まさかこの短時間で書き上がるとは・・・
やってみるもんだね私!!
ではどうぞごらんあれ~なのです!
閉じられたドアの前で和人は考え込んでいた。
自分が直葉に言われた事は概ね正しい。
本当の妹ではないから遠ざけていた。それは間違っていなかった。
だが、それは彼が意図的にそうしたかったわけではない。
しばらく考え込んでいた和人だが、意を決した表情で立ちあがる。
ドアに方へ視線を移し
「スグ。アルンの北側のテラスで待ってる」
そう告げて自室に戻っていった。
再びナーヴギアを被り、ベッドへ横たわり
「リンク・スタート!」
再び意識を仮想世界へと繋げたのだった。
目を開けば、そこはアルンの最上部。
視界にはウンディーネの少女――アスナがいた。
戻ってきたスプリガン――キリトに気付き、アスナは心配そうな表情で
「キリト君。どうだったの?」
尋ねてくる。
キリトは何も言わずに翅を広げて飛翔した。
アスナは訳もわからず、彼の後を追う為自身も翅を広げて
「待って、キリト君!」
彼の後を追いかけた。
キリトが向かったのはアルンの北側のテラスだった。
閑散とした石畳の上にキリトは降り立つ。
次いでアスナも着地して
「どうしたのよ? なんでこんな所に?」
疑問符を浮かべてアスナは問いかけた。
キリトは振り返らずに
「……スグ……リーファにここで待ってるって言ったんだ。だからここに来た」
そう答える。
「ねぇ、教えて。貴方とリーファちゃんはどういう関係なの?」
アスナは真剣な表情でキリトに尋ねた。
尚もキリトは振り返らない。
そのまま空を見上げて
「妹だよ……厳密には従妹だけどな。俺の本当の両親は物心つく前に死んで、母親側の妹夫婦に俺は育てられた」
「そう……なの?」
「俺が10歳の時、住基ネットの戸籍表示に抹消記録印があるのに気付いて、今の両親に問いただしたんだ。あの時2人とも呆気に取られてたなぁ。まさか気付くなんて思ってなかったって。でも、その頃から、俺は他人との距離が解らなくなっていったんだ。目の前にいる人は一体誰なんだろうって……いつも一緒にいた家族にさえもそう思うようになった……」
告げられるキリト―――和人の過去。
アスナは息を呑んで聞き続ける。
「その違和感が、俺をネットの世界に向かわせる理由の一つだった。誰も本当の事は知らない、偽りの世界……そんな心地いい世界に、俺は耽溺していったんだ」
そこで一度区切り、息を吐いて
「けど、SAOで俺は一つの真理に気付いたよ。現実も仮想世界も本質的に変わらない。その人が誰かという疑問に意味はない。出来るのはただ信じ、受け入れることだけ。自分の認識する誰かが、本当のその人なんだからって。だから、現実に帰還した時、俺は誓ったんだ。スグとの間に生まれてしまった距離を、全力で取り戻そうって……けれど、俺はあいつを傷付けた……見ているつもりで、見えていなかったんだ」
言いきってキリトは振り返る。
アスナの目に映った彼の表情は悲しそうなそれだった。
「そんな俺が……スグに出来る事……それは」
言いながらキリトは視線をアスナの先に向ける。
それに気付いてアスナは振り返った。
視線の先には一人のシルフが飛んできている。
リーファだった。
彼らのいる石畳にリーファは降り立つ。
「やぁ」
彼女に視線を向けつつ、キリトは強張りながらも笑ってみせた。
「おまたせ」
同じように、ぎこちない様子で答えるリーファ。
「スグ……」
「まって。お兄ちゃん、試合しよ。あの日の続きを」
何かを言いかけたキリトを制し、リーファがそう言ってきた。
キリトは呆気にとられる。
そんな彼に構うことなく、リーファは腰の愛剣を抜き放った。
「ちょ、リーファちゃん!?」
アスナは驚いて彼女に駆け寄ろうとする。
しかし
「アスナ、止めないでくれ」
キリトがそれを制した。
困惑しながらアスナは2人を見る。
キリトは真剣な表情で彼女に視線を送り
「これは必要な事だから……止めないでくれ」
そう告げた。
その想いが伝わったのか、アスナは頷いて数歩下がった。
キリトは小さく笑って
「ありがとう」
呟き、背の黒の大剣を抜き放つ。
「―――今度はハンデ無しだな」
不敵に笑ってキリトは構えを取った。
その構えを見たリーファは、キリトとあの日の和人が重なって見えた。
納得したように微笑を浮かべて
「道理でサマになってたわけだね―――いくよ!!」
地を蹴った。
一気に距離を詰めて、放たれる斬撃。
それをキリトは体を捻りながら巨剣を振り、受け流した。
小気味いい金属音が響く。
剣が弾かれた衝撃を利用し、2人は地を蹴って飛翔した。
二重螺旋状に軌跡を描きながら急上昇し、交錯点で剣を打ち合う。
爆発にも似た音と光のエフェクトが宙に轟き、世界を震わせる。
どんどん離れていく2人を追うように、アスナも石畳から飛翔する。
無駄のない、舞踏のように美しい動作で攻防一体の剣技を繰り出すキリトにリーファは感嘆せざるを得なかった。
この世界で幾度もデュエルをしてはいたものの、純粋に剣技のみで彼女と渡り合った者はいなかった。
そんなリーファを上回る剣の腕の持ち主が、自分の兄であることが彼女にはたまらなく嬉しく、気持ちを高揚させていく。
たとえ、二度と心が交わる事がないとしても、リーファに悔いはなかった。
何度目か打ち合いで剣を弾かれた衝撃を利用し、宙を跳ね飛んで大きく距離を取った。
浮島の一つに着地し、翅を広げて、高く、高く、大上段に構えを取る。
これが最後の一撃だろうとキリトは悟り、体を捻り、大きく剣を後方に引いていく。
そんな二人の様子を、少し離れた位置からアスナが固唾を呑んで見守っていた。
一瞬、凪いだ水面のような静謐が訪れた。
リーファの頬を涙が伝い、雫となって落ち、静寂に波紋を広げる。
同時に2人は動き出した。
空を焦がす勢いで、リーファは宙を駆けた。
長刀が、眩い弧を描いていく。
正面ではキリトがダッシュしているのが見える。
巨剣が輝き、空を裂いて飛ぶ。
リーファの愛刀が頭上を越えた時―――彼女はその柄から手を離した。
目を閉じ、両手を広げて落ちていく―――――キリトの剣を受け入れる為に。
キリト―――和人を傷付けた罪がこんな事で赦されるとリーファは思ってはいない。
しかし、彼女にはこれしか思い浮かばなかったのだ。
両手を広げ、その時を待つ―――しかし、白い光に溶けつつある視界の中で、飛翔してくるキリトの手の中にも剣は無かった。
落ちてくるリーファをキリトは抱きとめる。
衝撃で2人の身体は回転し、青い空と世界樹をぐるぐると横切っていく。
「どうして―――」
「なんで―――」
2人は同時に問いかける。
一瞬の沈黙。
それを破ったのはキリトだった。
「俺――スグに謝ろう思って―――でも……言葉が出なくて……せめて、剣を受けようって……」
言いながらキリトはリーファを抱きしめる。
「ごめんな―――スグ。俺、ちゃんとお前を見てなかった。自分の事ばかりに必死になって……お前の言葉を聞こうとしてなかった……ごめんな」
その言葉を受け止めると、リーファの目からは涙が溢れだした。
キリトの胸に顔を強く埋めて
「私……私の方こそっ……」
涙声で言うリーファ。
そんな彼女の頭に手を置き、キリトは優しく撫でながら
「俺……本当の意味では、まだあの世界から帰ってきてないんだ。まだ終わってないんだよ。彼女が目を醒まさないと、俺の現実は始まらない……だから、今はまだ、スグの事をどう考えていいのかわからないんだ」
そう告げる。
リーファは小さく頷いて
「私、待ってる。お兄ちゃんがちゃんと私達の家に帰ってくるその時を。だから、私も手伝う!」
いつもと同じ笑顔でそう告げた。
キリトはそれに笑顔で返す。
離れた位置で、アスナは目に浮かんだ涙を拭いながら2人の様子を見て微笑んだ。
そんな彼らの下の地上では、黒の大剣と白銀の剣が寄り添うように交差して地に刺さっていた。
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地上に落ちた剣を回収し、キリト達はゲート広場へと飛んでいく。
やがて、広場が見えてくると、視界に2人のプレイヤーがいるのを捉えた。
一人はシルフの少年―レコンだ。
もう一人はウンディーネの男性だ。
身長は180センチくらいで、白のレザージャケットにボトムスを身につけている。
腰には片手剣を装備していた。
見覚えのない人物にリーファとアスナは疑問符を浮かべている。
広場に降り立つキリト達。
レコンの隣にいるウンディーネを見てキリトは目を見開いた。
「まさか……ソラ?」
「あぁ。ようやく追いついたよキリト」
ウンディーネの男性―――ソラは微笑んで答えた。
髪の色こそウンディーネの特有の水色だが、印象的な空色の瞳は変わっていない。
何処までも冷静で、頼りがいのある親友が今、キリトの目の前にいたのだ。
「どうして? 大学とかは?」
疑問符を浮かべてキリトは問いかける。
「大学に顔の利く知り合いがいてね。事情を話したら、大学に時間をくれるように掛けあってくれたんだ」
「そうなのか」
「ねぇ、キリト君。誰なの?」
アスナが小声で問いかけてきた。
「あー。詳しい紹介はまた今度するとして、彼の名はソラ。頼りになる親友さ」
「初めまして、ソラと言います。キリトが無茶をして迷惑かけませんでしたか?」
クスクスと笑いながらソラは尋ねる。
「ア、アスナです。えっと……何度か無茶してましたね」
返ってきた返答にソラは苦笑いでキリトを見た。
当のキリトはバツの悪そうな表情をしている。
「レコン。この人がさっき言ってた人?」
「うん。そうだよ」
傍らではリーファとレコンが話している。
そんな彼らにソラは視線を向けて
「彼にはお世話になったよ。ログインしてみたらバグでホームタウンじゃない森に転送されてね。途方に暮れていた時に偶然彼が通りかかったんだ。ここまで道案内してくれて、色々この世界の事も教えてもらったよ。おかげで随意飛行も、すぐに会得できたしね」
「そ、そんな! 僕こそ戦闘面では大いにお世話になりましたし。随意飛行はリーファちゃんから聞いてたコツを教えただけだし。なのに僕はまだ随意飛行できないし!!」
「へぇ……やるじゃないレコン」
慌てふためくレコンの肩をリーファが叩く。
改めてソラはキリトと向かい合い
「そんな訳で、ここ一番で手を貸すことができそうだ」
「あぁ。ソラがいてくれれば百人力だ!」
互いに右拳を突き出してぶつけあう。
アスナとリーファも頷きあい、巨大な扉に視線を向けた。
キリト達も扉に視線を向ける。
只一人、レコンのみが事情を呑みこめずにいた。
「えっと……リーファちゃん。どういうことなの?」
問いかけてくるレコンに視線を向けて
「世界樹を攻略するのよ。キリト君とアスナさん、そこのソラさんとあんたと私の五人でね」
素敵な笑顔でそう告げた。
「へぇ~……って、えぇぇぇぇ!!!」
顔面蒼白になってうろたえるレコン。
そんな彼を余所に
「ユイ、いるか?」
問いかけると、空中に光の粒子が凝縮し、小妖精が姿を現す。
「もう! 遅いです! パパが呼んでくれないと出てこれないんですからね!」
ユイは頬を膨らませて言いながらキリトの肩に乗った。
突然現れた小妖精にソラは驚いた表情をしている。
「キリト……パパってどういうことだ?」
否、存在に驚いたのではなく、キリトをパパと呼んでいる事に驚いている。
「それは今度説明するよ」
「どちら様ですか?」
ユイはソラに視線を向けて首を傾げた。
「えっと、ソラと言います。初めましてユイちゃん」
「はい、初めましてです。ソラさん」
軽く挨拶を交わし合うウンディーネと小妖精。
キリトは小さく咳払いし
「ユイ。さっきの戦闘でわかった事はあるか?」
尋ねてみる。
「ステータス的には、さほどの強さではありませんが、出現数が多すぎます。あれでは攻略不可能な難易度に設定されてるとしか……」
「ふぅむ」
返答を聞いて唸るように考えるキリト。
やがて顔を上げて、振り返りリーファ達を見る。
「すまない。もう一度だけ、俺の我儘に付き合ってくれないか。なんだか嫌な感じがするんだ……もうあまり時間が残されていないような……」
その言葉に一瞬の沈黙が訪れるが
「もう一度やってみよ。私に出来る事ならなんでもする。もちろんレコンもね!」
リーファが言いながらレコンを肘でつついた。
「えぇ~……まぁ、僕とリーファちゃんは一心同体だし―――いだぁ!」
「調子にのるな!」
レコンの言葉が終わるや否や、リーファの拳が彼の頭に炸裂する。
その様子を見てアスナは微笑み
「ここまで来たら、最後まで付き合うよ。私にとっても他人事じゃないからね」
言いながらキリトに視線を向ける。
「僕は君の力になる為にここに来たんだ。全力で障害を斬り払うさ」
ソラも不敵な笑みを浮かべて言う。
「リーファ、レコン、アスナ、ソラ……皆、ありがとう」
彼らに向かい合い、キリトは心から感謝の言葉を告げる。
「前衛は俺とソラが務める。リーファ達は回復に専念してくれ。それなら守護騎士にターゲットされることはないと思う」
「うん。それが一番いい方法だろうね」
キリトの言葉にソラが頷く。
リーファ達も同じように頷いた。
キリトは再び大扉に向かい合い
「よし、いくぞ!」
言いながら黒の大剣を抜き放った。
ソラも同時に太刀型の片手剣を抜き放つ。
表示されたグランドクエストへの挑戦意思を質す、イエス、ノーボタン。
キリトはイエスボタンをタップした。
同時に大きな音を響かせて扉は開いていく。
五人は表情を引き締めて、内部へと入っていった。
再び挑むグランドクエスト。
行く手を阻む守護騎士の壁。
窮地に陥る少年たちを救ったのは、意外な増援だった。
次回「世界の核心へ」