ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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久しぶりの幕間だぜ!
そして、ようやくプロットが纏まったんでファントムバレット編の投下を再開しました。


では幕間の物語、始まります。


幕間の物語 絶剣と鍛冶少女の出会い

和人と空人がGGOへのログインの為、菊岡に指定された場所で落ち合っている頃。

ALOにログインしたインプの少女―――ユウキは、同じようにログインしている馴染みの女性プレイヤー達と一緒に、イグドラシルシティのカフェでお茶会を開いていた。

外に設置されたテーブルを、ユウキ、アスナ、リズベット、シリカが囲んで座っていて、それぞれの眼前には頼んだお茶とケーキが置かれている。

不機嫌そうな表情でユウキは自分が注文したケーキをもそもそと食べている。

一応お留守番をすることに納得はしていたが、いざ恋人が他のゲームへアバターをコンバートさせたと実感するとやはり腹が立ってきたのだ。

ただでさえ、ユウキはSAO時代に半年間も置き去りにされた経験を持つ。

その為、今回の恋人のアバターコンバートはその時の寂しさが思い出され、同時に腹立たしさも込み上げて来ているという次第だ。

そんな彼女を見て、アスナ達は苦笑いだ。

「もう、ユウキ。そんな不機嫌な顔しないの」

「だってさぁ……」

アスナの言葉に、ユウキはケーキを食べる手を止める。

見せている表情は実に寂しそうだ。

「ほんの数日なのはわかってるけどさ……アスナは寂しかったりしないの? ソラだってキリトと一緒にコンバートしちゃったんだよ?」

「まぁ、寂しくないって言ったら嘘になるけど……でも、ちゃんと帰ってくるって約束してくれたし、キリト君もそう言ってくれてたじゃない。だから、少しだけ我慢して、戻ってきたら思いっきり文句言ってやりましょ?」

そう言っているアスナの表情は穏やかだ―――が、その笑顔は何処か怖い。

少なくともリズベットとシリカはそう感じている。

表情や言葉には出してないが、アスナも実は不機嫌なのだ。

空人と恋仲になってからアスナ―――明日奈は空人と過ごす時間を楽しみにしている。

ALO内、もしくはリアルで、その日あった事を話しながら空人と寄り添うのが、今の明日奈にとって何よりの幸せであった。

けれど、菊岡の依頼―――内容は詳しく教えてくれなかった―――によって数日間それが出来ない。

故に、ユウキほど露骨ではないが、アスナの機嫌もあまり良くないのだ。

さらに言えば、アスナも菊岡の事はあまり好ましく思ってないらしい。

須郷の件で一度だけあったが、その時見た菊岡の表情に何処か違和感を感じている。

もっとも、それはユウキも同じで菊岡を警戒していた。

彼はきっと何かを隠している。

2人の少女の直感が、菊岡は油断ならないと告げているのだ。

「そう……だね。うん。じゃぁさ、キリトが帰ってきたら付き合ってもらう高難度クエスト、アスナもソラと一緒にやろうよ! もちろん前衛はキリトとソラでさ!」

アスナの言葉にユウキは頷いてそう返す。

どのようなクエストかはわからないが、きっとユウキが選ぶクエストだ――――とてつもなくハードなのは間違いない。

心の中で、リズベットとシリカはここにいない2人の男に合掌する。

「その時は武器のメンテナンスよろしくね、リズ!」

「はいはい、わかってるわよ。特別に格安でメンテしてあげるわ」

「ホント! さっすがリズだよー!」

言いながらユウキは向かいの席に座るリズベットに無邪気な笑顔を向ける。

当のリズベットは、仕方ないなというような目で見ていた。

そんな二人を交互に見て

「ねぇ……前から気になってたんだけど、ユウキとリズってどうやって知り合ったの? シリカちゃんと出会った時の事は、この間聞いたけど……」

アスナが疑問符を浮かべながら尋ねてきた。

彼女がリズベットやシリカと知り合ったのはユウキ―――木綿季が目覚めてからだ。

SAOにログインしてないアスナは、どのような経緯で彼女達が出会い、過ごしてきたのかは知らないのである。

「あ。あたしも知りたいです」

頭に相棒の子竜を乗せたシリカもそう言って目を輝かせる。

ユウキとリズベットは互いに顔を見合わせて

「リズとの出会いかぁ……」

「あの時は確か……アンタがキリトを探しまわってた時よね?」

懐かしむように、2人が出会った時に事を思い返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年11月4日。

第48層の攻略が大詰めになって来ていた頃。

主街区・リンダースの一角で少女が1人、目の前の建物を眺めながら唸っていた。

やがて唸るのをやめて、自身のシステムメニューを開き、所持金を見て―――直後にウインドウを閉じて溜息をつく。

少女は目の前の建物を購入したかったのだが、その為には莫大な額のコルが必要となる。

視界に映る建物には巨大な水車が設置されており、緩やかに回っている。

大きさも中々で、自分の店を出したい少女としてはどうしても逃したくない物件だ。

しかし、彼女のもつ所持金ではとても足りない。

片手棍のスキル熟練度がもうすぐ1000に届くところまで鍛えてるので、稼ごうと思えば稼げる。

けれど、ちまちまモンスターを狩ったり、通常のクエストを繰り返し受けるだけではいつ必要な金額が貯まるかわからないし、何よりのんびりしていては他に買い手がついてしまうかもしれない。

どうするかを思案しながら、少女は歩きはじめる。

その時だった。

「おい、聞いたか? 30層の南にあるダンジョンに出現するモンスターの話」

「あー。あれか。聞いたよ。倒せば相当のコルが稼げるってやつだろ」

横を通り過ぎていった2人組のプレイヤーの話が耳に届いたのだ。

それを聞いた少女は立ち止り、素早くメニューを開いて情報屋のモンスターリストを開いた。

しばらくスクロールしていると、それらしいモンスターの情報が目に映る。

少女は情報の確認を終えるとリストを消し、次いで装備とアイテムを確認する。

武器の耐久値や、回復アイテムの所持数を確認し終わった少女は、握りこぶしを作って

「よぉし。このモンスターの討伐に成功したら、さっきの物件が買えるだけの資金が貯まるわ! そうと決まったらさっそくパーティー募集をしないと!」

言いながら少女は戦力としてアテになりそうなフレンドに、片っ端から協力依頼のメッセージを飛ばしてみる。

しかし、返ってきたのは全て断りのメッセージばかりだ。

少女は項垂れる―――が、すぐに顔を上げて

「うぎぎ……こうなったらアタシだけでやってやるわ! 待ってなさいよ資金源!! 行くわよリズベット!!」

そう言って少女―――リズベットは、噂のモンスターが出るという30層の南にあるダンジョン―――礼拝の森に赴いたのだった。

いざやってきたダンジョンは、35層の迷いの森ほどではなかったが薄暗く、気味の悪い場所だった。

出てくるモンスターも死霊系が多く、安全マージンは確保していたものの、見た目の所為で多少の苦戦を強いられる。

そうして四苦八苦しながら進んでいくと、ダンジョンの中間にある安全地帯へ辿り着いた。

基本的にパーティーを組んでしか戦闘をしないリズベットにとって、ソロの戦闘はキツイものがあった。

深く息をついて、ポーチからハイポーションを取りだそうとした―――その時。

ジャリッと足音が聞こえてきた。

他のプレイヤーがリズベットと同じように安全地帯に入ってきたのだろう。

リズベットはポーチから手を離し、装備している片手棍を握った。

もしかしたら、犯罪者プレイヤーの可能性も否定できない。

安全地帯とは言え、もし本当に犯罪者プレイヤーだったら、卑劣な手段を用いて自分の所持しているアイテムやコルを奪いにくるかもしれないからだ。

そう考えたリズベットは強く片手棍を握って、勢いよく振り返り――――目を見開いた。

視界に映ったのは自分と同じか少し下くらいの年齢であろう少女だったのだ。

青紫のチュニックとロングスカートを身に着けた、細くしなやか身体と、すらっと伸びた手足。

赤いリボンがカチューシャのように巻かれたダークパープルの艶やかな長髪。

そして、同じ性別であるにも拘わらず、思わず見とれてしまった可憐で整った顔立ち。

妖精という表現が似合うだろう少女に見とれ、一瞬呆けてしまったリズベットに、彼女は疑問符を浮かべて

「あの……ボクの顔に何かついて……ますか?」

そう言って問いかけた。

リズベットは我に返り

「え? あ、いやいやいや! いきなり現れるから犯罪者プレイヤーかと思って! あ、あはははは……」

しどろもどろになりながらそう応えた。

そんなリズベットの様子に、少女は一瞬ポカンとしつつも、すぐに無邪気な笑みを浮かべて

「あはは。驚かせてごめんなさい、お姉さん。ボクはユウキ。お姉さんは?」

「リズベットよ。フレンドは皆リズって呼ぶから、アンタもそう呼んで。歳も近そうだし、敬語もいらないわよ」

自己紹介してきた少女―――ユウキにそう返すリズベット。

「うん。わかったよ、リズ。で、リズはどうしてここに来たの?」

「あー……コル稼ぎに……」

「ふぇ?」

「初めて会ったばかりのアンタに話すのもアレなんだけど……」

リズベットは事の次第をかいつまんで話した。

リンダースにある物件を購入したいが、資金が足りない事。

悩んでいる時、ここに大層なコルが稼げるモンスターがいる話を聞いたこと。

そのモンスターを討伐する為にフレンドに同行を求めるも全て断られ、やむなくソロで来たこと等。

一通りの事情を聞いたユウキは目を輝かせている。

「へぇー。リズって鍛冶スキル持ちなんだ」

「まぁね……で、アンタはなんでこのダンジョンに来たのよ? アタシだけ言うのは不公平だから答えなさいよね」

「……人を探しに来たんだ」

リズベットの言葉に、ユウキは表情を曇らせてしまった。

どうやら地雷を踏んでしまったようだとリズベットは悟る。

「あ……なんか、ごめん……」

「んーん。いいよ、ボクばっか事情を聞いて話さないのはフェアじゃないしね」

申し訳なさそうに言うリズベットに、ユウキは小さく首を振ってそう返した。

ユウキは自身の事情をリズベットに説明する。

半年ほど前に起きてしまった悲しい出来事を―――それが原因で、あの始まりの日からずっと一緒にいたパートナーが行方を晦ませた事。

そして、その探している人物がこのダンジョンに潜っているという情報を掴み、最奥を目指してここまでやってきたという事を。

「なるほど……ねぇ、その『キリト』っていうプレイヤーはアンタの恋人なの?」

一通りの事情を訊いたリズベットは少し唸った後、ユウキに視線を向けてそう尋ねた。

すると、ユウキは一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、あぅあぅと慌てふためきはじめる。

「こ、こいっ……ち、違うよ!! キリトはボクのパートナーであって……あぅあぅあぅぅ!!」

(ははぁん。こりゃ完全な片思いね。わっかり易いわー)

その様子を見てリズベットは確信し、思考を巡らせる。

直後、彼女の脳裏にある提案が浮かんだ。

「ねぇ。もしよかったらアンタの人探し、アタシが手伝ってあげるわ」

「ほぇ……?」

突然の提案に、慌てふためいていたユウキはキョトンとした表情でリズベットを見た。

「その代わりと言ったらなんだけど、アタシのモンスター討伐を手伝ってほしいのよ。情報だと結構強いらしくてさ、一応安全マージンは確保できてるけど……ね」

そこまで聞いてユウキは右手の人差し指を唇にあて、考える仕草を取った。

「……うん、いいよ。ボクでよければ手伝わせて」

「ホント! よかったぁー。実をいうと、ちょっと不安だったのよ。アタシ最前線の攻略組ほどレベル高くないし、鍛冶スキルの熟練度上げ優先で、戦闘スキルも片手棍以外は並程度だったから」

「ボクも助かるよ。ここのモンスター地味に強くてソロだと時間かかっちゃうから」

言いながらユウキは苦笑いする。

同じように苦笑いを浮かべているリズベットは、右手を振ってシステムウインドウを操作した。

すると、ユウキの目の前にパーティー申請のメッセージが表示される。

ユウキは迷うことなくOKボタンをタップした。

「じゃ、しばらくよろしくね」

「こちらこそ」

言いながら2人は握手を交わす。

安全地帯を出て、ダンジョンの最奥にある礼拝堂を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そこからの戦闘は実に楽だった。

主に、リズベットが楽を出来たというべきか。

もともと、職人系プレイヤーであるリズベットだが、戦闘が出来ない訳ではない。

立ち回りは攻略組には及ばないものの、中層プレイヤーのそれとは思えない動きをしている。

鍛冶スキルを上げる為に、金属などを取りに行くので、ある程度の実戦をこなしているからだろう。

だからこそ、地味に面倒な死霊系モンスターが出るこのダンジョンも、ソロで安全地帯まで進む事も出来たのだ。

だが、彼女の前に立って剣を振るう少女―――ユウキは次元が違っていた。

今まで見たことのない速度で振られる剣と、舞踏のような体捌き。

ほぼ一撃でモンスターを消し飛ばすその威力もさることながら、決して荒々しくない、流れる様な美しい剣閃は見事という他ない。

すでに十数体ほどを一人で相手しているにも関わらず、彼女は息を乱してすらいなかった。

相当の集中力であることがリズベットにも感じられる。

それ程この奥にいるかもしれない探し人が大切なのだろう―――と。

「アンタ強いわねぇ……」

「そっかなぁ? ボクよりキリトの方がもっと強いよ?」

剣を納めて、ユウキは言う。

その表情は実に穏やかだ。

先程の安全地帯でもそうだったが、彼女が探し人の名を言う時、表情はとても穏やかになる―――もっとも、無自覚なのだろうが。

「ふーん……」

そんな彼女の表情を見て、リズベットは何かが引っ掛かるのを感じた。

ユウキが見せる表情には間違いなく探し人への恋慕の情がある。

だが、感じるのはそれだけではない。

けれどリズベットには、その何かがわからなかった。

そうこうしている内に、ダンジョン最奥の礼拝堂が見えてきた。

大きな門の前に立ち、ユウキは大きく深呼吸をする。

リズベットが扉をゆっくりと押しあけた。

中は薄暗く、はっきりとは見えない。

2人は得物を構え、ゆっくりと前進していった。

やがて、中央付近に辿り着いた―――その瞬間。

バタンッと勢いよく扉が閉まる。

振り返ると同時に、薄暗かった空間が明るくなっていった。

目に入ったのは無数の骨のオブジェクト。

形からして人骨だと思われる。

ご丁寧に半分割れた頭蓋骨も転がっていた。

驚くのも束の間、ユウキは視線を閉じた扉から奥の方へと向けた。

そこには一体のモンスターがいた。

騎士甲冑を纏い、手には大きな両手剣。

だが、纏った甲冑のから覗くその体に肉はない。骨のみだ。

もちろん顔も骨―――頭蓋骨そのままである。

空洞になっている眼窩が妖しく赤い光を放っている。

表示されているHPバーは二本。

間違いなくフィールドボスクラスのモンスターだ。

そのモンスターの姿を見てリズベットは

「うそ……情報リストのモンスターと違うじゃない……」

「どうやら、リズの拾った情報は古いやつだったみたいだね。とかいうボクも、まさかボスクラスだとは思ってなかったけど……あとでアルゴにメッセ飛ばさないとなぁ」

呟くリズベットに、ユウキは苦笑いで言う。

が、すぐに真剣な表情で

「リズ。転移結晶は持ってるよね?」

が、すぐに真剣な表情でそう尋ねてきた。

「え、えぇ……」

「じゃぁ、今すぐそれで脱出して。ボクの識別スキルで見たけど、あいつ40層クラスだ。ボクは問題ないけど、リズは40層での安全マージンは取れてないでしょ?」

「で、でも……」

「大丈夫。隙を見つけてボクも脱出するから。リズは先に行って」

剣を構えながら、ユウキはボスモンスターに視線を向ける。

リズベットは彼女とボスモンスターを交互に見て、首を振った後、転移結晶を取り出し

「わかったわ。ちゃんと脱出するのよ」

リズベットの言葉に、ユウキは頷く。

一呼吸おいて、リズベットは転移結晶を掲げた。

「転移! リンダース!」

転移先を叫ぶ――――が、なにも起こらない。

目を見開くリズベット。

「なんで……」

「……結晶無効化空間!」

予想外の事態にユウキの表情が歪んだ。

扉は完全に閉ざされ、転移結晶は使えない。

こうなると、残された脱出方法はただ一つ――――目の前のボスモンスターを倒さなければならない。

ユウキは一度目を伏せ、大きく深呼吸をする。

目を開き、剣を構えた。

「リズは下がってて……いくよ!!」

言うや否や、ユウキは思いっきり床を蹴り駆け出した。

リズベットは閉じられた扉付近まで後退した。

同時に、ボスモンスター『スカル・ナイト』がけたたましい奇声を上げる。

向かってくるユウキへと突進を開始した。

間合いが詰まり、互いの剣が同時に振られる。

交差した瞬間、ガキンと激しい金属音が鳴り響いた。

ユウキの身体に強い衝撃が奔る。

それに怯むことなく、ユウキは剣を引きもどし、再度攻撃へと転じた。

敵の斬撃を躱しつつ、素早く連撃を叩きこむ。

スカル・ナイトの武器は両手剣。

攻撃速度はそれ程速くはない。

敵の攻撃は尽く躱され、ユウキの剣は次々にヒットしていく。

流石にボスモンスターだけあって耐久力は高く、減っていくHPは少しずつだったが確実に減っていた。

攻撃も、直撃さえしなければ致命傷にはならない程度だ。

(思ったほど強くない。これならイケる!!)

思考を巡らせて、ユウキは更に剣速を上げていった。

やがて、敵のHPバーの一本が消滅し、二本目に突入した―――その時だった。

スカル・ナイトが一気に飛び跳ねて後退したのだ。

思わぬ敵の行動にユウキは動きを止めた―――否、止めてしまった。

「キョェェェェェェェェ!!!!」

直後、スカル・ナイトは奇声を上げた。

それは最初に聴いたモノとは違って、更なる不気味さを帯びている。

その奇声がユウキの耳に届いた―――瞬間、彼女は素早く両耳を押さえた。

(ッ……これッ……まさか、特殊攻撃っ……)

響いてきた咆哮は、とてつもない重低音だった。

まるで聞いた者の鼓膜を破壊してしまわんばかりの重い声。

あまりの声の衝撃に、ユウキは咄嗟に耳を塞いだものの、意識が一瞬だけ飛ぶような感覚に襲われてしまう。

それが大きな隙になってしまった。

動きが完全に止まったその隙を、モンスターは逃さずに迫る。

気がつけば、もう目の前だ。

視線の先には振り上げられた両手剣。

 

 

 

 

 

―――――ボク、ここで終わりなの?

 

 

 

 

思考が巡る。

 

 

 

 

 

―――――まだ、キリトを見つけてないのに……

 

 

 

 

 

振り下ろされる両手剣を弾き防御しようと身体を動かすが間に合わない。

兇刃がユウキに直撃―――する寸前、ガキィンッと激しい金属音が響き渡った。

目に映ったのは、両手剣を弾かれて後ろに仰け反るスカル・ナイト。

弾いたのはライトエフェクトを纏った片手棍だ。

それを握っているのは―――

「ユウキ! 大丈夫?!」

リズベットだった。

咄嗟に間に割り込み、片手棍単発型ソードスキル『パワーストライク』で敵の両手剣を受け止め、弾き返したのだ。

突然の事にユウキは呆気にとられる―――が、すぐに意識を浮上させる。

「リ、リズ……なんで?」

そう問いかけると

「うっさいわね。ほっとけなかったのよ! このモンスターをアンタ一人に任せたまま隠れてなんていられなかっただけ……アンタだけ戦わせるなんて、そんなのフェアじゃないでしょ?!」

リズベットは振り返ってそう答えた。

ユウキの目に映った彼女の表情は真剣そのものだ。

剣を握り直し、ユウキは頷く。

「ありがと、リズ」

そう礼を述べると、スカル・ナイトに向き直った。

「じゃぁ、2人でさっさと倒しちゃおうか。リズはホーム購入資金の為に」

「アンタは探し人をみつける為に、ね」

互いの得物を構え

「行くよ!」

「OK!!」

ユウキとリズベットは同時に走り出す。

対して、スカル・ナイトも突進してきた。

距離が縮まり、前を走るユウキの剣とスカル・ナイトの剣が同時に振られ―――ギィンと音を鳴らして交差した。

衝撃に耐え、ユウキは敵の横をそのまますり抜ける。

直後、ライトエフェクトを纏った片手棍が勢いよくスカル・ナイトに繰り出された。

リズベットが放った『パワーストライク』はスカル・ナイトにヒットする。

同時にHPが減少し、衝撃によって敵はよろめき数歩下がる。

その隙を逃さずに、ユウキは剣を構えて飛び込んだ。

「やぁぁ!」

繰り出されたのは片手剣ソードスキル『ホリゾンタル・スクエア』

正方形を描くように水平斬りを放つ四連続斬撃だ。

それはスカル・ナイトに直撃し、更にHPを減少させる。

敵のHPはすでに二本目のイエローゾーンまで落ちている。

更なる追撃をかけようと、2人は得物を握りなおした―――その時、スカル・ナイトは後ろに跳躍して距離を取った。

(これは?!)

先程一本目のHPを削り切った時に見せた特殊攻撃直前の動きだ。

「リズ! ボク達も下がるよ!!」

言うや否や、ユウキは後ろへ跳躍する。

リズベットも慌てて後ろに跳んだ。

そうして彼女達は閉じられた扉付近まで後退する。

直後

「キョェェェェェェェェェェェ!!!!!」

スカル・ナイトは特殊攻撃である奇声を発した。

しかし、今度はその奇声に対し、ユウキは耳を塞ごうとはしなかった。

不敵な笑みが零れる。

「やっぱりね。さっき、リズがすぐに動いてあいつの攻撃を弾き防御した時にもしかしたらって思ったのが当たったよ」

「どーいうこと?」

「効果範囲があるんだよ、あの特殊攻撃。範囲はあいつを中心にこの空間の半分くらいって所かな? あのまま元の位置にいたら餌食になってただろうけど、この扉付近までは効果が及んでないみたい。さっきのリズみたいにね」

そう、ユウキの言う通り、スカル・ナイトの特殊攻撃には効果範囲が存在する。

先程ユウキはスカル・ナイトの特殊攻撃の範囲内に居た事で、隙をつくらされてしまった。

しかし、その時リズベットは効果範囲外にある扉付近にいた。

これにより、リズベットは特殊攻撃を受けることなく、斬撃を受けそうだったユウキを守る為に動けたのだ。

さらに、この特殊攻撃は必ず後ろに後退してから行うようだ。

おそらくは後退する事で、プレイヤーが追撃してくることを誘う為だろう。

だがタネがわかってしまえばどうという事はない。

奇声が止むと同時に攻撃を仕掛けようと、リズベットが構える―――が、ユウキがそれを制した。

「もういいよ、リズ。後はボクに任せて」

いいながら剣を構えた。

「え、でも……」

「大丈夫だよ」

呆気にとられるリズベットに、ユウキは笑って見せた。

直後、奇声が止んで、スカル・ナイトが突進を開始してきた。

まっすぐにユウキ達に向かい駆けてくる。

 

 

 

 

 

 

―――――この先に、キリトがいるかもしれない。

 

 

 

 

 

―――――絶対に会うんだ。

 

 

 

 

―――――誰にも邪魔はさせない。

 

 

 

 

―――――立ちはだかる壁があるなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――ボクはそれを壊してでも突き進む!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「そこを……どけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

咆哮と同時に、ユウキの剣が紅いライトエフェクトを纏う。

勢いよく床を蹴り、ロケットのように前へと突撃する。

一気に距離が詰まり、紅く輝く剣は勢いよく突き出された。

片手剣ソードスキル『ヴォーパルストライク』――――圧倒的加速による重突進攻撃だ。

紅い剣閃はスカル・ナイトの体躯へと直撃し、残っていたHPを一気に削り落としていく。

イエローからレッドに落ち、残量がゼロになった瞬間、骸骨の騎士は爆散した。

ユウキは剣を一振りし、鞘へと納めた。

「ふぅ……」

「やっぱ、アンタ強いわ」

そんな彼女に、そう言いながらリズベットが歩み寄る。

ユウキは苦笑いしつつ、奥の方に視線を向けた。

視線の先には、入口とは違う扉があった。

「ほら、行きなさいよ」

いいながらリズベットがユウキの背中を押す。

ユウキは頷いて歩き出した。

扉の前で立ち止まり、軽く深呼吸をする。

ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開いた。

視界に映ったのは小さな部屋だった。

ボロボロのテーブルとイスが置いてあるだけで、窓一つない。

そこには誰かがいる気配など微塵もなかった。

数歩進み出て、ユウキはボロボロのテーブルに手を添えた。

「また……空振りかぁ……」

苦笑いで、寂しそうに呟く。

そんなユウキの様子にリズベットはなにも言えず、見ていることしかできなかった。

やがてユウキは振り返って

「あはは。ごめんね、リズ。どうも空振りだったみたい」

笑顔でそう言ってきた。

その瞬間、リズベットは思わぬ行動に出る。

ツカツカとユウキに歩み寄り、彼女を抱きしめたのだ。

突然の事に、ユウキは驚いて声が出せない。

そんな彼女に構うことなく

「無理に笑わないの。辛いんでしょ? 悲しいんでしょ? だったら……泣いてもいいのよ?」

そう告げてきた。

リズベットはわかってしまったのだ。

彼女が探し人の名を呼んで穏やかな表情を浮かべた時の違和感に。

それは目だ。

口元は確かに笑みを作っていたし、声色も優しかった。

けれど、目だけは憂い隠し切れていなかったのだ。

先程の笑顔にも、その憂いが見えてしまい、リズベットは考えるより先に行動してしまったのだ。

彼女の言葉は、ユウキの耳にスッとはいっていった。

途端にユウキの目が見開かれ、視界が歪んでいく。

両の目から大粒の涙がボロボロと零れだし、ついには堪え切れず

「ッ……またっ……いなかった……キリトっ……いなかったよぉ……うくっ……うぁぁぁぁ……」

リズベットにしがみつき、声を上げて泣き出してしまった。

「キリト……何処にいるのぉ……? 会いたい……会いたいよぅ、キリトぉ……」

無我夢中で泣きじゃくるユウキ。

そんな彼女をあやすように、リズベットはなにも言わず、優しくその頭を撫でていた。

どれだけそうしていただろう。

やがてユウキは泣きやんで、リズベットから離れた。

グシグシと涙を拭い、俯いたまま

「ごめんね、リズ……ありがと……」

そう告げてきた。

当のリズベットは苦笑いで

「気にしなくていいわよ。それにしても、アンタ相当溜めこんでたのね。ったく、こんないい娘をほったらかすなんて……もしここにそのキリトってのがいたら引っ叩いてるとこだッたわ」

「ふふ……あはは。リズって容赦ないんだね」

「ったりまえでしょ。ユウキ、見つけたらビンタの一つでもかましてこう言ってやんなさい! 「この大馬鹿!!」ってね」

そう言って笑うリズベット。

同じようにユウキも笑う。

思いっきり泣いたからか、その目には先程まで見せていた憂いは無い。

「あ、そーだ」

と、そこで何かに思い当たったようにユウキは自身のシステムウインドウを開いた。

少しして、リズベットの目の前にトレードウインドウが表示される。

そこには『騎士の証』というアイテムが表示されていた。

「これ、さっきのモンスターがドロップしたアイテムなんだ。リズにあげるね」

「いいわよ。倒したのはユウキなんだから、アンタが持っときなさいよ」

「ううん。これはリズにもらって欲しい。さっき慰めてくれたお礼だよ。これを売って開店資金の足しにして」

リズベットは受け取りを渋るも、ユウキは断固として引く気はないようだ。

どうするかとリズベットは思案する。

ふと、脳裏にある考えが浮かんだ。

「わかったわ。これは受け取る……けど、条件があるわ」

「ほぇ?」

リズベットの言葉に、ユウキは疑問符を浮かべる。

「アタシとフレンド登録しなさい。そんで、人探しが辛くなったら会いに来なさい。それが条件よ」

「そんな事でいいの?」

「ええ。なんかアンタってほっとけないのよね」

そういうと、リズベットはトレードウインドウのOKボタンをタップする。

アイテムの受け取りを確認し、ウインドウが閉じると、自身のシステムウインドウを開いて操作する。

今度はユウキの目の前にフレンド申請のウインドウが出現した。

ユウキは迷うことなくOKボタンをタップする。

「アンタとは長い付き合いになりそうな気がするわ」

「奇遇だね。ボクもそんな気がするよ」

そう言いながら2人は笑い合った。

 

 

これが後に『絶剣』と呼ばれる少女と、鍛冶師の少女の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「で、結局そのアイテムは売らなかったのよね」

懐かしむように言いながら、リズベットはカップを手にとってお茶を一口すすった。

「え、そうなんですか?」

「そうだよ。換金用のアイテムだったから、売れば5万コルはしたのに」

「どうしても売りたくなかったのよ。アレは、アンタとの友情の証として持っておきたかったの。SAOが消滅して、もう消えちゃったけどさ」

カップを置いて言うリズベット。

寂しさを含んでいるが、それはすぐに振り払われる。

「それに、アレはなくなったとしても、アタシとユウキが友達だってのは変わんないでしょ?」

「うん! リズはボクにとって2人目の親友だよ」

リズベットの言葉に、ユウキは満面の笑みでそう返してきた。

もちろん彼女にとって一番の親友は、幼いころから一緒に過ごしてきたアスナだ。

だが、今ではリズベットもユウキにとっては欠かせない存在になっている。

キリトが見つかるまでも、見つかってからも、キリトを始めとする男性には相談できない―――主に恋愛事―――ことをよく聞いてもらったのはいい思い出だ。

アスナはそんな親友であるインプの少女と、鍛冶師のレプラコーンの少女を交互に見て微笑み―――

(ありがとう、リズ。私がいない間、ユウキの力に、友達になってくれて)

心の中でそう告げる。

面と向かって言ってもいいが、どうにも恥ずかしさが先行して上手く言葉には出来そうもない。

ふと、ユウキとリズベットは視線に気付いて同時にアスナを見る。

「アスナ?」

「どうしたのよ?」

同じように疑問符を浮かべて尋ねる2人の少女。

アスナはクスリと微笑んで

「ううん。なんでもないよ」

そう言って返した。

 

少女たちだけの、穏やかな午後は始まったばかりである。

 

 

 




今まで幕間の物語って文字数少なめにしてたんだけど、この幕間だけ異様に文字数かかってるなぁ……気づけば一万字越えてたよ……

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