が

敵艦載機に奇襲を加える、そのまま

返す刀で機動部隊を襲撃。

敵空母を優先し攻撃する。

 

2つ目、父島に停泊中の艦隊は

飛来する敵艦載機残党を迎撃。

島に駐屯する陸・空自部隊と協同し、

可能な限り艦隊及び島への被害を防ぐ。

 

そして3つ目、

上記1で襲撃した機動部隊に対し

“徹底的な”攻撃を仕掛け、

一隻も残さず撃滅すること…。

 

 

迎撃作戦と呼んでいるものの

実際にはカウンターアタック、

つまり逆襲を目的としている。

 

例え空母を撃破できたとしても

まだ水上艦は健在、そのまま砲撃戦を

仕掛けてくる危険があるからだ。

 

 

『この利根がいる艦隊を狙うとは

敵もなかなかいい度胸じゃ!』

 

敵を褒めるかのように

利根が声を張り上げる。

 

『結構な気合いですね利根さん、

しかし敵は数百の艦載機です。

先日の空襲の際にこの妙高は

100機ほどの敵機に対し無力でした、

大淀さんや秋月さんたちが

死力を尽くしても被害は出ました…。

 

遠慮は無用です。この戦い、

保有弾薬を使い果たす勢いで

全身全霊で参りましょう!!』

 

注意する、という感じではなく

むしろもっと気合いを入れよと

言うかのように妙高。

 

『ふむ…妙高をしても、か。

護衛艦やお主らが奮戦しても敵の

勢いは抑えきれなかったということか。

敵は前回の倍、こちらも戦力を

増強したとはいえ苦戦は免れぬ。

 

じゃが今回は空自の援護もある。

戦闘機隊は数航過した後に

機動部隊に向かうそうじゃが

少なくも50機程度は落とせるはずじゃ。

陸海空の対空ミサイル、そして

待ち構えた高角砲や陸上の機関砲で

弾幕による十字砲火…』

 

 

ほれ、これなら心配はないぞ。

そう言って笑う利根に思わず

釣られて笑みが零れる。

 

 

『それに———』

 

 

利根はこれまでの口調を改め

やや畏まったように語り始めた。

 

 

『———初出撃でこの父島に

来た時、山の中にある喫茶店で

たしか提督が話しておったのう…

 

“知っていると思うけどこの平和な

父島だってかつては要塞化され、

激しい空襲にあっていた”

 

“戦争のために戦争をするんじゃない、

守りたいもののために戦うんだ”

…と。

 

あの時の提督は悲しそうじゃった、

それも無理もないかもしれぬ』

 

『あら、もしかしてあの時

利根さんは起きてらしたのですか?』

 

 

妙高の問いに答える。

 

 

『うむ。ふと目が覚めてな。

起き上がるのは気が引けたから

寝たふりをしておったのじゃ…』

 

 

他の艦娘たちは、利根と妙高の

通話を聞きながら考える。

戦いの意味と守るべきものを。

 

 

『———その時吾輩は思った、

“何故戦う、夕陽と海が美しいなら

それでいいのではないか?”、と。

 

本土では見れぬ美しさに

心が洗われるようじゃった、

陽が水平線に沈む光景は

今でも目に焼き付いておる。

暫し、争うことの愚かさを感じた…。

 

 

———じゃが、だからこそ…。

だからこそ戦わねばならぬ。

 

“何故戦うか、それは

夕陽と海が美しいから、

ただそれを守りたいから”なのだと。

 

島、人…それは正しく宝であって

吾輩たちは守護者、ならば戦うことに

明確な“何故”や“理由”は必要無いのじゃ。

 

 

長10センチ高角砲で守り切れぬなら

重巡の持つ20センチ砲を使えばいい、

無理なら空自の戦闘機を頼るのじゃ、

だめならありったけの対空ミサイルを

撃ち込んでやるのじゃ!

 

吾輩たち艦娘の対空機銃

そして護衛艦や陸上の対空機関砲、

それが落とすは銀翼の悪魔。

 

悪魔が災いを運んできている、

ならここで守り抜くしかないッ!

総員、刀折れ矢尽きるまで奮戦せい!

 

提督が吾輩たちを、守備艦隊として

この島に残したその決断の意味、

そして守備艦隊の存在意義…。

それを敵に見せつけてやろうぞッ!』

 

 

利根の凜とした声が響き渡る。

 

 

(それに……、提督とのキスは

吾輩が最初にしたのだぞ?)

 

 

ただの間接キスじゃがな!と

独り静かに笑う利根であった。

 

 

そして笑みはそのままに

心は臨戦モードに切り替える。

 

 

(提督よ、お主も頑張っておるな。

吾輩がこの守備艦隊に加わる以上、

後方のことは心配せずともよい!

思う存分暴れてこいッ!)

 

 

腕を組み不敵な笑みを浮かべ、

利根は青空を見据えた。

 

 

彼女の声は艦娘部隊のみならず、

護衛艦部隊や陸上部隊にも届いた。

 

 

※※※

 

 

 

 

“もう誰も死なせたくない”

 

 

 

 

各々の願いは同じであった。

所属や職種、役割といった縦割りは

この場には関係なかった。

 

 

「———各機、

無茶な機動はするなよッ! ...formation break ready...」

 

 

空自のジェット戦闘機部隊…。

 

緊迫感のある無線の内容からして

敵編隊に突っ込む直前だろうか。

 

敵が気付く前に撃った対空ミサイルが

まもなく全弾命中するだろう。

敵制空隊もここにきて事態を把握、

なけなしの抵抗を試みる。

 

 

「———now!! …敵戦闘機には構うな、

爆撃機と雷撃機を集中攻撃!

この迎撃戦における目的と

目標を忘れるんじゃないぞッ!」

 

 

……

 

 

「———空自が迎撃後これと合流。

機動部隊への攻撃はそれからだ、

各機、エアスピード注意。時間調整を密に行え!」

 

 

海自の哨戒機部隊…。

 

対艦ミサイル装備は当然であるが

あろうことか対潜爆弾(爆雷)をも

搭載して敵を倒そうとしている。

 

【挿絵表示】

 

対空砲火に晒されたとしても

その根源たる敵艦隊を屠る気か。

 

だが搭載命令を出した航空隊司令は、

投下は敵砲火が弱まってから、という

条件付きでの攻撃を指示している。

哨戒機が一機でも欠けたら

航空作戦は成り立たないからだ。

 

それを使う機会はないかもしれない。

だが投下できるのであれば投下する、

全搭乗員の決意は揺るがない。

 

【挿絵表示】

 

ほんの10数機、だがその機体には

小規模艦隊程度であれば簡単に

沈められる程の武器が備わっていた。

 

 

……

 

 

「陸も空も関係ねぇぞ、

全員が強いチームワークを

忘れずに一致団結するんだ!

 

備蓄弾薬の心配なんぞ不要、

とにかく撃って落としまくれ!

弾幕を張れば敵も逃げ出す!」

 

 

陸・空自の防空部隊…。

 

統合運用指揮官の2等空佐が叫ぶ。

対空ミサイルや各種対空機関砲が

空を睨み、対空レーダーが島に迫る

敵艦載機を待ち構える。

 

陸自が持ち込んだ、とある兵器。

全国の駐屯地から集められた

87式自走高射機関砲が島内に分散。

 

【挿絵表示】

 

その射程6000mに入った者は逃さぬ、

部内愛称のガンタンクは伊達ではない。

 

島内の山らしい山全てに対空陣地が

設けられ、土嚢や掩蔽には

機関銃が載せられている。

 

 

空自もそれに劣らず布陣をしていた。

大処分よろしく、全国から掻き集めた

航空基地防空用の機関砲“VADS”、

これらを路上駐車をするかのように設置。

 

その内“VADS2”は自動追尾機能が

付いていないものの、数は揃えており

統制と射手の技量次第でどうにかなる。

 

【挿絵表示】

 

 

「手ェ空いてる奴らは携SAMを

受け取り島内に分散しろ!

撃ち終わったランチャーは

投げ捨てても構わん、自分の

身を守ることを優先しろッ!!

 

だが捨てた場所は忘れるなよ、

紛失したら弁償させっからな!」

 

 

最後の一言に隊員たちが苦笑いする。

 

“死なずに還ってこい”

 

そう言いたいのだろう、

士気はあがったようだ。

 

 

手空きの隊員は携行SAMを担ぎ

道路脇に伏せて息を潜める。

 

 

……

 

 

「———敵艦隊はまだ射程外だ。

だが俺たちの役割は重要、

この空襲では被弾できねぇぞ!

 

爆撃をやり過ごしてからが本番、

対艦ミサイルを敵の土手っ腹に

ぶち込むことだけを考えろ!

 

それまでは大人しく掩蔽壕に隠れて

ジャガイモの皮でも剥いとこうぜ?

今日は金曜日、海自じゃ金曜の昼は

カレーを食うらしいからな。

 

艦娘のネーチャンたちの

奮戦を祈って縁担ぎでェ…。

腹が減ったらミサイルは撃てんってな、

辛ェ(つらい)辛ェ(からい)をまとめて食っちまえ!」

 

 

陸自の地対艦ミサイル部隊…。

敵が射程内に入るまで、彼らは

ひたすら隠れるしかできない。

 

【挿絵表示】

 

だからこそ明るく振る舞う、

戦闘終了後の昼食を準備し

防空部隊の隊員に振る舞うようだ。

 

 

(島民の避難は完了している。

建物が被害を受けたとしても

そこに人が居なけりゃいいだけ…。

島民と装備に被害を出さなけりゃ

俺たち人間様の勝利ということだ)

 

 

前回の空襲時の避難場所は

小学校であったが、今回はそれを

港近くにあるトンネルに改めた。

 

島の中心地とそれに隣接する地区を

結ぶこのトンネルは戦前に造られ、

戦時中は防空壕としても利用されていた。

 

【挿絵表示】

 

70年以上経って再び防空壕として

利用されるというのも、やや悲しい

気もするが今は島民の安全が優先だ。

 

 

「———空襲後からが本番だぞ!

俺たちがやられちまったら

奪還部隊が困っちまうからな、

それを弁えてジッとしておけよ?!」

 

 

指揮官である連隊長は

隷下の隊員たちに言い聞かせる。

そして自分自身に対しても…。

 

 

(ちと臆病になっちまうが

戦術的には最善だろうな。

 

護衛艦や空母の弾薬も無限ではない、

陸自の存在意義は防衛だけじゃねぇんだ。

 

島には対艦ミサイルがある、

これを活用しない手はねぇ。

空襲が終わったら護衛艦にいる

ウミのお偉いさんに相談してみっか…)

 

 

そう、空襲だけで終わりではない。

その次の反撃こそが重要なのだ。

 

 

連隊長に策有り、

その内容とは一体……?

 

 

 

※※※

 

雲龍 艦橋

 

 

「———空自戦闘機隊、迎撃終了。

敵編隊200機の内63機を撃墜、

これは爆撃機と雷撃機の4割との事!」

 

空自戦闘機による迎撃が終わり、

通信妖精が傍受した無線を報告する。

 

「流石F-4戦闘機だ、期待以上の

活躍をしてくれるじゃないか」

 

俺は素直に感想を述べた。

 

「父島方面の報告は逐次頼む。

メシ時でもいつでも言ってきてくれ」

 

わかりました、と妖精は応えた。

 

 

「ひとまずは安心、かな」

 

敵艦載機編隊は200機。

63機で4割ということは

敵攻撃機は150機いたということ、

そして残りは90機ぐらいはいる。

 

(全部で残り140機ってところか、

奴らは物量でゴリ押ししてきやがる…)

 

一安心つけるか?と思ったが

背中を嫌な汗が再び流れ始める。

 

 

増強した水上部隊、イージスも複数いる、

島には防空部隊も待ち構えている。

 

しかし俺はその場には居ない。

遠くの海上で祈るしかできない。

 

「いっそ空母にジェット機積もうぜ?

旧式でもいいからたんまりと」

 

「無茶を言わないで提督、

仮に載せられて発艦できたとしても

着艦は簡単じゃないのよ…?」

 

 

声に振り向くと雲龍。

先ほど飛行長に呼ばれ

艦橋を離れていたのだが、

丁度格納庫から戻ってきたらしい。

 

 

「それくらいわかってるって。

木製甲板は絶対焼けるし

アレスティング・ワイヤーの強度も

絶対持たないだろうからなぁ…。

 

でも追々は艦載機の改良を含め

空母運用を変えていきたいと思う。

航空管制の近代化もそうだし

アングルドデッキとかもいいんじゃね?

 

艦載機はホイホイ作れないけど、

民間業者と協力すれば防御力や

整備性が格段にアップするだろうさ。

機体の設計図もそのへんの図書館で

簡単に手に入るわけだしな。

 

現状では無課金装備みたいに

零戦21型とかを使っているけど

その気になれば52型や烈風!

艦爆や艦攻だって更新できるし

しばらく辛抱してくれよな」

 

 

心配は尽きないものの、

今の俺には正直何もできぬ。

薄情であるが割り切るしかない。

 

俺の言葉に雲龍が食い付いた。

 

 

「ふーん…優秀な艦載機、ねぇ。

それを満載にして天城や葛城と

肩を並べて出撃したいわね」

 

「できるさ、そう遠くない。

二人にもきっと出会えるさ、

気持ちが結果を生み出すんだ。

 

アングルド・デッキは流石に

無理があるかもしれないが、

艦載機なら製造ライン構築を

考慮して2,3年以内ってとこか」

 

 

雲龍と話している間にも

島には敵機が忍び寄っている。

 

入ってくる情報を分析しつつ

奪還部隊は東へ邁進する。

 

 

(頼むぜ父島のみんな…)

 

 

悩みや心配は尽きない。

それらを一言にまとめた、

簡潔明瞭な祈りのコトバ。

 

 

俺の願いは遠く離れた

父島部隊へと届くだろうか…?

 





今回はやや少なめの文章です。

描写は省きましたが空自の
F-4EJ改戦闘機による迎撃終了。
トントン拍子に進みます。

写真を多めに挿入してみました。

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