ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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PCが、PCの調子がすこぶる悪いぃィ。でも私は負けない!たとえ何回ブラックアウトしようとも書き続けるぞ!!




では62話、始まります。



第六十二話 力の正体

「そ、んな……でも、それなら……どうやって現実の家を……」

キリトから出てきた驚愕の言葉に、シノンは掠れた声で言った。

「さっき君が言っただろ? モデルガンが貰えるって」

「えぇ……じゃ、じゃぁ、運営体が犯人なの? それともデータベースに侵入して……」

するとキリトは首を横に振る。

「いや、その可能性は極めて低い。けれど、一般プレイヤーでも、標的の住所を知る事は可能だ」

「……」

「総督府だよ。BoBに出場するプレイヤーはあそこの端末で、自分の住所氏名を入力する。あそこは後ろが広いオープンスペースになってただろ?」

そこでようやくシノンはキリトが言わんとしている事を悟った。

信じられないと言わんばかりに小さく首を振り

「まさか……後ろから端末画面を覗き見たっていうの? 無理よ。遠近エフェクトでちょっと離れただけでも文字は読めなくなるし、そんな近くに人がいたら、幾らなんでも気付かない訳ない」

「スコープや双眼鏡を使ったとしたら? 俺の知り合いが、ゲーム内で暗証キーのボタンを読みとるのに、鏡を利用したって話をしていた。何かのアイテムを通せば、エフェクトは無効化できるんじゃないか?」

キリトの問いに、シノンはまたも首を横に振る。

「それこそ無茶だわ。あんなに人がいるところで双眼鏡なんか使ったら、GMに突き出されてアカウント抹消されかねない」

返ってきたシノンの言葉。

けれど、キリトはそれも予想済みと言わんばかりに

「もしもだが……『メタマテリアル光歪曲迷彩』を街中で使ったとしたら? 総督府のホールはかなり薄暗かった。そんな中で透明化したら、誰も気付けない。その状態で、遠くから大型のスコープを使って端末の画面を覗けば、エントリーデータの住所氏名を読みとる事も不可能じゃない筈だ」

そういった。

隣のソラも頷く。

「透明化と望遠アイテム。この二つを利用すれば、確かに可能だろうな。透明化で姿は見えないし、遠近エフェクトはアイテムで無効化できる。それに、ゲーム内端末は複数人が操作する事もあるから基本的に可視状態……覗いてくれと言ってるようなものだ」

「仮に……現実での住所がわかっても……忍び込むのに鍵はどうするのよ? 他にも家族とかいたりしたら……」

2人が立てた仮説を、どうしても受け入れたいシノンは必死に反証を上げようとする。

「ゼクシードとたらこに限って言えば、2人とも一人暮らしだ。住んでいたアパートも古いものだったらしい」

「おそらく、鍵もセキュリティの甘い初期型だったんだろう。それに、GGOをプレイしている時は、生身の体は完全に無意識状態だ。多少侵入に手間取っても、気付かれはしない……」

2人から返ってきた言葉に、シノンは言葉が出ない。

なにしろ、決して有り得ない話ではないからだ。

それ以上に、彼女の言葉を詰まらせたのは『死銃』という謎の正体だ。

アレは『過去』から甦った亡霊でも、未知の力を持つアバターでもなく、現実の殺人者―――『人殺し』だと言う事。

推論に重みが増していくにつれ、先程とは違う恐怖をシノンは感じてしまう。

しかし、それでも理解できない自分がいるようで、最後の抵抗と言わんばかりの言葉を2人に投げかけた。

「じゃ、じゃぁ……死因は? 心不全って言ってたけど……警察や医者でもわからない方法で心臓を止める手段があるっていうの?」

「何らかの薬品を注入したんだろう……」

「だったら、調べればわかる事じゃない……」

「いや、死体は発見が遅れてかなり腐敗が進んでいたらしいんだ。それに、VRMMOプレイヤーが変死して発見される例は少なくない。部屋も荒らされてなければ、自然死と判断されるだろう。一応、脳の状態は調べたらしいが、薬品を注射されたなんて、最初からそのつもりの司法解剖でも行わない限り、わかるわけない」

「そ……んな……」

シノンは数歩後ずさり、いやいやをするように首を振る。

「……狂ってる……そこまで用意周到に準備して……人を殺すなんて……」

「確かにな。でも、理解は出来ないが想像は出来る。奴は今でも『笑う棺桶』の『レッドプレイヤー』で居続けたかったんだ。俺も、心の片隅で、俺は『アインクラッド』の最前線で戦い続けた『剣士』なんだっていう意識があるから……」

「それに関しては僕もだな。今でも、ふと自分が『血盟騎士団』の副団長だった事を意識する事がある……」

『アインクラッド』という聞きなれない言葉が、『ソードアート・オンライン』の舞台だったんだとシノンはすぐに想像できた。

ほんの一瞬だが、シノンは恐れを忘れて彼らの言葉に頷く。

「それは……私もなんとなくわかる。私も自分は狙撃手なんだって思う時があるから……でも、それだと、2人目も……?」

「おそらくはSAO生還者だろう。もっと言ってしまえば、そいつも『笑う棺桶』の生き残りかもしれない。よほどうまく連携しなければ、こんな殺人はとても……いや、そういうことか」

シノンの言葉に頷き、そう言っていたソラが不意に何かに気付いた。

彼女は疑問符を浮かべてソラを見る。

「いや、大したことじゃなんだが。あの十字を切る動きは、観客へのアピールであると同時に、腕時計の時間を確認する事のカモフラージュだったんだと思ってね。現実世界にいる共犯者と、かなり厳密に『犯行時刻』を合わせる必要があるからな。けど、撃つ前にいちいち腕時計を見てたら不自然すぎる」

「そっか……手首の内側に小型時計を装備しとけば、額を触る時にちょうど目の前に来るものね……」

ソラの言葉に、半ば感心して言うシノン。

その時、低く張り詰めた感じのキリトの声が洞窟内に響いた。

「……シノン。一つ聞くが、君は一人暮らしか?」

「え? えぇ……」

振り向いて目に映った彼の目は真剣そのものだ。

「鍵は? それとチェーンロックは?」

「一応、電波ロックだけじゃなくてシリンダー錠もしてあるけど……鍵そのものは、うちも初期型の電子錠……チェーンは……」

すこし考え

「……してなかったと思う」

そう答えた。

すると、ソラはキリトが何を言おうとしているのかを悟り

「……キリト、まさかとは思うが……」

「あぁ、ソラが考えているとおりさ。シノン、落ち着いて聞いてくれ」

2人の表情に懸念の色が浮かびあがっている。

それを見て、シノンは先程以上の不安感に襲われた。

それ以上先は聞きたくない――――そう思うも、キリトは言葉を紡いだ。

「奴は廃墟で君を、あの黒い銃で撃とうとした。それはつまり、準備が完了しているとい事になる。――――――いま、この瞬間に、現実世界の君の部屋に『死銃』の共犯者が侵入して、大会の中継画面で君があの銃に撃たれるのを待っている―――――という可能性がある」

告げられた言葉が耳に届いた瞬間、シノンは全身が凍るような寒気に襲われた。

次いで身体が震えだし、それを懸命に抑えようとするも一向に収まらない。

「嫌……いや……」

よろよろと後ずさりながら、シノンは力なく首を振る。

「いやよ……そんな……そんなの……」

不意に喉の奥が塞がるような感覚と共に、呼吸が出来なくなった。

背筋を逸らし、空気を求めるように喘ぐシノン。

「ぁ……あぁ……」

光が遠ざかり、耳鳴りがする。

シノンの魂が、仮初の肉体から離れようとしていた――――その時。

「だめだシノン!」

両肩を掴まれ、それと同時に耳もとで大きな声が響いてきた。

「いま自動切断するのは危険だ! 落ち着くんだ、まだ大丈夫、危険はない!」

恐慌状態のシノンに叫んだのはソラだった。

「あ……あっ……」

焦点の合わない目を見開きながら、シノンは声の主に縋り付く。

無我夢中で抱きつくと、確かな体温が伝わってくる。

次いで聞こえてきたのは囁き声。

「あのハンドガンで撃たれない限り、侵入者は君に何もすることは出来ない。それが奴等自身が定めた制約だ。けど心拍や体温の以上で自動ログアウトして、侵入者の顔を見てしまうと逆に危険だ。だから、今は落ち着いて。大丈夫だから」

「でも……でも、怖い……怖いよ……」

子供のように訴えながら、シノンはソラによりいっそう縋り付く。

華奢な身体を震わせながら怯える少女に

「大丈夫……大丈夫だ。君を殺させはしない……」

ソラはそう囁きながら、優しく彼女の髪を撫で続けた。

しばらくそうしていたが、やがて震えが止まったのを感じ

「落ち着いたかい?」

ソラは問いかけた。

未だ彼の腕に中にいる彼女は小さく、それでもしっかりと頷いた。

シノンはソラから離れ、彼から少し顔を背ける。

「あ、ありがとう……」

聞こえてきたのは小さな礼の言葉。

ソラは気にしなくていいというふうに頷く。

「2人とも、これからどうすればいいか教えて」

言われたキリト達は頷き合い

「『死銃』を倒す。そうすれば、現実世界で君を狙う共犯者は何もできないはずだ」

「奴等は自分の定めた制約は必ず守る。奴を倒しさえすれば、共犯者はきっと去っていくだろうね」

そういった。

「倒すって言っても大丈夫なの?」

「あぁ。奴は俺達をあのハンドガンで殺せない。俺もソラも、エントリーの時、住所氏名は入力しなかったからな」

「それに、ダイブしているのも自宅じゃないんだ。すぐ近くに人もいる。だから僕達は大丈夫。このゲームルールに則ってやつを倒すだけだ」

そう言いキリト達だが、シノンの表情から不安の色はいまだ消えない。

「けど、あの『黒星』抜きでも、あいつ相当強いわよ。キリトも見たでしょ? たった200メートルからのヘカートⅡの狙撃を避けたのを。回避力だけでも、貴方達と同等かもしれない」

「確かに絶対の自信がある訳じゃない。他に選択肢としては……」

「君が言ったように、残り四人になるまでここに隠れ続けて、僕達3人が自殺するって手もあるが……」

そこまで言って2人は時計を見た。

シノンも釣られて腕時計を確認する。

時刻は21時40分。

いつの間にか6度目のスキャンもスルーしていたようだ。

この洞窟に隠れてから、25分が経過している。

シノンは2人に視線を戻すと、首を左右に振った。

「多分、私達もこのまま隠れてる事は出来ないわ。私達が砂漠の洞窟に隠れてる事に他のプレイヤーも気付いてるはず。洞窟はそんなに数がないから、もういつグレネードを投げられてもおかしくない。むしろ、30分近くも無事だったのは運がいい方ね」

「……そうか」

キリトが小さく呟くと、ソラに視線を移した。

当の彼も、どうするべきか悩んでいる。

そんな彼らに、シノンはそっと声を投げかける。

「ここまで来たんだもの。最後まで一緒に戦わせて」

「けど……もし君があのハンドガンで撃たれたら……」

「あんなの、所詮は旧式のシングルアクションだわ」

そんな言葉が、シノンの口から滑らかに出てきた。

その事に、シノン自身が内心驚いている。

もちろん恐怖が消えたわけではない。

あの『黒星』は長い間シノン―――詩乃の心を苛むあらゆる恐怖の象徴だったのだから。

けれど、少なくとも、このゲームにおけるアイテムとしての『黒星』はさして強力な武器ではない。

更にいえば、『死銃』がもつアレは実像ではない。

ならば、必要以上の恐怖も感じる必要はないし、なにより必要以上に怯えていては戦えるものも戦えなくなる。

「―――仮に、私が撃たれたとしても、貴方達がその剣で弾き飛ばしてくれるでしょう?」

震えを押し殺してシノン。

そんな彼女に、キリトとソラは懸念と安堵がないまぜになった笑みを返してきた。

「あぁ、決して君を撃たせはしない。けど、それを確実にするためには、やはり君は『死銃』の前に身を晒さない方がいい」

そういうキリトにシノンは反論しかけるも、ソラがそれを制した。

「いや、一緒に戦ってくれるというシノンの提案は、僕もキリトもありがたく受け取っている。けど、君はスナイパーなんだ。遠距離からの狙撃の方が真骨頂だろう?」

「それは、そうだけど……」

「じゃぁ、こうしよう。次のスキャンで、俺とソラだけがわざとマップに自分達を表示させて『死銃』を誘い出す。奴はおそらく、遠くに身を潜めて俺達のどちらかを狙撃する筈だ。その射撃でやつの位置を割り出し、君が撃つ。どうだ?」

「貴方達が囮になって、観測手(スポッター)をやろうっての」

キリトからでた、あまりにも大胆な作戦に、シノンは呟いた。

近くにいるソラも呆れたように苦笑いしている。

けれど、確かにこの三人ならそれが最善手だろう。

キリト達超近距離型(クロスレンジタイプ)と、超遠距離型(アウトレンジタイプ)のシノンが一緒にいては、どちらかの戦力が削がれてしまう。

大きく息を吸い、シノンは頷く。

「わかったわ、それでいきましょう。でも、『死銃』最初の一撃で死ぬとかやめてよね」

「努力はするさ。けど、奴のライフルは確かサプレッサを着けてたな……」

「音がしない上に、最初は予測線も見えないんだったな」

「予測線を予測するとか言ってたのは、何処の2人だったっけ?」

キリト達の言葉に、シノンが悪戯っぽく返す。

それが何だかおかしくなり、三人は小さく笑い合った。

と、その時だった。

キリトが上を指差し

「そう言えば、アレって何なんだ?」

言われた2人は視線を向ける。

目に映ったのは、奇妙な水色の同心円だった。

「アレは一体?」

「ライブ中継カメラよ。普通は戦闘中のプレイヤーしか追わないんだけど、残り人数が少なくなったから、こんなとこまで来たのね」

「じゃぁ、さっきの会話が……」

「大丈夫よ、よほど大きい声じゃないと音声は拾わないから。っていうかキリト、いつから気付いてたのよ?」

言いながらシノンはキリトに視線を向けた。

「いや、少し前からちかちか光ってるなーと思って上見たらあったんだよ。ちょうど、シノンが自動ログアウトしようとしたのを、ソラが抱きしめて止めた少し前くらいから……」

それを聞いた瞬間、シノンは火が出る程の勢いで真っ赤になる。

それとは逆に、ソラは青ざめたような表情だ。

「……どうしたの?」

「い、いや、なんでもない……」

訝しんだシノンはソラに問うが、当の彼は少し怯えたような表情で目を逸らした。

傍らのキリトは笑いを必死にこらえている。

その様子に、シノンは大量の疑問符を浮かべていた。

ソラは恨みがましそうな目でキリトを見て

「他人事だと思って……」

「他人事だしなw」

言ってくるソラにキリトはそう返す。

まさか、彼のアバターの件で他人事とばっさり切り捨てた意趣返しをここでされるとは思ってもみなかったソラは内心で溜息をついた。

時計を確認すると、次のスキャンまで残り3分。

「……とりあえず、僕達は外に出てスキャンを待とう」

諦めたような溜息をつき、ソラは洞窟の出口に向かい歩き出した。

キリトもそれに続こうとして

「ねぇ……キリト」

シノンに呼びとめられて足を止めた。

振り向いた先にいるシノンは、何処か聞きにくそうな表情で

「さっき……ソラが、その……私が死んでも悲しむ人がいないって言ったら、すごく怒ったでしょう? アレって……」

そう聞いてきた。

キリトは小さく頷く。

「君が考えてる通りだ。ソラは、過去に家族を……目の前で殺されてる」

「っ! ……やっぱり……」

キリトの言葉を聞いて、シノンはようやく理解できた。

何故彼が、あれほど激昂したのかが。

彼自身、家族を失った悲しみと、置いていかれる者の辛さを経験していた。

だからこそ、シノンが死んでも構わない、悲しむものがいないと言った事が許せなかったのだ。

「だからシノン。もう、死んでもいいとか、悲しむ人はいないとか、そんな事は言わないでくれ。少なくとも、ソラの前では……」

「えぇ……約束するわ」

シノンがそういうと、キリトは頷いて身を翻す。

そのままソラを追って洞窟の出口へと歩いていった。

残されたシノンは、出口の方を見つめながら

(……私は……無自覚に彼を……ソラを傷付けていたのね……なのに、彼は……私を落ち着かせてくれた……)

そう思考を巡らせながら、先程の事を思い出す。

確かに感じたソラの温もりを思い出し、微かに頬が紅潮する。

アバターという仮初の身体とは言え、彼は自分に触れてくれた。

バギーで逃げている時も、厳しく優しく叱咤し、トリガーが引けなくなった自分の右手を握ってくれた。

あの事件以来、触れてくれるものがいなくなったシノンに触れてくれた。

顔に集まった熱を振り払う様に、シノンは首をブンブンと横に振り、再び2人が出ていった出口に向かい視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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時間は遡る事、21時25分。

ユウキは一度現実世界に帰還し、キリトとソラにGGOへ行くように要請した人物を呼び出した。

相手は少し待ってほしいとだけ彼女に言い、つい先ほどようやく姿を現したところだ。

ドアがノックされ、解錠された部屋に入ってきたのはアスナと同じウンディーネだ。

キャラクターネームは『クリスハイト』。

ユウキ達とALOをプレイし始めて4カ月近くが経っている彼こそ、キリト達の依頼主である菊岡誠二郎その人だ。

ひょろりとした長身に簡素なローブを身に着け、銀縁の眼鏡をかけている。

現れた彼に、リズベットは「おそーい!」と、皆が心の中で思っている事を代弁した。

言われた当のクリスハイトは苦笑いで

「こ、これでもセーブポイントから超特急で来たんだよ。ALOに速度制限があったら免停確実だよ。時間のかかる書類仕事も一気に片付けてきたんだから勘弁してほしいなぁ」

このようにとぼけた事を口にしている。

後ろ手でドアを閉めて、部屋の中ほどまで歩いていくと、ユウキがソファーから立ち上がり

「何が起きてるのか、洗いざらい教えて」

真剣な表情でそういった。

単刀直入な質問に、クリスハイトは細い目を何度か瞬かせる。

やがて軽く咳払いし

「何から何まで説明すると、ちょっと時間がかかるかもしれないなぁ。何処から説明していいものか……」

誤魔化す気なのかと思い、ユウキは目を鋭くし一歩前に出る。

が、アスナがそれを制し、クリスハイトに視線を向けた。

「今更はぐらかそうったってそうはいきません。すでにユイちゃんが情報を集め、私達なりに事態を推測してます」

やや低い声で言うアスナに、クリスハイトは少々たじろいだ。

そんな彼に構うことなく

「貴方が話す気がないっていうのなら、代わりに彼女に話してもらいますから」

アスナがそう言い、視線をテーブルに向けた。

「はい。私が代わりを務めさせてもらいます」

そう言ってテーブルに並ぶグラスやカップの影から出てきたのは、キリトとユウキの愛娘であるユイだ。

普段は愛くるしい表情の彼女だが、今はその表情に、キリト譲りの厳しい色を浮かべている。

そこから彼女は、約二分かけて状況を説明した。

ガンゲイル・オンラインというゲームに『死銃』というプレイヤーが出現した事。

その『死銃』が銃撃した2人が、突然回線切断状態になり、以来ログインしていない事。

そして、その銃撃のあった時刻と重なる、二件の変死事件。

状況の説明を終えて、ユイは近くのグラスへと寄りかかった。

そんな彼女を、ユウキは慌てて両手で優しく包み込み、自身の胸に抱いた。

ユイにとって、恐怖や欲望、悪意と言った負の感情は処理しきれないものである。

事実、旧SAOで『メンタルヘルス・カウンセリング。プログラム』だた頃は、それが原因でエラーを蓄積し、半ば崩壊しかけていたのだから。

そんな彼女にとって、『死銃』に関する情報は相当な負荷だっただろう。

ユウキは大切な愛娘に優しく笑いかけ「ありがとう」と囁いた。

推測していたとはいえ、改めて聞くと怖気(おぞけ)が奔る内容に、沈黙が訪れる。

その沈黙を破ったのはクリスハイトだ。

「これは驚いたな。そのお嬢さんは『ナビゲーション・ピクシー』と聞いているけど、この短時間でそれだけの情報を集めたと言うのか。どうだい、『仮想課』でアルバイトでもしてみないかい?」

発せられた言葉は随分ととぼけている。

そんな彼をユウキは鋭い目つきで睨みつけた。

するとクリスハイトはさっと両手を上げて

「いや、すまない。この期に及んで誤魔化そうとは思ってないよ。おちびさんの言う通り、『ゼクシード』と『薄塩たらこ』は『死銃』に撃たれた時刻近辺で、心不全にて死亡している」

そういった。

すると、バーカウンターにいたクラインがわなわなと肩を震わせて

「おい、クリスの旦那。ってことはよ、あんたその殺人事件の事を知っててキリトとソラをあのゲームにコンバートさせたってのか! えぇおい!!」

そこから飛び降りて、今にも殴りかかりそうな勢いで詰め寄るクライン。

そんな彼を、クリスハイトは右手で押しとどめる。

「ちょっとまった、クライン氏。殺人事件ではない。それは2人と話してでた結論なんだ」

「んだとぉ……?」

「考えても見てくれ。どうやって殺すんだい? アミュスフィアはナーヴギアと違いあらゆるセーフティが設けられてる。どんな手段を用いても脳に毛ほども傷をつけられないんだ。それが、先週2人と話して最終的に出た結論なんだ。ゲーム内の銃撃で、現実の肉体を殺す方法はない、と」

あくまで冷静な物言いのクリスハイトに、クラインは「ぐぬぬ」と唸りながら後退する。

再び静寂が訪れかけるが、今度はリーファが掠れた声を出して言った。

「だったら、なんでクリスさんは、お兄ちゃん達にGGOに行くよう頼んだんですか?」

まっすぐにクリスハイトを見据えながら、シルフ随一の剣士は彼に詰め寄っていく。

「貴方も感じてた……ううん、今も感じてるんでしょう? 私達と同じように何かあるって。あの『死銃』ってプレイヤーは、恐ろしい秘密を隠してるって」

「だからこそ、貴方はキリト君と……ソラさんをGGOに行かせた。違いますか?」

リーファの横に並び立ち、鋭い視線を向けながらアスナも問う。

ついに押し黙ってしまったクリスハイト。

そんな彼に、ユウキは彼でさえ知らないだろう事柄を投げかけた。

「クリスさん。『死銃』は、ボク達と同じSAO生還者だよ。しかも、最悪と言われた殺人ギルド、『笑う棺桶』のメンバーなんだ」

それを聞いてピクリとクリスハイトの長身が動いた。

「本当かい?」

返って来た声は、いつものとぼけたものではなく、緊張を帯びたものだった。

「うん。名前まではわからないけど、ボクとクラインさんは『笑う棺桶』の討伐戦に参加してる。つまり、『死銃』が殺人をするのは今回が初めてじゃない。これでもまだ偶然だって言い張るの?」

「しかし……ならば、ユウキ君は、『死銃』は超能力的な何かで殺人を行ってるとでも言うつもりかい?」

「それは……ボクにも『死銃』がどうやって人を殺してるのかはわかんない。でも、ボクはキリト達が戦ってるのを黙って見ている訳にもいかないんだ。クリスさんなら、『死銃』を名乗るプレイヤーを突きとめられるんじゃないの?」

「そんなことしようと思ったら、裁判所の令状が必要になる。捜査当局に事情を説明するにもどれだけ時間がかかるか……」

必死に言うユウキを宥めるようにクリスハイトは言い、やがて首を横に振り

「それ以前に、仮に『死銃』を名乗るプレイヤーを突きとめたと言っても、彼がどうやって『殺害』してるかがわからなければ、裁判所はおろか警察だって動かせない。なにしろ今回の件は殺人事件としてみられていないんだから」

そう言った。

今度こそユウキは唇をかみしめた。

確かに彼の言う通りだ。

たとえ『死銃』を操るプレイヤーがわかったとしても、『殺害法』がわからなければ、立件のしようもない。

「お兄ちゃんは、きっとそれを突きとめる為に、今あの戦場にいるんだと思います」

不意に、リーファがそう呟く。

隣にいたアスナも小さく頷いた。

「多分……ううん、きっとソラさんもそうなんだと思う」

「お兄ちゃん、今日言ってたんです。決着をつけるって。きっとその『殺害法」を突きとめて、PKをやめさせる為に」

それを聞いたユウキは小さく息をのんだ。

リーファの推測はおそらく正しい。

彼らはきっと『自分の責任だ』と感じている。

キリトは討伐隊の一員として、ソラは隊を指揮していた立場として、今度こそ彼らの凶行を終わらせようとしているのだ。

それが、あの討伐戦で、背負った拭えない罪の、償いの第一歩と信じて。

(キリト……どうして君はいつもいつも……)

(ソラさん……私だって、貴方の力になりたいのに……)

ユウキとアスナはここにいない、大切な人を思い思考を巡らせる。

「ばっ……っか野郎どもが! 水くせぇんだよ! 言ってくれたら、俺だって何処でもコンバートしたってぇのに……」

力任せに左手をカウンターに叩きつけながら言うクライン。

「そうですね……でも、きっとお二人は言わないです。少しでも危険があるなら、あたし達を巻き込まないようにする。キリトさんもソラさんも、そういう人だから……」

「そう……ね。それどころか、2人とも今の大会中にも、敵の筈の誰かを守ったりとかしてそうだしね」

泣き笑いを浮かべているシリカの隣にいるリズベットがそう言いながらスクリーンに視線を向ける。

画面のそこかしこで眩いエフェクトがフラッシュしているが、相変わらずキリトとソラの姿は映らない。

あれ以降、『死銃』の姿も映ってない。

凄まじい勢いで出場者達が『Dead』ステータスに変わっているが、キリトとソラは『Alive』のままだ。

という事は、今も彼らは戦っているという事だろう。

仮にいま、ユウキとアスナがGGOにコンバート出来たとしても、大会には出られないから2人の手助けはできない。

それでも何かしたい、支え、守り、励ましたい、と2人は心から強く思う。

「リーファ。キリトは自分の部屋からダイブしてないんだったよね?」

「ええ、そうです。でも、私も都心の何処かから、とだけしか知らなくて……」

それはユウキもアスナも聞いている。

だから、大会が終わってすぐに会えるように、世田谷にある結城家ではなく、御徒町のダイシー・カフェからALOにダイブさせてもらっているユウキとアスナ。

ユウキは頷いて、クリスハイトに視線を向けた。

「クリスさん。貴方は知ってるよね? キリト達が何処からダイブしてるか」

「あー……それは、まぁ……」

すると彼は微妙な表情で口ごもった。

ユウキはアスナに視線を向け、気付いた彼女は頷いた。

視線をクリスハイトに戻し、2人は一歩前に出ると、クリスハイトは身の危険を感じたのか、素早く頷いた。

「ああ、知ってる。というか、僕が用意したんだ。セキュリティとモニタリングは盤石だよ。すぐ傍に人もいるし、2人の現実の肉体に危険がないのは、保証が……」

「それは何処?」

クリスハイトの言葉を無理矢理切るように、ユウキは冷やかな声で言う。

「……千代田区のお茶の水の病院だよ。でも、誤解はしないでくれ。心拍モニターを用意する為にそうなっただけで――――」

彼が言い訳めいた言葉を連ねようとするも、ユウキが手の一振りで遮った。

更ににじり寄り問い詰める。

その勢いは今にも放剣しそうなほどだ。

「千代田区の病院?! それって、キリトがリハビリで入院してたとこ?!」

「あ、あぁ、そうだけど……」

クリスハイトが頷くのを見て、ユウキとアスナは互いに顔を見合わせた。

千代田区のお茶の水と、ダイシー・カフェがある御徒町は末広町を挟んでも目と鼻の先の距離である。

タクシーを拾えば五分とかからないだろう。

彼女等は頷き合うと

「ボク達、行くよ。現実世界のキリト達のところに!」

「何も出来ないかもしれないけど、それでも、せめて傍にいたいから、私もいく!」

そう言った彼女達の瞳に、一切の迷いはなかった。

 




少女を信じ、前を見据える少年と青年。


彼らの信頼を胸に、少女は再び銃を握る。


次回「決意の弾丸」

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