ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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書けたので投下するぜよ!

ローテアウトする場面での直葉の描写はカットしました。
変わりに、その間のキリト君とアスナさんの会話を挟みました

ではどうぞご覧あれ



第二十九話 ルグルーヘの道程

リーファは眼前で繰り広げられている光景を、呆れ半分と感嘆半分で見ていた。

世界樹に向かって旅立った彼女らは、道中モンスターとエンカウントし、戦闘をこなしながら中間地点である『ルグルー』を目指していた。

戦闘がおこるのは想定内だ。

簡単には目的地には着けないだろうとリーファは思っていた。

しかし、眼前で行われている光景はそれがただの杞憂だったのではと思わせるものだった。

 

「はぁ!!」

 

キリトは身の丈に迫る黒の大剣を軽々と振り、エンカウントしたモンスター『イビルグランサー』を蹴散らしている。

このモンスターはシルフ領の初級ダンジョンならばボス級の戦闘力を持っている。

とりわけ厄介なのは紫色の一つ眼から発せられる『邪眼』―カース系の魔法攻撃で、喰らうと大幅なステータスダウンを強いられる。

それ故に、リーファが後衛でサポートし、キリトとアスナが交互にモンスターを攻撃するという作戦をとったのだが

 

「アスナ! そっちいったぞ!!」

 

「了解!」

 

キリトの声に応じ、アスナは細剣(レイピア)を構えた。

 

「やぁ!」

 

迫りくるイビルグランサーに繰り出されたのは刺突。

それも一撃ではない、光速ともいえる速さでの三連刺突だ。

大きくHPを削がれたイビルグランサーはポリゴン片となって四散する。

 

「次、いくよ!」

 

そう言ってアスナは細剣を構えなおし、残っているイビルグランサーに向かい飛翔した。

そんな彼女を見ながら

 

(凄いな。剣速ならユウキに、正確さはソラに匹敵するぞ……)

 

思考を巡らせて、アスナが攻撃を仕掛けに行ったのとは別のイビルグランサーに向かい突撃する。

 

「おぉ!!」

 

邪眼を使わせる間も与えないように、反応速度を全開にしてキリトは敵を切り裂く。

が、やはり強敵のカテゴリである為、一撃では倒せないようだ。

HPは大きく削いだがイエローゾーンで止まっている。

追撃をかけようとキリトは黒の大剣を構えなおした。

直後、イビルグランサーは身体を反転させて、その場から逃げだしてしまった。

キリトは慌てて追いかけようとする。

だが、そんなモンスターに向かい、リーファが左手を翳してスペルを詠唱する。

遠距離ホーミング系の魔法攻撃が放たれた。

緑色に輝くブーメラン状の刃が四、五枚宙を走りゆきイビルグランサーに絡みつくようにその体躯を切り裂いた。

 

「ギィィィィ!!」

 

大きく悲鳴を上げてイビルグランサーは四散する。

直後、アスナが相手取っていたイビルグランサーもポリゴン片となって四散する。

こうして街を出て五度目の戦闘は難なく終了した。

 

「お疲れー」

 

「援護サンキュー。それにしても、君は強いな、アスナ」

 

剣を背に納めてキリトはアスナに視線を向けて言う。

 

「そ、そんな事ないよ。キリト君こそ強いね。っていうか出鱈目だね」

 

言われたアスナは苦笑いで返してきた。

 

「あ、やっぱりアスナさんもそう思います? なんていうか無茶苦茶ですよねー」

 

アスナの言葉にリーファは頷きながらそう言った。

キリトは頭を掻きながら

 

「そ、そうかな?」

 

「本来ならもっと緩急つけて戦うものじゃない? 回避を意識してヒットアンドアウェイを繰り返すもんだよ?」

 

「リーファちゃんの言う通りだよ。さっきみたいな一種構成のモンスター戦ならともかく、プレイヤー戦になればキリト君みたいに前だけ意識してる人は魔法で狙い撃たれちゃうよ」

 

キョトンとしているキリトにリーファ達はそう言ってくる。

彼の戦い方は防御や回避など辞書にはないと言わんばかり、まるでバーサーカーではないかと思わせるほどのものだった。

一撃の重さに任せて、反撃させる間もなく倒す。

並のプレイヤーはおろか、一戦級のプレイヤーですらそんな戦い方は出来ない。

これは彼が引き継いだスキル熟練度と、SAOで培ってきた死闘の経験が成せる彼だけの戦い方だ。

まぁ、キリトがそういった事情を抱えていることなど彼女らは知る由もないが。

その後はモンスターともエンカウントする事なく、順調に進んでいくキリト達。

ついに三人は『古森』を出て、山岳地帯へと入っていった。

ちょうど飛翔力に限界が来たのでキリト達は、山の裾野を形成する草原の端に降下する。

着地した三人は翅を消し、身体を伸ばしたり肩を回したりしている。

 

「ふふ、疲れた?」

リーファはキリトに向かって尋ねる。

 

「いんや、まだまだ」

 

「へぇ、頑張るね。でも、空の旅はしばらくお預けだよ」

 

リーファの言葉にキリトは眉を顰めた。

 

「あの山が見える?」

 

そんな彼に、アスナが草原に聳え立つ、真っ白に冠雪した山脈を指差した。

 

「前に、教えてもらったんだけど。あの山が飛行限界高度より高い所為で、山越えには洞窟を抜けないといけないんだって」

 

「シルフ領からアルンへ向かう一番の難所らしいわ。私もここからは初めてなの」

 

アスナとリーファが交互にキリトに言う。

彼は頷いて

 

「なるほど。洞窟は長いのか?」

 

「かなり。途中で中立の鉱山都市があるらしいから、そこで休めるけど……キリト君、アスナさん、今日はまだ時間大丈夫?」

 

リーファは2人に視線を向けて尋ねる。

キリトは左手を振ってメインメニューを表示する。

時計を確認して頷いた。

 

「リアルだと午後7時か……俺は大丈夫だよ。アスナは?」

 

「私も大丈夫だよ。やらなきゃいけない課題は済ませてあるし、家族も数日はいないから徹夜もいけるよ」

 

そう言ってアスナは返した。

 

「そっか。じゃぁ、もうちょっと頑張ろう。ここで一回ローテアウトしようか?」

 

2人の返答を聞いたリーファはそう提案してくる。

 

「ろ、ろーて……?」

 

聞きなれない言葉にキリトが首を傾げた。

 

「交代でログアウトする事だよ。中立地帯だと即落ち出来ないからね」

 

「かわりばんこに落ちて、残った人が空っぽのアバターを守るのよ」

 

キリトの疑問に答えるリーファ達。

 

「なるほど、了解。リーファとアスナからどうぞ」

 

「じゃぁ、お言葉に甘えて」

 

「私は後でいいよ。少しキリト君と話したいから」

 

アスナはそう言いながらキリトの横に腰を降ろした。

リーファは不思議そうな顔をして

 

「え、でも……」

 

「ちょっと聞きたい事があるだけ、それが終わったら私も落ちるよ」

 

言い淀むリーファにアスナは微笑んで返した。

 

「そう……ですか。じゃぁ、20分程で戻ってくるね」

 

言ってリーファはメニューを開いてログアウトボタンを押す。

警告メッセージのイエスボタンに触れると、リーファの身体が待機状態―片膝立ちでしゃがみ込んだ状態になった。

どうやらログアウトしたようだ。

それを確認したアスナは一息ついて、隣に座っているキリトに視線を向ける。

 

「キリト君って凄いよね」

 

不意にかけられた言葉にキリトは疑問符を浮かべた。

アスナは少し笑って

 

「スイルベーンでの事だよ。自分より強そうな相手にも一歩も怯まないで言いたい事を言うんだもん」

 

そう言ってきた。

どうやら出発前に起こったシグルドというプレイヤーとのトラブルの事を指している。

 

「そうかな? アスナだって堂々としてたじゃないか」

 

「そんな事ないよ。私は君みたいには言えなかった」

 

首を横に振ってアスナは言う。

 

「私ね、子供のころから両親の言う通りに道を進んできたんだ。言われるままに勉強して、望まれる成績を取る。それが当たり前のようにずっと過ごしてた……でもね、木綿季がSAOに囚われて……ううん、違う、それより前から言われるままの人生で本当にいいのかなって考えるようになったの。このまま両親の言う通りに人生を歩んでも、それは本当に私が望んだものなのかなって……」

 

少し俯いて

 

「どうしていいかが全然わからなかった。両親に反発するのも怖いんだ……自分の意見を、意思を否定されるかもって思うと何も言えないの」

 

自嘲気味に笑ってアスナは言う。

 

「でも、君は凄いよね。拒絶されたり反発されたりするのを怖がってない。どうすれば、君みたいに出来るのかな……」

 

出てきた言葉は、縋るような問い掛けだ。

彼女は、結城明日奈は変えられない現状をどうすれば変えられるのかを悩んでいる。

須郷との婚約の事もそうだが、自身が歩みたい道を見つける事もだ。

しかし、いくら考えても答えが出ない。

だからこそ、スイルベーンでのキリトの行動は彼女を感心させた。

アスナにとって何かの手掛かりになると思わせるほどに……

 

「……そんな事はないよ」

 

するとキリトは空を見上げて口を開いた。

アスナは疑問符を浮かべてキリトを見る。

 

「俺も怖いよ。拒絶されたり、反発されるのは……でも、SAOに囚われてから、それを怖がって何も出来ずに後悔するくらいなら、やって後悔しようって思えるようになったんだ。あいつと……木綿季と出会ってからさ」

 

そう言ってキリトは優しげな笑みを浮かべた。

その笑みを見てアスナはまた一つ、キリトという……いや、桐ヶ谷和人という人間を理解した。

彼も自分と変わらない、他者からの拒絶や反発を恐れてる。

しかし、それでも自分を貫くために戦っているんだという事が伝わってきた。

そして、彼にそう思わせるようにさせたのが、自分の親友である事がたまらなく嬉しくも感じていた。

 

「ま、あのシグルドって奴の態度がどうにも気に入らなかったってのもあるけどな」

 

言いながらキリトはニッと笑いかける。

アスナは一瞬だけ呆気にとられたがすぐに呆れたように微笑んで

 

「もう……でも、そうだね……やらないで後悔するくらいなら、やって後悔した方がいいよね」

 

そう返した。

一息ついてアスナは左手を振り、メインメニューを表示する。

 

「ありがとう、キリト君。おかげで君の事、また一つわかった気がするよ」

 

「そ、そうか?」

 

「ふふ。じゃぁ、私も一旦落ちるね。数分で戻るから」

 

照れる様に頭を掻いてるキリトに、アスナはそう言ってログアウトボタンを押した。

アスナの身体が待機状態になる。

それと入れ替わるように、リーファの身体がピクリと動く。

 

「お待たせ。モンスター出なかった?」

 

立ちあがってキリトに視線を向けてリーファが言う。

座っているキリトは首を横に振り

 

「いや、静かなもんだった。アスナはさっき落ちたよ、数分で戻るってさ」

 

そう言って返した。

 

「りょーかい。じゃぁ、今度はキリト君が落ちる番だね」

 

「あぁ、任せた」

 

言ってキリトはメニューを開いてログアウトボタンを押す。

彼の身体が自動的に待機状態になった。

リーファは彼の隣に座って空を見上げている。

すると、キリトの胸ポケットからもぞもぞと小妖精が姿を現した。

いきなりの事にリーファは仰天する。

 

「あ、あなた、ご主人様がいなくても動けるの?」

 

尋ねられたユイは当然と言わんばかりに小さな手を腰に当てて頷いた。

 

「そりゃそうですよー。私は私ですから。それと、ご主人様じゃなくて、パパです」

 

「……なんであなたはキリト君のことをパパって呼ぶの? 彼がそういう設定にしたとか?」

 

微妙な表情でリーファは問いかける。

尋ねられたユイは

 

「……パパは私を助けてくれたんです。俺の子供だ、ってそう言ってくれたんです。だからパパです」

 

そう言って返した。

 

「そ、そうなんだ……」

 

やはり事情が呑み込めないリーファ。

けれど、キリトとユイの間には確かな絆があるのだろうという事だけは理解できた。

 

「パパの事、好きなんだね?」

 

何気なくリーファは問いかける。

ユイは小さく首を傾げて

 

「リーファさん。好きって、どういうことなんでしょう?」

 

真剣な表情で尋ねてきた。

 

「どうって……」

 

おもわず口籠り、少し考えてポツリと答えた。

 

「いつでも一緒にいたい……一緒に居るとドキドキワクワクする、そんな感じかな……」

 

そう言ってリーファは脳裏に兄である和人の笑顔がよぎる。

それが何故か―隣で瞼を閉じているアバターの横顔と重なって、リーファは息を呑んだ。

心の奥底で感じている兄への想いとよく似たものを、いつの間にか彼にも感じているのではないかと。

そんな気がして、リーファはブンブンと首を振る。

リーファの様子にユイは疑問符を浮かべて

 

「どうかしましたか?」

 

「ななな、なんでもなぁい!!」

 

問いかけに大声でリーファは叫ぶ。

と、その直後

 

「何が、なんでもないんだ?」

 

隣で待機状態になっていたキリトが顔を上げて声を出し、リーファは文字通り驚いた。

 

「ただいま。何かあった?」

 

激しく動揺しているリーファに疑問符を浮かべるキリト。

待機姿勢から立ち上がると、肩に乗っていたユイが口を開く。

 

「おかえりなさい、パパ。今、リーファさんとお話ししてました。人を好きに───」

 

「わぁ、なんでもないったら!」

 

ユイの言葉を遮るように叫び、リーファも立ち上がる。

その直後、アスナの身体が動き

 

「ただいま……って、どうしたのリーファちゃん?」

 

待機状態から立ち上がったアスナが疑問符を浮かべてリーファに問いかけた。

 

「ア、アスナさん。おかえりなさい。なんでもないですよ! あははは!」

 

慌てたように答えるリーファにアスナは首を傾げている。

リーファは小さく咳払いし

 

「2人とも早かったね? ごはんとか大丈夫だったの?」

 

「あぁ、家族が作り置きしてくれてたから」

 

「私も大丈夫だよ」

 

問いかけに2人は頷いて答えた。

 

「そう。じゃぁさっさと出発しよう。遅くなる前に鉱山都市に辿り着かないとログアウトに苦労するから。さ、洞窟の入口までもう少し飛ぶよ」

 

言いながらリーファは翅を広げて、軽く震わせた。

2人も頷いて翅を展開させる。

いざ、飛ぼうとしたその時だった。

不意にキリトが森の方に鋭い視線を向けたのだ。

アスナは疑問符を浮かべて

 

「キリト君、どうしたの?」

 

問いかける。

キリトは訝しんだ表情のまま

 

「いや……なんか、誰かに見られた気が……ユイ、近くにプレイヤーはいるか?」

 

「いいえ、反応はありません」

 

尋ねられたユイは小さく首を振る。

キリトは尚も納得できないように顔をしかめていた。

 

「見られた気がって……この世界に第六感みたいなものがあるの?」

 

リーファが聞くと、キリトは顎を撫でながら答えた。

 

「これが結構バカにできないんだよ……けど、ユイに見えないなら誰もいないんだろうしなぁ」

 

「もしかしたら、『トレーサー』が付いてるのかも……」

 

リーファが呟くと、キリトは疑問符を浮かべた。

 

「追跡魔法よ。大概はちっちゃい使い魔の姿で、術者に対象の位置を教えるの」

 

「便利な魔法もあるなぁ。解除は出来ないのか?」

 

「トレーサーを見つけられれば可能だけど、スキルが高いと対象との間に取れる距離も伸びるから、こんなフィールドじゃほとんど不可能ね」

 

問いかけにリーファはそう答えを返した。

 

「きっと気のせいだよ、キリト君」

 

アスナがそういうとキリトは一息ついて

 

「そうかもな。とりあえず先を急ごうか?」

 

「そうだね」

 

「うん」

 

三人は頷きあい、地を蹴って飛翔した。

そのまま白く染まった山脈を目指して飛行を開始する。

彼らが飛び去った後、そのすぐ近くの木の陰から不気味な赤い光が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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洞窟に辿り着いたキリト達は入り口を潜って洞窟内に入っていく。

中は完全に真っ暗で視野がまるで効かない状態だ。

そこでスプリガンであるキリトの出番である。

たどたどしく、スペルを詠唱してキリトは魔法を使用した。

すると、三人の視界が途端に明るくなって、洞窟内部をみる事が出来た。

とはいえ、周囲を照らした訳ではない。

どうやらキリトが使ったのは暗視能力を付与する魔法のようだ。

 

「へぇ、暗視能力付加魔法かぁ。スプリガンも捨てたもんじゃないね」

 

感心したように言うリーファ。

 

「あ、その言われ方なんか傷付く」

 

「まぁまぁ。でも、使える魔法は暗記しておいた方がいいよ?」

 

宥めるようにアスナが言うが

 

「スプリガンのしょぼい魔法でも生死を分ける状況もないとも限りらないしぃ」

 

リーファはそう軽口を言いながら歩いていく。

シルフである彼女は攻守ともバランスの取れた魔法を使用可能としている。

ウンディーネは水属性の攻撃、高位の回復魔法を使えるようになる。

それに引き換え、スプリガンは特殊な魔法が多く、あまり好まれない種族だ。

魔法が主体のこのゲームならば仕方がないと言えばそうなのだが……

 

「うわ、更に傷付く」

 

キリトは苦い顔で言う。

アスナは苦笑いで

 

「ドンマイ?」

 

そう言った。

そんな軽いやりとりをしながら彼らは洞窟を歩いていく。

スイルベーンで仕入れておいたマップのお陰で迷う事はなく進んでいくキリト達。

途中、幾度かオークの群れとエンカウントするが、戦闘自体は難なくこなしていく三人。

それよりもキリトは別の事で心労を重ねていた。

 

「うぇぇーっと……アール・デナ……レ、レイ……」

 

道中キリトはリファレンスマニュアルを見ながら、覚束ない口調でスペルを復唱していた。

魔法に対し、キリトはあまりに無頓着な為、リーファとアスナによる魔法講習が道すがら行われていたのだ。

 

「そんなにつっかえてたら魔法が発動しないよ?」

 

アスナが苦笑い気味で言ってくる。

キリトは深く溜息をついて項垂れながら

 

「まさかゲームの中で英語の勉強みたい事をするハメになるとは……俺もうピュアファイターでいいよ……」

 

そう言っていた。

 

「はいはい、泣きごと言わないの。もっかい最初から」

 

「頑張ろうね。キリト君」

 

2人に言われ、キリトは諦めたように再びスペルを読もうとする。

その時、メッセージの着信を告げるサウンド音が響いた。

 

「あ、メッセ入った。ちょっと待ってて」

 

メッセージを受信したのはリーファのようだ。

送り主はレコン。

彼女はメニューを開いてメッセージの内容を確認する。

すると難しい表情をした。

書かれていた内容は『やっぱり思った通りだった! 気をつけてs』

中途半端な内容にリーファは疑問符を浮かべて

 

「なんじゃこりゃ。エス……さ……し……す……?」

 

首を捻っているとキリトとアスナが声をかけてくる。

 

「どうしたんだ?」

 

「なにかあったの?」

 

問われたリーファはメッセージの内容を説明しようと振り返る。

その時だった。キリトの胸ポケットからユイが勢いよく頭を出した。

 

「パパ。接近する反応があります」

 

「モンスターか?」

 

言われた言葉にキリトは視線を鋭くし、背の剣に手を伸ばす。

 

「いいえ。この反応はプレイヤーです。多いです。数は12人」

 

ユイの言葉にアスナとリーファは絶句した。

通常の戦闘単位にしては多すぎる人数だからだ。

リーファは少し思案し

 

「ちょっと嫌な予感がするの。ここは隠れてやり過ごそう」

 

「しかし……どこに?」

 

戸惑いながらキリトは辺りを見回す。

幅は広いが一本道である為、身を隠せるような枝道は何処にもなかった。

するとリーファは不敵に笑って

 

「そこはオマカセよん」

 

キリトとアスナの腕を取って、手近な窪みに引っ張り込んだ。

そこは丁度三人が収まるスペース。

リーファは左手を上げてスペルを詠唱した。

すぐに緑に輝く空気の渦が足元から巻き起こり、三人の身体を包みこむ。

視界は薄緑に染まったが、外部からはほぼ完全に隠蔽されたはずである。

 

「喋るときは最低のボリュームでね。大きい声出すと魔法が解けちゃうから」

 

「へぇ、便利な魔法だな」

 

「シルフが得意とする風魔法の一種だね。これならやり過ごせるかも」

 

感心したように声を出すキリトと、納得したようなアスナ。

キリトの胸ポケットから顔を出したユイは 難しそうな表情をして小声で囁く。

 

「もうすぐ視界に入ります」

 

三人は首を縮めて、岩肌に身体を押し付ける。

やがて、リーファ達の耳にガシャガシャと金属を鳴らす音が聞こえてきた。

その時、キリトが首を伸ばし、不明集団が接近してくる方向を睨んだ。

 

「あれは……何だ?」

 

訝しんだ表情で言うキリト。

 

「なに? まだ見えてないでしょう」

 

「どうしたのキリト君?」

 

リーファ達は疑問符を浮かべている。

 

「いや……モンスターか? 赤い、小さなコウモリが……」

 

それを聞いた瞬間、リーファとアスナは息を呑んだ。

目を凝らしてみると、洞窟の暗闇の中に―――確かに小さい赤い影が、ヒラヒラと飛翔してこちらに近づいてくる。

 

「ちっ!」

 

無意識にリーファは舌打ちして窪みから飛び出した。

アスナもそれに続いて細剣の柄に手を添える。

途端に魔法が解除され、キリトは戸惑いの声を上げた。

 

「お、おい。どうしたんだ?」

 

「あれは高位魔法のトレーシング・サーチャーよ! 潰さないと!!」

 

叫んでリーファは両手を前方に掲げる。

長めのスペルを詠唱し、それが終わると同時に彼女の両手の指先からエメラルド色の光針が無数に発射された。

宙を漂うコウモリは、ふわりふわりとそれを躱し続けたが、弾数の多さに屈して数本の光針に貫かれて破裂した。

それを確認したリーファはアスナと顔を見合わせて頷きあう。

同時に身を翻し

 

「キリト君! 街まで走るよ!!」

 

リーファが叫んで走り出す。

その後をアスナが続き、キリトも戸惑いながらも走り出す。

 

「また隠れるのは駄目なのか?」

 

「トレーサーを潰したのは敵にもうバレてるよ。とてもじゃないけど隠れきれない!」

 

「それに、さっきのは火属性の使い魔だった。って事は、今接近してるパーティーは……」

 

「……サラマンダーか!」

 

言ってキリトは顔をしかめた。

そのやり取りの間にも、ガシャガシャと金属音を混じらせた足音は近付いてくる。

ごつごつした通路を全速で走り抜けると、石畳の通路に出る。

空間がいっぱいに開けて、青黒い湖水がほのかに輝いていた。

 

「お、湖だ」

 

湖の上を石造りの橋が一直線に貫いている。

彼方には空洞の天井までつながる巨大な城門がそびえ立っている。

あれこそが鉱山都市『ルグルー』の門だ。

門さえ潜ってしまえば鬼ごっこはキリト達の勝ちだ。

 

「どうやら逃げ切れそうだな」

 

「みたいだね」

 

キリトとアスナが軽く言葉を交わした。

その直後だった。

彼らの頭上を二つの光点が通過していった。

魔法の衝動弾であろうが、後方のサラマンダー達が苦し紛れに放ったものだとリーファは予測した。

その光点が彼女らの十メートル先で落下する。

瞬間、重々しい轟音と共に、橋の表面から巨大な岩壁が高くせり上がって、行く手を完全に塞いでしまったのだ。

 

「やばっ……」

 

「っ!」

 

瞬間的にキリトは剣を抜き放ち、岩壁に斬りかかる。

しかし、打ち込まれた斬撃はガキンと大きく音を鳴らして跳ね返された。

壁には傷一つついてない。

 

「だめだよキリト君。これは土魔法の障壁だから物理攻撃じゃ破れないよ」

 

「マジかよ……湖に飛び込むのはアリ?」

 

キリトの提案にリーファは首を横に振り

 

「無し。ここには超高レベルの水竜型モンスターが棲んでるらしいの。ウンディーネの援護があれば確かに戦えるけど……」

 

言いながらリーファはアスナに視線を向ける。

アスナは首を横に振り

 

「流石に私一人じゃ援護しきれないよ」

 

そう返した。

 

「なるほどね……なら、戦うしかないか」

 

キリトは黒の大剣を構え、視界に入ってきたサラマンダーの集団を見据えてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 




激しく響く剣戟。

飛び交う炎の魔法弾。

橋の上の激戦の中、サラマンダー達の前に悪魔が降臨する

次回「回廊の激闘」

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