ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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2016年もあと少しで終わりですねぇ……
長いようで短い一年だったとしみじみに思います。




では52話、始まります


第五十二話 レアアバター

目を開けば、そこはもう別世界だった。

空一面が薄く赤みを帯びた黄昏に染まっていたからだ。

ガンゲイル・オンラインの舞台設定は、最終戦争終了後の世界といことになっている。

視界に映る黄昏の空は、その設定を最大限に引き出すための演出なのだろう。

キリトは改めて、自分がいる都市『SBCグロッケン』を見渡す。

高層建築群が天を衝くように聳え立ち、空中回廊を網目のように繋いでいた。

彼が立っている場所は、金属プレートで舗装された道の上。

どうやら其処が初期キャラクターの出現位置のようである。

両手を広げてみて、キリトは違和感を覚えた。

肌がやけに白く、指も細くしなやかだ。

視点もいつもより低く感じ、身長が低いのではと思いいたった時―――前方に辺りを見回しているプレイヤーがいた。

長身の男性プレイヤーだ。

その横顔を見た瞬間、キリトは彼が誰かを悟り歩み寄る。

「ソラ」

呼ばれた男性プレイヤーは振り返り、驚いた表情を向けてきた。

「!?! キ、キリト……か?」

驚いた表情を向けてきた。

「そうだよ。しかし、あんま見た目の変化ないな、ソラ」

視界に映る男性―――ソラの姿はALOの時とさほど変わってはいない。

特徴的な空色の瞳はもちろん、アバターの身長や体格もほとんど同じである。

ただし、髪の色だけは燃えるように真っ赤な灼髪だった。

そう言ってくるキリトを、ソラは訝しむように見ながら言う。

「いや……キリトは……凄く変わってるな」

「は? そんなにか?」

「あー……とりあえず、そこのガラスで確認した方がいい」

そう言われ、キリトはすぐ傍にあった建物のガラスに自分の姿を映した。

その瞬間、血の気が引くような感覚が彼を襲う。

肩まである長い黒髪が揺れている。

顔は手と同様で、白く透きとおった肌をしており、紅色の唇に、大きな漆黒の瞳をもっていた。

そう、誰がどう見ても紛う事なき『美少女』がそこに居たのだ。

「な、ななな、なな、なぁんじゃこりゃぁぁぁ!!!!!!!」

あまりの事にキリトは大声で喚く。

ソラは苦笑いだ。

「うそだろ!? なんだこれ?!」

「まぁ、気持ちはわからなくないが、落ち着けキリト」

半ば狂乱状態のキリトを、「どぅどぅ」とソラが宥めていると

「おぉ! お姉さん、運がいいねぇ! それ、F‐300番系でしょ?! めっっっっっったに出ないんだよね、そのタイプは! どう、アカウントごと売らない?」

2人に駆け寄ってきたプレイヤーがそう言ってきた。

『お姉さん』という単語に反応し、キリトは即座に『最悪な事故』が起きてないかを確かめる為、自身の胸に両手をあてた。

幸いにも、平らな胸板があったので、危惧した事態になってないことにキリトは溜息をつく。

「すまないが、彼は男だ」

「……そういう訳です……アカウントもコンバートしたものなので、売るのはちょっと……」

「そ、そうか……それは残念だ。ま、気が変わったら声かけてくれ」

2人がそう言うと、プレイヤーは肩を落として去っていった。

その姿を見送って、キリトは再び項垂れた。

「ぁあぁぁ……なんだこれぇ……夢か……夢なら悪夢だよ」

「とはいえ、これはこれで好都合なんじゃないか? キリトのその見た目なら、目立つことは間違いないし」

「くぅぅ……人事だと思って」

「人事だしな」

恨めしそうなキリトの視線を、ソラは軽く笑って受け流す。

が、ソラの言う事には納得できた。

彼らがこのGGOにやってきたのは『死銃』というプレイヤーと接触する為だ。

その為には兎に角、『強さ』をアピールし、『目立つ』という事が前提条件となる。

キリトの『美少女』姿は間違いなく目立つだろう。

そして幸いな事に、もうすぐ最強者決定戦である『バレット・オブ・バレッツ』が開催される。

それに参加し、勝ち進んでいけば『死銃』が彼らに接触してくる―――いや、もしかしたら『死銃』がBoBに参加してくる可能性もある。

以上の事を考えたら、キリトのアバターの姿はかなりの好条件だ。

更に言えば、ソラもまた別の意味で目立つと言えるだろう。

GGOの世界では無骨な姿で、暑苦しい雰囲気のアバターが多い。

そんな中で、爽やかな雰囲気を醸し出し、尚且つ長身で灼髪というのもまた人目を引く。

実際、チラチラと彼らを見ているプレイヤーは少なくない。

キリトは溜息を吐きながら

「自分で言うのもなんだが……こんな可愛いのが銃をぶっ放す姿なんてシュールすぎるだろ……」

「安心しろ。アスナには負けてるから」

「いや、勝っても嬉しくない。っていうか、ソラはアスナのこと好きすぎだろ」

「キリトのユウキ好きには負けるけどね」

互いにそう言うと、留守番させてしまっている自分達の恋人を思い浮かべた。

「兎に角、さっさとこの依頼を終わらせようぜ」

「そうだな。とりあえず『死銃』に接触する為にも、『バレット・オブ・バレッツ』に参加する必要がある。参加登録は総督府って所で出来るらしいが……その前に武装を何とかするか」

「確かに。初期装備は心許無さすぎるしな」

言いながら2人は歩き出した。

そうして、総督府と武器屋を探しながら歩く事10分。

「……ここは何処だ?」

「さぁ……」

2人は呆気なく道に迷ってしまった。

この『SBCグロッケン』という街は、広大なフロアがいくつも重なった多層構造になっている。

言ってしまえばダンジョンを彷徨っているようなものだ。

メインメニューを開いてマップを開くも、現在地と目の前に広がる光景がどうしても照合できない。

どうしたものかと唸っていると、キリトは視界の端に一人のプレイヤーを捉えた。

キリトは急ぎ足でその人物へ駆けより、背後から声をかける。

「あの、すいません。道を教えて……」

そこまで言ってキリトの言葉が止まる。

振り向いたのは少女だった。

水色の髪をしたショートヘアに、ネコ科を思わせるような藍色の瞳が輝いていて、首に砂色のマフラーを巻いている。

少女の目には警戒の色が宿ったが、それはすぐに消えた。

キリトを女性だと思ったからだろう。

なんとなくそれを感じたキリトは複雑な心境になってしまった。

そんな彼に気付くことなく少女は

「このゲーム、初めて? 何処に行くの?」

そう尋ねてきた。

「は、はい。初めてなんです。お……私たち、道に迷っちゃって……」

「……後ろの男は貴女のカレシ?」

「いや……『兄』です。一緒にゲームを始めたんですが、勝手がわからなくて……よければ『妹』ともどもレクチャーしてくれませんか?」

少女の問いに、ソラは一瞬だけ間を作るもそう応え返した。

キリトは少女に気付かれないようにソラをジト目で見る。

当のソラは涼しい顔をしていた。

「ふぅん。まぁ、いいわよ。で、なにを聞きたいの? 私が解る範囲で教えてあげる」

「とりあえず、安い武器屋さんに行きたいのと……あと、総督府の場所を知りたいんですが……」

「総督府? 何をしに?」

「バトルロワイヤルのイベント参加申し込みに……」

それを聞いた瞬間、少女は目を丸くし、直後に訝しむように2人を見た。

「え……えっと、今日ゲームを始めたんでしょ? イベントに参加するには、ステータスが足らないんじゃ……」

「あぁ。僕達、コンバートデータなんですよ」

少女の言葉にソラがそう返した。

すると、少女は不意に笑みを浮かべる。

「そう……ねぇ、訊いていいかしら? なんであなた達はこんなオイル臭いゲームをやろうって思ったの?」

「それは……おr……私達、いままでファンタジー系のゲームばっかりやってたんですけど、たまにはサイバーなゲームもしたいなーって。ね、兄さん?」

「ま、まぁ……そう言うことです」

それを聞いて、少女は再び笑みを浮かべた。

「へぇ。それでいきなり『バレット・オブ・バレッツ』に出ようなんて、いい根性してるわね。いいわ。私も総督府に行く予定だったし。でも、その前に武器屋だったわね。何か好みの銃はある?」

聞かれた2人は言葉を詰まらせた。

それもそうだろう。

キリトもソラも、今まで片手剣一筋で銃の知識なんてほとんど持ち合わせていない。

解るとしたら、ありきたりなハンドガンやマシンガンくらいだろう。

悩んでいる彼らを一瞥すると、少女は苦笑いを浮かべ、

「じゃぁ、マーケットに行きましょう。こっちよ」

そう言って2人に移動を促し歩き出した。

キリト達は一度顔を見合わせ、小さく頷いてから少女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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少女の後を追い、曲がりくねった路地や階段を次々に通り抜けてキリト達は大通りへと出た。

煌びやかに並んでいる店舗の一つを少女は指差し

「あそこがガンショップよ」

そう言って店の中に入って行った。

キリト達も後に続いて店へと入っていく。

店内はアミューズメントパークのような喧騒と光で満ちていた。

迎えてくれたNPC店員達は、揃いも揃って露出の高いコスチュームを纏った美女だった。

爛漫な笑顔で接客しているが、手には物騒な拳銃や機関銃、果ては狙撃銃を担いだ者までいる。

「凄いな……」

「……」

キリトが小さい声でそう漏らすも、ソラは無言だ。

あまりにシュールな光景に言葉が出ないのだろう。

「本当はこういう初心者向けの総合ショップより、専門店の方が掘り出し物が多いんだけどね。まぁ、ここで好みの銃系統を見つけてから専門店に行くのもありだしね」

言われて店内を見渡すと、確かに初心者然としたプレイヤーの姿がちらほら見えた。

「それで、あなた達のステータスはどんなタイプ?」

「私はSTR優先で、次がAGIかな」

「僕はDEX優先で、後はSTRとAGIを均等に振ってる感じだよ」

少女の問いにキリト達は応える。

それを聞いた少女は考える仕草を見せてから

「ふぅん……妹さんはAGIタイプだからさして珍しくもないけど、貴方はかなり珍しいわね。DEXってクリティカルとかそういう系のパラメーターでしょ?」

「あぁ……それは―――」

「兄さんは攻撃のほとんどを必中出来るんです。だから、大きなダメージが出せるようにDEXを優先にしてるんだよね、兄さん?」

ソラが応える前に、キリトがそう言って返す。

「なるほどね。あ……そう言えば、あなた達お金は? コンバートしたてなら……」

言われた2人はメインメニューを開き、所持金を確認する。

表示されている数字を見て、キリトもソラも半笑いになった。

「せ、千クレジット……」

「そうだった……コンバートしたんだから所持金がないのは当たり前だった……」

途方に暮れる2人。

そんな中、少女は少しだけ思案し

「ねぇ、よかったら―――」

言いかけた所でキリト達は首を横に振った。

おそらくは自分が立替えようかと言おうとしたのだろう。

流石にそこまで世話になるのは悪いと思った2人は、彼女が言いきる前に断ったのだ。

「なにか、どかんと大きなお金が手に入る所ってないですか? このゲーム、カジノがあるって聞いたんですけど……」

キリトがそう言うと、少女は呆れたような表情をし

「あるにはあるけど……そう言うのはお金に余裕があって、スルのを前提でやった方がいいよ。そりゃ、あちこちに大小様々なやつがあるけど……確かこの店にも……」

店の奥を指差し

「似たようなギャンブルゲーがあるわよ。ほら、あれ」

指差された先にあったのは、壁際を占領する大きな代物が輝いている。

近寄って見ると、金属タイルを敷かれた床の奥にNPCガンマンが立っていた。

そのガンマンの後ろには、無数の弾痕が刻まれたレンガ壁に、更にその上には『Untouchable!』というタイトル文字がある。

「これは?」

「手前のゲートから入って、奥のガンマンが撃つ弾を躱しながら何処まで近づけるかっていうゲームよ。最高記録は……あそこね」

少女が指差した先には赤く発光するラインが引いてある。

全体の3分の2といったところだろう。

「これって、クリアするといくら貰えるんですか?」

興味を引かれたキリトがそう尋ねる。

「プレイ量が五百クレジットで、10メートル突破で千クレジット、15メートル突破で二千の賞金かな。で、もしガンマンに触ることが出来たら、今までつぎ込まれた料金が全額バック」

「「ぜ、全額?!」」

「看板の所にキャリーオーバーの表示があるでしょ? 今は四十五万ちょっとね……でも、クリアするのは不可能よ」

「何故?」

少女の言葉にソラが疑問符を浮かべる。

キリトも同様だ。

どんなゲームでも必ず攻略法というものが存在する。

目の前のゲームもしかり。攻略法は存在する筈だ。

しかし、少女はクリア不可能という。

「あのガンマン、8メートルを超えた時点でインチキな早撃ちになるのよ。リボルバーなのに無茶苦茶な高速リロードからの三点バースト射撃。予測線が見えた時には、もう手遅れなの」

「予測線……」

説明してくれている少女の言葉の中で、キリトとソラはこの単語が引っ掛かった。

その時、少女がキリトの肩をつつき

「ほら、またプール額を増やす人が来たわよ」

言われて向けた視線の先には3人の男性プレイヤー。

その中の一人がゲートの前に立ち、パネルに掌を添える。

同時にファンファーレが鳴り、ゲームが開始された。

ファンファーレを聞きつけた店内のプレイヤー達が集まってくる。

ガンマンが英語で『頭に風穴空けて、風通し良くしてやんよ』的な事を言った直後、ホルスターからリボルバーを抜き放つ。

カウントがゼロになった瞬間、ゲートが開き、男は「でりゃぁぁぁぁ!!!」と叫びながらガンマン目掛けて全速で駆けた。

1メートルほど走ったところで、男は不意に左足を上げる。

直後、ガンマンが発砲、放たれた弾丸は男が上げた左足の下を通過した。

男には、弾丸の通り道が見えていたようにキリト達は感じる。

「今のは?」

ソラが小声で尋ねると、少女も小声で答える。

「今のが『弾道予測線(バレットライン)』による攻撃回避よ」

それを訊いたソラは、ふむ、と考えるような仕草を取った。

隣のキリトもなにやら思考を巡らせるようにしている。

そうこうしている内に、男は残り五メートル近くまで来た所でガンマンのインチキ速射に沈められていた。

ゲートから出て、哀愁漂う背中を見せながらとぼとぼと歩いていく。

その様子を肩をすくめて少女は一瞥し

「ね、無理でしょう? 左右に動けるならまだしも、一直線にしか突っ込めないんだから。あの辺りが完全に限界なのよ」

そう言った。

すると、キリトはソラに視線を向けて

「なぁ……これって」

「あぁ。多分いけると思う」

小声で声をかけてきたキリトに、言わんとしたことを察したソラは小さく頷いた。

そのまま少女が聞き取れないギリギリの声でやりとりする。

流石に訝しんだ少女が

「ねぇ。どうかしたの?」

尋ねてきた。

すると2人は少女の方に視線を向けて、不敵な笑みを浮かべた。

「兄さん。おr……コホン! 私、あのゲームやってくるね! 絶対クリアするよ!」

「了解だ」

そう言ってキリトは金属ゲートに向かって歩いていく。

いきなりの事に少女は驚き

「え? ちょっと、本気なの? さっきの見たでしょ? クリアするなんて……」

その場に残っているソラに尋ねた。

当のソラは

「確かに、あの速射はインチキだ。けど……だからと言ってクリアできない事はないよ。少なくとも、キr……妹ならクリア出来る」

そう言って不敵に笑っていた。

 

 

 

 

 




店の中に並ぶ銃。


その中で、少年と青年を惹きつける武器があった。


次回「光剣」

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