桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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後編となりますが、実際は結果報告。
サラッとした戦闘終結の流れです。



2-8b マーカス前哨戦 後半 【戦果、父島部隊】

 

砲撃を行う艦娘たちの後方には

空母4隻が護衛艦を伴って待機。

 

戦艦や駆逐艦が前方で砲撃する中、

敵の射程外で戦闘を見守っていた。

 

 

 

「そろそろ、かしらね…」

 

艦橋の壁に掛けられた時計を

じっと見つめながら雲龍が呟く。

 

「潜水艦からは距離があるから

ここからは発射音は確認できないが、

予定通りなら間も無く直撃だ」

 

 

艦橋の両ウイングでは

見張り妖精が敵艦隊を注視する。

飛行甲板上には妖精がちらほら、

雷撃の様子を見にきた野次馬であろう。

 

程なくして、砲撃を実施していた

多数の敵艦に水柱が上がる。

 

前方で艦砲射撃をしていた

艦娘たちは予定通り射撃を中止した。

 

 

「…おっしゃあ!

艦爆隊、爆撃開始ッ!!

敵に潜水艦を攻撃させるな!

対空砲火が生きている敵艦から

優先して攻撃しろッ!」

 

俺がそう命令を出さずとも

既に彼らは急降下を開始していた。

 

 

……

 

 

「相変わらず“蒼龍”の艦爆隊は

無茶な機動で突っ込んでいきやがる。

んで“雲龍”と“加賀”の奴らは

教範通り横一列からの正攻法か…、

対空砲火は殆ど無いみたいだな」

 

千代田艦爆隊の隊長は呟く。

 

千代田艦爆隊は提督の発艦命令が

下るのを待ってから発艦したのだが、

他3艦、加賀・蒼龍・雲龍の艦爆隊は

ちゃっかりフライングしていた。

 

 

“提督ッ、待ちきれないんで出ますぜ!”

 

“おいおい、まだ発艦命令だしてねぇぞ。

血気盛んなのはいいことだけどさぁ…”

 

 

これには提督も苦笑いしたが

規律的にはグレーゾーンである。

 

彼を乗せている雲龍は一応謝罪、

加賀たちがそれを黙っているのは

提督に叱られたくないからか。

 

 

やや他の3隊に出遅れてしまったため

後ろから後続する形で飛行していた。

 

艦爆隊群は敵艦隊の手前で上昇、

上空3000mに達し次第急降下。

 

此処に至り敵はやっと艦爆隊に

気付いたのか、対空砲を撃ち始める。

 

…だが先程の魚雷命中により

弾火薬や燃料等に引火したのか、

爆発を起こす敵艦が少なくない。

 

 

「でもこの密度ならこちら側の

被害も最少限で済みそうだな」

 

隊長はニッと笑みを浮かべた、

それは慢心ではなく確信であった。

 

「この前攻撃した時は敵空母の

対空砲火もありましたからねぇ。

被撃墜はありましたが妖精が

誰一人戦死しなかったのは奇跡です。

でも油断したらやられます、

気を引き締めていきましょう!」

 

後部の機銃手を務める妖精が

伝声管を使って話しかける。

 

「ほう…お前も随分と

口の利き方が偉くなったもんだ。

この俺に説法するたぁ、いい度胸だ」

 

「い、いえそんなつもりはっ!」

 

しかし隊長は全く怒っておらず

むしろそれを喜んでいるようであった。

 

 

千代田艦爆隊は敵艦隊上空に達し、

隊長は列機へと告げる。

 

「…っと、そろそろだ。

対空砲火は下火になっているが

まだ沈黙したわけじゃない。

油断せず訓練通りやればいい」

 

そう言うと機体を反転させ

操縦桿を引いて急降下を始める。

 

艦爆隊はダイブブレーキを開き

急降下に伴う速度超過を防ぐ。

速度が速過ぎると、投弾の狙いが

狂うだけでなく機体の引き起こしが

できなくなりそのまま墜落の恐れがある。

 

速力を絞りつつ、これを開いて

爆撃手を兼ねた操縦手は狙いを定める。

後座の射撃手は高度を読み上げ、

投弾タイミングのサポートをする。

 

 

千代田隊が狙ったのは、

前3隊が撃ち漏らした敵艦。

既に被弾した敵艦については

脅威度が低いと判断しての選択だ。

 

広く万遍なく被害を加えて

その後は艦娘が始末する流れだ。

 

 

……

 

 

突如潜水艦による雷撃を受け

混乱していた深海棲艦部隊は、

まともな対空砲火も撃てぬまま

次々と爆撃を受けて戦力を削られる。

 

時たま艦爆に対空機銃が命中するが

どれも撃墜には至らず、むしろ

お返しとばかりに爆弾が命中し撃沈。

 

戦闘前は20数隻はいた敵艦隊も、

爆撃が終われば5隻程度まで減っていた。

水上に浮かぶ敵はいずれも

爆撃又は艦砲射撃により被弾し、

その抵抗は無駄あがきであった。

 

 

「水雷戦隊、突入ッ!!

残敵にトドメを刺してやれ!

金剛たちはそれに同行して

警戒にあたれ、抵抗するようなら

主砲をぶっ放しても構わん!」

 

後方で戦闘の推移を見守っていた俺は

すかさず突撃命令を下した。

 

 

……

 

 

———陸海空ならぬ水中及び空中

そして水上の戦術を駆使した統合運用の

立体的海戦は、理想的な結果に終わった。

 

 

 

戦果、敵艦隊潰滅。

 

 

護衛として張り付いていた軽巡らは

先述の通りなす術なく沈んだ。

 

その後、残っていた敵空母群を

戦艦・重巡による喫水付近への

演習弾及び照明弾射撃による

ボディーブローにて“処分”した。

 

処分、と表現したのは敵を

沈める様子が戦闘と呼ぶには

あまりに乏しかったからだ。

 

的当て、という言葉が当てはまるし、

死体撃ちとも呼べるかもしれない。

艦娘たちからもやや不満が上がる。

 

 

『ど〜してまた演習弾なんデ〜ス?』

 

『そうよ!こんな華々しくない海戦、

演習みたいなものじゃないのッ?!』

 

 

といった文句も出たのだが、

実弾を残しておきたいという

悲しい艦隊の懐事情があった。

 

「まぁ金剛も足柄もそう腐るなって。

マーカスでは砲身が焼け付く位に

その自慢の主砲を撃ってもらう、

今回はウォーミングアップってことで」

 

 

海幕は、“鳳翔の時”のように

敵の調査を実施させたかったが、

緊迫する戦局を考慮し撃沈を指示した。

 

俺も内心では、

(二度と立入調査はゴメンだぜ…)

とホッと胸を撫で下ろした。

 

その件についてだが、鳳翔の前身?

であったヌ級についての

調査結果は既に解析済みだ。

材質はもとより、艦内にあった

敵の書類やヌ級本体の肉片(破片か?)

 

それが正規空母に代わるだけのこと。

装甲といった諸元よりむしろ、

深海棲艦という敵自体の

仕組みを探究すべきである。

 

…というわけで、俺が

マーカス前の前哨戦と位置付けた、

小笠原東方海域における敵の

残存機動部隊はあっけなく全滅。

 

 

此方の被害も無しと言っていい。

雷撃を行なった潜水部隊は

案の定敵の爆雷攻撃を受けたものの、

深々度に潜航したため無傷。

 

ただ深く潜り過ぎてしまい、

バルブから漏水したのが2隻あった。

それは乗員による適切な対処により

すぐに復旧し、戦闘態勢は維持された。

 

一体深度何mまで潜航したのか…。

答えはサブマリナーのみぞ知る。

 

……

 

艦爆隊は4隊共に優秀であった。

 

攻撃のみならず、急降下中の

回避運動といった“防御”により、

10機程被弾はあったが無事生還。

着艦時の操縦ミスにより墜落した

蒼龍の損失1機を除けば全機着艦。

 

「落ちた奴らが無事でよかったぜ」

 

所属する蒼龍を掠めるように墜落、

至近にいた護衛艦により救助され

全機着艦後に内火艇にて移送。

 

搭乗していた妖精2人については

切り傷はあったものの無事だった。

 

「———ったく…。

爆撃に集中し過ぎて着艦の

方法を忘れたんじゃねぇかな?」

 

『あはは、そうかもね…。

私からも言っておくよ〜』

 

やや苦笑いで蒼龍が応える。

 

「へへっ…冗談さ、空母の4人は

妖精たちを労ってあげてくれよ。

今回のヒーローは艦爆隊の妖精さ」

 

そんな軽いジョークで

一時的に凍りついた雰囲気を変える。

 

「———前方に進出した各艦は

元の位置に復帰して陣形に加われ。

 

空母の4人については艦載機を

収容したら速やかに整備と休養を。

みんなよくやってくれた、

これで艦隊はマーカスへ進出できる。

 

今後については陣形の外周警戒を

護衛艦に一旦委任して、整備作業。

兵装の整備と補給が完了したら

随時交代して警戒に当たってくれ。

細かいことは落ち着いてから

また伝える、今は休息に努めてくれ」

 

『『了解!』』

 

 

艦娘たちの元気な声を聞いた後、

俺は彼女たちの健闘を讃えた。

 

 

 

※※※

 

 

———海戦の翌日

 

南鳥島まで500km地点

 

 

 

 

「現在地は父島から1300キロか…、

12ktで一日航行して500キロ進んだ。

単純計算でもう一日掛かるか、

進めど進めど海しかねぇじゃん…。

敵も出てこないしヒマだぁ〜!」

 

もう海はうんざりとばかりに呟く。

 

更に島の手前300km辺りから

対空警戒に入るため更に遅くなる。

 

島を囲むように敵強襲揚陸艦隊も

いるだろう、対水上戦闘も控えている。

 

「そうやって呑気にして

いられるのもあと数百キロまでよ?

まぁ提督自身がそれを一番

わかっているでしょうけど…」

 

「俺は気を張る時と休む時の

メリハリに厳しい人間でね。

 

上官が下手に警戒を命令しても

それが適時でなければ意味は無い。

ま、逆に上官が常に昼行灯だと

部下は不安になっちまうしなぁ。

 

ある時は堂々と休み、

またある堂々と命令する。

これぞイケメン提督の秘訣だせ?」

 

「艦橋の司令席に居座ることは

休んでいると言えるのかしら…?」

 

雲龍とのトークを楽しみつつも、

艦橋にて艦隊の進出を見守る。

 

「ん〜…半休半働、ってやつ?」

 

「無理がある四字熟語ね、

あながち間違ってないけど…」

 

それなりに提督としての

役割を果たしてるつもりだ。

 

“百聞は一見に如かず”と言うように、

戦場というものは直接見てこそ

その空気を感じ取ることができる。

 

現代戦は暗いCICで作戦指揮を

取るのが一般的ではあるが、

素人指揮官な俺にとっては

そんな常識は非常識である。

 

「“見ることもまた闘いだ”…って

どこかの強い医者が言ってた」

 

「時は正に“世紀末”…?」

 

「大体あってるから困るよなソレ」

 

世界は深海棲艦の猛威に包まれている。

こうして日本が戦っていること瞬間も

世界の各地では敵の攻撃が行われている。

 

 

……

 

 

予定ではあと2時間後に

艦隊から各種偵察機が発艦する。

戦艦や重巡に搭載された水偵も

その役割を余すとこなく使う。

 

それと同時に硫黄島からも哨戒機等が

偵察攻撃を行う手筈になっている。

 

 

“偵察攻撃”、即ち———

 

 

敵性対潜・対水上目標を発見次第、

通常の手続きを省いた無警告攻撃の実施。

 

 

———自衛隊が軍隊としての

第一歩を踏み出した瞬間であった。

 

 

近隣諸国に対してもこの旨を通達、

反発もあったが政府は当然無視した。

 

日本『え、なんで反対すんのさ。

あ、今もしかして領海侵犯してるの?』

 

近隣諸国『し、してねーし!

か、勝手にすればいいじゃんっ!』

 

日本『うん、じゃあそうするね。

深海棲艦は悪い奴らだからね、

領土と領海を専守防衛するよー。

人類側が領海に入るわけないから

不審な軍艦はすぐ攻撃するよー(棒)』

 

近隣諸国『(……チッ)』

 

 

反発した国は敢えて明かさないでおく…。

 

海幕からは、某国の原子力潜水艦が

慌てて領海付近から退去したとの報告。

どうやら海自が小笠原に進出中に、

良からぬことをしていたようだ。

 

 

(火事場泥棒ってやつか?

あの国だって沿岸部では深海棲艦の

襲撃を受けている筈なのに…。

どうしてそんなことができるんだ?)

 

端末を操作しつつ怒りを覚える。

 

(自国民よりも政党や国策を優先、

そんな国が日本の隣にいるとはなぁ。

今後のシーレーン防衛では

一悶着が起きるかもしれんな…)

 

こうして戦っているだけでも

頭を抱えたいというのに、

味方である筈の人間がこうして

私利私欲を画策する現実。

 

味方である米海軍が日本から

撤退同然に引き上げたのが要因だろう。

そして佐世保基地を母港とする

護衛艦もその殆どが護衛任務部隊へと

派出してしまったこともある。

 

つまりは西方領海は無法地帯。

無論、最低限の護衛艦等はいるが

必然と警戒にも“抜け”があるワケで…。

 

 

SW(サーウエスト)———東シナ海には

アブない方々がいるようだ…。

 

(ケッ、政治的判断は本土の海幕に

任せて俺は目の前に集中しよう…)

 

 

世の中どーにもならんものもあるし

考えるだけ無駄、ムダの極み。

 

(索敵を行い敵情を探る、

少なくとも敵の編成を調べないと…)

 

俺の隷下である艦娘、そして

部隊指揮官を通して硫黄島の哨戒機へ

求める情報のオーダーを送る…。

 

 

※※※

 

父島沖 駆逐艦『秋雲』

 

 

「———ねぇ、あの提督って

普段からあんな感じなの?」

 

秋雲は唐突に問いかける。

 

『そうじゃな、確かに提督は普段から

艦娘にセクハラをしておるぞ!』

 

利根が自信満々に答える。

何故胸を張ってそう言えるのか…。

 

それに便乗するように妙高。

 

『否定はできませんね…。

ですが提督はみんなにとても

優しくしてくださいます。

ちょっとだけ子供らしい一面も

お持ちで可愛らしいですよ』

 

「えぇ…まさか妙高さんまで

“恋する乙女”になっちゃってる…?」

 

 

流石に秋雲は驚いた。

真面目艦娘の一角を占める妙高でさえ

あの提督を少なからず慕っているとは。

 

(まぁアタシ的にも好きになれそう

だし全然いいんだけどね〜)

 

これは恋愛的な意味ではなく、

ヒトとして好きという意味である。

 

一目惚れとか運命の出会いというのは

現実ではそうそうあるものではない。

 

 

『あの人って人気者なんだね!

阿武隈から聞いたんだけど

提督とキスもしちゃってて、

一部ではプロポーズもしたんだって!』

 

鬼怒の言葉に長月がため息を吐く。

 

『司令官はそんなに色男なのか…。

だがこうして多くの艦娘に慕われて

いるということは、少なくとも

指揮官としての器はあるのだろうな』

 

『…別に私は誰が指揮官だろうと

関係ありませんので気にしてません。

ただ“北上さん”に早く会わせて

もらえればそれでいいです』

 

素っ気なく大井が言い放つ。

北上を慕う想いを隠そうとしない

姿勢はメンタルが強いと言うべきか。

 

その言葉に異を唱える者、

それはとても意外な人物だった。

 

『そんなことないわよ、大井さん。

私も司令官と詳しく話すまでは

同じように思ってました。

 

でも、司令官は司令官なりに

私たちを思ってくれている。

そして艦娘に対しては言えない

悩みや弱さも抱えていても

最善の努力をしている…』

 

 

満潮の珍しく好意的な意見に

艦娘たちは、朧げに事情が理解できた。

 

((やっぱり惚れてるんだ…))

 

もしや提督は、艦娘を惹きつけるオーラ

でもあるのかと不思議に思いつつも、

秋雲たちは静かに話を聞き続けた。

 

 

……

 

 

提督についてのトークは、

容姿や中身についてのことから

業務に関する硬派な話題へと移る。

 

 

「———提督って23歳なんでしょ?

それで階級も3佐、超エリートじゃん」

 

秋雲の言葉を飛鷹が否定した。

 

『う〜ん…どちらかといえば違うかな?

提督は高卒だし、階級も隊司令に

なったことによるオマケみたいな

ものだって本人も笑ってたし…。

でも給料が倍になったって喜んだり、

たまに艦娘に料理を奢ってくれるわよ?

 

別にセクハラしか考えていない

変態って訳じゃ無いし、艦隊の

運用に関しては隊付の村上3佐

よりも数段上手(うわて)なんじゃない?

この作戦に際しての準備でも

重油や弾火薬の調達を出港前日の

深夜までこなしていたのよ。

 

そ、それにちょっと優しいし…』

 

((いやそこは聞いてない))

 

その最後の一言は蛇足…。

提督も罪な男である。

 

『そういえば燃料も必要よねぇ〜。

この時代の艦艇では軽油を燃料に

しているみたいだし、艦娘用の

重油の調達もしておかないと

フネが動かなくなってしまうし〜…』

 

『そこだよなぁ、深海棲艦が

シーレーンを脅かしてっから原油の

価格が急騰してるってテレビでも

言ってたな。オレたちの分は政府が

国庫金で買う形だけど、国民は

値上がりして困ってんじゃねぇかな…』

 

龍田と天龍だ。

 

龍田はこの数日間で現代の

日本について艦娘たちから多くの

ことを教えてもらっていた。

 

その情報源は主に姉妹艦である

天龍からであるが、大雑把そうに

みえて的を得た結論は龍田にとって

現代日本を分析する貴重な機会であった。

 

 

……

 

 

そんな2人のやり取りを聞いていた

松風がやや達観したように話す。

 

『時代は変われど海軍の役割は

ずっと変わらないのだろうね。

海上護衛、その言葉には

この海洋国家である日本にとって

とても大切なことが詰まっている。

 

僕も船団護衛中に沈んだ、

場所は知っての通り司令官たちが

敵機動部隊を倒したまさにその地点。

…まぁそれは偶然だろうけど。

 

海上自衛隊ってのは海上護衛と

対潜戦に特化しているそうじゃないか。

なら心配はいらないね、

僕も全力を尽くすだけさ。

みんなもついてきてくれるかい…?』

 

 

そんな松風の決意を他所に、長月が

水を差すかのようにコメントした。

 

『…お前は睦月型(私と望月)よりも旧型だろう、

まずは近代化改装をしてもらって

戦うのはそれからにしておくべきだ』

 

『長月ぃ、それめっさブーメラン。

睦月型もかなり改装が必要、

それと松風が良いこと言ってたのに

余計な指摘は酷いっしょ…?』

 

望月の指摘は長月を“大破”させた。

 

『うっ、うぅ…確かにすまなかった』

 

長月は松風に素直に謝罪した。

 

『僕は気にしていないさ。

それに、君の指摘は間違っちゃいない。

 

“正義なきチカラは無能なり、

チカラなき正義も無能なり”

 

天龍さんが昨日言ってたね、

たしか有名な格闘家の格言だったかい?

 

司令官や艦娘のみんなは

かつてと同じように、日本を護る為に

強い信念を持って戦っている。

装備は古くとも改装されていて

この時代の艦艇にも劣らぬ性能、

二つの要素が揃っているじゃないか。

 

敵はバケモノ、人類を脅かす存在…。

戦いを嫌うから平和に

なるのではなくて、平和の為に

戦うからこそ平和を掴み取れるんだ。

 

旧式や無力なんて関係ない…

折角またこの世に生を受けたんだ、

この身を捧げるのみ。

君たち、よろしく頼むぜッ!』

 

 

松風は一方的に語り、言葉を切った。

聞いていた艦娘たちは

各々の想いを新たにする。

 

父島の守備艦隊は警戒を続ける。

いつ現れるかもわからぬ敵に備えて…。

 

 

☆☆☆

 

守備艦隊主戦力は艦娘たちである。

 

護衛艦も少なからずいるものの、

総合的に見ると艦娘に劣る。

護衛艦というものは有効な

打撃力を持っていないからだ。

 

空母から繰り出される艦載機、

戦艦や重巡から放たれる大口径砲弾…。

はぐれ深海棲艦程度ならば

演習をするかの如く決着は着くだろう。

ヘタすると、1発の砲弾・爆弾で

終わってしまうかもしれない。

 

もちろん護衛艦も戦う手筈だ。

故に陸、海、空自の関係部隊は

臨戦態勢を敷き、警戒を緩めない。

 

 

“付近に敵を認めていないというのに

これは過剰戦力かつ無駄な警戒である”

 

“父島の防衛は硫黄島にいる

航空部隊に任せて、守備艦隊から

戦闘艦を分離・前進させるべきだ”

 

 

本土の幕僚(分からず屋)からそんな言葉が上がる。

 

しかし敵の動勢は未だ不明、

それに今から進出したところで

追いつく頃には奪還部隊は

戦闘を既に開始しているだろう。

 

燃料もあまり余裕が無いため、

海幕は警戒継続を指示した。

 

 

 

 

———皮肉なことに

その“無駄な警戒”が役に立つとは、

艦娘や隊員たちはまだ知らない……。

 

 

※※※

 

小笠原諸島 父島某所

陸自対艦ミサイル陣地

 

 

「———やっと書き終わったぜ…」

 

 

陸自対艦ミサイル連隊連隊長である

峰木1佐は本部テントの中で、

戦死した部下隊員遺族への

謝罪文書をようやく作成し終えた。

 

既に陸幕へ戦死した隊員全員

についての報告は終わり、そこから

遺族への戦死通知は発送されていたが、

彼は自ら部下の遺族へと直筆で

手紙を書くことにしたのだった。

 

 

「こんなものを書いても

所詮俺の自己満足に過ぎん、

受け取った御遺族も怒るかもしれ

ないが何もせずにはいられねぇ…」

 

そう零すと静かにペンを置いた。

書き終えた文書を庶務担当に渡し、

連隊長は喫煙所に向かった。

 

 

……

 

 

「「お疲れ様ですっ!」」

 

「おう」

 

先客の隊員たちに答礼し、

何事もなかったかのように

迷彩服から取り出した煙草を吸う。

手には缶コーヒーを持っている。

 

「どうだお前ェら、キツいだろ?」

 

「はい…覚悟はしていましたが、

さっきまで話していた人が

死んだという事実は信じられません」

 

輸送艦に便乗していて突如空襲。

艦内にいて爆発、隣の隊員が戦死。

それが戦争というものなのだ。

 

「俺もだ、だが悲しくても

敵はそれを待っちゃくれねぇ。

海自は海の上でドンパチしてる。

陸自と空自は硫黄島、そして

この父島を守らなきゃなんねぇ、

それが死んだ奴らへの葬いだ」

 

肺にある煙を、天に向かって吐く。

彼なりの供養なのかもしれない。

 

「空自の奴らも一緒の筈だ、

悔しいのはお互い様なんだぜ。

ここが踏ん張りドコロってやつだ」

 

少し離れた空自の対空陣地を

顎で指しながら眺める。

 

輸送艦上では対空ミサイル1基に

敵機の銃弾が命中し破壊された。

その戦力損失を補うように

毎日遅くまで猛訓練を行い

練度を高める空自対空部隊。

 

「硫黄島の哨戒機が空から

警戒してくれてっからしばらくは

俺たちの出番も無いだろう。

だが深海ナントカってやつらは

必ずこの島に来る筈だ…。

 

俺が敵の立場なら、周辺にいた

水上部隊が()()()()()()()この機会を

見逃さずに後方基地である硫黄島と

父島を叩くチャンスと考えるぜ?」

 

隊員は困惑した。

 

「少なくなっている、ですか…?

でも護衛艦とか空母も近くで

警戒してるじゃないですか、

むしろビビって寄ってこないんじゃ…」

 

「敵の目的は島を叩くことじゃねぇ。

それを引き金にして、南鳥島に

向かった艦隊を動揺させて反攻を

妨害させようって魂胆なんだよ。

あわよくば反転させるための、な…。

 

いくら硫黄島に海自と空自の

ヒコーキがいるっつっても、

数は限られてるしミサイルも有限だ。

 

敵がもし数でゴリ押ししてくる

飽和攻撃をしてきたら、どうだ?

父島にいる俺たちが加勢しても

倒せるかどうかわからねぇ…」

 

そう言い放つと連隊長は

持っていた缶コーヒーを飲み干した。

 

「硫黄島と父島の2つの拠点。

硫黄島には今言ったように

ヒコーキ部隊がいっから攻めるのは

そう簡単にゃできねぇ、でもココは

対艦・対空ミサイルのみ。

 

それにココを押さえることが

できれば硫黄島は孤立する。

そうしたら小笠原諸島は完全に

敵の手中に収まるってわけでェ…」

 

素っ気なく語る連隊長。

 

「じ、じゃあもっと増援を…!」

 

「バ〜カ、俺たちがその増援だろうが。

お前ェなんかに言われねぇでも

ちゃぁ〜んと進言してあんだよ。

 

沖にいる艦娘の姉ちゃんたちや

護衛艦からもヘリを飛ばして

常時警戒してもらってっからよォ!」

 

ガハハハと大らかに笑い、

隊員たちの肩を連隊長は強く叩いた。

 

「そういうことだから

お前ェらも腹ァ括っとけよ。

———っと、もうすぐメシだ。

食える時に掻き込んどけよォ?

“腹だけにメシ”…ってかァ?!」

 

 

敬礼する隊員たちへ連隊長は

戯けた答礼を行いその場を後にする。

隊員たちも表情がやや緩んだ。

 

 

———だが、ゆっくり歩く連隊長の

顔は微塵も笑ってなどいなかった。

 

 

先ほどの言葉が現実と

なるかは誰にもわからない。

 

 

(任せろ“圭人”。

それが俺たちの出来ること(戦い)だ…)

 

 

———少なくとも、人類には

深海棲艦の考えることを理解したり

予測することなど不可能なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
2017年10月12日、
とある新造艦が進水しました。
護衛艦『しらぬい』
名前の由来は言うまでもありません。

あさひ型でしらぬいは予想外でした、
次の護衛艦は『かげろう』かもです。
かつて海自にいた時に
部内で候補が上がっていまして、
陽炎や不知火がありました。
…なお暁は『垢付き』ということで
却下されてしまったようです。


そろそろ展開が動きます。
後方を守る父島の部隊、
迫り寄る深海棲艦群…!!

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