ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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これにてキャリバー編完結です。
次は統一デュエルトーナメント編にいきますよー!!






では73話、始まります。


第七十三話 キャリバー

NPCトールの力を借り、なんとかスリュムを倒したキリト達。

だが、クエストはまだ終わってはいなかった。

突如スリュムヘイム全体が激しく震動し、上へ向かって上昇を始めたのである。

「ど、どうなってんだぁ?! スリュムは倒しただろーがよ!?」

「さ、最後の光が点滅してるよ!」

喚くクラインの横で、リーファがメダリオンを見ながら悲鳴じみた声を上げた。

「……確かウルズは『聖剣を台座から抜いてくれ』って言ってたな」

険しい表情でソラが言う。

それを聞いたキリトはハッとした表情になる。

確かにウルズはキリト達にそう言ってきた。

『スリュムを倒してくれ』ではなく『聖剣を台座から抜いてくれ』と。

それはつまり、先程やっとの思いで倒した巨人の王は単なる通過点でしかなったという事だ。

その時、ユイが玉座のほうを指差し

「パパ、玉座の後ろに下り階段が生成されたようです!」

「!! 急ぐぞ!!」

素早く床を蹴ってキリト達は玉座の後ろに生成された階段へと駆けこんでいく。

人一人がギリギリ通れるだろうサイズの螺旋階段を、キリト達は縦一列になって駆け降りて行った。

その途中、リーファがキリトに声を掛けてきた。

「あのね、お兄ちゃん。このスリュムヘイムの主だけど……本物の北欧神話ではスリュムが主じゃないんだ」

「そうなのか?」

「『スィアチ』ですね。それと今検索してわかったのですが、問題のスロータ・クエストを依頼しているのは、ヨツンヘイムの最大城に配置されている『大公スィアチ』というNPCのようです」

キリトの頭の上で即座に検索して判明した事を告げるユイ。

納得したような表情を受けべてキリトは

「なるほど……つまりスリュムは先兵に過ぎなかったってことか」

(そうなると、このまま城が地上に出れば『スィアチ』が新しいラスボスとして据えられるってことか……ホントに趣味が悪いな、『カーディナル』は)

呟くと同時に思考を巡らせていた。

「パパ、五秒後に出口です!」

ユイの言葉に、視線を前に向けると光が見えてくる。

キリト達は勢いよく階段を駆けていき、ユイの言う出口へと飛び込んだ。

辿り着いた場所はピラミッドを上下に重ねた形にくり抜いた空間。

いわゆる『玄室』というやつだ。

壁は薄く、ヨツンヘイム全体を一望できる。

フロアの真ん中には氷の立方体が鎮座しており、その内部には世界樹のものとおぼしき根があるのが確認できた。

それは突き刺さっているモノによって綺麗に切断されている。

繊細なルーン文字が刻み込まれ、眩く輝く刀身だ。

黄金の輝きを纏って伸びる長剣、精緻な形状のナックルガードと、細い黒皮を編み込んだ握り。

間違いなく、数多のプレイヤーが入手を夢見てやまない伝説級武器『聖剣エクスキャリバー』である。

キリトはかつて、この剣を握った事がある。

己が野望の為にALOを道具としていた男が生成しようとした剣。

しかし、キリトによってGM権限を奪われ、変わりに生成され決着をつける為に投げ渡したものだ。

あの時キリトはコマンド一つで伝説の武器を召喚した事に嫌悪を抱いていた。

だからこそ思った、いつか正当な手段で剣の入手に挑もうと――――

(今が、その時だ)

そう胸中で呟いてから、キリトは輝く聖剣の前に立つ。

両手で柄を握り、ありったけの力を込めて引き抜こうとする。

「っぐ……」

しかし剣はビクともしない。

まるで城と一体化しているかのようだ。

「ぬ……ぉお……っ!!!」

更に力を込めてみるがやはり動かない。

SAOやGGOとは違い、ALOでは筋力等の数値は表示されない。

けれど、実際はシステム上で数値化はされている筈なので、『隠しパラメータ』扱いという事だ。

種族によって基本値は様々だが、このメンバーの中で言えばスプリガンのキリトより、サラマンダーのクラインのほうが体格的に基本筋力値は上だろう。

しかしクラインは技のキレなどを身上としている為に、装備当の補正はやや敏捷よりだ。

その点キリトは『重い剣』が好きな為、補正は筋力寄りになっている。

つまり、9人の中で一番筋力値が高いのは間違いなくキリトだ。

それがわかっている為に、他のものは手を出そうとしない。

代わりに、背後から声が聞こえてくる。

「いけ、キリの字!!」

「もうちょっとよ!」

クラインとリズベットの声援だ。

「お兄ちゃん!!」

「キリトさん!」

シリカとリーファも同様に声援を送っている。

「根性見せないさい!」

「キリト君、しっかり!!」

「君なら抜ける筈だ、キリト!!」

次いで聞こえてくるのはシノンとアスナ、ソラの声援。

「パパ、もう少しです!!」

「頑張れ! 頑張れキリト!!!」

最後は愛娘と最愛の少女の声援。

「ッ……おぉっ……らぁぁぁぁ!!!」

限界を超えんばかりの力を振り絞り、キリトは叫ぶ。

同時に、氷の台座にピキッと大きくひびが入った。

直後、それは勢いよく広がっていき、勢いよく弾け飛んだ。

衝撃で後ろに弾かれたキリトの身体を、ユウキとリーファが咄嗟に支える。

彼の右手には眩い輝きを放つ黄金の聖剣が握られていた。

遂に引き抜くことに成功したのだ。

全員が顔を見合わせ、表情を綻ばせた―――――次の瞬間。

巨大な衝撃波がスリュムヘイムを呑みこんだ。

直後に部屋全体にひびが入っていく。

「おわっ! こ、壊れっ……!」

クラインの叫びと同時に、ひびは大きくなていき、分厚い氷の壁が分離し遥か真下の『グレートボイド』へ目掛けて崩壊を始めた。

「スリュムヘイムが崩壊します! パパ、脱出を!」

「で、でも階段がっ……!」

焦った表情で言うアスナ。

そう、先程の衝撃で上から殺到してきた世界樹の根っこによって階段はすでに崩壊している。

それ以前に元来たルートを戻っても間に合わないだろう。

「世界樹の根っこに掴まるのは……」

「無理そうだな……」

上を見上げて言うソラに次いで、キリトが即座に言う。

「よ、よっしゃ! こうなりゃオレ様のオリンピック級のハイジャンプで――――」

「あ、クラインさん!」

「ちょ、やめ――――」

勢いよく立ちあがったクラインを、ソラとユウキが制止しようとするも

「どぉりゃぁぁぁぁ!!!」

時すでに遅く、クラインは華麗な背面跳びを見せていた。

もちろん根っこまで届いてはいない。

すぐに放物線を描いてフロアの中心へと墜落する。

その途端、衝撃によって周囲の壁のひびが一気に加速、玄室の最下部――――つまりはキリト達のいる場所が本体から切り離された。

「ク、クラインさんの……ド馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

絶叫マシンが大の苦手であるシリカが珍しく本気の罵倒。

それの尾を引きながらキリト達を乗せた円盤は自由落下へと突入していく。

周囲は徐々に崩壊していき、真下を見れば巨大な大穴が口を開けている。

円盤はその中心へと目掛けて落ちていく。

「そ、そう言えばスロータクエはどうなった?」

エクスキャリバーを抱いたままキリトはリーファへと訊ねる。

問われたリーファはメダリオンを見て

「まだ光が一個残ってる……間に合った……間に合ったよ、お兄ちゃん!」

そう言った。

ギリギリだったがなんとか間に合ったようである。

安堵の息を吐き、次の瞬間キリトは思考を巡らせる。

(これで、ウルズの力が戻って動物型邪神が無闇に狩られる事はない筈だ。問題は……こいつだな)

視線を落とし先にあるのは絶賛確保中の黄金の聖剣だ。

キリトには一つだけ気がかりがあるのだ。

(このままクエストがちゃんと終了しなくてもこいつの所有権を得られるかは微妙だな。おそらくは生還してウルズに会い、クエスト終了フラグを建てないといけないんだろう)

先程リーファに訊ねる前に、素早くメニューを開いて聖剣の格納を試みていたキリト。

しかし案の定というべきか、剣はウインドウを弾いて収まらなかった。

(まぁ、いいか。一度はちゃんと手にしたし……そもそもこんな金ピカな剣とか趣味じゃないし……)

自分に言い聞かせるようにそんな事をキリトが思考していると、不意にリーファが顔を上げる。

「……聞こえる」

「え?」

疑問符を浮かべてキリトも顔を上げた――――その時だった。

「くるるーーーん」

彼らの耳に鳴き声が届く。

全員が顔を見合わせて、鳴き声が聞こえてきた方を見る。

視線の先には四対八枚の翼を持ち、魚のような流線型の身体に像のような長い鼻を持つモノが近づいて来ていた。

「トンキー―――!!」

大声で叫ぶリーファ。

「くぉーーーーん」

それに応えるようにソレは鳴く。

もう間違いない。

スリュムヘイムまでキリト達を乗せて飛んでくれたトンキーだ。

「へへっ。オレぁ信じてたぜ! 絶対にあいつが来てくれるってな!」

ニヤリと笑って言うクラインに

((((((((嘘つけ))))))))

八人全員が胸中で毒を吐く。

「こっちこっちー!」

リーファの手招きに応じて近付いてくるトンキー。

しかし、円盤の周りには無数の氷塊が舞っている為、トンキーは五メートル程離れて同調降下している。

この距離なら重量級のキャラクターでも跳べるだろう。

まずはリーファがトンキーに飛び移り、次いでシリカがピナを両腕で抱えたまま助走し跳び移る。

無事着地し、次いでリズベットが勢いよく跳び、シノンとアスナは綺麗な超跳躍で跳び移った。

同じようにソラが助走無しの超跳躍で跳び、アスナとシノンの前に着地した。

次いでユウキが軽く助走をつけて跳び、無事に着地する。

そんな中、クラインがやや強張った表情でキリトに視線を向けてきた。

キリトは「お先にどうぞ」と手を振る。

「おっしゃ! 魅せてやるぜ、オレ様の華麗な――――」

「はよ行け!」

未だ行こうとしないクラインの背中を痺れを切らしたキリトがどつく。

ジタジタと妙な助走をつけて跳んだジャンプはやや飛距離が足りないようだ。

が、そこはトンキーが鼻でクラインをキャッチし事無きを得る。

「おわぁぁ! こ、こぇぇぇぇ!!!!」

聞こえてくる喚き声を無視し、キリトはトンキーへと飛び移ろうと助走しようとし――――立ち止った。

ここでキリトは気付いたのだ。

このままでは跳べないと―――――。

理由は彼が抱えているモノにあった。

そう、『聖剣エクスキャリバー』である。

抱えている聖剣から伝わる重みは半端なものではない。

今にも氷の床をブーツが食い込みかねないのである。

彼が立ち止った理由に他のメンバーも気付いたようだ。

「キリト!!」

ユウキが切迫した声で叫ぶ。

キリトは俯いたまま、最大級の葛藤と戦っていた。

このまま聖剣を抱えたまま死ぬか、それとも聖剣を捨てて生き残るか。

「パパ……」

不安そうなユイの声が聞こえてくる。

キリトは小さく溜息を吐き

「……ったく! カーディナルってのは!!」

苦笑いを浮かべ、抱えていた聖剣を叫びながら真横に放り投げた。

直後、身体が嘘のように軽くなり、キリトは軽く助走をつけてトンキーへと跳び移った。

着地した途端、彼らの身体を減速感が襲う。

トンキーが同調降下をやめ、ホバリングへと移行したのだ

視線を大穴へと放り投げた聖剣へと向けるキリト。

エクスキャリバーはキラリ、キラリと大穴へとゆっくり落ちていく。

何とも言えない表情でそれを見ているキリトの隣に、ユウキが歩み寄って彼の肩を叩いた。

「いつか取りに行けるよ。きっとさ」

「座標は私が固定します!」

「……そうだな。ニブルヘイムの何処かで、きっと待っててくれるさ」

微笑んで言うユウキとユイに、キリトはそう言いながら心の中で黄金の聖剣に別れを告げ――――ようとしたのを妨げたものがいた。

いつの間にか、シノンが背中に背負ったロングボウを構えていたからだ。

「―――200メートルか」

呟いた直後、スペル詠唱。

矢が白い光に包まれ、無造作に弓を引き絞る。

彼方に落下してく黄金の聖剣のさらに下に照準を定め、矢が放たれた。

矢は不思議な銀の光の線を引きながら飛翔している。

弓使い専用の種族共通スペル『リトリーブ・アロー』である。

矢に強い伸縮性と粘着性を与え、使い捨ての矢などを回収するのに非常に便利な魔法だ。

しかし、糸が矢の軌道を歪めてしまい、更にはホーミング性もないので通常は近距離でしか当たらない。

ようやくシノンの意図を悟ったキリトは「幾らなんでも」と胸中で呟く。

しかし、黄金の光と更にその下を飛翔する銀の矢は、まるで引き合うかのように近づいていき――――たぁん! と音を立てて衝突した。

「よっ!」

直後にシノンは思いっきり魔法の糸を引っ張る。

落下していた黄金の剣は減速し、上昇を開始する。

二秒後、別れを告げたはずの黄金の聖剣はシノンの両腕の中に納まった。

「っわ……おも……」

重みに耐えながら呟き、くるりと振り返るシノン。

『し……し……』

そんな彼女に向かい、八人とユイの声が

『シノンさん、マジかっけぇーーーーー!!!』

完全に同期した叫びがあがる。

それに応えるように水色の三角耳をピコピコと動かしながらシノンはキリトに視線を向けて

「あげるわよ、そんな顔しなくても」

呆れた表情でそう言った。

「いいのか?」

「BoBでの借りを返すだけよ」

済ました表情で言いながら、シノンは黄金の聖剣を差し出してきた。

それを受け取るキリト。

ずしりとした重みを感じながら

「ありがとう、シノン。さっきは見事な射撃だったよ」

「褒めてもこれ以上何も出ないわよ」

礼を言うキリトにシノンはそう返した。

「くぉぉーーーーん」

直後、トンキーが啼き声を放って上昇を開始した。

釣られて上を見ると、先程までいたスリュムヘイムが世界樹の根から剥がれ、落下を始めていた。

「……あのダンジョン、アタシ達が一回冒険しただけでなくなっちゃうのね」

呟くリズベットの横で、ピナを抱いたままのシリカが頷く。

「ちょっともったいないですね。行ってない部屋もいっぱいあったのに」

「はい。マップの踏破率は37%でした」

シリカの言葉に続くようにユイが応える。

「贅沢な話だよなぁ……ま、オレは楽しかったぜ!」

両手に腰を当てながら言うクライン。

「そうだね。僕も楽しめたよ」

「ですね」

次いで言うソラに同意するアスナ。

「なぁ、リーファっちよぅ。フレイヤってのは……ちゃんとしたモノホンがいるんだよな?」

不意に思いついたようにリーファに振り向きクラインは問うた。

「うん、そうだよ」

「そっか……じゃぁ、どっかでいつか会えるかもな!」

「……かもしれないね」

ニヤリと笑って言うクラインに、リーファは何とも言えない表情で応えた。

アース神族が住むアースガルズはALOには存在しない。

が、それを言わないのはリーファの優しさだ。

直後、スリュムヘイムが完全に崩壊し、巨大な崩壊音と共に大穴へと崩れ落ちていく。

落ちていく氷塊群は大穴へと呑みこまれ消えていき―――――直後に大穴から青い輝きが揺れてみえた。

あれは水、水面だ。

大量の水が大穴の底から迫りあがり、あっという間に溢れ、清らかな湖を創り出した。

「あ、上!」

シノンが咄嗟に右手を上げた。

反射的に上を見ると、天蓋近くまで萎縮していた世界樹の根が、スリュムヘイムが崩壊した事で解放され、大きく揺れ動きながら太さを増していっている。

それらは大穴を満たした湖へと伸びていき、大波をたてながら広大な水面を編目のように覆って先端が岸まで辿り着いた。

根からは小さな芽が息吹き、次々と大木が立ち上がっていく。

ヨツンヘイムを吹いていた凍てつくような風が止み、春を思わせるようなそよ風が吹き始める。

天蓋で漂っていた小さな水晶群が、太陽のように輝いた。

風と陽光に撫でられた氷の大地はたちまち溶けていき、その下から新緑が芽吹き、木々が生い茂り緑を取り戻していった。

凍っていた川も溶け、せせらぎを奏でている。

「くぉぉぉーーーーーん」

トンキーが高らかに遠吠えを響かせる。

すると、あらゆる場所から同じような鳴き声が聞こえてきた。

今まで泉の中に囚われていただろうトンキーの仲間だ。

多種多様な動物型邪神が出現し、緑を取り戻したフィールドを闊歩し始める。

かつて失ったヨツンヘイムの光景がここに甦ったのだ。

「よかった……よかったね、トンキー。友達がいっぱいいるよ。あんなに……あんなに沢山っ……」

嬉し涙を流しながら、リーファはトンキーの頭を優しく撫でる。

隣にいたシリカもピナを抱えたまましゃくり上げ始めた。

リズベットは目元を拭い、クラインが腕組みしながら顔を見せないようにソッポを向いた。

顔を両手で覆いながら涙を流しているアスナ。

そんな彼女の肩を抱き、感極まった表情のソラ。

シノンも瞬きを繰り返しながらフィールドを見ている。

ユウキも涙を浮かべながら、隣にいるキリトに寄り添って一緒にこの光景に見入っている。

最後にキリトの頭から飛び立ったユイが、ユウキの肩に上に乗ってダークパープルの髪に顔を埋めた。

キリト曰く、最近彼女はキリトに泣き顔を見せたがらないらしい。

一体どこで学習したのだろう。

「よくぞ、成し遂げてくれました」

直後、声が聞こえてくる。

ハッと顔を上げると、トンキーの頭の向こう側に金色の光に包まれた人影が浮いていた。

『湖の女王ウルズ』だ。

今度はちゃんと実体化しているので、無事に囚われていたという泉から脱出できたのだろう。

「エクスキャリバーが抜かれた事により、イグドラシルから断たれた『霊根』は母の元に還りました。樹の恩寵を取り戻した事で、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻せました。全ては、あなた達のおかげです」

「いや……スリュムはトールの力がなければ倒せなかった……」

キリトがそう言うと、ウルズは頷く。

「かの雷神の力は私も感じました。ですが、気を付けるのです、妖精たちよ。アース神族は霜の巨人の敵ですが、決してあなた達の味方ではない……」

「そういえば……スリュムも同じような事を言ってたけど……それってどういう……?」

リーファが涙を拭って立ち上がり、そう問いかける。

しかしウルズは何も答えない。

曖昧な質問だったからか、自動応答システムに認識されなかったようだ。

ウルズは僅かに高度を上げる。

「――――私の妹達からも、あなた達に礼があるそうです」

そう言った直後、ウルズの右側に水面のような揺らぎが生まれる。

そこから姿を現したのは姉より身長がやや小さく、短めの金髪に深い長衣を着た優美な女性だ。

「私の名は『ベルザンディ』。ありがとう、妖精の剣士達。また緑溢れるヨツンヘイムを見れるとは……」

甘い声でそう囁くと、彼女は右手を振る。

すると、キリト達の前に大量のアイテムとユルドが出現し、一時的ストレージへと収納されていった。

9人パーティーなので容量はかなりあるだろうがそろそろ上限が心配だ。

今度はウルズの左側につむじ風が巻き起こる。

現れたのは兜鎧姿の女性。

身長はキリト達と同じ妖精サイズだ。

「我は『スクルド』! 礼を言うぞ、剣士達!」

凛とした声で言い、スクルドも右手を振った。

直後に大量のアイテムとユルドが現れ一時的ストレージへ。

視界の右端で容量注意の警告が点滅していた。

2人の妹が左右に引くと、ウルズが一歩進み出てくる。

「私からは、その聖剣を授けましょう。しかし、『ウルズの泉』には決して投げ込まぬように」

「もちろんだ」

ウルズの言葉に頷くキリト。

その直後、彼が抱えていた聖剣は光となって消える。

キリトのアイテムストレージに格納されたのだろう。

右拳を握って小さくガッツポーズをとるキリト。

三人の女神はふわりと距離を取り、声を揃えて言う。

「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」

それと同時にシステム音が鳴り、クエスト終了のメッセージが表示される。

それが薄れると同時に、女神たちは身を翻した。

その直後、クラインが勢いよく前に出てきて

「す、すすす、スクルドさん!!! 連絡先をぉぉぉ!!!!」

(フレイヤさんはどうした?! つか、NPCがメアドなんて教えてくれる訳ないだろ!?)

胸中でそう突っ込みながらキリト達はフリーズしてしまう。

が、スクルドはクラインのほうを振り返り、面白がるような表情を作ってもう一度手を振ってきた。

何かキラキラしたものが宙を舞い、クラインの手にすっぽりと納まる。

直後にスクルドは姿を消し、後に残ったのは沈黙と微風のみだ。

やがてリズベットが深く溜息を吐いて小刻みに首を振りながら言う。

「クライン。アタシ今、アンタのこと心の底から尊敬してるわ」

それに同意するようにキリト達も頷いた。

何はともあれ、2025年12月28日の朝から始まった聖剣を巡る冒険はこうして終了した。

時刻はちょうど昼を回ったところだ。

「……ね。これから打ち上げ兼忘年会でもやらない?」

疲れた様子のユウキがそう提案してくる。

『賛成!!』

「です!」

ユウキの提案に皆が頷き、ユイは手を挙げて応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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無事『聖剣エクスキャリバー』を入手した彼らは突発的な忘年会兼打ち上げを行うために、新生アインクラッド22層にあるログハウスで入手したアイテムを分配した後、全員でログアウトした。

ALOから戻ってすぐに、和人はエギルへ忘年会を行いたいと連絡を取ると、即座にOKと返ってくる。

その旨を参加する全員にメールで連絡し、必要な道具を用意し直葉と共に『ダイシー・カフェ』へと赴いた。

そこにはすでに木綿季と明日奈、空人と詩乃が待っており、奥では忙しそうに店主のエギルが料理の仕込みをしている。

彼に軽く挨拶してから、和人は運んできたハードケースから四つの稼働式カメラとノートPCを取りだした。

それを空人に手伝ってもらい、店の四か所に設置する。

カメラをノートPCで認識し、動作確認を取ってから川越の自宅にあるハイスペック据え置き機に接続を開始し、小型のヘッドセットを装着した。

「……なにそれ?」

疑問符を浮かべる詩乃。

木綿季達も同様に疑問符を浮かべている。

和人はニヤリと笑い

「どうだ、ユイ?」

『見えます。ちゃんと見えますし、声も聞こえます、パパ!』

話しかけるとユイの可憐な声がノートPCから聞こえてきた。

「よし、ゆっくり動いてみてくれ」

『はい!』

返事をし、次いで一番近くのカメラの小口径レンズが動きはじめた。

現在ユイはこの店内のリアルタイム映像を擬似3D化した空間で、小妖精のように飛翔していると感じているだろう。

画質や音質も低いが、今までのように携帯端末のカメラからでしか現実世界の映像を得るのよりは格段に自由度が高い。

「なるほど。あのカメラはユイちゃんの端末か」

「感覚器って訳ね」

感心したようにいう空人と詩乃。

その言葉に、和人ではなく直葉が応える。

「はい。お兄ちゃん、学校でメカ……メカト、二……?」

「メカトロニクスだよ、スグちゃん」

詰まってしまった直葉に代わり、木綿季が苦笑いで言う。

「そう。それニクス・コースを選択して、授業でこれ作ってるんですけど、もう完全にユイちゃんの為ですよねー」

『がんがん注文してます!』

そう言って笑いあってる5人に、和人はいつの間にか頼んでいたジンジャーエールを啜りながら

「そ、それだけじゃないぞ! カメラをもっと小型化して、肩とかに装着できるようになれば、何処でも連れて行けるし―――」

反論するも

「でも、それもユイちゃんの為でしょ?」

満面の笑みでユウキに問われ

「……はい」

観念したように頷く和人に、また笑いが起きる。

そうこうしていると、里香と珪子、遼太郎がやってくる。

テーブルを二つくっつけた後、エギル特製の料理の数々が並べられていく。

全員が席に着き、飲み物が注がれたグラスを手にとって

「祝、『聖剣エクスキャリバー』と『雷鎚ミョルニル』ゲット! そしてお疲れ、2025年!! 乾杯!!!」

『乾杯!!』

和人の省力気味の音頭に、全員が唱和した。

談笑しながら皆がそれぞれの料理を口にしている。

すると、不意に詩乃が口を開いた。

「そう言えばさ。どうして『エクスキャリバー』なの?」

「どうしたの、詩乃のん?」

詩乃の言葉に明日奈が首を傾げた。

「大抵は『カリバー』、『エクスカリバー』でしょ?」

「へー、詩乃ってその手の話に詳しいの?」

和人の右隣に座っている木綿季が訊ねてくる。

すると詩乃は照れくさそうに笑いながら

「中学の頃は図書館のヌシだったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、訳は全部『カリバー』だったわ」

「ふぅーむ。それはもう、ALOにあのアイテム設定をしたデザイナーの趣味なんじゃ……」

言う詩乃に情緒のない反応をする和人。

「確か、大本の伝説だと他にも名前があるのよね。さっきのクエストで偽物として扱われてた『カリバーン』もその一つだったと思うよ」

「正確には『カリバーン』は王を選定する岩の剣と言われているんだ。『エクスカリバー』は折れた『カリバーン』を打ちなおしたものとも言われているんだよ。まぁ、諸説様々だけどね。因みに聖剣の呼び方は明日奈の言ったように様々だ。『カレドヴルフ』、『カリブルヌス』、『カリボール』、『エクス・カリバーン』等など」

明日奈の言葉に応えたのは和人の左隣に座る空人である。

「うっへぇ。そんなにあるのか……」

驚きつつ、和人は胸中で「じゃぁどっちでもいいんじゃ?」と呟いていると

「まぁ、別に大したことじゃないんだけど……『キャリバー』って言うと、私には別の意味に聞こえるから気になっただけ」

詩乃が再び口を開いた。

「へぇ、なになに?」

それに対し木綿季が興味津々と言った様子で聞き返す。

「銃の口径の事を、英語で『キャリバー』って言うのよ。エクスキャリバーとは綴りは違うだろうけどね」

一度そこで区切り、詩乃はちらりと和人のほうを見てから

「……後は、そこから転じて『人の器』って意味もあるの。『a man of highcaliber』で『器の大きい人』とか『能力の高い人』ね」

すると、いつの間にか話を聞いていたらしい里香がニンマリと笑いながら

「ってことは。エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないと駄目ってことよね。なんか聞いたとこによると、誰かさんが短期のバイトでドーンと稼いだって噂があるんだけどォー?」

「うぐっ……」

彼女の言葉に和人は言葉を詰まらせる。

菊岡から依頼された死銃事件の報酬が振り込まれたのはつい先日の事だ。

しかし、和人はそれをあてにユイの据え置きパワーアップパーツと直葉のナノカーボン竹刀をすでに発注済みで、残高はすでに寂しい事になっている。

だがここで退いては器が知れるというものだ。

和人はどんっと胸を叩いて

「も、もちろんっ。ここの払いは俺に任せろって言うつもりだったサ!」

そう言ってみせた。

途端に周りから盛大な拍手と遼太郎の口笛が響く。

そんな微妙な表情をしている和人の肩を叩きながら

「キリト。僕も半分持つよ」

空人が小さな声でそう言ってきた。

和人は苦笑いで「すまん」といい、改めて考えた。

SAO、ALO、GGOの三世界での経験を通して、人の器について学んだとすれば、それは『一人では何も背負えない』という事だ。

彼はどの世界でも、様々な人に助けられてきた。

SAOでは木綿季や空人達。

ALOでは妹の直葉と明日奈に。

そして、GGOでは詩乃に。

挫けそうになった時、彼は何度も彼らの存在に救われてきた。

今日の突発的な冒険こそ、まさにその象徴ともいえるだろう。

だからこそ彼の――――いや、みんなの『キャリバー』とは仲間全員で手を繋ぎ、いっぱいに輪を作ったその口径を指すのだろうと和人は思う。

(あの黄金の剣は、決して俺一人の為には使わない。求められた時、それに応えたいと思った時にだけ使うんだ)

そう心の中で決意した和人。

もう一度乾杯をするために、彼はテーブルのグラスに手を伸ばすのだった。

 

 

 

 




2026年2月初旬。

あらゆる強者が集い、実力を競い合う。



次回「統一デュエルトーナメント」

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