桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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前回の後書きで言った通り
今回は本土の警務隊長視点です。
戦闘に直接関係はないので、
飛ばしていただいても大丈夫です。

……

提督や艦娘が遥か南方で戦っている間、
本土に残った艦娘と警務隊長たちも
色々と戦っていたのだ。

チョイ役な警務隊長にスポットを当てて
留守組を覗いてみるとしよう。



2-Ex1 提督不在の鎮守府 【警務隊長サイド】

「———神通ちゃん、

この書類は却下だ。

警備計画がダメだよ、これじゃ

戦力が少な過ぎると思うよ」

 

「それと日向ちゃん、

この『航空戦艦改造案』なんて

提案書、いつ紛れ込ませたんだ。

君を改造する予定はないよ、

菊池3佐だって戦艦のままで頼むと

言っていたじゃなかったかね?

それと…『ズイウン』ってなんだい?」

 

「それと鳳翔ちゃん、

『鎮守府』についてだが

目処が着きそうだ。引き上げた

米軍の横須賀基地の土地を…」

 

 

……

 

 

「すみません、警務隊長さん。

こんな事までお願いしてしまって…」

 

「私は全然構わんよ。

デスクワークは慣れているからな」

 

鳳翔ちゃんが麦茶を淹れてくれる。

私が業務代行をしていることに対して

申し訳なさそうに言うがこれしきのこと。

 

 

———菊池3佐が出撃してからというもの、

第101護衛隊に臨時勤務扱いの私は艦隊内の

最先任者であるため、限定的に職権を超え、

かつ、艦娘の面倒を見ることとなった。

 

こうして書類のチェック、

ドロップした『鳳翔ちゃん』や

『那珂ちゃん』の戸籍の作成、

このプレハブ鎮守府の運営を

代行しながら過ごす毎日も

なかなかどうして面白い。

 

 

「あ、あの…警務隊長さんは

原隊に帰らなくて大丈夫なのですか?」

 

「いい質問だね電ちゃん。

答えはイエスだ、私の部下は優秀

だから業務は任せてある。

そしてこの部隊にずっといるのは

君たちを守るためなんだよ」

 

「…クソ提督のセクハラから?」

 

こらこら曙ちゃん、

そこは庇ってあげようよ。

 

「正解、と言いたいところだが

残念ながら違う。敵は深海棲艦と

人間だ、国内と国外のね」

 

「他国のスパイや、テレビで

放送している『防衛省内』や『総理大臣』

…その辺りでしょうか?」

 

「鋭いね鳥海ちゃん。

詳しくは言えないが海幕長から

直々に依頼を受けていてね、

こうして艦娘である君たちに

囲まれながら働いているのだよ」

 

 

やはり鳥海ちゃんは賢いね。

眼鏡を掛けた人間は頭が

冴えているのかもしれない。

 

ただしそれは偏見であって、

実際には掛けていない人間の方が

裸眼で“物事を見ようと”努力するため

推察力が優れているという研究結果も…。

 

おっと話が逸れてしまった。

 

 

……

 

 

『小笠原空襲』の後、

マスメディアは此処ぞとばかりに

与党政権と防衛省・自衛隊を叩いた。

 

【戦死者を出した責任は何処か?】

 

様々な主張や表現があったが

言いたいことはこれに集約される。

 

 

「司令官は大丈夫でしょうか…」

 

「心配いらないよ、春雨ちゃん。

少なからず落ち込むだろうが

彼とて指揮官、目的の為に為すべき

ことは心得ているだろう」

 

「ふむ、敵の狙いが読めてきた。

南鳥島を占領するのはオマケで

我が国を疲弊させる、延いては太平洋の

制海権を握ろうとしているのだろう」

 

「的を射た、と言いたいがそれは

大まか過ぎるね日向ちゃん」

 

「むぅ…」

 

「日向が子供扱いされている…。

さすがだね、警務隊長。」

 

響ちゃんも私からしたら

ただの大人びた子供なのだがね。

 

 

※※※※

 

 

「警務隊長さん、横須賀警務隊から

お客さんがいらしていますよ」

 

「ああ、ありがとう鳳翔ちゃん」

 

「鳳翔さんまで『ちゃん付け』なんて

やっぱり警務隊長さん凄いねー!」

 

いやいや那珂ちゃんは誰に対しても

そのハイテンションを崩さないし、

私は君の方が凄いと思うよ。

 

そういえば『ハイテンション』で

思い出した、どこかのアイドル

グループが歌っていたのだが、

約一年半ぶりにセンターポジションを

務めたアイドルはその後卒業し…。

 

「早く会ってあげてはどうですか?」

 

む、また考え事をしてしまったか。

 

 

……

 

 

「隊長、満更でもなさそうですね」

 

「少なくとも退屈はしてないよ。

ちなみに『満更』の語源は不明で、

使い方も否定的な意味合いを

やわらげたりむしろ逆に

肯定したりする気持ちを…」

 

「それより新しい情報を持ってきました」

 

むぅ…。

人の話の腰を折るのはいただけないな。

 

「———聞こう」

 

私は今まで醸していた

飄々とした雰囲気から

冷徹なそれへと意識を変える。

 

「そのムードの切り替えも

相変わらずなようですね」

 

「“貴様”の御託はいい、本題に入れ」

 

「承知しました、よ…っと」

 

 

部下は私の発する雰囲気が

『仕事』モードに変わったことを

確認してからアタッシュケースから

幾つかの書類を出した。

 

 

「まず国内の報告です。

更迭された例の『クソ幕僚』ですが

動きは無く、脅威度は無し。

次に総理大臣についてですが、

何やら企んでいる様子です。

背後に外国の諜報機関は確認されて

いないのでしばらくは様子見です。

自衛隊内についても…」

 

部下に調べさせているのは

この部隊(第101護衛隊)の安全を脅かす存在だ。

 

日本の未来の為にこの部隊は

必要不可欠、それに害を為すなら

こちらから先手を打つのみ。

 

「次に国外についてです。

ロシアは相変わらず様子見です、

北方領土や沿岸部へ兵力増強を

指示していますが、内心では

日本の戦果を期待しているようです。

 

中国首脳部は焦っているようです。

国営通信は相変わらずあーだこーだと

日本の軍備が…と喚いていますが、

実際には海軍の被害や経済損失に

頭を抱えています。人民が反乱を

起こさないか心配なようです。

今後は海軍と空軍力の増強に

努めて、沿岸部だけでも守りたい

と考えています」

 

ここまでは今までと変わりはない。

 

「『新しい』アメリカ大統領はどうか?」

 

問題は、『まだ』同盟である米国だ。

 

「あまり良い報告ではありません。

パナマ運河襲撃後の選挙で選ばれた

大統領はご存知の通り、

【アメリカの安全が第一】(アメリカン・セーフティ・ファースト)ですから

どんどん引きこもり政策を

推し進めています」

 

 

この出撃前にも、米第7艦隊は

大統領によってハワイや西海岸の

基地へと移動していた。

 

国防総省からも反発があったのだが

国民はこの大統領を支持した。

 

戦死者の遺族やマスコミは

こぞってこの英断を絶賛。

 

 

世界中の新聞は一面で

 

【新モンロー主義の台頭】

 

【NATO加盟国は切り捨てか?】

 

【深海棲艦が選挙に介入…?

ヤツらは人類に化けている!】

 

…と連日取上げた。

最後のはゴシップ記事だが

それほど騒がれたということだ。

 

 

「米国内も深海棲艦の所為で

経済や治安も悪化している。

国民には彼が救世主に思えたの

かもしれない、短絡的にそう決めつけ

精神的な安定を求めたのだろう」

 

「駐在武官や第七艦隊は

海幕や自艦隊へ非公式に使者を出して

『国防総省の本意ではない』との

メッセージを伝えてきています」

 

「軍人は理想主義である、

しかし同時に現実主義でもある。

とはいえ米国の援軍も期待出来ない

となると、海上自衛隊が前面に出て

敵の討伐とまではいかなくとも、

露払いをせねばならんな…」

 

「そこですね…」

 

 

2人して溜息をついた。

ここから先は政治の出番、

自衛隊がやる気充分でもそれを

指揮・監督する存在がアレでは

先が思いやられるというもの。

 

いっそ総理や防衛大臣の

裏事情を調べ上げて失脚を…。

 

「隊長…悪い顔してますよ」

 

「おっと、いかんな…。

思考が危険な方向に逸れてしまった。

そういえばこの危機を

国民はどう思っているのだろう?」

 

「絶対良からぬことを考えていましたね。

…我々は内調(内閣情報調査室)では

無いので流石に国民感情までは

対象外ですから精度は落ちます。

それとこの資料の出処は私の…」

 

「それは言わなくていい。

いつもの事だ、貴様が危ない橋を

渡っているのはわかっている」

 

この部下には毎回無茶をさせて

しまっている、他省庁のツテから

手に入れたのだろう。

私も若い頃よくやった手だ。

バレたら懲戒では済まない。

良くても免職、渡した相手も同様。

 

「第101護衛隊…艦娘については

『艦隊これくしょん-艦これ-』の影響もあり、

概ね国民にも受け入れられています。

帝国海軍の軍艦、戦艦や空母が

自衛隊に組み込まれたことについても

一部の市民団体を除けば拍手で

迎えられています」

 

ほう、ゲーム様サマだな。

 

「菊池3佐については…

うーん何と言えばよいのか」

 

「どうした、言ってみろ」

 

彼はテレビにも取上げられている。

艦娘の指揮官という小さなニュース

であるが、認知度はある。

まさか政治家に噛み付いた事が

裏目に出てしまったか…?

 

「…取り敢えずこの資料をご覧ください」

 

ちょこんという擬音がぴったりな

控えめな動作で部下が手渡す。

 

「どれどれ…」

 

う〜ん細かい字だな、

思えば私も歳を取ったものだ。

 

そういえば『老眼』というのは

40代頃からといわれているが、

その原因は意外にも…

 

 

……

 

 

「…………は?」

 

「まぁ、そうなりますよね〜…」

 

私は人生で初めて、言葉を失う

という単語を身を以て体験した。

 

 

【菊池提督カッコ良過ぎィ!】

 

【艦これマジ?ハーレムとか裏山】

 

【議員や大臣に食って掛かる!

自衛隊が誇る弱冠23歳のイケメン提督!】

 

【菊池ってあのセクハラ野郎だろ、

ったく、もげりゃあいいのに…】

 

【↑提督を付けろよデコスケ野郎。

お前みたいな奴とは違うんだよ色々と】

 

【加賀さん俺だァー!

俺を見下してくれー!!】

 

【まず俺の彼を初めて

見た感想を聞いてほしい。

『……ウホッ!』】

 

【↑菊池さん『アッー!』】

 

 

「な、なんだこれは…」

 

「ネット上の菊池3佐の

評判を抜粋してみました。

そして次の欄は女性のコメントです」

 

 

【この菊池って人カッコいい!

なんだかプレイボーイっぽいけど、

この人なら一晩だけの付き合いも(アリ)!】

 

【でもさぁこの人、ネットの噂だと

部下の『艦娘』って子たちに

セクハラしてるみたいよ?】

 

【ニュースで政治家に文句言ってる

シーンが結構あったでしょ?

私、あのシーン繰り返し見ながら

お茶飲んでるよ!ちな38歳喪女】

 

【この人だけ頑張っててさ、

国会とかテキトーに騒いでるだけじゃん?

もうね、アホかと。馬鹿かと。

国会議員は全員辞めてしまえ!】

 

【きっと艦娘の子達たちは

この人によって食い尽くされている!

私が基地に行って早く助けださないと…!

(私も食べてくれないかなぁ…)】

 

 

「流石にたまげてしまうな…」

 

菊池3佐が国民から少なからず

慕われているとは聞いていたが、

まさかここまでとは…。

 

「情報源が匿名掲示板なので

断片的かつ偏ってしまいますが、

かなり人気なようですね。

7割の男性から慕われ、残り3割は

『もげろ』とか『代われ』といった

ある種の妬みを持たれています」

 

「未来の総理大臣とか防衛大臣に!

といったコメントも見受けられるな」

 

 

心配して損した気分だ。

菊池3佐については心配無さそうだが

一部の男性からは狙われているようだ。

これについては彼に伏せておこう…。

 

有名税とは思いの外高いのだよ。

 

 

※※※※

 

 

「警務隊長さ〜ん!

どんなお話してたの?!

もしかして私のアイドルデビューの

話を持ってきてくれたとか…?!」

 

「ダメよ那珂ちゃん、

警務隊長さんにだって話せない

大切な業務が沢山あるのよ?」

 

「いやいや、大したことではないよ。

ただ一言で言えば、菊池3佐が

“特殊な男性”に好かれている…それだけだ」

 

「へぇ〜提督も人気なんだね〜!」

 

「ふぇっ?!そ、それは大変ですッ!

早く手を打たないと提督が、

私たちの提督が汚されてしまいます!」

 

よくわかっていない那珂ちゃんと、

状況を理解した神通ちゃんの対照的な

態度に思わず笑いを堪え切れない。

 

「ハッハッハ、冗談だよ。

いやぁ君たちはいつ見ても飽きないね」

↑上半分くらいは冗談ではありません

 

「「笑い事じゃありませんッ!!」」

 

「え、なんでみんな怒ってるの?」

 

「…どういうことなのです?」

 

「電は知らないほうがいいよ。」

 

おや、響ちゃんも隅に置けないな。

那珂ちゃんと電ちゃんに優しく

ダメと伝えるところがまたニクい。

 

なお、話を理解できたのは

鳥海ちゃん、神通ちゃん、春雨ちゃん

そして響ちゃんのみ。

 

逆にわかっていないのは

日向ちゃん、鳳翔ちゃん、那珂ちゃん、

曙ちゃん、そして電ちゃんだ。

 

春雨ちゃんと響ちゃんは“おませ”なのか、

大人の趣味は君たちにはまだ早過ぎるよ。

まあ、遅くてもいいことはないな。

最後には“腐って”しまうよ?

 

 

(しかしながら…)

 

 

菊池3佐の知名度と人気度は

私の予想を遥かに上回っている。

ここまで高いとなると恐らく、

敵対勢力も無闇に手は出せんだろう。

 

それと同時に政治の道具に

されてしまう恐れも出てきた。

今後どう転ぶかは、君次第だ。

南の海で今も戦っているのだろう。

 

 

(帰ってきてからが、地獄だぞ…)

 

 

※※※※

 

 

さて、戦局は芳しくないようだ。

 

菊池3佐の同期の隊員が亡くなったらしい。

その後彼は演説を行なって部隊を激励し、

決死の反攻作戦を行うようだ。

 

警務隊の部下からメールにて

報告があったが、私からその事実を

伝えたところで良い影響がある訳もない。

業務に悪い影響が出るのであれば

敢えて教える必要もなかろう。

 

長いこと『公安畑』にいた私は

そんな計算ずくめになっている。

別に矯正するつもりもないのだが。

 

プレハブ鎮守府には作戦の状況は

伝わってきてはいないようだが、

艦娘たちはそれとなく、悪い事が

起きたようだと察しているようだ。

 

 

「この電卓っていう道具便利だよねー!

コレ考えた人、儲かってるよね絶対!」

 

ここでの通常業務と化した

重油の原価計算をしながら

那珂ちゃんが感心そうに話す。

 

「確かにボロ儲けだろうね。

ちなみに電卓とは電子式卓上計算機の

略であり1979年にJIS B0117で電卓

という呼称が標準化され…」

 

「あ、難しいのはいらないよー!

私横文字よくわかんないしぃー!」

 

むぅ…那珂ちゃんにまで

煙たがられてしまったではないか。

 

「警務隊長さん、『小町製作所』と

『広島化薬』、『ダイキチ工業』から

艦娘用の砲弾の製造状況が届いています」

 

菊池3佐の代行として、

装備を始めとした部隊運営に必要な

モノやカネの確認や認可、決裁を

私が全て行なっている。

 

『菊池』と彫られた印鑑を

書類を精査してからカシャカシャと

押す仕事は、以外と大変だ。

 

「『印鑑ホルダー』が無かったら

億劫になりそうだよ全く…」

 

ホルダーを書類へと押し付け

軽く力を入れるだけで押捺され、

印鑑は内部へと引っ込み自動的に

インクが付けられ、スタンバイする。

 

「無駄に印鑑を使う自衛官の味方だよ」

 

「別に自衛官だけでは無いと思うけど。」

 

人の揚げ足を取るとは、なかなか

やるじゃないか響ちゃん。

 

 

……

 

 

「…艦隊は西之島周辺の敵艦隊に

攻撃を仕掛けるみたいですっ!」

 

「鳥海さん、それ最新の情報?!」

 

曙ちゃんが鳥海ちゃんに尋ねる、

他の艦娘もその言葉に手が止まる。

 

 

白い幹部夏服が眩しい鳥海ちゃんだ。

顔に浮かぶ汗を気にすることなく

室内に大声で状況を報せ続ける。

 

 

「業務で総監部に行っていたのですが、

最新の情報です、間違いありません!」

 

「では東方にいた機動部隊は

既に『無力化した』、ということですね」

 

「鳳翔さん、どうして無力化なのです?

撃破とか攻撃みたいに敵を倒した、

という可能性もあると思います」

 

こらこら電ちゃん、

君のような子がそんな物騒な

単語を使っちゃダメだよ。

だが確かに私も気になる…。

 

「如何に深海棲艦が脅威とはいえ

私たち艦娘の弾薬の備蓄が少ないのは

みんなも知っての通りね」

 

コクコクと艦娘は頷く。

 

「提督はそれを痛感していらしたから、

あくまで今回は無力化に徹して

撃滅は後回しになさると思ったの」

 

ふむふむ、流石鳳翔ちゃんだ。

私は戦闘についてはからっきしだから

前線に立つ者の視点・思考は

非常に参考になるな…。

 

「そういうことだったか…。

だから提督は出港前になって

突然『弾薬を渡してくれ』と

言ってきたのだろうね…」

 

「弾薬を陸揚げしていて

急に言われたのよねぇ…。あの時は

本っ当にクッソケチって思ったわ」

 

だから曙ちゃん、

女の子がクソとか言ったらダメだよ。

 

「今頃司令官や他の艦娘は

水上戦をしているのでしょうか…」

 

春雨ちゃんの言葉に

皆が遠くを見据えるように考え込む。

 

「さあ、私たちには私たちの

戦いがあるのだ。帰ってきた彼らに

仕事を押し付けるわけにもいかんぞ。

 

鳳翔ちゃんと鳥海ちゃんは給与計算。

神通ちゃんと響ちゃん、曙ちゃんは

修理・改装中の船体について

引き続き関係各部との調整を頼む。

日向ちゃん、那珂ちゃん、

電ちゃんそして春雨ちゃんは補給

関連の調達をやってくれたまえ」

 

「「はーい!(なのです)」」

 

 

※※※※

 

1940i

 

艦娘は既に業務を終え、

各々の時間を過ごしている。

 

小笠原の情勢については、

菊池3佐は予定していた夜戦を取り止め

明朝に掃討戦をすることにしたようだ。

 

部下からの報告メールを見つつ、

私は金庫からとある書類を取り出した。

 

 

「ますます謎が深まったな…」

 

 

赤色の書類、その右上と左下に

『特定秘密』と赤く印字されたそれは、

言うまでもなく先の小笠原海戦の

全てが記録された戦闘詳報である。

 

 

『戦闘詳報 ー 父島沖海戦ー』

 

 

戦闘詳報とあるが、戦闘について

のみならず深海棲艦の行動や生態、

敵との会話から推測される目的や

狙いが事細かに書かれている。

 

私は事あるごとにこれを読み返し、

ある時は敵の視点、またある時は

政治家の視点からどうにかこの不毛な

戦争の解決策を見出そうとしていた。

 

 

「深海棲艦とは何者なのか、

どこからどう現れたのか。

形は旧式の軍艦であったり初期は

『艦これ』に出てくる敵キャラそのまま

であったりと、これまた謎深い」

 

正体は置いておくにしても、

何故旧式軍艦なのだろうか?

某怪獣映画のように人々の怨念が

実体化したのだろうか。

はたまた海底に沈む軍艦を鹵獲し、

使えるようにしているのか。

 

それに初期にあった駆逐イ級等の

『艦これ』に登場する敵キャラクターを

大きくしたかのようなパターン。

今ら日本が戦っている敵の大多数は

実艦であるが、この化物型もかなり

世界各地で報告されている。

 

「実艦と化物型とでは武装や

速力といった基本性能が違いすぎる。

実艦が大多数報告されているのは

この小笠原海域と先のパナマ運河の

時のみだ、この共通点といえば…」

 

あまり深く考えずに

思ったことを口にしてみる。

 

「どちらも『大規模作戦』だな」

 

当たり前のことではあるが、

世の中は意外と単純なのだ。

こうして淡々とありのままの事実を

見つめ直すことで、新たに見つかる

ことも少なくないのだ。

 

私が普段から変人みたいな

言動をするのも物事の本質を見抜く為だ。

新しい発見をすることは

脳にとってもいい事だからな。

 

(敵はもしかしたらそこまで

戦力が足りていないのかもしれぬ…)

 

実艦と化物型、

どちらも脅威であることに変わりは

ないものの、恐らく一長一短で

使い分けているのかもしれない。

 

性能や装備については未だ

情報が少ないものの、どうやら

実艦の方が単純な戦闘力は高いようだ。

 

 

……

 

 

「『人間が憎い』、か…。」

 

これについては興味深い。

 

目的や狙いについては推測になるが

そのままの意味で捉えていいだろう。

それを達成するためにフネの化物へと

姿を変え、人類を攻撃したとすれば

突っ込むところは多いが

まあ納得できないこともない。

 

敵が小笠原に襲来したのも

橋頭堡を得る等の戦略目的があるに

しても戦いの目的や意義が必ず

存在するだろうから、それは

追々考えるとしよう。

 

 

「そういえば『ゲーム』では

建造には大量の資材が必要だったな…」

 

無論実際の艦艇もそうなのだが、

敵も実艦を繰り出す以上建造…

海底からサルベージしているのか

新規建造なのかは不明であるものの

何かしら必要になるはず。

 

南鳥島周辺ではここ近年

レアアースが発見され、埋蔵量も

膨大なものだったと記憶している。

 

 

「もしかしたら敵はこのレアアースを…」

 

<<コンコンコン>>

 

「警務隊長さんまだいらしたのですね」

 

「ああ鳳翔ちゃんか、

なぁに少し調べごとをしていただけだ…」

 

「提督がお書きになった報告書ですね」

 

艦娘は皆、この書類を

閲覧する権限を有している。

内容も政府が海外に

公開したものに比べ、

事細かに敵の種類や性能、行動等を

わかる限り記載されている。

 

起草者は菊池3佐だが、添削や

助言、手直しといった作業を行った

人間も加えると500名以上が

作製に加わっている。

無論艦娘も言うまでもない。

 

「うむ、見落としたり再発見する

こともなきにしもあらず。

時間を空けて見直せば

見えてくることもあるのだよ」

 

時計を見ればもう2120を過ぎ、

そろそろ風呂に入らねば浴室も

閉まってしまうではないか。

 

「頑張りすぎるとお体に悪いですよ」

 

「君の言う通りだ、

休むことも仕事の内だからな」

 

海上自衛官たる者、

仕事の取り組みは素早く

切り上げは更に素早くなくては。

 

書類を金庫に戻し、机上に

広げていたファイル類も定位置に戻す。

 

一分もしないうちに帰り支度を

完了し、鳳翔ちゃんと共に外に出る。

 

 

……

 

帰り道、歩きつつ考える。

 

 

菊池3佐は若い。

先日まで護衛艦の一乗員だったのが、

今や艦娘たちを束ねる部隊の長だ。

戦闘の指揮や彼女らへの気配り、

部隊運営に必要な業務等…。

彼にはかなりの負担であるのは

想像に難しくない。

 

(彼の様な若い人間に

重責を負わせるのは心が痛むな…)

 

菊池3佐自身と彼女らとしては

『提督』は彼以外ありえないと

考えているだろう。

私も適任だと考えるし、他の者では

艦娘をまとめる事は厳しいだろう。

 

しかし業務はさることながら

時に非情な決断を下さねばならない

指揮官という職務が、彼に押し付けて

しまって良いものかとも感じる。

 

普段飄々としている私とて

その責務の重さに悩む事は

何度も経験している。

 

彼の様な、純粋で溌剌とした青年を

『殺してしまう』真似をさせたくない。

しかし情勢はそれを許してはくれぬ。

 

敵は深海棲艦だけではない。

国外は言うまでもない、国内は

政治家や一部の団体、果ては身内

であるはずの自衛隊内…。

いまのところは国内世論は鳴りを

潜めているが、今後小さなきっかけが

日本の運命を左右する選択肢を彼に

押し付けるかもしれない。

 

そこで彼が何を守り、何を捨てるのか。

辛い選択、決断をせねばならぬ時が

必ず来るだろう、それも何度もだ。

 

(挫けるなよ菊池3佐。

この老いぼれが精一杯支えてやる、

思いっきりやってみたまえ。

君のその諦めぬ心こそが

若い者だけに備わる最大の武器だ…)

 

おおっと、もう2200を過ぎたか。

早く帰らねば明日の業務に

支障をきたしかねないからな。

 

 

ふと夜空を見上げる、星々が輝いている。

あの一番明るく大きい星は

菊池3佐のようだ。

周りの星々は艦娘の子たちか。

 

彼らもこの夜空を見ているのだろうか。

世界中で深海棲艦が暴れ回って

いることが嘘のような美しさだ。

 

言いたい事はまだまだ沢山あるが、

この辺りでやめておくとしよう。

 

 

「頼んだぞ、『菊池提督』」

 

 

艦娘たちが呼ぶように

菊池3佐へと声を投げる。

 

私は私なりに為すべきことを

なすとしよう、それが私にできる

彼へのサポートなのだから……。

 

 

 

 

 

 

 





本日は戦艦大和が沈んだ日。
これに間にあわせるべく
ちょこちょこと頑張りました。

世界は大変なことになっていますが
それにめげずに執筆したいです!

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