ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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書き上がったぜよぉ!

しかし、何だろう?書いててすごく何かを殴りたくなってしまった。
何をって?
やだなぁw決まってるじゃないですかぁwww


そんな訳で37話、始まります。



第三十七話 鍍金の勇者

夕陽に深紅に染まる中、キリト達は鳥籠の眼の前まで来ていた。

ゆっくりと歩み寄り、その中にいる一人の少女が視界に入る。

ユイの物と似た薄手のワンピースに、紫がかった長い黒髪。

俯いていた顔は夕陽で陰っていた。

それでもキリトは迷うことなく。

「ユウキ」

少女の名を口にする。

直後、彼女は俯かせていた顔を勢いよく上げた。

視線の先には彼女―――ユウキが会いたくてたまらなかった人達が―――キリトとユイがいる。

両手で口元を押さえ、瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちていく。

「ママ……ママぁ――――!!!」

叫んだユイの手が格子の扉に触れた瞬間、ポリゴン片となって砕け散った。

「ユイちゃん!」

勢いよく駆け、飛び込んできたユイを、ユウキは両手を広げて抱きとめる。

その温もりを確かめ合う様に強く、強く抱きしめた。

「ママ、ママぁ」

ユイも涙を零しながらユウキにしがみついた。

「ユイちゃん」

もう一度、確かめるように彼女の名を呼ぶ。

再開を喜び合う2人にキリトが歩み寄る。

視線をキリトに移し、2人の目があった。

「ごめん、遅くなった」

微笑みながら言うキリト。

「ううん……信じてたよ。君が絶対に来てくれるって」

そう言って返すユウキにキリトは歩み寄って涙を拭った。

ユイと一緒に彼女をその腕に包みこんで

「帰ろう。現実世界へ」

「うん」

キリトの言葉に、ユウキはまた涙を浮かべて頷いた。

「ユイ、ここからユウキをログアウトさせられるか?」

キリトが問うと、ユイは申し訳なさそうに首を振る。

「ママのステータスは複雑なコードによって拘束されています。解除するにはシステム・コンソールが必要です」

「それなら、下のラボラトリーでそれらしいのを見たよ」

「世界樹の中にあった白い通路のことか?」

キリトの問いにユウキは頷いた。

「そうだよ。ここは須郷伸之がゲームを隠れ蓑にしている研究施設なんだ。ボクを含んだ300人が、ここに閉じ込められてるんだよ。あの人たちも助けないと」

「須郷?! ユウキをここに……いや、未だに目覚めてない300人は、奴が糸を引いてたのか!?」

ユウキの言葉にキリトは須郷の姿が脳裏をよぎる。

「閉じ込めてるだけじゃないよ。ここでは恐ろしい研究が―――」

ユウキがそこまで言った時、ユイが不意に辺りを見回す。

「―――! プレイヤーがここに転送されてきます! このIDは―――アスナさん?!」

ユイが言った直後、キリト達のすぐ傍で青い光が迸った。

光が消えると一人のウンディーネが姿を現す。

「な、何?ここは何処なの?」

困惑した様子でウンディーネ―――アスナは周囲を見回した。

「ア、アスナ!」

「き、キリト君? それにそっちの子はユイちゃん?」

呼びかけを聞いてアスナは振り返る。

「アスナ?」

彼女の視界にユウキの姿が映る。

その瞬間、アスナは時が止まったように言葉を失った。

言葉を探るようにアスナの手が伸びた―――次の瞬間。

「誰だ!」

キリトが背の剣に手を回した。

不気味な重低音が鳴り響く。

辺りの景色が変わっていき、周りは深い闇に覆われる。

直後、彼らの身体に巨大な重しを乗せられたような衝撃が奔った。

空気が振動し、立っていられない程の重さがキリト達にのしかかる。

皆片膝を突いた状態になる中、ユイの身体に黒いスパークが迸った。

「パパ、ママ、アスナさん―――気をつけて、何か……よくないものが……!」

言い切らないうちに、ユイの身体が黒い霧となって消えていく。

「ユイちゃんっ!」

叫んで手を伸ばすが返事はない。

リアルブラックの闇の中に、三人だけが残される。

どうにか動こうとキリトが身を捩った瞬間―――

「いやぁ、驚いたよ。小鳥ちゃんを鳥籠に招待出来たと思ったら、汚いゴキブリが紛れ込んでいようとはねぇ」

彼らの耳に、粘着質な厭らしい声が響いてきた。

どうにか視線を向けた先には、緑色のローブを纏い、エメラルド色の翅を四枚伸ばした金髪の男がいた。

その顔は作り物とわかるくらいに整っているが、浮かんでいる笑みは醜悪そのものだ。

彼らはその笑みを見た事がある。

「お前―――須郷かっ……!?」

キリトは立ちあがろうとしながら、唸り声で男の名を呼んだ。

すると男―――須郷は

「チッチッ、この世界でその名はやめてくれるかな? 『妖精王オベイロン陛下』と――――そう呼べぇい!!!!」

語尾の声が高く跳ねあがって絶叫になり、同時に須郷の脚がキリトの顔面を蹴りつけた。

蹴り飛ばされたキリトはのしかかる重みによって叩きつけられるようにうつ伏せで倒れ込む。

「キリト君!」

「やめて! この卑怯者!!」

アスナとユウキが叫ぶが、須郷は厭らしい笑みを浮かべたままキリトの頭を足蹴にし

「どうだい? ろくに動けないだろう? 次のアップデートで導入予定の重力魔法だけど、ちょっと威力が強すぎたかなぁ?」

グリグリと踏みつけてからしゃがみ込んで、キリトの背の黒の大剣を抜く須郷。

「それにしても桐ヶ谷君……いや、キリト君と言った方がいいかな? まさか、こんな所までやってくるとはねぇ。どうやってここまで登ってきたんだい? さっき妙なプログラムが動いていたが?」

「飛んできたのさ。この翅でな!」

睨むように須郷を見据えてキリトは翅を展開した。

そんな彼を須郷は一瞥し、巨剣を片手でクルクルと回しながら

「まぁ、いいさ。君の頭の中身に聞けばわかる事だよ」

「な、何だと?」

「まさか君は、僕が酔狂でこんな仕掛けを作ったと思っているのかい?」

嘲るような笑みでキリトに視線を向けて

「3O0人にも及ぶ元SAOプレイヤー達の『献身的』な『協力』によって、思考・記憶操作技術の基礎研究は既に八割がた終了している! かつてぇ! 誰も為し得なかった神の業を、後少しで僕は手にできる!! まったく、仮想世界さまさまだよぉ!! ヒャーハハハハハハ!!!!」

狂気じみた声で捲し立てていく。

彼の言葉にキリトもアスナも信じられない様な目で須郷を見て

「馬鹿な……」

「そんな事……許される筈……」

「だぁれが許さないのかなぁ? この世界に神は存在しないよ!! 僕以外にはねぇ!!」

芝居じみた動きをしながら叫ぶ須郷。

「そして、たった今! 残りの二割を終了させる為の実験体も確保できた」

言いながら須郷は巨剣の切先をアスナに突き付けた。

「私……?」

「そうさ。実験は今までナーヴギアでのみ行ってきた。けれど、アミュスフィアでの実験はまだなんだよ。つまり、君をアミュスフィアでの実験体第一号に選んであげたんだよぉ!! その為に管理者権限でアスナ君をここに転送したんだからねぇ!!」

それを聞いた瞬間、アスナ表情が青ざめる。

「ふざけないで!! そんなの絶対に許さない!!」

ユウキが激昂して叫んだ。

「ヒャハハハ! さぁて、さっそく準備を開始しようかぁ! 因みにここの映像は記録中だからねぇ」

言いながら須郷は指を鳴らす。

直後、上から手枷付きの鎖が四本伸びてきた。

それを手にとって、ユウキとアスナの両手に着けていく。

「貴様……なにをっ」

振り絞るような声を出すキリトに須郷は視線を向けて、右手を振り上げた。

「うぁ!」

「きゃぁ!」

その瞬間、2人はつま先がギリギリ床につく位置まで吊りあげられた。

のしかかる重さで2人の表情が苦悶に歪む。

それを見て須郷は更に厭らしい笑みを浮かべて

「いい!いいねぇ! やっぱりNPCの女じゃぁ、その表情はできないよぉ」

舐めまわすように2人を見ている。

「や、めろ……」

苦痛の表情を浮かべる彼女らの姿を見て、キリトの身体を憤りが貫いた。

重い体をなんとか動かし、力の限り立ち上がる。

須郷は芝居がかった仕草をして

「やれやれ。観客は大人しく……這いつくばってろよぉ!!!!」

勢いよく脚を振ってキリトを蹴り飛ばした。

再びうつ伏せになって床に叩きつけられるキリト。

そんな彼に追い打ちをかけるように、須郷は黒の大剣を両手で逆手に持ち

「そぃやぁ!!」

キリトの胴を貫いた。

深々と刃を差し込んで、メニューを開く。

「システムコマンド! オブジェクト座標を固定! そして、ペインアブソーバーをレベル10から8に変更!!」

その瞬間、キリトの全身に鋭い痛みが疾った。

「っ!! ぐっ……ぁああぁぁ!!!」

「どうだい? 痛いだろう? 段階的に強くしてやるから楽しみしていたまえ。LV3以下にすると、ログアウト後もショック症状が残る恐れがあるらしいがね」

須郷は身を翻し、吊るし上げているユウキ達の方へと戻っていく。

「さぁてと、そろそろ実験を開始しようか。アスナ君の記憶を消去して新たな記憶を植え付け、思考を僕への忠誠心で一杯にしてあげようかぁ」

「こ、こないで!」

下卑た微笑を浮かべてアスナへと歩み寄る須郷。

「やめて! アスナに指一本でも触れたら許さないよ!!」

ユウキがそう叫ぶと、須郷は彼女の方に視線を向けて

「まったく……君の正義感は本当に虫唾が走るねぇ。どうして君だけが生き残ってしまったんだろうかねぇ? 家族と一緒に仲良く死んでいれば、こんな場所に囚われる事もなかったのにさぁ」

憐れむような目でそう言った。

訳が解らずにユウキは疑問符を浮かべている。

「そうだなぁ。どのみち君も記憶と思考を操作するんだ、知られたところで大した痛手でもないか。なら、最後の慈悲で教えてあげようか。題して! 『今明かされる衝撃の真実ぅ』!!!」

そこで区切り

「ユウキ君の家族は4年ほど前に事故で亡くなっている。その日、紺野家は日帰りの旅行に行くことになっていたんだが、ユウキ君だけ風邪をひいてしまい、頼れる親類がいないことから結城家に預けられた。そうして両親と双子の姉である藍子君だけが旅行に行くことになった。その道中に事故は起こった。曲がり道が連続する下りの坂道でスピードを出し過ぎてしまったのさ。カーブを曲がり切れず、車はガードレールを突きぬけて転落! 車は大破し、紺野夫妻と藍子君は即死の状態で発見された」

「その通りだよ……それが一体どうしたって言うのさ」

須郷の言葉にユウキは訝しんだ表情を浮かべている。

「だが、そもそもおかしいとは思わなかったのかい? 君のお父上は真面目な人だった。多少の危険すらも危惧する程のね。そんな人が、危険な速度で運転するだろうか? いいや、それはあり得ない! だとしたら何故、カーブを曲がりきれない程の速度超過などしてしまったのか……」

演じるような動きをしながら捲し立てる須郷。

一度眼を伏せて、ユウキに視線を移し

「ブレーキをかけなかったのではなく、利かなかったとしたら?」

微笑を浮かべて問いかける。

その表情を見て、ユウキは―――否、キリトもアスナも目を見開く。

「ま……さか……」

「そのまさかだよ! 僕が仕向けたのさ! ブレーキが徐々に利かなくなるようにねぇ! もっとも細工したのは僕の後輩だがね。大枚をチラつかせたら喜んでやってくれたよ」

上を見上げ、両手を広げて須郷はそう告げた。

告げられた事実にユウキは時が止まったような感覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――コノオトコハナニヲイッテイルンダロウ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思考が鈍り、頭が真っ白になっていく。

「それが本当なら、なんで紺野さん達を! 藍子ちゃんまで巻き込んで! 紺野さん達は貴方にも良くしてくれてたじゃない!!」

アスナが須郷を睨みつけて叫んだ。

須郷はアスナに視線を移し、醜悪な笑みを浮かべたまま

「決まってるだろ? 邪魔だったからさ! 僕の研究を進める為にはどうしても紺野夫妻の地位が必要だった。どうやってのし上がろうか考えていた時に、紺野家の旅行の話を聞いて、これだって思ったねぇ!! これなら事故に見せかけて家族全員仲良く旅立ってもらえるからさぁ! まぁ、ユウキ君が風邪で旅行に行かなかったのは誤算だが、結果目論見は成功!! 紺野夫妻を亡き者にし、僕は今の地位を手に入れる事が出来たのさぁ!! くくくく、くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

高らかに叫び、醜悪な笑い声を響かせた。

「貴様……そんな事の為にっ……」

怒りの籠った目で須郷を睨むキリト。

しかし、須郷にはそれさえも滑稽に見えるのだろう。

高らかに笑いながら

「そんな事ぉ? むしろ光栄に思ってほしいねぇ!! 偉大なる神の業の為に犠牲になれたんだからさぁ!!」

狂気の笑みを浮かべて叫んでいる。

「……えせ」

その時、ユウキの口が開く。

「返せ……返して……父さんと母さんを……姉ちゃんを……返してよぉぉぉぉぉ!!!!」

瞳からボロボロと涙を零し、ユウキは絶叫する。

その姿を見て、須郷はさらに興奮したように

「ひゃはははは!! そう! それだよ!! 君のその表情が見たかったのさ!!! 真実を知って絶望するその表情をねぇぇぇぇ!!!」

ユウキに歩み寄って狂気の笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

「さぁ、余興はおしまいだよ。ユウキ君の絶望した顔も見れたしね。今度こそ、魂の改竄を始めようかぁ」

言いながら須郷はアスナを見る。

途端にアスナの身体を悪寒が疾った。

歩み寄っていこうと一歩踏み出した――――その時だった。

「まって! やるならボクからにして……アスナとキリトには手を出さないで……」

ユウキは口を開いてそう言った。

未だ瞳からは涙が溢れているが、輝きは失ってはいなかった。

それを聞いた須郷は

「へぇ? まだ心が折れてなかったのかい? まぁいいさ。そんなにお望みなら、君から改竄してあげるよ」

そう言い、ユウキへと歩み寄る。

それを見て、キリトは動かない身体を必死に動かそうともがき

「やめろ須郷!! ユウキに、ユウキに触れるなぁ!!!」

声の限り叫ぶ。

しかし、その姿を須郷は嘲笑い

「ひひひ! 無様だねぇ? そこで見ているがいいさ。大切な彼女が従順な人形に変わっていく様をねぇ!! 悔しいか? 悔しいよなぁ!! けれど何も出来はしないんだよ!! 所詮君の力は塗られた金箔! 『鍍金の勇者』でしかないんだからねぇ!!」

言いながら背を向けた。

ゆっくりとユウキに近づく須郷。

「貴様ぁ! 殺す! 絶対に――――殺すっ!!!!」

絶叫しながら必死に手を伸ばすも届かない。

どうしようもない絶望を感じ、キリトの眼から涙が零れ落ちる。

視界が霞んでおぼろげになるなか、彼は思考を巡らせた。

(これは……報いなのか? ゲームの中なら俺は無敵の勇者で、自分の力だけでユウキを助け出せると思い込んでいた……俺には―――なんの力もないのに―――)

諦めが彼の思考を支配し、目を閉じてしまう。

その時だった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――逃げ出すのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた。

目を開くとそこは真っ白な空間だった。

 

 

―――逃げ出すのか?

 

 

尚も声は聞こえてくる。

「そうじゃない……現実を認識するんだ」

力ない声でキリトは言う。

 

 

―――屈服するのか? かつて否定したシステムの力に

 

 

叱咤するように問いかけてくる声。

それでもキリトは諦めたように

「だって仕方ないじゃないか……俺はただのプレイヤーで、奴はシステム管理者なんだから……」

そう呟いた。

すると

『それはあの戦いを汚す言葉だ。私に、システムを上回る人間の意志の力を知らしめ、未来の可能性を悟らせた、我々の戦いを』

声ははっきりとキリトの耳に届いてきた。

それはとても懐かしく、忘れられない声。

目を開いて、視線を声の方へ向けると、そこには白衣を着た男性がいた。

影がかかって顔は見えない。

けれどもキリトはその男を知っていた。

『――――立ちたまえ、キリト君!!』

その声が聞こえた瞬間、男と共に白の空間は消える。

視界には再び吊るされた2人の少女と、下卑た男の姿が映った。

「お願いやめて! 私はどうなってもいいから、ユウキには何もしないで!!」

自由の利かない身体を捩りながらアスナは叫ぶ。

しかし、須郷は聞く耳持たずにユウキの頭に右手を添えて

「安心しなよ。ユウキ君の魂を改竄したら、すぐにアスナ君も従順な人形に作り変えてあげるからさぁ。くひひひひ」

下卑た笑いを浮かべてメニューを開いた。

「やめて! ユウキ、ユウキぃ!!!」

アスナの瞳から涙が零れ落ちる。

「ごめんね……アスナ……」

ユウキは諦めの笑みを浮かべて目を閉じ

(サヨナラ……キリト)

思考を巡らた後、涙が零れ落ちた。

その時だった。

「ぐっ……おぉぉ……」

唸り声が耳に届いて目を開く。

視線の先で、キリトが両腕に力を込めて立ち上がろうとしていた。

固定されている筈の巨剣が徐々に抜けていく。

「こんなっ……魂のない攻撃より……あの世界の刃は……もっと重かったっ……」

様子がおかしい事に気付いた須郷も振り返る。

「もっと痛かった!!!」

叫びと共に、突き刺さった巨剣は抜け、キリトは体を起こして立ち上がった。

胴に刺さっていた巨剣は抜け、音をたてて床に落ちる。

須郷はまた芝居がかった動作をし

「オブジェクトの座標を固定した筈なのにねぇ。運営チームの無能共ときたら、妙なバグが残っている――――なぁ!!」

言いながら右手でキリトの顔を殴打する為に振り下ろした。

が、それは難なく止められる。

突然の事に須郷は呆気にとられた―――次の瞬間。

「システムログイン。ID『ヒースクリフ』」

キリトの低い声が響く。

瞬間、彼の周りに管理者メニューが表示された。

「な、なんだ?! そのIDは?」

自分の知らないIDに戸惑いが隠せない須郷。

そんな彼に構うことなく、キリトは次の言葉を口にする。

「管理者権限変更。ID『オベイロン』をLV1に」

須郷の身体が一瞬点滅する。

直後、キリト達にのしかかっていた重力の波は消え去った。

須郷はキリトと辺りを交互に見回し、苛立ったように左手を振る。

しかし、なにも起こらない。

「僕より高位のIDだと! 有り得ない!! 僕は支配者、創造者だぞ!! この世界の王―――神!!!」

甲高い声で捲し立てる須郷。

醜く崩れた表情の須郷をキリトは見据えて

「そうじゃないだろ。お前は盗んだんだ! 世界を、そこの住人を。盗み出した玉座の上で、独り踊っていた『泥棒の王』だ!!」

きっぱりと断じた。

それを聞いた須郷の表情は益々醜くなっていく、

眉間に深くしわを寄せ、今にも血が出そうなくらい歯を喰いしばっている。

「こ、このガキぃ……僕に、この僕に向かって!」

いながら須郷は右手を突きだし

「システムコマンド!オブジェクトID『エクスキャリバー』をジェネレート!!!」

大きく叫ぶものの、何も起きない。

管理者権限を無効化された須郷の声に、もうシステムは応えはしなかった。

「いう事を聞けぇ、ポンコツがぁ!! 神の、神の命令だぞぉぉぉ!!!」

それでも認める事が出来ない須郷は喚き散らす。

そんな彼の後ろにいるユウキとアスナにキリトは視線を向けた。

「待っててくれ。すぐに終わらせる」

優しく微笑んでそう言った。

ユウキは小さく頷く。

キリトは視線を再び須郷に戻し

「システムコマンド!! オブジェクトID『エクスキャリバー』をジェネレート!!」

声高に叫ぶ。

直後、彼の眼前に黄金に輝く片手剣が出現した。

魔剣グラムを超える伝説級武具。

幾多ものプレイヤーが入手を夢見ている最強の剣が今、彼の目の前にあった。

それを手にとってキリトは自嘲したような笑みを浮かべる。

「コマンド一つで伝説の武器を召喚か……」

言いながら黄金の剣を須郷へと投げ渡した。

突然の事に須郷は危うい手つきで受け止めた。

キリトは落ちている黒の大剣の柄の部分を思い切り踏みつける。

ギャリっと音をたてて、巨剣は回転しながら垂直に飛びあがった。

落ちてきたそれの柄を右手で掴むと、勢いよく薙いで剣先を須郷へと突き付けた。

「決着を着ける時だ。『泥棒の王』と『鍍金の勇者』の……システムコマンド、ペインアブソーバーをLV0に」

言ってキリトは仮想の痛みを無制限に引き上げる。

動揺した須郷は数歩後退った。

「逃げるなよ。あの男はどんな場面でも臆した事は無かったぞ。あの―――茅場晶彦は!!」

「か……かや……茅場ぁぁぁ!!?」

その名を聞いた途端、須郷の表情はより一層歪んでいった。

大きく目を見開いて

「そうか……そのIDは……なんで……なんで死んでまで僕の邪魔をするんだよぉ!!!」

右手に握った黄金の剣を虚空に振り

「あんたはいつもそうだ!! 何もかも悟ったような顔して!! 僕の欲しいものを端から攫ってぇぇぇ!!!」

金切り声で叫びながら、須郷は何度も虚空に剣を振る。

「須郷。お前の気持ちが解らない訳じゃない。俺もあの男に負けて家来になったからな。―――でも、俺はあいつになりたいと思った事はないぜ。お前と違ってな」

「こ……この……ガキがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

キリトの言葉に須郷は激昂し、裏返った悲鳴と共に地を蹴った。

剣を振りかざして斬りつけてくる。

しかし、それは斬撃とは言えるものではない。

使いなれない剣を須郷は出鱈目に振るが、キリトは軽い動作でそれを躱していく。

一度距離を取って、須郷は大きく剣を振りかぶり

「くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」

振り下ろされる黄金の剣。

それをキリトは躱し、すれ違いざまに巨剣を振る。

それは須郷の左頬を僅かに掠めた。

「い、痛ぁ!!」

疾った痛みに須郷は思わず左頬を押さえる。

「痛い? 痛いだと?!」

ほんの少しの痛みで慄いた須郷に、キリトは激しい怒りを覚えた。

この男が今感じている痛みなど、彼が愛する少女が受けた痛みと比べれば大したことなどない筈だ。

なのに、目の前の神を自称していた男は少しの痛みにすら恐怖を抱いている。

そんな奴にユウキは二ヵ月も拘束され、更には家族さえも奪われていたと考えるとキリトの怒りは限界を超える。

「ふざけるなよ……お前がユウキに与えた痛みと苦しみは―――こんなものじゃない!!!!」

叫び、キリトは大きく一歩踏み出すと同時に巨剣を正面から撃ち下ろした。

反射的に掲げた須郷の右腕が、一刀のもとに両断される。

斬り落とされた右手は消滅し、握っていた黄金の剣が音をたてて床に落ちた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 手がぁぁぁ!! 僕の手がぁぁぁぁぁ!!!!」

擬似痛覚が無制限に引き上げられている今、須郷の感じている痛みは現実のそれと変わらない。

斬られた右腕を左手で押さえながら後退る須郷。

キリトは止まらない。

さらに一歩踏み込んで、今度は水平に巨剣を薙いだ。

「グボァァァァァ!!!」

均整のとれた長身が、腹から真っ二つに両断され、須郷は重い音をたてて床に転がった。

直後に残った下半身が白い炎に包まれて燃え崩れた。

キリトは須郷の波打った金髪を左手で掴み、持ち上げる。

無様に泣きながら、口を金魚のようにパクパク動かして声にならない悲鳴を上げている。

その姿は、キリトに嫌悪しか与えなかった。

思いっきり左手を振って、須郷を上空へと放り投げるキリト。

黒の大剣を両手で握り、身体を捻って直突きの構えを取った。

耳障りな絶叫を上げて、落下してくる須郷の顔に目掛けて

「おぉぉぉ!!!」

咆哮と共に全力で剣を打ち込むキリト。

ザシュっと音を立てて、刀身が右眼から後頭部にかけて深々と貫いた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

錆ついた歯車が回るような不快な悲鳴が響き渡る。

直後に須郷の身体が白い炎に包まれて燃えていった。

溶解し、燃え尽きるまでの数秒間、須郷は途絶えることなく悲鳴を上げていた。

やがてそれがフェードアウトし、須郷の姿が完全に消え去る。

キリトは巨剣を薙いで、アスナを吊るしていた鎖を切り裂く。

鎖は砕け散ってアスナは解放され、床に降り立った。

そして今度はユウキを拘束していた鎖を切り裂くキリト。

剣を床に落とし、解放されたユウキを抱きとめる。

彼の身体を支えていた力が抜けて、キリトはユウキを抱きしめたまま膝から崩れ落ちた。

「っ……」

感情の奔流が、涙に形を変えてキリトの両眼から溢れだした。

ユウキの華奢な体を抱きしめて、温もりを確かめるように顔をうずめてキリトは泣いた。

「信じてた。ううん、信じてる。これまでも、これからも。キリトはボクのヒーローで……いつでも助けに来てくれるって」

ユウキの優しい声がキリトの耳元で揺れた。

彼女の手がキリトの髪を撫でていく。

「違うんだ……俺にはなんの力もない……けど、そう在れるように頑張るよ」

キリトは顔を上げてそう言った。

「ユウキ」

不意に彼女の名が呼ばれ、ユウキは振り向く。

視線の先にはもう一人の会いたかった人。

大好きな親友が―――アスナがそこにいた。

「アスナ……アスナぁ!!」

ユウキはキリトから離れてアスナに飛び込んだ。

それを抱きとめて

「ユウキっ! よかった……あなたが無事で、本当によかった」

アスナは泣きながら言葉を紡ぐ。

ユウキも大粒の涙を流しながら

「アスナ、アスナぁ……会いたかった……ずっと会いたかったよぉ」

そう言って彼女を強く抱きしめた。

「さぁ、帰ろう」

キリトは2人に向けてそう言った。

左手を振って管理者用のメニューを表示する。

「現実はもう夜だけど、すぐに君の病室に行くよ」

「うん。待ってるよキリト」

ふわりと微笑むユウキ。

「やっと終わるんだね。帰れるんだ……現実の世界に」

「色々変わってビックリするぞ」

「そっかぁ……いっぱい、いろんな所に行こうね?」

「あぁ」

頷いてキリトはユウキをもう一度抱きしめた。

右手を振って管理者メニューを開く。

ログアウトボタンに触れ、ターゲット待機状態で青く発光する指先で、ユウキの頬を流れる涙を拭った。

その途端、ユウキの体が鮮やかな青い光に包まれる。

ゆっくりと透き通る水晶のように体が透過していき、足の先から消えていく。

彼女が仮想世界から完全に消えるまで、キリトはユウキを強く抱いていた。

やがて、腕の中から彼女の温もりが消える。

ユウキの意識は、現実へと帰っていったのだ。

暗闇の中、残されたのはキリトとアスナのみ。

「終わった……の?」

アスナが呟く。

キリトは小さく首を横に振って

「いや、まだだよ――――いるんだろ、ヒースクリフ」

虚空に向かって声をかけた。

すると、闇の中から

「久しいな、キリト君」

静寂を破るように声が響き、白衣を着た一人の男性が現れた。

 




目覚めた少女の元へ向かう少年。

そんな彼を襲う兇刃。

最後の戦いの果てに待つものは・・・


次回「戦いの果て」

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