ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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ふぅ、またも前回の投稿から間が空いてしまった。
もっと効率よく更新したいものです……






では77話、始まります。



第七十七話 スペルストック

炸裂した幾つもの火球が轟音を鳴らし、次いで爆煙を生む。

目の前で起こった現象に、試合を見ていた観客達は言葉を失っていた。

それもそうだろう。

何しろ、スペル詠唱を必要とする魔法をそれなしで使役したのだから。

「おいおい……何なんだよ今のは……?」

驚愕の表情をし、掠れた声で言ったのはクラインだ。

「新しい……魔法とか……?」

隣に座るリズベットも困惑した表情で言う。

その言葉に首を振って応えたのはリーファだ。

「ううん。新規の魔法じゃない……アレは間違いなく火属性の初級魔法『ファイアボール』です」

「んじゃ、ありゃ一体どういうカラクリだ?」

訝しげな表情で言うエギル。

舞っていた土煙が段々と晴れていく。

薄れていく煙の向こうから、黒い影が見え―――――刹那、土煙を振り払うようにそれは動いた。

黒のスプリガン――――キリトだ。

あれだけの火球を浴びながら、彼はいまだ健在で愛剣を握って対戦相手のマジクへと駆けていく。

だが、それも予測通りと言わんばかりにマジクはニヤリと笑う。

「やはりアレでは押しきれないか……なら、これはどうかな?」

言って彼が手を翳した瞬間、キリトの背筋に悪寒が奔った。

ブレーキをかけて突撃を中止、次いで地を蹴って左へと跳んだ。

その直後、キリトが居た場所に複数の炎の矢が突き刺さる。

先程の火球同様、またも彼は詠唱無しで魔法を使用したのだ。

しかし驚いている暇などキリトにはなかった。

着地と同時に彼は防御姿勢を取る。

刹那、またも複数の火球が飛来する。

もちろん、これも詠唱を行っていない。

高速で飛来してきた火球が、次々と着弾し、またも爆煙を生み出していく。

10に及ぶ火球が全て着弾したのを確認したマジクは薄れ始めた土煙の向こう側を見据えて

「……流石としか言いようがないな。あれだけの魔法攻撃を見舞ったのに、まだHPが半分も残ってるとはね」

そう言った。

晴れた土煙、視線の差の先にはキリトの姿。

マジクの言葉通り、彼のHPはイエローゾーン手前まで落ちている。

装備している黒のロングコートも所々煤けており、小さく煙を上げていた。

「装備している防具の属性防御効果も高いからだろうけど、恐ろしい程の頑丈さだ」

言われたキリトは微妙な表情をしながら

「そりゃどうも……」

呟き、剣を構え直して

「……俺も驚いたよ。まさか、噂程度で聞いたスキル持ちのプレイヤーとデュエル出来るなんてな」

意味深な言葉を放つ。

途端にマジクの眉がピクリと動いた。

「何処で聞いたんだい?」

「知り合いの情報屋さ……なんでもそのスキルは、習得するのに魔法系のスキル熟練度を一定数カンストしないといけないらしいな」

返ってきた答えに、マジクは不敵な笑みを浮かべて

「その通り。取得したのは去年の11月頃でね。スキル効果を確認した時は驚いたよ。これこそまさしく、僕が求めていたスタイルに必要なものだったからね。しかし、君はこのスキルの効果を知っているのかい?」

「いや……詳しい効果はわかってないよ。けど、さっきまでの詠唱無しの魔法の嵐でなんとなく察しはついてる……最初は詠唱破棄かと思ったけど、それじゃあの連続魔法は成り立たない。どんなに連続で魔法を発動しても、次の発動までのタイムラグがある筈だからな。そうなると、考えられるのは……」

そこで一度区切り

「待機状態の魔法を一斉に展開、発動させた。そうだろ?」

放たれるキリトの言葉に、マジクは笑みを浮かべたままで

「ご明答。スキル名は『スペルストック』。効果は発動待機状態の魔法を貯めておく事が出来、尚且つそれらを自分の好きな分だけ同時発動できる、というものさ」

そう返した。

マジクの言葉に再び観客達がざわついている。

「おいおいおい……マジかよ……そんなん、もはやチートじゃねぇか?!」

「魔法を発動待機出来ても、一種類が限度なのに……それを好きなだけ貯めておけて、更に好きなだけ同時発動なんて……」

驚愕の表情で言うのはクラインとリーファだ。

もちろん、ユウキ達の表情も険しくなっている。

それはそうだ。

リーファも言ったが、魔法の詠唱を終えて、発動を待機状態で留めておけるのはどんなに足掻いても一種類のみだ。

次の魔法を待機状態にするには、すでに待機状態の魔法を発動させる、ないし破棄するして次の詠唱を行わなければならない。

だが、マジクの言う『スペルストック』はそれを覆す。

発動待機状態の魔法を幾つも貯めておける上に、それらを同時に発動する。

その為、詠唱等のタイムラグが発生せず、息吐く間もなく相手は魔法の嵐に晒されることになるのだ。

「このスキルに辿り着いたプレイヤーは、おそらくは僕だけだろうね。なぜなら、現在のALOの情勢を考えれば当然の事だ。この意味、君ならわかるだろう?」

キリトを見据えながらマジクは言う。

「……プレイヤーのスタイル転向……それも、魔法職から戦士職への転向が主だ。そうなり始めたのは……去年の五月以降だ」

「そう。2025年5月に行われた大型アップデート。その際に導入された『ソードスキルシステム』の登場によって、それまで魔法職だったプレイヤーが戦士職へと転向していくようになった。今現在のALOで、純粋な魔法職はおそらく全体の3割いるか居ないかだろうね」

返ってきたキリトの言葉に、マジクは寂しげな表情をしながらそう返した。

が、すぐにキリトを見据え直し

「僕はね、ALOの正式サービスが始まってからずっと、魔法職でプレイしてきた。昔から魔法というものに憧れていたんだよ。今までのMMOでも魔法職を貫いてきたよ。周りの友人達も同様だった……けれど、ソードスキルが導入されてから、一人、また一人と魔法職を離れていった……結果、僕の身内でまともに魔法職をしているのは僕だけさ」

そう言って肩を竦める仕草を取って

「でも、そのことについては咎めようとは思わなかった。プレイスタイルは人それぞれだからね。よりプレイしやすいシステムが導入され、その流れに乗る事は決して悪しき事ではない。だが、それによって魔法が剣よりも劣っているのではないかと思われたのが、僕にとってなにより残念な事だったんだよ」

「……」

「そんな中、僕はこの『スペルストック』を習得した。そして、デュエルトーナメントが開かれると告知された時、迷わずエントリーしたよ。このスタイルで大会を勝ち抜き、並居る剣士達を打倒して優勝すれば、魔法は決して剣より劣ってはいない……いや、魔法こそ最強だと証明できる!」

言い終わった瞬間、またもマジクの右手が翳された。

「その為に、ここで君を打倒する!!」

直後、キリトの居る場所を中心に、半径約3メートルが赤い光が瞬き始める。

危険を察知したキリトは瞬時に駆けだした。

その刹那、光が瞬いていた場所から炎が噴き出てきた。

火属性中級魔法の『フレアブレス』だ。

回避に成功したキリトは真直ぐに駆けていく。

しかし、またもブレーキをかけて前進を中断、今度は左へと跳躍する。

直後に8本の炎の矢が通過していった。

あのまま直進していたら確実に喰らっていたであろう攻撃だ。

着地して、すぐさまバックステップで距離を取るキリト。

その距離は約20メートルだ。

体勢を整えて、キリトはマジクを見据え、口を開いた。

「……アンタの気持ち、少しわかるよ」

「……?」

「新しいシステムが導入されて、それが今までのシステムより使い勝手がよくて、皆それに乗り換えていく……確かに、ちょっと残念だよな。今までのはなんだったんだーってさ」

疑問符を浮かべるマジクに言うキリト。

「けど、どんなに新しいシステムが便利だったとしても、それに乗り換えてしまったら、今までの自分を否定してしまう事になる。だからこそ、アンタは魔法職を貫いてる。それってさ、すごく尊敬できる事だと俺は思うよ。でも……だからこそ、俺も負けるわけにはいかない。俺だって、ずっと『剣』で戦ってきた。そして、それはこれからも変わらない」

そこで区切り、キリトは愛剣を構えて

「俺は全力でアンタを倒す。だから、アンタも全力で来い!」

力強くそう言った。

そんなキリトに、マジクは一瞬呆気にとられるも

「……っ……ふふっ……ははははっ。いや……まいったな……噂で聞く『黒の剣士』とは全く違うじゃないか……噂はあてにならないね」

一頻り笑ってからキリトを見据え

「いいだろう……君に敬意を表し、僕の全身全霊を持って君を屠ろう!!!!」

言った瞬間、彼の周囲に炎が渦を巻いた。

それは瞬く間に収束し、槍の状態へと形を変えていく。

数は7。

それを見た観客席のリーファが驚愕の表情で

「うそ! アレって火属性の高位魔法?!」

叫んだ。

そう、彼が展開しているのは火属性の高位魔法の一つ『イグニスランス』だ。

破壊力も然ることながら、真に恐れるべきはこの魔法が『高速追尾型』と言う点だ。

圧倒的な速さで標的に放たれ、たとえ回避行動を取ったとしても、速度が落ちることなく追ってくる。

そんな魔法が七発、それも同時に放たれるというのだ。

だが、キリトは臆することなく構えを取っていた。

「……いくぞ、キリト君!!!」

言いながら彼が右手を振るった瞬間、七つの炎の槍が一斉に放たれた。

迫りくる炎の槍。

しかし、キリトは回避しようとせず、代わりに愛剣を右肩に担いで構えていた。

瞬間、刀身が紅のライトエフェクトを纏いソードスキルが発動。

その直後に轟音が響き閃光が瞬く。

そして、会場中の観客達が驚愕の表情。

無理もない話だ。

キリトが放ったのは『デッドリー・シンズ』、7連撃の片手剣ソードスキルだ。

その七つの剣閃が、迫りくる炎の槍を次々と空中で迎撃――――否、『斬った』のである。

沈黙も一瞬。

次の瞬間には

「な……なんじゃありゃぁぁぁ!!!!」

「魔法を、斬りやがったぁ!!」

観客達からの大絶叫が会場内に響き渡ったのである。

そんな中、苦笑いをしているのはこの大絶叫を生み出した張本人の身内達だ。

「なんて言うか……相変わらず無茶苦茶ね」

呆れ顔で言うのはリズベットだ。

「キリトくらいなものだよ。魔法を避けれないなら斬ればいいなんて発想するのは」

それに同意するようにソラが言いながら頷いている。

「そうだねー。その発想で編み出されたのが、システム外スキル『魔法破壊(スペルブラスト)』」

呆れつつも何処か嬉しそうに言うのはユウキだ。

 

魔法破壊(スペルブラスト)

 

かつて、キリトは旧SAOにて、デュエル時に相手の身体ではなく、武器を狙ってソードスキルを放って破壊する『武器破壊』を得意としていた。

驚異的な反応力と照準力があって初めてなせる技だが、ALOにて魔法を斬るのはそれ以上に困難だ。

なぜなら、攻撃魔法のほとんどが実体をもたず、見た目がエフェクトの集合体でしかないからである。

当たり判定があるのは魔法の中心点のみ。

しかも魔法は通常攻撃では対消滅出来ない。

故に高速で動くそれを、ソードスキルの属性攻撃で斬らねばならないのだが、システムアシストがあるソードスキルでそれをやるなどもはや絶対不可能だと思われるものだ。

だが、キリトはその不可能をやってのけてしまった。

目の前で起こった事象に、マジクも驚愕している。

「ば、馬鹿な……こんな……不可能だ! たとえ斬れたとしても、高速追尾の魔法を正確に捉えられるはずが……」

そう言っている彼に向かい、技後硬直を課せられて動かないキリトは

「どんな高速魔法も、対物狙撃銃の弾丸よりは遅い」

そう返す。

あまりの言葉に、マジクは完全に言葉を失ってしまった。

周りの観客も絶句している。

「……言ってくれるじゃない」

呟いたのはシノン。

BoBでの事を思い出したのか、呆れた表情で決戦場に視線を向けている。

と、次の瞬間、技後硬直が解けたのか、キリトは地を蹴って駆けだした。

それに気付いたマジクは

「っ!」

苦い表情で右手を翳し、スペル詠唱を開始する。

その姿に、クラインが疑問符を浮かべて

「ん? 野郎、なんで詠唱なんかしてんだ? 例のとんでもスキルで魔法は撃ち放題だろうによ」

「確かに……なんででしょう?」

同じように疑問符を浮かべたシリカも首を傾げている。

そんな二人の疑問に応えたのは

「撃ちたくても撃てないのよ」

シノンだ。

皆が一斉に彼女に視線を向ける。

「どういう事、シノのん?」

「『スペルストック』ってスキルは確かに強力みたいね。でも、強力なスキルだからこその落とし穴もあるってことよ。発動待機の魔法を貯蔵して同時発動出来るのは確かにすごいけど……そもそも、それをする為の待機魔法が切れていたら、どうなのかしらね」

「そうか! 弾切れか!!」

シノンの言葉に即座に反応したのはソラだ。

他の皆もハッとした表情で決戦場に目を向ける。

「銃と同じってことね。どんなに強大な威力を誇っていても、弾丸が入っていないのなら只のオブジェクトと変わらない。同じように、彼のスキルも待機状態の魔法が貯蔵されてないと使い物にならないのよ」

「まさかキリト君、これを狙って回避と防御に徹してたのかな?」

「そうだと思うよ。多分、途中から弾数制限がある事に気付いてたんじゃないかな」

アスナの言葉に笑いながら言うユウキ。

そのやりとりの中、キリトは全速でマジクに向かい駆けている。

速度は先程までの比ではない。

(っく! 詠唱が間に合わないっ……だが、初級魔法では確実に躱されるっ……)

そう思考を巡らせている間にも、キリトの勢いは衰えずに迫ってくる。

「っ……くそぉ!!」

叫び、マジクは詠唱を中断、次いで腰にある短剣を勢いよく抜き放った。

そのままキリトへと短剣を振るう―――――しかし

「はぁ!!」

左下から右上に掛けて振るわれたキリトの斬撃によってそれは阻まれ、小気味いい金属音を響かせて短剣は弾き飛ばされた。

同時にマジクは体勢を崩してしまう。

直後、キリトの愛剣がライトエフェクトに包まれる。

「ぉお!!」

繰り出されたのは『ノヴァ・アセンション』、10連撃の片手剣最高の威力を誇った上位ソードスキルだ。

体勢が崩され防御の出来ないマジク。

次々と繰り出される斬撃によって、満タンだった彼のHPは瞬く間に削れていき

「っ!」

ゼロになった瞬間、エンドフレイムを散らしリメインライトと化した。

「き、決まったぁーーーーーー!! 怒涛の連続魔法で驚かせてくれたマジク選手! しかし、そんな彼の魔法を斬り伏せるという、我々の度肝を抜いてくれたキリト選手の勝利だーーーーー!!」

ウィナー表示が出ると同時に響くカナメの声。

キリトは息を吐き愛剣を背の鞘に納める。

「完敗だよ」

そんな彼に声をかけてきたのは、大会運営員の蘇生魔法で蘇生されたマジクだ。

「魔法を斬る。まさか、あんな対応策があるなんて思いもしなかったよ。それに、待機魔法のストックに上限がある事も見抜かれてたっぽいようだ」

「あれは一か八かの賭けだったよ。一発でも斬りそこなったらやられてたのは俺だった。ストックの上限はなんとなくかな」

マジクの言葉に、キリトは肩をすくめてみせた後

「何はともあれ、俺としては楽しいデュエルだったよ」

そう言って笑って見せた。

マジクは一瞬呆気にとられるも

「っく、ははは! いや、本当に噂はあてにならないな」

そう言いながら右手を差し出してきた。

「僕は必ずこのスタイルを完成させてみせる。その時は……また僕と戦ってほしい。今度は、僕が勝つ!」

その言葉にキリトは不敵に笑い

「望むところだ」

差し出された右手を握り、そう返した。

 

 

 

決勝トーナメント第一試合 試合時間4分43秒。

 

勝者・キリト

 

 

 




続く決勝トーナメント第二戦。

猛炎の将と対するは、白銀の槍を携えた女性戦士。


次回「ロンゴミニアド」

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