ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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冷えたり温かったりと良くわからん天気ですねぇ。
正直な話、体調管理がめんどくなってしまいますw




では61話、始まります。



第六十一話 罪の告白

左右を流れるビルや廃車が減っていき、気が付けばバギーは廃墟エリアを抜けて砂漠地帯へと突入していた。

砂漠エリアに入る手前で速度を落とし、慎重にハンドル操作して砂丘を走っていく。

通り過ぎていくサボテンを呆けた表情で見ていたシノンはふと左手の時計に視線を向けた。

針が指し示す時刻は21時12分。

廃墟に突入してから、まだ十分程度しか経っていなかった。

けれど、その短い時間の間に、シノンのBoB本大会―――いや、GGOというゲームそのものが、大きく色合いを変えてしまった。

「……やれやれ、こうも見晴らしがいいと、隠れようがないなぁ……」

項垂れかけたシノンの耳に、キリトの落ち着いた声が届く。

「そうだな。とりあえず、態勢と立て直さない事には……」

「……それなら、多分、この先に洞窟がある」

シノンが力ない声で呟く。

ソラは腕を組んで

「そうか。もうすぐ5回目のスキャンがある。洞窟に隠れればスキャンを回避できるな。キリト」

「わかってる」

キリトはハンドルを切り、シノンが指差した方へとバギーを方向転換させた。

数十秒後、目的の洞窟へと辿り着く。

速度を落とし、洞窟の中へとバギーを走らせた。

入り口から十メートルほど離れた場所でバギーを停止させ、キリトとソラはバギーから降りて身体を伸ばす。

「とりあえず、ここでスキャンを回避しよう」

「だな。それよりソラ、廃墟では助かったよ。お前が間に合わなかったら、シノンは確実に撃たれてたからな」

「本当に間一髪だったよ。というか、キリトはなぜ彼女から離れたんだ?」

呆れたような表情で言うソラに、キリトはバツの悪そうな表情になる。

「いや、スタジアムにいる『銃士X』が『死銃』に狙われてるかと思って焦ってたんだ。気が付いたら彼女がいなくてさ。でも、このゲームのベテランの彼女が逸れるなんて初歩的なミスをする筈ないだろ? だから狙われてるのがシノンだって気付いて、急いで引き返そうとしたら、丁度『銃士X』と遭遇してさ」

「それで戦ってたと?」

「それが、仕掛けてくるかと思ったら、いきなり名乗りを上げ始めたんで、申し訳なかったがその隙に『ヴォーパルストライク』を叩きこんで退場してもらったよ。ま、それでも結構なタイムロスしてたのは事実だから、これ以上の申し開きは出来ないな」

「でもまぁ、僕としても、君があのタイミングでグレネード投げ込んでくれなければ、『死銃』にやられていたかもしれない。お互いさまってことだな」

そんな会話をしていると、シノンがバギーから降りて壁際に移動して苦笑いを零した。

「あなた達、こんな状況でそうしてられるなんて凄いわね……」

「そうかな? それよりも、『死銃』は一体どこから現れたんだ? スキャンでは確かに廃墟エリアにはいなかったが……」

「確かに。それは僕も考えていた。どういうカラクリなんだ……」

唸りはじめるキリト達。

すると、シノンが力ない声で

「たぶん……『メタマテリアル光歪曲迷彩』っていう能力だと思う。ボス専用って言われてたけど……その効果がある装備が存在しててもおかしくはないわ」

そう言った。

「なるほど。だが、透明になろうと、足音までは隠せない。耳をすませば近付いてくるのが判る筈だ」

「あぁ、そうだな。ところで、洞窟にいると、俺達の端末にも情報は入らないのか?」

「……結論から言うと、私達の位置情報は衛星に映らない。もし近くにプレイヤーがいたらグレネードを投げ込まれて仲良く爆死よ」

シノンから返ってきた答えに、キリト達は引き攣った笑みを浮かべた。

とりあえず2人は地面に座り、減ってしまったHPを回復させる為にベルトポーチから緊急セットを取り出す。

これはHPを30%回復できるが、即時回復ではない。

戦闘中には使っても効果が薄い為、使うなら今のように隠れている時である。

シノンが時計を確認すると、時刻は21時15分になっていた。

外では5回目のサテライト・スキャンが行われているだろう。

シノンは洞窟の壁際に背中を預けながら

「……ねぇ、さっきの爆発で……『死銃』が死んだって可能性は……?」

呟いた。

すると2人は難しそうな表情する。

「いや……爆発が起きる直前に、金属馬から跳び下りるのが見えた。あのタイミングなら無傷ではないだろうけど、死んだとは思えない」

「そう……」

ソラの言葉に、シノンは力なくそう返す。

ヘカートⅡを壁に立て、両膝を抱えて

「お礼がまだだったわね……助けてくれてありがとう」

「いや、俺の不注意で君を危険な目にあわせてしまった」

「もっと早くに駆けつける事が出来てれば、怖い思いをさせずに済んだんだが……すまなかった」

シノンの言葉に2人は小さく頭を下げて言う。

頭を上げて、自身のHPが回復したのを確認し、キリトとソラは立ちあがる。

互いにメインアームである光剣のバッテリー残量を確認し

「俺達は行くよ。シノンはここで休んでいてくれ。本当はログアウトしてほしいんだが、大会中は出来ないもんな」

「出来る事なら、ここから更に遠くのエリアまで避難してほしい。僕達は奴と決着をつける」

シノンに向き直り、そう言った。

「ま、まって……2人は『死銃』と戦う気なの?」

掠れた声で言うシノンに、2人は小さく頷く。

しかし、返ってきた言葉は勝利を約束するものではなかった。

「あぁ。奴は強い。あのハンドガンが無くても、それ以上に装備とステータス、なによりもプレイヤーの力が突き抜けてる」

「正直、勝算は五分五分と言ったところかな。けれど、奴を野放しにはできない。そして何より、君をこれ以上巻きこめない」

「……怖くないの? そんな強いやつと戦う事が、恐ろしく感じないの?」

不安を孕んだ声で言うシノン。

2人は光剣を納め、苦笑いになる。

「いや、怖いよ。昔の俺なら、きっと本当に死ぬとしても戦えたかもしれない。でも、今は……護りたいものが出来たからな。死ねないし、死にたくない」

「僕も正直、恐怖は感じている。でも、それ以上に、このまま奴を放っておいて、犠牲者を出すことの方が怖いからね。だから、僕達は戦うんだ」

「護りたい……もの?」

「あぁ、仮想世界でも現実世界でも」

返ってきた言葉に、シノンはきっとそれは誰かとの繋がりの事だろうと感じた。

自分とは違い、2人には心を強く結んだ人達が沢山いるのだと。

不意に自身の胸がチクリと痛むのを感じつつ、シノンの口から勝手に言葉が漏れる。

「なら、ここに隠れてればいいじゃない。BoB中は自発的ログアウト出来ないけど、大会が進んで残りが私達と誰か一人になれば、自殺して残った誰かを優勝させればいい。それで大会は終わって脱出できる」

シノンがそういうと、キリト達は互いに顔を見合せて「なるほど」と苦笑いを零した。

けれど、2人は首を横に振り

「確かに、その手もあるな。でも、そういう訳にもいかないんだ」

「あぁ、さっきもいったが、奴を野放しにして、これ以上の犠牲者を出したくはない」

「……そう」

返ってきた彼らの言葉に、シノンは短く返した。

(やっぱり……君達は強いね)

心の中でそう呟きながら、シノンは2人から目を逸らした。

「……私、逃げない」

出てきた言葉に、キリト達は疑問符を浮かべる。

「逃げない。ここに隠れない。外に出て、『死銃』と戦う」

次いで出てきた言葉は、どこか焦りを感じるような声色だった。

彼女は恐れたのだ。

このままここに隠れている事に。

シノンはあの黒いハンドガンを向けられた時、全身が竦み上がった。

骨の髄まで凍りつき、逃走中は情けなく悲鳴を上げ、ヘカートⅡのトリガーさえ引けなくなった。

氷の狙撃手とまで言われたシノンは。今や風前の灯火も同然になっているのだ。

だからこそ、このまま隠れていたら、彼女は二度と自分の力が信じられなくなるだろう。

そしてここから先、全ての標的を外すことになる。

彼女の言葉を聞いて、キリトが低い声で囁いた。

「だめだ、シノン。奴に撃たれたら、本当に死ぬかもしれないんだ。俺とソラは完全な近接戦闘型(クロスレンジタイプ)だし、防御スキルもある。でも君は違うだろう?」

「キリトの言う通りだ。姿を消せる奴に、零距離から強襲されたら、その危険は僕達の比じゃない」

キリトの言葉に続けてソラが言う。

シノンは一度口を噤んだが、やがて自身の唯一の結論を口にした。

「死んでも構わない。私……さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。『あの時』の私より弱くなって……情けなく悲鳴を上げて……それじゃだめなの。そんな弱い私のまま生き続けるくらいなら、死んだ方がいい……」

「怖いのは当たり前だ。死ぬのが怖くない奴なんていないんだから」

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きていくのは……疲れたの。……別に、貴方達に付き合ってもらう気はない。一人でも戦えるから……」

キリトの言葉にそう返し、シノンはのろのろと立ち上がる。

出口に向かい、歩を進めようとして、足を止めた。

目の前に、ソラが立ちはだかっていたからだ。

シノンは彼に視線を向けることなく

「どいて……」

呟く。

「どく訳にはいかない。君は独りで戦い、独りで死ぬ気か?」

「……そうね。それが、私の運命だったの……」

人の命を奪ったという罪を犯した彼女は、決して裁かれることはなかった。

だからこそ、あの男が『死銃』となって帰ってきたと彼女は思っている。

自分に然るべき裁きを与える為に―――――それが彼女の運命だと……

「だから、そこをどいて。私、行かないと……」

「だめだ、行かせない」

「どいてって言ってるのよ!」

行く手を阻み続けるソラに、遂にシノンは声を荒げた。

けれど、ソラは感情を乱すことなく

「君は間違っている。人が独りで死ぬことは有り得ない。人が死ぬ時は、その中にいる誰かも死ぬんだ。君が死ねば、僕達の中にいる君も死んでしまう」

そう言って返す。

けれど、彼女は聞く耳を持たず

「そんな事頼んでない! ……私は、私を誰かに預けたことなんてない!」

更に声を荒げて捲し立てる。

「僕達は、もうこれだけ関わり合ってるんだぞ!」

その言葉が耳に届いた瞬間、シノンの中に抑え込まれたいたモノが音を立てて膨れ上がった。

思いきり歯を食いしばり、右手でソラの襟首に掴みかかるシノン。

「――――なら、それなら! 貴方が私を一生護ってよ!!!」

そう言葉が出た途端、シノンの視界が歪んだ。

頬には熱い感覚を感じる。

両の目から涙溢れだし、ボロボロと零れ落ちていくが、シノンは気が付いていなかった。

左の拳を握り、力任せに何度もソラの胸に拳を叩きつけるシノン。

「何も知らない癖に! 何もできない癖に!! 勝手な事言わないでよ!! こ、これは私だけの戦いよ! たとえ負けて死んでも、誰にも私を責める権利なんて無い!! それとも、貴方が一緒に背負ってくれるの?! この……」

そこで区切り、握られた左の手をソラの前に突き出した。

トリガーを引いて、一つの命を奪った血塗られた手。

少なくとも、彼女自身がそう思っている忌むべき自身の手を。

「この、ひ……『人殺し』の手を、貴方が握ってくれるっていうの?!」

そう捲し立てながら、シノンの脳裏には過去の記憶が巡ってくる。

他の生徒に手が触れれば『触んなよ人殺しが! 手が汚れんだろ!』と罵られた。

時には足蹴にされ、背中を突き飛ばされた事もある。

彼女はあの事件以来、誰にも触れてもらってない。

そう……一度もだ。

その拳を、彼女は再びソラに打ち付ける。

保護の無いバトルフィールドなので、彼女が拳を打ち付けるたびに、ソラのHPが極僅かに減少していく。

それでも微動だにしない彼だったが

「嫌い、あんたなんか大嫌いよ! 私が死んだって、悲しむ人なんていないのよ! だから、だからもう私の事なんて放っておいて!」

彼女がそう口にした瞬間、ソラの中の何かが弾けた。

シノンの両肩を力まかせに掴みあげ

「ふざけた事を言うな!!!」

怒りの形相でそう叫んだ。

途端にシノンが驚いて彼を見る。

だが、ソラは感情の箍が外れてしまい、そんな彼女に構うことなく

「だったら君はわかるのか?! 置いていかれる者が、どれだけの苦しみを抱えるのかが!!」

声を荒げてそう言った。

「っ!」

「君は、自分が死んでも悲しむ人がいないと言ったが、本当にそうなのか?! 君を愛し、慈しみ、育ててくれた家族はどうなんだ?!」

それを聞いた瞬間、シノンは大きく目を見開いた。

脳裏に浮かぶのは、大切な母親の姿と、厳格だが思いやりのある祖父、いつも優しかった祖母の顔。

両目から一層涙が溢れ、止め処なく流れていく。

「それだけじゃない! ここで君を死なせたら、僕達だって後悔する! なんで君を行かせてしまったのかと、ずっと後悔しなければならなくなる!! 僕はもう嫌だ! 誰も護れないなんて、そんなのはもうごめんなんだ!!」

掴んでいた手が離れ、シノンはよろよろと数歩後退し、その場に座り込んでしまった。

次いで聞こえてきたのは嗚咽。

「ッ……うぅ……うぁぁぁ……」

両手で顔を覆い、シノンは只々泣いた。

どれくらいそうしていただろう。

やがて、嗚咽が止み、シノンはポツリと呟いた。

「私ね……人を……殺したの」

その言葉に、キリト達は顔を見合わせた。

彼らの反応を待つことなく、シノンは続ける。

「ゲームの中じゃないよ。現実世界で……本当に人を、殺したんだ。五年前、東北の小さな街で、郵便局に強盗が押し入った事件があったの。報道では、犯人が局員を一人撃った後、銃が暴発して死んだってことになってるけど……実際は違ってるの。その場にいた私が、強盗から銃を奪って……撃ち殺したの」

「……五年前?」

そう呟くと同時に

(もしかしたら、彼女は俺と歳が変わらないのかもしれないな)

思考を巡らせる。

尚もシノンは続けていた。

「私は11歳だった……もしかしたら、子供だったからそんな事が出来たのかもしれない。歯を二本折って、両手首を捻挫、背中の打撲と肩を脱臼したけど、それ以外に怪我はしなかった。身体の傷はすぐに治ったけど……治らないものもあったの」

「……『心的外傷後ストレス障害』……だね?」

落ち着きを取り戻していたソラが、シノンに向かい問う。

彼女はコクリと頷き

「私、それからずっと、銃を見ると吐いたり倒れたりするようになったの。テレビや漫画とかでも……手で銃の真似をされるだけでも発作が起きるの。銃を見ると……目の前に、殺した男の顔が浮かんできて……怖いの。凄く怖い……でもね、この世界でなら大丈夫だった。発作が起きないだけじゃなくて、幾つかの銃は……」

視線をヘカートⅡに向けて、銃のラインをなぞりながら

「……好きにすらなれた。だから、思ったんだ。この世界で強くなれたら、きっと現実での私も強くなれるって、あの悪夢を忘れる事が出来るんだって……なのに、さっき『死銃』に殺されそうになった時、発作が起きそうになった……凄く怖くて……いつの間にか『シノン』じゃなくて、現実の私に戻ってた……だから、私は戦わないとだめなの。あいつと戦って勝たないと……『シノン』がいなくなっちゃうから……」

そう言って両の手で自身の身体を抱いた。

「死ぬのは……そりゃ怖いよ。でも、でもね……それと同じくらい、怯えて生きるのも辛いんだ。『死銃』と……あの記憶と、戦わないで逃げたら、きっと私は前より弱くなる……もう普通に暮らす事も出来なくなる。だから……」

不意に襲って来た寒気に、シノンは身震いする。

再び涙線が緩み、涙が零れそうになった―――――その時。

「俺も……人を殺した事がある」

キリトが弱々しい声で呟いた。

シノンは驚いた表情をして彼に視線を向けた。

「キリトだけじゃない、僕もだ」

次いでソラもそう口にした。

「俺とソラは、前にいたゲームで『死銃』と顔見知りだった……そのゲームのタイトルは『ソードアート・オンライン』。聞いた事、あるか?」

シノンは小さく頷いた。

「じゃぁ、貴方達はやっぱり……」

「あぁ。ネット用語でいえば『SAO生還者』ってやつだ。そして、あの『死銃』も」

「僕達は、その世界で『死銃』と何度も命を奪いあう戦いをしてきたんだ」

そういう2人の目は、何処か遠くの過去を覗くように、宙をさまよう。

「奴は、『笑う棺桶』っていうレッドギルドに所属していた。そのギルドは、殺人を最大の快楽としていた殺人ギルドだったんだ。保護のないフィールドやダンジョンで、他のパーティーやギルドを襲い、金とアイテムを奪ってから、容赦なく殺した。もちろん、他のプレイヤー達も最大限の警戒をしていたけど、奴等は次々に殺しの手口を編み出して、いっこうに犠牲者が減らなかった」

「だからとうとう、大規模な討伐パーティーが組まれ、『笑う棺桶』の無力化作戦が決行された。僕はそのパーティーの半数を指揮していた。早朝に奴等のアジトを強襲し、行動不能にして牢獄に送る作戦だったが、何処からかその情報が漏れていて、奴等は罠を貼って待ちかまえていたんだ。なんとか態勢を立て直したけど、その場は作戦なんて意味をなさない混戦状態となったんだ」

2人の言葉に、シノンは何も言わずただ耳を傾けている。

「その中で、俺はパートナーを護る為に、2人殺した。一人は胸を刺し貫いて、もう一人は首を撥ね飛ばした」

「そして僕は、戦っていた相手が盾に使った『笑う棺桶』のメンバーを一人、この手で殺してしまった」

「……私、貴方達がした事に、何も言えない。言う資格なんてないから……でも、一つだけ聞かせて。あなた達は、その記憶をどうやって乗り越えたの? どうやって過去に打ち勝ったの? どうしたら、そんなに強くいられるの……?」

縋るような目で、シノンは2人に問いかける。

彼女は己の過去に打ち勝つために、GGOをプレイしている。

この世界で強くなり、現実でも同じ強さを手に入れ、発作を、過去を乗り越える為に。

だからこそ、彼女は2人に聞いた。

どうすれば、自分もキリト達のようになれるのかと。

「……乗り越えてなんかいないさ」

けれど、返ってきた返答はシノンの予想外の言葉だった。

「人の命を奪ったことを忘れる、なんてことは出来ないんだ。確かに俺は、その事を思い返す事をしなかった。でも昨日、待機室で『死銃』と遭遇して、奴が『笑う棺桶』のメンバーだとわかった時、俺は自分の罪を改めて自覚させられた」

「それは僕も同じだった。どんなに目を背けても、命を奪った事実が消えるわけじゃない」

2人の言葉に、シノンは愕然とする。

力なく口を開き、呟いた。

「そ……それじゃぁ……どうすればいいの……? 私は……私は……」

キリト達の言葉は、シノンにとっては死の宣告に等しいものだ。

今まで必死に乗り越えようとしたものは、どう足掻いても乗り越えられないというのだから。

「けどな、シノン」

絶望の表情を浮かべているシノンに、キリトが言った。

「それはきっと、正しい事なんだ。俺は確かにこの手で人を殺した。なのに、責められる事はなかった。誰も俺を裁こうとはしなかった。それをいい事に、俺は自分のしたことを思い返さなかった。でも、それは間違いだったんだ。彼らをこの手で殺した事の意味を、その重要さを、俺は受け止めて考えなければいけなかったんだ。それを、俺の大切な人が気付かせてくれた。そうすることが、今の俺に出来る精一杯の償いなんだって」

「どんなに遠ざけようと、過去は消せない。記憶も本当に消える事はない、何かの切っ掛けで思い出してしまう。だから、それをちゃんと見据えて、受け入れる為に戦うしかないんだ。少なくとも、僕はそう思う。こんな僕を信じてくれている人のためにもね」

「受け止め……考える……私には……そんな事出来ない……」

2人の言葉を聞き、シノンは呟く。

そして、砂地に横たわるヘカートⅡを見て

「……『死銃』……」

呟いた。

「じゃぁ、あのボロマントの中にいるのは、実在する現実の人間なのね?」

「あぁ、そうだ。奴は元『笑う棺桶』の幹部だった。それは間違いない」

シノンの問いに、ソラが応えた。

「じゃぁ、あいつはSAOでの事が忘れられなくて、またPKがしたくなってGGOに来たってこと……?」

「理由はわからない。ひとまず僕達がつきとめなければいけないのは『殺害法』だ。それさえわかれば、現実の警察を動かす事が出来るからね」

「そこは本人に聞くのが一番手っ取り早いけど、簡単には教えてくれないだろうなぁ」

「でも、どうやって殺してるの? アミュスフィアは初代ナーヴギア……だっけ? それとは違って危険な電磁波は出せないんでしょ?」

疑問符を浮かべてシノンは首を傾げる。

キリトも腕組して唸り

「そうなんだけど……実は、俺達にこの世界に来るように依頼した奴がいるんだが、そいつの話によれば、ゼクシードとたらこの死因は脳損傷じゃなくて心不全なんだよ」

「え……? じゃぁ、『死銃』は呪いとか、そういう超能力的な方法で2人を殺したってこと……?」

正直笑われるんじゃないかと思いながら言ったシノンだが、キリトもソラも張り詰めた視線を返してくるだけだった。

「流石にそれはないと信じたいな。ただでさえゲーム内の銃撃で人を殺せる事でさえ絵空事だと思えるのに……いや、待てよ……妙だな」

シノンの言葉にそう言いながら、ソラはふと何かの違和感を感じそういった。

「どういう事?」

「いや、さっきの廃墟で、奴は僕にあの黒い銃を使わなかった。わざわざライフルに持ち替えて撃つより、あの黒い銃で僕を撃った方が遥かに高い確率で殺せるはずなのに」

自分が死ぬ可能性を冷静に考えているソラに、シノンは半ば呆れたように視線を向ける。

「十字を切る暇がなかったから……とか? あ、あの黒いハンドガン、『黒星・四五式』って言うんだけど……アレを撃つ時は必ず十字を切らないと、人を殺す力を発揮できないとか……?」

シノンの言葉に、ソラは首を振る。

「いや、それは無い筈だ。バギーで逃げている時、奴は十字を切らずに黒い銃で撃ってきた」

「……何かの理由でソラや俺にはあのハンドガンを使えないってことか……?」

「そう言えば、あの鉄橋エリアでも妙だったわ。あいつ、ペイルライダーは撃ったのに、無抵抗のダインは撃たなかったもの」

「あの時点で、彼は死んでたろ?」

キリトの言葉に、シノンは首を振り

「死んだって言っても、HPがゼロになって動けないってだけで、アバターは残ってた上に、意識も繋がったままだった。仮想と現実の枠を超えて殺せるなら、HPの有無とか関係ないんじゃない?」

そういった。

キリトとソラは考える素振りを見せ

「つまり、『死銃』はターゲットを選んでいる? 選ばれたターゲットには、何かの共通点があるってことなのか?」

「あぁ、だとすると、確認しないといけない事が幾つかあるな。シノン、これから僕がする質問に可能な限り答えてくれ」

そう言ってくるソラにシノンは頷く。

「まずは、彼らのランキングや、強さはどのくらいのものだった?」

「えぇっと……ゼクシードは前回のBoB優勝者で、たらこは上位入賞。確か5位か6位だったわ。ペイルライダーは確かに強かったけど、前の大会には出てないわ。BoBのランキングで言えば、ダインの方が上よ」

「なら、装備やステータスは?」

「装備は全員バラバラよ。私は見ての通り狙撃銃だし、ペイルライダーはショットガン。ゼクシードは確か激レアのXM29アサルトライフルで、たらこはエンフィールドの軽機関銃。ステータスは……あぁ……」

そこで何かを思いついたように唸るシノンに、キリト達は疑問符を浮かべた。

「共通点って言えるものじゃないけど……強引にくくれば、『全員AGI特化ビルドじゃない』ってことになるかな。……っていっても無理あるかな……STRかVITに偏ってたりするから……」

「うーん。結局、理由なくターゲットを選んでるのか?」

「わからない……次に、君はターゲットに選ばれた人達と面識はあるか?」

「ゼクシードは遠目に見た事あるだけで、ペイルライダーは今日まで見たことすらなかったわ。たらことは、前回のBoBが終わった時、少し話したかな」

「何を話したか覚えてるかい?」

聞かれたシノンは薄い記憶をたどっていく。

考える事十数秒後、シノンは顔を上げて

「たしか、大会が終わって総督府ホールに戻った時、賞品に何を貰うかって喋ったんだけど……」

そう言った。

「賞品か……何が貰えるんだ?」

するとキリトが少しワクワクした表情で聞いてくる。

この状況で賞品の内容が気になるなど、何処までゲーマーなのかとソラは呆れて溜息をつきかけるも、それを呑みこんだ。

シノンも半ば呆れたような表情で言う。

「あー、選択式よ。順位に応じて色々選べるんだけど、武器や防具、街で売ってない色の髪染めとか、服とかね。まぁ、どれも性能はいまいちの外見重視なやつだけど。あとは、ゲーム内で登場する銃のモデルガンとかかな」

するとキリトは訝しげな表情になり

「モデルガン? ……って事は、ゲーム内のアイテムじゃなくて、実際に貰えるってことなのか? でも、アカウント作った時にはメールアドレスと年齢性別くらいしか要求されなかったけど……」

「忘れたの? 予選にエントリーする時に、リアルの住所氏名を書き込む欄があったでしょう?」

「まさか、ゼクシード達は住所氏名を入力したのか? シノン、君も?」

「ええ、そうだけど」

そうシノンが答えた瞬間、キリトの表情が強張った。

それを見て、ソラとシノンは顔を見合わせる。

当のキリトはブツブツと呟いていた。

彼の脳裏に、様々な情報が駆け巡り、バラバラになっていた真実のピースが組み合わされていく。

 

 

 

 

―――現実世界でモデルガンが貰える。

 

 

 

―――リアルの住所氏名の入力。

 

 

 

―――その際に利用した総督府ホールは、後ろが広いオープンスペースだった。

 

 

 

―――『メタマテリアル光歪曲迷彩』による透明化。

 

 

 

―――被害者は一人暮らしで、死因は心不全。

 

 

 

「そうか……そういうことだったのか……」

口を開き、出てきた彼の声は掠れていた。

「俺は、また見えてなかった。見ているようで、見えていなかったんだ」

「どういうことだ、キリト?」

愕然とした様子のキリトに、ソラが問いかける。

「……VRMMOをプレイする時、プレイヤーの意識は現実から仮想世界に移動し、そこで話し、走り、戦う……そう思っていた。だから、『死銃』もこの仮想世界で標的を殺してると思っていた……」

「ち……違うの?」

おずおずと問いかけてくるシノンに、キリトは首を振って

「違う。本当はプレイヤーの身体も、心も、移動なんてしちゃいない。現実と仮想の違いは、情報量の多寡だけなんだ。アミュスフィアを被っているプレイヤーが、電磁パルスに変換されたデジタル映像を、見たり聴いてるだけなんだ。だから、ゼクシード達は、あくまで死体のあった場所、自分の部屋で死んだんだ。そして、そこには……」

「ま、まてキリト! まさか……」

キリトが言わんとしている事を察したソラ。

みるみる表情が強張っていき、声色も緊張を帯びていく。

そんな中、シノンだけが状況を吞み込めていなかった。

「何を……言ってるの?」

キリト達は一度顔を見合わせて頷き合う。

シノンに視線を向け

「『死銃』は一人じゃない、2人いるんだ。一人目がゲーム内であのボロマントのアバターを操り、標的を黒い銃で撃つ。同時に、2人目の『死銃』がターゲットの部屋に忍び込み、無抵抗に横たわるプレイヤーを……殺してるんだ」

発せられたキリトの言葉は、その場の空気を本当に凍らせたのではと錯覚させるほどのものだった。

 

 

 

 




少年から語られる推測。


突き付けられた事態に、少女は再び恐怖する。



次回「力の正体」

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