ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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リアリゼーション発売まであと少し……あぁ……早くプレイしたいぃぃぃぃ……



さてさて、それは置いておいて……刃雷と閃光編はこの話でおしまいです。
次はいよいよあの章に突入します!



では49話、始まります。


第四十九話 共に

2025年 10月4日 新生アインクラッド第一層 はじまりの街

 

 

「おーう。キリトにユウキちゃんじゃねぇか」

街のマーケットを2人で歩いていると、不意に声をかけられる。

黒のスプリガンと紫のインプ―――キリトとユウキは声の主の方へと振り返った。

視界に入ったのは真っ赤な髪を逆立て、悪趣味なバンダナを巻いたサラマンダーだ。

「おぅ、クライン」

「あっれぇ? 仕事は? もしかして……サボり?」

訝しんだような表情で尋ねるユウキ。

「おいおい、そりゃねぇだろ! 今日はオフだよ。一日狩りに勤しむって決めてんだ」

「あっははは。ごめんごめん」

微妙な表情で言うクラインに、ユウキは笑いながら返した。

「で、お前等はどうしてたんだ?」

「あぁ。さっきまで狩りしてた。俺とユウキと、ソラにアスナの四人でな」

クラインの問いにキリトがそう応える。

すると、クラインは辺りを見回して

「にしては、2人がいねぇな。他のとこにでも狩りにいったんか?」

そう聞いてきた。

彼の言葉に、キリトとユウキは顔を見合わせる。

ニヤリと笑ってクラインの方に視線を向けて

「いや、先に落ちたよ」

「今日はこれから『デート』するみたいだからね」

意地の悪い笑みを浮かべて言うスプリガンとインプ。

それが耳に届いた瞬間、

「な、ななななな……」

ワナワナと身体を震わせて目を見開く。そして―――

「なぁんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

侍姿のサラマンダーは最大音量で叫んだ。

それは、はじまりの街全体に木魂したとかなんとか――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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土曜日の午後、駅前は沢山の人達で賑わっている。

そんな駅の入り口に、一人の少女が立っていた。

栗色の長い髪を揺らし、腕時計で時間を確認してみる。

時刻は午後13時55分。

待ち合わせ時刻の五分前である。

その時だった。

「ねぇねぇ彼女ぉ~。一人ぃ~?」

「俺らと遊ばねぇ? いいとこ知ってんのよ、案内するから行こうぜ?」

明らかに軽薄そうな男2人が少女―――結城明日奈に声をかけてきた。

2人ともチャラついた服装で、髪は金髪に染められている。

左側の男は両耳にそれぞれ三つずつピアスがつけられている。

おそらくは大学生だろう。

そんな彼らの顔を見て、明日奈は眉をひそめた。

(この人たち……あの時のナンパ男達じゃない……)

思考を巡らせる。

以前の苦い記憶が甦り、明日奈の機嫌は現在進行形で急降下していっている。

当の男達は以前、明日奈に絡んだ事を覚えていないのか、はたまた只の馬鹿なのか、彼女の様子を気にするでもなく、お決まりの台詞を言いながら明日奈に迫っていた。

うんざりした表情で、男達に文句の一つでも言ってやろうと決め、口を開いた―――その時。

「明日奈、待たせてごめん」

一人の青年が声をかけてきた。

声のした方に視線を向けると、明日奈の表情が明るくなる。

「空人さん!」

名を呼ばれた青年―――天賀井空人は優しく彼女に微笑んだ。

突然現れた彼に、ナンパを邪魔された男達は

「あぁ? んだよてめぇ?」

「この娘は俺等が目ぇつけたんだぜ。邪魔すんなよ」

機嫌を急降下させながら空人を睨み、口々に言う。

どうやら彼らは空人の事も覚えていないらしい。

当の空人は呆れた表情で

「目をつけた……か。女の子は物じゃない。ナンパ自体は否定しないが、そういうものの見方は感心しないな」

そう言った。

すると、片割れの金髪男が苛立ったように眉をひそめて

「おいおいおい。正義の味方ぶってんなよ優男が!」

空人に掴みかかろうと一歩前に出る。

しかし、伸ばした手はなにもつかめなかった。

気がつけば、金髪男の視界には雲の浮かぶ空が映っている。

どうやら空人の胸倉を掴もうと腕を伸ばした瞬間、逆にそれを掴まれた上に足を払われて引き倒されたようだ。

あまりにも鮮やかな動きに、金髪男もピアス男も声が出ない。

空人は明日奈の傍に歩み寄り、庇うように自身の後ろに隠して

「さっきも言ったがナンパ自体は否定しない。けれど、彼女に手を出し、物のように扱うと言うなら……僕は一切の容赦は出来ないぞ?」

冷たい声でそう言い放った。

その声色から感じられる怒気は、男達を竦み上がらせるには充分だった。

「っひぃ!」

「ま、待てよ! 置いてくなぁ!!」

ピアス男は一目散に逃げていき、地面に座り込んでいた金髪男も彼を追って慌てて走り去っていく。

その様子を呆れた表情で空人は見送り溜息を一つ。

「アレで逃げるくらいなら、ナンパなんてしなければいいのに……それはともかく。大丈夫かい?」

「はい。ありがとうございました」

空人の言葉に、ぺこりと頭を下げて礼を述べる明日奈。

「ふふっ」

「明日奈?」

唐突に笑った彼女に疑問符を浮かべる空人。

「ごめんなさい。この前と同じ状況だなぁって思ったらおかしくなっちゃって」

「あぁ……」

言われてみればそうだと空人は納得する。

確かに以前もここで、さっきの二人に絡まれた明日奈を空人が助けたのだから。

「でも、あの時とは違う事もあるんじゃないのか?」

そう言って空人は手を差し出す。

「そうですね。今回は本当に待ち合わせてましたし」

差し出された手に明日奈は自身のそれを重ね合わせた。

以前は偶然通りかかっただけだったし、友人という関係でしかなかった。

でも今は違う。

一週間前、ある意味での激闘の末に2人は想いを通じ合わせ、晴れて恋仲になったのだ。

協力してくれた親友とその恋人に一番に報告したら、これでもかというくらい弄られたのは記憶に新しい。

繋がれた明日奈の手から伝わる熱に、心を温かくなっていくのを感じる空人。

「じゃぁ、行こうか」

「はい」

空人の言葉に明日奈は微笑みながら頷く。

2人は手を繋いだまま目的の場所に向かって移動を開始した。

バスに乗り、約20分の距離を経てやってきたのは所沢市総合病院。

病院に入ると、空人は明日奈をロビーで待たせて受付へと歩いていった。

そこで手続きをし、それを終えた空人が戻ってくる。

手にはゲスト用のカードキーが握られていた。

エレベーターに乗り、三階のボタンを押すと、ゆっくりと上昇を開始した。

待つこと数秒。エレベーターは三階で止まり、2人はそこで降りて、目的の病室へと歩いていく。

エレベーターから降りて右の廊下の突き当たりにある病室の前に着く空人と明日奈。

ネームプレートには『天賀井朱里』と記されている。

空人がゲスト用のカードキーをスライドさせて読み込ませると、ピッという電子音と共に扉が開かれた。

そのまま2人は奥まで歩いていく。

設置されたジェルベットに、その人はいた。

白の診察衣を身に纏い、左手には点滴のチューブが繋がれている。

上体を起こした状態で、窓の外に広がる景色を眺める女性が、空人の母である天賀井朱里その人だ。

「朱里さん」

「あら。空人君」

彼が声をかけると、朱里はふわりと微笑んでこちらに視線を向けた。

明日奈には、浮かべる笑みはとても40代後半とは思えない程可愛らしく見えている。

「身体の方は大丈夫ですか? 無理してはいけませんよ?」

「大丈夫よ。空人君は心配性ねぇ……あら? そちらの方は?」

明日奈の存在に気付いた朱里は疑問符を浮かべて尋ねてきた。

「は、初めまして。結城明日奈といいます」

丁寧にお辞儀をしながら名乗る明日奈。

すると、朱里は表情を輝かせた。

「あらあらあらぁ。もしかして、空人君の恋人さんかしら?」

「えっ……あ、その……は、はいぃ……」

尋ねられた明日奈は顔を真っ赤にして応えた。

隣の空人も照れているようで、頬に赤みが差していた。

2人の様子に朱里は満足そうな表情になる。

その時だった。

病室の扉が開き、看護師が一人入ってくる。

「天賀井空人さん。すみません、担当医がお話があると……」

看護師の言葉に空人は頷いて

「わかりました。すみません、少し外します。明日奈……」

「はい。私はここで待ってますね」

「すまない。直に戻るよ」

そう言って空人は看護師と共に病室を後にする。

残された明日奈は、近くにあったパイプ椅子に腰かけた。

その時、ふと朱里が視線を向けてきている事に気付く。

彼女は微笑んでいた。

まるで、明日奈を愛しむように。

「よかったわ……貴女のような恋人があの子に出来て……」

「朱里さん?」

「……本当によかった……これでもう、あの子は……息子はもう大丈夫ね」

その言葉を聞いた瞬間、明日奈は目を見開いた。

当然だ。だって目の前の女性は空人の事を―――家族の事を忘れてしまっている筈なのだから……

だが彼女は今、空人の事を『息子』と言った。

それが指し示すモノは―――

「朱里さん……まさか記憶を……?」

行き着いた答え。

問われた朱里は苦笑いになり

「……貴女には……お話ししておくわね」

そう言って、自分の記憶が戻っている経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばらくして戻ってきた空人と共に病院を後にした2人。

歩道を歩きながら明日奈は思考に耽っていた。

思い出しているのは空人が席を外していた病室でのことだ。

 

 

 

 

「どういうことですか? 空人さんからは……貴女は彼や家族の事を忘れてしまっていると聞いてますけど……」

訝しんだ表情で明日奈は言う。

そんな彼女に朱里は息を吐いて

「……私にもよくわからないの。目が覚めたら、思い出していたわ。夫の事も息子の事も、そして、娘の美空の事も……」

「あ……」

「貴女がそんな顔をする必要ないのよ? むしろ、今まで忘れていたなんて、酷い母親だと思われても仕方ないわ」

複雑そうな表情をしている明日奈に、朱里は優しく微笑んでそう言った。

目に映る彼女の表情は、どことなく空人と重なって見える。

親子なのだから似ていると言えばそれまでだが、空人は母親似なのだろうと明日奈は思った。

「けれど……夢を見たわ。真っ暗な空間に、娘がいたのよ。そこであの子に言われたわ……『いつまでも逃げないで』って……」

言いながら朱里は窓の外に視線を移した。

「きっと、いつまでも現実を見ようとしなかった私を叱りに来たのね。あの子は夫に似て厳しい一面があったから……母親の体たらくを見てられなかったのかもしれないわねぇ」

くすりと笑って言う朱里に、明日奈はなにも言えずにいた。

少しの沈黙。

が、明日奈は思い切ってそれを破った。

「あの……空人さんには言わないんですか? 記憶が戻った事を……」

明日奈の問い掛けに朱里は

「……言わないわ」

少しの間を置いてそう応えた。

「ど、どうしてですか? 記憶が戻った事を伝えれば、空人さんだって……」

「でも、それだとあの子の目標を奪ってしまうことにも繋がるわ」

明日奈の言葉を遮るように、朱里は言葉を紡ぐ。

「あの子は……空人はメンタルカウンセラーになる事を目標にしている。私の記憶や精神障害をなんとかしたいと思って、その道を選んだことも知ってるわ。だけど、私の記憶が戻った事を知れば、あの子の目的を、生きる道を奪ってしまいかねない。あの子には頑張ってほしいの……もうすぐ命尽きる私の為じゃなく、もっとたくさんの、心を病んでしまっている人達を救ってほしい」

そう言っている朱里の表情は穏やかだ。

彼女は自分の余命を知っている。

おそらくは担当医や空人からは聞いてはいないだろし、彼らも伝えてはいない。

それでも、自分の身体の事は自分でよく解るのだろう。

朱里はすでに自分が長くない事を悟っているのだ。

「もちろん、これが私の我儘だって事はよくわかっているわ。それでも、私は空人に……私以外の人達を救う為にメンタルカウンセラーを目指してほしいの。あの子は優しい子だから……これ以上、こんな駄目な母親の為に自分を犠牲にしてほしくはないわ。だから、記憶が戻ってる事は言わないつもりなの」

彼女は空人がどうしてメンタルカウンセラーになろうとしたのかも知っている。

家族の事を忘れている間の事も、きちんと覚えているからだ。

彼を親戚の類だと思い込んでいた間の空人との会話を……

空人がメンタルカウンセラーを目指しているのは母親を救う為。

しかし、その母親の記憶が戻り、精神状態も安定してる事が判れば彼がメンタルカウンセラーを目指す意味がなくなってしまうだろう。

それは彼の将来の道すら奪ってしまう。

朱里はそう考えた故に、自らが記憶を取り戻した事を言わないつもりなのだ。

自分の息子の持つ才能を、今までの事を無意味にしない為にも……

「貴女には……酷な事をお願いするのを許してね。でも、貴女が息子の傍にいてくれるのなら、私も安心して逝くことが出来るわ」

「朱里……さんっ……」

何処までも穏やかな表情を浮かべる朱里に、明日奈は何とも言えない表情になる。

その瞳からは一滴の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

「明日奈?」

声が耳に届き、明日奈は思考から我に返った。

不思議そうな表情で自分を見ている空人に明日奈は

「ご、ごめんなさい」

微妙な表情で謝った。

すると、空人は彼女の手を取って

「ちょっと寄っていこうか?」

そう言って、公園の中へと入っていく。

思考に耽っている間に随分と歩いたようだ。

備え付けてあったベンチに腰を降ろし、2人は空を見上げる。

日は既に傾き始め、うっすらと赤みが差していた。

しばらく無言で空を眺めていたが、不意に空人が口を開いた。

「なにを考えていたんだい?」

「え……あ、その……」

問いかけに言い淀む明日奈。

どう返そうか迷っていると

「……母さんの記憶の事だろう?」

そう言われ、明日奈は目を見開いた。

視線を向けると、空人は呆れた表情をしている。

「どうして……」

知っているのか?

そう聞こうとすると、空人はベンチから立ち上がった。

「担当医の話は直ぐに終わってね……戻ったら、君が母さんと話してるのが聞こえたんだ」

振り返り、そう言った。

明日奈の顔から血の気が引く感覚がする。

恐る恐る彼の顔を見てみると、彼は笑っていた。

どうやら怒ってはいないようである。

「怒って……ないんですか?」

「んー……怒りはないなぁ……むしろ、拍子抜けしたっていうか……」

問いかけに空人は微妙な表情をしながら言う。

「でもまぁ、母さんが僕を思って記憶の事を黙っているのはわかるし、僕も母さんの余命の事は話してないから、お互いさまって感じかな」

「空人さん……」

「……正直に言えば、これでもうメンタルカウンセラーを目指す必要もないと思ったのは確かだよ。でも、話を聞いてる間に考えたんだ。本当にそうか?って」

言いながら空人は再び空を見上げた。

「確かに姉さんが殺されて、母さんが病んでしまった事がきっかけだったけど、その母さんの記憶が戻ったから止めるのは違うと思った。寧ろ、このままやめちゃいけないって思ったんだ。母さんは、僕に前を向いてほしいって思ってる。それに応えるなら、僕はこのまま今の道を閉ざしちゃいけないんだ。死んでしまった姉さんの分も、もうすぐ居なくなってしまう母さんの為にも、僕は今の道を突き進もうと思う」

そう語る彼の表情はとても晴れやかだった。

悩みなど、迷いなど微塵も感じさせない。

「僕は絶対にメンタルカウンセラーになる。そして、僕の家族と同じように、心を病んで苦しんでいる人達を救っていきたい。それが、今の僕がしたいと思うことだ」

視線を明日奈に向けて、空人は宣言した。

それを聞いて、彼女もベンチから立ち上がる。

空人の傍に歩み寄り

「だったら、私はそんな空人さんを支えたい。貴方の傍で、貴方と一緒に同じ道を歩きたい。その為に……私も今以上に頑張りたい! それが今の私のしたい事です!」

微笑んでそう宣言する。

「ははは。君が一緒なら怖いもの無しだなぁ」

「私だって、貴方がいてくれるなら怖いものなんてありません」

互いに笑いあって言う空人と明日奈。

「これからも、傍にいてくれ……明日奈」

「はい。空人さん……ずっと一緒です」

そう言って明日奈は目を閉じる。

空人はそんな彼女の頬に優しく添えて、誓うように唇を重ねた。

唇が離れ、2人は照れたように笑い合う。

そして手を繋ぎ合い、2人は歩き出した。

共に前へと、望む未来へと向かって――――――

 

 

 

 

 




酒場に流れる動画放送。


画面の中で笑いながら喋るプレイヤー。


皆が動画を眺めるなか、1人のプレイヤーが動画に銃を向ける。


そして叫ぶ、怒りと怨嗟を込めて……



次回「死銃」

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