桜と海と、艦娘と   作:万年デルタ

28 / 59
本土へと帰還した主人公たち。
損傷艦の修理や戦闘詳報と忙しくあまり艦娘と話す時間も取れない。
そんな中閣僚会議という日本のトップが集う会議に出席する事になる。

その夜村雨が部屋を訪れるが…。



1-9 日本のトップと 【首相官邸】

横須賀基地某所

第101護衛隊司令部事務所

 

「…にしてもあの『クソ幕僚』が裏にいたとはなぁ」

 

「私もツテで探りを入れたが単純に君に恨みがあったようだね」

 

 

ここのところ影が薄かった警務隊長が相変わらず変な笑みを浮かべる。

 

基地内に臨時に作った豪華なプレハブ小屋が俺たちの『鎮守府』だ。

 

司令室とは名ばかりのむさ苦しい小屋に陰気なおっさんと俺から出る熱気が篭る。

クーラーは支援攻撃を上空から行なっているものの、夏の熱気には敵わず苦戦している様だ。

 

「暑っつ〜…アッツ島並みに暑ぃ」

 

「アッツ島は北方だろう。

因みにアッツ島は占領後熱田島という名称に…」

 

あー、無視しとこ。

 

 

……

 

 

父島で補給した後、

艦隊は横須賀に帰投した。

 

本土に帰ると残っていた艦娘にどやされたり自衛隊病院やら防衛省に調査を受けたりと散々な目に遭ったが、それ以上に世界情勢は悪化の一途をたどっていた。

 

数日出港している内に嫌なニュースが起こりテレビや新聞で報道されていた。

 

 

まず俺が深海棲艦に立入検査と称して乗り込んだこと。

 

なんと以前更迭された海幕の『装備計画部長』が腹心の手下に俺を消させようと企んでいたことが判明した。

 

なんでも俺の様なペーペーの若造3佐に人生を滅茶苦茶にされたのが理由らしい。

 

「コイツ死刑になんないんですかね?」

 

「主な容疑は職権乱用だから無理だよ」

 

「これ間接的とはいえ誅殺と同じだろ…」

 

「いやそれは結果論になるね」

 

結果的に防衛省・自衛隊内に巣食っていた一味は綺麗に掃除され、まともな人事へと刷新された。

俺は死にかけたけどな!なっ!!

 

とにかくコイツとその愉快な仲間たちが消えたおかげで装備と艤装の要望や予算の要求がスムーズになるのはありがたかった。

 

艦娘の船体を含めた護衛艦等は優先的に改装や現代化改装を受けられる事に決まった。

 

 

「…んで、パナマ運河は破壊されてしまったと」

 

 

ここからが世界情勢。

まずアメリカ大陸の生命線であるパナマ運河が深海棲艦の大艦隊により破壊されてしまったのだ。

何処の仮想戦記かと思ったが本当らしい。

 

米軍はもとより中米諸国の海軍は有事態勢を取っていたがそれを上回る兵力で押し寄せた深海棲艦は、多国籍警備艦隊や航空部隊を蹴散らした勢いでパナマ運河破壊へと突き進んだ。

 

太平洋側から黒い津波が押し寄せたのだ。

 

軽空母や重巡が砲爆撃を閘門に加える。

その目標となった太平洋側の『ミラフローレス閘門』はその黒い津波に耐えられなかった。

 

閘門は跡形もなく破壊されて濁流に飲み込まれた。

航行していたタンカーは模型の様に波にのまれ積載していた原油が濁流に抗うかの様にその存在を海面に主張する。

これから運河を通ろうとしていた貨物船は艦載機からの爆雷撃により、その大きい図体に似合わない呆気ない最期を迎える。

 

帰りがけのオマケと言わんばかりに運河の太平洋側に架かる橋、『アメリカ橋』が落とされ住民は世界の終わりだと嘆くしか無かった。

 

 

「これマズイですよねかなり」

 

「君の頭でもそう認識出来るくらいだ、

日本の終わりと言っても過言ではないな」

 

このニュースは国内のテレビ局が全て特番で繰り返し報道しており、バカな俺でも危機感ぐらいは抱く。

 

俺はチャンネルをピコピコと替え、あるキャスターの『物価が凄い上昇しそうですね』という平和ボケな言葉を聞き電源を切る。

 

 

「どうした?見たい番組が無かったのかね?」

 

「いちいち茶化すの止めてもらえません?

てか『南鳥島』はどうなってんですす、どうせ知ってるんですよね」

 

「……それは俺から言わせてもらうぞ」

 

 

唐突に司令室にガラガラと引き戸を開け入ってきたのは村上だった。

 

「あれお前誰だっけ?」

 

「さっきも一緒に朝飯を食っただろうが、下らんボケは止めろ。

…南鳥島については防衛強化を図り、護衛艦部隊による警戒は元より航空部隊の増強や陸空自の対空・対艦ミサイル部隊の配備といった流れになる」

 

「あぁ〜、そういやさっきテレビでそんなこと言ってたな!」

 

「…昨日自衛艦隊司令部でオペレーション(作戦会議)があって一緒に聞いただろ!」

 

「あぁ〜、そういや昨日なんかそんなこと言ってたな!」

 

「お前にはもうついて行けそうにない…」

 

「君たちは本当に仲がいいな、見てて飽きないよ」

 

「あ〜、やっぱわかります?」

 

「警務隊長、全然わかってないです…」

 

 

ボケて上機嫌な俺と、対照的に突っ込んでテンションダウンしている村上だったが、この関係は入隊から変わらない。

 

「提督、そろそろ昼食のお時間です。」

 

「おっ、加賀ナイスタイミング!

『秘書艦』の座を加賀にあげよう」

 

「自衛隊にそのような役職はありません。

今日は鳳翔さんが作る初の料理、早く行かないと失礼に当たります。」

 

「おっそうだったな!

じゃお二人ともまた後ほど」

 

 

司令室に音も無く入ってきたのは加賀。

そういや今日は鳳翔の初調理の日!

 

鳳翔は現代に慣れる事も兼ねて調理をしたいと言っていた。

 

 

『調理場はいつの時代も変わりません。

ここで色んな事を料理の他に学べますし、

この時代の料理も作ってみたいですから』

 

店を開くのはまだまだかかりそうだし

彼女の船体現代化改装も早くても一ヶ月はかかる。

 

彼女の夢である『店』とは部内に設けられる隊内クラブという基地内の居酒屋みたいなものだ。

 

 

「メニューは何だ?」

 

「カレーです。」

 

「おっしゃ!帰ってきてから初カレー!」

 

「提督は子供なのですか…。」

 

食堂に入るとカレーの香りが鼻腔を刺激する、同時に唾液が分泌される。

 

鳳翔カレーは本当に美味しかった。

 

和風テイストで出汁や醤油の風味が鼻に入ってきて、味はやや甘めの食べやすく懐かしい味。

 

小さめに切られた野菜は駆逐艦にも食べやすく、食べる方の事を思って作ったのがよくわかる。

 

 

「おーい!鳳翔も一緒に食べようぜ、これめっちゃ美味しい!」

 

「うふふ、ありがとうございます」

 

「流石です鳳翔さん。」

 

「褒めても何も出ないわよ加賀?」

 

嬉しそうにする鳳翔、笑顔が眩しい。

 

「提督はこれから作戦会議にご出席ですか?」

 

「そ、村上に何故かまだ居る警務隊長でしょ、艦娘は村雨や加賀、金剛といった各艦種の代表艦娘も参集範囲。

作戦会議っつーか戦略会議だな。

 

今日は内閣府で閣僚会議があってそのついでにお呼ばれしてな。

 

シーレーンも危ないし国民の不安も無視出来ない、艦隊の運営も『ドロップ』によって大きく変わるだろうし深海棲艦のことも話題になるらしい」

 

 

横須賀帰投後、俺や艦娘は長い聞き取り調査を受けた。

深海棲艦が電波を使っているとか人間に恨みがあるといった情報は上層部に寝耳に水だった。

 

敵と会話したと言った途端『コイツおかしいんじゃね?』みたいな目で見られたが、通信ログを提出したため精神科送りは回避された。

 

これらの情報は政府から世界中に伝えられ、深海棲艦に苦戦する各国政府にとっては多くの犠牲と予算を費やして得られなかったのに日本だけ何故というある種の嫉妬を生んだ。

 

とはいえ艦娘は傷付き、護衛艦等も損害を受け民間のドックに入渠している。

 

艦娘に傷らしい傷が無いのは幸いだった。

服が破けるのはゲームと変わらなかったが、痛みは感じるものの流血や身体の欠損は無いらしい。

 

もし被弾して腕がもげたりとか艦首を切断して艦娘の首が…みたいな日には迷わず拳銃で自殺する。

 

「ふぅ〜ご馳走様、コクがあって味わい深いな」

 

「特別な隠し味があるんですよ」

 

「へぇ今度教えてよ、じゃあ行ってくるわ」

 

 

鳳翔との会話もそこそこに席を立つ俺と加賀。

 

カレー皿をバケツに入ったブラシで洗い、

ベルトコンベアー式の洗浄機に置く。

 

 

「バス移動は嫌いじゃ無いけどあんまりなぁ…」

 

「提督はバスが苦手なのですか?」

 

「乗ればわかるさ乗れば」

 

「???」

 

 

だって今回もどーせ警務隊長がカラオケを用意して道中賑やかになるのは目に見えてる。

 

バスに行くと警務隊長と村上、艦娘は千代田、金剛、足柄、大淀、村雨、高波、秋月が俺と加賀を待っていた。

 

「菊池遅いぞ」

 

「悪ぃカレーが旨くてついな…」

 

「結構結構。腹が空いては戦は出来ぬと先人も言う、ただカレーには睡眠効果のあるスパイスが入っていて…」

 

「あ、そういう無駄知識はいいっす」

 

警務隊長の薀蓄をやんわりと拒否しバスを出発させる。

 

案の定カラオケセットが準備された車内は盛り上がった。

前回ほど騒がしく無く艦これ以外の曲が多く、艦娘が女の子らしくしているのはとても嬉しかった。

 

「えっ、加賀さんカラオケ行ったことないの?!」

 

「無いわ。」

 

「それはいけません、人生を損しています!」

 

「そ、そうかしら…?」

 

 

千代田の言葉に無いと言い切る加賀。

秋月の発言に動揺を見せる加賀。

 

秋月のは流石に言い過ぎだろうけど趣味や楽しみが多いに越したことはない。

 

「加賀が歌う『加賀岬』聞いてみたいなぁ」

 

「…何ですかそれ?」

 

「ゲームの中で加賀の持ち曲になってる歌だよ。

赤城を想った曲で、デデン!とインパクトがあって心へ静かに入ってくる俺も好きな曲さ」

 

「うるさいのか静かなのか把握しかねますが気になります。」

 

「今イヤホン持ってるからちょい待ち

…ほいよ左耳で聞いてみな」

 

「「ちょ提督何してるの?!」」

 

「はいはい外野は静かにしてようね〜。

ん、俺のイヤホン使うの嫌かな?」

 

「私が聞いていいのですか?

それにそれだと私が横に…」

 

あ、2人で座ると座席が狭くなるって遠慮してるのか。

↑違います

 

「構わんぜよ、横に座り給へ」

 

「で、ではお言葉に甘えて…。」

 

 

その時前方に一人座る村雨が寂しそうだと感じたが、気のせいかと思い気には留めなかった。

 

村雨(…提督のバカ)

 

 

…………

加賀サイド

 

 

加賀に後方の艦娘から嫉妬や名状しがたい怨念が向けられるが、彼女は提督の横に座るということに緊張していて全く気が付かない。

 

(嗚呼緊張する緊張する緊張する…。)

 

その感情を顔には出さないのは流石一航戦と言ったところか。

 

イヤホンからは『加賀岬』が繰り返し流れているが耳には全く入ってこない。

 

ふと気付けば横の提督はすやすやと寝息を立てており、後ろの艦娘たちはカラオケに一心不乱に熱中していた。

↑嫉妬からくるヤケ糞

 

 

彼の寝顔を見るのは初めてだ、恐らく艦娘の中でも。

 

思わず見惚れてぽーっとした顔になる。

 

 

阿武隈から聞いた話だが提督は戦闘後に酷く落ち込み提督失格だと言ったらしい。

自分の作戦のミスで艦娘が傷付き、沈める寸前に追いやった責任からだ。

その後は奮起して普段通りの姿を取り戻したが、私にはそれだけで嬉しかった。

 

艦娘に対するセクハラは相変わらずだが、

これまで以上に愛情を持って接しているのが鈍い私でもわかった。

 

 

普段はおちゃらけている提督だが、偶に見せる冷静さと勇敢さそして子供っぽさ。

 

どれが本当の彼なのか出会ってすぐには分からなかったが、全て提督の本当の姿なのだろう。

 

赤城さんを見つけるまで一緒に頑張ると言ってくれた提督。

村上3佐と噛み合わない会話をして困らせつつも2人して楽しんでいる提督。

艦娘の為に階級が上の人間に食ってかかる提督。

 

出会ってまだ長くはないが大戦中とは違った意味で濃く、かつ新鮮なものだったと思う。

 

 

「すぅ…すぅ…うぉっ?!」

 

「どっどどどどうしましたか提督?!?!」

 

「え、どうしたの?

まさか、加賀さんが提督に変な事を…?!」

 

「だっ誰が!私はしません。」

 

「ん〜、女湯で色んな意味で溺れる夢みてた」

 

「「最っ低(です。)〜!!」」

 

「んじゃもう一眠り…」

 

「丁度到着しました。」

 

「早ッ?!」

 

「提督が寝過ぎなだけです。」

 

 

こ、こんな一面もまあ有るわよね…

何だか頭痛がしてきたわ…。

 

 

※※※※

村上サイド

 

総理大臣官邸 1530i

 

「…以上のことから第101護衛隊の『群』への昇格を上申します!」

 

「防衛大臣から聞いてる、人員の拡大と組織運営上必要だ。

今年度臨時予算はもちろん来年度予算でも可決されるよう財務省としてもバックアップする」

 

財務大臣が気難しい顔はそのままに頷く。

 

「…海保については武装も強力ではありません、少なくとも大型巡視船に40ミリ機関砲搭載を進めてもらえればと」

 

「西海岸行きのシーレーンは変更せざるを得ないかと。

今は無理でしょうが小笠原諸島を通り南下、オーストラリアを経由し…」

 

 

(菊池は普段からこうやって真面目にしていればいいんだかな…)

 

ヤツは昔から変わっていない。

抜群とまではいかないが何事もセンスがあった。

軽々としている癖に的を得たコメント、

いつも意味不明なコントに巻き込まれるが気が付いたら悩み事が消えたり。

決して万人に好かれるタイプでは無いが最良の結果を出し、それを鼻にかけることなく飄々とする態度。

 

出会ってすぐはよく衝突や喧嘩もしたがいつしか掛け替えのない同期の仲間になっていた。

 

俺はそんなヤツに付いて行ってみたいと思うようになった。

こいつといたら退屈しなくてよさそうだ、艦娘とも会えたし『金剛』にはフラれはしたが会話も出来ている。

 

 

「次に外務大臣に要望なのですが…」

 

 

こうして良くも悪くも幹部として日本を動かす場面に立ち会えるとはな。

 

 

「ところでインフラ整備なのですが…」

 

「最後に…」

 

 

※※※※

 

 

「んん〜、やっぱお偉いさんとの話は

疲れるなぁ」

 

頭の上で手を組み伸ばすとポキポキと

身体から音が鳴る。

 

「なんで偉そうにする人といると緊張するのかしら?」

 

「いや実際偉いんだけどね?

村雨そういうこと言っちゃいけないぞー」

 

「それにしても総理大臣は頼りない人でしたネー。リーダーとはやはり提督のようにドッシリ構えていないとダメデース!」

 

「…確かにそうだな、総理は大臣を束ねるだけではいかん。

ましてや今は有事、もっと危機感を持つべきだ」

 

「金剛も村上もそう言うなって。

あの人は調整のプロだ、大臣や省庁が動いてくれればそれでいいんだ」

 

「むぅ…」

 

村上が納得いかなそうに押し黙る。

 

「取り敢えずメシにしよーぜ!

腹が減ったらセクハラは出来ぬって言うじゃん?」

 

「言いません。」

 

「流石一航戦、手強いな…」

 

「菊池も馬鹿やってないで早く行くぞ」

 

「ほいほーい」

 

 

気難しい話はおしまい。

夜の東京へと艦隊は繰り出す。

 

警務隊長は知り合いに会うとかで途中で別れ、予約してあったイタリア料理屋へと向かう。

 

「いらっしゃいませ、御注文は?」

 

「全員この『ホルムズの運ぶ海の恵み』のコースと赤ワインを」

 

「畏まりました」

 

「…なんだか高そうだけど大丈夫なの?」

 

「給料はたんまり貰ってるから今日ぐらい余裕だっての」

 

今日は艦娘と村上に奢る約束だ。

心配を掛けた代わりと思えば3等海佐様の給料からすれば安いものだ。

 

「ただし村上は半分だけな」

 

「俺も同額もらっているからな、感謝はしてやる」

 

「おぉ素直じゃないな〜」

 

「提督はケチなの?」

 

「いいのいいの、これぐらいが俺たちの丁度いい関係なんだからさ」

 

「うむ、ヘタに奢られても裏がありそうで気味が悪い」

 

「お前そこまで言うなよ…」

 

「「あはははは!!」」

 

 

楽しく食事をしているとテレビが緊急ニュースを流し始めた。

 

『…詳細は入ってきていませんがホルムズ海峡を出てペルシャ湾を航行していた〇〇商事が所有するタンカーが何者かの攻撃を受け爆発炎上、乗員は……』

 

 

「深海棲艦ってのは何処にでも現れやがるな…」

 

「護衛艦が出張っているがこれじゃあ効果は無いようだな」

 

平時なら驚くニュースだろうが最近では

世界各地で深海棲艦が跋扈する今日ではどの海域がホットスポットなのかという目安の一つに過ぎなくなっている。

 

とはいえ虚しさと無力さを感じざるを得ないのは皆同じだ。

 

「食べたら出るか…」

 

居た堪れず食べ終わると店を後にした。

 

一応防衛省に顔を出し緊急出港や出撃が無いのを確認し、宿泊先であるグランドヒル市ヶ谷にチェックインする。

 

これといったこともなく解散し、

あてがわれた部屋に入り風呂を済ませベッドに潜り込む。

 

ワイン一杯では酔いは回らず、

寝付きに困ってしまった。

 

(電話で何か頼もうかな?)

 

明日も朝から早いから軽めに一杯だけ飲むことにしよう。

 

ベッドを抜け出し受話器を手に取ろうとした。

 

 

<コンコンコン>

 

 

「おっこんな時間に誰だ…?」

 

酔っ払いが部屋を間違えたかなんかか?

 

覗き穴の外には村雨がいた。

なんかあったのかな。

 

「よう何か用か?」

 

ドアを開けると村雨はいつもの明るさを失っており、このまま消えてしまうのでは無いかと心配する。

 

「…部屋に入れって、言ってくれないの?」

 

こりゃ何かあったか?

 

「すまん、まあ入ってくれよ」

 

「……」

 

無言でとことこ歩く姿に原因を考察するが心当たりが無い。

 

「立ち話もなんだ、ベッドに座って話してみなよ」

 

先に腰掛けて村雨を誘導する。

彼女が座り準備が整ったところで俺から問いかける。

 

「何があったんだい?

俺でよければ話してごらん」

 

「何があったですって、冗談じゃないわ!

提督が死に掛けて心配でしょうがなかったのよ?!

帰ってきたら帰ってきたですぐ調査で出張しちゃうしマトモに話さえ出来なかった私の気持ちも考えてよっ!!」

 

急に怒鳴り散らしたかと思ったら泣き出す村雨。

びっくりしたが彼女がそう言うのも無理はない。

 

両目から溢れる涙が何を意味するかは、阿武隈から艦娘の気持ちを聞いた俺には容易に理解できた。

 

「ゴメンな村雨、自分では吹っ切れててもお前の気持ちに気付いてあげれていなかったよ…」

 

それだけ言うと俺は村雨を優しく抱きしめ、ゆっくりとベッドに倒れ込む。

 

「ちょっ、な、何して…?!」

 

「…お前が何を想像しているのかは知らないが、少なくとも清純な行為だけだから安心しろ」

 

「…いけず」

 

 

彼女を抱きしめたのは悲しい顔を直視出来なかったからだ。

そんな顔をされると父島沖の戦いで思った事を全部吐きだしてしまいそうで、こっちも泣いてしまいそうだった。

 

「提督が死んだって聞いた時、

立っていられなかったの。

椅子に座って床を呆然と見つめていることしか出来なかった、他にしたくなかった…」

 

「村雨…」

 

「提督が無事横須賀に帰ってくるまでの夜は眠れなかった、寝たくなかった。

だって寝たら何処か遠くにいって一生会えなくなる気がしたもの…」

 

「俺がそう簡単にくたばるかよ。

骨折したり海底に沈んだりと散々な目に遭ったが、俺は不死身だぜ?

己の欲望のままに生きるしその為なら

地獄の淵から這い上がってやる」

 

「提督…」

 

「お前は自分の事を大切にしておけばいいんだ、俺は俺で自分の事を考えているしかつお前の事だって考えてるぞ。

現代化改装はもとよりテロや暴漢対策、水着や下着の色だって…」

 

「最後は言わない方が思うわ…」

 

「わぁーってるよ、オチぐらいつけさせろや…」

 

 

胸に抱いたまま村雨を見る。

いつも笑顔の村雨も可愛いが、涙を流しつつも笑顔を見せるその姿は健気であり無意識に抱き締めたくなる。

既に抱き締めてはいるがもっと強く村雨と近くにいたいと腕に力を入れる。

 

「そういえば髪型、ツインテールじゃないんだな」

 

「来る前にお風呂に入ったから髪はセットしてないの」

 

「ほう…ストレートの村雨もアリだな」

 

「ホント?嬉しい〜!!」

 

 

髪型がストレートでも笑った姿は犬のようで愛苦しくなる。

ぱっと見だと『夕立』の様に見えるが、夕立とは違った大人びた雰囲気が村雨をさらに女性の魅惑を引き立てている。

 

「…風呂に入ってこの部屋に来たってことは、ソッチの覚悟は出来てるな!!」

 

「さっき清純な行為しかしないって言ってなかったかしら?!?!」

 

「俺のログには何もないな…」

 

「私はしっかり聞いたわよ?!」

 

「チッ、覚えていたか…」

 

「……ぷっ」

 

 

村雨が笑い俺もつられる。

こいつには笑顔が一番似合う、いつまでも笑っていてもらいたい。

そのためなら悪にでもになってやる。

 

「ところで聞きたいんだけど?」

 

「おうどうした、言ってみ言ってみ」

 

村雨のサラサラの髪を触り変態のように若干息を荒くしながら先を促す。

 

「曙とキス、したんですってね?」

 

「ああうんそうだな……って、え?」

 

 

……

 

 

………………

 

 

「春雨からぜーんぶ聞いたわよ!」

 

「……oh」

 

不味いぞまずい。

伸び切った〇ヤング焼きそば並みにマズい。

 

「外国ではキスぐらい挨拶でするぜ?」

 

「へぇ〜ら挨拶でディープキスはしないんじゃあないかしら…?」

 

全部バレてました。

 

「…反省してますです」

 

「まぁ理由は聞いたから気持ちは分からなくもないわ。

でも私はスッキリしないのよ」

 

「と、言いますと?」

 

村雨の言葉の意図が分からずハテナ状態。

 

「こういう時だけは鈍いのよね提督ったら!

こ、こういう事よ…」

 

目を閉じ唇を近付ける村雨。

これの意味は俺でもさすがにわかる、同じく目を閉じ唇でその行為に応える。

 

熱をもった村雨の唇は蕩けるような甘さだった。

バードキスであったものの渡り縄のように伸びる一本の糸が2人の感情を昂らせ、更なる愛を求める。

 

 

「「んんっ……んっ」」

 

 

愛撫は曙の時以上の長さであった。

絡み合う舌は厭らしいというよりも単純にお互いの温もりを求めるものであった。

 

 

「ぷはっ…ちょ、提督上手過ぎ」

 

「ふぅ…いやぁ適当にやってたら上手く出来た、みたいな感じ?」

 

「やっぱりプレイボーイなのかしら…」

 

「人聞きの悪い、俺は清純かつ清楚だ」

 

「クスッ、まぁそういう事にしといてあげるわ」

 

「やっぱりってなんだよ。

俺は艦娘の中でどんなキャラに仕立て上げられてるんだ一体…」

 

「それは乙女だけのトップシークレットよ」

 

「へいへい、所謂女子バナってやつだな」

 

ベッドに横たわる状態でディープキス、その後の展開はというと雰囲気的に無さそうなご様子。

 

いっそ全裸になってからルパンダイブで飛び込もうとも考えたがお互いの気持ち的にそれは不味い。

 

今を一言で言うと『賢者タイム』。

一時は高まった気持ちは冷静さを取り戻し狼が牙剥く事なくなりを潜めた。

 

告白?されたがまったりムードなのだから『夜戦』は無いと判断した。

 

(いやいやそこは上手くあの手この手でそういうムードに持っていくべきかもしれんが俺には出来んなぁ…)

 

セクハラは日常茶飯事な俺だがオトナの階段を昇る行為に関してはサッパリだ。

 

 

健全にイチャイチャして愛を確かめ合った。

 

「ところで村雨…」

 

「ん、すぅ…」

 

「寝ちゃったか」

 

 

安心したのか彼女は寝てしまっていた。

部屋に来るなり泣いていた村雨も寝顔は幸せそうになっていて、艦娘が俺を慕ってくれているのだと実感する。

 

「可愛いのぅ、ほれツンツーンっと」

 

村雨の頬を指先で突っつく。

 

「んっ…」

 

「おーええのぅ…っていかんいかん!

寝ている女の子に欲情しそうになってきた、これ以上は理性が持たねえ!!」

 

静かに眠る村雨に劣情を抱き始めたところで理性が働き始める。

 

「こんな顔されたら何も出来ねえっつーの」

 

村雨を寝かせつけてやったのはいいが、

俺が寝るスペースが無くなってしまった。

 

流石に横に一緒というのは無理だ。

しょうがなく村上の部屋に行き野郎二人でベッドに寝る事にした。

 

村上にはなんで来たのかしつこく聞かれたが隣の部屋の客が煩いとか理由を付けて寝かせてもらった。

 

…決してそっちの気がある訳じゃない。

 

 

 

…………

 

翌日0500i

 

「おい起きろ〜」

 

「うにゃぁ〜、あと5分…」

 

「ダメなのdeath、起きるのdeath!」

 

問答無用で村雨が羽織るシーツを引っぺがす。

 

「お前も俺の部屋から出て来るところを見られたら色々と不味いだろ」

 

「え〜、そうかしら?」

 

「いいからはよ出て行きなさい!」

 

「わかったわよ、あと提督…」

 

「ああん今度はなn…」

 

<チュッ…>

 

「おはよ!また後でね!!」

 

<タタタタッ…>

 

「オオゥ……」

↑呆然

 

まさか村雨におはようのキスをされるとは思わなんだ。

 

「村雨って意外と積極的なんだな…」

 

再起動した俺は一人呟く。

 

「あらおはようございます提督、廊下でどうされたのですか?」

 

「おおっ?!おおおおっおう、おはよう加賀がが!!」

 

「?」

 

廊下で呆然としていると突如加賀さん登場。

もしやさっきの場面をみられたかもしれぬ!!

 

「…もしかして見てた?」

 

「『見てた』というのは何を意味するのですか?」

 

どうやら加賀は本当にさっきの場面は見ていないようだ。

 

「いや何でもない、朝特有のおまじないだ」

 

「???」

 

 

清々しい夏の早朝。

 

 

しかしその清々しさはこの後の防衛省での作戦会議で打ち消される事になるとは、この時の俺は思いもしなかった…

 

 

 

 

 




二人は幸せなキスをしてハッピーエンド。
になるといいですがまだ物語は終わりません。

自衛官が閣僚会議に参加するなどあり得ませんのでそこはフィクションですのであしからず。
次は防衛省で戦略・作戦会議になります。
決して無能では無いですが融通が利かない自衛隊上層部、票と支持率の為に領土の死守を命令する大臣。

さてどうなってしまうのか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。