ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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また寒くなってきましたねぇ。
西日本も週末は大寒波で雪が降るとか……やめてくれ、通勤に支障がでるぅぅ。




では58話、始まります。



第五十八話 死を与える者

ガンゲイル・オンラインにおいて、シノンというプレイヤーは割と名が知られている。

理由は様々だが、主な理由は二つある。

一つは彼女がメインアームとして使用している武器。

『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』という、GGOで数少ない対物狙撃銃の冠をもつ銃を所持しているからである。

高スペックの狙撃銃を己の手足の如く使いこなし、狙った獲物はほぼ必中必殺の腕を持つ彼女の実力は並ではない。

もう一つは彼女の容姿だ。

小柄で華奢なその姿は、女性プレイヤーが稀少とまで言われるGGOでは兎に角目立つ。

発せられるボイスも高く澄んでいて可愛らしく、様々な男性プレイヤーが彼女と『お近づき』になろうと声をかけている。

今回のBoBが始まる数日前から参加しているスコードロンのメンバーから何度も口説かれたのは、彼女にとっては記憶に新しく、またとてもわずらわしいものであった。

そういう訳で、シノンはその容姿からも、ぞして持っている実力からも知る人ぞ知るプレイヤーなのである。

だが、彼女は元々こういうゲームをするような人物ではなかった。

現実ではもっぱら本を読んでいる事の方が好きな、何処にでもいる普通の少女。

そんな彼女が、GGOをプレイしているのには理由があった。

シノン―――現実での名は『朝田詩乃』。

彼女が11歳の時、ある事件と遭遇した事が全ての発端だ。

その日、詩乃は母親と共に地元の小さな郵便局に訪れていた。

そこに突然大きなバックを持った男が押し入り、「金を出せ」と銃を構えたのだ。

言うまでもないが強盗である。

局員の一人が撃たれ、その銃口が彼女の母親に向けられた時、詩乃は思いきった行動に出た。

男に飛び掛かり、銃を奪って発砲したのだ。

結果、犯人である男は死亡し、詩乃は両手足の捻挫、背中の打撲に右肩の脱臼という怪我を負った。

しかし、彼女が負った傷は肉体的なものだけではなかった。

それ以来、詩乃は銃を見るだけで極度の嘔吐や眩暈を起こすようになった。

典型的な『心的外傷後ストレス障害』である。

更には事件が起こったのが小さな街であった為、彼女が強盗を撃ち殺したという情報があっという間に広まってしまい、詩乃は『殺人者』というレッテルを貼りつけられ、周囲の人々から徹底的に拒絶されたのだ。

極めつけは進学の為上京し、入った高校で、詩乃にあたりを付けた問題行動の多い女子グループとトラブルを起こしてしまい、報復という形で彼女の過去を学校中に吹聴されてしまった。

その為、詩乃はほとんどの生徒、教師からも避けられるようになり、元凶の女子グループからはあからさまな金銭要求などの嫌がらせを受けている。

そんな詩乃に普通に接してくれているのはシュピーゲル―――現実での名を『新川恭二』―――くらいである。

彼と出会ったのは、彼女が通っている図書館で偶然声をかけられたのが切っ掛けだ。

GGOもミリタリーマニアである恭二に薦められてアカウントを作り、プレイを始めたのだ。

銃の世界を体験する事で、自身が抱えている心的外傷後ストレス障害を克服する為である。

実際、GGO内では銃を見たり触れたりしても発作が起きることなく、メインアームであるヘカートⅡを始め、幾つかの銃は好きにすらなれた。

それでも現実では未だ、銃を見るだけで発作を起こす。

彼女は考えた。

もっと強くならなくては―――と。

強くなり、自分より強い敵を全て殺し、なににも屈することのない強さを手にすれば、きっと発作を―――過去の悪夢を払拭出来るのではと。

その為に詩乃は―――シノンはBoBに参加している。

出場者を全て打倒する事で、過去を乗り越える強さを手にする事が出来ると信じて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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BoB本戦が開始されて、すでに30分近く経過していた。

この時点で、シノンはすでに2人のプレイヤーを倒している。

だが、全体でどれだけのプレイヤーが残っているかは、15分ごとのサテライト・スキャンでしか確認できない。

と、その時だった。

二度目のサテライト・スキャンが行われ、シノンの端末に幾つもの光点が表示される。

その中で21個の光点が光っている。

単純計算で9人のプレイヤーが脱落していようだ。

端末に表示されている自身の周囲一キロ圏内の光点は4つ。

その一つずつをタッチしていくシノン。

北東600メートルに『ダイン』、そのやや東に『ペイルライダー』、その更に200メートル東側に『ソラ』。

そして800メートル南に静止しているのが『獅子王リッチー』である。

ダインを示す光点は西に向かって移動しており、ペイルライダーがそれを追従している。

それを確認した直後、衛星が去ったようで、端末に表示された光点が点滅し情報がリセットされる。

シノンは端末をポーチにしまうと、北東のほうを見やった。

どうやらダインとペイルライダーを次の標的と定めたようだ。

ダインは彼女が現在参加しているスコードロンのリーダーである。

性格的には好きになれないが、その実力は彼女も認めていた。

対するペイルライダーはシノン自身聞いたことのないプレイヤーである。

戦闘スタイルはおろか、武装さえも判らない。

ただ、前回のBoBにて18位にランクインしているダインを追い回しているところをみると、かなりの実力者なのだと推測できる。

その2人は現在、ステージを二分する大河へと向かい移動しているのを先程のスキャンで確認してる。

おそらく、ダインは森の中でリスキーな戦闘をするくらいなら、見通しのいい橋で迎え撃つつもりなのだろう。

その橋は、2人よりもシノンの方が距離的に近かった。

周囲の気配に気を配りながら、シノンは素早く移動を開始する。

全速で駆け、大きな橋のかかった大河、その二百メートル離れた位置で停止し、シノンはヘカートⅡを設置して息を潜めた。

やがて、細道と鉄橋の境に生える太い古木の陰からダインが飛び出してきた。

橋を一気に駆け抜けて、シノンが身を潜める岸辺まで渡り終えると、地面に伏し伏射の体勢を取る。

その姿を見て、シノンは感心したように呟いた。

「確かにこの状況なら、一方的に撃ちまくる事が出来るわね。でも、脇が甘い」

視線の先のダインは背中を無防備に晒してしまっている。

アレではシノンに撃ってくれと言っているようなものだ。

「どんな時も後ろに注意、でしょ?」

そう呟き、シノンはダインに照準を合わせた。

このままペイルライダーが来る前に彼を撃つことは可能だ。

ペイルライダーに気付かれはするだろうが、強襲する為にも橋を渡らなければならない。

たったの200メートルだが、それだけあれば撃ち倒す自信がシノンにはある。

(ギャラリーには悪いけど)

思考を巡らせ、トリガーに指を添えた―――その時だった。

彼女の首筋に冷たい戦慄が奔った。

本能が訴えている。

自分の後ろに誰かがいると―――

(しまった! 狙撃のチャンスに夢中になって警戒が甘くなってた!)

そう思考が巡ると同時に、彼女は勢いよく身を翻し、左手でサイドアームの『MP7』を抜いた。

その間にも思考は巡る。

(でも、さっきのスキャンでは後方には『獅子王リッチー』しか表示されなかった。一体どうなって……)

MP7を真後ろに突き出すと同時に、黒い銃口が向けられた。

やはり気のせいではなかった。

これほど近距離にまで接近していた事に気付かなかった事を悔みながらも、シノンは相討ち覚悟で引き金を引こうとする。

が、その前に銃口を向けている襲撃者から低い囁きが聞こえてきた。

「まて」

途端にシノンは目を見開き、視線を銃口から襲撃者の顔へと向ける。

映った顔は見知った顔だった。

「キリト……?」

間の抜けた声で呟くシノン。

だが、すぐに鋭い目つきに戻り、MP7の引き金を引こうとする。

しかし、それも再び聞こえた低い囁きによって止められた。

「待ってくれ。提案がある」

「何をっ……」

あくまで小さい声だが、シノンは殺気の籠った声で

「この状況で提案も何もないわ! どちらかが死ぬ、それだけよ!」

「撃つ気なら、いつでも撃てた」

捲し立てるシノンに、キリトはあくまで冷静に、それでいて切迫した声で返してきた。

見せている表情も真剣そのもので、シノンは押し黙るしかなくなってしまっている。

そんな彼女に、キリトは更に囁く。

「今派手に撃ち合って、向こうに気付かれたくない」

「どういう事……?」

「あの橋で起こる戦闘を最後まで観たい。それまで手を出さないでほしいんだ」

キリトの言葉に、シノンは疑問符を浮かべている。

「観て……それからどうするの? 改めて撃ちあうとか、間抜けな事を言わないでしょうね?」

「状況にもよるが、俺はここから離れる。君を攻撃はしないよ」

「私が背後からアンタを撃つかもしれないわよ?」

「それならそれでしょうがないさ。諒解してくれ、始まるみたいだ」

言うや否や、キリトは双眼鏡を取り出して橋の方へと視線をむけた。

シノンは溜息を吐いて

「……仕切り直せば、今度はちゃんと戦ってくれるのね?」

「約束する」

頷くキリトに、シノンは再度溜息を吐いてMP7を下ろした。

もっとも、警戒は解いてないようでトリガーから指を離してはいないが。

一方のダインは未だに伏射姿勢で待機している。

彼を追っている筈のペイルライダーは未だ姿を現さない。

「……アンタがここまでして観たがってる戦闘、このままじゃ起きないんじゃない?」

小声で皮肉交じりに言うシノン。

「ダインだって、いつまでもああしてるとは限らないわ。あいつが移動しようとしたら、私が撃つからね」

「その時は、そうしてくれていいさ……いや……」

シノンの言葉に応じるキリトの声色が緊張を帯びた。

直後、反対側の岸から一人のプレイヤーが姿を見せる。

シノンはMP7を左腰のホルスターに納め、ヘカートⅡのスコープを覗きこんだ。

痩せた長身に、奇妙な青白い迷彩スーツを身につけたプレイヤー。

シールド付きのヘルメットを被っている為、顔は見えないものの、武装は右手にぶら下げている『アーマライト・AR17』である事が確認できた。

彼がペイルライダーで間違いないのだろう。

その立ち姿には力みが感じられず、ダインが構えている銃口も恐れることなく橋へと近づいている。

「……あいつ、強いわ……」

思わず呟くシノン。

初見ではあるものの、纏っている雰囲気から、その実力はある程度推し量れる。

弾道予測線という未来予知的なアシストがあるものの、フルオートマシンガンを構えた敵に近づくのはおいそれと出来るものではない。

けれどペイルライダーは何を気にするでもなく、まっすぐに歩き進んでいる。

その姿に、この状況を狙っていた筈のダインですら戸惑いを滲ませた。

が、それでもBoBに出場する程の実力者だけあって踏ん切りも早かった。

一秒も経たないうちに、ダインは『SG550アサルトライフル』のトリガーを引いたのだ。

軽快な音を響かせながら、発射された十数発の弾丸は勢いよくペイルライダーへと襲いかかる。

それを、ペイルライダーは思いもよらない方法で躱してみせた。

橋を支える幾つものワイヤーロープの一本に飛びつき、左手だけで登りはじめたのである。

慌てて銃口で追おうとするダインだが、伏射姿勢の所為で上方が狙いづらくなっていた。

その為、二度目の射撃は照準が定まらず、その隙を突きペイルライダーはワイヤーの反動を利用して長跳躍を行ったのだ。

伏射姿勢のダインのすぐ近くに着地した。

その光景を見て、シノンは驚きを隠せずに

「STR型なのに装備の重量を抑えて、三次元での機動力を底上げしてる……おまけに軽業のスキルがかなり高いわね」

呟いた。

ペイルライダーの着地と同時に、ダインは膝立ちになり、三度トリガーを引いた。

だが、それも読まれていたようで、呆気なく躱されてしまう。

「んなろっ……」

悪態をつきながら、ダインは空になったマガジンを交換しようとした。

しかし、その前にペイルライダーの右手に握られたアーマライトが大きく火を噴いた。

至近距離からのショットガンによる銃撃。

これはもはや回避不可能だ。

吐き出された弾丸を受けて、ダインはHPを減らしながら大きく後ろに仰け反った。

けれど、マガジン再装填の手は止めていなかったようで、再度構えようとした瞬間――――再び轟音が響いた。

ショットガンという武器は与えるダメージが大きいのもあるが、真に恐ろしいのは仰け反り効果が高く、相手に何もさせることなく連続で撃ちこむ事が出来ることである。

二度目の被弾で更にHP減らすダイン。

ペイルライダーは更に距離を詰め、無慈悲にも三度目のトリガーを引いた。

轟音と共に放たれた弾丸は、残り僅かなダインのHPを完全に吹き飛ばす。

大の字になってダインは地面に倒れ込み、その上に『Derd』と表示されたウインドウが出現した。

彼はバトルロワイヤルから脱落したということだ。

「……あの青いの、かなりやるな」

シノンの隣で戦闘を観ていたキリトが不意に呟く。

「……奴は現れないか……あの青いのは狙われてないのか……?」

「なに? どういうこと?」

呟きが聞こえたようで、シノンはちらりとキリトに視線を向けて問いかけた。

すると彼は首を振り

「いや、なんでもない……」

そう返してきた。

「……あいつ、撃つわよ?」

シノンは一息置いてそういうと、返答を待たずにヘカートⅡのトリガーに指を添えた。

ダインを倒したペイルライダーはすでに移動を開始している。

こちらに気付いていない今は最大の狙撃チャンスなのだ。

「……ああ、構わない……」

キリトの掠れた声が聞こえてくる。

シノンは照準をペイルライダーに合わせ、引き金を引こうと指に力を込めた―――その時だった。

彼の右肩に着弾エフェクトが閃き、同時に痩せた体躯が弾かれたように左へと倒れたのだ。

「「あっ……」」

思いもよらない光景に、2人は同時に声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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遡る事、二度目のサテライト・スキャンの数分前。

森の中を、灼髪の男性プレイヤーが駆け抜けていた。

そのすぐ後ろには、ガタイのいいプレイヤーが追って来ている。

右手にはアサルトライフルが握られ、灼髪の男性―――ソラへと銃口が向けられていた。

やがて、ソラは走るのをやめて身を翻した。

向かってくる対戦者に向き合い、そちら目掛けて全速で駆ける。

対戦者―――プレイヤー名『ロックマン』はニヤリと笑い、立ち止って向かいくるソラに照準を合わせた。

同時に幾つもの弾道予測線がソラへと伸び、トリガーが引かれ、弾丸は吐き出された。

しかし、ソラは臆することなく光剣のスイッチを押して刃を展開する。

そのまま光剣を振り、襲いくる弾丸を斬り伏せていった。

『弾丸破壊』

幾つかの弾丸が身体を掠め、多少HPを減らすもソラは全く気にせずに突っ込んでいく。

自信が傷付くことすら恐れぬ特攻に、ロックマンは驚愕するも、無慈悲に赤いエネルギーの奔流が彼を斬り裂いた。

片手剣ソードスキル『バーチカル』、その模倣。

「ぐあぁぁ!!」

一気にHPを吹き飛ばされたロックマンは大きな悲鳴を上げて倒れた。

ソラは光剣の刃を消して一息つき

「やれやれ……キリトと合流しようにも、このままじゃ、こっちが先に参ってしまいそうだ」

そう言って光剣をホルスターに納めた。

一度目のサテライト・スキャンから15分が経とうとしている事を確認し、ポーチから端末を取り出すソラ。

直後、二度目のスキャンが行われ、端末に幾つもの光点が表示された。

その中で一キロ圏内にいる光点の一つをタッチする。

すると、見知った名前が表示された。

プレイヤー名『シノン』。

ソラは少し考える仕草を取り

(……一キロ圏内にキリトの姿はないか……彼の事だから簡単にやられはしないだろうけど……)

思考を巡らせ、再度端末を見る。

衛星が飛び去ったようで、表示されていた光点は点滅し、情報がリセットされたようだ。

ソラは端末をポーチにしまうと

(とりあえず、一キロ圏内で近いプレイヤーはシノンくらいか……もしかしたら、キリトが彼女に接触してる可能性もある。行ってみる価値はあるかもしれないな)

そう思考を巡らせると、ソラはシノンがいる方向へと身を翻し、駆け出した。

一方―――

突如、攻撃を受け倒れてしまったペイルライダー。

いきなりの事態に、キリトもシノンも驚きを隠せていない。

「……狙撃されたの? でも、一体どこから?」

キリトは神経を集中させる。

聞こえてくるのは川のせせらぎと、風の音のみだ。

「……聞き逃した?」

「いや、間違いなく何も聞こえなかった。これは一体……」

疑問符を浮かべて唸るキリト。

「考えられるのは、作動音の小さい光学銃か……あるいはサプレッサ付きの実弾銃ね……」

「さ、さぷれっさ?」

「減音器の事よ。銃の先端に装備して発射音を抑えるアイテム」

「あ、サイレンサーの事か」

「そうとも言うわね。とにかく、それをつけたライフルなら発射音をかなり抑えられる。命中と射程にマイナス補正がかかる上に、馬鹿高いのが難点だけどね」

言いながらシノンは倒れているペイルライダーを見た。

キリトも同じように彼を見る。

ペイルライダーは起きる気配を見せる事はない。

もし一撃でHPが全損したというなら、『Dead』のシステムウインドウが表示される筈だが、それもない。

という事は、彼はまだ脱落はしていないという事になる。

けれどもペイルライダーは動く気配を全く見せる事がない。

その時、シノンがふとキリトに視線を向けて

「そう言えば……アンタ、一体どこから現れたの? 二度目のスキャンの時、この付近にはいなかったでしょ?」

「ん? あぁ、その事か。川を泳いでたんだよ」

問われたキリトはあっけらかんとした声で応えた。

シノンは目を丸くして

「ど、どうやって?」

問いかけてきた。

「一旦装備を全部外したんだ。解除した武装はアイテム欄に戻るから、手で運ぶ必要がない。これは『ザ・シード』規格のMMO共通のルールなんだよな」

返ってきた返答に、シノンは呆れたように溜息をつく。

「そのアバターでアンダーウェア姿を披露したら、外で中継観てるギャラリーは大歓喜だったでしょうね」

「外部中継は、原則的に戦闘以外は映さないんだろ?」

厭みたっぷりのシノンの言葉に、キリトは不敵な笑みで返す。

彼女は小さく鼻を鳴らし

「……ともかく、川に潜ってればスキャンには捕捉されないのね。けど、アンタはペイルライダーを追って来たんでしょ? 確かにあいつも強いけど、大した奴じゃないみたいね。一発喰らったくらいで立てなくなるようじゃ、この先……」

「いや、違うな……よく見ろよ。あいつのアバター、妙なライトエフェクトが奔ってる」

シノンの言葉を遮り、言うキリト。

すると、彼女はスコープの倍率を上げてペイルライダーを見た。

確かに彼の言う通り、ペイルライダーの全身を小さな稲妻のようなエフェクトが奔っていた。

「あれは……電磁スタン弾ね」

「それは?」

「名前の通りよ。命中した後、高電圧を生み出して、対象をしばらくの間麻痺させるの。でも大口径のライフルじゃないと装填できないし……そもそも一発がとんでもなく値が張るから、対人戦で使う人はいないわ。パーティーでもMob狩り専用の弾なのに……」

キリトの問いにシノンはそう応えた後、訝しんだ表情をする。

そうこうしているうちに、ペイルライダーを拘束している電流も薄れてきていた。

その時だった。

橋を支える鉄柱の陰から、黒い影が現れた。

フード付きのボロマント。

目深に被られたフードによって顔は見えない。

彼が歩を進めると、隠れていた武装がキリト達の目に映った。

それは『サイレント・アサシン』と呼ばれる狙撃銃だ。

正式名称は『アキュラシー・インターナショナル・L115A3』。

この銃はシノンのヘカートⅡとは違い、人間を撃つ為に作られた銃である。

撃たれたものは、狙撃手の姿を見ることなく死へと誘われる。

故に、ついた通り名が『サイレント・アサシン』。

ゆっくりとボロマントのプレイヤーはペイルライダーへと近づき、腰に装備していたハンドガンをホルスターから抜く。

握ったハンドガンをフードの額に当てた後、胸に動かし、左肩から右肩へと持っていく。

それは十字を切る行為そのもの――――

直後にキリトはボロマントが誰かを悟り

「シノン、撃て」

乾いた声で言った。

「え? どっちを?」

「ボロマントの方だ。 頼む、はやく撃ってくれ!」

疑問符を浮かべるシノンに、キリトは切羽詰まった声で言った。

多少訝しむも、シノンはヘカートⅡの照準をボロマントに合わせる。

トリガーに指を添え、一気に引き絞った。

轟音が響き、必殺の弾丸は放たれる。

それはボロマントのHPを一気に吹き飛ばす―――事はなかった。

彼は大きく上体を後ろに傾ける事で、ヘカートⅡの弾丸を躱したのだ。

視線の先で起こった現象に、キリト達は愕然とする。

「あ、あいつ……最初から気付いてた……? 私がここに身を潜めている事を……知っていた?」

「まさかっ……! 奴は一度もこっちを見てないぞ!?」

小声ながらも荒げられる言葉に、シノンは小さく首を振る

「でも、あの避け方は……弾道予測線が見えてないと出来ない避け方よ。つまり、何処かの時点で、私の姿を奴は視認していて、それがシステムに認識されたって事……」

そうこうしているうちに、ボロマントはハンドガンの銃口をペイルライダーに向けていた。

キリト達が視線を再度向けると同時に、トリガーが引かれ、大きな発砲音が響き渡った。

弾丸がペイルライダーに着弾したと同時に、彼はバネ仕掛けのように跳ね起き、アーマライトの銃口をボロマントに向ける。

その直後、様子が一変した。

握っていたアーマライトを落とし、ペイルライダーが苦しみだしたのだ。

ゆっくりと仰向けに地面へと倒れ、胸の中央を掴む仕草を見せた後、そのアバターは動かなくなる。

刹那、その身体が不規則なノイズを発しながら光に包まれていき、一瞬で消滅した。

最後に残った光が、『DISCONNECTION』という文字を表示させたウインドウを出現させた。

それはほんの数秒で溶けるように消えていく。

目の前で起こった光景に、シノンは乾いた声で

「あいつ……他のプレイヤーをサーバーから落とせるの?」

呟く。

その呟きに、キリトが低い声で応えた。

「違う。そんな生温いもんじゃない……」

「温いって……どこがよ? 大問題じゃない。チートもいいところだわ。ザスカーは、運営は一体何して――――――」

シノンの驚きが隠せていない、動揺した声の言葉をキリトは遮るように首を振り

「そうじゃないんだ。……奴はサーバーから落としたんじゃない。殺したんだ! たった今、ペイルライダーは……ペイルライダーを操っていたプレイヤーは現実世界で死んだんだ!」

声を震わせて、そう言った。

 

 

 

 

 

 




向けられる銃口。


目に映る黒い拳銃。


その姿は少女の悪夢を呼び覚ます。



次回「黒星」

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