本音を言えばGW中にキャリバー編を終わらせたかったのですが、自堕落に過ごしすぎて執筆作業が滞ってましたからねwww
ともあれ71話、始まります。
『スリュムヘイム』に突入してから早20分。
ウルズの言う通り、防御が薄くなっている城の中では敵とエンカウントする事なく順調に進む事が出来たキリト達。
以前、ユウキ達と挑んだ時には揃って「ないわー!」と叫んだ第一層の守護者も、なんとか倒す事が出来、第二層を駆け抜けてボスの部屋へと訪れた。
そこで待っていたのは牛型の邪神だ。
数は二体で片方の黒色は魔法耐性高く、もう片方の金色は物理耐性が高く設定されているようだった。
それならば先に黒の牛から倒して金色の牛は後からじっくりと倒す事にし、いざボス戦に挑んだのだが――――黒の牛のHPを半分近くにまで削った時、金色の牛が憎悪値を無視して護りに出てきたのである。
後方にさがった黒牛は体を丸めてHPをグーンと回復させてしまう。
一度それをやられた事により、黒牛が回復している間に金牛を倒そうと作戦を変更するも、思った以上に物理耐性が高くロクにHPを削れずにいた。
おまけにキリト達のHPも、即死級の攻撃はなんとか捌けても、範囲攻撃でがりがり削られていっている。
ヒーラーがアスナだけである為、回復も間に合っておらず、確実にジリ貧に追い込まれつつあった。
「キリト君! このままだと後150秒でMPが切れるよ!!」
後方からアスナの声が耳に届く。
こういった持久戦でヒーラーのMPが尽きれば、待っているのはパーティーの全滅だ。
なんとか一人でも生き残れば、リメインライトを回収して蘇生と回復も出来るだろうが、それにはとてつもない時間と手間がかかる。
全滅すれば当然セーブポイントであるアルンまで戻されて出直しになるだろう。
一番の問題は、『死に戻り』をしている時間があるかどうかだ。
「メダリオン。もう七割以上黒くなってる……死に戻りしてる時間は無いかも……」
キリトが抱いてる懸念を読んだかのように、リーファが言う。
それを聞いたソラはキリトに視線を向けてきた。
彼と視線を交差させてからキリトは頷いて大きく息を吸う。
「みんな! こうなったらやる事は一つだ!!」
金牛の斧攻撃を躱しながら、キリトは後方でHPをリチャージしている黒牛のゲージを確認してから叫ぶ。
「一か八か、ソードスキル一点集中で金牛を倒しきるぞ!!」
『ソードスキル』。
五月に行われた大型アップデートで追加されたこのシステムには、幾つかのモディフィアが加えられていた。
その一つが『属性ダメージの追加』である。
現在、上位ソードスキルには地水火風闇聖の魔法属性が備わっている。
更には同じように導入されたOSS―――オリジナルソードスキルも、登録する際にどれか一つだけ属性を付与する事も出来るようになっていた。
それ故に、物理耐性の高い金牛でもダメージが通るだろう。
「うっしゃぁ!! その言葉を待ってたぜ、キリの字ぃ!!」
そう言ってクラインが刀を大上段に構えた。
リーファも長剣を腰溜めに構える。
「そうこなくっちゃ!!」
ユウキも愛剣『マクアフィテル』を握りなおし、右手を引いて刺突の構え。
「了解だ!」
ソラは数か月前に手に入れた現在の愛剣『銀竜刀』を納剣する。
そして、その後ろでリズベットとシリカがそれぞれの得物を握り直す。
「シリカ! カウントで『泡』を頼む! 3、2、1……いけぇ!」
金牛の挙動を睨んだキリトの指示で、シリカが叫ぶ。
「ピナ! 『バブルブレス』!!」
通常、ペットに対する命令は100%成功する事はない。
そっぽを向かれているビーストテイマーは結構な数が存在する。
しかしながら、キリト達はピナがシリカの指示に背いたのを見た事がない。
今回も期待通りにシリカの指示に従って虹色の泡を発射する。
それは大斧による大技を繰り出そうとしてい金牛の鼻先で弾け、魔法耐性の低さゆえ、たったの一秒ではあるが金牛を幻惑へと誘った。
「よし、いくぞ!!」
キリトの絶叫に合わせ、ヒーラー役のアスナ以外の武器が眩いライトエフェクトを迸らせた。
ピナのブレスによって約一秒のスタンを喰らった金牛に、キリトは正面、左翼からクライン、ソラ、シリカが、右翼からはユウキ、リーファ、リズベットが突撃していく。
「おぉぉ!!」
口々に吼えながら、それぞれが習得している最大級のソードスキルが繰り出された。
クラインの刀が炎に包まれ、リーファの剣からは疾風が巻き起こる。
シリカの短剣が水飛沫を散らし、リズベットの片手昆が雷光を纏って唸りを上げた。
そして後方からはシノンによる氷結属性の矢の嵐。
複数の強力な攻撃を受けてよろめく金牛。
そこへ空かさずに飛び込んだのは納剣状態のソラだ。
「はぁぁ!!」
瞬間、納められていた刃が白い光を纏って縦一閃、垂直に抜き放たれる。
OSS『飛燕一閃』、属性は物理6割、風4割。
付加されている属性が確実に金牛のHPを削ぐ。
次いで飛び込んできたのはユウキだ。
「でやぁぁ!!」
思いっきり引き絞った彼女の愛剣が青紫に輝き、高速で突き出された。
その回数、11連。
それは十字を描くように放たれ、最後の一撃は十字の中心に叩きこまれた。
OSS『マザーズ・ロザリオ』、属性は物理5割、聖5割だ。
強力な連撃に、金牛は更にHPを減らしていく。
「う……おぉぉ!!」
今度はキリトが正面から突っ込んでいく。
右手に握る『ディバイネーション』がオレンジに輝き、金牛に全力で叩きこまれた。
高速五段突きから斬りおろし、斬り上げ、そして上段斬りの八連撃『ハウリング・オクターブ』だ。
属性は物理4割、火炎6割。
片手剣のカテゴリではかなりの大技になる為、当然だが技後硬直も長い。
「……っ!」
が、キリトは最後の一撃を放とうとする右手から意識を切り離した。
アミュスフィアに出力される運動命令を、一瞬で全カットし、新たな命令を左手に伝える。
最後の上段斬りが自動操縦で放たれると同時に、左手が動いて剣を大きく後方に引き絞った。
右の剣が金牛の鼻を抉り、本来ならばここで技後硬直が課せられるのだが――――平行して発動した左手のソードスキルがそれを上書きした。
弧を描くように放たれた水平斬りが、金牛の腹を斬り裂いた。
敵アバターに埋まった剣が、ぐるんと90度回転し、垂直に斬り上げた。
抜け出た刃が、今度は上から垂直斬りになって放たれる。
『サベージ・フルクラム』、大型モンスターに有効なソードスキルで、属性は物理5割、氷5割。
左手が最後の垂直斬りを放とうとした――――瞬間、キリトは再び脳の出力を切り替えた。
今度は右手の剣が水色に輝いて閃を描いた。
バックモーションの少ない水平斬りから、上下への斬り下ろし上げ、最後に全力の上段斬り。
高速四連ソードスキル『バーチカル・スクエア』
バーチカル・スクエアの発動と同時に、仲間達の技後硬直も終了したようだ。
「おぉぉりゃぁぁぁ!!!」
一際大きなクラインの雄叫びに乗せ、集中攻撃第二弾が金牛に浴びせられた。
爆音でボス部屋が振動し、金牛のHPが一気削られていく。
バーチカル・スクエアの最後の上段斬りが放たれる直前、キリトは四度目の連携を開始した。
引き絞る形になっていた左の剣が深紅のライトエフェクトを纏い、一際輝いた。
瞬間、勢いよく左の剣が突き出され、鋭く重い突進攻撃が金牛の胴へと炸裂した。
単発型重突進ソードスキル『ヴォーパルストライク』、物理3割、火炎3割、闇4割の属性配分。
凄まじい衝撃音を発し、金牛はその巨体をノックバックさせる。
その頃には仲間達の攻撃も終了し、技後硬直によって固められていた。
金牛のHPは勢いよく減少するも、僅か数%残して停止する。
先に硬直から回復した金牛がニヤリと笑って、大斧を水平に構える。
間違いなく範囲攻撃だ。
喰らえば巻き込まれれば即死は確実だろう。
だが体を動かそうにも未だ技後硬直で動かす事が出来ない。
斧が輝いて、金牛の足元から竜巻が起こりはじめた――――その瞬間。
「せやぁぁ!!」
後方から青い光が駆け抜ける。
ヒーラーに勤めていたアスナだった。
彼女は彼らの二度目の集中攻撃が終了すると同時に駆け出していたのだ。
右に握った細剣が青く輝き、鋭い一撃が金牛に直撃する。
細剣ソードスキル『フラッシング・ペネトレイター』だ。
アスナの一撃で攻撃をキャンセルされた金牛は再びよろめいた。
HPは残り2%。
「今よ! ユウキ!」
「やあぁ!」
振り返り、アスナが叫ぶと同時に技後硬直から回復したユウキが駆け出した。
愛剣が紅く輝き、勢いよく突き出された。
高速で突き出された刺突は金牛の胴を深く刺し貫き、残ったHPを完全に削り去る。
断末魔を上げ、ポリゴン片となって爆散した直後、HPを回復し終えた黒牛が斧を構えるも、相方が消滅したのが目にはいったのか「え?」という表情を見せて動きを停めた。
そんな黒牛に、硬直の解けた9人が目を向ける。
クラインが一歩前に出て
「おーっし。おい黒毛和牛、そこで正座」
ニヤリと笑って刀を構えたのだった。
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まるで鬱憤を晴らすかの如く、大技を乱舞された黒牛はあっという間にHPを削り取られて消滅した。
敵アバターが爆散した地点にアイテムがドロップするも、クラインはそれに目もくれず振り向いてキリトに叫んだ。
「おい、キリの字!! 何なんだよ、さっきのは?!」
その言葉は明らかに先程金牛に使った二刀の剣技連携の事を指している。
キリトはバツの悪そうな顔をし
「言わなきゃ……駄目か?」
と、一歩引くも
「たりめぇだ! 見たことねぇぞ、あんなの!」
更に詰め寄ってくるクライン。
キリトは観念したように溜息を吐いた。
「システム外スキルだよ。『スキルコネクト』」
シリカやリズベット、シノンから「おー」という声が聞こえてくる。
するとユウキは不意にこめかみを押さえて
「うーん……ボク、すっごいデジャブを感じるんだけど?」
「気のせいだ」
そう言ってくるユウキの頭をキリトは言いながらクシャクシャと撫でた。
「つーか、ソラとユウキちゃんのアレもなんだよ?」
「ほえ? 言ってなかったっけ? OSS『マザーズ・ロザリオ』だよ」
「僕のもOSSですよ。以前使っていた『抜剣』のソードスキルの模倣ですけど」
問われたユウキはあっけらかんとした声で、ソラは苦笑いで応える。
「なんだ。知らなかったのはクラインだけか。『スキルコネクト』は見せるのは今日が初めてだから、皆知らなくて当然だけど……」
ユウキの横でキリトが言う。
それはつまり、アスナやリズベットにシリカ、リーファやシノンも知っていたという事だろう。
「お、オレだけ仲間はずれ?!」
「披露するタイミングがなかっただけでしょ」
叫ぶクラインにリズベットがバッサリと返してくる。
項垂れる刀使いを余所に、キリトは視線をリーファに向けて
「それはさておいて。リーファ。残り時間はあとどれくらいだ?」
問いかけた。
リーファが頷いてメダリオンを確認する。
「後一時間はあっても二時間はなさそう……」
「そうか。ユイ、このダンジョンは全部で四層だったよな?」
「はい。三層の面積は二層の七割で、四層はほぼボス部屋のみです」
「ありがとう」
キリトの頭の上に乗って応える娘に、キリトは腕を伸ばし、指先で頭を撫でた。
正直な話、この9人だけでいけるかどうかは怪しいところである。
こうしている間にも、地上では動物型邪神狩りが進んでいる筈だ。
報酬に『エクスキャリバー』がチラつかされている以上、参加する人数が増える事はあっても減る事はないだろう
(残り時間は多く見積もっても後一時間弱……その間に三層目を突破して、最後の大ボス『スリュム』を倒さないといけない……『スリュム』との戦闘時間を30分と見積もっても、次の層を30分で突破しないといかないか……)
そこまで思考した時だった。
「こうなったら、邪神の王様だろうがなんだろうが、当たって『砕く』しかないでしょ!!」
リズベットが勢いよくキリトの背中を叩く。
「リズの言う通りだね。何が相手でも、ボク達なら負けないよ!」
次いでユウキが笑顔でそう言った。
2人の言葉に皆が「おう!」と応じ、キリトも力強く頷いた。
「よし。皆HPとMPは全快したな。それじゃぁ、三層は一気に駆け抜けるぞ!!」
キリトの言葉に皆が再度頷き、9人は勢いよく駆け出す。
ボスベ屋の奥にあった下り階段を降りて三層目に入ると、ユイの言う通り上の二フロアに比べると明らかに狭かった。
通路は細かく入り乱れており、普通に進もうと思ったら確実に迷っていただろう。
しかしながらキリト達にはユイという、並のナビゲーションシステムなら裸足で逃げ出すだろうナビゲーションピクシーが着いている。
普段は使わない地図データへのアクセスを、今回ばかりは解禁して最短ルートで第三のボス部屋へと駆け抜けた。
辿り着いたボス部屋で待ちかまえていたのは、上二層で戦ったサイクロプスやミノタウロスの二倍近い体躯を持ち、下半身にはムカデのような足を生やした気色の悪い邪神。
物理耐性は対して高くはなかったのだが、その分攻撃力は馬鹿高く、前衛を務めていたキリト達は何度もHPがレッドゾーンにまで落ちて肝を冷やしたようである。
その間にシリカとリズベット、そしてシノンが邪神の足をなんとか全部切り落として、最後はキリトの『スキルコネクト』を始め、ユウキとソラのOSSとクライン達の怒涛の攻めでなんとか倒しきった。
三層に突入し、そこまでかかった時間は約25分。
そのまま四層に雪崩れ込み、後はスリュムを倒すぞと気勢を上げてボス部屋へ繋がる通路に足を踏み入れた――――その時だった。
彼らの目に判断に迷う光景が映ったのだ。
視線の先には細長い氷柱で壁際に作られた牢屋。
その中には一つの影があった。
床に倒れているので正確には不明だが、身長はアスナくらいだろうと推測できる。
肌は透き通る程白く、長く流れる髪は深いブラウン・ゴールド。
申し訳程度に纏った衣服から覗く胸部の大きさは、失礼ながらここにる6人の女性を遥かに凌いでいる。
なよやかな両腕と両脚には氷の枷が付けられていた。
足を止めたキリト達に気付いたようで、うつ伏せに倒れていた女性は上体を上げ、彼らに視線を向けてきた。
顔立ちは、これがプレイヤーアバターだったならアスナのような圧倒的幸運で引き当てるか、はたまた圧倒的な財力でアカウントを買い続けるかでもしなければ有り得ないくらい整っている。
女性は一度瞬きし、か細い声で言う。
「お願い……私を……ここから、出して……」
それを聞き、ふらりと動いたのは悪趣味なバンダナの刀使いだ。
キリトがバンダナを掴んで勢いよくクラインを引きもどす。
「罠だ」
「罠でしょ」
「罠よ」
「罠だね」
キリトに続いて、ユウキとシノン、リズベットがバッサリと言う。
びくんと身震いし、クラインは微妙な表情で頭を掻きながら
「お、おう……罠だよな……罠、かな?」
と往生際悪く訊ねてくる。
キリトは軽く溜息を吐いて
「ユイ」
頭の上にいるユイに問いかけた。
「NPCです。ウルズさんと同じように言語エンジンモジュールに接続しています。ですが、一つだけ違いがあります。この人はHPが有効化されています」
本来ならば、NPCのHPは無効化されている。
しかし、例外は存在する。
クエストで護衛をする場合や、あるいはそのNPCが――――
「罠だな」
「罠だよ」
「罠ですね」
「罠だと思う」
そこまで考えてソラとアスナ、シリカとリーファも言いきった。
バッサリと切られてしまったクラインは何とも言えない表情で肩をすぼめている。
そんな彼に、キリトは早口で言う。
「もちろん100%罠って訳じゃないとは思う。けど、今の俺達にはトライ&エラーしてる余裕はない。一刻も早くスリュムのもとに辿り着かないといけないんだ」
「お……おう……そう、だよな……うん……」
小刻みに頷いてクラインは檻から視線を外した。
ボス部屋に向かおうと足を踏み出した――――その時。
「お願い……」
再び背後から声が聞こえてくる。
直後、揃っていたキリト達の足音が乱れた。
振り返ると、数歩離れた場所でクラインが立ち止っている。
両手を強く握りしめ、深く俯いている。
訝しげな表情で見ていると、彼から低い声が漏れてきた。
「……罠だよな。解かってる……でもよ、罠だとしても……」
そこで一旦区切り、刀使いは勢いよく顔を上げて
「それでもオレは! ここであの人を置いてはいけねぇ!! たとえこれでクエが失敗したとしても、それでも助けるのがオレの生き様――――武士道ってやつなんだよ!!」
そう叫んで氷の檻へと駆けていくクライン。
そんな彼方使いの背中を見ながら、キリト達の胸中には二つの感情が去来した。
一つは
((((((((アホだ……))))))))
という呆れで、もう一つは
((((((((クラインさん、かっけぇ!))))))))
という感嘆だった。
そうこうしているうちに、クラインは刀専用ソードスキル『ツジカゼ』で氷の檻を破壊し、囚われていた女性を助け出していた。
幸いにも、助け出した瞬間襲いかかってくるような展開はなく、キリト達は安堵の息を吐く。
クラインの刀が氷の枷を破壊し、自由を取り戻した美女は力なく顔を上げて囁く。
「……ありがとう。妖精の剣士様」
「立てるかい? 怪我はねぇか?」
しゃがみ込んで手を差し出すクラインはもう完全に『入り込んで』いる。
まぁ、VRMMOのクエストを遂行中な訳だから別に変ではないのだが……
「えぇ……大丈夫です」
クラインの問いに応えながら、金髪美女は立ち上がり――――直後に軽くよろけてしまう。
それを一応紳士的な手つきで支えたクラインが更に訊ねた。
「出口まではちょっと遠いが、一人で帰れるかい、お嬢さん?」
「……」
その問いに対し、美女は目を伏せて考え込んだ。
『カーディナル』が備えている『自動応答言語化モジュール・エンジン』とは、プレイヤーにAと言われたらBと応える、というパターンリストの超複雑版である。
高度な予測機能と学習機能を備え、それに接続したNPCはプレイヤーとかなり自然な会話をこなす。
しかし、それでもプレイヤーの言葉を認識できない場合が多々あるようで、その場合は『正しい問いかけ』を模索しなくてはならない。
今の美女の沈黙も、そう言うものだろうとキリトは思ったが、意外にもクラインが新たな問いかけを口にする前に美女は顔を上げた。
「私は……このまま城から逃げるわけにはいきません。巨人の王スリュムに盗まれた一族の宝を取り戻すために城に忍び込んだのですが、三番目の守護者に見つかって捕えられてしまいました。宝を取り戻さずして戻ることはできません。どうか、私をスリュムの部屋へと連れて行ってはくれませんか?」
「む……お、むぅ……」
今度は『武士道』の男も即答は出来ずに唸りはじめる。
その様子を見て
「なんだかキナ臭い展開ですね……」
「確かにね……」
アスナが隣にいるソラに小さく囁いた。
当のソラも微妙な表情だ。
キリト達もどうしたものかという表情である。
すると、刀使いが情けない顔で彼らに振り向いてきた。
「おい、キリトよぉ……」
「あー、わかったわかった。こうなったらこの分岐で進むしかないだろ」
キリトがそう答えるとクラインはニヤリと笑って威勢良く宣言する。
「よっしゃ! 引き受けたぜ、お嬢さん! 袖すり合うも一蓮托生、一緒にスリュムのヤローをブっ倒そうぜ!!」
「ありがとうございます、剣士様!」
言いながら美女がクラインの腕にむぎゅっとしがみつくと同時に、パーティーリーダーであるキリトの視界にNPCの加入を認めるかどうかのダイアログウインドウが表示された。
「ユイに変なことわざ聞かせるなよー」
「そうだよー。ユイちゃんの教育によろしくないからねー。クラインさんの場合だと特に」
キリトが言いながらウインドウのイエスボタンを押す横で、ユウキが割と酷い事を言っている。
視界の左上から下へと並ぶ仲間のHP/MPゲージの末尾に、10人目が追加された。
美女の名前は『Fryja』となっていた。
(フレイヤ……って読むのか? 何処かで聞いたような……それよりHPとMPがかなり高いな。MPは特にずば抜けてるからメイジ型なのかもしれないな。これで最後までいてくれたら大助かりなんだけど……)
そこまで思考してから、キリトはリーファの胸にぶら下がるメダリオンを一瞥する。
すでに9割以上が黒くなっており、タイムリミットまであと30分あるかないかだろうと予測できた。
キリトは一度息を吸ってから口を開く。
「ダンジョンの構造からして、階段を降りたらすぐボス部屋だろう。今までのボスより更に強いだろうけど、ここまで来たら小細工抜きでぶつかるしかない。序盤は攻撃パターンが掴めるまで防御主体、反撃のタイミングは指示する。ボスのゲージがイエローのところとレッドになる所でパターンが変わるだろうから要注意な」
頷く仲間達の顔を見渡し、キリトは再び息を吐き、語気を強めて叫んだ。
「ラストバトルだ! 全力でいこうぜ!!」
『おー!!』
このクエスト開始時から何度目かの気合入れに、キリトの頭にいるユイに、シリカの肩に留まるピナ、そしてNPCであるフレイヤまでも唱和したのであった。
圧倒的な力を見せる巨人の王。
少年たちに活路はあるのか……?
次回「スリュム」