桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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南鳥島 庁舎内

「………俺はどうなったんだ?」

…確か菊池と衛星電話で会話中に
身体が宙に舞った筈だ。

肩辺りが焼けるように熱い。
折角鍛えた筋肉が削れるじゃないか…。

「山下3尉、動いちゃだめですよ!」

近くの隊員に咎められ
首を下に向けると包帯が巻かれてた。

「沖の深海ナントカの砲撃が
この庁舎の近くに着弾して、
爆風で吹き飛ばされたんですよ」

どうやら死に掛けたらしい。
鍛えた筋肉が無かったら
あの世に逝っていたかもしれん…。

(別に筋肉があったところで
死ぬ時は死ぬんだろうけどな…)

「他の省庁の職員は、無事ですか…?」

頭と口がうまく働かない。
恐らく鎮痛剤か
麻酔を投与されたのだろう。

「艦砲射撃で負傷者は出ましたが
幸い死者は出ていません。
ま、それもすぐに無意味になるかと…」

えっ、と思い意味を尋ねた。

「沖の艦隊の周りに小型舟艇が
ウロチョロし始めたんです。
きっとこの島を占領する気ですよ…」

別の隊員が壁に空いた穴から
手に持った双眼鏡で偵察をする。

「距離があってよく見えませんが
輸送艦…それもオンボロでどす黒い
気味の悪いフネから化物どもが
乗り移ってますよ」

(こんなところで死ぬのか…)

菊池には弱音は吐かなかったが
やはり『死』の恐怖はあった。

島の北側に布陣した敵は
1時間もすれば上陸するだろう。
奴らがどんな攻撃をしてくるかは
全くわからないが、もし人間を
喰ったりするようなら
迷わず拳銃で自決してやろう。

(それも、腕が動けばの話だがな…)

「み、南側に敵の潜水艦ッ!」

「クソッ、こっちが反撃してこない
から調子に乗りやがって!!
浮上して砲撃するつもりか!」

派遣隊長が怒鳴るが
風前の灯火である俺たちには
負け犬の遠吠えにも聞こえた。

「潜水艦のセイルから
『ちっこい』奴らが出て来たぞ?!」

(至近距離から、
俺たちを仕留める…のか、な?)

そこまで考えたところで
再び思考が出来なくなった。

まあいいだろう、化物に喰われたり
痛い思いをするよりかマシだ。

身体が動くのなら、
倉庫に無傷で残っているゴムボートで
奴らのフネを奪って島から
脱出してやりたかったが、
神様はここで死ねと仰るらしい。

神なんて存在しないとわかった。

「艦上の敵……ピンクの髪…」

隊員の言葉が聞こえ辛くなってきた。

(深海棲艦って…
ピンクの髪なのか?)

「…急げ……ボートを」

(だから、もう…
逃げられ…ないんだぞ?)

元気な他の隊員は
最後の最後まで諦めないらしい。

「山しt…起き……」

ユサユサと強く身体を揺さぶられる。
だが眠気が勝り、そのまま
反応も出来ず意識が遠のく。

「総員……急げ…ボートを…」

派遣隊長の言葉も殆ど聞き取れずに
俺は死ぬ前の猶予期間に堕ちていった。

…………




2-4d 敵西方艦隊を叩け!中編C 【もう一人のホ級】

「何を企んでいやがる…」

 

天龍の額から汗が滴る。

 

ただの汗では無い。

じっとりと纏わりついてくる、

所謂脂汗の類だ。

 

深海棲艦は全力で攻撃してこず

被害を気にも留めず横腹を

此方に曝け出すという状況に、

彼女の第六感は警笛を鳴らす。

 

天龍ほど勘が鋭くなくとも

嫌な予感はしているはずだ。

 

散発的な砲雷撃をしつつ

魚雷で此方の変針を妨害し、

目の前まで近接させる行為には

敵の只ならぬ思惑が…。

 

(いっそのこと後進一杯で

距離を取るべきなのか…?)

 

いやそれこそ駄目だ。

『前進』と『後進』は速力が

同じだとしても舵の効きが異なる。

 

車で例を出すと、前輪操舵と

後輪操舵では回転の円弧の始まりが

異なる場所から始まる。

それがフネにおいても起きるのだ。

 

それに最近の艦船は前進から後進の

切り替えをスムーズに行えるが、

昔のタイプは後進をする場合

『後進用意』を下令してから

推進軸を逆回転させる必要がある。

 

 

天龍や朝潮たちは前方の敵艦に

砲撃を浴びせつつ打開策を練る。

 

 

………

 

 

敵は未だ10隻以上残っていた。

戦闘開始時は24隻であり

砲雷撃により半分まで減らしたものの、

それでもなお反復攻撃を仕掛けねば

マーカス奪還の障害となるであろう。

 

敵西方艦隊を避けては通れない。

菊池提督は可能であれば

この敵を他部隊、護衛艦や

陸上航空部隊に任せたかったが、

どちらも対艦ミサイルの保有率が

低下しており断念せざるを得なかった。

 

「あの目障りな駆逐艦を黙らせろ!」

 

5inch砲が焼き付くのではないかと

思ってしまうほどの砲撃をしてくる

敵駆逐艦を睨みつつ下令する。

 

敵に近付き、必然と視界も開け

後続の朝潮たちも狙いをつけ易くなり

此方の攻撃も密度を増す。

 

『ウザいのよッ!!』

 

満潮の連装砲が火を吹き

敵艦を夾叉し、その後命中弾を出し

見事1隻を撃破する。

 

『…やったわっ!』

 

「いいぞ、もっと撃ち込めッ!

何かされる前に倒しちまえば

こっちのもんだぜ!!」

 

 

そう天龍が言い放った時だった…

 

 

……

 

 

「魚雷多数ッ!!

艦首…いや、前方から

放射状に向かって来ていますっ!

こっ、このままでは

後方にいる『朝潮』や

『霧島』にも命中しますッ!!」

 

「ンなッ…?!」

 

天龍は一瞬で悟った。

 

敵は艦娘を近づけさせて

多数の魚雷を至近距離から

集中させるつもりなのだと。

 

それならば先程までの

散発的な攻撃も頷ける。

 

「…ッ、少し待ってろ!」

 

焦る気持ちと激昂する思いを抑え、

今取るべき行動を考える。

 

(敵は目の前に並んでいる、

オレから見ると放射状だ…)

 

『扇子』の形をイメージしてほしい。

敵艦隊は上部に点在しており、

天龍自身の位置は軸となる『要』へと

差しかかろうとしている。

敵がある一点を狙っている場合、

向かってくる魚雷は角度を伴う。

 

発射時の角度にもよるものの

その集中点を避けることができれば、

敵の魚雷は此方から見て逆V字となり、

左右至近を交差し躱すことができる。

 

天龍は肉眼と双眼鏡を以って

迫り来る魚雷のコースを予測する。

命中予想時刻と現速力を考慮しつつ

持てる頭脳を回転させる。

 

(集中点は……もうすぐだッ!)

 

フネは進んでいる。

 

 

マズい…。

 

 

天龍は無意識に舌打ちした。

自身は回避できるだろう、

しかし後ろは厳しいかもしれない。

 

魚雷を視認し、そのコースを

予測し得たのも先頭にいたからだ。

だがその配置は後続艦にとっては、

先頭の天龍がいるため必然的に

視認を困難としてしまった。

 

 

「よし、総員聞いてくれ……」

 

 

天龍は『とある』指示を出した。

艦内の妖精たちは戸惑ったものの

天龍を信頼して、指示どおり動いた。

 

そして………。

 

 

※※※※

 

満潮 艦橋

 

 

『みんな止まってくれ!

朝潮はオレを避けろ、

これから行き足を止めるっ!』

 

 

天龍の突然の言葉に

後続の艦娘は狼狽した。

 

「ちょっと天龍さん

何をするつもりなの?!」

 

満潮はすぐさま問い質した。

 

ここで停止するなど何を考えているのか。

そんなことをすれば向かって

きている魚雷に自分から

当たりに行くようなものだ。

 

もしや天龍は…

 

『天龍まさか貴女……

身を挺して私たちを?!』

 

霧島が天龍の意図を悟ったのか

後半の言葉を荒げた。

 

『…るせぇ!!

先頭のオレが判断したんだ、

見えてねぇヤツは黙ってろ!』

 

(間違いない…、天龍さんは

私たちを守る為に『壁』に

なるつもりなんだわ!)

 

何か打つ手は無いのか?

いや、他に無いからこそ

天龍はそれを選んだのだろう。

 

『くっ…、こちら朝潮!

速力停止とします、

各艦は前方との距離に

注意してくださいッ!』

 

天龍の意思を無駄にすまいと

言われた通り停止する。

 

「待って朝潮!

このままじゃ天龍さんが…!」

 

満潮が言い切らぬ間に

『天龍』が右にそれ始めた。

すぐに取舵を取り、後続の

朝潮と直角となった。

 

ここに至り満潮も

速力を停止とせざるを得なかった。

 

『てんりゅー…』

 

満潮の後ろにいた島風が

悔しそうに呟く。

 

『どうした島風そんな声出してよぉ?

このオレがくたばるわけねぇだろ。

一旦この雷撃をやり過ごしたら

お前の5連装酸素魚雷を敵に……』

 

その時天龍に敵の魚雷が命中した。

 

水柱が高々と上がる。

一本では無い。2本いや、3本以上が

彼女の艦首から艦尾にかけて

爆炎と黒煙を生み出した。

 

その光景はまるで

『天を昇る龍』の終焉であった。

 

 

……

 

 

※※※※

 

天龍 艦橋

 

 

島風を宥めている時に魚雷が命中した。

 

「がっ…!」

 

自身の頭と脇腹を中心に

激しい激痛が走る。

あまりの痛さに呼吸が出来ず

酸欠になるのではないかと感じた。

 

「天龍姉さん大丈夫ですか?!」

 

副長が心配して声を掛けた。

その言葉さえ今の彼女には

届いていないかもしれない。

 

脇腹の痛みが一番堪える。

 

道端でナイフで刺されたり、

拳銃で撃たれた人間の気持ちだ。

咄嗟に服の裂け目に手を入れ

確かめたが、出血も無く『穴』も

空いてはいないようだ。

 

 

「よ、妖精たちぁあ…無事、か…?」

 

どうにか紡ぎ出した声は

死に掛けのようであった。

 

「現在、急速探知実施中!

浸水箇所多数、応答の無い所も有り

人員把握は困難ですっ!」

 

応急長が叫ぶように返し、

天龍は苦い顔をして頷いた。

 

「…機関は生きてるか?」

 

「どうにか…。

しかし圧が低下していて、

ヘタしたら『死ぬ』かもしれないです」

 

艦橋内は喧騒に包まれてた。

艦内電源は生きており各部の状況は

現代化改装した各種監視装置で

把握してはいるが、

復旧作業については混乱していて

各部の妖精による奮闘も

空回りしていると言わざるを得ない。

 

「後方の朝潮たちは…?」

 

「現在停止しています。

被雷も無いようで、

その場で砲撃を実施中!」

 

天龍は少し安堵の表情を浮かべた。

 

「砲塔は使えるのか?」

 

「電圧が不安定で通常時より

射撃間隔は開くでしょうが、

まだ使えるはずです!

射管装置も無事ですので

やり返すことは可能ですぜ!」

 

砲術長は天龍の考えていることを

瞬時に理解し、適切な回答をした。

 

『天龍』は敵に横腹を向け

格好の目標となっている。

 

だが砲撃を受けつつも、

敵が第二波の魚雷を撃つまでは

反撃をする猶予ができた。

 

「魚雷発射管も同じく!

次弾装填の時間はなさそうだが

一射なら問題ねぇだろっ!」

 

水雷長が伝声管を使って報告する。

 

「お前ら…」

 

妖精の高い士気を見た天龍は

心の中で彼らに感謝した。

 

「…よっしゃあ!

右、砲雷撃戦用意ッ!

やられる前に少しでも倒すぜ、

目標は…中破している敵軽巡!!」

 

狙うは右正横にいる軽巡ホ級だ。

 

艦娘の中でも、こんなに至近距離で

敵と向かい合ったのは天龍が初だろう。

そんな敵艦を睨みつつ、

ふと思うことがあった。

 

敵艦の色も形も『彼女』とは

似ていないのに…。

 

(なんで『アイツ』に見えるんだ…?)

 

 

※※※※

 

深海棲艦サイド

 

 

『あの軽巡、自分を盾にしただと?!』

 

扇形の陣形を活かした雷撃は

先頭の敵軽巡により妨害された。

軽巡は被雷し、その場に停止したが

砲身は此方を向きつつあった。

 

「あらら〜、

作戦が失敗しちゃったわね〜…」

 

ホ級はやはりのんびりした口調で

残念がったが、内心は異なっていた。

 

(もしかしてあの軽巡…)

 

彼女も天龍と同じ事を考えていた。

かつての記憶は未だ曖昧で

姉の名前も顔もはっきりしないのに…。

 

前方の敵がそう思えて仕方ない。

 

これまで一心不乱に倒そうと

していたにもかかわらず、

撃ち続けていた砲身が急に止まった。

 

『あの娘を…撃たないで…』

 

ホ級の頭の中でそんな声が聞こえた。

 

(この声は…私?)

 

至近に天龍の発射した砲弾が

着弾するのも気付かずに

ホ級は『自身』に問い掛ける。

 

『そうよ〜、私は貴女。

そして貴女が撃とうとしているのは

【私たち】のお姉ちゃんなのよ〜』

 

(私の、お姉ちゃん…?)

 

『ホ級何故撃たない?!

聞いているのか、おいッ!!』

 

仲間の深海棲艦の声も

今のホ級には届かない。

 

『被雷して満身創痍、

にもかかわらず奮戦する姿。

正しく天を昇る龍みたいよね〜』

 

(天を昇る龍…)

 

『【からくれなゐに 水くくるとは】。

あの娘を詠んだ歌ではないけれど

そんな表現がぴったりね…』

 

ホ級は自身を狙い撃つ天龍を

まるで他人事のように見呆けた。

 

大破しつつ砲撃を行う天龍の

背後の朝日が後光の如く輝く。

 

フネから血液が流れ出ているのではと

錯覚してしまうほどの紅い光景。

 

 

海をあんなにも紅色に染めてしまうとは。

 

不思議と浮かぶそんな感想。

 

(すごい、綺麗…)

 

ホ級は見惚れていた、

敵である天龍の武人の姿に。

 

(『いつも』格好良いって、

『昔から』憧れていたなぁ…)

 

 

……

 

 

ホ級は自分の名前を思い出した。

自分が『以前』何者だったのかも…。

 

そして自身に迫り来る魚雷を見つけた。

目の前だ、回避は不可能だと悟る。

 

でもよかった、そう感じた。

何故なら……

 

「天龍ちゃんの

戦う姿が見える……。

よかったぁ…!」

 

最期に愛する姉の姿が見れたのだから。

 

魚雷がホ級に命中し、

中破していた船体は容易く散華する。

 

爆炎の後水柱が高く上がり、

それが消え去った時には

ホ級の姿は無く最初から

そこにいなかったかのようであった。

 

千早(ちはや)ぶる神代(かみよ)もきかず、

海面に残るは残骸のみとは…。

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 




『千早ぶる 神代もきかず ◯◯川
   からくれなゐに 水くくるとは』

…ある川を詠った短歌です。
軽巡ホ級の正体は明らかですが
そんな彼女の歌もこれまた愉悦。

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