ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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おし、書けたぜよ!


ご覧くださいませー!


第三十四話 グランドクエスト

翅を展開し、ロケットブースターのように天高くキリトは飛び上がる。

その勢いは凄まじく、あっという間に小さくなっていった。

突然の事に、リーファは困惑していた。

すると、その横に居たアスナも翅を広げ

 

「キリト君!」

 

勢いよく飛翔する。

リーファは未だに訳がわからなかったが、止むなく翅を広げて飛翔した。

 

(どうしたの……キリト君。それに、アスナさんも……世界樹の上に居る人はそんなに大事なの?)

 

思考を巡らせて加速していくリーファ。

やがて、キリトとアスナの姿が視界に入る。

先頭のキリトは既に雲のすぐ近くだ。

 

「キリト君、気を付けて! すぐに障壁があるよ!!」

 

叫ぶリーファ。

しかし、キリトは止まらない。

勢いよく上昇し、ドガンという衝撃音が響いた。

見えない壁に衝突したキリトは、銃に狙撃された鳥のように弾け飛ぶ。

宙を漂う彼に、ようやく追いついたアスナとリーファ。

が、すぐにキリトは体勢を立て直し、樹に向かい飛ぼうとする。

それをリーファが彼の腕を掴んで止めた。

 

「駄目だよキリト君! そこから上にはいけないんだよ!」

 

「キリト君、落ち着いて!」

 

アスナがそう呼びかけるが

 

「行かなきゃ!」

キリトは上を見たままそう口を開いた。

 

「行かなきゃ……行かなきゃいけないんだ!!」

 

彼の視線の先では世界樹の枝が伸びている。

地上よりはクリアに視えるが、それでもまだまだ距離がある事が見てとれる。

尚も突進を繰り返そうとするキリトの胸ポケットからユイが飛び出し

 

「警告モード音声なら届くかもしれませんっ……! ママ、私です! ママぁー!!」

 

プログラムとは思えない表情で、見えない壁の向こうに居るだろう人物に向かって叫んだ。

一方、鳥籠の中。

ユウキはベッドに座り、俯いていた。

 

『…………っ!』

 

不意に声が聞こえた気がしてユウキは顔を上げる。

慌てて辺りを見回すが鳥籠の周囲には誰もいない。

 

『……ママっ……』

 

気のせいかと思い、再び顔を俯かせた時、確かに声が聞こえてきた。

ユウキは立ち上がり、鳥籠の端まで歩み寄る。

 

「ユイちゃん……なの?」

 

耳に届いた声はかつてSAOで聞いた懐かしい声。

格子の壁に寄り、金属棒を握って辺りを見回す。

 

『ママ……ここにいるよ』

 

その声は頭に直接響くようで、咄嗟に方向はわからなかった。

それでもなお感じた。

ユウキは直感で下に視線を向ける。

巨樹を包む白い雲海、どんなに眼を凝らしても何も見えないが、声はそこから届いてきていた。

 

「ボクは……ボクはここだよっ……」

 

ユウキは声の限りに叫ぶ。

 

「ここにいるよっ……ユイちゃん! キリトぉ!!」

 

彼女の声が届くかどうかわからない。

ユウキは咄嗟に辺りを見回した。

 

(なにか……なにかここから落とせるもの…………!)

 

思考を巡らせて何かを閃く。

ベッドに駆け寄り、枕の下に挟んで置いたカードを手に取った。

再び鳥籠の端に駆け寄り、格子の隙間からカードを握った右手を差し出す。

以前、下層のプレイヤーに気付いてもらおうと、様々なものを落とそうとしたが、システムの壁に阻まれてしまっている。

しかし、カードを握った右手はなんの抵抗もなく外に出た。

 

(お願い……気付いてっ……)

 

祈るように思考を巡らせ、ユウキはカードを手放す。

白いカードはゆっくり、確実な速度で鳥籠の下へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「なんなんだよ! これは!!」

 

勢いよく右拳を叩きつけるも、見えない障壁はそれを弾き返す。

少し後ろではユイを手に乗せたリーファとアスナが心配そうにキリトを見ていた。

徐にキリトは背の剣に手を伸ばした―――その時だった。

 

「あれは……」

 

樹の上で何かが光り、キリトは思わずそれを凝視する。

キラキラと輝く何かが、ゆっくりと確実な速度で落ちてきた。

それに向かってキリトは手を伸ばす。

輝く何かは差し伸ばされたキリトの手の中にふわりと収まった。

手に取ってみたそれはカードだった。

ユイはキリトの肩に乗り、アスナとリーファが左右からそれを見る。

 

「2人とも、これが何かわかるか?」

 

キリトはそう問いかけた。

2人は少し思案するも、首を横に振って

 

「わからない……」

 

「そんなアイテム見た事ないよ」

 

そう返した。

すると、ユイがカードに手を触れさせる。

 

「これは……システム管理用のアクセスコードです!」

 

それを聞いたキリトはカードを凝視した。

 

「じゃぁ、これがあればGM権限を行使できるのか!?」

 

「いえ……ゲーム内からシステムにアクセスするには、対応するコンソールが必要です。私でもシステムメニューは呼び出せないんです」

 

「けど、そんなものが理由もなく落ちてくるわけないよな?」

 

「っ! きっと、ママが私達に気付いて落としたんだと思います」

 

キリトはそっとカードを握りしめて、目を伏せる。

そんな彼をリーファ達は疑問符を浮かべて見ていた。

キリトはカードを胸ポケットに収めて、2人に向かい合う。

 

「リーファ、アスナ。教えてくれ、世界樹に通じるゲートは何処にあるんだ?」

 

「え……樹の根元にあるドームだけど……」

 

そこまで言ってアスナはキリトの意図を悟った。

 

「キリト君、まさか!」

 

アスナの声に、リーファも彼の意図を悟る。

 

「でも、無理だよ! あそこは守護騎士に守られてて、今までどんな大軍団でも突破できなかったんだよ!?」

 

「一人でなんて無茶すぎるわ!」

 

必死に止めようとするも

 

「それでも行かなきゃいけないんだ」

 

彼の意志は変わらない。

キリトは戸惑う2人を交互に見て

 

「リーファ、アスナ。今までありがとう。ここからは俺一人で行くよ」

 

そう告げた。

途端にリーファは泣きそうな表情になる。

 

「……キリト君っ……」

 

「わ、私も一緒にっ……」

 

アスナも不安そうな表情で口を開いた。

しかし、キリトは首を横に振って

 

「これ以上、迷惑はかけられない」

 

言いながら体を脱力させた。

勢いよく降下していき、地上を目指すキリト。

その様子を、リーファとアスナは困惑しながら見送っていた。

目のくらむような急降下の末、キリトは市街区の一角に着陸する。

近くにいた数名のプレイヤー達は何事かとキリトを凝視していた。

構わずにキリトは肩に乗るユイに問いかける。

 

「ユイ。ドームまでの道が解るか?」

 

「はい、この先の階段を上がったすぐ先に―――」

 

ユイが言い終わる前に、キリトは全速で飛びだす。

全速で階段を飛翔し、アルンの最上部まで上り詰めた。

目の前には巨大な妖精の騎士を象った彫像が二体並んでいる。

 

「でも……いいんですか? 今までの情報を類推すると、ゲートを突破するのはかなりの困難を伴うと予想されます」

 

「あたってみるしかないだろう。失敗しても、命まで取られる訳じゃない」

 

「それはそうですが……」

 

不安そうな表情をするユイ。

そんな彼女の頭をキリトは指先でつついて

 

「それにな、一秒でもぐずぐずしてたら発狂しそうだ。ユイも、はやくママに会いたいだろ?」

 

「……はい」

 

キリトの言葉に頷いて、ユイは表情を改める。

巨大な扉まで歩いていくと、彫像の目が輝きだし

 

『未だ天の高みを知らぬものよ、王の城へ到らんと欲するか』

 

システムボイスが響き渡る。

直後、キリトの眼の前にメッセージが表示された。

『グランドクエスト『世界樹の守護者』に挑戦しますか?』

キリトはOKボタンをタップする。

 

『さればそなたが背の双翼の、天翔にたる事を示すがよい』

 

システムボイスが響くと同時に巨大な扉が音をたてて開いていく。

キリトは一度目を伏せて

 

(待ってろよ……今行くからな、ユウキ)

 

思考を巡らせて前を見据えた。

 

「ユイ、しっかり頭を引っ込めてろよ」

 

「はい。パパ、気をつけて」

 

胸ポケットに収まったユイの頭を一撫でして、キリトは黒の大剣を抜き放った。

内部に入ると、眩い光がキリトを照らす。

思わず目を細めるが、すぐに視界に入った内部に目を見開いた。

そこはとてつもなく広い円形のドーム状空間だった。

樹の内部らしく、床は太い根か蔦のようなものが密に絡み合って出来ている。

蔦は外周部で垂直に立ちあがり、壁を形成しながらなだらかに天井へと続いていた。

天蓋の頂上に、円形の扉が見える。

あれこそが世界樹内部への扉、キリトが目指すべき場所だ。

キリトは一呼吸置いてから翅を広げる。

直後、勢いよく床を蹴って飛翔した。

遥か天蓋にある扉を目指して飛んでいく。

すると、壁の一角から人の形をしたものが現れた。

手には剣を持ち、背には四枚の輝く翅を広げている。

 

「Goaaaaa!!!」

 

激しく咆哮し、キリトに向かい突撃してきた。

これがリーファ達の言っていた守護騎士だろう。

行く手を阻もうとする守護騎士に

 

「そこを……どけぇぇぇぇぇ!!!」

 

叫び、迎え撃つキリト。

振り下ろされた剣を躱し、守護騎士を背後から一刀のもとに斬り伏せる。

真っ二つになった守護騎士はエンドフレイムと共に四散した。

 

(いける!)

 

この守護騎士はかつて自分が戦って来たSAOのフロアボスよりも弱いと感じたキリトは勢いよく天蓋に向けて再び飛翔した。

が、直後に目を見開く。

視線の先には守護騎士がいた。

数体など、生易しい数ではない。

数え切れないほどの守護騎士が湧いて出てきているのだ。

それらは勢いよくキリトに向かい迫ってくる。

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

怯んでしまった自分に鞭打つようにキリトは咆哮し、迫ってくる守護騎士を撃退していく。

一体目の胴を剣で斬り伏せ、そのまま腕を掴んで左側から迫っていた二体目に投げ飛ばす。

ぶつかり合って怯んだところを勢いよく二体同時に巨剣で貫いた。

エンドフレイムと共に爆散した直後、三体目と四体目が左右から迫りくる。

左側の攻撃を巨剣で受け止め、右側の剣を腕で止めるキリト。

僅かにHPが減少するが、構わずに剣と腕を振って守護騎士の体勢を崩した。

三体目を頭から切り裂いて、四体目の顔面に拳を叩きこむ。

 

「落ちろっ! 落ちろぉぉぉぉ!!!」

 

咆哮と共に繰り出した拳は四体目の顔面を砕き、すかさず巨剣の一閃が胴を斬り裂いた。

その二体も爆散し、キリトは上を見る。

視界の先には百数体にも及ぶだろう守護騎士が待ちかまえていた。

不意にキリトは獰猛な笑みを浮かべた。

翅を広げ勢いよく突撃する。

迫りくる守護騎士をなぎ倒しながら、キリトは脳裏に愛しい少女を思い浮かべる。

 

───ユウキっ……

 

次々と斬り倒される守護騎士。

爆散し、飛び散るエンドフレイム。

 

────ユウキっ……ユウキっ……

 

尚も迫りくる守護騎士。

それを一体、また一体とキリトは斬り倒し、天蓋を目指した。

その距離はわずかずつだが、確実に縮まっている。

 

──────ユウキ、ユウキ、ユウキっ、ユウキ!!

 

後少しで手が届く。

そう思い、キリトは必死に手を伸ばす。

が、ドスリと鈍い音がした。

思わず止まって左手を見ると、光の矢が貫いていた。

周囲を見回すと、彼を囲むように弓兵型の守護騎士が構えている。

放たれる光の矢の第二波。

 

「う、おぉぉぁぁぁぁぁ!!」

 

殺到してくる矢をキリトは巨剣で弾きながら、天蓋目指して飛翔していく。

しかし、光の矢は無慈悲にもキリトの身体を貫き、そのHPを削っていく。

 

(あと……後少しっ……なのに!)

 

思考を巡らせるキリトに、守護騎士の一体が止めを刺そうと迫ってくる。

勢いよく振りかぶり、守護騎士は剣を振り下ろした。

キリトはやられると直感し、目を伏せる。

しかし、その刃はキリトには届かなかった。

目の前にまで迫っていた守護騎士が突如爆散したのだ。

エンドフレイムが晴れ、キリトの視線の先には

 

「キリト君!」

 

リーファがいた。

彼に迫っていた守護騎士は彼女によって倒されたのだ。

驚いているキリトの腕をリーファは掴み

 

「ここから出るよ!!」

 

言って勢いよく急下降を開始する。

 

「な、リーファ!?」

 

向かっている先は出口だ。

そこにはもう一人、誰かがいる。

 

「リーファちゃん! 急いで!!」

 

アスナだった。

叫んだ直後、スペルの詠唱を開始する。

使ったのは回復魔法。

それはキリトの失ったHPを回復させていった。

全速で逃げるリーファに弓兵型の守護騎士が光の矢を放ってきた。

その何本かが彼女の背や肩に刺さる。

HPを減らしながら、苦痛の表情を浮かべるリーファ。

 

「リーファ! もういい! 離してくれ!!」

 

キリトがそう叫ぶが

 

「駄目! 絶対に離さない!!!」

 

強く叫び返してリーファはさらに加速する。

勢いよく飛翔音を鳴らしてリーファは出口へと飛び、そのまま外へと飛び出ていった。

それを確認したアスナも扉から離れる。

直後、扉は大きな音を鳴らしながら閉じていった。

息を切らしながら座り込んでいるリーファと俯いているキリトにアスナは駆けよって

 

「2人とも大丈夫?!」

 

問いかける。

 

「私は……平気です。キリト君は?」

 

「……大丈夫だよ」

 

答えたキリトは立ち上がり、閉じてしまった扉に視線を向けた。

そんな彼の背を見てリーファは

 

「キリト君……」

 

呼びかける。

キリトは振り向かずに

 

「リーファ……助けてくれてありがとう。でも、もうあんな無茶はしないでくれ。俺は大丈夫だから……これ以上迷惑はかけたくない」

 

そう返してきた。

 

「そんなっ……迷惑なんて……」

 

リーファがそう言うや否や、キリトは再び扉へと歩き出す。

それを引きとめようと、リーファが立ちあがった―――その時だった。

アスナが彼を振り向かせ、その頬を勢いよく叩いたのだ。

その目には涙が浮かんでいる。

 

「何が迷惑よ! 一人で何もかも抱え込まないで!!」

 

彼の肩を掴んで

 

「この先にいる人は、君だけの大切な人じゃないんだよ! 私にとっても、大切な家族なんだから!!」

 

そう訴える。

 

「お願いだよ、キリト君……いつもの君に戻ってよ……」

 

その後ろでリーファも泣きそうな表情で訴えてくる。

キリトは彼女らに視線を移し

 

「それでも……俺がいかなきゃいけないんだ」

 

そう口を開く。

 

「彼女に会わなきゃ、なにも終わらないし始まらないんだ……もう一度……もう一度『ユウキ』にっ……」

 

それを聞いた瞬間、リーファは目を見開いた。

彼が口にした名前、それに聞きおぼえがあるからだ。

リーファは恐る恐る彼を見る。

そして

 

「今……なんて言ったの?」

 

キリトに問いかけた。

彼は真直ぐにリーファを見て

 

「あぁ……『ユウキ』……俺の探している人の名前だよ」

 

告げた。

その刹那、リーファは愕然とする。

当然だ。それは、その名前は――――兄の愛する人の名前だったから。

口元に手を当てて、リーファは数歩下がる。

視界に入ったキリトの顔。

それに兄の顔が重なって――――

 

「お兄ちゃん……なの?」

 

震える声で問いかけた。

何を言われたのかわからず、キリトは一瞬呆けるが

 

「……スグ……直葉!?」

 

リーファを見て名を呼んだ。

周囲の石畳、アルンの街や世界樹、世界の全てが崩壊していくような感覚に見舞われたリーファはさらに数歩下がった。

兄を求める心を無理矢理に凍らせ、深く埋める痛みも、キリトの傍にいればいつかは忘れられる――――そんな気がしていた。

しかし、突き付けられたのは残酷な結末だった。

 

「ひどいよ……あんまりだよっ……こんなのっ……」

 

うわ言のように呟きながら、リーファは左手を振る。

表示されたメニューの左下端に触れ、出てきたメッセージもろくに確認せずにOKボタンを押すリーファ。

 

「スグっ……!」

 

キリトが止める間もなく、リーファはその姿を消してしまった。

ログアウトしたのだろう。

 

「ねぇ……キリト君、どういう事? お兄ちゃんって……?」

困惑した様子のアスナ。

 

キリトは奥歯を噛締めて

 

「悪い。説明は後でするっ……今は、スグの所へ行かないとっ……」

言いながらメニューを開いた。

アスナは頷いて

 

「わかったよ。ここで待ってるから」

 

「すまない……」

 

そう言ってキリトはログアウトボタンを押す。

OKボタンをタップすると、彼の姿が光と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目を開けば自分の部屋だった。

天井にはスクリーンショットのポスターが見える。

そこに映ったアルヴヘイムの空の色は、いつもなら憧憬と郷愁に似た感慨を覚えるというのに、今はただその色を見るのがつらかった。

直葉はのろのろと頭からアミュスフィアを外し、眼前に翳す。

 

「っ……ぅ……」

 

喉の奥から抑えきれない嗚咽が洩れた。

アミュスフィアをベッドの上に置き、直葉は上体を起こした。

そのまま膝を抱えて項垂れる。

もう何も考えたくない――――そう思った時だった。

ドアからコンコンと控えめなノック音が聞こえてきた。

 

「―――スグ、いいか?」

 

次いで聞こえてきたのは和人の声。

 

「やめて! 開けないで!!」

 

思わず直葉は叫んでいた。

 

「一人に……しておいてっ……」

 

涙声でドアの向こうにいる和人に言う。

 

「―――どうしたんだよ、スグ。そりゃ俺も驚いたけどさ……」

 

途惑いをはらんだ和人の言葉が続く。

 

「……また、ナーヴギアを使った事を怒ってるんなら、謝るよ。でも、どうしても必要だったんだ」

 

「違うよ、そうじゃない」

 

感情が激流となって直葉を貫いた。

立ち上がり、ドアまで歩み寄って勢いよくそれを開けた。

視線の先には和人がいた。

気遣わしそうな光を浮かべた瞳で直葉を見ている。

 

「私……私っ……」

 

感情が、勝手に言葉と涙になって溢れだす。

 

「私、自分の心を裏切った! お兄ちゃんが『好き』な気持ちを……裏切ったっ」

 

ついに面と向かって口にした『好き』という言葉。

しかし、それは直葉の胸の奥を刃が貫くような激痛を与える。

 

「全部忘れて、諦めて、キリト君のこと好きになろうと思った。ううん、もう好きになってたのよ。―――なのに……それなのに」

 

告げられた言葉に、和人は数瞬絶句するも

 

「す、好きって……だって、俺たちは……」

 

「知ってるの」

 

囁くように紡がれかけた和人の言葉は、直葉の声で遮られる。

 

「私、もう知ってるんだよ。私とお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃないって。もう二年も前から知ってるの!!」

 

和人は目を見開く。

 

「お兄ちゃんが剣道を辞めて、私を避けるようになったのは、ずっと昔からその事を知ってたからなんでしょ? 私が本当の妹じゃないから遠ざけてたんでしょ? なら……なら! なんで今更優しくするのよ!!」

 

戸惑う彼に構うことなく直葉は感情を爆発させる。

どんなにいけないと理性を利かせようとしても、一度外れた箍は簡単には戻らない。

 

「私……お兄ちゃんがSAOから戻ってきてくれて嬉しかった。小さい頃みたいに仲良くしてくれて、凄く嬉しかった。やっと私を見てくれたって……そう思った」

 

直葉の瞳から涙が溢れて頬をつたう。

 

「でも……こんなことなら、冷たくされたままの方がよかった。それなら、お兄ちゃんを好きだって気付く事も……木綿季さんの事を知って悲しくなることもっ……お兄ちゃんの代わりに、キリト君を好きになる事もなかったのに!!」

 

その言葉を聞いた和人は直葉から視線を逸らした。

直葉の目に映った和人の表情。

いつも優しさや、温もりを宿した瞳は陰り、口元は歪んでいる。

 

「ごめんなっ……」

 

それを聞いて直葉は自分が何をしてしまったのかに気付く。

目をそらし

 

「もう……ほっといて……」

 

力なく呟いて、逃げるようにドアを閉めた。

ベッドまで歩いていき、直葉は横になる。

膝を抱え、嗚咽を漏らしながら、彼女は泣いた。

ドアの向こうにいる和人は背をドアに預け、ずるずると座り込み

 

「スグっ……」

 

力なく妹の名を呟いた。

 




向かい合う少年と少女。

行われるのはあの日の試合の続き。

想いを乗せた、黒と白の刃が交差する。


次回「絆」


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