桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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新章突入します!
でもストーリーはまだ
小笠原が舞台なのです…。




第ニ章 奪還、そして…
2-1 そして悪魔はやって来た 【南鳥島】


加賀自室

翌朝未明

 

 

「……朝か」

 

 

1時過ぎに寝たにもかかわらず、

俺は5時前に目を覚ました。

横では加賀がすうすうと寝ている。

彼女は幸せそうに俺の腕を枕に

している。

 

(そういやマーカスはどうなったんだ)

 

昨夜は加賀のお陰で抑えられていた

感情が少なからず込み上げてくる。

 

自室でシャワーを浴びた後

艦橋に上がり状況を確認する。

 

 

……

 

 

「おはよ、マーカスはどうなんだ?」

 

「低気圧…台風はまだ消えていない

みたいで現状は確認できません。

電波状況も不良らしく、海幕や

司令部による定期通信もダメなようです」

 

哨戒長の当直を務めている

幹部妖精が首を振りつつ答える。

 

敵艦隊がマーカスに到着しているのは

確実と思われるが、その後どうなっているのかはわからない。

 

「…そうか。

んで、任務部隊としての

行動計画の意向は出たか?」

 

「まだ本決定では無いのですが…」

 

 

この艦隊、『第1護衛任務部隊』の

作戦案は要約すると次の通りらしい。

 

①マーカスに輸送予定であった

陸・空自の対空対艦ミサイル部隊を

父島に揚陸し、島の防衛を固める。

 

②東方海上の敵機動部隊に空襲を掛け、

可能であれば壊滅させる。

 

③制空権確保後、西之島周辺にて

確認された敵艦隊を排除。

 

④小笠原周辺の制海権を確保し、

補給艦等の後方艦隊を残した上で

マーカスへ向かい、島を奪還する。

 

 

…まあ妥当な作戦だろう。

 

「さっさと始めればいいじゃないか

って思うんだが」

 

「敵機動部隊の位置が特定出来ない

らしく、海自の哨戒機や空自の

偵察機を発進させていますが

捕捉には至っていません。

輸送艦や掃海母艦に搭載している

陸上部隊の準備は0700から開始される

ことになっています」

 

腕時計を見れば0549i。

朝食後に部隊は動き出すようだ。

 

そうこうしていると村上が起きてきた。

 

「…おはっす村上、

色々と気遣いありがとな」

 

こいつが加賀に頼んでくれたおかげで

俺はこうしていられるのだ。

あのままだったら俺は使い物に

ならなくなっていたかもしれない。

 

「おはよう、少しは寝れたようだな。

俺も辛いが菊池の方が山下への

思い入れが強いだろうからな」

 

0555i、『総員起こし5分前』の

号令が艦内に響き渡る。

 

「提督、食事用意よろしい!」

 

幹部妖精が申告する。

食事という単語に、俺の腹は頭の

思考と反比例した反応音を発する。

 

「加賀が起きて来ないけど、

先に朝飯を頂くとしようか」

 

そりゃ夜1時過ぎまであんな状況で

眠れなかったし仕方ないか。

俺の様に目が覚めたのが異常だろう。

 

 

……

 

0610i

 

「っ…おはようございます。

遅くなりすみませんでした…。」

 

やや慌てた様子で士官室に入ってきた

加賀はそのまま自分の席に座る。

 

「おはよー、昨日は助かったよ。

また何かあったら是非『相談』に

乗って欲しい」

 

村上の手前という事もあり、

昨夜の詳細はぼかして礼を言う。

 

「…俺は先に艦橋に上がる。

菊池と加賀は作戦案を吟味してから

0700までに上に来てくれ」

 

「あいわかった、んじゃ後で」

 

シュッと右手を上げて、

出て行く村上に応える。

 

「やあ、おはようさん。

加賀はお寝坊さんだね」

 

「…目覚ましに気付きませんでした。」

 

「いいって、しゃーないさ」

 

加賀からすれば失態であっても、

俺にとっては咎める程でもない。

敢えて指摘する点といえば…

 

「寝癖、てっぺんのあたり」

 

「……あ。」

 

ぴょこんと加賀らしくないアホ毛が

妖怪レーダーの如く天を向いている。

 

サイドテールの彼女にもう一つ

トレードマークが付いてしまっている。

 

必死に手櫛で直そうとする加賀を

横目に、俺は真剣モードとなって

作戦案を見続ける。

 

朝食後に飲むコーヒーが喉を通り

胃袋に静かに落ちる。

カフェインが胃から吸収され

眠気は消え頭が冴え始める。

 

夏であっても朝は熱いコーヒーだ。

普段は紅茶の香りを楽しむものの、

こういう場面では豆の香りもよい。

 

 

そんな俺に吊られてか加賀も普段通りの

凛とした顔構えとなり、俺も

一段と臨戦態勢を整える。

 

「…この隊からも索敵機を出すぞ、

それと戦闘機も交代で常時上げる」

 

偵察衛星や哨戒機がダメであっても

この艦娘部隊であれば必ず敵を

見つけ出せる。

不思議とそんな確信が湧いてきた。

 

そう、例えようのない『確信』が。

 

 

※※※※

 

0900i

 

 

「…なあ『両用戦』って何だっけ?」

 

無線で飛び交う用語の意味を問うた。

 

「水陸両用の両用だ」

 

少し前に輸送艦が配備されている

『第1輸送隊』は、護衛艦隊から

掃海隊群という部隊に編成替えとなった。

 

「掃海母艦って荷物積めんの?」

 

「輸送艦ほどではないが可能らしい。

敵地に上陸するには海岸や沿岸部の

機雷を除去しなければならないから

掃海部隊の協力が必要となる。

限定的だが艦尾には輸送艦に似た

門扉があって、そこから人員程度

なら簡単に揚陸できるそうだ」

 

 

米軍は強襲揚陸艦を所有しているが、

自衛隊のそれは規模も小さく搭載量も

大幅に下がり完全武装の隊員は5分の1

程度しか積めないそうだ。

そこで搭載スペースにやや余裕がある

掃海母艦に違法建築の某戦艦よろしく

コンテナやら装備を載っけることに

したらしい。

 

 

(輸送艦や補給艦が足りない…。

こういった支援艦こそ大量に建造して

戦局を維持しないといけないんだ)

 

 

遠くから揚陸作業を見ながらそう考える。

 

『ゲーム』や現実の自衛隊でも戦闘艦、

つまり前線の戦いが前面に出されて

いるがそれをサポートする後方こそが

最重要であり、それが無ければ

戦艦や空母などはデカイだけの

鉄屑となってしまうのだ。

 

 

これまでの近海警備のみであれば

基地を拠点にして行って帰るだけの

戦闘だったから補給艦は必要なかった。

 

だが遠洋まで出張って長期行動。

しかも輸送作戦も兼ねるとなると、

算数が苦手な俺でもびびる程の

カネやヒトそしてモノが必要となる。

 

マーカスはどうなっているのか気になりつつも、提督としての業務はそれを

許してはくれない。

 

端末や無線機、ペンや書類そして

海幕と他部隊…。

 

これらはどれも俺にとっては等しく

非情に五感へと攻撃を仕掛けてくる。

俺としてはパンク寸前どころか

ショートしているのだが、それが

感傷に浸ることを妨げてくれた。

 

 

ここでも輸送艦と父島をホバークラフト

が往復し装備や隊員を揚陸した。

また、ヘリコプターも輸送していたが

これは濡れてはいけない機材が

運ばれていたのかもしれない。

 

 

………

 

 

「揚陸作業、80%終了しました」

 

「ほい、了解~」

 

 

艦橋の右ウイングで意味もなく

成り行きを見ながら空返事をする。

 

揚陸用意で素早く荷捌き(と言うのか?)を出来るようにしたため、

揚陸は思いの外順調に進んだ。

 

しかし被弾した輸送艦『しもきた』は

残骸撤去に手間取っており、

それが完了するまでは同乗する

陸上部隊の隊員もフネから

離れられずにいた。

 

 

「陸自と空自が海自のフネで死ぬ、か。

亡くなった隊員はどう思うかな…」

 

冗談で言っているのではなく、その

戦力を発揮できずに散った事実に

対して少なからず思うことがあった。

 

「俺たち海自はフネが住処だし

この海こそが戦場だ。

だが彼らは違う、それを守ることが

俺たちの責務だ。きっと敵への

恨みよりも悔しさの思いが

強いだろうな…」

 

 

秋月が落ち込んだのも無理はない。

そんな呟きを咎めるかのように

横から声が飛んでくる。

 

 

???「…オメェはクヨクヨしてねぇで

さっさと沖ノ島だか猿ヶ島にでも

行ってこいってんだ!!」

 

「うぇっ?!」

 

突如後ろから図太い声が掛かり

一人だけだと思っていた俺は驚いた。

 

「よう、圭人ォ!」

 

「…連隊長なんでいるんですか?」

 

「オメェが落ち込んでんじゃねぇかと

思ってよ、遥々来てやったってワケだ!」

 

…彼なりの気遣いで俺を見にきたらしい。

どうやら『しもきた』の撤去の目処が立ち、ついででホバークラフトに『加賀』へと寄ってもらったらしい。

 

(職権濫用ってレベルじゃねーぞ…)

 

てか『沖ノ島』はちげーし。

 

そんな連隊長が急に表情を変え、

海を眺めながら語り始めた。

 

「…俺の苗字、覚えてっか?」

 

「え、えっと…」

 

初対面の時に言ってた気が

するけど全く覚えていないぞ…。

 

「峯木だ、み・ね・き。

軽く自己紹介するが、

俺の親戚は陸軍の将校だった…」

 

 

前に見た連隊長からは想像できない

程の感傷的な雰囲気を醸し出す。

 

なんでも親戚が陸軍の将軍だったらしく、

かのキスカ撤退時に陸軍側司令官

を務めていたらしい。

 

俗に言う『奇跡の作戦キスカ』において

救出された陸軍軍人の一人であろう。

 

彼はキスカ撤退後、あの南樺太に赴任

してソ連侵攻時の指揮を取ったとのこと。

 

「今の俺も似たようなもんだ。

本来守る筈だった場所を守れず、

後方で待つことしかしできない。

情けないがこれが現状だ、

俺は後方を守る、前線はオメェに

任せる。後ろは任せろ、父島は俺が

どうにかする!」

 

 

そう言い放つ連隊長の顔には

悔しさと悲しさが隠れていた。

 

彼は言わなかったのだが実は

亡くなった隊員には彼の部下の

陸自隊員も数名おり、それを悟らせ

まいと強く胸を張っていた。

 

 

(俺は…負託に応えないと)

 

 

部下が戦死しているにもかかわらず

その気持ちを吐き出さずに俺に

想いを託す姿は感動すら覚えた。

 

辛いのは俺や村上だけじゃない。

 

この連隊長や艦娘、他の隊員だって

少なくないショックを受けている。

それにもかかわらずこうして立ち

向かっている、自分なりの方法で

『戦って』いるのだ。

 

戦争とは勝つか負けるかのゼロサム

ゲームではなく、如何に我が方の

損害を抑えつつ敵を倒せるかである。

現代装備のイージス艦や哨戒機が

あろうともやはりパーフェクトゲーム

という訳にはいかないのだ。

 

「私は…」

 

『マーカス付近の……』

 

 

…………

 

 

返事をしようとそこまで言ったところで

待ちに待った無線が飛び込み

俺は会話を中断した。

 

『マーカス付近の天候がやや回復。

偵察衛星の画像については現在

内閣衛星情報センターが対応中!』

 

「電話は…?

もしかしてマーカスに

衛星電話が通じるんじゃ?!」

 

「おう、やってみろ!

オレはほっといていいから

同期に電話してやれよ」

 

連隊長の気遣いに感謝しつつ

艦橋の衛星電話に飛び付き、

部内の電話帳の『南鳥島』と

書かれたページを開く。

素早くダイヤルしてコール音を待つ。

 

しかし一向に繋がらない。

未だ電波状況が悪いのか、それか

他の部隊や本土の海幕や統幕も掛けて

いるのかもしれない。

 

俺と同じようにマーカスへ電話して

状況を引き出そうとしているのだろう。

本来なら俺のような現場部隊の

隊司令の末席が介入してはならない

はずだが、そんなん知ったこっちゃない。

せめて、最期の一言だけでも。

 

『助けられなくてすまん』

 

伝えられれば、それで…。

 

 

※※※※

 

ー山下サイドー

 

 

同時刻

 

南鳥島 海上自衛隊庁舎前

 

 

「…あれが深海棲艦か」

 

 

天候は朝まで台風の様な荒れ模様だった。

ついさっき暴風雨も止んだのだ。

 

本土との通信が途絶え、偶に飛来して

いた哨戒機も悪天候で飛んでこなくなった。

 

天変地異が起きてこのマーカス以外が

壊滅してしまったのでは無いかと

考えてしまったりしたが、

どうやらそうではないようだ。

 

「台風が収まったと思ったら

島が包囲されているとはな」

 

目の前の海にはどす黒い色の

軍艦がうじゃうじゃいる。

 

やばいとかもうダメだといった感情は

不思議と湧かず、諦めるしかないんだ

という思いが心を支配していた。

 

 

「山下3尉、外は危ないですよ!」

 

部下の2曹が声を掛けた。

階級が下の部下といっても年は20歳

近く離れていて敬語は欠かせない。

 

「他の隊員や職員はどこですか?」

 

「皆部屋に隠れています、

気持ちは外よりかはマシです!」

 

部下に誘導され室内へと引き返す。

 

 

(『菊池』はなんとかすると言って

くれたが、間に合わなかったか…)

 

 

奴と電話した夜を思い出す。

いっそ備品のゴムボートで逃げてみるか?

いや無理だ、航続距離も短いし敵の

駆逐艦に追いつかれるだろうし

それ以前に砲撃を浴びて木っ端微塵だ。

 

この島にはシェルターなんてものは

存在せず、あるのは数えるほどの庁舎。

南の果ての孤島、それがマーカス。

 

衛星電話や無線も故障なのか、

それとも電離層の障害かわからないが

不通となってしまっている。

 

天候が回復したから通信も

可能かもしれない、そう考えた時だった。

 

 

<<ピピピピ…!>>

 

 

「おう、通信も回復したようだ」

 

先日まで煩かった衛星電話が

庁舎内に鳴り響く。

 

「なに感心してんですか!

早く出ないと切れるかもですよ?!」

 

俺以外は慌てていたり動揺しており、

この状況にあっては当然の反応だ。

俺自身落ち着き過ぎていて気味が悪い。

 

死を悟る、というやつだろうか…?

 

掛かってきた衛星電話に出ると、

相手はやはり『奴』だった。

 

 

…………

 

 

『…マーカスか?!

よしっ繋がってよかった!

俺は101護隊司令の菊池3佐、

山下3尉を出してくれ!』

 

「やっぱり菊池か、煩いぞ」

 

『山下かっ?!

落ち着いて聞けよ、マーカスに…』

 

「…敵の大艦隊が攻めてきて

島を占領するかもしれない、だろ?」

 

『そ、そうだ!』

 

「目の前にいるぜ。

昨日まで台風だったんだが

先ほど回復して外に出たらこれだ」

 

『ど、どうしてそんな落ち着いて

いられるんだよ?!

敵だぞ、お前死ぬんだぞ?!』

 

 

敢えて奴の言葉を無視して話す。

 

 

「おい菊池。

目の前に深海棲艦ってヤツがいるぜ、

キモイな…こいつら、ははっ…」

 

軍艦の形をしているが色がキモい。

型は古いが実用性がありそうだ、

あの大型艦は…戦艦クラスか?

 

「他の隊員や職員はビビってるさ。

なんか俺はメーターをふりきってるのか

わからないが怖くないみたいだ。

あいつらがそのうち砲弾を撃ち込んでくるんだろ?」

 

『すまん!俺がもっと早く

マーカスに行けばよかったのに…』

 

電話の向こうで菊池が謝る。

 

「お前如きの能力で部隊の速度まで

変えられるわけねーだろ。

仕方ないさ、別に恨みはしねぇって」

 

『すまん、本当に…』

 

「こら、泣くなガキが全く…。

お前は教育隊の時から変わらねえな。

 

歳は俺より3つ下のクセに突っかかって

来るし無駄に突っ張ってるしよ。

んでこうして勝手に自分の所為にして

謝って済ませようとする、自己満足

もいいところだ。

ついでに初対面で『ハゲ』とか言うし」

 

『は、話が逸れてねぇか?』

 

「人の趣向にケチ付けて

ロリコン死ねとか言うし…」

 

『今かなり真面目な話なんだけど…』

 

おっと、口が滑り過ぎた。

周りの隊員も呆れ掛けている。

 

「『最期』になるがお前は

なんとか言って面白い奴だったよ。

高卒の癖に、と舐めていたが

なかなか骨もあるし筋も通っていた。

俺は幹部になって国防を担おうと

考えてこの道に進んだが、まさか

お前や村上に抜かれるとは思わなんだ。

 

こうして南の孤島で散るのも

何かの運命なのかもしれん。

もし来世があるならまたお前や村上と

出会って共に肩を並べて戦いたかった。

いざとなると何か

気の利く言葉は浮かばないな。

あ、心残りといえば艦娘を紹介して

貰いたかったな」

 

『ああ、紹介するよっ…!

皆めっちゃ可愛いんだ、

お前には勿体無いぐらいにっ…!』

 

「それも、叶いそうにないか…」

 

『すまん…すまんっ!』

 

「野郎の泣き声なんて聞きたくないぞ」

 

菊池の申し訳ないという想いが

ひしひしと伝わって来る。

そんな風に謝られるとこちらも

なんだか居た堪れないだろうが。

 

どうせ最期なんだ。

そう考え胸ポケットからタバコを

取り出し庁舎内で吸い始める。

 

「フーッ…。

死ぬ前の煙草は格別だなオイ。

この一本を吸い終わったら…」

 

「敵艦の砲身がこちらを狙ってます!」

 

敵は空気を読んでくれないようだ。

 

「…聞こえたか?

もうそろそろのようだ、世話になった

ってのはちと違うが…達者でな」

 

『おい山下、隠れろ!』

 

「隠れようがないって言ってんだろ。

…ったく嫌味は止めろって」

 

 

<<…ガァン!ガァン!>>

 

 

「おっと、敵さん撃ち始めたぜ。

ここらで御開きと……」

 

 

そこまで言ったところで俺の意識は

途切れ、身体が宙に舞った感覚がした。

 

 

※※※※

 

 

『おっと、敵さん撃ち始めたぜ。

ここらで御開きと……』

 

呑気に山下が言った瞬間だった。

受話器から耳をつん裂く轟音がし、

思わず耳から遠ざける。

 

「おいっ!

山下っ、大丈夫か?!」

 

返事は返ってこない。

 

「山下ッ!…山下ァー!!」

 

微かに

『山下3尉』『吹っ飛ばされた』

『流血』『意識が』

という近くの隊員の声らしきものが

聞こえたが、直ぐに電話は切れた。

 

 

「クソッ…」

 

「辛いだろうが最期に

話が出来てよかった、そう考える

べきだ。奴もそう思っただろうさ」

 

男泣きする俺に連隊長が声を掛ける。

 

「ヤツは…こんなんで死んでいい

ような男じゃないんです。

こんなところで、死ぬような…」

 

「人間ってのはよ、意外と

しぶてぇようで案外弱い。

…大砲にゃかなわねぇ。

 

オメェの同期、残念だったな…。

だがオメェは泣いていられねぇぜ、

敵は島を橋頭堡に本土に攻め込むかも

しれねぇんだわかってっか?

 

此処が頑張りどころでぇ!

…そうだろ?『おめぇら』も

コイツになんか言ってやれ!」

 

 

え、『おめぇら』って誰に言って…?

 

 

「提督、行くしか…ありません!」

 

「菊池3佐、涙を堪えよ。辛いだろうが

今は泣くよりもすべき事がある!」

 

「『貴様と俺とは 同期の桜

同じ教育隊の 庭に咲く

あれほど誓った その日も待たず

なぜに死んだか 散ったのか』

 

…島が占領されるのは時間の問題。

その大艦隊が動き出す前に行動を

開始せねば、山下3尉の遺志を無駄に

することになるぞ!」

 

「司令、今動かなくては…!

時機を逃せば我が方に

不利になってしまいます!!」

 

 

連隊長が電話を無線機に流して

いたようで、聞いていた艦娘や

他部隊の指揮官から激励の言葉を貰う。

 

(そうだよな、泣くのは終わって

からすればいい、よな…)

 

 

『揚陸作業、終了!!』

 

 

激励を貰い終わると同時に無線が入り、

ようやく作戦開始を迎えた。

 

 

「オレは父島に行っとく。

海の事は…頼んだぜ?」

 

「…任せてください。

マーカスを奪還し、必ず!」

 

「『失って気付く事もある』。

オメェの同期は本当に残念だ、

だがこれを絶対無駄にするな。

感情を無くせとは言わん、

だが今は切り離せ。

でないと…次はオメェの番だ」

 

俺を見据えて話す連隊長は

軍人の目をしていた。

彼の言う事はきっと正しい。

 

「……了解しました!」

 

「オレはもう降りる。

ホバークラフトも待たせてるしな、

どうやら下のやつが最後の便みてぇだ」

 

踵を返し舷梯へと向かう連隊長。

そんな彼の背中に敬礼をする。

 

「…よし、反攻作戦だ」

 

背後に感じる2人に言うかのように

呟けば、やはり返事が返ってくる。

 

「菊池、やるぞ」

 

「提督…艦隊、準備完了しています。」

 

村上と加賀の声を聞き、

振り返り再び言い放つ。

 

「…索敵機は?」

 

「もうすぐ敵予測地点に差し掛ります。」

 

「…艦隊の状況はどうか?」

 

「進撃する部隊は指示待ちだ。

あとは…お前待ちだ」

 

俺待ちか…。

何をするべきか悩んでいると…

 

『菊池3佐、部隊指揮官の1護群司令だ。

すまないが君から一言貰いたいのだが

引き受けてはくれないだろうか?』

 

タイミングを待っていたかのように

部隊指揮官から無線が入る。

 

成る程、

この場で言いたいことを

言って憂いを無くせということか。

 

 

「…わかりました。

私でよければお引き受けします」

 

 

俺は自分に言い聞かせるように

拙い言葉を発し始めた。

 




遂にマーカスが攻撃された。

現地隊員の生死は不明であるが、
恐らく生きて還っては来られない。

最期の電話の後
攻撃準備を始めた提督に
部隊指揮官から『言葉』を
艦隊全体に言うよう頼まれた。

親しかった同期を失い、
悲しむことも許されず
戦うことを強いられる。

マーカスは堕ち、付近には
敵の艦隊が遊弋しているようだ。
決死の反攻作戦が
もうすぐ始まろうとしていた…。

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