今回は挿絵が入ってます。
イラストはむこさんが描いてくださいました(゜ω゜)素敵な挿絵を本当にありがとうございます!!
では64話、始まります。
「ソラ!」
鮮血に似た赤いライトエフェクトが宙に散る中、キリトは叫びつつ思考を巡らせていた。
それは旧SAOで、初めてその武器を扱うプレイヤーと出会った時のことだ。
その時、キリトは珍しい武器を使う奴だと思った。
かつて相対した時には言わなかった言葉。
それが彼の口から自然と出てくる。
「……珍しい武器だな? というか、GGOに金属剣があるなんて聞いてないぞ」
「一体どういうカラクリか、教えてほしいな『死銃』。いや……『赤眼のザザ』」
体勢を直したソラが口を開く。
問われた『死銃』―――――赤眼のザザは掠れた笑いを漏らしている。
次いで聞こえてきたのは金属質な声。
「貴様等と、した事が、不勉強だったな、『黒の剣士』、『刃雷』。『ナイフ作製』スキルの、上位派生、『銃剣作製』スキルで、創れるぞ。長さや、重さは、このあたりが、限界だがな」
「なら、俺好みの剣は創れなさそうだな」
「みたいだな。僕好みの剣も不可能そうだ」
2人がそう応じると、ザザは再び笑い声を上げる。
「相変わらず、重い剣が、好みなのか。なら、そんな玩具では、物足りない、だろう」
彼がそう言った瞬間、キリトが握る光剣『カゲミツ』とソラの握る『セツナ』がぱちぱちっと細いスパークを散らした。
どうやら玩具呼ばわりされたのが不服のようだ。
キリト達はこの世界での愛剣の声を代弁するように口を開く。
「そう腐したものじゃない。一度こういうのも使ってみたかったからね」
「ソラに同意だ。それに、剣は剣だ。お前を斬り、HPをゼロにするには充分だ」
「ク、ク、ははは。威勢が、いいな。だが、出来るのか? 貴様等に」
フードの奥で赤い眼光が瞬き、スカルフェイスの金属マスクが、心なしか笑った気がした。
「『刃雷』も、そうだが、『黒の剣士』、貴様も、堕落したな。現実の、腐れた空気を、吸いすぎた。さっきの、なまくらな『ヴォーパルストライク』を、昔の貴様等が見たら、失望するぞ?」
「……かもな。けど、俺はもうあの世界の『キリト』じゃない。かつての『黒の剣士』は、役目を終えて消えたんだ」
「そして僕も、あの世界の『血盟騎士団』副団長でも、『刃雷』でもない。あの世界……『ソードアート・オンライン』はもう存在しないんだ。それとも、お前は未だ、『笑う棺桶』のメンバーだと言いたいのか?」
すると、ザザは拍手でもするかのように両手を動かしていく。
グローブがズレ、手首内側に刻まれている『笑う棺桶』のエンブレムがチラチラと見えた。
「そうだ。俺は、本物の、殺人者だ。貴様等のような、生温い、人種とは、違うのだ」
ザザが軋む声で言う。
その言葉に、ソラが一歩前に出て言った。
「お前は……いや、君はそんなにも『強者』でいたいのか? その為に、人を殺すのが必要な事か? それは違う。そんな事をし続けても、君は救われない」
「……黙れ」
「いい加減に目を覚ませ。君のしている事は只の――――」
「黙れ!!!!」
ソラの言葉を遮り、ザザは激昂し、叫ぶ。
「貴様に、一体、何がわかる!? 自ら選んだ、道を進み、認められてきた、貴様に、何が?!」
突然の激昂に、キリトは呆気に取られてザザを見る。
対するソラはただ静かに彼を見ていた。
尚もザザは叫び続ける。
「わからない、だろう! 望まぬ道を、強いられて、望まれた結果を、出せずに見限られた、俺の憎しみが!! 俺が、殺してきた、奴等も、『刃雷』、貴様と似た、奴らだった。いつかは望んだ、道へ帰れると、希望を抱いていた、愚か者たち、だった。だから、殺してやった。この手で、絶望を、教えてやったのだ!!」
「お前……そんな理由で沢山のプレイヤー達を殺したのか?」
ザザの言っている事の半分も理解できなかったキリトだが、あの世界で数多の殺しをしてきた理由が、あまりにも身勝手極まりないとわかり、静かな怒りを滲ませる。
「充分、すぎる理由だ。この、俺の中の、『憎悪』は、そう言っている」
返ってきた言葉も、また怒りを感じさせるものだ。
すると、ソラは一度眼を伏せ、開くと同時に鋭い眼光でザザを見る。
「それが君の……貴様の答えなら、僕は決して許さない。ここで貴様を倒し、現実世界で罪を償わせる!!」
右手の光剣をホルスターに納め、構えを取るソラ。
次いでキリトも構えを取り
「すでに『お前達』がどうやってゼクシード達を殺したのかはわかっている。大人しくここで倒されて、法の裁きを受けろ!」
そう言った。
途端、返ってきたのは不快な金属質な笑い声。
「ははは、はははは。不可能だ。貴様等に、俺は、倒せない。逆に、無様に倒され、あの女が殺される姿を、ただ見る事に、なるだけだ!」
言うや否や、バネ仕掛けの人形の如き動きで、ザザは右手に握るエストックを突き出す。
狙われたキリトは、身体を捻って躱し、次いで光剣を振り抜いた。
が、ザザはそれを難なく躱し、再びエストックを突き出してきた。
キリトはそれを光剣で防ごうと構える。
しかし、金属針は、ヘカートⅡの弾丸すらも切り裂いた光剣のエネルギー刃をすり抜けてきた。
反射的に身体を引いてキリトは刺突をなんとか躱す。
その表情は驚きの色で満ちていた。
そんな彼を嘲笑う様にザザは言う。
「ク、クク、こいつの、素材は、この世界で、手に入る、最高級の金属、宇宙戦艦の、装甲板、なんだよ」
言い終ると同時に、ザザは三度エストックを突き出そうと右手を引いた。
その瞬間
「引け、キリト!」
キリトの後ろから、ソラが駆けてくる。
声に反応し、キリトは右に跳んだ。
次いで間合いに入ったソラが、ホルスターの光剣を握る。
「飛燕一閃!」
勢いよく踏み込み、光剣が凄まじい速さで抜かれた――――その時、ザザが言った。
「その技の、軌道は、知っている」
ザザは身体を思いっきり左に傾けた。
直後に赤い刃が垂直に線を描いて振り抜かれた。
驚愕の表情を浮かべるソラとキリト。
(馬鹿な! ソラの必殺の剣が躱された?!)
「その技を、忘れた事は、なかった。あの森の中で、戦った日から、何度も、躱すイメージを、してきた。残念、だったな」
そう言い終わった直後、ザザはマントを靡かせ体勢を整える。
光剣を振り抜き、更には必殺の剣を躱された事で一瞬の動揺が生まれたソラは未だ体勢を戻せていない。
そんな彼に、ザザは一直線に突っ込み、今まで見せなかった連続刺突を繰り出した。
細剣カテゴリの上位ソードスキル『スター・スプラッシュ』、計8連撃、その模倣だ。
なんとか体勢戻すも、武器がキリトと同じ光剣である為武器防御が封じられ、更には足場が砂地の為ステップもままならない。
そんな彼の全身を、鋭利な針が次々と突き貫いた。
針が貫く度に、鮮血に似た赤いエフェクトが宙に飛び散る。
「っく!」
なんとか連撃に耐えた直後、ザザは思いっきり身体を捻り、ソラへと蹴りを繰り出した。
それは彼の胴へと直撃し、ソラは遥か後方に吹き飛ばされてしまった。
叩きつけられるように、ゴロゴロと身体を転がし、砂地に倒れ込むソラ。
「ソラ!?」
「次は、貴様だ、『黒の剣士』!」
叫ぶキリトに構うことなく、ザザは攻撃を開始する。
連続で襲いくる鋭利な針を、キリトは苦い表情でなんとか躱していった。
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ザザの連撃がソラを襲い、遥か後方へと蹴り飛ばされた瞬間、シノンは思わず叫びそうになる衝動と、トリガーへ指をかけようとする衝動を懸命に抑え込んだ。
約700メートルほど離れた戦場では、現在キリトとザザが斬り結んでいる。
戦況はザザが有利のようだ。
シノンの位置からでは正確に把握できないが、彼は武器による防御が出来ないでいるようだ。
銃しか扱った事のないシノンですら、ザザの剣捌きは凄まじく映った。
視線をキリト達からソラへと移す。
先程の攻撃でHPを全損してしまったかと思ったが、『Dead』の文字は現れていない。
けれど、彼は未だに倒れたままだ。
再び視線をキリト達に戻すと、自動制御の中継カメラが次々と彼らを撮影しに集まってくる。
10個近くのカメラが円を描いてキリト達を囲み、砂漠の一角をコロセウスへと変えていった。
(このままじゃ2人が……でも……)
思考を巡らせながら、シノンはスコープが破壊されたヘカートⅡを見た。
スコープさえ無事なら、狙撃による援護を出来ただろう。
けれど、この距離をスコープ無しの狙撃しようとしても、予測円を収縮する事が出来ない。
闇雲に撃てば、逆にキリトを窮地に追い込んでしまうかもしれない。
何もできない。
そう思うと、シノンは悔しさが込み上げてきた。
自分以上の苦悩を抱え、それでも強くあろうと逃げずに前に進み、戦っているキリト達。
そんな彼らを見て、シノンは自分も強くありたいと思うようになった。
過去から、辛い現実から、逃げ出さず、前を向いて戦っていけるように。
それを気付かせてくれた彼らの為に、何かできないかとシノンは必死に考える。
しかし、このまま岩山を降りて接近するのは逆効果だ。
だが、スコープなしでの狙撃はギャンブルでしかない。
サイドアームのMP7では射程が足りない。
何かないのか、そう思考を巡らせ続け―――――1つ、頭の中で閃いた。
たった一つだけ、今の彼女にしか出来ない援護法。
(……やってみる価値はあると思う……でも、失敗したら2人が……)
浮かんでくる不安。
と、同時に、脳裏に彼らの言葉がよぎった。
―――――戦えない人間なんていない! 戦うか、戦わないか、その選択があるだけだ!!
―――――今は、護りたいものが出来たからな。現実世界でも、仮想世界でも。
―――――君ならきっと出来る。信じているよ。
シノンは目を見開き、その手に抱えるヘカートⅡを見た。
彼女に応えるように、ヘカートⅡの銃身がキラリと光る。
それを見たシノンは小さく頷いて
「そうだね。戦わないで、後悔なんてしたくないよね。もう一度だけ、私に力を貸して? あの人達を、助ける為に!」
無二の相棒を強く抱き、シノンは奥歯を噛みしめながら、彼方の戦場を見据えた。
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「っ――――――――!!!」
出そうになった悲鳴を明日奈は必死に喉の手前で押しとどめる。
『死銃』ことザザの放った連撃は、尽くソラを突き貫き、更には追いうちの蹴りが彼を吹き飛ばす。
彼が転がるように砂地に倒れ込んだところで、映像はキリトとザザのみを映すようになってしまった。
モニタの中で、激しい攻防を見せているキリトを、木綿季は不安そうな表情で見守っていた。
すぐ傍のモニター装置が鳴らす電子音が速くなっていく。
心拍はすでに160近くにまで上昇しており、ベッドの上に横たわる和人の額からは大粒の汗が滲みでていた。
映像から目を離して、木綿季は和人を見た。
心なしか表情も苦しそうで、せわしなく呼吸を繰り返している。
彼の様子に気付いた安岐も、瞳に懸念の色を滲ませる。
「フルダイブ前に多めに水分を取ってもらったけど……もう4時間以上も経ってるし、こんなに汗を掻いてたら脱水の危険があるわ。一度ログアウトする事は……出来ないのかしら?」
「多分……PvPの大会中だから、ログアウト機能は無効になってると思います……一応、アミュスフィアが危険な状態を感知したら、自動カットオフするとは思うんですけど……」
木綿季がそういうと、安岐は軽く頷いて
「わかったわ。もう少し様子を見ましょう。天賀井君の方も汗が酷いから、しっかり見てないといけないわね」
そう言い今度は空人へと視線を移す。
当の彼も、額に汗を滲ませ、苦しそうな表情を見せていた。
心拍も和人ほどではないが、高い数値を見せている。
そんな彼を、明日奈は不安そうな表情で見ていた。
相変わらずモニタ画面では、キリトとザザが斬り結ぶ映像が流れるだけで、ソラの姿は映らない。
木綿季も明日奈も、本心で言えば2人に自動回線切断によって戻ってきてほしいと思っている。
けれど、その気持ちを必死に押しとどめた。
なぜなら、彼らは今、『剣士』として戦っているからだ。
文字通り、己の全てをかけて。
それを邪魔する事など、2人には到底できなかった。
でも、だからこそ、何かしたいと思う。
どんなことでもいい、大切な人の為に何かしてあげたいと。
その時、不意に木綿季の左手に握られたスマートフォンから、ユイの声が響いてきた。
『ママ、明日奈さん。2人の手を握ってあげてください。アミュスフィアの体感覚インタラプトは、ナーヴギア程完全ではありません。ママ達の手の温かさなら、きっとパパ達に届きます。私の手は、そっちに届きませんが……ママ、私の分もパパに……』
言葉の後半は震えていたのを木綿季は感じ取る。
木綿季は首を横に振って
「そんな事ないよ。きっと、ユイちゃんの手も届く。一緒にパパを……キリトを応援しようね」
そう言い、明日奈と視線を合わせた。
互いに頷き合うと、木綿季は和人の左手にスマートフォンを握らせて、その上から自身の両手で優しく包み込んだ。
次いで明日奈も、空人の右手に両手を添える。
2人の手は、暖房が効いている部屋の中にいるにも関わらず、氷のように冷え切っていた。
自動カットオフが働かないように優しく、それでいて強く、ありったけの熱と想いを込めて木綿季と明日奈は彼らの手を握った。
もう中継画面を見ることなく、2人は目を閉じて、強く念じた。
――――――――頑張れ、キリト。君が信じるものの為に。ボクはいつでも君の傍にいるよ。
――――――――私、信じてます。貴方が無事に帰ってくるって。だから、だから……頑張って、空人さん。
2人の冷たい手が、微かに、けれど確かに動いたような気がした。
その手に確かに温もりを感じた時
一筋のラインが、勝利への道を切り開く。
次回「