なんとかプロットが纏まったのでファントムバレット編の投稿を再開いたします。
では50話、始まります。
第五十話 死銃
『AGI万能型なんて所詮、単なる幻想なんですよ!』
男の声が広い酒場に響き渡った。
ここは数多ある仮想世界の一つである『ガンゲイル・オンライン』、略称GGOの首都『SBCグロッケン』の酒場だ。
現在ここで、ネット放送局『MMOストリーム』の人気コーナー『今週の勝ち組さん』が放送されていた。
酒場の中央にある大きなホロパネルには、司会者とゲストである2人のプレイヤーが喋っている。
ゲストの内の一人である青銀髪の男、ゼクシードはこのガンゲイル・オンラインで行われている『バレット・オブ・バレッツ』―――略称を『BoB』―――の優勝者だ。
意気揚々と口を開き、止まることのないマシンガンのように喋り続けている。
彼が言葉を発する度に、酒場にいる客達はブーイングを発していた。
しかし、そんな中、奥のソファに座って、ただひたすらホロパネルを見ている者がいた。
深く被ったギリ―スーツのフードの所為で顔は見えないが、彼が醸し出す雰囲気は怒りと怨嗟を纏っている。
と、ここで男は立ちあがった。
ツカツカと歩んでいき、ホロパネルの真正面で立ち止まる。
腰に装備していたハンドガンを手にして、自身の目の前で十字を切った。
そして、画面に映る青銀髪の男に銃口を向けた。
静まり返った店内―――が、次の瞬間
「ゼクシード!偽りの勝利者よ!今こそ、真なる力による裁きを受けるがいい!!!」
突然叫び、ハンドガンのトリガーを引いたのだ。
ズガンッ!と、大きな炸裂音が鳴り響き、放たれた弾丸は見事に画面の男に命中した。
しかし、それだけだ。
街は攻撃不可エリアとなっており、たとえ攻撃できたとしてもダメージは通らず、オブジェクトの破壊すら出来はしない。
周りから嘲笑が起こる―――が、次の瞬間。
『……ですから、ステータス・スキルの選択において、最終的にはプレイヤー本人の能力というものが……』
突然、喋り続けていたゼクシードの言葉が止まり、胸を掴む様な仕草を見せ、直後にその姿が消失し、彼が座っていた椅子だけが残された。
司会者は慌てて対応をしているが、もう誰も放送を見てはいない。
視線は全て、一点に集中している。
男は周りを見渡し、銃を掲げ
「……これが本当の力、本当の強さだ!愚か者どもよ、恐怖と共にこの名を刻め!!」
ここで一度区切り、大きく息を吸って
「俺と、この銃の名は『死銃』……『デス・ガン』だ!!!」
そう声高に宣言したのだった。
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「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
店内に入ると同時にウェイターにそう尋ねられた少年と青年。
少年は首を振って
「待ち合わせです」
そう応え、店内を見回した。
すると、奥の窓際の席から無遠慮な大声が響く。
「おーい!キリト君にソラ君、こっちこっち!」
低くざわめいていた談笑が一瞬静止して、非難めいた視線が集中した。
少年と青年――――――桐ヶ谷和人は首を縮めながら、天賀井空人は苦笑いで声の主の所まで歩いていく。
和人は不機嫌さを隠す様子もなく椅子に腰掛け、空人は軽く会釈してから腰掛けた。
「いやぁ、悪かったね、キリト君にソラ君。わざわざ来てもらって」
「そう思ってるなら銀座まで呼びだすなよ」
正面に座る男性に対し、和人は不機嫌オーラ全開で言う。
「まぁまぁキリト」
隣に座る空人は、そう言って和人を宥めていた。
溜息をついて和人は正面の男性に視線を向けた。
彼の名は菊岡誠二郎。
国家公務員のキャリア組であり、現在は総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、省内での名称は通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称『仮想課』に所属している。
つまり彼は、現在無秩序な氾濫状態にあるVRネットワークを監視する、国側のエージェント……もしくはスケープゴートという訳だ。
「つーか、アンタにキリトって呼ばれる理由がない気がするんだが?」
「つれないなぁ。一年前、病院のベットで目覚めた君の元に、真っ先に駆けつけたのは僕じゃないか」
返ってきた言葉に、和人は不機嫌さが更に増す。
和人がSAOから帰還して目を覚ました時、最初に訪れたのは菊岡だった。
「とりあえず、何か頼みなよ?ここは僕が持つからさ」
「言われなくてもそのつもりだよ。えっと……」
言いながら和人はメニュー表を見て
「パルフェ・オ・ショコラに、フランボワズのミルフィーユ……にヘーゼルナッツ・カフェ」
注文を取りに来ていたウエイターにそう言い、メニューを空人に渡す。
「僕にもヘーゼルナッツ・カフェを……それと、ワッフルダブルベリーチーズケーキに、キャロットチョコフランと……キャラメルショコラのパフェを一つずつ」
「かしこまりました」
オーダーを受けたウエイターが小さく礼をして下がっていく。
「で、本題に入ってもらっていいか? どうせまたバーチャル犯罪絡みのリサーチなんだろ?」
「流石はキリト君だね。話が早くて僕も助かるよ」
冷やかな和人の言葉に対し、菊岡は笑顔を崩さずに、隣の椅子に置いてあった鞄からタブレットを取り出した。
菊岡は度々和人にこう言ったバイトと称してリサーチ依頼を出している。
和人は日本最大のネットワーク犯罪『SAO事件』の生還者だ。
それ故に、菊岡は彼を情報提供者として利用している。
和人としては、いい気はしていない―――けれど、彼には大きな借りがある。
それは、ユウキが収容されていた病院を教えてもらったことだ。
その情報があったからこそ、現実世界ではただの子供にすぎない和人がユウキの居場所を知ることが出来たのだ。
この事がなければ、須郷伸之の狂った計画に気付けず、須郷が明日奈と結城家を手中に収める為にユウキを利用した事も、ユウキの家族の事故死の真相も永遠にわかりはしなかっただろう。
という訳で、和人はこうして菊岡に呼び出される度に、高いスイーツを容赦なく頼んで気を紛らわしている。
しかしながら、その彼の横に座っている空人は菊岡に呼び出されるのは今回が初めてだ。
当然ながら疑問を持っている。
「でも、どうして僕まで呼んだんですか?僕はキリトほどネットワーク事情には詳しくないですよ?それに、SAOクリア時も彼が戦っているのを見ていただけですし、須郷の時もただ人質になっている娘を助けただけだし……」
「いやいや、僕としては君にも一度こういうふうに依頼を出してみたいと思ってたんだ。君はSAOでは最強と呼ばれたギルド『血盟騎士団』の副団長だったと聞いてるし、須郷伸之氏の事件の件だって、君が人質になっていた少女を助けなければキリト君が殺されていたかもしれない。それに、君の冷静なモノの見方には僕も一目置いているんだ」
「はぁ……」
問いかけに嬉々として応える菊岡に、空人もどう対応していいのかわからずに溜息が漏れた。
その時、ウェイターが2人現れて、先程彼らが注文した品をそれぞれテーブルに置いていく。
「ご注文は以上ですか?」
片方がそう聞いてきたので和人が頷くと、テーブルに伝票を置いてウェイター下がっていく。
ウェイター達が奥へと下がって行ったのを確認すると、菊岡はタブレットを操作し
「実はね。今、とあるMMORPGで妙な事が起こっているらしいんだ」
そう言って菊岡は和人達にタブレットを差し出した。
覗きこんだ画面には、見知らぬ男性の顔写真を始め、住所等のプロフィールが表示されている。
「誰だ?」
「さぁ?」
疑問符を浮かべている2人からタブレットを返してもらった菊岡は画面をスクロールさせる。
「えっと、先月……11月の14日だね。東京都中野区の某アパートで、掃除をしていた大家が異臭に気付いた。発生源と思われる部屋のインターホンを鳴らしたが返事がなく、電話にも出ない。しかし部屋の電気は点いていた。おかしいと思った大家が電子ロックを解除して、中に踏み込んだらこの男……茂村保26歳が死んでいるのが発見された。死後5日半だったらしい。部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体もベットに横になっており、その頭には―――」
「アミュスフィア……だな?」
和人の言葉に菊岡は頷いた。
「その通り。家族にはすぐに連絡がいき、変死という事で司法解剖が行われた。死因は急性心不全だそうだ」
「心不全……急に心臓が止まったってことですよね? 原因はなんですか?」
「わからない」
空人の問い掛けに、菊岡は言いながら首を横に振る。
「死亡してから時間がたち過ぎていたし、犯罪性が薄かった事から精密な解剖は行われなかったんだ。ただ、彼は2日に渡って飲まず食わずでログインしていたらしい」
それを聞いた和人達は眉をひそめた。
その手の話は決して珍しいことではない。
なにせ、現実でなにも食べなくても仮想世界で食事をすれば偽りの満腹感が発生し、それが数時間は持続するからだ。
だが、当然このような行為は身体に悪影響を及ぼしてしまう。
栄養失調などで、何らかの発作を起こし倒れ、一人暮らしゆえにそのまま……なんて事も珍しくはない。
「……確かに悲惨な話ではありますけど……」
「でも、冷たい言い方をすれば、よくある事じゃないか? なぁ、菊岡サン。アンタ、こんな話がしたくて俺達を呼んだのか?」
和人がそう問いかけると、菊岡はタブレットを一瞥し口を開いた。
「この茂村君のアミュスフィアにインストールされていたゲームは『ガンゲイル・オンライン』というものなんだが……知ってるかい?」
「そりゃ……日本で唯一『プロ』がいるMMOだからな」
「その有名なMMOがどうかしたんですか?」
「彼はガンゲイル・オンライン……略称GGOの中ではトップに位置するプレイヤーだったらしい。先月行われた最強者決定戦で優勝している。キャラクター名は『ゼクシード』だね」
タブレットに表示されている内容を見ながら菊岡は言う。
それを聞いた和人達、またしても眉をひそめた。
「……じゃぁ、死んだ時もGGOにログインしてたのか?」
「いや、そうでもなかったようだよ。『MMOストリーム』というネット放送局の番組に、再現アバターで出演中だったらしい」
「あぁ……『今週の勝ち組さん』か」
「その放送なら、アスナと一緒にALO内の宿屋で見たよ。ゲストの態度があまりにも不遜だったもので、アスナはその態度に御立腹だったなぁ……」
遠い目をしながら「宥めるのが大変だったよ」と空人は呟く。
「でも、その放送は途中でゲストが落ちてしまって放送中断になったんだ」
「多分それだよ。出演中に心臓発作を起こしたんだね。ログで、秒単位に至るまで時間がわかっているからね。で、ここからが未確認情報なんだが……この放送がされていたGGO内で妙な事が起こったとブログに書いているユーザーがいるんだ」
「妙な事?」
「MMOストリームはGGO内部でも見られるんだよね?」
「ええ、基本的には全VRMMOゲーム内で見られる筈です。酒場や宿なんかで」
問いかけにソラが応えた。
「GGO世界の首都、『SBCグロッケン』という街のとある酒場でも、この番組は放送されていたんだが……問題の時刻に、一人のプレイヤーがおかしなことをしたらしい」
再び画面をスクロールし、表示されている内容を見ながら
「なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、裁きを受けろ、死ね、等と叫んで銃を発砲したらしい。それを見ていたプレイヤーの一人が偶然音声ログを取っていてね……えぇっと……銃撃があったのが11月9日午後11時30分2秒。茂村君が番組出演中に突如消滅したのが、11時30分15秒だ」
詳細を説明する。
和人は眉をひそめながら
「偶然じゃないか?」
そう言った。
しかし、菊岡は首を振る。
「いや、それがね、もう一件あるんだ」
「もう一件……ですか?」
空人が疑問符を浮かべながら尋ねると、菊岡は頷いて再びタブレットを操作する。
「今度は約十日前、11月28日だな。埼玉県さいたま市大宮区某所、やはり二階建てアパートの一室で死体が発見された。新聞の勧誘員が、電気は点いてるのに応答がないので居留守を使われたと思い腹を立て、ドアノブを回したら鍵がかかってなかった。中を覗くと布団の上にアミュスフィアを被った人物が横たわっていて、中から異臭が―――」
ごほん!とわざとらしい咳ばらいが耳に届く。
三人が話を中断して隣を見ると、マダム2人組が邪神か何かを思わせるような形相で彼らを見ていたからだ。
まぁ、こんな飲食店―――それも高級スイーツ店で死体が異臭がとか話してればマダム2人組でなくともどうかとはおもうだろう。
しかし、そんな彼女らに菊岡は豪胆なのか、はたまた只の天然なのか会釈しただけで済ませてしまった。
そして、和人達に向き直り会話を続ける。
「……まぁ、詳しい死体の詳細は省くとして。今度も死因は急性心不全。名前は……これも省いていいか。男性で31歳だ。彼もGGOで有名なトッププレイヤーだった。キャラネームは……『薄塩たらこ』?正しいのかなこれ?」
アレなキャラネームに菊岡は疑問符を浮かべて首を傾げる。
「旧SAOに、『北海いくら』ってプレイヤーがいたけど、もしかして親戚かな?」
「かもな。で、そいつもテレビに出てたのか?」
「今度はテレビの中じゃなく、GGO内だね。アミュスフィアのログから、通信が途絶えたのは死体発見の3日前だね」
「銃撃した奴は、『ゼクシード』の時と同じプレイヤーですか?」
空人の問い掛けに、菊岡は頷く。
「そう考えていいだろう。やはり裁き、力、といった言葉の後に、前回と同じキャラネームを名乗ってる」
「どんな……?」
菊岡はタブレットを眺め、眉をひそめた。
「『シジュウ』……それに、『デス・ガン』」
「デス……ガン……」
名を聞いた和人と空人は同時に考え込むように唸った。
しばらく思考を巡らせ、和人は菊岡に視線を向ける。
「……悪いがこの件に関して、俺やソラが手伝えることはなさそうだ。まさかとは思うが、ゲーム内で撃たれたから本当に死んだなんて、アンタだって信じてないんだろ?」
「僕も同意見です。そのあたりの検証も、粗方済んでいるんでしょう?」
いいながら和人と空人は席を立つ。
すると菊岡は慌てたように2人を引き止めにかかった。
「わあ、待って待って。ここからが本題の本題なんだ。ケーキもう一つ頼んでいいからさ、後少しだけ付き合ってくれ」
「……はぁ」
あまりに必死な菊岡に、和人は呆れ気味で溜息をつき、空人も苦笑いで座りなおした。
「いやぁ、キリト君やソラ君の言う通りだよ。僕だってゲーム内で撃たれたから死ぬなんて思ってないし、その辺の検証は確かに済ませてある。でも、この二つの事件にはおかしな点が存在するのは確かだ。だから、2人に改めて頼もう」
一度区切って、2人に視線を向けながら
「ガンゲイル・オンラインにログインして、この『死銃』なるプレイヤーと接触してくれないかな」
無邪気な笑顔を見せながら言う公務員に、2人は心の底から
((来るんじゃなかった))
無邪気な笑顔を見せながら言う公務員の要求を聞いて、2人は同時に心の底から後悔した。
「接触……か」
「はっきり言ったらどうだ、菊岡サン。撃たれて来い、って。その『死銃』ってやつにさ」
「いや、まぁ……ハハハ」
和人の冷やかな返しに、菊岡は口ごもって乾いた笑いを零す。
「ふざけんな! 何かあったらどうすんだよ!」
「流石に笑い事じゃ済まされないですよ? 何故この件に固執するんですか?」
空人が冷えた声でそう問いかけた。
菊岡は観念したように首を振ってから眼鏡を上げ直し
「……実はね、上の方がかなり気にしてるんだよ。仮想世界が人間のあり方を何処まで変えていくのか、とね。もし何らかの危険があれば、再び法規制を掛けようという動きが出るだろう。だが、僕達『仮想課』は、この流れを後退させるべきではないと考えている。VRMMOを楽しんでいる、君達のような若者の為にもね。そんな訳で、規制推進派に利用される前に把握しておきたいんだ。対処も出来る様に完璧にしておきたい」
そう答えた。
「もちろん万が一の事を考えて、最大限の安全措置は取る。君達には、こちらから用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない。君達の目で見た印象で判断してくれればいい。―――行ってくれるかい?」
真剣な菊岡の言葉に、和人も空人もNOとは言えない状況になっているのに気付く。
諦めたように和人は溜息をつく。
「……解ったよ。まんまと乗せられるのはシャクだけどな」
「けれど、うまく『死銃』というプレイヤーに接触できるかは解りませんよ。実在さえ怪しいんですから……」
悪態をつきながら言う和人と、難しい表情をしている空人。
すると菊岡は笑顔を浮かべて
「ああ……それだけどね。最初の銃撃事件の時、そこに居合わせたプレイヤーが録っていた音声ログを、データ圧縮して持ってきている。『死銃』氏の声だよ。どうぞ、聴いてくれたまえ」
いいながらワイヤレス型イヤホンを差し出してくる。
和人はイヤホンを受け取って片方を耳につっこんだ。
残ったもう片方も空人の耳に装着する。
菊岡が端末を操作すると、たちまち低い喧騒が再生された。
と、いきなりざわめきが消失し、張り詰めた沈黙を鋭い宣言が切り裂いた。
『これが本当の力、本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖と共に刻め!!』
『俺と、この銃の名は『死銃』……『デス・ガン』だ!!』
耳に届いたのは何処か非人間的な、金属質の響きを帯びた声。
獰猛なまでの殺戮衝動を、和人達はこの声から強く感じ取ったのだった。
依頼を受けてから一週間後。
少年と青年は、新たな世界へと旅立つ
妖精の世界から、銃の世界へと
次回「銃の世界へ」