桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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本土では、焦りに焦る総理が
顔から脂汗を流しながら作戦指揮を
行おうとしていた。

そして告げられる敵情に主人公は…



1-18a 加賀への苛立ちと彼女の想い   前編 【作戦前夜】

※※※

総理が通信を繋げる前

 

護衛艦『いずも』 任務部隊司令部

1118i

 

「何だろう…これは台風か?」

 

司令部の端末を使っていた気象幕僚が

一人零す。天候や海洋状況を調査し作戦に

活用する役目の彼は、更新された作戦区域の衛星気象解析図を見て例えようのない

不安を感じていた。

 

 

時期は6月末。

 

日本は台風シーズンであり、南の島である父島や南鳥島にも台風が来ることもある。

先程までマーカス周辺は快晴だった

のだが、ほんの数時間で台風のような

気圧配置へと変貌を遂げていた。

 

(まるでここに来るなと

言わんばかりだ…)

 

嫌な予感がした気象幕僚はひとまず

任務部隊の指揮官に報告する事にした。

 

 

……

 

 

「どうせ低気圧が

突然台風になったんじゃないか?」

 

「数時間で変わるはずはないんです。

それにそれまでは

気圧も安定していました」

 

「ふむ、私も気象は詳しくないが確かに不自然だ。だがこの天候ではこれまでの様にマーカスへ航空偵察を出せない…」

 

今いる父島周辺は至って普通であった。

天気は嫌になるぐらい快晴、あとは自衛艦や艦娘の乗る軍用艦が居なければ沖縄にも劣らぬパラダイスであろう。

 

「哨戒機やヘリはもとより空自の戦闘機や偵察機も出せないな…」

 

「マーカスに気象の通報を行おうと

しましたが衛星電話が繋がりません。

マーカス上空の電離層が

乱れているようです」

 

「通信幕僚、本土との通信状況はどうか」

 

「衛星回線を使った定時連絡等の交信は通常通り使えています。気象幕僚の言う通りマーカス周辺のみ電波・電離層が乱れているだけかと考えます」

 

「通信幕僚はこの事実を硫黄島やSF、

海幕へ。航空幕僚を呼んでくれ。

それと各部隊指揮官とテレビ会議を……」

 

 

部隊指揮官がそこまで話したところで、

総理大臣からの通信が飛び込んできた。

 

 

※※※※

 

15分後

『加賀』艦橋 

端末テレビ会議

 

 

「…総理、第1護衛任務部隊各部隊指揮官が揃いました」

 

部隊指揮官が申告した。

 

 

加賀と士官室で今後の作戦について話していると、艦橋の妖精から呼び出された。

 

敵襲では無さそうだがやや慌てた様子だったためロクでもない事があったのだろうと思いつつ艦橋に上がれば正しくその通りだった。

 

端末には以前見たモヤシの様なナヨナヨの総理ではなく、熱意があるというよりも

何かに焦った様な総理が映っていた。

 

しばらくして全指揮官が揃い、

総理が単刀直入に切り出す。

 

 

「深海棲艦の大部隊が南鳥島に迫っている、諸君にはこれを撃退し我が国の領土を見事防衛してもらいたい」

 

「大部隊とは…詳細をお願いします」

 

細かい説明は総理の後ろに

控えていた海幕長が行う。

 

「敵の兵力であるが…戦艦1、重巡多数、

軽巡や駆逐艦少なくとも50隻以上、

それと……輸送艦らしい艦種も

多数確認されている」

 

画面の向こうでカチカチと海幕長がマウスを操作すると衛星画像なのだろう、海上を埋め尽くさんばかりの大艦隊が表示される。

 

「…諸君にはこれを叩いてもらう」

 

再び総理が話し始める。

 

「…いつです?」

 

俺と同じくテレビ会議に参加していた

第1護衛隊司令の山本司令が発言する。

 

「可能な限り速やかにだ」

 

「その敵艦隊の位置を。

この画像が撮影された時刻時点のです」

 

「撮影時刻は一時間前、場所は…

南鳥島の西方100キロの地点だ」

 

 

((無理だ、間に合わない…))

 

 

画面に映る各部隊指揮官は俺と

同じ事を考えたようで、目を

瞑る者も少なからずいた。

 

「すぐに出発したまえ、

現地の職員や隊員を救うのだ」

 

さあさあと急かす総理に現実を

告げる者はいないのだろうか。

 

その後ろで小さく映る統幕長と海幕長は

首を振る。無駄だと説得したが

聞かなかった、そう言いたげであった。

 

指揮官らは沈黙を続けた。

部隊指揮官を始め、山本司令でさえ

腕組みをしたまま何も語ろうとしない。

 

「何故黙っているのだ?

大切な国民の生命が掛かっているのだ、

それを守るのが自衛隊の使命だろう?」

 

総理の言うことは正論だ。

しかし正論を並べているだけであり、

現実を認めようとしていないのは

最高指揮官として失格だ。

 

「チッ…ええと菊池3佐だったね?

君の艦娘も活躍の場が与えられてさぞ名誉だろう、祖国に危機が迫っているのだぞ。

私だって君の要望通り臨時予算案や法案を通してやったんだ、今度は君が報いる番

なのではないのかね?」

 

ここで俺かよ。

てか今舌打ちしやがった…。

 

俺の後ろに控える加賀や村上が心配そうに見つめる視線が感じられる。

 

「菊池3佐、マーカスを保持せよ。

これは総理大臣からの命令だ!」

 

「ええと、私もそうしたいと考えます。

 

南鳥島には私の知り合いも

おりますので助けねばと思います。

 

しかしながら……」

 

 

俺は皆が言いたいであろう結論を

感情を抑えて言うことにした。

 

 

「…間に合わないですな、無理です」

 

 

その一言に煽てるような喋り方だった

総理の態度が急変した。

 

「なっ…ま、間に合わないとはなんだ?!この一大事に自衛隊は

責務を放棄すると言うのか?!

私は総理大臣であり貴様らの最高指揮官だ、私の命令が聞けぬというのかッ?!」

 

「…まあ、そうなりますなぁ」

 

やや馬鹿にした言い方が気に食わなかったのか、赤く脂ぎった顔の総理は汗か脂なのかわからない液体を分泌しながらさらに赤くなりながら声を荒げる。

 

「いいかこれは総理命令だ!

マーカスを助けに今すぐ向かうんだ!!」

 

こちらの心情を理解出来ない

【大層崇高なお頭脳】を

お持ちなのだろう、冷静を装って

俺は淡々と答える。

 

「繰り返し結論を言って差し上げます。

間に合いません、彼我のマーカスへの

距離が違いすぎます。

 

敵は一時間前の時点で距離100キロ。

仮に敵艦隊が輸送艦に速力を合わせたと

して6ノット、つまり時速11キロでしたら

現在残り89キロ。マーカス到着は

この通り…19時頃になる計算ですね」

 

カタカタと電卓で計算し、画面の向こうの総理へと突きつける。

 

「そんな事をしているヒマがあっt「続けますね。それに対し我が艦隊は直線距離で1200キロほど、高速の戦闘艦のみで航行し30ノット、つまり時速55キロで到着は

…この通り21時間後。

…お分りいただけましたか?」

ぐ、ぐぅ…この若造がァ…」

 

「航空機を飛ばそうにも現地の天候が悪化しており、全天候型の航空機であっても

台風の中を飛行できません。

墜落して役に立たないでしょう」

 

天気予報番組のキャスターみたいだ、と

悲しみと怒りが渦巻く頭でちらと考えたが

すぐに消し去る。

 

「私は総理大臣だ!!

貴様らを罷免する権限だってあるんだ!

横に座る防衛大臣だって指揮監督権を有している、貴様らのような命令も聞けない

無能自衛官など必要ではないわッ!!」

 

「…黙れこのアブラモヤシがッ!

うっせーんだよさっきから綺麗事ばっか

並べやがって、無理なもんは無理なん

だっつってんだろーがッ!!

大体この作戦もテメーの票の為にテメーが勝手に押し付けてるだけじゃねーか!」

 

俺の暴発に怯んだのか総理が黙り込む。

 

「戦争のプロが無理っつってんだから無理なんだよボケが!俺だって教育隊の同期がマーカスに居んだよ!

見殺しだよ、見殺し!助けに行きたく

たって行けねぇんだよ、あぁん?!

 

他の指揮官の顔をその濁った目で

見てみろよ、悔しさや悲しさ、

やり切れなさが見てとれんだろ?!

それに敵情もよくわからねぇ所に

突っ込んだらいらねぇ被害被るだろ?!

テメーら政治家もちったぁ軍事の勉強

してから物を言えよ、だから外国から

舐められんだよこのアンポンタン!

 

俺を罷免やら懲戒免職にするってぇなら

勝手にすりゃあいいよ…。

だが俺はこの『第101護衛隊』を勝手に

指揮してでもマーカスを奪還してやる!

 

奪還できなかったら賠償だろうが

死刑だろうが受け入れてやる、だが

テメーが総理の座に居る間はゴメンだ!

 

自衛隊が政治の道具だと思ったら

大間違いだ、俺たちは駒なんか

じゃなく人間だって覚えとけ

このアブラモヤシがッ!!」

 

言いたい事を言った挙句

俺は通信を一方的に切った。

 

ふざけやがって…。

 

制止する加賀、黙り込む村上を無視して

俺は自室へと向かった。

 

 

……

 

 

…………

 

 

 

結果から言えば俺は許されたらしい。

 

あの後統幕長や海幕長が改めて現実を

突きつけ、総理も占領阻止は

不可能だと渋々悟ったらしい。

俺の無礼についても部隊指揮官が

言葉は丁寧に、しかし俺の言った

ことと対して変わらない事を

淡々と述べた上で謝罪(なのか?)

してくれたそうだ。

 

山本司令がテレビ会議にて1対1で

連絡をくれ、それを教えてくれたのだ。

 

 

「『俺』ももう20歳若かったら

菊池3佐のように言い散らかして

いたかもしれないね」

 

「すみませんでした、私の我慢と

若気の至りで大変な事を

言ってしまいました…」

 

「怒ってなどおらんよ、皆同じ

思いだったのだ。しかしマーカスは

救えぬか。覚悟はしていたが

流石に心が痛むな…」

 

 

そうなのだ。

無理な物は無理とわかってはいるが、

仲間を、同期を見捨てるという罪悪感が

俺の心の中で暴れている。

 

 

「天候が回復したら航空機を送って

救出するという手もありますが、

恐らく無理なんでしょうね…」

 

「硫黄島航空基地隊の気象予報官からも

この天候ではマーカスに航空支援を

出すことは不可能だと連絡が

入っている。予報では明後日までに

台風は消えるらしい、不思議な事にな」

 

 

突然現れた台風はこれまた突然消える

らしい。深海棲艦は気象をも操って

いるのではないかと勘ぐってしまう。

 

 

「やはり民間船の意見を無視して

マーカスへ直行すべきだったんでしょうか?」

 

「それこそ敵の思う壺になるのではないかな。マーカスから父島間の空域は概ね晴れている、哨戒機からは敵潜水艦撃沈の報告が少なからず上がっている。

もし直行していたのならこの任務部隊は

全滅とはいかなくとも壊滅的打撃を被る。

 

国会や国民から戦死者を出したと現状以上に批判され、総理以下膨大な人員が

更迭されていただろうさ…」

 

「何というか…遣る瀬無いです」

 

「…君の同期の山下3尉か。

私も実戦経験は君とほぼ変わらないから

大層な事は言えない。

 

年がふた回り違う親父から

あえて言うとすれば、

『世の中には勝てないものもある』

と言う事だ。金でも権力でもない、

…君はなんだと思う?」

 

「…わかりません」

 

「私は『時間』だと考えているよ。

十分な備えと態勢を整えていても時機を

逃せば意味はない。もし事前に敵を

察知して艦隊や航空部隊を配備して

いればこの状況も無かったはずだ。

 

よしんば占領を阻止出来なかったと

しても航空機を送って人員だけは

救えたのかもしれない」

 

所詮後知恵だがね、と山本司令は寂しそうに笑った。

 

「敵はかなり頭がいいと見た。

奴らがどんな生態系なのか、指揮系統や

行動性も不明だが確実に【戦略】を

持っていてそれを実行する能力はあるだろう。

 

前回の『戦闘詳報 ー父島沖海戦ー』で、君が敵と話したというページを見た。

奴らは現代の知識がある、自身は旧式でもそれを無効化する知恵を生み出し、我々のこの状況も想定しているのかもしれん。

 

私と君に出来る事はそれを踏まえた上で

敵部隊の西行と北上を阻止し、父島や

硫黄島、そして本土への襲来を防ぐ事だ。

弔い合戦などとヤケになったらいけない、

『むらさめ』の亡くなった乗員のことは

私も悲しい、しかし時に冷徹であらねば

本当に守りたいものを

守れなくなってしまうぞ」

 

悲しみを含んだ真剣な目で俺を見つめる。

 

「父島の東海上にいると

思われる敵機動部隊、それと

西之島周辺で哨戒機が見つけた艦艇群。

まずどちらかを撲滅せねば

マーカスへの道は取れない。

 

現在任務部隊司令部とSF、海幕が

脅威度の算出・評価及び調整を実施中だ。

今は心の整理をして備えておきたまえ、

それが今できる最善の対策だよ」

 

 

……

 

 

テレビ会議が終わり虚脱感に

浸っていると、加賀が控えめな

ノックをして部屋に入ってきた。

 

腕時計を見れば1400を過ぎていた。

 

(そういや腹減ったな…)

 

「提督。色々と思うこともあると

思いますがまずは食事を食べてください。

食べなくては何事も始まりません。」

 

「そうだね、メニューは何かな?」

 

「カレーです。

遅い時間ですが士官室に用意して

あります、参りましょう。」

 

淡々と答える加賀のいつも通りな姿に

どことなくほっとする自分がいた。

 

だがあのテレビ会議を加賀は後ろで

直に見ていたはず、ヘタに心配したり

しないところが彼女なりの

優しさなのかもしれない。

 

 

だが同時に違和感を覚えた。

普段無表情に見えてもその裏には思い遣りや感情が有るのだが、今の彼女には

それらが全く感じられない気がするのだ。

 

 

(勘違いか…?)

 

 

俺の感情が鈍っているだけだろう。

そう考えると椅子から立ち上がり

士官室へと足を進める。

 

 

…そういえばマーカスにいる山下も

最期になるかもしれない昼飯は

カレーだったのだろうか。

せめて一言ぐらい連絡したいと思う。

 

 

……

 

士官室

 

 

「ずっと食べずに待っててくれたの?」

 

「…先程まで食欲が無かっただけです。」

 

 

いつもなら返しに軽口を叩く俺も

この時ばかりは食い付かずに黙々と

食べ始める。

 

この時加賀が時折こちらの様子を伺って

いることには気が付かなかった。

 

(ゆで卵に塩を掛けないと

こんな味なんだな…)

 

普段なら塩を付けて食べるゆで卵だが

ぼーっとしていたらそのまま

噛り付いていた。

 

「……塩は付けないのですか?」

 

「付け忘れただけだ。でも今は

これでいいのさ、そんな気分なんだ…」

 

普段なら食べるのに10分とかからない

カレーも今日は20分以上掛けてしまった。

 

既に食べ終えた加賀も表情を崩さずに

じっとこちらを見ている。

 

「ご馳走様でした……」

 

そういえば村上の姿が見えない。

 

「村上はどうしてるのかな?」

 

「村上3佐は艦橋です。

提督と私がいない間は業務は

任せてくれとの事です。」

 

「…あいつも休ませてあげないとだな。

俺は艦橋に上がる、加賀も

ゆっくり休むといい」

 

加賀が小さく頷く。

 

無感情な彼女から逃げるように

席を立ち士官室を出る。

 

 

……

 

 

(何故付いてくるんだ…?)

 

 

やや距離を置き、付き添いのように

ピタリと加賀が付いてくる。

 

「…別に付いて来なくてもいいぞ?」

 

「…別に。

私も艦橋に用がありますので。」

 

いつも表情を表に出さない加賀だが、

それは彼女をよく見れていないからで

本当は色んな表情をしている。

 

しかし今日の加賀は無表情だ。

テレビ会議において仲間を見捨てると

言い放った俺への軽蔑か?

その怒りを出すまいと隠しているのか?

 

さっき感じた違和感はやはり

当たりであったのか?

 

「…ぃよう、村上ぃ。

任せっきりで悪かったな、代わろう」

 

「…やっと部屋から出てきたか。

異状なし、上層部の決断待ちだ」

 

こいつも心中は俺と同じらしい。

 

加賀の居ない時にマーカスを

見捨てる云々の話をしたが、

その時にして良かったと思う。

でないと司令(提督)と隊付が業務を

こなせず部隊運営が成り立たないからだ。

 

それを引き合いに出さずともツーカーで

今すべき事をお互いに分かっているから

こうして必要最低限の言葉のみを交わす。

 

後ろの加賀を一瞥した後俺と交代し、

村上はそれ以上語らず

静かに自室へ降りて行った。

 

俺が左舷の司令席に座れば

加賀も右舷の艦長席に座る。

 

 

加賀の考えていることがわからん。

 

 

俺に対して言いたい事が有るなら

直接言えばいいのに…。

 

俺自身現状では何もする事が無いので、

ただ海を見つめ気を紛らわそうとした。

 

加賀はというと此処でも時折俺の方を

見たりして何か考えているようだった。

 

いつもなら無駄に艦娘たちの私語が

飛び交う無線も入って来ず不気味だ。

 

かといって無意味にこちらから何か言う

必要もない為、艦橋内は当直妖精の

必要最低限の声しかしない。

 

それから夕飯までの二時間余、

マーカスを見捨てるという罪悪感と

加賀の煮え切らない態度への苛立ちを

ひたすら感じ続けねばならなかった。

 

 

 

 




マーカスにいる職員と隊員は見殺し…。
それに気付かない現地。

守ってやると言い放った主人公は
かなりのダメージを負っています。

そんな提督を見かねた加賀は…。

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