桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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“司令官は物事の本質を見抜いていた。
世間では『成り上がり』とか
『調子に乗っている』と言われるが、
彼は誰よりも心優しく、
かつ冷徹に戦かっていた。

艦娘の村雨や大淀も彼によって
励まされ、精神的に持ち直したのだ。
そのお陰もあり、私は『彼女』と
再会することができたのだ”


———自衛隊機関紙 朝雲新聞
『小笠原戦役の活躍者〜駆逐艦白雪〜』
より抜粋


2-6B 弱さと夢【村雨、白雪の場合】

 

 

※※※

『村雨』艦長室

 

「…落ち込んでないか村雨?」

 

部屋に入ってすぐ、

俺は村雨を抱き締めた。

 

 

「大丈夫———とは言えないけど

少しだけ落ち着いた、かな…?」

 

応えるように村雨も俺を抱き締めた。

2人にそれ以上言葉は必要なかった。

 

(村雨の悲しい顔なんて

もう俺は見たくないよ…)

 

「私がいたところで敵を全て

倒せなかったのはわかってるわ、

でもどうしても後悔してしまうの…」

 

「いいさ、俺もそうだ。

だが艦隊を分割せずに西之島へ

向かっていたら父島の島民は

助からなかった、南にある母島にも

被害が出ていたかもしれない。

プラスに捉えていいと思う…」

 

諭すようにやんわりと語る。

 

「この戦いでわかったことは

人は簡単に死んでしまうということだ。

それが大切な人であっても、な…」

 

亡くなった『むらさめ』の乗員は

日頃からトレーニングを欠かさない

健康的な人だった。

同期の山下も筋トレが趣味と

公言する程のムキムキ野郎だった。

 

…だが死んだ。

 

「山下さんも残念だったわ…。

たしか部隊研修で来た人よね?」

 

俺の教育隊時代、『むらさめ』に

部隊研修で乗艦した際、村上と

山下も一緒に艦内を周ったのだ。

 

「うん。見てたのか、

あいつなら砲弾も筋肉で弾き返したり

出来るんじゃないかって思うが

流石に厳しかったかなぁ…。

神様なんていないのかもな…」

 

村雨を励ましにきた筈なのに

思わず俺が弱音を吐いてしまう。

 

「提督…」

 

「悪ぃな、情け無いとこ見せて。

さっきまでは毅然とした態度で

村雨を励ましてやろうって

意気込んでたんだけどなぁ、

いざお前を見たら弱音が出ちまった…」

 

「ううん、しょうがないわ。

提督だって人間だもの、弱さを

見せることも必要よ?」

 

明るく話す村雨は眩しかった。

 

「弱さを見せる?」

 

「そう、弱さを見せる。

誰しも悩みを抱えることはあっても

それを普段は隠すでしょ。

…でもそれは一時的に自分自身を

誤魔化しているだけなの」

 

まるで小学校の先生のように

身振り手振りを駆使して説明し、

俺はその光景を見守る。

 

「私もそうだし大淀さんもよ?

普段明るく振舞っていると

落ち込んだ時に困ってしまうの。

誰に相談すればいいんだろう、

相談していいのかな、って」

 

そういえば大淀もだ。

俺がいきなり行ったから解決したが、

あのまま心に悩みを抱えたまま

戦闘をすると思うとぞっとする。

 

「取り返しが付かなくなる前に

相談に乗ってもらったりとか

全部言うことは強いことよ。

自分から出来ない時は——」

 

「——俺みたいな他人が直接

乗り込んで無理矢理解決するしか

方法はない、か?」

 

「そういうこと〜♪

でも提督は無理矢理しないでしょ。

ゴリ押しかもしれないけど

その裏には優しさを感じるし、

押しが強いところもス・テ・キ♪」

 

「ほ、ほっとけ!」

 

珍しく押しが強い村雨。

正直照れるじゃないか…。

 

「普段はセクハラさせろとか

言ってるのに、弄られると

照れるところも可愛いわよ…♪」

 

俺真面目な話をしに来たんだけど。

 

「あ、あのな!

俺はそういう話をしに来たんじゃ

なくてお前が心配でだな…!」

 

「わかってるわよ、提督がこうして

会いに来てくれなきゃ私も

こうして元気になれかったもの…」

 

物憂げに語った村雨を見て

発言を少し後悔した。

 

「私もそうだけど、艦娘のみんなは

提督のことを頼っているのよ?

横に居てくれるだけで安心できるし、

悩みも吹き飛んでいっちゃう位に

心がリフレッシュするわよ。

これも提督の“愛の力”かしら〜?」

 

冗談めいて言う村雨は普段の彼女だ。

それ故に落ち込んだ時の落差が

激しく感じられてしまう。

 

そんな彼女が尊くて儚く思え

自分の弱さを悔いてしまう。

 

「俺には誇れる物がない…。

頭脳も無ければ言葉で士気を

高めたり出来る訳でもない…。

だが俺は俺なりのやり方で

お前たちを支え、共に歩もうと思う。

 

これからも戦いは続く、

深海棲艦を滅ぼすまではな。

 

それがいつになるか分からないし、

それまでに世界が滅びるかもしれない。

だがそれまでに、

艦娘は全員ドロップさせて

誰も沈ませないと約束するよ。

夕立も、五月雨も、春雨も。

当然お前も…」

 

何時に無く真剣な提督の顔に

村雨は気が引き締まる。

 

「俺自身も“提督”という肩書に

押し潰されそうになる。

重責…その一言で済まされないような

場面や決断をこれから嫌という程

味わっていかなければならない。

だが俺は一人じゃない、

村雨を始めとした艦娘がいてくれて

提督でいられるし生きていける。

 

“提督”、艦娘を統率する者であって

艦娘にとって最良の人物でなければ

ならないと考えている。

俺はそんな提督になりたい…」

 

「——無理よ」

 

「……え?」

 

村雨の言葉に呆然とした。

俺は“提督”失格ということだろうか?

 

「そんな世界は無理よ、

到底受け入れられないわ。

 

艦娘だけ生き残っても世界が

滅びちゃったら、提督と街へ

ショッピングは行けないし

デートもつまらないじゃない!

そんな重く考えないで

もっと気楽にいきましょ♪

 

それに提督は“提督”なんだから!

提督は誰が何と言おうと“提督”よ?

例え世界が滅びようと…ねっ?」

 

村雨の言葉に思わず心が揺さぶられる。

そんなに澄んだ瞳で見られたら

嬉し過ぎて泣いてしまうじゃないか…。

 

「あ"〜心臓が止まるかと思った!

俺が提督失格って言いたいのかと

勘違いしちまったじゃねーか!

ちょっくら責任取って

おっぱい貸せやゴラァ!!」

 

了承も得ずに俺は

村雨の胸に顔を埋めた。

理由は嬉し涙を隠すためだ。

 

「あら、おっぱいが好きな子ですこと。

よしよし、いい子…」

 

村雨が子どもにするかの様に

俺の頭を撫でる。

 

 

「嬉し"い"、嬉し"い"よ"ぉ"…」

 

村雨への感謝とそれに甘えてしまう

自身の不甲斐なさから来る

負の感情が合わさり涙が溢れる。

 

「はいは〜い、お姉さんも

とっても嬉しいわよ〜♪」

 

これが女性の持つ母性というものか。

 

母性といえば雷もそうであるが、

村雨はお姉さん的性格である。

少し大人びた雰囲気の彼女は

“母親”とはまた異なる“姉”のような

抱擁力も持ち合わせているようだ。

 

「弱くてごめん…。

でも俺、もっと強くなるから。

こんな泣き虫な提督じゃなくて

堂々と胸を張れる提督になるよ…!

今だけは、甘えさせてくれ…」

 

「無理に強くなる必要は

ないんじゃないかしら。

私は今のままの提督が好きだし

成長してもヒトの根本は

変えられないと思うわよ?」

 

村雨の手が優しく俺の髪を梳かす。

 

「提督は無理しすぎ、

なんでも一人で抱え込もうとして…。

もっと甘えたっていいんだからね!

…でもそんな不器用なところも

私は大好きよ、提督らしくて。

甘えられ過ぎても困ってしまうけれど、

たまに弱さを見せてくれても良いわよ?」

 

本当に感謝したい時というのは

言葉に表すことができないものだ。

ありきたりな言葉などでは

伝えることが不可能なのだと思った。

 

村雨もそれを知ってか、

俺の答えを待ってはいなかった。

 

(お前だって辛いのに、村雨…。

ありがとう、本当にありがとう…)

 

その一言を代弁するかのように

俺は村雨を強く抱き締めた。

 

「提督ったら甘えん坊さんね…♪」

 

そんな冗談も今の俺には心地良かった。

 

 

☆☆☆

 

 

———艦娘の上に立つ提督、

その提督を支えるのもまた、艦娘。

 

例えでいうと

『国家と国民』の関係だ。

国家は提督、国民は言うまでもなく

艦娘であり、どちらが偉いとか

先かなどという論議はナンセンスだ。

 

艦娘がいて指揮を取れるのであって、

提督がいるから可能な訳ではない。

無論、艦娘だけいても高度な統制や

指揮は不可能なため、提督が必要となる。

 

だが第101護衛隊にあっては、

相互に信頼と愛情があるため

弱音を見せたり支えたりする。

 

これは決して“弱さ”ではない。

強さなのだと提督は日頃語る。

そんな提督もこうして弱さを見せ、

彼を艦娘がフォローする。

 

加賀や日向といった一見弱さなど

微塵も感じさせぬ艦娘でさえ、

提督には悩みを打ち明ける。

受け止める側の提督も

それ以上に悩みを抱えている。

 

『戦闘や業務を日々こなす』

 

単調に思えるその一言には

語り尽くせぬ問題が有る。

彼等彼女等を快く思わぬ者も

日本、世界には数多存在する。

 

その障害を乗り越え、

こんにち戦闘を出来ているという事実。

 

———例えそれが足枷をはめられた

“戦争ごっこ”だったとしても、

戦わねばならない…。

 

(俺たちが戦わなきゃ

日本が平和でいられないんだっ…!)

 

 

☆☆☆

 

 

「ありがとう、もう平気だ」

 

俺は一方的に村雨に告げ、

彼女からゆっくりと離れた。

 

「お陰で気合が入ったよ。

村雨を元気にしてやろうと意気込んで

来たのはいいが、逆に俺が元気を

もらうとは不覚だったぜ…」

 

わざとらしく悔しがる姿に

村雨も微笑んでくれる。

 

「私も提督には元気をもらったわ、

それに可愛い一面も見れたし…♪」

 

ペロッと舌を出して笑う彼女に

俺は思わず照れる。

 

「ぜ、絶対バラすなよ?!

他の娘に知られたら、

恥ずかし過ぎてマジヤバいし…」

 

「はいはい、お姉さんとの二人だけの

秘密にしておきますよ〜」

 

お姉さんキャラがツボに入ったのか

村雨も満更ではない様子。

 

「———あ…」

 

肝心な事を忘れていた。

 

「どうしたの?」

 

「村雨のバストサイズを

測る絶好のチャンスだった!」

 

「……」

↑絶対零度の視線

 

「すんません冗談です」

 

結局しょーもないオチで終わる。

 

……

 

その後村雨のメンタルチェックを

一通り行い、概ね良好だったため

用事が済んだ俺は帰ることにした。

 

「こうして直接話せると

本人の状態も確認できるが、

他の護衛艦とかだと艦長任せで

各艦毎の処置に一任するしかない。

 

1護隊の山本司令も“いずも”、

“はたかぜ”、“むらさめ”、“いかづち”の

乗員たちのメンタルケアが捗らないって

部隊チャットで愚痴をこぼしてた。

 

妖精たちは元気そうだったけど、

全員がそうというわけじゃないはずだ。

俺じゃあ手が届かない所は

村雨たち艦娘にお願いするよ」

 

村雨は力強く頷く。

 

「———敵本隊は戦艦1を含む

輸送艦多数の強襲揚陸部隊だ。

知っての通りこちらは砲弾や

魚雷の保有率が低下している、

航空戦で可能な限り叩いた上で

残りを砲雷撃戦で倒そうと思ってる…」

 

乾坤一擲の水上戦…などと

華々しい戦いをする筈もなく、

無難な作戦を語る。

 

今必要なのは勝利であるものの、

それを得る為には少なからぬ

労力と弾薬、そして犠牲が伴う。

 

最小限の犠牲と消費で戦い、

最大限の戦果を得るとはこのこと。

 

(そんなつまらないことを

村雨に話してもしょうがないか…)

 

つい深刻な話をしてしまい、

彼女もやや緊張気味になる。

 

「…そろそろ“雲龍”に行くよ。

何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「わざわざ私の為にありがと、

元気をもらえたし大丈夫よ!」

 

暫しの別れを惜しむかのように

口付けを交わし部屋を出る。

 

「すまんがもう少し耐えてくれ。

マーカスを奪い取れば戦況は落ち着く、

そうしたら横須賀でのんびりと

過ごす時間ができるからな!」

 

「ええ、約束よ?」

 

※※※

 

『雲龍』艦橋

 

 

「…無理に頼んじゃって悪い、

また『加賀』ってのもなんだか

雲龍たちを軽視してるみたいだし

一応俺なりに気を使ったんだぜ?」

 

「ふふっ…提督らしいわね。

そんなこと私や蒼龍も思っていないわ。

ところで、無力化した『機動部隊』は

どうするのかしら?」

 

雲龍に乗艦してからすぐに

航空戦の準備を下令した。

 

そう、マーカスの手前には

発艦不能にしたとはいえ、

敵艦隊が居座っている。

 

これを無視することもできるが、

後々のことを考えると倒すしかない。

勿論腹案はある。

 

「決戦前に消耗したらマーカスでの

戦力投射が少し心細いわ…」

 

「鋭い指摘だ、でも安心してくれ。

こちらの兵力はなにも、艦娘や

護衛艦だけじゃないぞ…?」

 

ニヤニヤしながら雲龍に答える。

 

「俺たちは“海上”自衛隊。

でも持っているフネは別に

水上艦だけって訳じゃないぜ?」

 

「…潜水艦が襲撃をするってこと?」

 

「ご名答、お前が嫌いな潜水艦だ。

横須賀の第2潜水隊群所属の

潜水艦4隻が当該海域に進出し、

敵機動部隊への攻撃を行う。

既に『うずしお』が接敵していて

襲撃機会を伺っているようだ」

 

各方面で索敵を行なっていた各艦が

西方の機動部隊へと集まっている。

 

「知っての通り残敵には軽巡以下の

護衛艦艇が多数いるらしい。

だからこちらの潜水艦の存在を

悟らせないために、俺たちの

移動からの水上戦と見せかけて

同時襲撃をすることになる」

 

この艦隊はある意味囮だ。

餌に吊られた敵は対潜警戒を

疎かにし、そこを潜水艦が襲撃する。

 

「これを成功させるには、偵察と

味方との連絡を密に行った上での

正確な行動が不可欠だ」

 

補給を終えたら艦隊を進撃部隊と

後方部隊に分離することとなっている。

 

つまり父島や硫黄島の防衛は

後方部隊に一任するということになり、

もし奇襲攻撃を受けたとしても

味方に任せて、感情を殺して

進撃をしなければならないのだ。

 

「まずは補給が終わるのを待つか…」

 

……

 

駆逐艦や軽巡、護衛艦あたりは

補給に掛かる時間も知れたものだ。

燃料タンクや保有弾薬もそこまで

多く積むことができないからだ。

 

『司令、まだかかりそうです…』

 

『補給は嬉しいけど、時間が

かかり過ぎるのはさすがにちょっと…』

 

霧島と伊勢の苦言が流れる。

 

戦艦クラスとなると時間が掛かる。

千代田と飛鷹以外の空母は

既に補給を終えている。

 

休みなしでも丸一日掛かる、

いや、現在進行形で掛かっていた。

 

「文句言ったところで

早く終わるわけじゃないだから

気長に待つしかねぇよなー」

 

麦茶を飲みつつ補給の様子を

見ながらぽつりと呟く。

 

『提督、残りは戦艦及び

駆逐艦のみとなりました。』

 

「りょーかい」

 

加賀から報告が上がる。

今は旗艦じゃないのに律儀に

秘書艦らしく振る舞う彼女も

艦上では整備に忙しい筈だ。

 

「加賀さんも忙しいのに

取りまとめ役をしてくれてる…」

 

「雲龍も無理するなよ、

整備が終わってからも休息を

ちゃんととっておかないと。

休める時に休むのも仕事だぜ?」

 

陸戦と違い海戦というものは

メリハリがはっきりしている。

対潜警戒は常時あるものの、

戦闘がない時間の方が多い。

 

わかったわ、雲龍はそう答えると

格納庫へと向かっていった。

 

 

……

 

 

(…他の艦娘はどんなかな?)

 

補給が終わった艦娘の中から

声掛けをすべき者を選抜する。

 

「川内はどんな感じだ?」

 

『うん、もうバッチリだよ!

…魚雷を早爆させたときは

ちょっと功を焦りずぎたかも』

 

「ははっ、しょうがない奴だ。

次は無いように頼むぜ、

もしそれが激戦中だったら

お前のミスで誰かが沈むからなぁ」

 

『ごめんなさい…。もう信管を

勝手にイジったりしないから!』

 

川内もちゃんと反省している。

 

「怒ってるわけじゃないさ。

ただ、功を焦り過ぎると

いけないってことは覚えておこうな」

 

……

 

「白雪は緊張してたのかな、

魚雷発射管の不調だなんて

お前らしくないじゃないか?」

 

『すみません、戦闘前から

少し考え事をしていました…』

 

バツが悪そうに謝る白雪の声は

申し訳無さの他にも、何か

裏がありそうな感じだ。

 

「もしよかったら、その内容を

教えてもらえないか?」

 

普段の白雪からは想像できない。

その彼女が戦闘中に考え事を

してしまうということは、かなり

重要なことなのではないか。

 

『そのですね———』

 

……

 

「夢で誰かが泣いていた?」

 

『恥ずかしながら気になって…』

 

白雪曰く、砲雷撃戦の前日に

とある夢を見たらしい。

 

白雪と顔が見えない少女が

互いに戦っている夢だ。

 

艦これのように艤装を身に付け、

連装砲を向け合い無益な争いを

ひたすら繰り返す…。

 

『その女の子は強かったんです。

でもずっと泣いている気がしました、

私もそんな彼女を撃ちたくなかったです』

 

「その戦いの決着は付いたのか?」

 

『どうにか私が勝てました。

そして“もうやめましょう”と

声を掛けたんです。

そうしたらその子は言ったんです、

“私を撃って。もう白雪ちゃんを

撃ちたくないから”って…』

 

どうやらヘビーな内容だったようだ。

 

「白雪はその子をどうしたんだ?」

 

『結局撃てませんでした…。

連装砲を向けることも

やめてしまいました…。

 

誰なのかわからないのに、

その子が他人には思えませんでした。

私を“ちゃん付け”で呼んできた

ということは少なくとも知り合い

だと判断したからです…』

 

 

“たかが夢のことではないか!”

 

 

そんな心無い言葉で貶したりしない。

白雪が悩んでいるというのに

提督である俺がどうしてサポート

せずしていられるだろうか。

 

「夢ってのは何かしらの意味がある。

科学が発達した現代においても

未だ解明できていない部分が多いが、

役割としては日中の記憶の整理。

それとこれは俺の考えだけど、

その子が白雪にメッセージを

送りたくて夢に出てきた…。

俺は後者なんじゃないかと思うぞ?」

 

『メッセージ、ですか?』

 

「そうメッセージ。

艦娘は過去の記憶からくる夢を

たまに見るらしいじゃないか。

それとこうして戦っている現実が

合わさって、深海棲艦になっている

元艦娘の誰かがお前に

伝えたいことがあるのさ…」

 

俺は考えを述べた。

 

「俺たちは戦争をしている。

敵が人間ではないにしろ

命のやりとりをしているのは違わない。

敵も言葉を話すのは知ってるな?

憎しみ、後悔…何を思っているかは

わからないが、少なくとも前世で

相当苦労したんだろうな。

 

そんな深海棲艦の一人が

“近い存在だった”白雪の夢に

化けて現れたのかもしれない。

その子は心優しくて、

人類を…戦争をするのが嫌なんだろう」

 

『私は一体…

どうすればよろしいでしょうか?』

 

答えを出せない白雪に

俺は一言だけ答えた。

 

「撃て」

 

『———え?』

 

「躊躇わずに撃て。

その子、いやソイツを撃て。

ソイツはもう艦娘じゃない」

 

『そう、ですね…』

 

「その子は撃ってと言った、

その願いを果たすだけだ。

ココロが生きていたとしても、

カラダは深海棲艦になっていて

自由が利かないだけかもしれない。

 

そうだとしても撃て、

じゃないと誰かが死ぬ。

それでお前が死んでしまったら、

それこそこの子が悲しむ。

俺だって悲しむ、艦娘のみんなも。

 

誰も悲しまない戦争なんて

決して存在しない。

味方が死ぬか、敵が死ぬかだ。

俺は優しい白雪が好きだ、

平和な日常を一緒に過ごしたいし

これからもずっと優しくあって貰いたい。

——だが優しさだけでは

守れないものもある。

お前自身や大切な仲間だ。

だからもう一度言う、撃て」

 

『司令官……』

 

「俺もその時になってみないと

実際に撃てるかわかんねぇけどなぁ。

でも躊躇して大切な誰かが

傷付いたら本末転倒だろ?

取り敢えず撃っとけ、

どうせドロップするんだしさぁ〜!」

 

今までを誤魔化すように

おちゃらけた口調で話す。

 

『クスッ…!

司令官の仰る通りかもしれませんね。

悩むのは後でもできますしね』

 

「悩んでたなら相談してくれよ〜。

ホウレンソウは基本だぜ?

俺だって艦娘全員の心情を把握

できるわけじゃないからさ。

 

白雪としても戦闘前だから俺に

相談しにくかったってのもあるけど、

そんなに気を使わなくていいさね」

 

『司令官と話していると

なんだかほっとします。

みなさんが司令官を好きになるのも

無理はありませんね』

 

「あったりまえだろ?

俺は天下のイケメン提督だぜ、

相談はいつでも乗るしサポートも

可能な限りしてあげたいしな。

白雪も悩み事があれば

逐次言ってくれるといいな!」

 

白雪の悩み。

ただの夢だからと甘く見たら駄目だ。

日頃のストレスなどが積み重なり

身体の警告かもしれないからだ。

先述の通り、深海棲艦になってしまった

元艦娘の悲痛な叫びが

彼女に届いたのかもしれない。

 

(もし元艦娘だとして、

それは誰なのだろう…?)

 

通信を終えた後、

俺は暫し考えに更けた。

 

 

 

 

 


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