ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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年が明けてからのハードスケジュールをこなし、ようやくここまで書くことができたよ……
怒涛の仕事と私事と地域行事だった……岩窟王が見てたら「慈悲などいらぬ!!」とか言ってたかもしれない。


というわけで、今回は幕間になります。


幕間の物語 罪を背負った日

『Kirito VS Sinon フィールド・大陸間高速道』

『準備時間 残り52秒』

目の前に表示されているウインドウを一瞥し、キリトは思考に巡らせた。

(……まさか、またあのエンブレムを見るなんてな……)

徐に自身の握られていた右の掌を開き、彼は自嘲したように笑う。

(忘れていた訳じゃない……けれど、思い返す事はしなかった……いや、思い返さなかったのは忘れていたのと同じか……)

あの時、ボロマントが見せたエンブレム。

それはキリトにとって、決して拭えぬ罪を嫌というほど思い出させた。

決勝前にする準備はない。

残り時間は45秒。

目を閉じて、キリトは思い返す。

拭えない罪を背負った―――旧SAOでの出来事を。

 

 

 

 

 

 

2024年 7月22日 第55層 グランザム 『血盟騎士団本部』

 

 

「今日は、召集に応じてくれてありがとう。これより、殺人ギルド『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の無力化作戦の会議を開始する」

そう言って会議室の檀上に立っているのは『血盟騎士団』の副団長であるソラだ。

隣には大きなランスを背負った『聖竜連合』幹部のシュミットがいる。

この日、この場所には血盟騎士団と聖竜連合、その他攻略組の有力なプレイヤー達が集まっていた。

理由はアインクラッドで猛威を振るっている殺人ギルド『笑う棺桶』を無力化する作戦会議を行う為だった。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』。

奪えるのなら奪えばいい、殺せるのなら殺せばいい。

その狂った思想の元に集った、アインクラッド史上、最悪のギルドである。

ギルドリーダーである『PoH』を筆頭とし、幹部に『赤眼のザザ』と『ジョニーブラック』、その他犯罪者プレイヤー約30人よって構成されたその組織は、兎に角常軌を逸していた。

アイテムやコルの強奪など、あらゆる犯罪に手を染めていたが、中でも『殺し』に関してだけは一切の妥協がなかったのだ。

相手を麻痺させて殺す。

人質を取って殺す。

用済みの人質も殺す。

ゲームと称し、散々弄んでから殺す。

見逃すふりをして殺す。

終いには、『犯罪防止(アンチクリミナル)コード有効圏内』で殺しを行う為に、デュエルを利用した睡眠PKを生み出した。

このイカれた集団によって、あらゆるパーティーやギルド、ソロプレイヤーが餌食となり、命を落としていったのだ。

このまま彼らを野放しにすれば、必ずアインクラッド攻略に大きな支障をきたすだろう。

何より、無力なプレイヤー達をこれ以上死なせるわけにはいかない。

その為、攻略組の中でトップギルド『血盟騎士団』と『聖竜連合』による呼びかけによって、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の無力化作戦が提唱され、作戦参加者を攻略組の中から集った。

集まった人数は50人。

そして、この中には当然のように、黒衣の少年キリトと、その相棒であるユウキも参加していた。

展開されたマップを、真剣な表情で見ている。

「奴等の根城が、8層にある小洞窟の安全地帯であることが判明した」

ソラの言葉に、集まったプレイヤー達がざわついた。

それもそうだろう。

今まで30人規模の集団が根城にしている場所を、プレイヤーが購入可能な物件だと思い、不動産屋からあらゆる情報屋を駆使して探したにも関わらず見つけられなかった。

それがまさか、誰も存在すら知らない小洞窟の安地と聞けば驚きもするだろう。

「……どうりで見つからない訳だね」

小さな声でユウキは呟く。

「だな……プレイヤーが購入可能な大型物件を利用するよりは遥かに安全だ。下層ならレベルさえ高ければ死にはしないからな」

頷いてキリトが応える。

2人がやりとりしている間にも会議は進行していっていた。

作戦内容はいたって単純だ。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の根城を奇襲し、メンバーを行動不能にしたうえで『黒鉄宮』の牢獄へと送るという、いたってシンプルな作戦。

「作戦は明日の早朝開始する。『血盟騎士団』が率いるA班の指揮は僕が、『聖竜連合』率いるB班の指揮はシュミットさんが行う。ここまでで何か質問は?」

いいながらソラが視線を巡らせる。

すると、ソロプレイヤー群の中から一人、おずおずと手を上げた。

「大抵のプレイヤーは行動不能になれば戦意喪失するだろうが、そうでない場合は……」

「……その時は、仲間を守るためにも覚悟を決めてほしい」

プレイヤーの質問に、ソラは少し間を置いてから返す。

彼の言った『覚悟』という言葉に、皆が一様に息をのんだ。

もし、相手が戦意喪失しなかったらその時は―――――――

「もちろん、そうならないようにしたいとは思っている。犯罪者プレイヤーとはいえ、俺達と同じこのデスゲームの被害者であるには変わりないからな……」

沈黙を破るようにシュミットが口を開いた。

「とにかく、これ以上の犠牲を出さない為にも、全力で作戦にあたってほしい。作戦開始30分前に8層の主街区に集合し、アイテムを配布後、目的地へ回廊結晶を用いて移動する。以上で会議を終わります」

そう言ってソラは壇上から降りていく。

同時に他のプレイヤー達も会議室を後にしていった。

残ったのはキリトとユウキ、そしてソラの三人だ。

「よう、ソラ」

「やはり2人も参加するのか……」

いいながらソラは苦い表情になる。

「うん。これ以上、あの人達を野放しには出来ないからね」

「ユウキには残ってるように言ったんだけどな」

「何言ってんのさ。キリトだけに危険なことはさせないよ? ボク達はコンビでしょ?」

そう言ってユウキはズイっとキリトの顔を覗き込んだ。

「わかった、わかってるよ! 近いから離れてくださいユウキさん!」

キリトは顔を赤くしながら言う。

まぁ、ユウキ程の美少女が至近距離で覗きこんでくれば、キリトでなくとも焦るだろうが―――

ユウキが離れると、キリトは軽く咳払いをする。

その様子を見て、ソラからは笑みがこぼれた。

「相変わらず仲がいいな」

「えっへへー、まぁねー」

ソラの言葉にユウキが嬉しそうに応えた。

「それよりもソラ。どう思う?」

不意に、キリトが真剣な表情で尋ねてきた。

「どうとは?」

「今回の作戦の事だ。『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の無力化……何処まで出来ると思う?」

「……正直な話、勝算は7対3ってところだろうな。人数ではこっちが有利だが……向こうにはその差が気にならない強さのプレイヤーがトップに三人いるからな」

「赤眼のザザと、ジョニー・ブラック。そして、PoH……」

呟き、キリトは表情を険しくする。

キリトは過去に何度か、この三人と相対したことがある。

その時はどれも一対一だったので何とか撃退、もしくは戦闘離脱することが出来たが、いずれも本気で戦っても勝てるかわからない実力者たちだと彼は認識している。

中でもやはり、リーダーのPoHの強さは他の二人とは別格だとさえ感じている。

戦闘技量も然ることながら、やつのもつカリスマ性はもはや次元が違う。

デスゲームが始まって間もない頃から言葉巧みに仲間を増やし、たった一年足らずであらゆるプレイヤーが名を訊くだけで慄く組織を立ち上げた手腕は、敵ながら見事とさえ思えるほどだ。

「もー、2人とも顔が怖くなってるよ? リラックス、リラックス」

不意に聞こえてきたユウキの声に、2人は振り向くと、当の彼女はのほほんと笑っている。

緊張感のない表情に、キリトもソラも苦笑いになった。

「そういうユウキは、少しは緊張感を持ったらどうだい?」

「ソラの言う通りだぞ? 戦場じゃ何が起こるかわからないんだからな」

「わかってるよ。でも、必要以上に力んでても疲れちゃうよ。せめて集合するまでは気楽にいかなきゃ、ね?」

いいながらユウキは笑って見せる。

まぁ、確かに彼女の言う通りではある。

警戒する事は確かに大事だが、必要以上に警戒していては戦う前に精神が疲弊してしまうだろう。

こういうユウキの能天気ともいえる明るさは、キリトにとってはありがたい要素だ。

彼女を見ていると心が安らぐ。

だからこそ、キリトはユウキに今回の作戦には参加せず、「留守番しててほしい」と言った。

けれど、ユウキは「待つのは嫌だ」と言って聞かず、こうして作戦に参加している。

故に、キリトには不安があった。

彼女が不覚を取って、敵に殺されるかもしれないという不安が。

それだけではない。

もしかしたら、彼女自身が敵をその手に―――

そこまで考えてキリトは首を振る。

その様子に、ユウキは疑問符を浮かべていたが、キリトは「なんでもない」と笑いかけた。

(……大丈夫だ。ユウキは誰にも殺させない……俺が護る。そして、彼女に誰かを殺させもしない。それだけは絶対に……)

そう思考を巡らせるキリト。

ソラはそんな彼を、何ともいえぬ表情で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年 7月23日 第8層主街区

 

 

作戦開始の30分前となり、作戦に参加するプレイヤーが続々と集まってくる。

『血盟騎士団』から配布されるアイテムを受け取って、それぞれ装備の確認を行っていた。

キリトもと同じように配布アイテムを受け取り、自身の装備を見直していた。

そこへ

「おぅ、キリト。おめぇも参加すんだな」

悪趣味なバンダナを頭に巻いた男性プレイヤーが声をかけてきた。

「クライン。あぁ、まぁな」

呼ばれたキリトは振り返り、声の主―――クラインへと応える。

「これ以上、やつらを放っておいたら間違いなく攻略に支障が出るからな」

「ちげぇねぇ。しかし、ユウキちゃんも参加するとはよ。お前の事だからてっきり置いてくるとばかり思ってたぜ」

「留守番してろって言ったんだが、嫌だの一点張りだよ」

いいながら苦笑いのキリト。

「ま、ユウキちゃんの気持ちもわかるがな。なんたってお前に半年も置き去りにされてたんだからな。そりゃ心配にもなるだろうよ」

「……そう、だな」

痛い所を突かれて、キリトは更に苦い表情になった。

ユウキに視線を向けると、彼女はソラと話をしているようだった。

「……なんにしても、ユウキちゃんを悲しませるような事はすんなよ?」

「わかってるさ。ユウキは俺が護る。誰にも殺させないし、あいつの手を汚させるような事もさせない」

クラインの言葉に、キリトはそう返す。

「そうか……じゃ、俺はギルドの連中の様子見てくるわ。お前も、あんまり1人で背負い込むなよ?」

頭をガシガシと掻きながら、クラインはそう言い身を翻して歩いていく。

その後ろ姿を見送りながら

「サンキュー」

キリトはそう呟いた。

やがて、作戦開始の時刻が近づいてきた。

「よし。これより、回廊結晶を使って敵アジトの入り口に移動する。厳しい戦いになるだろう。どうか気を抜かずに作戦にあたってほしい」

いいながらソラは回廊結晶を持った右手を掲げる。

「コリドー・オープン」

声と同時に空間が歪み、コリドーが開かれた。

まずはソラが入り、次にシュミットが続く。

その後を他のプレイヤー達も続いていく。

キリトとユウキは一度互いに顔を見合わせてから頷き合い、一緒にコリドーの中へと入っていった。

転移した先は小さな洞窟の入口だ。

作戦参加者が全員転移してきた事を確認し、洞窟へと入っていく。

長い坑道を警戒しながら歩いていき、『笑う棺桶』が根城にしている安全地帯の手前まで到着した。

先頭にいるソラとシュミットが振り返り、頷く。

それが合図となり、全員が安全地帯へと突入する。

安全地帯の大空洞の中を見渡すが誰もいない。

「誰もいない……?」

誰かがそう呟いた―――――直後。

「ぎゃぁ!」

最後尾から悲鳴が響いてきた。

同時に何かが砕ける音が耳に届く。

振り向いた先では青白い光を放ったポリゴン片が舞っていた。

それは間違いなく、さっきの悲鳴の主だろう。

辺りを見回せば、いつの間にか大多数のプレイヤーが彼らを取り囲んでいる。

頭部にはオレンジ色のカーソル。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のメンバー達だった。

「ば、ばかな!? 囲まれてるだと?!」

「……まさか、作戦が漏れていた?」

驚愕しながらも槍を抜き放ち、シュミットは戦闘態勢に入る。

ソラも呟きながら愛剣を抜き放った。

それが合図となって、皆が武器を抜き放つ。

同時に『笑う棺桶』のプレイヤー達が襲いかかってきた。

その場は作戦など、もはや意味を成さない程の大混戦となっていた。

「ひゃははは! 死ねぇ!」

そんな中で、ユウキは2人の犯罪者プレイヤーを相手取っている。

「やぁ!」

繰り出される敵の攻撃を躱し、必要以上のダメージを与えないように攻撃を繰り出す。

幾度かの攻撃を受けて、敵2人のHPはレッドゾーンまで落ちていた。

「武器を捨てて、大人しく降参して」

構えを解くことなく、ユウキは2人の犯罪者プレイヤーにそう言った。

しかし、2人はニタニタと笑ったままだ。

降参する意思はないという事だろう。

一瞬だけ表情をしかめるも、ユウキは『覚悟』を決めて剣を握る右手に力を込めた。

地を蹴り駆け出そうとした―――その瞬間。

ザクッという音が彼女の耳に届く。

直後、身体の自由が利かなくなり、ユウキは地面に倒れ込んだ。

目を見開き、自分のHPバーを確認すると、普段表示されていないアイコンが表示され、バーの枠が緑色に点滅している。

「麻痺……毒……?」

そう、彼女は麻痺状態に陥っていたのだ。

身体に力が入らず、立ちあがろうにもそれが出来ない。

すると

「ワァーンダァーウゥン」

とぼけた声が聞こえてきた。

視線を移すと、そこにはフードを目深に被った男がいた。

「ジョニー……ブラック……」

「ひひひ。俺って運いいわ―。まさか『絶剣』が釣れるなんてよー」

子供がはしゃぐ様な声で言う男―――ジョニー・ブラック。

そんな彼を、動かぬ身体を動かそうとしながらユウキは睨みつけた。

「なんで……対毒POTは……飲んできた……のに……」

「あぁん? お前って意外と間抜けなの? んなの想定してるっつーの。だからさぁ、メンバーの全員の武器にも毒が仕込んであるんだよねー。耐性つけてても、ちまちまダメージ受けてたら蓄積するってーの。ひゃはは!」

獲物である毒投げ短剣をヒラヒラ掲げながら、ジョニーはユウキを嘲笑う。

「んじゃ、お前が嬲り殺されるのをじぃっくり見物させてもらうぜ―。おい、やれ」

フードから覗く口元をニヤつかせながら、ジョニーは2人のプレイヤーに指示を出す。

下卑た笑みを浮かべながら、一歩、また一歩と男達は倒れたユウキににじり寄った。

麻痺状態はまだ解除されない。

必死に逃げようとするも、身体は一向に動こうとはしなかった。

やがて、男たちが彼女の傍まで歩み寄り、躊躇なく剣を振り上げた。

(やられる……)

そう思い、目を閉じるユウキ。

その直後―――

「ぐがぁ!!」

悲鳴がユウキの耳に届き、目を開いた。

視界に映ったのは、黒い刃に胸部を貫かれた男の姿だ。

レッドまで落ちていたHPは一瞬で削られ、男はポリゴン片となって砕け散る。

青白い光を放ちながら舞う欠片の後ろには黒尽くめのプレイヤー。

「キ……リト?」

彼女のパートナーである少年―――キリトがいた。

兇刃がユウキに振り下ろされる前に、男の胸部を愛剣で貫いたのだろう。

それを見ていたジョニーと、もう一人の男は驚いている。

「おぉ!!」

動きが止まっている男に対し、キリトは黒い刃を振るった。

それは目にも止まらない速さで、男の首を跳ね飛ばす。

その瞬間、HPが全損し、悲鳴を上げる間もなく男はポリゴン片を散らして爆散した。

「うっそだろっ……」

予想外とでもいうような声を発し、ジョニーは後ずさる。

そんな彼を、キリトは逃がすことなく一気に距離を詰める。

「なろ!」

向かってくるキリトに、ジョニーは毒短剣を抜いて投げた。

が、それはいとも簡単に弾かれてしまう。

一瞬で間を詰められるジョニー。

次の瞬間には、ザシュっという音が耳に届き、バランスを失ったように彼は地面に仰向けで倒れてしまった。

起き上がろうと両手足に力を入れようとし、そこで気付いた――――両手足がない事に。

視界に映るHPバーには部位欠損のアイコンが表示されていた。

視線を移すと、自分を見下ろしているキリトが映る。

彼はそのまま剣を振り上げていた。

「っそ、ここまでかー……」

「あぁぁ!!」

叫びと共に、キリトが剣を振り下ろす。

その刃がジョニーを捉え、身体に食い込む――――直前

「キリトォ!!」

ユウキの叫び声がキリトに耳に届き、寸での所で刃はその動きを止めた。

麻痺から回復したユウキは彼の傍まで駆け寄り

「もういい……もういいんだよ……これ以上……殺さないで」

そう言いながら、キリトの背中にしがみついた。

「……ごめん」

自身の腹部に回された彼女の手に、キリトは空いている左手を重ね、力なくそう呟いた。

一方―――

「はぁ!」

「っ!」

二つの刃が閃を描いてぶつかり合う。

交差する度に、小気味いい金属音が2人に耳に届いていた。

何度か打ち合い、互いに距離を取る。

右手に握る愛剣の切先を相手に向け、ソラは静かに対戦者を見据える。

相手はフードを目深に被り、右手にはエストックを握っている。

フードの奥から時折覗く目は、不気味な赤の光を放っていた。

「やるな。流石は、『刃雷』だ」

「……PoHは何処にいる? 赤眼のザザ」

「答える、義務は、ないな」

ソラの問いに、ザザはそう言いながらエストックを構える。

同じように、ソラも愛剣を構えた。

同時に駆け出し、互いの剣を勢いよく振るう。

再び小気味いい金属音が響き、火花を散らした。

幾度か剣が交差し、互いの剣が引き戻された瞬間、ザザのエストックがライトエフェクトを纏った。

直後、勢いよく剣が突き出される。

細剣ソードスキル『リニアー』だ。

迫りくる剣先を、ソラは身体を右側に捻る事で回避した。

すぐに体勢を立て直し、反撃のモーションを取る。

刃がライトエフェクトを纏い、斜め斬りが放たれた。

片手剣ソードスキルの『スラント』である。

その一閃はザザの右肩口へと振り下ろされ―――刃に受け止められた。

ソードスキルの技後硬直が解除されるや否や、ザザは瞬時に体勢を整え、ソラの『スラント』を防御したのだ。

そのままザザはソラの剣を弾き返す。

それが隙にならぬよう、ソラは瞬時に剣を引き戻した。

再び構えて駆け出す。

剣を引くと、刃がライトエフェクトに包まれた。

今度はソラの片手剣ソードスキル『レイジスパイク』を繰り出された。

突き出された剣が、勢いよくザザに迫る。

剣先が彼に突き刺さる―――直前、ソラの剣は別のものに突き刺さった。

「ぎゃぁぁ!!」

大きく悲鳴を上げたのは『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のメンバーの一人だった。

胴を深々と貫いた剣は、容赦なく彼のHPを奪い去った。

その身体がポリゴン片となり爆散する。

いきなりの事態に、ソラの思考は少なからず混乱した。

「な……」

「ふん。所詮は、雑魚か。盾にしか、使えないとはな」

そう、先程ソラに貫かれたプレイヤーはザザによって盾に使われたのだ。

ソラと斬り合いながら、ザザは盾になりそうなプレイヤーを探し、その場所まで気付かれないように誘導したのだ。

そして、ソラのソードスキルが放たれた瞬間、近くにいたプレイヤーを自分の前に引き寄せ、己を守る盾にしたのである。

「お前、仲間を盾に……」

「くだらん。仲間など、幻想だ」

言い捨てるザザに、ソラは怒気を込めた目で見据える。

「やはりお前達は危険すぎる。確実に牢獄へ送らせてもらうぞ」

「危険か。それは、お前もだろう?」

「なに?」

ザザの言葉に、ソラは眉を潜めた。

「どういう意味だ?」

「お前も、俺達と、変わらない。本質は、同じだ。殺し、殺される、人間は、そういう生き物だ。現に、お前は、さっき殺した相手を、意に介して、いないだろう? お前も、俺達と同じ、殺す事に、躊躇いがない」

「っ……仲間を護る為なら、僕はこの手が汚れる事も厭わない」

「はっ! 詭弁だ! そう言いながら、本当は、殺したいんじゃ、ないのか?」

ソラの言葉を、ザザは容赦なく切り捨てる。

そして、エストックを鞘に納めて

「ジョニーが、やられた。これ以上、ここにいても、無意味だな」

そういうと、出口に向かい駆け出した。

「待てッ……」

追いかけようとソラも身を翻す。

しかし、行く手を阻むように『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のメンバーが数人立ちはだかっていた。

「そこを……どけぇ!」

剣を握り直し、ソラはザザを追う為に、目の前のプレイヤー達に向かい駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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結果は最悪というほかなかった。

当初の目的通り、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の無力化には成功している。

しかし、その過程で起きた大混戦により、多くのプレイヤーが命を落としたのだ。

作戦参加者からは11名、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』からは21名の死者が出た。

このうちの2人はキリトによって、1人はソラによって葬られている。

生き残った9名の内、『赤眼のザザ』と2人のメンバーが戦闘から離脱し逃走。

五名は捕縛され、黒鉄宮の牢獄へと送られた。

この中には幹部の『ジョニー・ブラック』も含まれている。

最後の一名は、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のリーダー『PoH』だが―――彼だけは姿すら確認されなかった。

おそらくは始めから居なかったのだろう。

殺しをなによりも楽しんでいる狂気の塊のような男がいなかったことに、作戦参加者は後々胸をなでおろしていたのは別の話だが……

ともあれ、これにより『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』は事実上の壊滅へと追い込まれた。

作戦が終了し、捕縛した者を黒鉄宮の牢獄へと転送した後、キリトは一人、アルゲートの街を歩いていた。

傍にユウキはいない。

彼女には先に帰るように促したのだ。

考え事をしながら歩いていたキリトだが、不意に気配を感じて立ち止る。

振り返ると、そこにはソラの姿があった。

「大丈夫か、キリト」

「……あぁ」

ソラの呼びかけに、キリトは力なく応える。

「話はユウキから聞いたよ。2人……か」

「あぁ。ユウキを護る為に……な」

抑揚のない声で応えるキリト。

「あの状況では仕方なかった……割り切るしかない……って言っても、難しいな」

「そうだな。正直、僕も割り切れてない」

「ソラも……1人……」

「あぁ……この手でね」

そこで言葉が途切れ、沈黙が訪れる。

2人ともどう言っていいのかがわからないのだ。

「……兎に角、無理はしないようにね。ユウキも心配していたぞ」

「あぁ、わかった。ソラの方こそ、気にしすぎるなよ?」

言われたソラは頷くと、身を翻して歩いていく。

彼の姿が見えなくなって、キリトは不意に自分の右手を見た。

思考が巡り、思い出されるのは生き残った『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』のメンバーを牢獄に送る時、ジョニーに言われた言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ひひ。テメーも結局は俺等と同じ『人殺し』だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

右手を強く握り、キリトが顔をしかめた。

覚悟はしていた筈だった。

いつかはこの手を汚す日が来るかもしれないと。

それが誰かを、ユウキを護る為なら受け入れられるだろうと――――けれど

(……いざ殺してみると……中々にキツイな……)

後悔の念が彼の中に渦巻いていた。

(……こんな俺が……アイツの……ユウキの傍にいてもいいのか? ()()()の俺が……)

力なく右手を下ろし、キリトは遥か上を見上げる。

視界には、何処までも澄んだ青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

あの日を思い返すのを止め、キリトは目を開く。

準備時間は残り5秒。

それを目にしたキリトは首を振って

(……今は決勝に集中しよう。どんな理由があっても、手は抜かないってシノンとの約束だしな……)

思考を巡らせると同時に、準備時間はゼロになる。

瞬間、彼の視界は真っ白に染まった。

 




さて次回は本編です。
それぞれの決勝戦をおたのしみにぃ。

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