ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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いやはや、突然寒くなるのは勘弁ですねぇ……おかげで風邪ひいて喉が痛くてしょうがないです。インフルエンザも流行ってますし、皆さんも体調には気を付けてください。






では56話、始まります。



第五十六話 それぞれの予選決勝戦

風が吹き付ける荒れた大地。

この広い荒野に二つの影があった。

片方はボロボロのマントを身に着けて、フードを目深に被っているプレイヤー。

右手に持っているのはリボルバー型のハンドガンだ。

もう一方は灼髪の男性。

銃は持たず、左手に光剣が収まったホルスターを握っている。

2人は相対したまま動こうとはせず、互いを見据えていた。

「……どういうつもりだ?」

不意に灼髪の男性―――ソラが口を開く。

対するボロマントはなにも応えない。

ソラは構うことなく続ける。

「何故動かない? 戦う意思がないのか?」

「……本戦への、切符は、手に入れた。だが、貴様が、本物かどうか、確かめる、いい機会でも、あるな」

「なに?」

不快な金属音のような声が響き、ソラが眉を潜めた―――瞬間。

ボロマントは勢いよくリボルバーの銃口をソラに向ける。

直後にソラの身体に予測線が伸びてきた。

彼は瞬時に反応し、身体を反らした。

同時に弾丸が通り抜ける。

ソラは地を蹴って一気に駆け出した。

そんな彼に尚も伸びてくる弾道予測線。

トリガーが引かれ、弾丸が発射される。

その刹那、ソラはホルスターから光剣を抜き放った。

赤く輝くエネルギーの刃が、横に閃を描いて振り抜かれた。

同時にバシッと大きな炸裂音が鳴り、火花が飛び散る。

飛んできた弾丸が、ソラによって斬り落とされたのだ。

ボロマントは構うことなく、再びトリガーを引く。

次に飛んできた弾丸を、ソラは躱して突き進んだ。

光剣を引いて、思いきり突き出す。

片手剣ソードスキル『レイジスパイク』の模倣だ。

赤いエネルギーの奔流が、ボロマントへと襲いくる―――が、彼は苦もなく躱してみせた。

体勢を直し、ボロマントは再び銃口をソラに向ける。

トリガーを引こうとした瞬間、赤い刃が突き付けられた。

ソラも躱された直後に体勢を直し、光剣を突き出していたのである。

銃口と光剣が互いに突き付けられた状態で、2人は制止する。

「……くくく。はははは!」

不意にボロマントが笑い始めた。

「何がおかしい?」

「今ので、確信した。やはり、貴様も、あの男も、本物だな。『黒の剣士』と、『刃雷』!」

そういうや否や、ボロマントは地面を蹴って後ろに跳躍する。

咄嗟の事でソラは反応が遅れるも、同じように地を蹴って追撃をかけた。

光剣の刃が消え、ホルスターに納められる。

勢いよく駆け、納められた光剣を、着地したボロマントに向けて縦一閃、垂直に抜き放った。

『飛燕一閃』。

ソラが持ちえる最大威力を誇った必殺の剣技だ。

ボロマントはソラに向かい、右手のリボルバーの銃口を――――向けることなく放り投げた。

直後、赤い刃が身体を縦一閃に切り裂いた。

HPが一気に減少し、ゼロになる。

ボロマントの頭上に『Dead』と表示されたウインドウが浮かび、彼の身体がポリゴン片になる―――瞬間。

「明日の本戦、楽しみに、している。イッツ・ショウ・タイム、『先輩』」

そう言ってボロマントは爆散した。

光剣の刃を消し、ホルスターに納めるソラ。

その表情はとても苦いものだった。

目の前に表示された『Winner Sora  Loser Sterben』のウインドウ。

(……奴の名はステルベン……ドイツ語で『死』という意味。奴が『死銃』で間違いはないか……しかし、中身がまさか『彼』とは……)

そう思考を巡らせながら、ソラの身体は青白い光に包まれる。

光が消えると同時に、彼は待機室へと転送されていった。

 

『Cブロック決勝・勝者ソラ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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場所は変わり、大陸間高速道。

シノンは掩蔽物である廃棄されたボロボロのバスの中から外の様子を窺っていた。

相棒である対物狙撃銃(アンチマテリアルスナイパーライフル)『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』のスコープから覗く視界には、対戦者の姿が映し出されている。

対戦者のキリトは、掩蔽物に隠れることなく、一直線に伸びた高架道のど真ん中に立っている。

(……どういうつもり? 隠れもしないなんて、戦う気がないってこと? なめられたものね)

心の中で毒づきながら、シノンは照準をキリトの頭のすぐ横に合わせた。

彼からシノンの位置はバレていないので、弾道予測線は表示されていない。

シノンはトリガーに指をかけ、一気に引いた。

ドガン! という轟音と共に、弾丸が吐き出される。

それはキリトの顔の左側すれすれを凄まじい勢いで通過した。

しかし彼は動じていない。

一度キリトは目を伏せて

「提案がある! まどろっこしいのは好きじゃない! 手っ取り早く勝負を決めないか?!」

そう声を上げた。

すると、バスからシノンが姿を現わして

「……どうするつもりなの?」

訝しげな表情で問いかけてきた。

「決闘スタイルでいきたい。10メートル離れて、君は銃を、俺は剣を構える。この弾丸を投げて、地面に落ちたら勝負開始でどうだ?」

「いいわ。でも、随分と余裕ね? 私の弾丸なんて簡単に躱せるって言いたいのかしら?」

「そんなつもりはないよ。ただ、このほうが俺的に全力でいけるってだけさ。手は抜かないって約束だろ?」

シノンの言葉に、キリトは苦笑いで言う。

その様子を見て

「そう……安心したわ。ハイウェイのど真ん中につっ立ってるから、勝負を投げたのかと思った」

いいながら不敵に笑う。

釣られたようにキリトも笑い、互いにゆっくりと後退していった。

数歩下がり、互いの距離が10メートル程になった地点で足を止めた。

シノンはヘカートⅡを構え、スコープに右目を当てる。

キリトは光剣を握ってスイッチを押し、刃を展開した。

左手に持った弾丸をキリトが宙に放り投げ――――――数秒後、カチンと地面に落ちる音がした。

瞬間、キリトは地を蹴って駆け出す。

凄まじい速度で駆けるキリトだが、シノンは動じることなく照準を彼に合わせた。

(この距離なら、私のスキル熟練度とステータス補正、そしてこの子のスペックが重なって、弾丸は必中する。悪いけど、この勝負はアンタの負けよ……キリト!)

思考が巡ると同時に、シノンは一気にトリガーを引いた。

轟音と共に、必殺の弾丸が空を切って宙を翔ける。

その速度は人間の目で追えるものではない。

弾丸は確実に飛んでいき、キリトの脳天へと当たる―――――直前で火花を散らして消えていった。

正確には消えたのではない。

斬られたのだ。

彼の光剣によって真っ二つに。

二つに分かれた弾丸は、彼の顔の両側を流星のように突き抜けて飛んでいく。

あまりの出来事に、シノンの思考は完全に停止してしまった。

それはそうだろう。

必中の筈であった弾丸は、彼に敗北を与えることなく真っ二つになってしまったのだから。

気がついた時には、目の前に紫に輝く光の刃が映っていた。

「……どうして私の照準が予測できたの?」

「スコープのレンズ越しでも、君の目が見えたからな」

シノンの問いに、キリトは静かに応える。

目が見えた、それはつまり視線から射線を予測したということだ。

あまりにも無茶で信じられない話だ。

少なくとも、シノンの周りにそんな事が出来るプレイヤーは存在しない。

彼女は確信する。

彼の持つ強さは本物―――いや、すでにVRの枠を超えているモノだと。

「……教えて。貴方はその強さをどうやって身につけたの?」

「これは強さじゃない。単なる技術だ」

返ってきた返答に、シノンは光剣が突き付けられているのも忘れ、激しく首を振り声を荒げた。

「嘘よ! テクニックだけで、ヘカートII(この子)の弾を斬れる訳ない! 貴方は知ってるはず。どうやったらその強さを身につけられるの? 私は……それを知る為に……」

「なら聞くぞ?」

すると、キリトは声を低くして問いかけた。

「もしその銃の弾丸が、現実のプレイヤーを本当に殺すとしたら……そして、殺さなければ自分が、自分にとって大切な人が殺されるとしたら、君はその引き金を引けるのか?!」

その瞬間、シノンの両目が見開かれる。

彼は自分の過去を知っているのか? だからこんな質問を?

そう訝しんだが、それは違うとすぐにわかった。

シノンの目に映る彼の瞳が、自身の瞳と被って見えたからだ。

深い闇を抱え込んで、どうしようもなく絶望的な何か背負ってしまった―――自分自身と同じような瞳の陰り。

「……俺にはもう出来ない。俺は、強くなんか……ない。あの時斬った2人、いや3人の本当の名前すら知らないで……日々の暖かさに溺れて、目を反らして逃げていただけなんだ」

その言葉に意味は、シノンにはわからなかった。

けれど、確かな事が一つだけある。

キリトも、自分と同様の闇を抱えているのだと。

しばしの沈黙が続いたが、それを破るように、キリトはいつもの不敵な笑みを見せた。

「さて、決闘は俺の勝ちって事でいいかな?」

「え? あ……」

「なら、降参してくれ。無闇に斬るのは好きじゃない」

その言葉に、シノンはようやく鈍っていた思考が回転し始め、深々と溜息をつき

「……あんたともう一度戦うチャンスがある事に感謝するわ。明日の本戦、私と遭遇するまで生き残りなさいよ。その時こそ、敗北を告げる弾丸の味を教えてあげる」

そう言って一歩下がり背を向けた。

一度息を大きく吸い、リザイン! と大声で叫ぶシノン。

これにより勝敗が決した。

 

『Fブロック決勝・勝者キリト』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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BoB予選を勝ち抜き、本戦への出場権を手に入れた和人と空人。

その日はGGO内でやる事はないと判断し、ログアウトして現在は千代田区の都立病院を出て、最寄りのファミレスへと赴いていた。

遅めの夕食を摂りつつ、入手した情報の検証を行っているのである。

「……それで、あのボロマントのことは探れたのか?」

「あぁ。結論から言えば、奴が『死銃』である事に間違いはない。プレイヤーネームがそれを示していた」

和人の問い掛けに、空人はスマートフォンを取り出してメモ帳を起動させた。

そこにボロマントのプレイヤーネームを打ち込んでいく。

「Sterben? スティーブンか?」

「いや、これはドイツ語だよ。読みはステルベン。意味は『死』だ」

「ドイツ語読めるのか?」

「僕の専攻は精神医学。だからと言ってドイツ語を覚えなくていい訳じゃないんだ。と言っても読めるのは医療用語に使われているものだけだけどね」

空人は苦笑いで応え、目の前に置かれたチキンドリアをスプーンで掬って口にする。

「なるほどな……それで、肝心の中身はわかったのか?」

「……あぁ。奴は、間違いなく『笑う棺桶』のメンバー。その中で、僕と君の二つ名を知っていて、尚かつ相当の実力者……」

「リーダーのPoH、幹部のジョニー・ブラック。そしてもう一人……」

そこまで言って和人は一旦区切り空人に視線を向ける。

空人は頷き

「赤眼のザザ。『死銃』の中身は奴だ」

「確証はあるのか?」

「いや。けれど、纏っていた雰囲気はPoHともジョニーともいえないものだった。それに、あの言葉を区切って喋るのプレイヤーは僕の知る限り、『笑う棺桶』では奴しかいない」

空人の言葉に、和人は納得のいった表情をし、自分の注文したカルボナーラをフォークでクルクルと絡ませてから口にした。

確かに彼の言う通り、和人もあのボロマントが纏っていた雰囲気は、かつてSAOで相対したPoH、ジョニーのものとは違っていると感じてはいた。

それに喋り方も、何処か子供がそのまま大人になったような喋り方のジョニーとも、聞いているだけで正常な思考が乱されてしまいそうなPoHとも違っていた。

わざわざ言葉を区切りながら喋るのは、和人自身も『笑う棺桶』では一人しか思いつかない。

「……なぁ、ソラ」

「ん?」

食事の手を止めて、和人は口を開く。

「……ソラは憶えてるか? 旧SAOで、プレイヤーを殺した事を」

すでに遅い時間なので周りにあまり客はいないが、それでも他には聴かれたくない和人は小さな、それでもはっきりとした声で空人に問いかけてきた。

それを聞いた空人は一度目を伏せ

「あぁ」

そう短く頷いて返す。

「そうか……俺も、忘れてはいなかった。憶えていた筈だったんだ。でも、現実に帰ってから、その事を誰にも咎められなかった……いや、それも言い訳だな。結局俺は、罪を背負う覚悟をしていながら、その罪すら思い返そうとしていなかったんだから」

そう言いながら和人は自嘲気味に笑う。

「奴があのエンブレムを見せた時、背筋が凍りついたよ。その時になって、ようやく俺はあの時の事を思い返したんだ。はは……情けないだろ?」

「……そんな事はないさ。僕も同じだ」

和人の言葉に、空人は小さく首を振り

「確かに、現実に帰還してからしばらくは、その事を夢に見る事もあった。でも、求めていた日常が戻って来て、いや、それ以上に温かい日々が僕にその事を忘れさせた。僕も奴のエンブレムを見て、自分の罪を再認識させられた。僕も結局、奴等と同じなんじゃないかって……」

和人と同じように自嘲気味に笑い、空人はそう言った。

何ともいえず、微妙な沈黙が訪れる。

「……とりあえず、今は『死銃』の事を最優先に考えよう。当初の目的の接触は出来たけど、これで依頼を達成した気には、僕はどうしてもなれない」

「それに関しては俺も同意見だ。もし本当に奴がゲームの中の銃撃で現実の人間を殺せるなら、明日の本戦でも被害者が出る可能性があるってことになる。『死銃』の存在が確認できた以上、『殺害法』も必ず存在する筈だ」

思考を切り替えて、2人は今後の事を話しあった。

そのまま食事を済まし会計をして―――領収書の回収は忘れてない―――ファミレスを出てそれぞれの帰路につくことになった。

和人は自分のバイクのシートに置いてあるフルフェイスのヘルメットを手に取り被ろうとした―――その時。

「キリト、あまり考えこむなよ?」

空人がそう言って来た。

和人は苦笑いを浮かべて

「あぁ、ソラもな」

そう言って返し、右手を上げた。

メットを被り、バイクのエンジンをかけてシートに跨り、そのまま彼は自宅へと帰っていった。

その姿を見送った空人はゆっくりと駅に向かい歩き出す。

数分歩いて、ふとその足を止めると、スマートフォンを取りだした。

端末を操作し、連絡帳を開いてよく使う項目を選択する。

一番上に表示されている『結城明日奈』の文字。

彼女の声が聴きたい。

そんな想いに駆られながら、空人は恋人の名前を指でタップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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和人が家についた時間はすでに23時を回っていた。

家の明かりはすでに消え、家族は寝ているのだろうと判断し、静かに家に入ろうと玄関の戸に手をかけた。

直後、中で明かりが灯り、和人が開こうとした戸がいきなり開かれた。

「おかえり、和人」

「ゆ、木綿季?」

戸が開かれ、目の前に現れたのは彼の恋人である紺野木綿季だった。

青紫のパジャマを身につけ、その上に白のパーカーを羽織っている。

風呂から上がったばかりなのか、微かに香るシャンプーの匂いに和人の頬が僅かに紅潮した。

「な、なんで木綿季がうちにいるんだ?」

疑問符を浮かべて驚いている和人。

それもそうだ。

本来、彼女は結城家に住んでいるのだから。

問われた木綿季はへにゃりと笑って

「えへへー。実は今日泊まりにくること、和人にだけ内緒にしてたんだー。驚いた?」

そう言って彼の顔を覗き込む。

和人は苦笑いになり

「そりゃぁな。っていうか、まだ寝てなかったのか?」

「うん。和人が帰ってくるの待ってたんだ。もしご飯食べてなかったら、作ってあげないと可哀想だし?」

問われた木綿季は悪戯っぽく笑ってそう返した。

「そう……か。いや、食事は外で済ませてきたから大丈夫だよ」

「そう? じゃぁ、お風呂入ってきなよ。今日は少し寒かったから、少し熱めにお湯いれてるよ」

「あー……わかった。ありがとな、木綿季」

そう言って和人は家の中に入る。

ライダージャケットを脱ぎ、それを木綿季に預けると風呂場に向かって歩き出した。

その時

「和人」

木綿季が彼を呼びとめた。

和人は疑問符を浮かべて振り返る。

視線の先にいる木綿季は小さく首を振って

「ううん。しっかり温まってね?」

そう言って二階へと上がっていった。

疑問符を浮かべながらも、和人は再び風呂場に向かい歩き出した。

それから約20分後。

和人は風呂から上がり、寝間着を身につけ、自室に戻る前にキッチンに立ち寄って水を飲む。

コップ一杯の水を飲み干して、使ったコップを流しに置き自室に向かった。

ドアを開け、中に入ると

「あ、和人。しっかり温まった?」

木綿季が彼のベットに座っていた。

戻ってきた部屋の主に、無邪気な笑顔で問いかける。

「な、なんで俺の部屋にいるんだよ?」

てっきり彼女は妹である直葉の部屋にいるのかと思っていた和人は、驚き半分呆れ半分でそう言った。

「んー。なんかね、今の和人を放っておくのは駄目かなと思ってさ」

対する木綿季はそう言って来た。

和人は驚いたような目で彼女を見る。

当の木綿季は真剣な表情で和人を見ていた。

「和人。なにかあったの?」

「なにかって……別に何も……」

「あったんだよね? 和人って嘘つく時よく目反らすから、すぐにわかるよ」

誤魔化そうとするも、間髪いれずに言われてしまい、和人は言葉を詰まらせた。

沈黙が訪れかけるが、和人は小さく息を吐き

「まいったな……」

苦笑いで言う。

「そう簡単に、ボクに嘘を付けると思わない方がいいよ? 何年君のパートナーやってると思ってる? ほら、ドアの前に立ってないでこっち来てよ和人」

そう言って無邪気に笑いながら木綿季は手招きした。

和人は観念したように溜息をつき、ベッドまで歩いて行って彼女の隣に腰を下ろした。

そしてそのまま、今日の事を―――依頼の内容やボロマントの正体等は無論伏せて―――木綿季に話した。

「そっか……リサーチ先にSAO生還者がいたんだ」

「あぁ。そのせいかな。思い出したんだ……俺があの世界で、3人も殺している事実を……」

自嘲するように笑いながら、和人は話す。

「酷い話だよな。他人の命を奪っておいて、それを今まで思い返す事もしなかった。なのに、思い出した途端、怖くなった……」

「……」

「俺は本当にこのまま生きていていいのか? 何も罰せられることもなく、生きていていいのかってさ。『人殺し』の俺に……そんな権利なんて―――」

「和人」

名を呼ばれて視線を向ける和人。

視界には木綿季がいた。

いつの間にか立ちあがって彼の前でしゃがみ込んでいる。

驚いた表情の和人を覗きこみながら、木綿季は両手を伸ばしてきた。

小さな手が、彼の両頬に添えられる。

「また勘違いしてるよ、和人」

苦笑いで木綿季はそう言った。

当の和人は疑問符を浮かべている。

「確かに和人はさ、あの世界で人を殺めてしまった。でもそれは、全部ボクを護る為だったよね?」

言われた和人は小さく頷いた。

「なら、それは和人だけの罪じゃないよ? 原因を作ったボクも同罪。ボクも『人殺し』だよ」

「な……違うだろ。アレは全部俺自身がそうすると決めたんだ。お前に責任なんて……」

「あるよ。少なくともボクは自分にも非があると思ってる。あの時ボクが油断しなければ、躊躇しなければ、和人にこんな重いものを背負わせなくて済んだのにって」

「木綿季……」

「ね。『笑う棺桶』討伐戦が終わった日の夜。思いつめて帰ってきた君に、ボクがなんていったか憶えてる?」

優しく微笑んで問う木綿季。

それを聞いた瞬間、和人の脳裏にあの日の事がよぎる。

 

 

 

 

―――――――辛い事も苦しい事も、楽しい事も嬉しい事も、ボクは君と一緒に背負いたい。だから1人で悩まないで? ボクに遠慮なく寄りかかってね。

 

 

 

 

「あぁ。憶えてるよ……忘れるものか」

「あの時……ううん。それより前から、ボクの気持ちに変わりはないよ。辛い事も苦しい事も、楽しい事も嬉しい事も、ボクは君と一緒に背負って生きていきたい」

優しく微笑みかけながら、木綿季はそう言葉を紡ぐ。

「それに、和人は一人じゃないよ? クラインさんやエギルさん、シリカやリズに直ちゃん、ソラと明日奈、そしてボクが傍にいる。たとえ世界中が敵になっても、ボク等が君の味方になる。ね、これなら怖いものなしでしょ? だから、一人で悩まなくていいんだよ? ボクが、そして仲間が一緒にいるんだから」

「……あぁ。そうだな」

和人は目を伏せ、自身の両頬に添えられた木綿季の手に、自身のそれを重ねた。

優しく、それでいて強く彼女の手を握り

「ありがとう、木綿季。おかげで目が覚めた。そうだよな、悩んだって俺の罪は消えない。なら、それはもう一生向き合っていくしかないんだ。一人では無理でも皆が、木綿季が一緒なら……きっと向き合っていけるって思えるよ」

目を開いてそう告げた。

彼の瞳にはもう陰りはない。

いつもの、ふてぶてしいまでの不敵な目。

迷いが晴れ、木綿季の大好きな彼の目に戻り、彼女は嬉しくなって和人に飛びついた。

「おわ!」

「えへへー。和人、もう一人で悩んじゃ駄目だよ? 少なくともボクには頼ってね?」

「あぁ、約束するよ」

抱きついてくる愛しい少女を、和人は優しく抱き返す。

すると、不意に木綿季が

「ね、今日は一緒に寝ていい? もちろんギュってしたままで」

耳もとでそう囁いてきた。

甘い声色に、和人の顔の温度が上昇していく。

もちろん深い意味はないのだろう。

それでも和人も男だ。

勘ぐってしまうのも無理はない。

どう返事をするか茹であがりそうな頭で思案していると

「ダメ……?」

身体を少し離れさせ、上目遣いで木綿季は問いかけてくる。

頬はうっすらと赤みを帯びて、瞳は潤んで揺れている。

こんな状態でのおねだりなど、もはや和人にとっては核兵器に等しい。

この凄まじいでの破壊力に

「……今日だけだぞ?」

和人は屈してそう言った。

彼からの了承を得られた木綿季はふにゃりと笑みを見せて再び和人に抱きついた。

当の和人は、もうどうとでもなれと言わんばかりの表情で、自分にすり寄ってくる木綿季を優しく抱き返すのであった。

 

 




BoB本戦当日。


決戦開始までのつかの間の時間。


戦士たちは何を思うのか。



次回「BoB本戦」

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