桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

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今回は戦闘後の話です。
被害の程は如何に……




1-16 小笠原戦線異状有り 【父島沖】

 

 

父島上空

 

 

「高度500mッ!

隊長すいません、自分もう…引きます!」

 

2番機が操縦桿を引き機体を起こす。

これ以上は地面に激突するからだ。

 

無線を傍受する誰もが地上で起こるであろう大惨事と1番機の墜落を覚悟した。

 

「海鷲を舐めるなよ!」

 

SBDの尾翼に96艦戦のエンジン部が乗っかり、プロペラが敵機を叩く。

 

高度は200mを指していた。

ここからでは96艦戦が機体を引き起こすのも、SBDが生きていたとしても引き起こすのは困難だ。

 

 

…そう、【引き起こす】のは。

 

 

1番機はそのまま操縦桿を倒し、

敵の尾翼に機体を押し込む。

 

プロペラが尾翼をそのまま切断するかと思われたが、プロペラの強度が弱かった為そうは至らなかった。

 

96艦戦がSBDを後ろから押し上げる形となり、コースの変更に成功した。

 

体育館に墜落確実と思われていたのが、

近くの海へ機首を向けることができた。

 

 

「こちら飛鷹2番機、1番機の体当たりにより敵急降下爆撃機のコース変更に成功!

敵機は湾内に墜落、市街地に被害無し!」

 

 

この知らせに艦隊は喜んだが素直に喜べない者たちもいた。

 

 

「おい2番機、1番機はどうなった…?」

 

「ねえ1番機はどうなったの?!」

 

提督と飛鷹であった。

 

「その…1番機は僅かに機首を起こしたものの同じく湾内に墜落、生存は絶望的です…」

 

「そんな…」

 

「わかった。2番機は海面付近を旋回して1番機の生存を確認しろ」

 

「了解、です…」

 

提督は目を瞑りながら抑揚のない喋りで

2番機へと指示を出した。

 

「飛鷹まだ戦闘は終わってないんだ。

これ以上犠牲を出さない為にも、そして1番機の挺身に報いる為にも今は悲しみを堪えるんだ」

 

「わかってるわよ、わかってるけどッ!」

 

無線機越しの飛鷹の声は誰が聞いても泣いていた。

 

対空戦闘を継続する戦闘機妖精や艦娘、艦艇の乗員の胸が締め付けられる。

 

「被害をゼロにするのは不可能に等しい、

だがゼロにしようと努力しなければ命が余計失われる。仮に1番機が直前で撃墜出来たとしても破片や爆弾が体育館に降り注ぎ島民を殺傷していただろう。

 

何故こうなったのかというのは今は

重要じゃない、次もこうならないよう全身全霊を掛けるのが今すべき事なんだ…。

飛鷹の戦闘機隊の指揮は加賀に代行させる。飛鷹の妖精は彼女のケアを頼む」

 

提督は乗艦する『加賀』に並走する『飛鷹』を一瞥し、込み上げる同情と悲しみを封印する。

 

「まだ敵機は残ってるぞ、被害を極限しつつ敵を殲滅しろ!」

 

 

……

 

…………

 

 

敵の空襲は失敗に終わった。

 

120機余りの大編隊は守備艦隊や父島地上施設に損害を与える事なく敗走。

対空ミサイルの追撃を幸運にも振り切った数機のみ東方へと去って行った。

 

これらも戦闘機隊にて追撃を行おうとしたが任務部隊司令部からは見逃すよう指示が下った。

 

敢えて泳がせて母艦の位置を特定する狙いらしい。現在人工衛星や哨戒機による敵艦隊の位置の特定が急がれている。

 

そして任務部隊は父島沖に到着。

守備艦隊や地上の各所と連絡を取り被害を纏めている。

 

☆☆☆

我が方の被害

●守備艦隊

護衛艦2に至近弾、漏水のみ。処置済み。戦死者5名

 

輸送艦1に機銃掃射、搭載していた

空自の対空ミサイルに誘爆、1基破損。

戦死11名、傷者24名

 

補給艦・タンカー各1に機銃掃射、

引火等無いが油流出有り。処置済み。

 

秋月に至近弾、戦闘に支障無し。

 

大淀に不発の魚雷2、船体に軽微な損傷。

全速航行は漏水等の危険有り。

 

伊勢に爆弾1、対地爆弾だったため被害軽微。第2砲塔使用不可能。

妖精19名負傷。

 

●地上施設や島民

機銃掃射は有るも施設への影響無し。

避難時、転倒や事故による負傷5。

いずれも軽傷、現在治療中。

 

●航空機

千代田ー零戦5機被弾、内2機廃棄処分。

雲龍ー零戦4機被弾、内1機部品取り用途処分。

蒼龍ー零戦1機被弾、応急処置により使用可能。

 

最後に

 

飛鷹ー96艦戦3機損耗、

2機撃墜されるも脱出し無事。

 

 

残る1機については……

 

 

 

【着水時の衝撃で頭を強く打ち意識不明】

 

 

 

※※※※

 

父島沖 護衛艦『いずも』医務室

 

 

「彼の容体は安定しましたが油断は出来ない状態が続きます。

外部の傷は切り傷程度ですが、脳振盪を起こしています。

最悪植物状態になることも有り得ます…」

 

「どうにかなりませんか医務長?

手術だったり、本土に緊急搬送するとか」

 

俺は衛生幹部に問う。

 

「艦上でしようにも脳は専門外なのでヘタに触るといけません。

緊急搬送しようにも制空権が確保されていない現状では困難と判断されています、こればかりはどうしようもないかと」

 

「あの子はどうすれば良くなるんですか?!」

 

飛鷹の必死な声に衛生幹部は静かに首を振る。

 

「今できることは絶対安静にさせること

のみです。飛行艇を呼ぼうにも敵航空機の襲撃に遭う可能性が高いのです。

後は点滴をして事態の沈静化を待つ他ないでしょう」

 

 

……

 

 

空襲が終わってからしばらくして任務部隊は父島に到着した。

現代の技術と戦術をもってしても無傷な勝利とはならなかった。

 

これが勝利と呼べるのかも疑問である。

自衛隊として初の『戦死者』が出てしまったのだ、ただの負け戦では済まされないだろう。

 

非戦闘艦船の被害を局限できたのは幸いだったのかもしれない。

 

護衛艦や艦娘の乗員・妖精の奮戦と挺身が【僅かな被害】に食い止められたのだから。

これを僅かと呼ぶか否かは人による。

 

 

父島に到着して被害の多さと戦傷者に胸を痛ませつつ、艦隊はすぐ補給と再編成に入った。

 

艦娘に補給を指示しつつ、『加賀』を離れ『飛鷹』へと内火艇で向かった。

理由は彼女の戦闘機隊の1番機の件だ。

 

1番機は敵SBDを体当たりで撃墜した後海に墜落した。速力の上がった96艦戦は着水の衝撃で大破、乗っていた妖精も頭部を打ち意識不明。

空襲後父島駐在の海保の巡視船が救助するも島内の医療機関では治療不可能と判断され、設備の整った護衛艦へと移送されることになった。

 

 

妖精も血を流す。

アニメや二次小説では死なない設定だったりする彼らも『現実』にあっては血を流すし死ぬ。

無敵ではないし人間以上の特殊能力も持っているわけではないのだ。

 

飛鷹に乗る妖精から連絡を受けたのだが、

1番機の人事不省により彼女の精神は不安定となっているらしい。

 

艦娘の補給の監督を加賀と村上に任せ、

俺は飛鷹のメンタルケアに当たることにした。

 

もっとも戦死者を出した護衛艦の方も同様にメンタルケアを必要としているらしい。

士気がダダ下がりとなるが無理はない。

俺とて動揺しているのだ、他の艦娘や艦船の乗員だって動揺しているに違いない。

 

 

1番機の容体の説明を受け、ひとまず『飛鷹』に乗艦して時間が許す限りケアに当たることにする。

 

 

※※※※

 

軽空母飛鷹 艦長室(飛鷹自室)

 

 

「立ったままじゃ足が疲れるぞ、

椅子に座ったらどうだ?」

 

「ええ…」

 

空返事をするだけで一向に座ろうとしない飛鷹、これで5回目だ。

彼女が立っていたところで1番機の容体が良くなるわけもない為、まずは飛鷹をリラックスさせることから始める。

 

「空返事はいいからホラホラ〜」

 

有無を言わさず彼女を後ろから押し、

ベッドへと強制的に座らせる。

 

俺も対面になる形で椅子に座る。

飛鷹を見れば俯きながら床を遠い目で見ており、心此処に在らずといった感じだ。

 

「1番機もじきに良くなるからそんな卑屈になり過ぎるなよ、アイツ口数は少ないけど腕は確かな奴だろ?

お前がそれを一番知っているんだから、

奴を信じてあげないとだぜ?」

 

「そうね…」

 

(当然だけどこりゃ重症だな…)

 

俺としても飛鷹をゆっくり時間を掛けてケアしてやりたいが、情勢はそれを待ってくれるとは限らない。

 

こうしている間にもマーカスに攻勢をかけてくるかもしれないし、艦隊にまた空襲をしてくるかもしれない。

 

荒治療だが…、メンタルケアのセオリーに反した方法を取るしかなさそうだ。

 

 

「なぁ飛鷹、いま…【元気】かぁ〜?」

 

虚ろだった飛鷹の瞳に怒りを読み取った。

 

「元気なワケないじゃない!!

大切な妖精が意識不明なのよ?!

なのに突然能天気に【元気か】って何よ、馬鹿にしてるの?!」

 

彼女を怒らせてしまったが、これはこれでいい。まずは感情を爆発させて言いたいことを言わせる為だ。

 

「馬鹿にはしていないさ、

じゃあ今どんな気分なんだ?」

 

「不安で不安でしょうがないわよ!

自分は何も出来ないし敵がいつ仕掛けてくるかもわからないし、どうかなりそうよ!!」

 

「そうか、それは大変だ。

もし今敵が来たらどうする?」

 

激情する彼女とは対照的に冷めたトーンで質問をする。

それが余計に彼女を怒らせる。

 

「自分でも戦えるかわからないわよ!

また誰か落とされてしまわないかと思うと出撃できるかもわかんないわ!!」

 

言いたいことを言い切り肩で息をする飛鷹に優しく問いかける。

 

「言いたいことは終わりかな?」

 

「もう…なんなのよ、そっとしておいてよぉ…」

 

激情から醒めたと思ったら泣きながら喋り始める。

まずは第一段階成功、といったところか。

 

「放っておけるわけないだろ、

お前は大切な存在なんだからな」

 

<<ギュッ…>>

 

「あっ…」

 

「手荒な方法ですまない。

だが今の俺にはこれしか出来なかったんだ…、塞ぎ込む飛鷹の感情を解放するには。

1番機の容体は飛鷹にも、俺にもどうしようもない。これはアイツ自身の強さに期待するしかないんだ」

 

俺の胸で静かに泣く飛鷹に優しく語り掛ける。

 

「辛くても今は厳しい状況なんだ。

艦隊がどう動くかもわからないし、

敵の動静も不明だ。

でも今しか休む時間は無い、ここで気を休めないと飛鷹が沈むかもしれない。

1番機が元気になって帰るフネがありませ〜ん、なんてなったらアイツが困るだろ?」

 

冗談混じりに問い掛ける。

 

「私は【もう】沈まないわよ…。

折角また艦娘として生まれてこれたもの、

それに『隼鷹』ともまだ再会できてないし沈む気はこれっぽっちも無いわよ?」

 

彼女の髪を手で梳かしながら安心する。よかった、少し元気になってくれたみたいだ。

 

「TF司令部が意向を示すまで6時間ぐらいある。休息をとっておこう、泣いた後は温まるものでも飲むと良いぞよ。

…ほら、温かいミルクに蜂蜜を入れた俺特製の『若くありたい貴女に、スッポンとマカが入った魅惑の栄養ホットミルク』だ。

今なら送料無料の一杯1000円ぽっきり、

オマケでいいものが付いてくるぞぉ!」

 

「そんな怪しいドリンクみたいなの飲みたく無いわよ…。

普通のホットミルクでお願いするわ」

 

「へいへい、今作るから待ってくれな」

 

笑ってくれる飛鷹に喜びつつ、

準備しておいたホットミルクに蜂蜜を入れてかき混ぜる。

 

泣いた後には温かい飲み物がいいのだ。

 

 

……

 

 

「程いい甘さね」

 

「この辺のセンスの良さが人気の秘訣ッ!」

 

「自分で言わない方がいいと思うわよ…?」

 

「何事もオチが必要なのだよ飛鷹クン」

 

本調子とはいかないものの、明るさを取り戻したようで何よりだ。

 

「ふあぁぁ…」

 

「…眠たくなってきたか?」

 

「ええ、怒ったり泣いたり笑ったりしたら眠たくなっちゃったわ」

 

「睡眠薬入れといたからなぁ〜、

寝たらすんごいことしちゃうぞ〜?」

 

「本当に入れてたら言わないでしょ。

そんな事しないってわかってるんだから!」

 

なんでぇ、心を見透かされると

負けた気がする…。

 

「まっ、それはそうとありがとね。

あと提督…」

 

「ん、まだ何かあr…」

 

 

<<チュッ…>>

 

 

「…えっ?」

 

「これはお礼よ…。

1番機は強い子なの、

私がそれを信じてあげないとね!

少し休ませてもらうわね?」

 

「お、おおおう?!しっかり少し確実に休んどけぇ?!?!」

 

やや照れながら和かに飛鷹はそう言うとベッドに横になり、すぐに寝息が聞こえ始める。

 

マジかよ…(賢者モード発動中)

 

飛鷹とキスしてもうた…。

これは『好き』ということなのか?

いや、お礼としての儀礼上のものなのか?

 

以前飛鷹とハグは挨拶云々言ったのは俺だが、まさかこんなことになるとは思はなんだ…。

マジで。

 

横になる飛鷹を見れば幸せそうに寝ており、とてもじゃないが襲いたいなどという不埒な考えを出来るはずもない。

 

 

でも、まぁ…

 

「元気になってくれてよかったよ」

 

これは本心からだ。

戦闘に参加出来るかどうかは別にして、

彼女自身が無事でよかった。

 

「また後で来るよ、俺の女神サマ…」

 

眠る飛鷹のおでこに軽くキスをして部屋を後にする。

 

この時飛鷹の頬が僅かに赤くなったり緩んだりしたような気がしたが、俺の見間違えだろう。

俺自身も疲れているからな…。

 

飛鷹が休んだのを見届けて、艦橋へと上がる。

 

「疲れていてもこればかりは

寝ていられないからな…」

 

幸せの時間はすぐに終わり、これから

提督としての職務の現実へと引き戻されに行くのだ。

 

 

……

 

 

…………

 

 

「改めて深海棲艦の脅威を実感したよ」

 

「提督はベストを尽くしたんだから

卑屈になる必要は無いデース」

 

「ありがとな金剛、お前は優しいな」

 

 

ヘッドセットから聞こえる彼女の声が俺の心を癒す。

金剛も大変だろうに、艦娘に気を遣わせるとは俺もまだ提督として甘ちゃんか。

 

この会話だけ見ればガムシロップを大量投入したブラックコーヒーの様だが、目の前の端末が映し出す文章と飛び交う無線通信がそうでは無いことを教えてくれる。

 

 

『任務部隊戦死者16名、負傷者多数』

 

『沈没艦船は無いものの被害甚大』

 

『作戦の継続は可能なのか?』

 

『自衛隊初の戦死者を出したことで

国会から追及される』

 

『誰が責任を問われるのか?』

 

 

俺を含めた各指揮官クラスのチャット会議は荒れに荒れていた。

 

俺の古巣である護衛艦『むらさめ』でも死者が出ており、知っている人間が亡くなっていた。

村雨や村上も落ち込んでいる様で無線越しの声は覇気が感じられなかった。

 

もっともそれは任務部隊全体に言えることであった。

 

統幕や海幕から待機命令が出ているため帰投や進撃も出来ずエンドレスな不毛な会議となりつつあったが、部隊指揮官の一声で応急修理と部下のメンタルケアに専念することになった。

 

 

『今の我々に出来ることは損傷の修理と乗員の気持ちの整理をさせることだ。

行く行かないは上が判断する。

どちらに転んでもいいように即応態勢を取れるように心掛けるように』

 

 

艦娘が所属するこの『第101護衛隊』においては艦娘が各艦の艦長であり部隊指揮官の言う乗員にあたる。

艦娘はその配下にある乗員…妖精のケアに努めるが、思いの外妖精たちの士気は低下していなかった。

 

「提督どうですか。

上からは何も言ってこんのですか?」

 

やや甘めの紅茶が入った水筒を

差し出しつつ妖精が言う。

 

「おうよ、司令部も陸のお偉いさんからの指示待ちだ。どうも統幕や内局が国会に戦闘詳報を持って行って行動の裁可を貰うまでは動けないんだとよ」

 

受け取った水筒のコップに紅茶を入れつつ文句を垂れる。

 

「ははぁ〜…粗方この後の責任を

センセイ方に押し付けるつもりなんでしょうな」

 

「何の為の『幕僚監部』なんだか。

他の国ならまだしも日本の政治家に

軍事のイロハがわかるわけねぇよ」

 

一部の軍事に精通する者を除けば

殆どの政治家は軍事に疎い。

かつて『私は軍事の素人だから、

これがシビリアンコントロールだ』

とか言い放つ大臣が居たような気がしたが名前を覚える気にもならん。

 

「お前から見て妖精たちの士気はどうだ?」

 

艦娘の妖精は現在員だけで1万名を超えており、流石に俺も総員の役職や顔を覚えられていないが主要幹部の顔は覚えた。

 

今話しているのは飛鷹の副長だ。

見た目は可愛らしいが怒らせると怖いらしい、俺も気を付けよう。

 

「この『飛鷹』だけで言えばやや航空兵の士気が低下しとるかもしれません。

戦闘機隊の頭が意識不明となれば無理は無いでしょう、ワシも顔には出しとりませんが心配ですな」

 

こいつは本音をざっくりと言う。

下手に【良い】嘘をつかれるよりかは

【悪い】本当を言ってくれるほうが指揮官としてはありがたい事もあるのだ。

 

副長は続ける。

 

「しかし皆燃えているのも事実。

他の空母の航空無線でも敵討ちとか敵機動部隊に猛攻をしようという意見が挙がっとりました」

 

1番機は死んどりませんがね、と苦笑い

しつつ答えた。

 

「艦娘も損傷はあったが大多数は元気だ。

村雨はやはり動揺してたが、やはり

しょうがないと思う」

 

「護衛艦時代の乗員が戦死すれば

誰しも動揺するでしょう。

また艦隊を分割するなら

村雨は残すべきかと」

 

「確かにそうだな…」

 

ずずず、と音を立て行儀悪く

紅茶を啜って飲む。

南国でホットティーを飲むはずも無く

中身はアイスティーなのだが、

無意識に啜ってしまう。

 

そんな俺を注意するでも無く

副長は更に考察を述べる。

 

「船体やミサイルといった装備もそうですが一番心配なのは…」

 

「「それを扱う『人間』だな(ですな)」」

 

人間、つまり隊員はこの戦闘でかなり参っていた。

体力がでは無い、【精神】がである。

 

護衛艦の乗員を始め輸送艦に便乗していた陸・空の隊員も戦死しており、

欠員云々以前にそんな精神状態で戦闘を行えるかわからない。

 

俺とて覚悟していたとはいえ知り合いが亡くなったのだ、親しい仲では無かったがやはり悲しい。

 

目の前で血や死体を見た隊員などは

ヘタしたらPTSDを発症しているかもしれない。

 

それらの隊員を統率し命令する立場の幹部は気の毒だ。自らも参っているのに鞭打って、部下に戦えと命令しなければならないのだから。

 

「それでもやるしかない、じゃないと

次は自分の番になるかもしれないんだ」

 

「それをわかっているから部隊指揮官は

必死に態勢を立て直そうとする。

101護隊の艦娘は提督がせんとどうしようもないでしょう」

 

「わかってるさそんぐらい。

その為に飛鷹のケアに駆け付けたんだからな」

 

そう返しつつ今度は艦娘とチャット会議を行う。ブラインドタッチでキーを叩きつつ、画面に表示される各艦の状態から最適な部隊編成と予想される敵艦隊への攻撃方法を考える。

 

補給を行い弾薬は満載だが、損傷や機器の状態に問題があったりとこのままでは頭痛薬と胃薬が必須なのは間違いない。

 

この任務部隊の4割を占める艦娘の戦力は旧式なれど高い。

ミサイルは無くとも大口径の艦砲や固定翼機による大火力の投射能力は現代の護衛艦にはほぼ不可能だろう。

 

米軍空母1隻の艦載機70機で小国の空軍に匹敵すると聞いた事があるが、戦艦の持つ火力に勝るのは核兵器でも使わないと無理だろう。

 

流石に戦艦1隻にその70機が襲いかかってきたらなす術も無いが。

 

 

(頼みの米軍はどっか行っちまったし…)

 

 

先日のパナマ運河空襲以降、米軍は

太平洋艦隊を近海警備に充てたらしく

横須賀や佐世保の艦隊は夜逃げするかのように大多数が出港していった。

 

横須賀と佐世保には今や1隻ずつ駆逐艦がいるのみ。軍人の家族も軍用機で本土へと引き上げていった。

 

これに喜んだのは一部の市民団体だけであり、与党や野党を始め国民からも反対意見が出たがアメリカは黙殺した。

 

(自分の国は自分で守れ、ってこったな)

 

今までがおかしかったのかもしれない。

他国に国防を任せて何が国家だ。

しかしいざ直面すると心細い。

 

ここまでが前回の父島の時。

日本政府は艦娘の全面的運用を決定、

戦艦や空母といった攻撃性が高い艦船を海上自衛隊の自衛艦として編入した。

国外や国内からも反発はあったが

『旧式だし他国に脅威とはなり得ないから平気だよ、兵器だけに…(笑)』

という人気お笑い芸人の発言に賛同する若者も少なからずいた。

 

これには俺も閉口したが、意外にも若者はこの事態を緊急事態と認識しているようで国会前で自衛隊の戦力増強のデモまで行われた。

 

(真意はわからないが今の自衛隊に

とっては救いかもな)

 

国民からの脅しを受ける形となった国会議員と、国民様の後ろ盾を受けた内閣と各省庁はドヤ顔で臨時予算案と当面の方針案を提出。

防衛省を始めとした各省庁の予算案は賛成多数で可決、海自と空自そして陸自の優先順位で増強が行われている。

 

 

(だが被害を受け戦死者も

出してしまった…)

 

 

国民はこれまでの冷え切った経済や国際情勢にうんざりしていた。

 

そこに深海棲艦による通商破壊により物価の上昇、一言で言えばツイていない状況であった。

 

政府も国民もいいニュースを欲していた。

 

この状況下で増税を行えば、ただでさえ低い支持率はゼロになると考えた政府は自衛隊の活躍を前面に出し免罪符を得ようとした。

 

テレビのニュースでは悪化する情勢の報道が多くを占めていたが、偶に出る自衛隊や艦娘の勇姿に希望を見出す国民もいた。

 

良くも悪くも負託に応える事になった俺たちだったが、ここに至ってどうすべきか。

 

このまま父島で待機するのか、本土へ撤退か?いや撤退はあり得ないだろう、そんな事をすれば小笠原諸島を放棄し島民や隊員を見捨てる事になる。

目的地であるマーカスの道中には戦力ら不明なれどかなりの深海棲艦がいると見積もられる。

そんなところに考えも備えも無しに突っ込むのは不味い。

 

一人で悩んでも無駄だと悟った俺は

副長に飛鷹のケアを頼み、ひとまず『加賀』へと帰艦する事にした。

 

 

 





遂に出てしまった自衛隊初の戦死者。
期待して送り出した政府と国民は
これにどう反応するのでしょうか。

父島で迎撃に当たった秋月や大淀たちも
少なからず落ち込んでいます。
次回はマクロな視点で艦娘を描き、
展開を進めていきます。

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