ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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またも前回の投稿からあいてしまった・・・

何なんだろう、ここのところ用事と仕事が重なって執筆の時間がとりにくいなぁ・・・


そんな訳で、ようやく書きあげました40話。
フェアリィダンス編はこれでようやく終わります。

それでは40話、始まります




第四十話 フェアリィ・ダンス

漆黒の夜空を突き抜けてリーファは飛翔していた。

空を裂き、何処までも加速していく。

以前なら、限られた飛翔力で最大の距離を稼ぐために、最も効率のいい巡航速度や、加速と滑空を繰り返すグライド飛行法など、色々な事を考慮しながら飛行しなくてはならなかった。

それは過去の話。

今の彼女を縛るシステムの枷は存在しない。

結局、世界樹の上に空中都市も光の妖精『アルフ』も存在しなかった。

在ったのは妖精王とは名ばかりの泥棒の王だった。

しかし、一度この世界が崩壊し、新しい大地を得て転生した時、新たな支配者―――いや、調整者達は、あらゆる妖精たちに永遠に飛べる翅を与えたのだ。

集合時間より一時間前にログインし、ここしばらく滞在しているケットシー領首都『フリーリア』を飛び立ったリーファは、もう20分近くも飛び続けていた。

翅を広げ、本能の赴くままにリーファは夜空を翔けていく。

徐々に加速していき、そのまま遥か上空へと飛翔する。

雲海を突き抜けて勢いよく上昇するリーファ。

視線の先には大きく輝く満月が見えた。

そこへ目掛けて、更なる加速をする。

 

―――後少し

 

―――もう少し

 

そう思いながら月を目掛け飛んでいたリーファの身体が急停止し落下を始めた。

視界には『限界高度』のシステムメッセージ。

落下しながらリーファは思考を巡らせた。

頭に思い描いたのはキリト―――和人に連れて行ってもらったオフ会の事だ。

とても楽しかった。

今まで仮想世界でしか出会うことのなかった新しい友人達と、初めてリアルで顔を合わせ、色々な話をした。

あっという間の3時間。

けれど、直葉は同時に感じていた。

彼らの間にある、とても強い確かな絆を。

今はない『あの世界』アインクラッドで共に戦い、泣き、笑い、恋をした記憶―――それは、現実世界に帰ってもなお、彼らの中で強い光を放っているのだ。

兄である和人の事が好きな気持ちは変わってない。

毎日同じ屋根の下で暮らせる事を幸せに思い、彼の心の片隅に、ほんの少し自分の場所を作ってもらえるだけでいい。

ようやくそう思えるようになったのに――――

あのオフ会で、和人がいずれ手の届かない所へ行ってしまうのではないかと、そんな予感がした。

彼らの絆の間には入っていけない。

そこに直葉の居場所はない。

なぜなら彼女には『あの世界』の記憶がないから。

 

 

―――届かない

 

―――私じゃあそこまで行く事は出来ない

 

 

目を閉じて体を両手で抱きしめながら落下していくリーファ。

雲海に差しかかったところで、落下していく感覚が突然止まる。

「!?」

突然の事に驚いて目を開いた視線の先には

「どこまで昇ってくのか心配したぞ。もうすぐ時間だから迎えに来たよ」

黒衣のスプリガン、キリトが彼女を両手で抱えていた。

「そう、ありがと」

微笑を浮かべてリーファは言い、翅を羽ばたかせキリトの腕から抜けだした。

この新しいアルヴヘイム・オンラインを動かしている運営体が、レクトプログレス社から移管された全ゲームデータ、その中には旧ソードアート・オンラインのキャラクターデータも含まれていた。

そこで、運営体は元SAOプレイヤーが新ALOにアカウントを作成する場合、外見も含めてキャラクターを引き継ぐかどうか選択できるようにしたのだ。

よって、リーファが普段一緒に遊んでいるシリカやリズベット達は、妖精の種族的特徴は付加されたものの基本現実の姿に近い外見をしている。

だが、キリトは選択を与えられたとき、以前の外見を復活させる事はせずに今のスプリガンの姿を使っている。

凄まじいまでのステータスもあっさりと初期化して、一から鍛え直しているようだ。

ふと、リーファはその理由を知りたくなって、同じように宙にホバリングしながら彼に尋ねた。

「ねぇ、お兄ちゃ……キリト君。なんで他の人たちみたいに、元の姿に戻らなかったの?」

問われたキリトは腕を組んで少し考えるも、直に微笑を浮かべて

「あの世界のキリトの役割は、もう終わったんだよ」

そう答えた。

「そっか……」

リーファは小さく笑って、彼の傍まで移動しその手を取る。

「ね、キリト君。踊ろう」

「へ?」

目を丸くするキリトを引っ張り、リーファは雲海の上を滑るようにスライドする。

「最近開発した高等テクなの。ホバリングしたままゆっくり横移動するんだよ」

「へぇ……」

挑戦心を刺激されたようで、キリトは真剣な表情になる。

リーファの動きに合わせて横に滑ろうとしたが、すぐにつんのめってバランスを崩してしまった。

「おわっ」

「前加速しようとすると駄目なんだよ。ほんちょっとだけ上昇力を働かせて、同時に横にグライドする感じ」

「むむ……」

リーファに腕を引かれ、よろめきながら悪戦苦闘する事数分。

流石の適応力でコツを会得したようだ。

「なるほど……こうか」

「そうそう。うまいうまい」

笑顔を見せて、リーファは腰のポケットから小さな小瓶を取り出した。

栓を抜き、宙に浮かせると、瓶の口から銀色の粒が溢れだし、同時に澄んだ弦楽の重奏が聞こえてくる。

プーカのハイレベルの吟遊詩人が、自分達の演奏を詰めて売っているアイテムだ。

音楽に合わせてリーファはゆっくりとステップを踏み出す。

大きく、小さく、また大きく、ふわりと宙を舞っていく。

蒼い月光に照らされた無限の雲海を、2人はクルクルと滑る。

最初は緩やかだった動きを徐々に徐々に速くして、一度のステップでより遠くまで。

指先から伝わるキリトの心を、気持ち全部で感じ、受け止める。

これが最後になるかもしれない。リーファはそう思った。

何度か訪れた、2人の気持ちが触れ合う瞬間。

それも多分、これが最後。

キリト―――和人には、彼の世界がある。

学校、仲間たち、そして、大切な人。

彼の翅は強く、その歩幅は大きすぎて、伸ばした手もなかなか届かない。

二年前のあの日、彼があの世界に旅立ち、帰ってこなかったあの日から、2人の道はやはり遠ざかりはじめていたのだ。

その背に追いつきたくて妖精の翅を手にしてみたけれど、和人や、あの人たちの心の半分は空に浮く幻の城にある。

きっと和人はあの世界で、あまりにも沢山の喜びと悲しみ、そして愛情を積み重ねてしまったのだ。

直葉には決して訪れる事の叶わない、あの夢幻の世界で。

閉じた瞼から、涙が零れるのをリーファは感じた。

「―――リーファ?」

耳元でキリトの声がする。

目を開けたリーファは微笑みながら彼を見た。

同時に小瓶から溢れていた音楽が薄れ、フェードアウトし、瓶が砕けて消滅する。

「……私、今日はこれで帰るね」

キリトの手を離し、リーファは言う。

「え……? なんで……?」

「だって……遠すぎるよ、お兄ちゃんの……皆のいる所。私じゃそこまでいけないよ……」

「スグ……」

キリトは真剣な表情でリーファを見つめ、やがて首を振った。

「そんなことない。行こうと思えば、どこにだって行ける」

言いながらキリトは再びリーファの手を取った。

固く握り、身を翻す。

翅を鳴らし、加速を始めた。

雲海の彼方に聳え立つ、世界樹に向かって。

有無を言わせないスピードで飛ぶキリト。

繋がれた手は僅かにも緩まず、リーファも必死で後を追う。

世界樹は近付くにつれて、天を覆うほどの大きさになった。

幹が幾つもの枝に分かれている中央に、無数の光の群れが見える。

イグドラシル・シティの灯だ。

その中央をキリト達は、一際高く明るく輝く塔に向かって翔けていく。

その時だった。幾重にも連なった鐘の音が響き渡った。

アルヴヘイムの零時を知らせる鐘の音だ。

キリトは翅を広げて急ブレーキをかける。

「わっ!」

リーファは止まり切れずに衝突しそうになるも、ホバリングし両腕を広げたキリトに抱きとめられる。

「間に合わなかったな―――来るぞ」

「え?」

台詞の意味が解らず、リーファはキリトの顔を見た。

キリトはニッと笑うと、空の一角を指差した。

視線の先に見えるのは巨大な満月。

「月が……どうかしたの?」

「ほら、よく見ろ」

一層高く腕を伸ばすキリト。

リーファは目を凝らしてみた。

輝く銀の真円、その右上の淵が―――僅かに欠けた。

「え……?」

リーファは目を見開いた。

月を侵食する影は、どんどん大きくなっていく。

不意に低い唸りがリーファの耳をとらえた。

ゴーン、ゴーンと重々しく響く音。

遥か遠くから、空中全体を震わせるように聞こえてくる。

近づいてきたそれは釣鐘形の物体で、幾つもの薄い層が積み重ねられているようだった。

真円の中央でそれは停止し、浮遊物自体が発光する。

現れたのは城を思わせる建物だ。

何階分の窓が並んだ巨大な建築物が、幾つも密集している。

「あ……まさか……あれは……」

ふとリーファの脳裏にある考えがよぎる。

慌ててキリトの方に振り向くと、彼は笑っていた。

「そうだ。あれが―――浮遊城アインクラッドだよ」

頷いてキリトは言う。

「でも、なんでここに……?」

「決着をつけるんだ」

リーファの言葉にキリトが静かに答える。

「今度こそ、一層から百層まで完璧にクリアして、あの城を征服する。前は四分の三で終わっちゃったからな。―――リーファ」

リーファの頭に手を置いてキリトは言葉を続けた。

「俺、弱っちくなっちゃったからさ……手伝ってくれるか?」

「……あ……」

リーファは言葉を詰まらせてキリトの顔を見る。

 

 

―――行こうと思えば、どこへだっていける

 

 

キリトの言葉を思い出し、リーファの頬を涙が伝う。

溢れる涙を拭って

「うん。行くよ……何処までも一緒に……」

そう答えた。

あまりに巨大な建造物を眺めていると、彼らの後方から声が聞こえてくる。

「おーい、遅ぇぞキリト!」

2人が視線を向けると、赤い髪に悪趣味なバンダナを巻いたクラインが上昇してきていた。

その隣にはノームの証である茶色い肌を光らせ、巨大なバトルアックスを背負ったエギル。

「お先!」

レプラコーン専用の銀のハンマーを下げ、純白のエプロンドレスを靡かせたリズベット。

「置いてくわよ!」

艶やかな茶色い耳と尻尾を伸ばし、肩に水色の子竜を乗せたシリカ。

「ほら、行きましょう!」

さらに後方には、手を繋いで飛ぶシンカーとユリエール。

補助コントローラーを握ってフラフラ飛ぶサーシャ。

手を振りながら上昇してくるレコン。

シルフの領主サクヤに、ケットシー領主のアリシャ。

サラマンダーの将軍ユージーンとその部下達。

大パーティーは我先にと夜空を舞い上がり、天空の城へと突進していく。

最後に3人の妖精がキリト達の前に現れる。

ウンディーネのソラとアスナ。

そして、パープルブラックの長い髪をなびかせ、胸部分に黒曜石のアーマー、その下に青紫のチュニックとロングスカートを身に着けたインプの少女―――ユウキが手を差し出し

「さぁ、行こう。キリト、リーファ!」

差し出された手をリーファはおずおずと握った。

ユウキはにっこり笑って、背の翅を羽ばたかせて身を翻す。

彼女の肩に乗っていた小妖精、ユイはキリトの肩に飛び移り

「ほら、パパ、はやく!」

キリトは透き通った瞳で一瞬アインクラッドを見つめ、しばしうつむいた。

その唇が動き、微かな声で誰かの名を呼んだようだがリーファ達には聞き取れなかった。

やがて顔を上げたキリトは不敵な笑みを浮かべて

「よし、行こう!!」

言いながら翅を羽ばたかせて浮遊城を目指す。

リーファ達も遅れまいとその後を追った。

天空の城を目指す数多の妖精たち。

その光景はまるで、壮大なる妖精たちのダンスのようであった。

 

 

 

 

 




過ぎていく穏やかな日々。

出会った仲間たちとの他愛ない日常。

そんな中、青年は浮かない表情をしていた。


次回「過去の夢」

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