ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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ふぃー。前回の投稿からかなりの間が空いてしまった。
でもでもファントムバレットも残すところも後数話です。





では66話、始まります。


第六十六話 妄執

意識が覚醒し、瞼を開くと、視界にはGGOへダイブする為に訪れた部屋の天井。

少年―――桐ヶ谷和人は起き上がろうと身体に力を入れた瞬間。

「和人!」

聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。

アミュスフィアを外し、視線を向けると少女―――紺野木綿季が心配そうな表情で彼を覗きこんでいた。

上体を起こすと、モニタリングをしていた安岐が

「お疲れ様、桐ヶ谷君。まずは水分補給してね」

言いながら水の入ったコップを差し出してきた。

和人はそれを受け取って一気に飲み干す。

再び視線を木綿季に向けて

「木綿季……なんでここに?」

「菊岡さんに聞いてきたんだよ。もう、和人の馬鹿! いつもいつも無茶して!」

尋ねてきた和人に、木綿季はそう言って返してきた。

よく見ると彼女の目尻に涙が浮かんでいる。

どうやら、相当の心配をかけたらしい。

『ホントです! ママの気持ちも少しは考えてください、パパ!』

更には木綿季のスマートフォンからユイの声まで響いてくる。

こちらもこちらでかなり御立腹の様である。

和人は苦笑いになりながら

「木綿季、ユイ。ごめんな、心配かけて。それから、ありがとう。戦ってる時に、2人の声が聞こえたよ。手には温もりも感じた。それがなかったら、きっと頑張れなかった……だから、ありがとうな」

そう言い木綿季の頭を優しく撫でた。

「……むぅ……おかえり、和人」

木綿季は照れたように頬を赤く染めながらも、笑って言う。

釣られて和人も微笑んだ。

が、すぐに何かに気付いたように

「そ、そうだ。和んでる場合じゃない! 木綿季、俺のジャケットから携帯を取ってくれ! すぐに菊岡に連絡しないと!」

「ふぇ? う、うん」

切羽詰まった表情で言う和人に、木綿季は疑問符を浮かべるも言う通り彼のジャケットからスマートフォンを取り出し手渡した。

「すいません、安岐さん。病院で携帯の使用はアレですけど……」

「いいよ。緊急を要するんでしょう?」

安岐の言葉に和人は頷いて、スマートフォンを操作し、菊岡へ連絡を取りはじめた。

それと同時に、隣のベッドの空人が目を覚ます。

「ん……」

「空人さん!」

瞼を開き、声のした方へ目を向ける。

視界に映ったのは、涙を浮かべて彼をみる少女―――結城明日奈の姿があった。

「明日奈……?」

「よかった……空人さん」

「はい、天賀井君。これを飲んで水分補給してね」

彼が目覚めた事に気付いた安岐が、水の入ったコップを差し出してくる。

空人は上体を起こしてアミュスフィアを外し、コップを受け取って注がれている水を一気に飲み干した。

「明日奈。どうやってここまで来たんだ? 何処からダイブしてるかは話さなかったはずなのに」

「木綿季と一緒に菊岡さんに聞いて来たんです。心配……しました……」

疑問符を浮かべている空人に、そう言いながら明日奈は両目から涙を零している。

空人は右手を上げて、零れていく涙を優しく拭う。

「そう……か。すまなかった、心配をかけたね」

「でも、信じてました」

「わかってる。戦闘中に、明日奈の温もりを感じた。だからこそ、最後まで戦う事が出来た。明日奈、僕を信じてくれてありがとう」

言いながら微笑む空人。

明日奈は頬を赤らめて微笑み返した。

と、その時

「ソラ、菊岡と連絡が取れた!」

菊岡に連絡し終わった和人が上着を着ながら言う。

「わかった、僕等も急ごう! 明日奈、すまないが……」

「まだ、終わってないんですね?」

「あぁ」

明日奈の言葉に頷く空人。

すると彼女は笑って

「気をつけて行ってきてくださいね?」

言いながら彼の上着を差し出した。

空人は頷いて上着を着込んで立ち上がる。

和人は木綿季に向かい合い

「悪い、木綿季。俺―――」

「わかってるよ。ホントにしょうがないなぁ、和人は。怪我しないでね? 約束だよ?」

「あぁ、行ってくるよ」

木綿季の言葉に頷いて、彼女の頭をクシャクシャと撫でる和人。

空人に視線を送り頷き合うと、今度は安岐に向かい合って

「安岐さん、お世話になりました」

「ありがとうございます」

互いに頭を下げて言う。

安岐は笑って

「お仕事だからね。それより、急ぐんでしょ?」

そう返した。

2人は頭を上げると頷いて病室を後にする。

それを見送った木綿季と明日奈は

「慌ただしいなぁ」

「本当だね」

困ったような笑みを浮かべてそう言った。

受付でゲストカードを返した和人達は、病院から出るや否やバイクが停めてある駐輪場へと走りだす。

「急ごう! 何か嫌な予感がする!」

「なんだよ、いやな予感って?!」

空人の言葉に、和人は問いかけた。

「GGOで、ザザが僕の後輩だって事は話したな! 実は、さっき『お土産グレネード』する前に言っていたシノンの言葉が引っ掛かってたんだ!」

「どういうことだよ?!」

「ザザには弟がいるんだ! 確か今は、その弟の方が跡取りとして教育を受けてると聞いている。けど、その弟は現在不登校で、勉強は自宅で教育を受けていると別の後輩が教えてくれたんだ。しかも、シノンと同じGGOのプレイヤーだ。プレイヤーネームは『シュピーゲル』」

それを聞いた和人は、BoB予選前に会った男性プレイヤーを思い出す。

「ちょ、まてよ……それって……」

「あぁ、シノンが言っていた信頼できる友達とは間違いなく『シュピーゲル』だろう! だが、だからこそ余計に彼女が危険に晒される!」

「ソラ、まさかとは思うが……」

そこまで聞いて、和人の脳裏にある可能性が浮かんだ。

並走している空人の表情は強張っている。

「君が考えてる通りだ。あくまで可能性だが、ザザの弟は『死銃』の一人だろう! 今回の殺害計画は、兎に角高度な連携が要求されるものだ。なにしろ現実と仮想、その両方で犯行時刻を合わせなければいかないからね。更に言えば、計画を練るにしても、外で堂々とするわけにはいかない。『笑う棺桶』の元メンバーも、連絡が取れたとしても頻繁に会えるとは限らないだろう。そうなれば、常に会う事が出来、尚且つ何度も屋内で話が出来る相手が共犯者ってことになるんだ。『シュピーゲル』はその条件に完全に当てはまっている!」

空人の言葉が終わると同時に、2人は和人のバイクの元へと辿り着く。

切らした息を整えて、和人は空人に視線を向けて

「それが本当なら、俺達が思ってるより事態が深刻だぞ。もし、シノンが彼を自宅に招きいれたら……」

「あぁ。今回の事情を知ってる彼女が、この可能性に辿り着いたら、間違いなくシノンは殺される」

「なら、余計にぐずぐずしてられないな」

息を整え終えた和人が、フルフェイスヘルメットを手に取り、それを空人へと投げてよこした。

弧を描いて飛んできたそれを空人は受け取ると、少々間の抜けた表情で和人を見る。

当の彼はバイクにエンジンをかけて、もう一つのフルフェイスヘルメットを被り

「乗れよ。全速で飛ばすからさ」

そう言った。

「いいのか? まだ免許を取って一年経ってないんじゃ……」

「緊急事態だろ? それに、スグや木綿季をよく後ろに乗っけてるからな。今更だよ」

空人の言葉に、彼はそう返してきた。

すると空人は呆れたような表情で一息吐き、頷いてヘルメットを被る。

2人ともバイクに跨ると

「しっかり掴まってろよ!」

「わかってる!」

空人の返事を聞くや否や、和人はバイクのアクセルを回し、バイクを発進させる。

そのまま一気にスピードを上げていき、シノンの自宅を目指して夜の街を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一方、シノン――――――朝田詩乃は困惑していた。

その原因は、目の前にいる同年代の少年の様子がおかしくなったからだ。

遡る事10分程前、GGOからログアウトした彼女は、すぐに起き上がろうとせず、目を閉じたまま部屋の中の気配を探った。

自分以外の気配がない事を確認し、ゆっくりと起き上がって部屋の照明をつけて、今度は自身の目で誰もいない事を確認する。

安堵の息を突いた後、ドアチェーンを掛けて、大きめのトレーナーを身につけてから水分補給のために水を一杯飲みほした時、突然チャイムが鳴り響いたのだ。

詩乃は息を殺しながら、ドアに近づくと聞きなれた声が聞こえてきたのだ。

「朝田さん、いる? 僕だよ!」

詩乃は肩の力を抜いて、レンズを覗くと、歪んで見える廊下に彼女の元クラスメイトにして、同じGGOプレイヤーであるシュピーゲル―――――新川恭二がそこにいた。

彼の姿を確認した詩乃は、チェーンを外して彼を招き入れた。

恭二にドアのカギを掛けるように促してから、彼を部屋へと通し、訪問してきた理由を尋ねると、BoBで優勝した事を祝いたくてやってきたらしい。

ご丁寧にケーキも買ってきている。

BoBが終わってまだそんなに時間がたっていないというのに、随分と早く来た事を不思議に思って聞いてみると、近くの公園で中継を見ていたという恭二。

それを聞いた詩乃は寒い中待っていた彼に、温かい飲み物を淹れようと立ち上がろうとした時だった。

恭二が中継に映っていた、砂漠の洞窟の中での事を聞いてきたのだ。

その瞬間、あの時の事を思い出す。

恐怖から自動切断でログアウトしかけた自分を、優しく落ちつかせてくれたソラの事を。

怯えながら彼にしがみつき、あやされている自分を見られてしまっていた事もあるが、彼の温もりを思い出し詩乃の頬が僅かに紅潮する。

そんな彼女を余所に、次いで出てきた恭二の言葉は、詩乃が予想していたものではなかった。

「あれは、あいつらに脅されたんだよね?」

てっきり関係を聞かれるかと思った詩乃は呆気にとられるも、恭二は意にも介さず言葉を続けた。

「脅迫されて、あいつらが戦ってる相手を狙撃までさせられて……最後は油断させてグレネードであいつらを巻き込んで倒したけど……それじゃ足りないよね。もっと、もっと思い知らせないと……」

捲し立ててる言葉に、詩乃は言葉を失う。

視界に映る彼は、いつもの温和な雰囲気とは違う、何処か狂気めいた雰囲気を彼女は感じ取ったのだ。

友人の様子がおかしい事に困惑しながらも、詩乃は必死に言葉を探す。

「あ、あのね。脅迫とか、そういうのじゃないの。私、大会中に、例の発作が起きそうになってね……それで取り乱して、彼らに当たっちゃたの。でも……」

そこで一旦区切り、2人の顔を思い浮かべる。

別の仮想世界から来た、不思議な2人の剣士。

自然と詩乃の表情が綻び

「……あの人達が、私の闇を振り払ってくれたの。それに、子供みたいにみっともなく泣いちゃった私を、優しく叱咤してくれたのよ」

そう言った。

けれど、恭二の纏う雰囲気は変わらない。

「でも……朝田さんは……あいつらの事、何とも思ってないんだよね?」

「え……?」

恭二の言っている事が理解できず、詩乃は疑問符を浮かべた。

「朝田さん、僕に言ったよね? 『待ってて』って……まってれば、いつか僕のモノになってくれるって……」

そこまで聞いて、詩乃はBoB本大会に赴く前、彼に確かに『待ってて』と告げている事を思い出す。

けれど、それはいつか自分の弱さを克服するという意味で言ったのである。

それが出来た時、自分はようやく普通の女の子に戻れるからという意味で、だ。

しかし、目の前の恭二が言っている事は、詩乃がどう考えても自分が言っていた事の意味を違う方向に捉えているようにしか見えない。

身を乗り出している彼の両の目には、妖しい光が見てとれた。

「新川君……?」

「言ってよ……あいつらとはなんでもないって……」

「ちょ……どうしたの?」

「朝田さんは優勝したんだから……もう充分強くなれたよ。発作なんか起きないし、あんな奴ら、必要ないんだ。僕がずっと一緒にいるから。ずっと僕が……一生を掛けて君を守るから……」

呟きながら恭二は立ち上がり、ベッドに腰掛けている詩乃に歩み寄る。

そして両の手を広げて、容赦ない力で彼女を抱きしめた。

「っ!」

突然の事に詩乃は驚愕し、身をすくませる。

かかる圧力で上手く言葉が出ない。

そんな彼女に構うことなく、恭二は詩乃をベッドに押し倒そうと体重を掛けてきた。

「朝田さん……好きだ。愛してる。僕の朝田さん……僕のシノン……」

耳に聞こえてくる恭二の言葉。

しかし、それはとても愛の告白には思えない。

まるで呪詛のように部屋に響いている。

「やっ……め……っ!」

詩乃は両手を突っ張って、押し倒されそうになるのを必死に阻止している。

「やめてっ!」

脚に力を入れて、右の肩で彼の胸を強く押した。

押し返された恭二はバランスを崩し、床に置いてあったクッションに足を取られて尻餅を付いた。

その弾みでテーブルに置いてあったケーキが入った小箱が床に落ち、くしゃりと音をたてる。

けれど恭二はそれに目を向けることなく、詩乃を凝視している。

目は大きく見開かれ、痙攣し始めた唇から虚ろな声を漏らす。

「だめだよ、朝田さん。朝田さんは、僕を裏切っちゃ駄目なんだ。僕が、僕だけが、朝田さんを助けてあげられるんだから」

呟きを零す彼を、詩乃は動く事も出来ずに見ている。

そんな彼女の前に立ち、恭二は無言で見下ろした。

光がない瞳からは、言い知れない恐怖を感じる。

荒々しく息を吐くと、恭二はジャケットに右手を突っ込んで、何かを掴んで取り出した。

握られているのは20センチ程の長さのある棒のようなものだ。

その先端には細い孔があいている。

人差し指を添えているボタンを押したら針が飛び出す仕組みなのだろう。

それを握った右手を動かし、先端を詩乃の首筋に無造作に押しあてた。

ひやりとした冷たい感触は、全身に悪寒を奔らせるには充分すぎた。

「新……川、くん……?」

「動いちゃ駄目だよ。声も出さないでね。これはね、無針高圧注射器っていうんだ。中には『サクシニルコリン』っていう薬でね。これを投与されると筋肉が弛緩して、すぐに心肺停止状態になるんだよ」

言葉が耳に届くが、上手く頭が働かない。

それでも必死に頭を働かせ、彼の言った事をなんとか理解する。

つまりは自分を殺すと言っているのだ。

視線を恭二の顔に向けるも、逆光でよく見えない。

かろうじて見えた、幼さを残す、丸みを帯びた顎が動き、声が漏れる。

「大丈夫だよ、朝田さん。怖がらなくていいんだ。これから僕等は一つになる……出会ってからずっと貯めてきた気持ちを、いま朝田さんに全部あげるよ。優しく注射してあげる……なにも痛い事なんてない。心配しなくても、僕に任せてくれればいいんだ」

耳に入ってくる言葉を、詩乃は理解できなかった。

けれど、注射器と心肺停止という単語が、彼女にある事を思い出させた。

それはさっきまでいたGGOの中での出来事。

2人の剣士が語った、ある2人の変死体の話。

 

 

 

―――――ゼクシードとたらこの死因は脳損傷じゃなく心不全なんだ。

 

 

 

―――――何らかの薬品を注入したんだろう。

 

 

 

詩乃は掠れた声を漏らし、問う。

「まさか……君が……君が、もう一人の『死銃』……なの?」

瞬間、首筋に当てられた注射器がピクリと動く。

途端に恭二の顔に、歪んだ笑みが浮かんできた。

「へぇ……流石は朝田さん。『死銃』の秘密を見破ったんだ? そうだよ。僕が『死銃』の片腕さ。と言っても今回のBoBの前まで、僕がアバターを操作してたんだけどね。グロッケンの酒場でゼクシードを撃った時の動画、見てくれたら嬉しいなぁ。でも、今日だけは僕が現実側の役をやらせてもらったんだ。朝田さんを、他の奴になんか触らせたくないからね。いくら兄弟だからって、それだけは譲れないよ」

「兄……弟? じゃぁ、昔SAOで殺人ギルドにいたっていうのは、君のお兄さんなの……?」

詩乃の言葉を聞いて、恭二は驚いた表情をする。

けれどすぐにそれも消え、再び歪んだ笑みが浮かぶ。

「そんなことまで知ってるんだ。大会中に兄さんがそこまで喋ったのかな? もしかしたら兄さんも朝田さんを気にいったのかもね。でも安心して、朝田さんは誰にも触れさせない。本当はね……今日これを朝田さんに投与するのはやめようって思ってたんだ。朝田さんが、僕のモノになってくれたなら、ね」

狂気の混じった声で言う恭二に、詩乃は言葉が出せない。

「なのに……あんな奴等が……恋人がいるって言ったくせに、僕の朝田さんに触れるなんて……朝田さんは騙されてるんだ。あいつらが何を言ったかは知らないけど、僕が忘れさせてあげるよ」

言うや否や、恭二は詩乃の注射器を当てたまま、彼女を力任せに押し倒し、自身もベッドに乗る。

そのまま詩乃の太腿に跨ると、またもうわ言のように呟いた。

「安心して……朝田さんを独りにはしないよ。僕もすぐ行くから。2人でGGOみたいな……いや、もっとファンタジーな世界でもいいや。生まれ変わって、夫婦になって、一緒に暮らそうよ。一緒に冒険して……子供もつくってさ……きっと、楽しいよ」

常軌を逸した言葉を放ちながら、恭二は尚も歪んだ笑みを浮かべている。

彼の言葉を聞きながら、詩乃は麻痺しそうな思考を必死に働かせる。

もうすぐ、キリト達が呼んだであろう警察が来るはず、それまでどうにか喋り続けなければ。

「でも、パートナーの君がいなくなったら、お兄さんが困るよ? それに……私は向こうで『死銃』に撃たれなかった。その私が死んだら、折角の『死銃』の伝説を、みんな疑い始めるよ」

それを聞いた恭二は、注射器をトレーナーの襟ぐり覗いた彼女の鎖骨部分に押しあてながら

「平気だよ。今日のターゲットは3人もいたんだ。兄さんが実行役をもう一人連れて来たんだ。SAO時代のギルドメンバーだって。僕がいなくなっても、その人が代わりになればいい。それに、朝田さんをゼクシードやたらこのような屑と一緒にする訳ないじゃない。君は僕のモノだ。朝田さんが旅立ったら、何処か人気のない山中にでも運ぶよ。そこで僕もすぐに後を追うから、途中で待っててね」

僅かに震える声で言いながら、恭二の左手が、トレーナーの上から詩乃の腹部に触れる。

二、三度指を下ろしてから、徐々に手のひら全体で撫で始めた。

詩乃は嫌悪と恐怖によって肌が粟立つのを感じるも、懸命に堪えて言葉を続ける。

「じゃ、じゃぁ……君はまだ、現実でその注射器を使ってないんだよね? なら、まだやり直せるよ。だめだよ、死のうなんて思ったら……高認試験、受けるんでしょ? お医者様に、なるんでしょう……?」

「……コウニン? あぁ……」

首を傾げ、やがて思いついたように恭二は左手を詩乃から離し、ジャケットのポケットに突っ込んだ。

手にとって取り出したのは、細長い紙切れ。

「見る?」

自嘲気味に笑ってから、それを彼女の目の前に突き出す。

見せられたのは彼女も見慣れているもの―――――模擬試験の成績表だ。

けれど、並んだ点数と偏差値は、どの教科も凄惨なものだった。

「し、新川くん……これ……」

「笑っちゃうよね? 偏差値って、こんな数字が有り得るんだからさ」

「で、でも……ご両親は……」

「こんな紙切れ、プリンタで幾らでも作れるよ。親にはアミュスフィアで遠隔指導を受けてるって言ってあるしね。流石にGGOの接続料の引き落としはさせてくれなかったけど、それくらい、幾らでも稼げた……稼げたのに……」

そこまで言って、恭二はわなわなと肩を震わせ始める。

笑みが消え、割れるのではという程の力で食いしばった歯を剥き出しにした。

「もう……こんな下らない現実なんて、どうでもいいんだ。親も、学校の奴等も……幼稚で愚かなやつばっかりだ。GGOで最強になれば……それでよかったんだ。そうなれた……『シュピーゲル』はそうなれたはずだった……なのに……なのに!! ゼクシードの屑野郎が、AGI最強型なんて嘘を……あの卑怯者の所為で……シュピーゲルはM16すら、ろくに装備できない……ちくしょう……ちくしょうっ! 今じゃ接続料すら稼げない……GGOは僕の全てだったのに……現実をみんな犠牲にしたのに……」

「……だから、殺したの? ゼクシードを……」

まさかそんな事で、と思いながら詩乃は尋ねる。

恭二は一度瞬きし、今度は陶酔するように笑いながら

「そうだよ。『死銃』で今度こそGGO……いや、全VRMMOで最強の伝説を作る為の生贄にしたのさ。あいつみたいな屑ほど、生贄にふさわしいやつはいないよ。ゼクシードにたらこ、そして今回の大会でペイルライダーとギャレットを殺したから、いくら馬鹿なプレイヤー達でも、『死銃』の力が本物だって気付いただろうさ。最強……僕は最強なんだ……」

恭二の身体が、ぶるりと震える。

「これでもう、下らない現実に用はないよ。さぁ、朝田さん……僕と一緒に『次の世界』に行こう」

「し、新川くん……だめだよ。まだ……まだ引き返せる。君はまだやり直せるよ。私と一緒に警察に……」

詩乃は必死に思いとどまるように訴える。

「現実なんて、もうどうでもいいんだ。さぁ、朝田さん……僕と一つになろう」

けれど恭二は聞く耳を持たない。

虚ろな声で言いながら、左手で詩乃の頬を撫でた。

「あぁ……綺麗だ、朝田さん……僕の朝田さん……ずっと好きだったんだ……学校で……朝田さんの、あの事件の話を聞いた時から……」

「……え?」

恭二の言葉が耳に届いた瞬間、詩乃は目を見開いた。

「それって……どう……いう……」

「好きだった……ずっと憧れてたんだよ……」

「じゃぁ……君は……」

心の中で、まさかと思いつつ、詩乃は消え入りそうな声で尋ねる。

「君は……あの事件の事を聞いたから……私に声を……かけたの……?」

「もちろん」

恭二は熱っぽく頷いてから、彼女の頭を左手で撫でる。

「本物の銃で、人を撃ち殺した女の子なんて、日本中の何処を探しても朝田さんしかいないよ。言ったよね? 朝田さんには本物の力があるって。だから僕は。『死銃』の伝説を作る武器に『黒星』を選んだんだ。朝田さんは、僕の憧れなんだ。愛してる……愛してるんだ、誰よりも……」

それを聞いた瞬間、詩乃は驚愕する。

目の前の少年を、肉親を除いて唯一心許せる存在だと信じていた。

けれど、彼の精神は、詩乃とは同じ世界にあるものではなかった。

おそらくは最初から遠く、隔たっていたのだろう。

遂に、詩乃の思考が絶望へと落とされていく。

五感の全てが麻痺していき、世界が遠くに感じていく。

 

 

 

 

――――――ごめんね、キリト……ソラ……折角助けてくれたのに……無駄にしちゃって……ごめんね……

 

 

 

 

鈍る思考で思い描いたのはGGOで出会い、共に戦った剣士達。

2人はログアウトしたらすぐに警察をここに向かわせると言っていた。

アレから何分たったかわからない。

どうやら警察は間に合いそうにないようだ。

彼らは、詩乃が死んだ事を知ったらどう感じるだろう―――――そう思った時、連鎖的にある危惧が心の闇に光を灯す。

キリトとソラ――――2人の光剣使いは、きっと依頼者への連絡だけでは済ませないだろう。

おそらく詩乃のアパートへと急行しようとするのではないか?

彼女を救うには遅すぎたとしても、この部屋で恭二と鉢合わせしたら、恭二はどうする?

逃げる? いや、もしかしたら手に持った注射器でどちらかを殺そうとするかもしれない。

先程見せた彼らへの感情を考えれば、充分有り得る。

自分がここで死ぬのは、定められた運命かもしれない。

けれど、彼らを巻き添えにするのは――――別の問題だ。

 

 

 

――――でも、もうどうにもならないよ。

 

 

 

横たわって耳と目を塞いだ幼い詩乃が呟く。

けれど、その傍らに膝をついて、細い肩に手を置きながら、砂色のマフラーを巻いたシノンが囁きかけた。

 

 

 

 

『私達は今までずっと、自分しか見てなかった。自分の為にしか戦ってなかった。もう遅いかもしれない……今更かもしれない……でも、最後に一度だけ、自分の為じゃない『誰か』の為に戦おう』

 

 

 

 

闇の中でゆっくりと瞼を開く、幼い詩乃。

目の前には、白く華奢で、けれど力強い手が差し出されていた。

恐る恐るその手を握ると、シノンは微笑んだ。

詩乃を起き上がらせて、短くも決意の籠った声が響く

『さぁ、いこう!』

2人は闇を蹴り、光を目指して上昇した。

一度目をしばたくと同時に、詩乃の意識は現実へと浮上する。

恭二は右手の注射器を彼女の首に押し付けたまま、上半身からトレーナーを引き抜こうとしていた。

しかし片手では上手くいかないようで、表情には苛立ちが浮かんでいる。

やがて服を引きちぎらんばかりに、ぐいぐいと引っ張りはじめた。

動きに合わせて、引きずられたように装い身体を左に傾けると、注射器の先端が滑り、彼女の身体を離れてベッドに突き立った。

その瞬間を逃さず、左手で注射器のシリンダー部を強く握り、同時に右の掌で恭二の顎を突きあげた。

潰れたような声を発し、恭二は仰け反る。

身体を抑えつけていた重さがなくなり、詩乃は突き刺さった注射器を必死に引っ張る。

けれど、握りやすいグリップ部を利き手で握る恭二と、滑り奴いシリンダー部を利き手でない左手で握る詩乃では分が悪かった。

体勢を立て直した恭二は奇声を上げつつ左手を振り回す。

「っ!」

その拳が詩乃の右肩を強く打ち、左手が注射器から離れると同時に、ベッドの頭側から転がり落ちて、背中をライティングディスクに衝突させてしまう。

はずみで抽斗の一つが抜け落ちて、中身が床へと散らばった。

背中を強く打った事で息がつまり、空気を求めて喘ぐ詩乃。

対する恭二も、強く打ちつけられた顎を押さえていた。

しかし、すぐに顔を上げると詩乃を凝視する。

掠れた声が、彼から漏れた。

「なんで……?」

信じられないと言わんばかりに、首を左右に振り

「なんで、こんなことするの? 朝田さんには僕しかいないんだよ? 僕だけが朝田さんを理解してあげられるんだよ? ずっと、ずっと見守って……助けてきたのに……」

それを聞いて、数日前の事を詩乃は思い出す。

学校の帰りに、例の女子グループから待ち伏せされて、金銭を要求された時、通りがかった彼が助けてくれた。

けれど、それは偶然ではなかったのだ。

おそらく恭二は連日、下校する彼女を尾行し、帰宅するのを見届けてから自宅に帰り、何食わぬ顔でGGO内でシノンを待っていたのだ。

もはや妄執としか言いようがない。

詩乃は強張った唇を動かし、言う。

「新川くん……私は、確かに辛い事を経験したけど、それでも……この世界が好き。これからは、もっと好きになっていける。だから……君と一緒にはいけないよ」

立ち上がろうと右手を床につくと、指先が冷たいものに触れた。

その瞬間、詩乃はそれが何かを悟る。

現実世界における、詩乃にとって恐怖の象徴。

前回のBoBの賞品として贈られてきたモデルガン『プロキオンSL』だ。

手探りでグリップを握り、ゆっくりと黒いハンドガンを持ち上げて、照準を恭二に合わせる。

だが、グリップを握る右手の感覚が鈍っていき、徐々に痺れを感じてきた。

これは間違いなく発作の前兆だ。

今すぐにでも、手に握る黒いハンドガンを投げ捨てたい。

けれど、ここで逃げたら、きっと何もかもが無意味になってしまうと詩乃は感じていた。

命を失うだけではない、それ以上に大切なものをなくすだろうと。

詩乃は奥歯を噛締めて、必死に自分を奮い立たせる。

――――これは発作との、いや、自分自身との戦いだ、と。

ベッドの上で棒立ちなっていた恭二は、向けられた銃口を凝視しながら僅かに後退った。

激しく瞬きを繰り返す。

「なんのつもりなの、朝田さん。それは、モデルガンじゃない。そんなもので、僕を止められるとでも思ってるの?」

詩乃は左手をデスクの縁にかけて、脚に力を込めて立ち上がった。

「君は言ったよね? 私には本当の力があるって。銃で誰かを撃った事のある女の子は他にいないって」

「……」

恭二は表情を強張らせながら、更に退がる。

「だから、これはモデルガンじゃない。トリガーを引けば、実弾が出て、君を殺すよ」

彼に銃口を向けたまま、詩乃は言いながらじりじりと脚を動かし、キッチンへと向かう。

恭二は大きく目を見開いて、うわ言のように呟いていた。

「ころ……す? 僕を……朝田さんが、僕を……殺す……?」

「そう。次の世界に行くのは、君一人だけだよ」

「いやだ……そんな……そんなの、いやだ……」

恭二の目から光が消える。

ベッドの上に正座でもするかのように座り込み、呆けた顔で宙を見る。

詩乃はゆっくりと移動を続け、キッチンへと踏み込む。

視界から恭二が消えた瞬間、詩乃は勢いよくドアへと駆け出す。

しかし、踏んだマットが滑り、詩乃は体勢を崩してしまった。

バランスを取ろうと振りまわした右手から、黒い銃が飛び、シンクの中に落下して大きな音をたてる。

なんとか転倒するのは避けたものの、左膝を強く打ってしまったのか激痛が奔った。

それでも、懸命に身体を伸ばし、右手でドアノブを掴んだ。

しかしドアは開かない。

ロックノブが横に倒れている事に気付いて、それを垂直に戻すと、カチリと解錠音が指先に伝わった。

それと同時に、後ろに投げ出していた右足を、冷たい手が掴んできた。

息をのんで振り向くと、恭二が魂の抜けた顔のまま、詩乃の足を両手で捕えていたのだ。

注射器は見当たらない。

振り解こうと足を動かしながら、詩乃は必死に身体を伸ばしてドアを開けようとする。

けれど、指先がノブに触れるも掴む事は出来なかった。

恭二が力いっぱいに彼女を引っ張ったからだ。

数十センチ程キッチンへ引きずり込まれたが、左手で上がりの框の段差を掴んで抵抗する詩乃。

外に声を届かせる為に叫ぼうとするも、喉の奥が塞がってロクに空気が吸えず、出るのはか細い声だけだ。

恭二の力は常軌を逸していた。

その細い身体からでは想像もできない程の力で引っ張られ、段差を掴んでいた左手が外れてしまう。

たちまちキッチンの奥に引きずりこまれ、仰向けに倒れた彼女に、恭二が馬乗りになる。

再び彼の顎を狙い、右拳を突きだすも、狙いが逸れて僅かにかすったところを彼の左手に掴まれてしまった。

凄まじい力で握られて、激痛が詩乃を襲う。

そんな中、彼女の耳に奇妙な音が届く。

「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサン」

それが自分を呼ぶ彼の声だとしばらく気付かなかった。

両目の焦点を失った恭二の顔がゆっくりと近づいてくる。

大きく口を開き、詩乃の肌に噛みつこうとしているのだ。

それを左手で押しのけようとするも、その手首も捉えられ、右腕と共にがっちりと抑えつけられてしまった。

あと少しで彼の歯が詩乃の肌に食い込もうとし、詩乃は固く目を閉じた―――――その瞬間、彼女の頬を冷たい空気が撫でた。

恭二が顔を上げ、後方を見る。

呆けた顔をするのも束の間、開いたドアから疾風の如く走り込んできた誰かに、恭二は思いっきり殴りつけられた。

勢い余り、奥へと転がり込んだ恭二と闖入者を詩乃は漠然と見つめる。

やや長い黒髪に、同じ色のライダージャケット。

咄嗟に同じアパートの住人かと思ったが、男―――――というよりは少年が僅かに振り返り叫んだ瞬間、彼女は少年の正体に気付く。

「シノン、逃げろ!!」

「キリ……」

呆然と呟いてから、詩乃は慌てて立ち上がろうとするも足に力が入らない。

そんな彼女の腕が、誰かに掴まれ、あっという間に立ち上がらせる。

視線を向けると、そこには赤みがかった髪を持ち、透きとおるような空色の瞳の青年がいた。

「無事か、シノン!?」

「ソラ……」

やはり2人は御茶ノ水からここまで自らやってきたのだ。

仮想世界で自分の闇を払い、助けてくれただけではなく、現実でも駆けつけてくれた事に、詩乃は安堵と嬉しさが込みあげてくる。

と、その時だった。

「お前……おまえぇぇぇぇぇぇl!!!! 僕の朝田さんに近づくなぁぁぁぁぁぁ!!!!」

和人に押さえつけられていた恭二が、獣を思わせるような咆哮を上げる。

「うぁ!」

凄まじい力で和人を押しのけると、恭二は勢いよく空人へと駆け出す。

同時にジャケットから、あの禍々しい注射器を取り出した。

「死ねぇえぇぇぇぁぁぁぁ!!」

勢いよくそれを振りかぶり、空人へ突き立てようと振り下ろす。

「ソラ――――!!」

彼の後ろに移動させられた詩乃が叫んだ――――直後、鈍い音が響いた。

「ぐげぇ!」

次いで聞こえてきたのは恭二の悲鳴。

その顔面には空人の左腕が突き出されていた。

手は握られておらず、指を揃えた状態で開かれている。

武道における打撃技の一つ、『掌底打ち』である。

カウンターを受けて、バランスを崩した恭二の右腕を、空人は素早く掴み、容赦なく力を込めて握った。

「ぎぃぃ!!」

激痛が走り、恭二は握っていた注射器を落としてしまった。

そのまま掴まれた腕を背中に回され、同時に左腕も同じように背に交差するように組まれて恭二は床へと抑え込まれる。

「ふぅ……大丈夫か、キリト?」

「あ、あぁ……ソラこそ怪我して……ないな」

立ち上がりながら言う和人に、空人は笑って

「道場に通ってた頃、基礎訓練の一環で習ってた護身術が役に立ったよ」

そう言った。

和人は呆れたような笑みを浮かべている。

詩乃も彼に怪我がないと判り、安堵の息を吐いた。

その直後

「くそ! くそぉぉぉ!! 離せ! 離せよぉぉ!!!」

恭二が再び吼える。

そんな彼に視線を向けながら

「すでに警察には連絡した。もうすぐここに到着する。お前達がどうやって殺人を行っていたのかもわかってるから、言い逃れは出来ないぞ」

和人が言った。

「君の兄が共犯だという事も知っている。もう君にシノンは殺せない。君達の馬鹿げた計画はこれで終わりだ」

「うるさいぃぃ!! お前らなんかが! お前らなんかに、朝田さんの何が判るぅぅ!! 朝田さんを理解できるのは僕だけだ! 彼女を愛してる僕だけが、朝田さんを救えるんだ! 朝田さんは僕のモノなんだぁぁぁぁ!!!」

空人に抑えつけられながらも、恭二は必死にもがいてそう叫ぶ。

捲し立てられる言葉は実に身勝手だ。

その言葉に、詩乃の表情が曇っていく。

すると、和人が恭二を鋭い目で見つめ

「違うだろ。お前はシノンを愛してない。理解すらしてない」

冷たい声で言った。

「なにぃぃ!!」

叫ぶ恭二に構うことなく、和人は続ける。

「お前はただ、シノンに自分の身勝手な感情を押し付けてるだけだ。それは愛情じゃない……お前が彼女に抱いてるのは、愛情じゃなく『妄執』だ」

そう言う和人の視界映る恭二の姿に、ある人物が重なって見えた。

それはSAO時代、『圏内事件』で遭遇した男――――グリムロックの姿だ。

彼は自分の妻を、身勝手な理由で『笑う棺桶』に依頼して殺させた。

あの時の男と、恭二の姿が和人には重なって見えたのだ。

和人の言葉を聞くと、恭二はさらに興奮したように声を荒げる。

「だまれぇ!! 僕は朝田さんを愛してるんだ!! 誰よりも彼女を愛してるんだぁぁぁ!!! 僕は――――」

「ならば、何故彼女の苦しみに気付こうとしなかった!?」

恭二の叫びを遮るように、空人が口を開く。

「苦……しみ……?」

「そうだ。君が本当に彼女を愛していると、理解しているというのなら、彼女が抱えている苦しみに気付いて、寄り添う事も出来た筈だ。けれど、君はそうはしなかった」

「違う! 僕は朝田さんを――――」

「いいや、君は彼女を愛しても、理解すらしていない。キリトの言う様に、自分勝手な感情と考え方を押し付けただけにすぎない。シノンを殺そうとしたのがその証拠だ。君がした事は、決して許されることじゃない。シノンの事だけじゃない、ゼクシード達を死に追いやった事もだ。君達がしたのは……只の卑劣な犯罪だ!」

それを気いた途端、恭二はもがくのをやめる。

力なく顔を動かし、視線を詩乃へと向ける恭二。

視界映った彼女の表情は、とても悲しそうだった。

それを見た途端、恭二の両目から涙が溢れだす。

「ちが……僕は……彼女を……愛……愛して……う、うぐぅ……」

視界が歪み、遂にはボロボロと涙が零れて床へと滴り落ちる。

そして

「う、うぁぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

遂に恭二は声を上げて泣き叫んだ。

何とも言えない表情で、彼を見る和人達。

そんな彼らの耳に、パトカーのサイレンの音が聞こえてきたのだった。

 

 

 

 

 




少女は知らなかった。


あの日の少女の行動が、一つの命を救ったことを




次回「君が護ったもの」

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