桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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深海棲艦は追い詰められた。
ここから自衛隊の本格的な
反攻がはじまろうとしていた。

同期の死の哀しみを胸に封印し、
目的達成まで泣く事さえ許されぬ。

喪った命と新たな仲間。
隊員や艦娘、そして提督も
立ち止まってはいられないのだ。
それこそが鬼籍に入った者への
せめてもの手向けだと信じて———





2-5 激戦の果てに… 【天龍大破後】

天龍は身を挺して後続艦を守った。

 

そして砲身と魚雷発射管を

右に向け、瀕死ながらも弾幕を張る。

 

「お返しだ…オラァ!」

 

ガァン!ガァン!

 

ホ級フラグシップに天龍が放った砲弾、

そして魚雷が突き刺さった。

中破していた船体は千切れ飛んだ。

 

「マストに旗ァ上げろォッ!!」

 

「「応よッ!!」」

 

天龍の罵声の様な指示で

“2種類”の旗流信号が掲げられる。

 

「よ、よくもホッしゃんをォッ!!」

 

リーダーを討たれた深海棲艦は

怒り狂ったかのように砲撃を始める。

 

「…て、天龍を撃たせてはダメよ!

朝潮たちは適宜砲雷撃を実施、

筑摩と妙高は観測機射撃で

残敵を掃討しなさいッ!!」

 

天龍が激しい砲撃に晒され、

ようやく後方主力艦の指揮を執る霧島が

再起動したかのように命令する。

 

それに伴って聴覚が復活し

周りの喧騒が飛び込み始める。

 

『…おい、聞こえてるのかっ!

天龍の状況はどんなだッ?!』

 

どうやら提督はずっと

無線で呼び掛けていたらしい。

 

『すみません司令!

しばし放心状態になっていました。

天龍は敵の魚雷を多数受け大破、

ですが砲身と魚雷発射管は

可動していて攻撃を実施中、

なお通信機器が破損している模様!』

 

霧島は砲撃を浴びせつつ答えた。

前方の天龍のマストには

国際信号書から抜粋したのだろう、

『本艦、通信不能』を意味する

 Y U(ヤンキー・ユニフォーム) 】と

『本艦、援助不要』を意味する

  C  K(チャーリー・キロ) 】、

2つの旗流信号が掲げられていた。

 

(あの娘ったら…馬鹿ッ!)

 

『援助不要』を提督に伝えなかったのは

どうせ助けに行くからだ。

天龍のせめてもの強がりであろう。

 

 

残る敵は7隻、

霧島たちは天龍を庇うように

敵の前に移動し、第二波の魚雷を

放たれる前に倒さなければならない。

 

『霧島たちの砲撃制限を解く、

被害が増える前に殲滅しろ!』

 

提督が言うまでもなく

霧島たちは砲撃を開始していた。

 

今までの戦闘は遊びだと言わんばかりの

精度と弾数が発射される。

 

…ガァン!ガァン!

 

『撃ちます!

天龍さんはやらせませんっ!』

 

筑摩の気合の入った声が

放つ砲弾に込められる。

 

『致し方ありません、

全力射撃を始めますっ!』

 

妙高による砲撃も加わり

着実に敵を削っていく。

 

……

 

一方、砲雷撃をする天龍も

艦内は無事ではなかった。

 

破口からは海水が雪崩れ込み、

格納機材や書類が流される。

電源がショートし、

電灯が消える部屋が相次いだ。

 

妖精については負傷者多数で

未だ所在不明な者もいたが

概ね無事と言えた。

 

 

『これからオレは“盾”になる。

全妖精は水線上に上がれ、

機関科や応急班も例外無くだ。

最悪電源が死んでも構わねぇから

自分たちの命を優先しろ!』

 

 

天龍は被雷前に

艦内にそう令達していた。

 

当然反論はあったが

艦長たる天龍を信じた。

結果奇跡的に死者を出すことなく

総員で対処に当たることが出来た。

 

「テメェら!!

砲塔と魚雷発射管への

電路だけは絶対に守れよ!

天龍姉さんの意を汲んで

為すべきことを果たすんだ!」

 

電機妖精の指示が

暗い艦内に響き渡る。

 

ただでさえ狭い通路を

数十人規模の妖精が詰めていた。

ある者は応急修理を行い、その横で

伝令が罵声を飛ばし衛生妖精が

負傷者の手当てを行う。

 

この緊急事態にあっては

職種の違いなど関係無かった。

 

攻撃、修理、治療の3つの動作のみが

そこには存在し、それ以外は

優先度が低いと見なされた。

負傷程度の低い妖精は

自ら職務に復帰した。

 

その献身と高潔さは

絶賛されるべきものであった。

その甲斐もあって

大破という状態を受けながらも

重要区画は持ち堪えることが出来た。

 

 

……

 

 

…………

 

 

掃討は呆気なく終了した。

 

戦艦や重巡の大口径砲による

観測機とFCS(射撃管制装置)を使った

高精度射撃は10分もかけずに

残っていた敵西方艦隊を屠った。

 

大破停止していた天龍には

敵の攻撃は命中しなかったのだ。

妖精による必死の対応のお陰か、

はたまた霧島たちの攻撃が

敵の勢いを凌駕したか。

 

【最初からこうしていれば…】

 

金剛や満潮を始めとした

艦娘の誰もが心の中で感じていた。

 

提督も顔には出さなかったが

後悔と懺悔の念で一杯であった。

 

戦果としては完勝と言っても

過言ではないのかもしれない。

 

しかしそれは天龍の挺身が

あって成せたことであり、

もし彼女の咄嗟の決断が無ければ

朝潮から後方の艦娘は被雷して

被害が拡大していたことだろう。

 

(備蓄弾薬の少なさ、停止している

敵に対する単縦陣からの砲雷撃戦、

敵の狙いを見抜けなかったこと。

挙げればキリがないが

すぐにでも改善しなければ

いけない事項が山ほどある…な)

 

『金剛』艦橋で端末を操作しつつ

俺は被害状況の把握と改善点を

リストアップしていた。

 

 

『…わりぃ提督、ドジ踏んじまった』

 

「何言ってんだお前。

謝らなきゃいけないのは俺だっての」

 

全ての敵を敵を倒した後

案の定『天龍』の機関は壊れた。

 

後方の父島に待機していた

多目的支援艦が護衛艦を伴って

西之島まで進出。

それに船体を曳航してもらいつつ、

天龍は支援艦に移乗し、

借用した端末から通信を入れる。

 

大破してそこら中から

黒煙を上げる姿を見たときは

沈没するのではないかと危惧した。

天龍の指示で艦内の妖精は

喫水上の区画へと退避したため

人的被害は軽微に抑えられ、

被雷後の懸命な処置によって

どうにか沈没や転覆は免れた。

 

俺とて天龍に謝りたい。

しかしそれでは以前の

父島沖海戦となんら変わらない。

 

彼女らが求めているのは

提督による労いや心配の言葉だ。

例え本心では懺悔したくても

言ってはいけないのだ。

 

「ったく心配かけんなって、

妖精だってビビっちまうだろうに」

 

『ちゃんとオレが命令して

喫水線上に退避させたし戦死者は

いねーから安心しろよ!』

 

「当たりどころが悪かったら轟沈して

全員そろって戦死するだろ…。

んで、そしたら俺はこう言ってやるぜ

“さようなら天さん……”ってな!」

 

『天さんって誰だオイッ?!

…ってかそれ立場逆じゃねェか?!』

 

だからこうして馬鹿な会話をする。

この通信も全艦娘が聞いていて

天龍や俺も健在であると

アピールする為敢えて明るく振る舞う。

 

 

ブラックジョークもいいところだが

それに安心する艦娘も少なくない。

 

「天龍ごめんなさいデース…」

 

後ろで聞いていた金剛が

少しバツが悪そうに言った。

 

『そんなこと言うなよ、

こうして全員沈まずにいられたんだ。

オレも久々の海戦だったから

腕がなまっちまっただけさ!

 

…にしても魚雷が不発だったり

早発だったりと不具合が

多いんじゃねぇのか?

もしマーカスの敵といざ本番だったら

きっとヤベェことになってただろうな。

 

結果的には改善点がわかったし

ま、良かったんじゃねーの?』

 

天龍の発言は的を得ていた。

戦果は完全撃破、艦隊の被害は

大破1と艦娘のみの水上戦力の

戦闘を考慮しても

対費用効果は高いと言える。

 

ほぼ全艦娘が太平洋戦争から

実戦を経験していないこともあって

戦闘の進め方に難点があったが、

これはいずれ馴れることだろう。

記憶はあっても戦い方は忘れてしまった、

ゲームでいう『Lv.1』といった具合か。

 

緊張もあってか、不具合を発したり

した事例も幾つかありこれも

やはり場馴れするしかない。

 

「被害は受けたものの

敵の西方艦隊撃破を達成した。

付近に敵影も無いため、

この海域を離れ父島沖で

待機している部隊と合流する!」

 

俺が高らかに宣言すると

待っていたかのように無線が鳴る。

任務部隊指揮官から全般宛てに

艦隊を再編成し父島に向かう旨が

下令され、陣形を組み東行する。

 

曳航される『天龍』や

軽空母、DDHが中心に陣取る。

たかが約130kmの移動の為に

陣形形成に1時間も浪費したりと

いちいち面倒臭いかもしれないが、

その努力を惜しんだがために

沈んだかつての艦船は少なくない。

 

 

真方位270度(後方)へと位置を変えた西之島を睨む。

早朝から始まった海戦の“勝利(被害)”を

祝うかのように火山活動を再開していた。

 

祝福の噴火かそれとも

ざまあないと嘲笑っているのか。

だが、考えたところで無駄だと悟り

真方位90度(前方)へと視線を変える。

 

こんなところで感傷に

浸っている時間はないのだから…。

 

 

※※※※

 

『満潮』 艦長室

 

 

提督は艦娘たちに父島回航までの間、

交代で休息を取らせることにした。

 

満潮も休息中の一人だった。

彼女自身は休みなど要らないと

主張したが他の艦娘が強制させた。

 

不要だと主張した理由は

言うまでもなく『天龍』についてだ。

 

 

満潮だけではないが

昨夜の夜戦進言そしての先ほどの

砲雷撃戦における天龍の大破。

 

(もしあのまま夜戦をしていたら…)

 

大破1隻のみで収まっていた被害は

恐らく戦力・士気共に許容出来ない

ところまでいっていたことだろう。

 

(私は何もできなかった…!)

 

満潮はベッドでひたすら悔いた、

謝罪の言葉さえ掛けられないほど。

 

<<ピピピッ!>>

 

艦長室の卓上に備え付けられた

端末から無機質な着信音が響く。

 

「…何よ、放っておいてよ」

 

そのまま無視し続けたが

発信者は諦めないらしい。

 

取り敢えず出るだけ出てやり過ごそう、

そう考え仏頂面で応答した。

 

「はい満潮です……って

きゃあああああ?!?!」

 

画面には目玉らしき不気味な物体。

此方を覗き込むようにソレは

ギョロギョロと動いている。

 

『やっほーミッチー、俺だぁ!』

 

言うまでも無い、提督であった。

 

彼とわかった瞬間殺意が湧いたが

すぐにそんな気も無くなった。

 

「なによ揶揄(からか)うだけなら

切るわよじゃあね…」

 

『ちょい待ちちょいまち!

ちゃんと用件があるから

チャンネルはそのままそのまま…』

 

今一番掛けてきてほしくない人、

いや、掛けられると困る人だった。

 

『顔に変な模様ができてっぞ?

さてはベッドにうつ伏せに

なって悩み事を抱えているな〜?!』

 

「べっ、別にいいでしょ?!」

 

『ま、冗談はこれぐらいにしておいて

少し真面目な話でもしようか…』

 

そう言うと提督は神妙な顔つきになった。

通話を切るタイミングを逃した、

そう感じた満潮であったが

切ったところでまた掛かってくる

であろうと考え直した。

 

(一体なにを言うつもりかしら…?)

 

……

 

『——満潮は偉いよ。

昨日の夜戦進言について

俺は却下したけど、お前が戦況を

打開して作戦を成功させようと

努力しているのはわかってるぜ。

 

さっきだって敵の駆逐艦を見事

撃破して被害を食い止めようとした。

そのお陰で天龍は沈まずに済んだし

敵艦隊も撃滅することができた』

 

「違うって言ってるじゃない。

私の焦りと力不足が天龍さんと

艦隊を危険な目に遭わせてしまったの!」

 

『そんなことはないぞ?

結果だけを見ればそうかもしれないが

満潮の果たした役割は賞賛すべきだ』

 

提督は満潮を褒めた。

対照的に彼女は自分が悪いと言った。

 

満潮は思った、

提督は自分を褒めて気分を

良くさせようとしているのでは?と。

過剰と感じるぐらいに褒めるからだ。

 

(見え透いたことしないで欲しいわ…)

 

口には出さぬが顔と態度には

恐らく出てしまっているだろう。

提督はそれに気付かないのか

同じ言葉を繰り返す。

 

『お前はやれる事をした、

それでいいじゃないか。

過ぎた事を悔やんだところで

被害が復旧するわけもないし、

今は胸を張って次の戦闘では

もっと頑張ればいいだろ?』

 

——胸を張れ。

提督のその一言で満潮はカチンときた。

 

「…私の気持ちも分からないくせに

適当なこと言って慰めないでッ!

私は危うく味方を沈めてしまう

ところだったのよ?!

 

夜戦を仕掛けようって言ったら

黒潮や親潮に『潜水艦がいる』って

窘められた…自分だってこの前まで

『みちしお』(潜水艦)として生きていたのに

このザマよ、惨めにも程があるわッ!」

 

提督は黙って聞いていた。

満潮からは溜め込んでいた感情が

止め処なく溢れ続ける。

 

自分の未熟さ、考えの甘さ…。

いわば彼女の愚痴であった。

 

涙ながらに、時にどもりながらも

満潮は言いたい事を吐き出した。

 

……

 

『…まだ言いたいことはあるか満潮?』

 

ブンブン

 

黙って首を振る満潮。

顔から涙が飛び散るのも

気にせずにゆっくりと。

 

『——一つ小話をしよう、

どっかのとある幸せな男の話だ。

そいつは社会的地位もそこそこ高く

職場では美少女に囲まれている。

カネ、オンナ、ケンリョクの

三拍子揃った羨ましい野郎だ…』

 

一体なんだ?と思ったが

静かに提督の話を聞くことにした。

 

『その男と美少女たちは軍人でな。

日々戦いに明け暮れていて

いつ戦死するかもわからない。

男はセクハラばかりしているが

内心ではそんな美少女を尊敬し、

掛け替えのない存在だと思っている。

 

男は意外と臆病でな、

普段の態度はそれをバレまいと

虚勢を張っているだけなんだ。

…でも彼女たちを愛する気持ちは

本物でそれだけは誰にも負けない』

 

(それってもしかして…)

 

『そいつは彼女たちが傷付く姿を

見たくはない、出来ることなら

軍人なんて辞めて平和な日々を

謳歌してほしい、そう思っている。

 

…だが情勢はそれを許してくれない。

だからせめて少しでも傷付かない

ように味方の水上部隊や基地航空隊に

“土下座して”一隻・一機でも多くの

兵力を拠出してもらったそうだ。

 

そうしても敵は有力だった…。

味方に戦死者を出してしまうし

政治家と国民は当事者意識が無いのか

現実に向き合わずに見当違いな

【おはなし会】で貴重な時間を浪費、

これじゃあ遣る瀬無いよな…』

 

…間違いない。

提督自身の事を言っているのだ。

 

(…土下座まで?!

確かに護衛艦はほぼ総出の

大艦隊とは思っていたけど

まさかそこまで…!)

 

『その努力は【お前にも】伝わって

いたみたいで嬉しいよ。

普段からツンツンしてて

俺の言う事全てにダメ出ししてたのは

お前なりに【最善の結果】を

導き出そうとしてくれてたんだな…』

 

提督は画面の向こうで寂しく笑った。

 

「そ、そんなつもりじゃ…」

 

『俺の事はどう思ってくれても

いいからもう休むといい。

ただ、その男が目の前の

美少女に今してほしい事、

それは…』

 

「それは……?」

 

満潮は提督に問う。

 

『——元気な声でいつもみたいに

罵声を艦隊に響かせること。

ムードメーカー、とは違うが

尻を叩くしっかり者の嫁みたいに

セクハラ弱虫な旦那を支えてくれたら

その男は喜ぶんじゃないかな!』

 

吹っ切れた様に笑う提督に

思わず釣られて笑ってしまう。

 

「なにバカなことを言ってる訳!

【無駄な電波を使うな】って

先輩の通信員から教わらなかったの?

…っていうか誰が嫁よ?!」

 

『うへぇ…いつもの

満潮に戻ってやんの!

もうちっと名前のとおり

(しお)らしい”感じで…』

 

「…はぁ?!何バカ言ってんの?!

バカとセクハラは死ななきゃ

治らないようなら、今から

わからせてあげるわよ?!」

 

『おっと電波状況が悪いな…。

じゃ、父島沖に到着したら

また連絡するからよろしこ〜』

 

「フンッ!

二度と掛けて来なくていいわよッ!」

 

口は悪いが顔は正反対だ。

此方から通信を切る。

 

……

 

「——ふふっ、司令官のば〜かっ♪」

 

満潮は一人微笑む。

 

悩み困っているのは

自分だけではなかった、

提督も知らぬところで人知れず

手を回してくれていたのだ。

 

愚痴とも取れるような事を、

嫌な顔一つせず提督は

しっかりと聞いてくれた。

そればかりか彼の悩み、弱音まで

ぼかしながらであったが

自分に話してくれた。

 

——頼ってくれたのだ。

 

(劣等感や悩みを持ってるのは

なにも私だけじゃない…。

正直あんなに言いたい事だけ言って

司令官に怒られると思ってた。

でも彼は私を受け入れるだけでなく

自らの弱さや悩みを打ち明けて

『俺だって悩んでる』って

私を頼ってくれた…)

 

嬉しかった。

提督にも悩みがあるとか

シンパシーを感じた訳ではなく、

単純に自分を頼ってくれたことがだ。

 

トクン…

 

日頃は飄々としているが

実は私たちのことを思ってくれている。

直接ではなかったものの

『愛している』と言ってくれた。

 

先ほどの提督の言葉が

胸の鼓動を高鳴らせる。

 

「少しだけだけど、

司令官のこと———見直した、かも…」

 

彼女の心境にどんな変化が

あったのかはわからない。

だがその後は吹っ切れたように

他の艦娘と無線でやり取りしており、

自分の中で心の整理がついたのだろう。

 

提督に対する想いも

少なからず変わったのかもしれない…。

 

 

……

 

「———なに言ってんの?

真面目に仕事しなさいよ!

ホントに撃つわよ?!」

 

『フフフ…この俺に脅しが

効くと思っているのかぁ?!』

 

ギャーギャー騒ぐ2人を

姉妹艦である朝潮が叱る。

 

『司令官、満潮うるさ過ぎます。

無駄な電波の輻射は控えてください』

 

「だからうっさいって

言ってるじゃないのよ!!」

 

『…お前が一番煩いんじゃね?』

 

「なんで急に冷静になるのよぉ?!」

 

 

普段と変わらぬやり取りは

艦隊の雰囲気を和ませた。

 

それは朝潮も感じており

口では注意しつつも内心では

妹の心情の回復に喜んでいた。

霧島や飛鷹、満潮と同じく

落ち込んでいた金剛も

静かに提督に感謝した。

 

上空を警戒する艦載機や

哨戒機でも通信は聴取されていた。

 

海上とレーダー画面を睨みつつも

緩む頬は全機共通であった。

 

士気は概ね良好、

艦隊は父島沖へと東行する。

大破した『天龍』は後方艦隊と共に

戦闘終結まで残置となるだろうが

差し当たり問題は無いだろう。

 

 

(天龍さんは大破してしまったけど

この借りは倍返し…いいえ、

10倍返しにしてあげるんだからッ!

勿論、被害を抑えた上で…ねっ)

 

父島の東にいるであろう

深海棲艦を撃滅してやるぞ、

満潮は彼女なりの戦い方を見つけたようだ。

 

 

※※※※

 

金剛 艦橋

 

 

「——急速に視界が悪くなって来た、

現視界200メートル!!」

 

司令席でうたた寝していた俺は

哨戒長である航海長の声で起きる。

 

「うげっ…またこのパターンかよ?!

『ドロップ』かもしれないが

全艦最微速、警戒態勢を取れ。

レーダーと見張りは

小さな目標でもすぐ報告しろ!」

 

さて、どうなるかな…。

 

「Hmm…これが日向が言っていた

『ドロップ』というものデスネェ…」

 

「関心してないで警戒しとけよ?

もし深海棲艦が出現したら

天龍が沈むかもしれん」

 

護衛艦も含めた全艦隊は

対水上・対潜見張りを厳となす。

 

——10分ほど経過した時だった。

 

「真艦首3.0(さんてんまる)(300m)

に艦影らしきもの2(ふた)ッ!

…数増えるッ!!」

 

「90度300に反応多数!」

 

見張り妖精にやや遅れて

電測妖精から報告が上がる。

 

「対水上戦闘用〜意ッ!」

 

新たな艦娘かもしれないが

敵である可能性は否定できない。

 

「正確な数知らせ。

可能であれば艦種を特定しろ!」

 

……

 

数は7。

艦種については霧のため不明瞭だが

軽巡クラス3、駆逐艦クラス4とのこと。

 

『前回』は軽空母である鳳翔であり

識別は容易であったが、今回は

何となく見えるかな程度の視界である。

深海棲艦による騙し討ちかもしれない。

 

とはいえいきなり撃つわけにもいかない。

当たり障りない手段として

発光信号を使用することにした。

 

 

『こちら日本国海上自衛隊、

特務自衛艦の金剛である。

貴艦らの所属を問う』

 

 

やや間があって

後方に控えていた軽巡クラスから

同じく探照灯で返信があった。

 

 

『こちら“元”自衛艦の軽巡洋艦大井。

全艦、敵ではありません。

本艦の内火艇にて貴艦へ

向かいたい旨、許可願う』

 

 

「…マジ?“大井っち”かよ?!」

 

張り詰めていた空気は

俺の一言で容易く崩壊した。

 

「そこは凛々しく謙虚に

対応して欲しかったデース…」

 

「嬉し過ぎてはしゃいでしまった。

はんせいはしている」

 

「もうスルーするデース…。

ではワタシは舷梯の準備を

見に行ってくるデース!」

 

スルーされた、意外とつらい。

 

「うん、よろしく頼む」

 

……

 

「ミナサ〜ン、お久しぶりデース!」

 

金剛の士官室に集まった新メンバー。

 

ちなみに目の前にいるのは

次の7人の艦娘だ。

 

◯軽巡洋艦

龍田、大井、鬼怒、

 

◯駆逐艦

松風、長月、望月、秋雲

 

 

「こいつぁあ大収穫だな!」

 

「まるで漁みたいに

言わないで欲しいデース!」

 

金剛の文句をスルーしつつ

彼女たちに今の情勢を伝える。

 

「まずは俺から自己紹介をしよう——」

 

ドロップした艦娘たちを前に

簡単な挨拶で好感度を上げる作戦。

 

(ここは手堅く真面目に…)

 

「俺はイケメンで比較的高収入、

海軍少佐と同等の3等海佐。

夢は全艦娘とのハーレム、

んでついでに深海棲艦の撃滅…」

 

——完全に色々と失敗した。

後ろに控える金剛のため息が地味に痛い。

 

(やべっ?!

口を滑らせて本音を言っちまった!)

↑何故そうなるのか…。

 

ちなみにこの光景は

端末に付属するカメラを通して

艦娘だけでなく『加賀』や

遠く市ヶ谷の海幕に中継されている。

 

本土側の音声は入ってこない(強制排除)ので

お叱りは無いが、それはそれで逆に怖い。

まぁここは俺のフネだからな、

好き勝手に言いたい事言ったもん勝ちだな。

 

「どうした金剛ため息なんか吐いて。

…もしかして、

名乗るのを忘れたからかな?」

 

「…違いマス」

 

面倒臭いと言わんばかりに

露骨に目を逸らす金剛。

 

金剛の中の提督LOVE度が

99から98まで一気に(少しだけ)下がってしまう。

 

「なにこの人…」

 

堪らず大井がぽつりと漏らす。

大井は先述の通り元自衛艦。

俺の記憶では長月、望月そして秋雲も

かつて護衛艦であったはず。

 

「初めましてだなみんな、

第101護衛隊司令の菊池3佐だ。

——斯々然々で深海棲艦から

日本を守る為に提督である俺に

君たちの力を貸してほしい」

 

大まかに現代の世界情勢を伝えた。

 

「いいですよ〜。

ところで艦娘として天龍ちゃんも

この時代にいると秋雲ちゃんから

聞いたのだけれど〜?」

 

流石元自衛艦『あきぐも』、

こういう時に戦後組がいると助かるな。

 

『あきぐも』は俺が入隊した時には

もう廃艦だったが、艦これの影響で

色々と調べるうち先輩から聞いた

“ある話”で弄ることにした。

 

「——『あきぐも』ってアレだろ。

練習艦時代に実習幹部が自殺して

3戦速で港に向かって航行中に

火災が起きて沈みかけたフネだろ?」

 

「べっ、別にあれは乗員が

やったことで秋雲は悪くないしぃ…」

 

オータムクラウド先生も

苦い過去を掘り返されてタジタジ。

ドヤ顔ばかりなイメージの秋雲だが

こんな一面が見られるとはな…。

 

そんな秋雲を見かねた龍田は

助け舟を出すことにしたようだ。

 

「あら〜秋雲ちゃんは

色々やらかしちゃってるみたいね〜」

 

…助け舟、のハズだよな?

 

「龍田さんまでヒドいよぉ〜」

 

「ま、まあ龍田もそのぐらいにしようぜ?」

 

結局俺がフォローに回る羽目に。

 

「そうですね〜。

提督がそう言うのなら

弄るのはやめましょうか〜」

 

これでおしまいよ〜、みたいな

満足そうな笑顔がニクい。

 

余裕そうな龍田に意地悪でも

しようと考えたか、天龍が

 

『——おぅ龍田、久しぶりだな!』

 

「あらぁ〜?!?!

天龍ちゃんがこんなに薄っぺらに〜!」

 

支援艦の端末でやりとりを見ていた

天龍がビデオモードで割り込んできた。

 

龍田ののんびりした口調からは

伝わりにくいが驚いているようだ。

薄い箱の中に自分の

姉がいたらそりゃビビる…。

 

 

——ポカーン…

 

何人かの艦娘が、天龍の写る

端末を交互に見比べながら

目を点にしている。

 

(そっか、現代を知らない艦娘は

パソコンどころかテレビも

見たことないからわからないか…)

 

鳳翔と那珂の時を思い出した。

松風や鬼怒の目が点になっている。

 

大まかにパソコンの説明をした後は

姉妹同士の仲睦まじい会話が始まる。

 

「そうなのね〜天龍ちゃん。

元気そうでなにより〜!」

 

『提督は見ての通りこんなんだけど

意外と頼りになっから心配すんな』

 

「…オゥ、天さん色々ひどいっすね」

 

褒められてないようだが

天龍としてはプラスの意味らしい。

 

よかったな天龍よ、

その“おっぱい”が無かったら

セクハラ100回の刑だったぞ?

まぁ無くてもするけど…。

 

『お、オレは別に興味はねぇけど

提督を慕ってるヤツは

艦娘にも意外といる、ぜ…?』

 

(…相変わらず分かり易いわねぇ〜)

 

この時龍田は天龍の

僅かな表情の変化を見逃さなかった。

 

「へぇ〜…天龍ちゃんが

“好き”そうな殿方ね〜」

 

『ンなっ…?!』

 

画面上の天龍が見るからに真っ赤に

なり言葉も詰まってしまう。

 

「そそ、モテて困っちまう。

俺って罪な男だよな〜。悪いな天龍、

お前の気持ちに気付いてあげられなくて」

 

いやぁ参っちまうぜ、と

頭を掻きながら満更でもない顔をした。

 

『…こ、コラッ!!

勝手に話を大きくするなっ!』

 

「天龍ちゃんったら可愛い〜」

 

「俺は自他共に認めるセクハラ王。

龍田にだって時期を見て敢行するから

ゆっくりと待っているがいい」

↑なんだコイツ

 

「あ、あら〜、どうしましょう〜…」

 

龍田の機微に触れるかと思ったが

俺のボケに乗ってくれたようだ。

 

仮に龍田に男の“アレ”を斬られても

今の俺ならまた生えてくるだろう。

ドロップによる嬉しさのあまり

謎の自信が湧いてくる。

 

でも流石に龍田が引くかもしれないので

冗談はもうやめることにした。

 

なんか怖い目つきで笑ってるし…。

僅かに頬が紅潮しているのは

内心怒っているかもしれん。

 

(あ、あら〜?

わ、私としたことが〜…。

どうして顔が熱くなるのかしら〜?)

↑意外と照れてる?

 

マジで斬られちゃ堪らんからな。

てか他の艦娘の視線が痛い。

 

「海上自衛隊も落ちぶれたわね…」

 

大井の一言が痛い。

ダイレクトに俺をダウンさせる。

すんません大井っち。

 

「あはっ!キミ面白いね!」

 

「なんか側から見てるだけなら

退屈しなさそうじゃん?」

 

「こんなのが司令官とは…」

 

松風と望月にはウケたが

長月は俺に対して不満のようだ。

これから指導(調教)してあげるとしよう、

のびのび生きないと人生楽しめないぞ。

長月は真面目そうだしなー。

 

『——鬼怒元気にしてたー?!

ずっと会いたかったんだからね!』

 

天龍の次は阿武隈。

画面がポンポン変わるが

一体誰がそれを咎めよう。

 

「お〜阿武隈じゃん、久しぶり!

可愛い妹を見れて鬼怒も嬉しいよー!」

 

大井たちは龍田や鬼怒のように

姉妹艦がまだいないため寂しそうだが、

かつての仲間と交流する様子は

見ていて心が温まる。

 

(北上や睦月だっていつか

必ずドロップさせてやるから

それまで待っててくれよ…!)

 

 

新たな仲間と亡くなった仲間。

艦娘に対しては嬉しさを見せるが

内心では戦死者に対しての

言い様のない気持ちが渦巻く。

 

…だが、それを吐き出すのは

この作戦を成功させてからだ。

艦娘の中でも村雨や大淀、秋月は

戦死者が出たことで暗然としている。

 

それに弱音を吐いたところで

得られるものなど一つもない。

 

今の第1護衛任務部隊(俺たち)に出来るのは

敵を撃滅し、海上貿易を再開させること。

それが亡くなった者への

最大の供養であるのは明らか。

 

無意識の内に厳しい顔になる。

 

すぐに気付き、辺りを見たが

俺に勘付いた艦娘はいないようだ。

 

(今は喜ぶべき場面だ…)

 

心を入れ替え、無理矢理

顔をいつものように笑わせる。

ややぎこちないが、まあいい。

 

30分程艦隊は止まったままであったが

敵の襲撃は幸い無かった。

どうやら小笠原諸島西方の

制海権を握れたようだ。

 

 

我が艦隊の被害は———“軽微”である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———“軽微”、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




天龍は大破してしましたが
新たに天龍型の怖い方とコロンビアさん、
その他の艦娘がドロップしました!

補給が終わったら東進します。
でも大艦隊な為時間が掛かります…。


天龍が盾になった件ですが、
私としてはもっと上手くやれたと考えます。
…しかし提督が『陣形』にこだわった為
結果的に天龍が大破してしまったかと。

私自身が書いている小説ですので
提督を「俺最強!」にすることも
可能ですがそれではダメですよね。
水雷屋である帝国海軍の南雲中将や
どこかの銀河の英雄的な伝説の
『魔術師』や『常勝』提督なら
無傷でこの戦いは勝てたでしょう。

…しかし、新米で艦隊運用のイロハを
知らぬ彼には厳しいのではないか。
そんな提督のこれからの成長も
見所にしていきたいと思います。
駄文失礼致しました。

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