桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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“———海上自衛隊の潜水艦が
艦船に向け実弾を発射したのは1974年の
『第十雄洋丸事件』以来であった。

発射するまでは興奮していたが、
潜航を始めるとやはり恐怖を感じた。

〜中略〜

だがこの海戦以降、
海自潜水艦の存在意義は
更に高まることなった。

深海棲艦を襲撃したり
近隣諸国との“交流"実施と、
実力の再認識及び防衛戦術・
戦略の幅が広がったからである。

海戦が終わり、我が『うずしお』が
楠ヶ浦(くすがうら)(注:横須賀潜水艦基地)に
帰港すると、一足先に
帰ってきていた101EDの
菊池3佐(当時)が駆け付けて
我々を出迎えてくれた。

彼が作業服で略帽を盛りに降り
まるで自分の部隊が還ってきた
かのように無邪気に喜ぶ姿は、
疲労困憊の4隻の乗員にとって
なんとも言えぬ達成感を与えた。

彼無くして、当時の自衛隊は
成り立たなかったであろう。
かくいう私も、今の役職どころか
海の藻屑だったに違いない。”

潜水艦隊司令官、木梨鷹二
当時『うずしお』水雷長


———自衛隊機関紙 朝雲新聞
『我が半生と“彼”の存在』より抜粋




2-8a マーカス前哨戦 前編【潜水艦、発射〜潜航。艦爆隊、発艦】

『雲龍』艦橋

0654i

 

 

「ふぁああ〜…よく寝た」

 

 

開口一番、艦隊無線に

俺の“元気な”声が流れる。

 

それを聞きニコニコする者、

ため息を吐く者の二種類がいた。

 

 

『い、一応休めましたが

朝イチから気が抜けそうです…』

 

 

霧島はそんな普通な答えを

言うようではまだまだ甘いな。

 

 

『昨日はちゃんと寝たから

もう魚雷は早爆させないよ!

夜戦出来ない分を日中にすれば

結構いい戦果を出せるよねっ?!』

 

 

川内も気分を入れ替えたようだ。

てか夜戦に拘りすぎだろ、

フツーに昼戦から本気出せば

流石三水戦って褒めてやるのに…。

まぁ気合十分ということか。

 

 

『提督、私頑張っちゃいます!

昨夜も艦隊運動とかの

手順を確認して、水上戦の

シュミレーションもしました!

 

ちゃんと睡眠も取りました、

もうドジっ子なんて

誰にも言わせませんから!』

 

 

五月雨も気合が入ってるな。

無駄に意気込んでる気がするが

空回りしないことを祈る。

 

 

「朝はやっぱ清々しいな。

頭と身体はスッキリしたか?

そんじゃあ陽動作戦のおさらいだ。

まず———」

 

 

……

 

 

…………

 

 

「———という流れだ。

戦艦と重巡は訓練弾及び

演習弾のみ発砲する。

直接当てての破壊力を目的とせずに

敢えて敵付近に着弾を心掛けること。

 

だが各艦砲塔1基は

実弾を装填、令あらば即応。

 

軽巡と駆逐艦については

敵が射程に入ったら発砲を開始。

この時、全艦は回避運動を優先し

潜水艦の雷撃に要する時間を

稼ぐように心掛けてくれ。

んで伊勢や愛宕たちは

暫く撃った後は“撃ち方待て”だ。

 

どうしてこんなことをするか、

それは敵に威圧感を与えつつ

水上戦に集中させることにより、

味方潜水艦の襲撃を容易に

ならしめる目的があるんだ」

 

 

陽動部隊らしい戦闘行動

そしてその目的を示逹する。

 

とはいえ実際に行うとなると

イレギュラーもあるのは否めない。

それも考慮して細部も伝える。

 

 

『艦載機は直前まで待機とは…。

提督も大胆なことを考えますね。

 

爆撃のタイミングを合わせるのが

難しいと思いますが、妖精たちは

必ずやってくれるでしょう。』

 

加賀が率直な意見を述べる。

 

最初に提案した時は無理だと

断言されてしまったものの、

リスクも比較的低くむしろ

メリットが多いことを提示すると

考えを変えてくれた。

 

「雷撃をすると潜水艦の位置が

暴露してしまう恐れがあるけど、

発射深度は数百メートル。

敵の爆雷も届かない深さだ、

消極的攻勢を取っても大丈夫だ」

 

 

“潜水艦ってのは見つけ辛いんだ”

 

 

俺が『むらさめ』に乗っていた時に

水測員の奴がそうボヤいていた。

現代の護衛艦でさえそうなのだ、

深海棲艦といえどそう簡単に

探知できるとは思えない。

 

ただ、他国海軍で潜水艦が沈められる

事案も起きていることから、

魚雷発射深度は可能深度ギリギリと

することで打ち合わせ済みだ。

 

 

(“言うは易く行うは難し”だな。

ペーパープランは幾らでも作れる、

だけど実行するとなると想定外は

ぽんぽんと湧いてくるしなぁ…)

 

やや悩んだが、ソワソワし過ぎるのも

あまり良くないと考えて直す。

 

ふと視線を感じて横を見ると、

雲龍が此方をじっと見ていた。

 

 

「お、どうした雲龍。

そんなに見つめられると

照れるからやめてくれよな〜」

 

おどけてみせると

彼女は少しだけ笑った。

 

「提督は不思議な人ね…。

緊張しているかと思えば

意外とへっちゃらにしていて、

ジョークを言ったかと思えば

急に真面目になったり悩んだり。

 

見ていて面白いわ…と、言いたい

ところだけど私自身の力不足を

感じたわ。でも私に出来ることを

精一杯して支えなきゃって

それなりに準備をしてきたつもり…」

 

それだけを語ると

彼女は突如、可愛げに

力こぶを作る動作をした。

 

 

(やっぱり見られてたか…)

 

どうやら俺は感情を隠すのが

苦手な人間であるらしい。

そのせいで気を遣わせてしまったか。

 

 

「…ありがとな、ポーカー

フェイスってのは結構難しいな。

雲龍も整備状況の確認やら

フネの運用で大変だろうに…。

 

オマケに旗艦になったせいで

情報や通信が飛び込んでくるから

休む暇もなかっただろうに」

 

 

“加賀”から村上を呼ぼうとしたが、

奴はこのままで行こうと提案した。

 

毎度お馴染みの“万が一”に備えて、と

空母を2隻ずつに分けて運用する為の

試験運用をするらしい。

 

戦闘時に何やらすんじゃと思ったが

同時に今後を見据えると、確かに

艦隊運用の試行及びノウハウ蓄積の

絶好のチャンスだと感じた。

 

艦娘や護衛艦も多数、

航空戦や水上戦を行なっている。

こんな大海戦は滅多に…いや、

機会は当分無いに等しい。

 

敵が本土に大侵攻するとかなら

あり得るが、当分不可能だろう。

それはそれで“詰み”だが。

 

 

(まぁ、この作戦中にメモを取る

ような余裕が有ればの話だがな…)

 

 

捕らぬ狸のなんとやら、

“今”に全力を尽くし“後”のことは

落ち着いてから取り組めばいい。

 

それにメモなどを取らずとも

各艦には艦橋監視装置が付いており、

常時艦橋内は録画・録音され

HDDにデータが保存されている。

 

(意外と余裕あるじゃん…)

 

そう心で呟くと不思議と

気持ちに余裕が湧いてきた。

…やってやろうじゃねぇか。

 

 

……

 

 

「全員聞いてくれ。

何度も言うが、手柄を取ろうとして

あまり敵に近づき過ぎるなよ?

潜水艦、艦爆がメインなんだから

サブが出すぎたらシナリオが狂うぜ。

 

最後にもう一度説明しておくぞ。

具体的に例えると深海棲艦と

ちょっとした“ドッジボール”をする。

やや遠距離から互いに近づきつつ

遠投をして倒そうとしている。

 

そうしたら敵の足元から

『土の中からこんにちはー!

モグラだよー!』と潜水艦が雷撃、

間を置かずに空から鳩の糞こと艦爆。

 

海中と上空からタコ殴りされた敵は

哀れにも海の“海蘊(もずく)”になるワケだ」

 

 

提督の話を聞いた艦娘たちは、

可愛い“イ級”がモグラに囲まれ

鳩から糞爆弾を喰らうという

コミカルな光景を思い浮かべた。

 

イ級が“もずく”になるのか…、

という突っ込みはなかった。

提督のジョークをスルーしたのか

それとも肯定したかはわからない。

 

 

「ざっくり過ぎかもしれないが

戦闘の流れはこんな感じだ。

砲身と砲弾のチェックをしておけよ、

一応魚雷も使えるように準備な!

敵が捨て身で突っ込んで来たら

こっちも対応しなきゃならんしな」

 

 

『『了解ッ!』』

 

 

「なぁに、緊張し過ぎるこたぁない!

ちょっと砲弾ぶっ放したら

後は見学してれば戦闘終了だ。

 

タイミングを合わせることだけ

意識すれば大丈夫だ、かといって

ぼーっとしてたらお仕置きするから

覚悟して戦うようにな!」

 

 

『は〜い!!』

 

 

先ほどの了解とは一転して

緩めの返事になったがいいだろう。

やや含み笑いをする艦娘がいたものの

緊張もほぐれたようでなによりだ。

 

 

「おっし、全艦合戦準備をなせ!

マーカスに行く前に練習試合だ、

もし被弾したらそいつは

冬のボーナスカットだからな!

 

わかったら元気に返事ッ!」

 

 

『はい、わかりましたッ!!』

 

 

真面目に了解を返すが

声はやはり明るく、彼女らの

士気とやる気は旺盛であった。

 

 

※※※

 

 

潜水艦『ずいりゅう』

 

 

「———艦長来ました。

 

『水上部隊、予定通り航行中。

作戦開始Pt(ポイント)のETA1300で変更無し。

雷撃は各艦ごと、適宜実施せよ』

…101ED司令の菊池3佐からです」

 

ソーナーマンが報告する。

 

「わかった。

しかし“イルカの鳴き声”を使って

水中にいながら連絡するとは…。

 

やはり彼は只の幹部ではない。

未来の海幕長…いや、

統幕長もあながち夢ではないかもな」

 

艦長は感心そうに頷いた。

 

 

……

 

 

提督は作戦を決めた際、

潜水艦が潜行してしまうと互いに

電波のやり取りが出来なくなることを

非常に危惧していた。

 

浅深度ならば特殊な電波と

周波数を使えば可能であるが、

敵直下の潜水艦から行ってしまうと

電波を探知されてしまい

たちまち対潜警戒が強化される。

 

水中電話という機器があるが

届く範囲も限られることと、

上記の理由と同じく話し声が

敵に傍受・被探知の恐れがある。

 

 

各指揮官は頭を悩ませた。

だが“彼”は頭が単純(柔軟)であり、

すぐにアイデアを思いついた。

 

 

 

“そうだ、イルカの鳴き声を使って

モールスみたいにすればいいじゃん!

 

てかモールス信号にしなくても、

簡単なパターン符号を決めておけば

連絡を取り合えるんじゃね…?”

 

 

 

そう思いついた提督は早かった。

 

任務部隊司令部や潜水部隊に提案。

 

快諾され本土の海幕から関係各艦に

数種類のイルカの鳴き声音声データ及び

それを使った符号表が送付された。

 

どうにか作戦に間に合い現在に至る…。

 

 

「よし、指定された

本艦の了解符号を流せ」

 

アクティブソーナーの機能を応用して

『ずいりゅう了解』という文を、

同じくイルカの鳴き声で送る。

 

遥か数百メートル上の海上にいる

深海棲艦には、直下にいるイルカの

群れが遠方の別の群れと交信している

かのように捉えられた。

 

 

やや間を空けて、他の3艦からも

同様に了解符号が発せられた。

 

そして水上部隊側から、

『水上部隊指揮官了解。

貴艦らの無事を祈る』

の符号が返る。

 

キューキューとかキュッといった

イルカの可愛らしい鳴き声は

聴取していた潜水艦部隊を

静かに歓喜せしめたのである。

 

 

「襲撃戦用意…!

魚雷のみ、ハープーンは使わない。

 

被探知されても敵の対潜攻撃は

此方に届かないとはいえ、

爆雷等は少なからず来るはずだ。

総員衝撃に備えておけ。

 

海上自衛隊潜水艦初の艦隊戦だ、

その初陣で沈まないようにしろよ!」

 

艦長の言葉に乗員たちは

ハハハと苦笑いする。

 

(あとは開始のタイミングだな。

頼むぞ艦娘、そして菊池3佐…!)

 

 

※※※

 

 

『こちら伊勢、レーダー画面上に

敵艦隊らしき反応を捉えたわよ!

敵までの距離50kmっ!

 

敵の陣形は複縦陣…かな?

その後方に大型艦が多数あって

これは無力化した空母群みたい!』

 

 

先頭に布陣する一艦、伊勢から

敵艦隊捕捉の報告が上がる。

 

レーダーというものは

設置する高さによって探知距離が

大きく変化し、高ければ高いほど

探知距離は伸びるものである。

 

 

一般的なレーダー見通し距離Dは

自艦のレーダー設置位置をH1とし

目標(敵)の高さをH2とすると、

公式は次のようになる。

 

 

D(海里)≒2.2(√H1+√H2)

 

 

無論レーダーの性能や気象条件に

左右されるが、伊勢に装備された

レーダーの位置を40mとして、

敵後方にいる空母の全高を

凡そ30mと仮定する。

これを代入すると…。

 

 

D≒2.2(6.3+5.9)

≒2.2×12.2

≒26.84(海里)

 

 

海里は等しく1852mであるから

敵艦隊までの距離(km)は…。

 

 

26.84×1.852

≒ 約49.7km

 

 

…となるワケだ。

提督になってから

多少は勉強してるからな、

嫌でも理数系も覚えさせられた。

別に必須じゃないけど…ね。

 

 

———閑話休題。

 

 

「了解だ、指示した通り

“艦上偵察機”は着艦させたな?」

 

横にいる雲龍に問うた。

 

「ええ完了しているわ。

敵に此方が航空戦をする意図を

隠すのが目的なのでしょう?」

 

「そういう事〜。

水上偵察機を敵上空に滞空させて

あくまで水上戦を行うと思い込ませる。

それに一機でも多くの艦上機を

必要とするならなおさらだ」

 

スラスラと指示の意図を

語る提督に雲龍は納得した。

 

「提督は先を読んでいるのね…」

 

「そりゃそうだ。

モチロン、俺が艦娘に高評価されて

ウハウハのハーレムまでは想定済みだ」

 

最後は言わなくてもいいかも、と

雲龍は可笑しそうに苦笑いした。

 

「…と、冗談はこれぐらいにして

艦載機の準備は抜かりないな?」

 

提督が聞くまでもなく

“雲龍”、“加賀”、“蒼龍”

そして“千代田”の飛行甲板上では

艦爆隊が発艦の号令を待っていた。

 

エンジンの爆音とその回転が

生み出す強風が、早く飛ばせろと

急かすかのようだ。

 

『こちら加賀です。

準備万端、いつでもいけます。』

 

『提督ぅ!艦爆妖精たちが

早く飛ばせって唸ってるわよ〜?

私も待ちきれないなぁ!』

 

『千代田艦載機、準備よし!

こっちも待ちくたびれてるわ』

 

 

加賀はいつも通りの口調。

だが声はやや抑揚があり

内心興奮しているように感じた。

 

蒼龍のトコロの艦爆妖精、

前世絶対“江草さん”入ってるだろ…。

爆撃の練度はピカイチだしな。

 

千代田のところも勇猛果敢のようだ。

 

 

「私も見ての通り完了しているわ」

 

下に見える飛行甲板には

雲龍所属の艦上爆撃機全機が

アイドリング状態で待機している。

 

空母4隻は被弾を避ける為に

陣形の後方に位置している。

 

俺は静かに彼女にウインクした。

 

「そう焦んなって、

第一撃は潜水艦に譲ろうぜ。

発艦の号令は俺がするまで

勝手に出すんじゃねぇぞ?」

 

『…あ、一番機が発艦しちゃった!』

 

「っておいィイイイイイ?!?!

蒼龍テメ、なにしとんじゃあ!!」

 

『ふふっ♪冗談冗談っ!』

 

「や、やめてくれよぉ〜…。

海戦が終わったら覚えとけよ!」

 

『「———あ"」』

 

加賀、蒼龍、雲龍たちの

何故か腑抜けた声がハモる。

それが意味することは…?

 

 

そんな、戦闘開始までの

和やかな時間はすぐに過ぎた……。

 

 

※※※

 

深海棲艦サイド

 

 

人類側は艦隊決戦を挑んできた。

 

此方は、先の空襲により無力化され

鉄屑と化した空母群を抱えていた。

発着艦も航行も出来なくなったといえ、

はいそうですか、と見捨てる訳にいかず

護衛部隊は警戒を続けていた。

 

此処に至り軽巡を筆頭とした

水雷戦を敢行しようと決意。

 

 

一応対潜警戒を行なっていたが

海中には“イルカの群れ”がいるのみで、

数時間前に遠方の群れと交信して

いたという報告が有るのみ。

 

部隊指揮官は、人類側の

潜水艦による襲撃は無いと判断。

陣形を複縦陣に変更し、

来たる水上戦に備えさせた。

 

 

彼我の距離が25kmに迫ったところで

敵の艦娘である戦艦・重巡から

艦砲射撃が開始された。

 

深海側も応戦を始め、

軽巡と駆逐艦から大量の砲弾が

人類側に向け発射される。

 

それと同時に艦娘の砲弾が

深海棲艦の周辺に着弾する。

 

“やや”大きな水柱が上がり

数隻の駆逐艦が海水を浴びる。

しかし至近弾による被害は無いようで

すぐに砲火を再開する。

 

 

超20センチ砲弾の至近弾で、

被害を全く受けていない。

 

 

☆☆☆

 

———この時、深海棲艦たちは

戦闘による興奮で気が付かなかった。

 

大口径の砲撃による至近弾を喰らい

無傷であるなどあり得ないことを。

 

水柱が“やや”大きいだけなのは

艦娘たちが演習弾を使用していること。

 

そして———

自分たちは人間側の陽動作戦に

引っかかってしまったのだ、と…。

 

 

☆☆☆

 

 

「…喰らい付いてきたな。

よし、攻撃隊全機発艦だ!

味方潜水艦の雷撃開始に合わせて

上昇して爆弾投下を行え。

 

それまでは海面スレスレを飛行して

奴らに防空体制を取らせるなッ!」

 

『了解っ!!』

 

俺はすかさず下令した。

 

空母艦娘の了解の声と同時に

発艦を始める99式艦爆隊群。

 

固定脚に波飛沫が付くほどに

低空を這うように飛行する。

 

 

「急降下、と呼べるかわからんが

急上昇して高度を稼ぐからな、

上空からの爆撃にゃ代わりはねぇか…」

 

「またそうやって茶々を挟んで…。

提督はいつも一言余計なのよ」

 

堪らず雲龍が突っ込む。

彼女も旗艦の役割をわかってきたようだ。

 

「まま、そう怒らないでくれよ。

…ん?その“一言”が無ければ俺は

立派でイケメンな提督ってことか?!」

 

「——爆撃をしなくちゃいけないのは

このうるさい“おクチ”みたいね。

全機戻っていらっしゃい、

目標を提督に変更するわよ…」

 

ジト目で普段通りのトーンで話す

彼女は怒りのオーラを帯びている。

 

「わーっ!冗談に決まってるだろ?!

てか戦闘始まってんだから

あんまりガチでキレんなって!!」

 

 

勿論これも定番となった茶番だ、

雲龍もやれやれという表情を

浮かべつつも、満更ではなさそうだ。

 

これに便乗するように

他の艦娘も話に加わってくる。

 

『提督も雲龍も、冗談は

程々にしておきなさいな。

この私の活躍を見逃したら

一生後悔することになるわよ!!』

 

『ちょっと司令官!

私が必死に砲撃してるのに

おしゃべりに夢中なんてひっどーい!』

 

『照月が守ってあげるから

提督、安心してねっ!』

 

上から足柄、雷そして照月。

雷以外はどこかズレてる気がする…。

 

 

「…結構余裕あるんだな」

 

『『ないよわよっ!!』』

 

いや、思いっきり余裕ですやん…。

 

「もうすぐ雷撃が始まる。

そうしたら一旦砲撃を止め、

第3戦速で敵に近接する。

その覚悟だけはしておいてくれ」

 

『『了解(よ)ッ!!』』

 

艦娘たちの切り替えのうまさに

不謹慎にも、思わず笑ってしまう。

 

やはり彼女たちは最高だ。

だからこそどうにか

マーカスまでは無傷で進みたい、

俺はそう強く願った。

 

 

※※※

 

潜水艦『やえしお』

 

 

「———“上”で砲撃戦始まりました」

 

「…諸君、間もなくだ。

魚雷発射管は用意できているな?」

 

艦長の問いに対し、

水雷長は静かに肯定を返した。

 

 

架空小説やアニメでよく描写される、

発射直前に発射管に注水…というのは

現実に於いてはあり得ないことだ。

 

実際は予め注水しておき、

後は発射の命令を待つだけだ。

敵の近くで注水するなど

自殺行為以外の何物でもない。

 

 

「後は水上部隊と敵艦隊の距離が

20kmになったら発射するだけだ。

水測員、各艦隊間の距離は

ちゃんと把握できているな?」

 

聞かれたソーナーマンは器用に

片手でレシーバーを押さえつつ、

もう一方の手を軽く挙げた。

 

“距離の把握、よし”

 

ややぶっきらぼうなソーナーマンの

仕草に対し、艦長は満足そうに頷く。

それだけ集中しているということだ。

 

 

水上部隊と敵艦隊の

距離が20kmとなった瞬間に、

4隻の潜水艦から必殺の魚雷が

各艦6本、計24本が放たれる手筈だ。

 

現代の潜水艦の魚雷は誘導式である。

特に“おやしお型”からは、

情報処理装置の性能向上により

6本の魚雷の同時誘導が可能となった。

 

これが意味するところは言うまでもない。

 

 

「間も無く20km地点に差し掛かる。

よーい………いまっ、発射地点っ」

 

「1番から6番まで撃つ、

よーい…てぇっ」

 

 

船体前部から計6回の

 

<<プシュ。ガタガタガタ、シューッ…>>

 

という重い音と共に

魚雷群のスクリュー音が遠ざかる。

 

 

それらの発射と同時に

艦内の気圧が上昇する。

 

鼓膜から“ぷつっ”という音がして

乗員らは僅かな痛みを覚える。

 

日頃の訓練で慣れているとはいえ

それを6回、しかも実戦で行うのは

肉体及び精神的にくるものがあった。

 

しかし今はそんな文句を

言っている場合ではないのだ。

 

発射に伴い海中には

空気が放出され、発見の恐れがある。

艦長はすぐに潜航を命じた。

 

 

「深さ○○○、急げっ」

 

「深さ○○○、いそ〜げ〜」

 

 

WW2時の潜水艦と比較して

格段に性能は上がっているとはいえ、

やはり『ドン亀』なのは否めない。

 

現深度はかなりの深度であるが

敵が落とす爆雷が到達しないという

絶対の保障など存在しない。

 

モグラ改めドン亀は

ひたすら深深度を目指し潜る。

 

乗員はフネが早く潜ることを

じっと祈るしかなかった……。

 

 

※※※

 

 

(そろそろ、か…)

 

潜水艦部隊の雷撃開始地点

である彼我距離20kmを切り、

予定通り艦爆隊へと命令を飛ばす。

 

 

「全機上昇、上昇せよ!

各隊所定で投下を行え、

もし外したら夕飯抜きだかんな!」

 

それを聞いた各母艦の隊長機から

悲痛な叫びが飛び込んでくる。

 

加賀隊『えぇ…?

提督マジ鬼っすね。

加賀さん、せめて乾パンぐらいは…』

 

雲龍隊『雲龍が俺たちにメシを

食わせない筈がねぇっての。

さっさと終わらせて宴会しようぜ?

ロッカーに秘蔵の芋があってだな…』

 

千代田隊『ヤッベ…発艦前から

緊張してて昼メシ食ってねぇよ、

今回は航空食貰って無いから

夕飯食えなかったら餓死するかも…』

 

蒼龍隊『要は当てればいい話ですよね?

ウチの奴らは他所よりも少しだけ

腕に自信がありましてね。

まぁもし外した奴がいたら

私が“指導”するだけですが…』

 

 

なんか蒼龍の艦爆隊長だけ

色々と浮いてるんですけど…?

“指導”って絶対ヤバいやつだろ…。

蒼龍艦爆隊の部下たちに合掌。

 

そういや蒼龍艦爆隊一番機の尾翼の

カラーリングって派手だったな、

思いっきり江草隊長の生まれ変わり

とかなんじゃねえの?!?!

 

 

心の中でツッコミつつも

彼らの声を聞き頼もしく感じる。

慢心ではなく確たる余裕と自信だ。

 

(頼むぜ艦爆妖精たち…!)

 

爆弾を抱えながら上昇を開始した

艦爆隊群に熱い視線を送る。

 

後は魚雷命中を待つだけだ……。

 

 

 

……。

 

 




レーダーやら潜水艦について
私が見聞したことを混ぜてみました。

これが本当、というものではなく
あくまで『こんな感じ』程度に
捉えてもらえればと思います。

因みに海自潜水艦の最大潜航深度は
『A(アルファ)』と呼ぶそうです。

これと直接の関係はありませんが、
旧ソ連のアルファ型原潜の
最大潜航深度はヤバいとの事。

同期の潜水艦乗りがボソッと
私に教えてくれました。
…サブマリナーは偉大ですね。

特に潜水艦は秘の塊ですから
一般に公開されている範囲で
表現するのに苦労しました。

もし違っていましたら、
“公開出来る範囲で”ご指摘願います!

……

次話は魚雷命中からの爆撃。
果たして完勝となるか…。



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