全体的には多分5、6話位で終わると思います。
ではでは69話、始まります。
第六十九話 黄金の聖剣
「ねぇ、お兄ちゃん。これ見て」
そう言われた和人は、妹である直葉から差し出されたタブレットをボーっと眺めている。
いつになくたっぷり寝ていた為か、未だに頭が回転しておらず、濃いめのコーヒーで無理矢理回転させようとしている状態だ。
しかし、そんな状態でも、彼の頭の片隅で警笛が鳴り響いている。
約二週間前、彼女に黙ってALOからGGOへアバターをコンバートした証拠を突き付けられた状況と酷似していたからだ。
ようやく回りはじめた頭で、和人は何かしてしまったのではと、警戒心全開の目でタブレットを凝視している。
そんな兄の姿を見て、直葉は苦笑いを零した。
「別にお兄ちゃんを吊るし上げようとしてるわけじゃないよ。いいからこれ見て!」
そう言われ、有無を言わさずに渡されたタブレット端末の画面に目を通す和人。
表示されていたのは、国内最大のVRMMORPG情報サイト『MMOトゥモロー』のニュース記事だ。
そこに書かれた記事を読み
「な、なにぃ!?」
素頓狂な声を上げて和人は座っていた椅子から立ち上がった。
そこにはこう書かれていた。
『最強の伝説級武器『聖剣エクスキャリバー』がついに発見される』
食い入るように記事を読み進めながら、和人は長い唸りを上げた。
「うぅ―――……ん。とうとう見つかっちまったかぁ……」
「これでも時間のかかった方だけどねー」
言いながら直葉はトーストにブルーベリージャムを塗っている。
『聖剣エクスキャリバー』
ALOに於いて、サラマンダーの将軍ユージーンが持つ『魔剣グラム』を越えると言われる唯一の武器だ。
しかしその存在は公式HPの片隅に小さく紹介されている程度のものであった。
ゲーム内での入手法は杳として知られていなかった。
だが、その所在を知っている者が5人――――いや、6人いた。
それが和人と直葉、明日奈と木綿季に空人、そしてユイである。
見つけたのは2025年の一月で、それから実に一年の間、黄金の聖剣の秘密は保たれていた事になる。
「うーん。こんなことなら、もう一度挑戦しとくべきだったか……」
「よく見てよ、お兄ちゃん。まだ見つかっただけで、入手出来た訳じゃないみたい」
「なぬっ!」
直葉に言われ、バターを控えめに塗ったトーストを食べようとした手を止めて、和人は再びタブレットに目を通す。
確かに何処にも入手したという記述は書かれていない。
「脅かすなよ……」
安堵の息を吐きながら、和人は今度こそバタートーストにかぶりついた。
もぐもぐと咀嚼し呑みこんで
「でも、どうやって見つけたんだ? ヨツンヘイムは飛行不可だし、でも飛ばなきゃ見えない高さだろ、エクスキャリバーがあった場所は」
言いながら和人は黄金の聖剣を見つけた時の事を思い出す。
それは一年前、須郷伸之によって世界樹の上に囚われていた木綿季を助け出すために、
ようやく世界樹が見えてきたところで、巨大ミミズモンスターに呑まれ、消化器官経由で彼等は地下世界である『ヨツンヘイム』へと落とされたのである。
そこは3人が到底敵わない邪神級のモンスターが闊歩する場所だった。
なんとか地上に戻る為に歩きまわっていた彼等は、その道中で不思議な場面に出くわす。
人型の邪神がクラゲ型の邪神を攻撃していたのである。
それを見たリーファとアスナに「虐められてる方を助けて!」とお願いされたキリトは、なんとか人型邪神を近くにあった湖まで誘導し、水母型邪神に勝利させる事に成功した。
リーファによって『トンキー』と名付けられた邪神は、キリト達を攻撃しないどころか『羽化』した後に彼らを背に乗せて地上に繋がる天蓋まで運んでくれたのである。
その途中、彼等はその目で確かに見たのだ。
天蓋の中心から、世界樹の根に包まれてぶら下がる逆ピラミッド型の巨大なダンジョンと、その最下部でクリスタルに封印されて輝いていた黄金の聖剣を。
懐かしむように思考に耽っていると、不意に直葉が苦笑いを浮かべて
「お兄ちゃん、あの時地上に戻るかエクスキャリバーを取りに行くか迷ったでしょ?」
「む……そりゃ、迷ったさ。けど、あそこで迷わない奴を、俺はネットゲーマーとは認められないぜ」
「あんまりカッコよくないよ、それ」
バッサリと低評価を下した後、直葉はジャムを塗ったトーストを口にする。
咀嚼して飲み込んでから、直葉はふと考え込むように俯いた。
二枚目のトーストに何を塗るか考えているわけではなく、ツナスプレッドのチューブを手にとって
「トンキーは私か明日奈さん、それかお兄ちゃんじゃないと呼んでも来てくれないし……他にヨツンヘイムで飛ぶ方法が見つかったなんて話も聞かないしねー。他の個体を、私達みたいに誰かが助けて、フラグ建てに成功したのかなぁ?」
「かもな……あんなキm……不思議な生物を助けようなんて博愛主義者が、スグや明日奈の他にもいたとはなぁ」
「キモくないもん。可愛いもん」
ギロッと兄を鋭い目で一瞥した後、直葉は続けた。
「でも、それだと誰かがあのダンジョンを突破して剣の入手に成功するのも時間の問題かも。フラグ成立の条件が解かりづかかったから今日まで見つからなかったけど、アレから一年経ってるし、ソードスキル導入のアップデートもあったから、ダンジョンの難易度は下がってるだろうしね」
「確かに……な」
呟いてから和人はコップに注がれている牛乳を口にする。
彼らが黄金の聖剣を見つけたのは今年の一月だ。
それからALOの運営がレクトプログレスから現行のベンチャー企業に引き継がれ、新生アインクラッドの実装を始め、大きな変革がもたらされた。
ようやくそれらが落ち着いた6月に、和人は直葉と明日奈、木綿季に空人を誘い、エクスキャリバー入手に挑戦したのだが――――結果は散々だった。
突入したダンジョンの中には巨大人型邪神が闊歩しており、束になっても敵わない程の強さを誇っていたからだ。
偵察のつもりで挑んだその時点でこれは無理ゲーと判断し、「強くなってから再チャレンジしよう」と誓いあったのだが―――
アインクラッド実装時に解放された10層、そして9月に解放された20層までの攻略にかかりきりになり、ヨツンヘイムにも素材を取りには行くものの、「どうせ取れる奴なんていない」とタカを括っていたのである。
しかし、永久に発見されないアイテムなど存在しない訳で――――詳細は不明なものの、事実あの黄金の聖剣の情報がニュースとして載ってしまった以上、ヨツンヘイムは聖剣入手を夢見たプレイヤーで溢れかえっているだろう。
「どうする、お兄ちゃん?」
二枚目のトーストも食べ終えた直葉が牛乳を飲み終えたコップをテーブルに置きながら問うてくる。
和人は小さく咳払いし
「スグ。レアアイテムを追い求めるだけがMMOの楽しみじゃない」
「そうだよね……」
「だが、俺達は、あの武器を見せてくれたトンキーの気持ちに応えないといけないと思うんだ。俺達とトンキーは友達なんだから」
「…………さっきキモいって言ったくせに……」
呆れた目線を送りながら直葉は溜息を吐く。
そんな妹に、和人はとびっきりの笑みを浮かべて問う。
「そういう訳で、スグ、今日暇?」
「……まぁ、部活はもう休みだけど……」
それを聞いた和人はガッツポーズをとり
「トンキーに乗れる上限って何人だっけ?」
「確か9人くらいだったよ」
「なら、俺とスグ。それから木綿季と明日奈とソラ。後はクライン、シリカにリズ……後一人か……レコンはシルフ領だよな……クリスハイトは……ぶっちゃけ頼りないし……エギルは店があるしなぁ……」
「シノンさんを誘ってみたら?」
「それだ!」
直葉の言葉に和人は指を鳴らし、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して操作する。
シノン―――現実での名は朝田詩乃―――とは、今月の上旬に菊岡誠二郎の依頼で赴いた仮想世界『ガンゲイル・オンライン』で出会った狙撃手の少女だ。
その過程で巻き込まれた事件を通し、木綿季達とも友達になった彼女は、誘われるままにALOに新規キャラを作製している。
作ってまだ2週間のキャラだが、完全スキル制のALOは数値的なウェイトは低い。
元々別のVRMMOで活躍していた彼女のセンスなら、高難度のダンジョンでも充分に立ち回れるだろう。
和人は素早くメッセージを作成し、シノンを含めたメンバーに一斉送信した。
その傍らで、使った食器を片づけている直葉に視線を向けると、何処となくうきうきしたような足取りで流し台へと向かっていっている。
なんだかんだといいながら、彼女も最初からそのつもりだったのだろう。
思わず小走りになりそうになるのを何とか抑え、和人は妹を手伝うべく流し台へと向かっていった。
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待ち合わせの場所になったのは、イグドラシルシティの大通りに看板を出す『リズベット武具店』。
その工房では店主のレプラコーン――――リズベットが皆のメイン武装を順に回転砥石に当てていた。
大きなクエストに挑む前なので、耐久値を最大値にまで回復させる為だ。
壁際のベンチで胡坐をかきながら、景気づけにと酒瓶を傾けているサラマンダーの刀使い―――クラインに、相棒である水色の子竜を頭に乗せたケットシーの獣使い―――シリカが訊ねる。
「クラインさんは、もうお休みなんですか?」
「おう。この時期は働きたくても荷が入ってこねーからな。社長のヤロー、年末年始に一週間も休みのあるウチは超ホワイト企業だって自慢しやがってな!」
などと文句をいっているが、SAOに2年間も囚われていた彼の面倒をきちんと見て、生還後も直に職場復帰出来たのだから実際にはいい会社なのだろう。
クライン本人も恩義を感じていて、文句を言いつつも真面目に働いているらしい。
そんな彼をスプリガンとウンディーネの剣士――――キリトとソラは苦笑いで見ていた。
するとクラインは徐にキリトに視線を向けて
「おう、キリトよ。今日ウマい事『エクスキャリバー』を取れたら、今度は俺の為に『霊刀カグツチ』取りに行くの手伝えよ」
「えー? あそこクソ暑いじゃん……」
「それを言うなら今日行くヨツンヘイムはクソ寒ぃだろーが!」
「まぁまぁクラインさん。僕は手伝いますよ。時間があればですけど」
低レベルな言い合いをしている2人に、ソラは苦笑いで言った。
とその時、そのすぐ傍からぼそりと一言聞こえてくる。
「じゃぁ、私アレが欲しい。『光弓シェキナー』」
視線を向けるとそこにいるのは水色の髪をしたケットシーの少女――――シノンだ。
シャープな三角耳を生やしたその姿は、気位の高いシャム猫――――いや、獰猛なヤマネコを思わせる雰囲気だ。
そんな彼女にキリトは引き攣った笑みを浮かべて
「キャラ作成二週間でもう伝説級を御所望ですか……」
問いかけにシノンは尻尾を動かして応える。
「リズが作ってくれた弓も素敵だけど、出来ればもうちょっと射程が欲しいわね」
「あのねぇ。この世界の弓ってのは、せいぜい槍以上、魔法以下の距離で戦う武器なのよ! 100メートル離れたとこから狙い撃ちなんて、普通はしないのよ!」
まさに今、シノンの弓の弦を張りかえ終わったリズベットが苦笑いで声を上げる。
それに対してシノンは肩をすくめて微笑を浮かべた。
「出来ればその倍の射程が欲しいわね」
本拠地であるGGOで狙撃手をしていた彼女は、超長距離からの狙撃を得意としている。
そんなシノンに、もし本当に射程200メートルの弓など与えてしまえば、接近する前に蜂の巣にされてジ・エンドだろう。
引き攣り笑いをしているキリトの隣で、ソラも苦笑いを浮かべながら
「まぁ、シノンにはこの世界での遠距離戦は、ちょっと物足りないかもしれないね」
「そんな事ない。オイル臭いGGOとは違った角度から楽しめてるわ。ファンタジー世界も案外捨てたものじゃないわね」
言ってくる彼にシノンは済ました笑みで返す。
と、ちょうどタイミングよく扉が開いた。
「おっ待たせ―!」
「ただいまー」
言いながら入ってきたのはインプとウンディーネ、シルフの少女三人と、インプの少女の肩に乗った小妖精だ。
ユウキとアスナ、リーファとユイである。
武器のメンテの間にアイテムの買い出しに出ていたのだ。
三人が持っていた手提げ籠から、色とりどりの瓶が部屋中央のテーブルへと積み上げられていく。
ユウキの肩に乗っていたユイが羽音を響かせて飛び立つと、長い事逆立てていた髪を、愛娘の「座りにくい」という一言でSAO時のアバターに近い髪形に戻ったキリトの頭に降り立った後、ちょこんと座りこんだ。
彼の頭上から、ユイの鈴の音のような声が聞こえてくる。
「買い物ついでにちょっと情報収集したんですが、どうやらあの空中ダンジョンに到達したパーティーはまだいないそうです、パパ」
「ふぅむ……じゃぁ、なんで聖剣の所在がわかったんだ……?」
「どうやら私達が発見したトンキーさんのクエストとは別のクエストが見つかったようなのですが、その報酬にNPCが提示してきたのが『聖剣エクスキャリバー』だった、ということらしいです。」
「しかもね、あんまり穏やかな内容じゃないらしいんだ」
ユイに次いで、ユウキがキリト達に視線を向けて言う。
「そうなのか?」
「うん。スロータ系だってさ」
「そのおかげでヨツンヘイムはPOPの取り合いで殺伐としてるみたい」
ユウキの言葉に続けて、アスナがアイテム類を並べながら言う。
「それは穏やかじゃないね」
腕を組んで考え組む仕草をとるソラ。
キリトも同じように思案するように腕組している。
「でもよォ。なんか変じゃね?」
すると景気づけの火酒を飲み終えたクラインが酒瓶を置いて口を挟んできた。
「黄金の聖剣は、おっそろしい邪神がうようよいるダンジョンの最奥にあるんだろ? それをクエストの報酬にってのはどういうこった?」
「言われてみれば……」
頭から降ろした子竜をもふもふしながらシリカも首を傾ける。
「ダンジョンまでの移動手段が報酬というなら納得できるんだが……どうにも腑に落ちないな」
訝しげな表情で呟くソラ。
すると、キリトの隣にいるシノンが
「ま、行けばわかるんじゃない」
これまた冷静なコメントを口にする。
それを聞いたキリト達はそれもそうだと頷いた。
ちょうどその時、工房の奥から店主の声が響いてくる。
「全武器フルメンテ終了ぉ!」
『お疲れ様!』
全員からの労いの言葉の後、新品の輝きを取り戻したそれぞれの武器を受け取って装備する。
そして、ソラとアスナの指揮のもと、9分割されたアイテム類を受け取ってポーチに収納し、オブジェクトで持つ切れない分はストレージに格納した。
ちらりと下にある時刻をみると、午前11時を指していた。
何処かで昼食を兼ねた休憩を取らねばなるまいが、その前に空中ダンジョンの最初の安全地帯までは辿り着けるだろう。
全員の準備が整ったのを確認し、キリトは彼らに向かい合って軽く咳払い。
「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう。このお礼はいつか必ず、精神的に! それじゃいっちょ頑張るぞ!!」
『おーー!!』
皆の掛け声が終わると同時にキリトはくるりと振り向いて工房の扉を開く。
目指すのは邪神蠢く地下世界『ヨツンヘイム』。
そこ繋がる秘密のトンネルへと向かい足を踏み出した。
水母型邪神に乗り、やってきたヨツンヘイム。
少年たちがそこで目にしたのは……
次回「ヨツンヘイム」