では72話、始まります。
四層目へと続く階段を降りた先、その突き当りに二匹の狼が刻み込まれた氷の大扉の前。
キリト達がその前に立つと、大扉はゆっくりと開いていく。
奥からは今まで以上の冷気と、ただならない威圧感が流れてくる。
アスナが全員の支援魔法を掛け直しすると、フレイヤもそれに参加してきた。
掛かったのは全員のHPが大幅にブーストされるという未知の魔法だった。
全員で頷き合い、ボス部屋へと一気に突入する。
内部は縦、横ともに巨大な空間だ。
床や壁はこれまでと同じ青い氷で出来ており、氷の燭台に青紫の炎が不気味に揺らめいていた。
遥か高い天井にも同色のシャンデリアが並んでいるが、キリト達の目に真っ先に映ったのは、左右から奥へと連なる眩い反射光だった。
それは黄金。
剣、盾、鎧、彫像、家具、ありとあらゆる黄金製のオブジェクトが積み重なっていたのだ。
「……総額何ユルドだろ……」
メンバーの中で唯一、商人系のプレイヤーでもあるリズベットがポツリと呟く。
無理もない。
戦闘馬鹿のキリトでさえ、胸中で「こんなことならストレージを空にしてくるんだった」と呟いているのだから。
その時だった。
「小虫が飛んでおる」
広間の奥の暗がりから、地を揺るがすような重低音の声が聞こえてきた。
次いで聞こえてくるのは振動音。
それは段々と近づいてきて、キリト達の視界に巨大な人影が映る。
その大きさはヨツンヘイムの地上をうろついていた人型邪神や、これまで戦ってきたどのボスをも軽く凌駕する巨体だ。
鉛のように鈍い色の肌を持ち、腕と足には黒褐色の獣の毛皮が巻き付けられている。
腰には板金鎧を身に着け、上半身は裸であるものの、隆々とした筋肉がどんな武器による攻撃も弾き返すのではとイメージさせる。
頭はシルエットに沈んで輪郭しか見えないが、頭に乗っている王冠と、寒々しい青い眼が闇の中で鮮やかに光っていた。
「ふっふっ。アルヴヘイムの羽虫どもめ、ウルズに唆されてこんな所まで潜り込んできたのか。どうだ、小さき者どもよ。あの女の居場所を教えると言うなら、この部屋の黄金を持てるだけ呉れてやるぞ? ンン―?」
銅鑼を打つような声で笑いながら言う大巨人。
先の台詞からこいつが『スリュム』である事は間違いないようだ。
ウルズやフレイヤのようにAI化されているであろう大巨人に、真っ先に口を開いたのは武士道の男クラインだった。
「へっ! 武士は食わねど高笑いてなぁ! このオレ様がそんな安い誘いに乗るかってんだよ!!」
そう叫び、腰の愛刀を抜き放つクライン。
スリュムが現れる前、彼が黄金に向かって行こうとしていたのをバッチリと見ていたキリトとソラは、微妙な表情を浮かべつつも愛剣を抜いて構えた。
それに続いてユウキ達も武器を抜いて構える。
戦闘態勢に入ったキリト達を一瞥した後、スリュムは最後尾にいる10人目で視線を止める。
「ほう、ほう。そこにいるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたという事は、我が花嫁になる決心がついたという事かな? ンー?」
「は、ハナヨメだぁ???!」
スリュムから発せられた言葉に、クラインが裏返った声で叫ぶ。
「そうとも。その娘は、我が嫁として城へと輿入れたのだ。だが、宴の前夜に儂の宝物庫を嗅ぎ回ろうとしていたのでな。仕置きとして氷の牢に繋いでおいたのよ。くっく」
その言葉を聞き、キリトは表情を顰め
(これは、なんか状況が複雑になってきたぞ。とりあえず簡単に整理してみるか)
思考を巡らせる。
フレイヤは先程『盗まれた一族の宝を取り戻すためにこの城に忍び込んだ』といった。
けれど空中に浮かぶこの『スリュムヘイム』の入り口は一か所しかない。
それを単独ですり抜けるなど不可能に近しい。
そこで彼女はスリュムの嫁になると偽り堂々と城に潜入。
夜中に玉座に侵入し、宝を取り返そうとしたものの、門番に見つかってしまい、氷の牢に繋がれたという事だろう。
しかしここで新たな疑問が浮かんでくる。
(そうなると……フレイヤの『一族』はどの妖精だ? それに奪われた宝ってのは一体……)
そう、フレイヤが言う『一族』がアルヴヘイムに存在する妖精9種類の内どれかという事と、奪われた宝とは何なのかという疑問だ。
微妙な表情を浮かべながら、グルグルと思考を巡らせていると
「ねぇ、お兄ちゃん」
リーファがくいくいとキリトの服の袖を引っ張ってきた。
「私、この展開知ってる気がするの。スリュムとフレイヤ……盗まれた宝……確か、これって……」
うーんと唸りながらリーファが記憶再生をしようとするより速く、後ろでフレイヤが毅然と叫ぶ。
「誰がお前の妻になど! かくなる上は、剣士様達と共にお前を倒し、奪われた宝を取り返すまで!!」
「ぬっ、ふっふっ。威勢のよい事よ。流石は、その美貌と武勇を九界に轟かすフレイヤ殿よ。だが、気高き花ほど手折るのは興深い……小虫どもを始末した後、じっくりと愛でてくれようぞ、ヌフフフフ……」
発せられたスリュムの台詞は下劣極まりないものだった。
女性陣が一気に表情を顰める。
「さいっっっってーね!」
「女の大敵……いえ、天敵ですよ!」
気持ち悪いもの見る目で言うリズベットとシリカ。
「うん、ぶった斬る。絶対ぶった斬る!」
「蜂の巣にするだけじゃ足りないわね」
得物を構えて言うリーファとシノン。
「女の子を物のように扱おうなんて、絶対に許せないわ!」
「ボクも頭にきたよ」
静かな怒りを放ちながら言うアスナとユウキ。
そんな女性陣の気迫にたじろぎそうになったキリトとソラだが意識を切り替えて愛剣を構えた。
「テメェ!! フレイヤさんにはこのクライン様が指一本触れさせねぇぞ!!」
最後にクラインが叫びながら得物を構えた。
「ヌハハハ! 小虫がよく吼えるわ。どぉれ、ヨツンヘイム全土が儂の物になる前祝いに、まずは貴様等から捻り潰してくれようではないか」
そう言ってスリュムが一歩踏み出した直後、視界の端に新たなHPゲージが現れる。
言うまでもないがスリュムのものだ。
今までのボスよりもゲージ量が多く、それが三段重ねというおまけつきだ。
これを削り切るのは相当の苦行になるだろう。
「来るぞ! ユイの指示をよく聞いて、序盤は全力で回避だ!!」
キリトがそう叫んだ瞬間、スリュムが右拳を高々と持ち上げる。
スリュムヘイム最後の戦いが今ここに始まった。
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当初の予想通り、スリュムとの戦いは大激戦となった。
スリュムの序盤の攻撃パターンは左右の拳による撃ち下ろし、右足による三段踏み付け、直線軌道のブレスと床から氷のドワーフ兵を生成するというものだった。
とりわけ厄介だったのはドワーフ生成だが、それは最後衛にいるシノンによる驚異的な精密射撃で尽く片づけられていった。
それ以外の直接攻撃はタイミングさえ判ってしまえば躱す事が出来、ユイの指示によって前衛は直撃を常に避けていく。
そうしてキリト達はソードスキルを叩きこんでいくが、スリュムのHPはロクに削れないでいた。
そんな中頼りになったのはフレイヤの雷系の攻撃魔法だった。
彼女が操る稲妻が降り注ぐ度に、スリュムはHPを確実に減らしていく。
10分程経過した時、ようやく一本目のHPゲージが消え、スリュムは怒りの形相で咆哮を轟かせた。
「ぬぅおおおぉぉぉ!!!!」
「パターン変わるぞ! 気をつけろ!!」
そう叫ぶキリトの耳に、リーファの切迫した声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、もうメダリオンの光が三つしかないよ。多分、あと15分もないっ……!」
「……」
それを聞いたキリトはスリュムのHPへと目を向ける。
(一本削るだけで10分以上かかってるこの現状で、あと二本を15分内で削り切るのは難しいぞっ……こいつにはおそらくスキルコネクトのごり押しも効かないだろう……)
苦い表情で思考を巡らせるキリト。
モンスターにディレイ―――行動遅延を引き起こすには『一撃が重く、更には連続した大ダメージ』が必要なのだ。
スリュムには霜巨人族の弱点である火属性以外、明確な弱点が存在しない。
たとえ4回、いや5回連携を重ねても全体のHP量を考えれば大ダメージといえる程の量を削る事は出来ないだろう。
そんなキリトの一瞬の焦りを見透かしたように、スリュムが大量の空気を吸い込みはじめた。
その挙動を見て、広範囲攻撃の前触れだと察したキリト達。
リーファが左手を翳してスペルの詠唱を開始する。
この攻撃を回避するには、風魔法で吸引力を中和するしかない。
しかし、それには相手がモーションを起こした瞬間に詠唱を行わなければ間に合わない。
「みんな、全力で防御!!」
回避不可能と判断したキリトが叫ぶ。
リーファは詠唱を中断し、防御姿勢を取る。
ユウキ達も同様に防御姿勢を取った――――直後。
「ぶぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
スリュムの口から広範囲に広がるダイヤモンドブレスが放たれた。
青白い風が、アスナの掛けたバフすら貫通し、前衛のキリト達のアバターをみるみる凍らせていく。
一瞬で7人の氷の彫像が完成する。
まだ彼らのHPは減ってはいない。
しかし、この状態がいつまでも続けばジリジリと被ダメージを受ける事になるだろう。
そんな中、スリュムが巨大な右脚を持ち上げた。
凍らされた者達が、皆胸中で「ヤバい」と思った直後
「ぬぅぅぅぅん!!」
雄叫びと共に、猛烈なスタンプ攻撃が行われた。
そこから生まれた巨大な衝撃波がキリト達を吹き飛ばす。
この攻撃で彼らのHPが八割近く削られる。
が、その直後に水色の柔らかな光が降り注ぎ、キリト達七人を包みこんだ。
それは彼らの傷を癒していく。
後方でヒーラーとして立ち回っていたアスナによる高位の全体回復魔法だ。
スリュムの攻撃を先読みしていたのだろう、絶妙なタイミングである。
しかし、この魔法は――――いや、ALOの回復魔法の大半は時間継続回復系、つまり『何秒間で何ポイント回復する』というタイプなのである。
失ったHPが即座に回復するわけではない為、回復している最中に攻撃を喰らってしまえば止めを刺されてしまう可能性も大いにある。
ようやく立ち上がったキリト達に向かい、スリュムが追い打ちをかけるべく前進してくる。
そんなスリュムの喉元に、燃え盛る火矢が立て続けに突き刺さって大爆発を起こした。
シノンの両手弓系ソードスキル『エクスプロージョン・アロー』、属性配分は物理1割、火炎9割。
霜巨人族の弱点である火属性がスリュムのHPを減らしていく。
「むぅぅん!!!」
怒りの声を上げながら、スリュムはターゲットをシノンへと変更した。
元来、撃たれ弱い後衛攻撃職が過剰なヘイトを稼ぎ、前衛からタゲを剥ぐのは初歩的なミスである。
しかし、今回の場合は違う。
彼女は敢て過剰な攻撃を行う事で、キリト達が態勢を立て直すための囮役を買って出たのだ。
「シノン、30秒頼む!」
叫びながらキリトはポーチからポーションを取り出して一気に飲み干した。
回復速度を速め、ジリジリと回復していくHPと、彼方でスリュムの猛攻を只管躱し続けているシノンを交互に見る。
ALOに来たばかりのシノンだが、その身のこなしは見事なものだ。
彼女の本拠地であるGGOでは防御スキル全切りのスナイパーは、前衛型アタッカーに肉薄されたら逃げるしかない。
その経験がこのALOでも生きているのだろう。
ようやく8割方回復したHPを確認し
「攻撃用意」
言いながら突撃しようとキリトが構えた瞬間
「剣士様」
不意に声を掛けられ振り向いてキリトは驚いた。
後方でアスナと共にいると思っていたフレイヤが隣に立っていたからだ。
驚くキリトを気にするでもなくフレイヤは言う。
「このままではスリュムを倒す事は叶いません。望みはただ一つ、この部屋の何処かにある我が一族の秘宝のみです。アレを取り戻すことさえできれば、私の真の力も甦り、スリュムを退ける事が出来るでしょう」
「真の力……?」
それを聞いたキリトは
(……このまま持久戦になれば確実に時間切れになる……それなら……)
一瞬だけ思考を巡らせて決意した。
フレイヤが示した可能性に掛けて無る事を。
「わかった。宝ってどんなものだ?」
問いかけると、フレイヤは両手を30センチ程の幅で広げて見せる。
「黄金の金槌です。これくらいの大きさの」
「は……? カナヅチ?」
「はい」
そんなやりとりをしている中、遂にシノンが壁際に追い詰められ、スリュムの殴りつけ攻撃のスプラッシュ・ダメージを浴びてHPを2割程削られていた。
「これ以上シノンに負担はかけられない。皆、先に援護に行ってくれ」
「あぁ、わかった」
「らじゃ!」
キリトの言葉を聞き、ソラとユウキが勢いよく駆け出す。
次いでクライン達もシノンのもとへと駆け出した。
集団戦闘のサウンドを耳にしながら、キリトは広大な玉座の間を見渡した。
目に映るのは幾重にも重なった黄金。
この中からたった一つの金槌を探し出さなければならない。
「ユイ!」
「……駄目です、パパ。マップデータにはキーアイテムの位置記述はありません。おそらくですが、部屋に入った瞬間、ランダムで配置されたようです」
「くそ……どうする……」
苦い表情で打開策を思案しようとするキリト。
すると、後方で戦っているリーファが一瞬振り返り叫んだ。
「お兄ちゃん! 雷系のスキルを使って!!」
「か、かみ……?」
一瞬だけ唖然とするも、すぐにキリトは右手の剣を大きく振りかぶる。
「せえぇい!!!」
思いっきり床を蹴り飛ばし、空中で前方宙返り。
同時に逆手に持ち替えた剣を真下に向けて勢いよく突き下ろす。
片手剣重範囲攻撃『ライトニング・フォール』、属性配分は物理3割、雷撃7割。
初歩的な幻惑魔法しか習得していないキリトが雷属性を繰りだす事の出来る唯一のスキルだ。
床に突き刺さった剣から、青紫のスパークが全方位に迸る。
身体を起こし、勢いよく周囲を見渡して――――
「……アレか!!」
黄金の山の中で、先程生み出した雷に呼応するように紫の小さな雷光が瞬いた。
勢いよく駆け出し、黄金のアイテム類を掻き分けた先にそれはあった。
眩い黄金に輝く金槌。
これがフレイヤの言っていた一族の秘宝だろう。
それを掴んで持ち上げようとするが
「っ! おもっ!!!」
かなり重く設定されているのだろう、それなりに筋力値に自信のあるキリトですら簡単に持ち上げられない。
気合でなんとか持ち上げ、振り向いて金槌をフレイヤに向かって投げ渡すキリト。
直後にこれが原因でNPCへのアタックフラグが立ってしまうのではと焦ったキリトの目に、信じがたい光景が映ったのである。
全力投球された超重量の金槌を、フレイヤは細い右手だけで受け止めたのだ。
その直後、金槌を床に突き、項垂れるように身体を丸めるフレイヤ。
長い金髪が流れ、露わになった白い背中が小刻みに震えた。
「……ぎる……」
次いで聞こえてきたのは小さな呟き。
パリッと空中に細いスパークが瞬いた。
「……なぎる……みなぎるぞ……」
更に耳に届いた声は先程までの艶やかなハスキーボイスではなく低く嗄れている。
その間にもスパークの瞬きは激しくなっていき
「みな……ぎるぅぅオォォォァァァァァァ!!!!!」
三度目に迸った絶叫はもう完全にかつてのフレイヤの声とは別物だった。
全身に稲妻を纏い、白いドレスが粉々に吹き飛んで消滅した。
その時、システム外スキルの中でも秘奥義とも言われる『超感覚』が発動したのか、戦っていたクラインが勢いよく振り向いてきた。
一糸纏わぬフレイヤを見て両目が剝き出され―――――次いで大口を開けて驚愕の表情を見せた。
無理もない話だろう。
何しろ雷光を纏ったフレイヤがみるみる巨大化していっているからだ。
瞬く間に5メートルを超え、腕や脚は木々のように逞しくなっており、胸板はスリュムを凌駕する程隆々としていた。
右手に握られた金槌も同様に巨大化している。
そして俯いた顔――――その逞しい頬と顎から金褐色の長い髭が伸びていく。
その光景に戦闘を行っていた筈のユウキ達や、スリュムさえも動きを止めている。
一瞬の間を置いて、キリトとクラインから
「「お……おっさんじゃん!!!!!」」
大音量の絶叫。
もはやクラインの武士道を突き動かしたフレイヤの面影は何処にもない。
その外見はどう見てもアラフォーのナイスミドルだ。
「オオオ、オオォォォォ!!」
驚愕しているキリト達を余所に、大巨漢は咆哮を上げ、スリュムに向けて一歩踏み出す。
視界の端では、『Freyja』と表示されていた名前が、いつの間にか『Thor』に変わっていた。
北欧神話にて、『主神オーディン』や『邪神ロキ』と並んで有名な『雷神トール』。
その北欧神話のエピソードの中で、『スリュムの歌』というものが存在しているのだが、この話はスリュムにミョルニルという金槌が盗まれてしまい、還元の条件にフレイヤとの結婚を条件に突きつける。
その際に、トールはフレイヤに変装して結婚すると偽り、ミョルニルを奪い返した後スリュムを殴り殺したという。
「卑劣な巨人めが、我が宝『ミョルニル』を盗んだ罪、今ここで贖って貰うぞ!」
「黙れぇぃ!! 小汚い神が、よくもこの儂を謀ってくれたな!! その首を切り落としてアースガルズに送り返してくれる!!」
怒りの形相で叫ぶスリュムの右手に、青白い粒子が集まり巨大なバトルアックスを形どる。
トールの金槌と、スリュムの氷のバトルアックスが同時に振られ、撃ち合った瞬間、巨大な衝撃音が響き渡った。
取りまいて立つキリト達は未だにフレイヤの巨大化―――――否、おっさん化からのショックが抜けずに呆然としていたが
「みんな、トールがタゲを取ってる今がチャンスだ!」
「全員で攻撃するわよ!!」
いち早く思考を切り替えたソラと、部屋の後方でHPの回復を終えたシノンが叫んだ。
彼らの言う通りだ。
雷神トールが最後までスリュムと戦うという保証は何処にもない。
「よし! 全力で攻撃!! ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!!」
キリトの号令を合図に、全員が床を蹴って突撃する。
「だぁりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
一際気合の入った雄叫びを上げながら、刀を大上段で振りかぶって突進する武士道の男の目尻に輝くモノが見えたのはきっと気のせいだろう。
スキルディレイも気にすることなく、9人全員が3連撃以上のソードスキルをスリュムの両脚へと叩きこむ。
「ぐ……ぬぅ……」
堪らずに声を漏らしたスリュムは、遂にぐらりと身体を傾けた。
王冠の周りを黄色いエフェクトが回っているのが確認できた。
スタン状態だ。
「ここ……だぁ!!」
キリトの声に合わせるように、全員がそれぞれ持ちえる最大火力の攻撃を放つ。
眩いライトエフェクトがスリュムを周囲から押しこんでいった。
更に上空からオレンジに輝く矢が降り注ぐ。
「地の底に還るがいい!! 巨人の王よ!!」
最後にトールのハンマーがスリュムの頭へと叩きこまれた。
王冠が砕け散り、スリュムは仰向けになった倒れる。
HPはすでになく、その巨体は氷へと変わっていき、あちこちでひび割れを起こし始めていた。
「ぬっ……ふっ、ふっ……今は勝ち誇るがいい……だが、アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそ……真の―――」
言い終わる前に、トールの強烈なスタンプが、完全に凍結しつつあったスリュムを踏み砕く。
途端に凄まじいエンドフレイムが起こり、スリュムは氷の欠片となって爆散した。
エフェクトの圧力によって数歩下がったキリト達を、トールは遥か高みから見下ろしている。
「……やれやれ、礼を言うぞ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐ事ができた。どれ、礼をやらねばな」
そう言い右手を持ちげると、ハンマーについていた宝石の一つが剥がれた。
途端に光を放ち、人間が持てるサイズのハンマーへと変わっていく。
それをクラインへと投げ渡すトール。
「『雷鎚ミョルニル』、正しき事の為に使うがよい。では、さらばだ」
右手を持ち上げると、ハンマーが青白い雷光を放ち、広間を迸る。
次の瞬間にはトールの姿は消えていて、彼のHP/MPゲージは消えていた。
そしてスリュムが消滅した地点に様々なアイテムがドロップし、キリト達の一時的ストレージへと格納されいく。
それが終わると同時に、広間にあった黄金の山も消えていった。
「……ふぅ」
キリトは一息吐き、取りあえずクラインの横に立って肩に手を置いた。
「伝説級ゲットおめでとう」
「……ハンマースキルびた一文あげてねーよ、オレ……」
眩いエフェクトを纏うハンマーを握りながら、何とも言えない表情で言うクライン。
「じゃぁ、リズにあげれば……って、溶かしてインゴットにしかねないか」
「ちょ! いくらあたしでも、そんな勿体ない事しないわよ!!」
「でもさ。伝説級溶かしたら『オリハルコン・インゴット』がすっごい出来るらしいよ」
「え、マジ?」
ユウキの言葉に食いついて、リズベットはハンマーを凝視する。
クラインはしっかりとハンマーを抱きかかえ喚いた。
「あ、あのなぁ! まだやるとは一言もいってねーぞ!!」
その様子に、皆から笑みが零れた―――――その瞬間。
重低音が大音量で響き、同時に氷の床を激しく揺るがした。
「きゃぁ!」
「う、動いてるっ……?!」
三角耳を抑えて悲鳴を上げるシリカの横で言うシノン。
「違うわ! 浮いてるのよ!」
アスナの言葉に、キリト達は遅ればせながら気付いた。
スリュムヘイムがまるで生き物のように身震いしながら少しずつ上昇していっているのだ。
「お、お兄ちゃん! クエスト、まだ続いてる!!」
「な、なんだってぇ!!」
リーファの言葉に喚き声を上げるクライン。
そう、クエストはまだ終わってはいなかったのだ。
ついにたどり着いた、黄金の聖剣の台座。
まばゆく輝くその剣を、少年はその手でつかみ取る。
次回「キャリバー」