ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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前回の投稿からまた間が空いちゃった……





では87話、始まります。


第八十七話 ジュン

「おぉ。マジで美味いなコレ!」

 

「ですよね! スヴァルトエリアに来てすぐ見つけたお店なんですけど、仮想の食べ物だと思えない味なんですよ」

 

空都ラインの街中、その一角にあるオープンカフェの外の席の一つに座っている子竜を連れたケットシーの少女とサラマンダーの少年は、互いに注文したケーキを食べながら会話に興じていた。

 

「確かに。これが仮想の食べ物とは思えないな。シリカはよくこういう店に来たりするんだな」

 

「はい、フレンドの人とよく来ますね。ジュンさんはお茶したりはしないんですか?」

 

「ないなぁ。甘いものとか嫌いなわけじゃないけどさ。それと、さん付けで呼ばれるのはなんか、むず痒い感じがするから呼び捨てで構わないよ」

 

「えっと……それじゃぁ、ジュンくんで……」

 

呼び捨てでいいと言われたものの、普段から異性、年上から年下まで基本敬称をつけてシリカは呼んでいる。

おそらく彼は自分と同年代だと思われるから呼び捨てでもいいのかなと考えつつも、やはり君付けで呼ぶ事にしたシリカ。

どこか照れくさそうにしているシリカに、ジュンは疑問符を浮かべるも

 

「んー? ま、いいや。で、シリカは普段仲間とどんなクエストしたりするんだ?」

 

目を輝かせながら問いかけてくる。

その無邪気な質問に、シリカは一瞬呆気に取られるも、すぐに笑いながら

 

「ふふ。そうですね─────」

 

自分が仲間達とどんなクエストを受け、どんな冒険をしているのかを話し出す。

それを目を輝かせながら聞くジュン。

側から見ている他の客達は微笑ましそうに見ており、また女の子連れのジュンに嫉妬の視線を向ける男性プレイヤーもチラホラいるようだ。

そこから少し離れた店の角からシリカ達を見ている怪しい影があった。

少しだけ顔を出し、好奇心丸出しの目で彼女達を覗き見ているのは5人。

 

「ほほぅ…アタシとエギルの店に一向に来ないと思えば……」

 

「なんかすっごい仲良さげだね」

 

「シリカちゃんから誘ったのかなぁ? それとも普通にナンパされたのかなぁ?」

 

「ちょっと皆。覗き見は流石に不味いんじゃ……」

 

「と言いながらアスナも興味津々じゃない」

 

上から順にリズベット、ユウキ、リーファ、アスナ、シノン。

そのすぐ側にはキリトとソラ、そしてクラインが生暖かい目で彼女達を見ていた。

そもそも何故彼等がここのにいるのか。

遡る事数分前。

出張店として自分の店をスヴァルト・アールヴヘイムの空都ラインにオープンしたエギルとリズベット。

店の仕様を説明するべくキリト達は集まっていたのだが、シリカだけが来るのが遅れていたのである。

しばらくすれば来るだろう皆で待っていたのだが、シリカは一向に現れない。

そこで痺れを切らしたリズベットがメニューを開き、フレンドリストからシリカを選択して居場所を検索、その場所まで突撃するという事になったのだ。

側から見れば短気な行動にも見えるがリズベットは旧SAOの時からシリカの事を自分の妹のように可愛がっている。

故にこの行動も彼女を心配しているからだ。

エギルが留守番という形で店に残り、他の皆がフレンドリストの示すマーカーの場所まで行ってみるとシリカを発見、よく見ると知らないサラマンダーの少年と楽しそうにお茶していたのである。

まさかの場面に遭遇し、彼女を妹分として可愛がっていて尚且つ野次馬根性の強いリズベットが率先して観察を始め、次にユウキとリーファが、そして止めながらもアスナと、その様子に呆れつつもしっかり覗いているシノン、そして彼女達を生暖かい目で見ているキリト達という図が完成したというわけだ。

加えて言えば、索敵にかからないよう隠蔽スキルを使用しての覗きという手の込んだ状態でもある。

そうとは知らず、シリカ達は楽しそうに談笑している。

覗きながら女性陣が2人の関係を頭の中で妄想している中、キリトも気になったのかシリカ達のいるテーブルの方を覗いてみて、ある事に気がついた。

 

「あれ? ピナがいなくないか?」

 

『え?』

 

キリトの言葉に女性陣は声を揃えてシリカをよく観察してみると、確かに彼女の相棒である子竜の姿が見えなかった。

疑問に思いながら子竜を探していると

 

「きゅるぅ!」

 

「へ? うわぁ!!」

 

甲高い鳴き声が聞こえたリズベットが振り返ると目の前には子竜のドアップ。

それに驚いてリズベットがバランスを崩して蹌踉めき、すぐ側のユウキの手を引っ張って

 

「ちょ、リズ───!」

 

「わわっ!」

 

「えぇっ!?」

 

「なっ?!」

 

ユウキがリーファを、リーファがアスナを、そしてアスナがシノンを引っ張る形で皆地面へと倒れ込んでしまった。

芋蔓式とはまさにこの事か、と思いながらキリト達男性陣は苦笑いだ。

 

「いったぁ……ちょっとリズぅ! いきなり引っ張らないでよ!」

 

「ごめんごめん! 急にピナが目の前に─────あ゛」

 

打ち付けた処をさすりながら、抗議してくるユウキに謝る途中でリズベットの表情が固まった。

それに気付いてユウキ達も視線を向けてみると

 

「……」

 

「あ、シリカ……」

 

騒ぎに気付いたのだろう。

シリカが倒れ込んだままの彼女たちの目の前で俯向きながらワナワナと震えていた。

彼女の雰囲気にヤバイと感じたユウキ達は

 

「えーっと……」

 

「なんというか……」

 

「……あ、ははは……」

 

「シリカちゃん、あのね……」

 

「これには訳が────」

 

リズベットが言い訳を述べる前に

 

「何やってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

普段大人しいシリカからは想像できない程の怒号が飛び出してくる。

それは空都ライン全域に轟いたとかそうでなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「つーん」

 

「シリカぁ。ごめんってー」

 

オープンカフェの元いた席に戻ったシリカは頰を膨らませながら座っており、リズベット達は仕切りに謝っている。

しかしながら完全不機嫌モードに突入したシリカは頰を膨らませたままそっぽを向いた状態だ。

来るのが遅かった彼女を探しに来たら偶々さっきの場面に遭遇したのだと説明するも、やはり隠蔽スキルを使ってまで覗かれていたのがショックだったのだろう。

一向にシリカの機嫌が良くなる気配はない。

低頭で謝るリズベット達と未だにそっぽ向くシリカを、キリト達は苦笑いで見た後

 

「なるほど。自分を助けてくれたお礼にシリカが君をお茶に誘ったって事か。えーっと……」

 

「そうなりますね。あ、俺はジュンっていいます」

 

キリトの言葉に応えてからジュンは自分のプレイヤーネームを名乗った。

女性陣がシリカを宥めている間、キリト達は事情をジュンから聞いていた。

事のあらましを聞いたソラとクラインは

 

「あの後そんな事があったのか。あぁ、僕はソラ。よろしく」

 

「俺ぁクラインだ。合流した時シリカちゃん何も言わなかったからな。今知ったぜ」

 

ジュンに名乗りながらそう言う。

するとそれを聞いていたリズベットが

 

「ちょっとシリカ。どうして言わなかったのよ?」

 

「……それは……」

 

問いかけるとシリカは漸くそっぽ向くのをやめてリズベット達の方を見ながら口籠る。

 

「心配かけたくなかったからでしょ? 全く、だからアタシやアスナも一緒に行こうかって言ったのよ。あんた、自分が可愛いってこと少しは自覚しなさい」

 

「そ、そんな! あたしなんて全然……ユウキさんやアスナさん達と比べたら……」

 

「そんな事ないよ。シリカは充分可愛いよー」

 

リズベットに言われ、慌てて否定するシリカに、ユウキがニコニコしながら言ってきた。

アスナやリーファ、シノンも同意なのだろう。

同じように頷いている。

シリカは自身を過小評価しているようだが、その容姿や持っている実力もキリト達が太鼓判を押す程だ。

事実、彼女はSAOに囚われていた時でも結構な数の男性プレイヤー達からパーティやギルド加入の誘いを受けている。

シリカ自身は相棒の子竜が居てこそと思っているのだけれど。

しかしながら可憐な容姿を持ち、尚且つ相応の実力を持っているのだから男性でなくとも彼女を勧誘するプレイヤーは、やっかみを持っていた者を除けば相当な数だった事をキリトやユウキ達は見ているのだ。

そしてそれはALOでも同じで、更には仮想世界だけでなく現実世界でもシリカは人気がある。

SAOから現実に復帰し、通い始めた『帰還者』の学校でも結構な数の男子生徒に告白されており、その全てを断って血涙を流させているのは仲間内でも有名な話だ。

一度ユウキとリズベットが告白を断る理由を聞いてみたらしいが、別に好きな異性がいる訳でもなく、異性との交際に興味がない訳じゃないとの事である。

ただ「よく知らない相手からいきなり付き合ってほしいとか、好きとか言われてもピンと来ない」と言うのが彼女の言い分だ。

これだけ人気がありながらも浮いた話が無いシリカが、恐らくは同年代と思われる少年と仲良さげにお茶していたのだから、リズベット達が覗きたくなるのも無理はないとも言えるのだが。

 

「とにかく、覗き見してたのはアタシ達が悪かったけど、シリカも少しは警戒心を持ちなさいよ?」

 

「……わかりました。あたしも事情きちんと話してなくてごめんなさい」

 

リズベットが苦言を呈しながらも覗いたことを謝ると、シリカはそれを受け入れ、自分も事情を話してなかった事を謝罪した。

とりあえず許してもらえた事にユウキ達も安堵の息を吐く。

ひとまず一件落着した事を見届けてから、ジュンは改めてキリトとソラを順に見て

 

「あっちは落ち着いたみたいなんで改めて自己紹介させてもらいます。オレはジュン。ここで会ったのも何かの縁、2人のどちらかにお願いしたい事があるんです」

 

そう言われキリトとソラは互いに顔を見合わせ

 

「俺かソラに?」

 

「一体なにを?」

 

「キリトさんかソラさん、どちらかオレとデュエルして欲しいんです」

 

2人からの問いかけに応えるジュン。

思ってもみなかった申し出に、キリトとソラだけでなくユウキ達も驚いているようだ。

 

「実はオレ、ある目的のために強い人を探してるんですよ。あなた達の強さは、以前のデュエルトーナメントの決勝で観てました。けど─────」

 

「なるほど。観ただけじゃわからない。だから直に戦って実感してみたいというわけか。どうする、キリト」

 

「そういう事なら、俺が受けるよ」

 

理由を説明され、結果デュエルを受ける事をしたのはキリトだった。

申し出を承諾してくれたのが嬉しかったのか、ジュンは満面の笑みで

 

「ありがとうございます! じゃあ、フィールドに行きましょう!! スヴァルトエリアの街ではデュエル申請出来ないんで!」

 

そう言うと、転移門へと駆けて行く。

その様子にキリト達は一瞬呆気に取られるも、すぐにやれやれとキリトは肩をすくめて

 

「俺達も行くか」

 

そう促すとユウキ達も頷いて、先に行ってしまったジュンを追って転移門てと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヴォークリンデの転移門のすぐ近くにある草原で、キリトとジュンは距離を取って向かい合っていた。

2人は現在メニューを開いて装備のチェックを行っており、少し離れた位置からユウキ達が2人を見ている。

そしてその周囲には多数のプレイヤー達が集まってきていた。

結構な数のプレイヤー達を見ながら

 

「なんでこんなに集まってるのかなぁ?」

 

「多分、カフェでの話を聞いてたプレイヤーから伝わったんだと思うよ」

 

「ネットゲーマーの情報伝達は速いし、ALOプレイヤーは基本お祭り好きが多いから……」

 

疑問符を浮かべながら言うユウキの言葉に、アスナとリーファが苦笑い気味で応える。

対人デュエルの観戦はMMORPG最大の娯楽と言えるものだから仕方ないといえばそうだろう。

 

「しっかしあの坊主。キリトにデュエルを挑むたぁ、結構度胸あるぜ。ま、キリトの勝ちは揺らがねぇだろーけどよ」

 

腕を組みながら言うクライン。

それに同意するかのように

 

「そうね。あのジュンってプレイヤーがどれ程かは判らないけど」

 

「わかりませんよ。もしかしたらジュン君が勝つかもしれないじゃないですか」

 

シノンが言うと、シリカがジュンの方を見ながらそう返す。

すると、その様子を見たリズベットが意地の悪い笑みを浮かべて

 

「あらぁ? シリカはキリトの応援はしないんだ?」

 

そう問いかけた。

なんとも楽しそうなリズベットを見てクラインとソラは

 

(意地が悪い……)

 

胸中で呟く。

問われた当のシリカはというと

 

「え?! べ、別にキリトさんを応援しないわけじゃなくてですね! 確かにキリトさんは強いですし簡単には負けないでしょうけど! でもでもジュン君も只者じゃないのをあたしはこの目で見てて─────って、なに笑うの我慢してるんですか、リズさん!!」

 

慌てながら捲し立てるも、途中でリズベットが笑うのを必死に堪える姿が目に映り、揶揄われた事に気付いたシリカは頰を膨らませてながらリズベットに言う。

当のリズベットは遂に笑いを堪えられず

 

「あっははは! いや、シリカがあんまり必死に捲し立てるもんだから可笑しくってさ」

 

「ゔ〜、リズさんの意地悪ぅぅぅ!」

 

笑い出したリズベットを、シリカは頰を膨らませたままそう言った。

その様子は本当に仲のいい姉妹のようで、ユウキ達は微笑ましげに2人のやりとりを眺めている。

そうこうしていると、キリトとジュンの準備が完了したようで、ジュンの方からキリトへデュエルの申請が行われていた。

 

「ルールは空中戦有り、3分間時間制限付きの完全決着モードでいいですか?」

 

「あぁ、構わないよ」

 

ジュンからの問いに応えたキリトはウインドウに表示されている完全決着モードをタッチ。

瞬間、カウントダウンが開始された。

キリトは背中の剣を抜き、身構える。

握られた剣の刀身は黒く、かつて彼がSAOで使っていた愛剣『エリュシデータ』をユウキやソラ、SAO帰還者達に連想させた。

この剣の銘は『フロッティ』。

統一デュエルトーナメントの賞品で手に入れたオリハルコンインゴットをリズベットが鍛え上げて創り出した彼の新たな愛剣だ。

対するジュンも自身の得物を抜き構えを取った。

彼の武器は両手剣。

その刀身は彼の身の丈程の長さはある。

やがて、カウントが一桁になり、あたりに沈黙が訪れる。

緊張が疾る中、一陣の風が吹いた──────次の瞬間、デュエル開始のブザーが鳴り響いた。

 

「だっ!」

 

先に動いたのはジュンだ。

得物である両手剣を握り、勢いよくキリトに向かい駆けて行く。

距離が詰まり、ジュンは剣を高々に振り上げ、そのままキリト目掛けて斬撃を放つ。

 

(直線の上段斬りか)

 

思考を巡らせながら、キリトは振り下ろされた両手剣を右側へと移動して躱し、そのままカウンターを叩き込もうとフロッティを握る右手に力を込めたその刹那──────空を切り、そのまま勢いよく地面に向かっていたはずのジュンの両手剣がキリトに向かい軌道を変えてきたのである。

瞬時に反応し、攻撃から防御の思考に切り替えたキリトは空かさずフロッティを構えて斬撃を防御。

ガギン! と鈍い金属音が鳴り響き、橙色(オレンジ)の火花が飛び散った。

思った以上に重い斬撃に、キリトは体勢を崩しそうになるも、なんとか堪えて体勢を維持する事に成功する。

しかし、休む間を与えないとばかりにジュンは連続斬撃を繰り出した。

その剣速は本当に両手剣使いかと疑う程の速さ。

次々に襲いくる斬撃を、キリトは回避と武器防御で凌いでいる状態だ。

この光景に周りのギャラリーは勿論、ユウキ達も驚きを隠せない。

 

「嘘でしょ?! あのキリトが攻めあぐねてる!?」

 

「どうなってるの? 両手剣であんな高速の連続斬撃なんて見た事ないよ!?」

 

驚愕の声を上げるリズベットとリーファ。

すると、リズベットの隣にいるクラインが唸りながら

 

「あのジュンって坊主……大したもんだ。『モーションキャンセル』を使いこなしてやがる」

 

そう言った。

聞き慣れない言葉に、リズベットとリーファ、それとシリカとシノンが疑問符を浮かべている。

 

「『モーションキャンセル』ってーのは、通常攻撃やソードスキルの発動をキャンセルする為のスキルなんだよ。ソードスキルはモーション起こして発動すると終わるまで登録されてる動きしか出来ねぇだろ? 間違ったタイミングで使えば隙だらけになって、下手すりゃ自分が大ダメージを受けちまう。それを防ぐためのスキルが『モーションキャンセル』ってー訳だ」

 

腕を組みながら説明するクライン。

そんな彼をリズベットやリーファは信じられないものを見るような目で

 

「うそ……クラインさんがこんなに詳しく説明するなんて……ウイルスに感染してるんじゃ……?」

 

「さてはアンタ偽物ね! 本物は何処にいるのよ!」

 

「リーファっち、ひでぇ!!! 特にリズ! オメェはあんまりだ!!」

 

散々な物言いに涙目になりながらクラインは叫び、その様子にユウキ達は苦笑いだ。

 

「けど、通常攻撃での『モーションキャンセル』って結構使いにくいんだよね。動きをキャンセルしても次の動きに繋げられなきゃ結局隙だらけになっちゃうし」

 

「その使い辛いスキルを、彼はあれ程までに使いこなしている。只でさえ両手剣は重い。しかも身の丈程ある刀身の得物であれだけの連撃を繰り出すには相当の反復を行ったに違いないだろう。彼は間違いなく強敵だ」

 

クラインの説明を捕捉するように、ユウキとソラは言いながらキリト達に目を向ける。

2人のHPは互いに8割程度にまで減少していた。

防戦一方に思われていたキリトだが、持ち前の反応速度で相手の隙を逃さずにカウンターを仕掛けていたのである。

 

(この変則的な連撃……『モーションキャンセル』を使っての連撃か。確かに厄介だが、大分動きに慣れてきた。次の一撃を躱して今度こそカウンターを叩き込む!)

 

思考を巡らせると同時に、ジュンは右斜め上から左斜め下目掛けて斬撃を放ってくる。

それをフロッティで受け、軌道を逸らしつつキリトはジュンの右側面へと躍り出た。

そのまま剣を握る右腕が振られ刃が彼の胴に─────食い込む事なく空を切った。

そこにはすでにジュンの姿は無い。

剣を引き戻し、キリトは勢いよく空へと視線を向ける。

その先には翅を広げ上空へと飛翔しているジュンの姿があった。

そう、彼はキリトの斬撃が放たれるほんの一瞬で『モーションキャンセル』を発動、両手剣を戻して素早く翅を展開して上空へと飛ぶ事でキリトの斬撃を回避したのだ。

そのまま空高く上昇して行くジュン。

彼を追う為にキリトも翅を広げ、勢いよく飛翔し、猛スピードで追撃を開始した。

 

(一体どこまで昇る気だ? もうすぐヴォークリンデの高度限界だぞ)

 

そう思考を巡らせながら、キリトは更に速度を上げてジュンを追いかけた。

やはり速度はキリトの方が速いようで、その距離は少しずつ縮まっている。

いけると判断し、キリトが右手の剣を握る力を強めたその時だった。

突如、ジュンの背中の翅が消失し、地上に向けて落下し始めた。

高度限界を迎えた為、システムが彼の翅を消してしまったのだ。

しかしただ落下しているわけではなく、両手剣を思いっきり背に掲げる形で構えている。

ここでキリトはようやくジュンの思惑を悟った。

 

(落下の速度を斬撃に乗せる気か? しまった! 高速で上昇してたのは俺を誘い出す為か! この速度じゃ回避は間に合わない!!)

 

そう、ジュンは落下速度を上乗せした斬撃をキリトに見舞う為に、敢えて高速で高度限界の高さまで上昇して彼を誘い出したのだ。

彼の翅が消えて落下が始まった時点で、キリトは自身の出せる最高速を出しており、2人の距離はほんの二百メートル。

勢いよく落下してくるジュンとの接触までの合間は数秒しかなく、今から回避行動を取っても間に合わないだろう。

そう判断したキリトは上昇しながら斬撃の構えを取る。

避けられないなら攻撃で相手の斬撃の威力を削ぐ為だ。

そのまま2人の距離はあっという間に詰まり

 

「せぁ!!」

 

「はぁ!!」

 

互いに繰り出された斬撃が交差し、凄まじい金属音を響かせた。

衝撃で2人とも体勢が崩れるも、ジュンは再び翅を展開し、またキリトも体勢を立て直して、近くにあった浮島へと着地する。

得物を構えたまま互いを見据え合うキリトとジュン。

しかし、不意にジュンがキリトを見据えたまま笑みを浮かべて

 

(不思議な人だな……強さの確認の為のはずだったのに、いつの間にかこのデュエルを楽しんでるオレがいる。こんなにワクワクするデュエルは初めてだ……オレはこの人に……キリトさんに勝ちたい!)

 

思考を巡らせると、ジュンは軽く息を吐く。

そして、握っている両手剣の切っ先をキリトへと向けた。

瞬間、彼が纏っている雰囲気が変化する。

その変化を感じ取り、キリトは最大限の警戒をジュンへと向ける。

彼の身体と両手剣の刀身からは薄い(あか)のライトエフェクトが放出され始めていた。

ジュンは一度目を閉じ、深く息を吸い

 

「───────フレスヴェルグ……焔剣(えんけん)、解─────」

 

目を見開いて言葉を紡ごうとしたその時だった。

デュエル終了のブザーが鳴り響き、2人の目の前に勝敗を告げるウインドウが表示された。

結果、勝利したのはキリト。

7割近くHPが残っていたキリトに対し、ジュンは半分にまでHPが落ちていたのである。

その理由は先程ジュンが高度限界に達して事で翅が消失し、そのまま落下したことによるペナルティダメージが入っていたからだ。

キリトとジュンは武器を納め、浮島から地上へと降りていき着地する。

2人が地上に戻ってきたのを確認すると、ユウキ達も2人の元へ集まってきた。

 

「ありがとうございました。流石はデュエルトーナメント優勝者ですね」

 

「いや、こっちこそ楽しいデュエルだったよ」

 

言いながら手を差し出してきたジュンに、キリトはそう応えながら差し出された手を掴む。

 

「で、君の探してる強い人に俺は当てはまるか?」

 

「はい!」

 

「なら、君の目的ってやつを聞かせてくれ」

 

手を離しキリトはジュンを見ながら言う。

するとジュンはユウキ達にも視線を向けて

 

「はい。これはキリトさんだけじゃなく、他のみんなにも聞いてもらいたい。実は──────」

 

真剣な表情で事情説明しようとしたその時、ピロンとメッセージの着信を告げるサウンドが鳴り、キリト達は顔を見合わせた。

 

「あ、すいません。オレです」

 

どうやら着信があったのはジュンのようで、申し訳なさげに言いメニューを開いて届いたメッセージを確認する。

すると、途端に彼の表情が苦いものへと変わっていき、メニュー内の時計を確認すると

 

「やば! もう集合の時間過ぎてるし! またシウネー に説教されるちまう!」

 

慌てた様子でメニューを閉じて

 

「すいません! 集まる約束してて、もうみんな集まってるみたいだからオレ、行かないと! 詳細はまた今度説明します、ホントすいません!」

 

「いや、気にしなくていいさ。それなら連絡取れるようにフレンド登録しとけばいいことだし」

 

「.なら、シリカとフレンド登録しとけばいいんじゃない?」

 

申し訳なさそうなジュンにキリトが返すと、リズベットがそう提案してきた。

それはもう満面の笑みで、だ。

 

「ちょ、リズさん!?」

 

「別にいいじゃない。あんたが一番彼と接点強いし、歳も近そうだしね」

 

突然の提案にシリカは抗議の声を出すも、リズベットはもっともな意見を述べて返してきた。

まぁ、これも彼女が可愛い妹分の為にと思っての提案だろう。

歳の近い親しい異性とフレンドになっておけば、それだけで強引なナンパに遭遇する確率は少なくなる。

とはいえリズベットの場合、多少揶揄いの意味も込められてるからシリカとしては複雑な心境である事に変わりはないのだろうが。

 

「オレは構わないけど。シリカは嫌か?」

 

「え? あ、その……嫌とかそういうわけじゃなくて……あ、あたしで良ければお願い……します」

 

疑問符を浮かべてながら尋ねてくるジュンに、シリカはしどろもどろになりながらもそう返す。

互いにメニューを開いてフレンドメニューを選択。

シリカがジュンのIDを打ち込んでフレンド申請を送信すると、彼の元にフレンド申請を告げる通知音が鳴った。

許可のボタンを押すと登録が完了し、ジュンはメニューを閉じて

 

「登録完了っと。じゃぁ、オレもう行かないといけないんで」

 

翅を広げ、地を蹴って空へ飛び上がる。

 

「それじゃ、また!」

 

手を上げながら言うと、勢いよく転移門へ向かって飛んで行った。

その姿はあっという間に見えなくなる。

彼を見送ると、リズベットが手を叩きながら言う。

 

「さ、アタシ達も戻りましょ。店の仕様を説明したいし、エギルにずっと店番させてるしさ」

 

「そうだねー」

 

ユウキが頷くとキリト達も同様に頷いた。

街に戻る為、転移門へ移動しようとしたその時、シリカの元へメッセージが届いて着信音が鳴り、メニューを開いて確認すると、送り主はジュンだった。

タップして内容を確認してみるとそこには

 

『これからよろしくな、シリカ。スヴァルトエリア攻略の時は遠慮なく呼んでくれよ。時間作って参加するからさ。それから、また今度、一緒に狩りにでも行こうな!』

 

そう書かれていた。

 

「ジュン君……」

 

内容に目を通し、彼の名を呟くと

 

「あらあらぁ。これはこれは仲のよろしいことで」

 

背後からリズベットの声が聞こえ、慌てて振り返るとそこにはリズベットだけでなく、ユウキ達女性陣がシリカのメニュー画面を覗き込んでいたのである。

シリカは急いでメニューを不可視モードに切り替えるも時すでに遅く、送られてきた内容は彼女達にバッチリと見られていたようで

 

「へー、ジュンって結構積極的なんだねー」

 

「よかったね、シリカちゃん」

 

満面の笑みで言うユウキとアスナ。

その横では

 

「うー、シリカちゃんに先越されちゃったよー」

 

「まぁ、こればっかりは仕方ないわ」

 

羨ましそうな声で言うリーファと、肩を竦めながら言うシノン。

そして最後に

 

「シリカにも春が来たのねー。上手くやんなさいよ、シリカ!」

 

これでもかと言わんばかりの素敵な笑顔でシリカの肩を叩きながら言うリズベット。

そしてキリト達男性陣はこの光景を見て苦笑いだ。

当のシリカは羞恥で顔を真っ赤に染め

 

「か、か、か、揶揄わないでくださぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

本日二度目の絶叫。

その叫びはヴォークリンデの草原に木霊した──────とかしなかったとか。

 

 




スヴァルトエリアの攻略を進め、たどり着いた扉。

少年達は、浮島草原のボスへと挑戦する。


次回「浮島草原のドラゴン」

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