ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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書き上がったです!

ついに本格参戦するアスナさん
その活躍にご期待ください!!(この話には戦闘描写ないですが)

ではご覧ください

あ、ルビ振り忘れてましたが天賀井と書いてあまがいと読みますm(._.)m


第二十八話 世界樹へ

ゆっくりと瞼が開かれて、見知った天井が目に入る。

そこには大きなポスターが貼られている。

B全版に引き延ばし、プリントしてもらったスクリーンショットだ。

無限の空を飛びゆく鳥の群、その中央に長いポニーテールをなびかせて飛翔する妖精の少女が映っていた。

桐ヶ谷直葉はゆっくりと、両手を上げて頭のアミュスフィアを外した。

二つのリングが並んだ円冠状の機械は、ナーヴギアと比べるとあまりに華奢である。

その分、拘束具めいた印象は減っているのだが。

仮想世界から戻っても尚、頬の火照りは消えてはいなかった。

ベッドから上体を起こした直葉は、やにわに両手で顔を挟み込んで

 

「あぅあぅあぅあぅ~~~~~~~!!」

 

再びベッドに倒れ込み、足をバタつかせながら悶え始めた。

一頻り悶えて、直葉は先程までの仮想世界での事を思い返す。

 

「不思議な人……だったな」

 

アルヴヘイム・オンラインでリーファというプレイヤーとして、彼女が出会ったスプリガンの少年。

名はキリト。

アバターが少年だからと言って、中身まで少年とは限らない。

しかし、直葉は彼が自分と同い年か、少し年上のように感じている。

見た目の割には落ち着いていて、尚且つスレた言動が目立つ。

なのに時折見せる子供っぽいやんちゃさ。

どうにも掴みどころがない人物である事は間違いはなかった。

しかし、それ以上に謎だったのはあの異常なまでの強さだった。

一年弱の経験をもってシルフ族の五指とまで言われるようになった彼女は、自身の強さにそれなりの自信を持っている。

だが、あの少年にはどうにも勝てる気がしなかった。

驚異的な反応速度と、細腕から繰り出されていた重い斬撃。

 

「キリト君……かぁ……」

 

助けられた時の事を思い返し、直葉は小さく彼の名を呟いた。

 

彼女が仮想世界に興味を持つようになったのはいつからだろう。

仮想世界を自分の眼で見てみたいと直葉が思ったのは、SAO事件から一年が経過した頃だった。

それまで彼女にとってVRMMOというのは兄である和人を奪っていった憎いものでしかなかった。

けれど、直葉は兄が愛した世界を自分で見てみたいと、知りたいと思うようになった。

その為にアミュスフィアが欲しいと言った時、彼女の母である桐ヶ谷翠は直葉の顔をじっと見て、ゆっくり頷いた後「時間と身体には気をつけなさい」と、そう言って笑ったそうだ。

そうして直葉は仮想世界、アルヴヘイム・オンラインへとダイブし、徐々にその世界に魅せられていった。

その主な理由は飛べる事だった。

初めて随意飛行を会得し、自由に空を飛びまわった時の感動を今でも覚えている。

このまま自由に飛び続けられたなら、どんなにいいだろう。と直葉は心の底から思った。

その為なら何を犠牲にしてもいいとさえ……

だからこそ、今の直葉には解かってしまう。

和人が何故、仮想世界に魅せられていたのかが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年1月12日

 

翌日、直葉は剣道部の顧問に呼ばれて学校へと赴いていた。

既に冬休みは終わっているので、一、二年は授業がある。

三年は自由登校だが、高校入試前の集中ゼミナールを受講している者もいるようだ。

前に和人が聞いたところによると、直葉は推薦進学なので無理にゼミを受ける必要はないらしい。

故に普段は家に居て、剣道の練習や家の事などをやっている。

しかし、本日は前述の通り学校へ赴いている為、家には和人しかいなかった。

軽く作った昼食を食べて、和人は自室に戻ってスマートフォンを操作した。

連絡帳に表示された名前をタップして電話をかける。

数回のコール音の後、通話が開始された。

 

『もしもし?』

 

「あ、明日奈。今、大丈夫か?」

 

通話の相手は明日奈だった。

先日の約束通り、和人は彼女に連絡を取り、自身がALOでアカウントを作った事を報告する。

 

『そっか、無事ログイン出来たんだね。なんの種族にしたの?』

 

「スプリガンだよ」

 

問われた和人はそう答えた。

 

『わぁ……またピーキーな種族を選んだね? 魔法も戦闘に不向きだからって理由で敬遠されてる種族だよ』

 

「うへ、マジですか。そう言う明日奈はなんの種族?」

 

『私はウンディーネだよ。でも、スプリガンを選んだなら領地は隣同士だね。今はスプリガン領に居るの?』

 

和人の問いに明日奈は答えてから、また尋ねた。

和人は苦い顔をしながら、まぁ、電話越しでは表情は伝わらないだろうが

 

「いやそれが、ログインしてホームタウンに転送されるときにバグが起こったみたいでさ、『古森』っていうエリアに転送されたみたいなんだ。そこで会ったシルフの人に色々教えてもらって、今はスイルベーンって街に居る」

 

それを聞いた明日奈は

 

『そ、そうなんだ。でも、それはそれで好都合かも』

 

そう言って返してきた。

和人は疑問符を浮かべている。

 

『実はね、今『古森』エリアにある中立の村に来てるんだ。武器強化に必要な素材がそこでしか採れないのがあってね。だから、ログインしたらすぐにでもスイルベーンに飛ぶ事は出来るよ』

 

返ってきた返答に和人は

 

「そうか……実は、世界樹に行くのにさっき話したシルフの人が道案内してくれるって申し出てくれたんだ。その人も一緒にだが構わないか?」

 

『私は構わないよ。協力してくれる人は多い方がいいもの』

 

「わかった。俺も15時にインして君にメッセージを送って装備を整えるから、その間にスイルベーンに来てほしい。着いたらメッセージを飛ばしてくれ」

 

『うん。じゃぁ、私のプレイヤーIDを教えるね』

 

明日奈は自分のプレイヤーIDを和人に教える。

そうして通話は終了した。

 

和人はスマートフォンを机に置いて

 

「さて……15時までまだあるなぁ……」

そう言って、約束の時間までどうやって時間をつぶそうか思案していると、スマートフォンが音を立てて震えだした。

どうやらメールではなく電話の様で、画面には『天賀井空人(あまがいそらひと)』と表示されている。

和人はスマートフォンを取って電話にでた。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、久しぶりだね、キリト』

 

聞こえてくる懐かしい声。

和人は表情を綻ばせて

 

「ああ、久しぶりだなソラ」

 

そう返した。

通話の主はソラ、本名『天賀井空人(あまがいそらひと)

かつてSAOで血盟騎士団の副団長を務め、和人の友人でもあったプレイヤーだ。

和人より4歳年上の20歳で、現在は大学への復学の為に走りまわってるらしい。

 

「で、どうしたんだよ? いきなり電話かけてくるなんて?」

 

『あぁ、エギルさんから聞いたよ、ユウキがALOに居るらしい事をね。すまないな、本当なら僕も手伝いたいんだが……』

 

聞こえてくる申し訳なさそうな声。

それに対し和人は

 

「気にしないでくれよ。そっちも復学の手続きとかで大変だろ? こっちは俺に任せてくれ。協力してくれる人もいるからさ」

 

そう言って返した

 

『そうか……キリト、必ずユウキを取り戻すんだぞ。現実の君達にきちんと会いたいからな』

 

「わかってる。必ずユウキは取り戻してみせるさ」

 

空人の言葉に和人は力強く返した。

 

『言っておいてなんだが、無茶だけはするなよ?』

 

「それもわかってるよ。じゃぁ、またなソラ」

 

『ああ』

 

通話を終了して、和人は椅子から立ち上がる。

現在は13時23分。

 

「おし! 気を引き締めるために、道場で素振りでもするか!」

 

そう言って和人は部屋を後にし、道場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年1月12日 スイルベーン すずらん亭

 

 

約束の時間になり、キリトはALOへとログインしてきた。

閉じていた眼を開き、辺りを見回す。

すると、視界にリーファが映った。

どうやら先に来ていたらしい。

 

「お待たせ。もう来てたんだな?」

 

問いかけるキリト。

 

「私も今来たばっかだよ。ちょっと買い物してたの」

 

「そっか。俺も装備整えないと……あ、その前に、ちょっと知り合いにメッセージ飛ばしていいかな?」

 

キリトの言葉にリーファは疑問符を浮かべた。

当然だろう。始めたばかりのキリトにフレンドがいるとは思えないからだ。

 

「リアルの知り合いがこのゲームやっててさ、事情を話したらその人も協力してくれる事になったんだ。IDは聞いてるからメッセージは飛ばせるよ」

 

返ってきたキリトの言葉にリーファは納得したように頷いて

 

「そっか。うん、いいよ。メッセ飛ばし終わったら教えてね」

 

そう言って行動を促した。

キリトは頷いてメニューを開く。

メッセージ作成画面を表示して、IDを入力した。

表示されたのはプレイヤー名『Asuna』

 

(アスナ……か。本名をそのままプレイヤーネームにしてるんだな)

 

思考を巡らせてメッセージを打つキリト。

打ち終わったそれを、送信ボタンを押して送信する。

少しして、返信が返ってきた。

内容は『了解したよ、今からスイルベーンに飛ぶね。着いたらメッセージ送ります』とあった。

キリトはメニューを閉じて

 

「悪い、待たせた」

 

「ううん、いいよ。それより、キリト君。装備整えるのはいいけど、お金あるの? ないなら貸そうか?」

 

尋ねられたキリトは再びメニューを開いた。

そして表示されている所持金を見て

 

「……このユルドってのがそうなのか?」

 

微妙な表情をして尋ねてきた。

 

「そうだよー……ない?」

 

疑問符を浮かべて問い返すリーファ。

キリトは微妙な表情のまま首を横に振って

 

「いや……結構ある」

 

そう返した。

リーファは知る由もないが、彼のデータはSAOで使っていたアバターデータが上書きされたものだ。

スキル熟練度、壊れていたがアイテムなどを引き継いでいる。

ならば所持金も引き継いでいて当然なのだが、表示されている金額は始めたばかりの初心者が持っていていい数字ではない。

キリトはメニューを閉じて咳払いし

 

「ユイ、行くぞ?」

 

短衣の胸ポケットに向けて声をかける。

直後、ピクシー姿のユイが顔を出し

 

「はい~……」

 

眠そうに欠伸をしながら返事をした。

すずらん亭を後にして、リーファ行きつけの装備屋に彼らは訪れた。

キリトはまずは防具を選んで購入する。

とはいっても特に凝ったものではなく、防御属性強化されている服の上下とロングコートのそれだけだ。

色はもちろん黒である。

しかし、ここからが長かった。

キリトはプレイヤーの店主にロングソードを注文する。

持ってきてもらった剣を握って一振りすると

 

「もっと重いやつ」

 

と言って次のを要求し、また持ってきた剣を一振りしては「もっと重いの」と要求を出す。

20分程それを繰り返し、最終的に妥協したのが自分の身の丈に近い黒い大剣だった。

先細りになった刀身は、いかにも重そうに黒光りしていた。

その剣を見てリーファは

 

「そんな剣、振れるのぉ?」

 

と尋ねてくる。

キリトは剣の感触を一通り確かめて、代金を支払い

 

「問題ないよ」

 

と涼しい顔をして言い、剣を背中に吊った。

鞘の先が床を掠めそうになっている。

リーファにはまるで剣士の真似事をする子供のように映り、笑いが込み上げてきた。

準備が終わって店を出た時だった。

メッセージの着信を告げるアラームが鳴り、キリトはメニューを開いてメッセージを確認した。

送り主はアスナである。

内容を確認して

 

「知り合いがここに着いたって、街の入り口に居るらしいから迎えに行きたいんだけど」

 

リーファに尋ねるキリト。

彼女は頷いて

 

「りょーかい。入口だね。こっちの方だよ」

 

言いながら歩き出した。

目抜き通りを抜けると関所のような門が見えてくる。

そこに一人の女性プレイヤーがいた。

ウンディーネである事を示す水色の長い髪を揺らしている。

 

「やぁ、お待たせ」

 

かけられた声に反応して女性はキリトの方に振り向いた。

直後、キリトは信じられないものを見た。

髪の色こそ違うものの、その容姿は現実で知り合った彼女そのものだった。

白いチュニックとミニスカートを身につけ腰からは白銀の細剣を下げている。

そんな彼女を見ながら

 

「あ……アスナ……さん?」

 

ようやく声を絞り出して問いかけた。

すると目の前のウンディーネは少々不機嫌そうな表情をして

 

「アスナで合ってるわよ。なに? 変なものを見るような目で見て」

 

そう返してきた。

どうやらこのウンディーネはアスナで合っているらしい。

未だにキリトは信じられないものを見ているような表情だ。

 

「いや……現実の君と、容姿がまるで同じだから……吃驚して」

 

「そうみたいね。アバターの容姿ってランダムなんだけど、天文学的な確率で現実の容姿と同じになるって誰かだ言ってたっけ……そう言う君も、結構あっち側と容姿が似てるよ、キリト君」

 

言われた言葉にアスナは苦笑い気味に返してきた。

本来、ALOでアバターを作成した場合、その容姿はランダムで決定する。

とびっきりの美男子、もしくは美女になる場合もあれば、見るに堪えない容姿になる場合もあるらしい。

納得できずに、追加料金を払ってでも容姿を改良するプレイヤーも少なくは無いようだ。

しかし、彼女の場合はその限りではない。

アカウントを作り、種族を選択して出来たのが今のこのアバターである。

ホームタウンに転送されて、初めて鏡を見た時にはずいぶん驚いたそうな。

ようやくキリトが事実を受け入れた、その直後

 

「キリトくーん? その人が知り合い……って」

 

彼の後ろからリーファが覗き込むようにして声をかけてきた。

そして、アスナを見て一瞬固まり

 

「あ、アスナさん!?」

 

「え、リーファちゃん?」

 

2人は顔を見合わせて驚いた声を出した。

そんな彼女らをキリトは疑問符を浮かべて交互に見る。

 

「え、なに? 知り合いなのか?」

 

問いかけるキリト。

2人は頷き合って

 

「そうだよ。そっかぁ、キリト君に協力してくれるシルフの人ってリーファちゃんだったのかぁ」

 

「私も驚きですよぉー。まさかキリト君の知り合いがアスナさんだったなんて」

 

互いに手を合わせてはしゃぐように会話している。

訳もわからずにキリトは疑問符を浮かべたままだ。

 

「えっとね、リーファちゃんとは、ゲームを始めて一カ月くらいの時に知り合ったんだ」

 

話を纏めるとこうだ。

彼女らが出会ったのはアスナがゲームを始めてまだ一カ月弱の時だった。

この時、アスナはウンディーネ数名とパーティーを組んで狩りをしていたと言う。

しかし、ひょんなことからパーティーメンバー達と逸れてしまい、一人で中立のフィールドを彷徨っている時にサラマンダーのプレイヤー数名に襲われた。

絶体絶命のピンチだったのだが、そこへ偶然にもリーファとレコンが通りかかり助太刀してくれたらしい。

それが切っ掛けで彼女らはフレンド登録し、今では時間が合った時に一緒に狩りをする仲になったと言う。

 

「あの時は本当に助かったよ。その後も色々MMOの知識を教えてくれたりね」

 

「いや、そんな。私はただ集団PKを見過ごせなかっただけだし、MMOの知識はレコンが教えてたし」

 

アスナの言葉にリーファは照れながら返す。

 

「でも、アスナさんが協力してくれるなら百人力だよキリト君! なんて言ってもウンディーネ領を支える支柱の一人で『閃光』って呼ばれてるんだから!」

 

「へぇ、君は二つ名持ちだったんだな」

 

リーファの言葉に感心したようにキリトは言う。

アスナは顔を真っ赤にして

 

「やめてよぉ! その名前で呼ばれるの、結構恥ずかしいんだから!」

 

そう言って両手をブンブンと振った。

その様子にキリト達は笑みが零れる。

 

「じゃぁ、メンバーも揃ったし、目指せ世界樹だな」

 

気を取り直したようにキリトが言うと、アスナとリーファは頷いた。

そうして、彼らはリーファの先導で、スイルベーンのシンボル『風の塔』へと赴いた。

翡翠に輝く優美な塔は、何度見ても飽きさせない美しさがある。

ふとアスナが隣のキリトに視線を向けると、彼は何処か遠い目をしていた。

リーファは何故か笑いを堪えている。

 

「キリト君?」

 

「なんでもないよ……なんでも……」

 

疑問符を浮かべるアスナにキリトは苦笑いで返した。

一息ついて

 

「で、なんで塔に来たんだ?」

 

キリトはリーファに問いかける。

 

「長距離を飛ぶときは塔の天辺から出発するの。高度が稼げるからね」

 

「なるほど」

 

「さぁ、行こう二人とも。夜までには森を抜けたいしね!」

 

言いながらリーファはキリトとアスナの背中を押してゆく。

塔の正面扉を潜って内部に入ると 一階は円形の広大なロビーになっており、周囲を様々なショップが取り囲んでいた。

ロビーの中央に魔法力で動くだろうエレベーターが二基設置され、定期的にプレイヤー達が出たり入ったりを繰り返している。

キリト達を先導しながら歩くリーファ。

エレベーターの手前まで来た、その時だった。

 

「リーファ!」

 

不意に声が聞こえて、彼女らは振り返る。

視線の先にはシルフの男性プレイヤーが三名ほどいた。

中央の男はシルフにしてはずば抜けて体格がいい。

リーファは中央の男性に視線を向けて

 

「こんにちは、シグルド」

 

「リーファ、パーティから抜ける気か?」

 

シグルドと呼ばれた男性プレイヤーは不機嫌そうな声でリーファに問う。

 

「うん……貯金も大分貯まったし、しばらくのんびりしようかなって……」

 

「残りのメンバーが迷惑すると思わないのか?」

 

「……パーティに参加するのは都合のつく時だけで、いつでも抜けていいって約束でしょ?」

 

放たれたシグルドの言葉にリーファは眉をひそめて問い返す。

 

「だが、お前は既に俺のパーティメンバーとして名が通っている。理由もなく抜けられてはこちらの面子に関わる」

 

シグルドから出てくる大仰な言葉にリーファは言葉を失ってしまった。

その時、ふと彼女の脳裏に以前レコンから言われた事がよぎった。

 

『リーファちゃん、このパーティにはあまり深入りしない方がいいと思うよ。シグルドは君を戦力というよりは、名を高めるためのブランド目的でスカウトしたと思うから。それに、自分を倒したリーファちゃんを仲間じゃなくて部下として扱う事で、勇名の失墜を防ぐ気なんじゃないかな』

 

この時のレコンはいつになく真面目で真剣だった。

確かに領の政を忌避しているリーファと違い、シグルドは政治的にも活躍しているプレイヤーだ。

そして戦闘面での実力も高く、シルフ領の領主側近として軍務も預かっている。

そんな彼と、リーファは何度か剣を交えては勝利している。

派閥にも属していない一般プレイヤーに負けたのでは軍務を預かる者としては到底納得はできないだろう。

それ故、彼女を自分のパーティーに加えて部下扱いする事で自身の保身を図ったのではないかと、レコンは推察したのだ。

この時リーファは考え過ぎだと楽観的に考えていたが、今となっては彼の言っていた事をもう少し真剣に受け止めておくべきだった後悔の念が生まれる。

 

「何言ってるの? 彼女は条件付きで参加していたんでしょう? だったら……」

 

思考に耽っているとアスナが眉をひそめてシグルドに向かい抗議の声を出す。

 

「ウンディーネである貴様には関係のない話だ!」

 

しかし、シグルドは聞く耳持たない。

それでもアスナは抗議しようと口を開こうとした。

その時だった、キリトがアスナを制して一歩前に出る。

 

「仲間はアイテムじゃないぜ?」

 

その言葉にリーファとアスナが驚いて彼に視線を向ける。

キリトは尚もシグルドに向かい歩み寄っている。

 

「なんだと?」

 

「他のプレイヤーをあんたの大事な剣や鎧のように、装備欄にロックしておく事は出来ないって言ったんだ」

 

低い声で問うシグルドにキリトは尚も言い放つ。

自身より身長体格が1.5倍はあろう彼を見上げて、キリトは鋭い視線を送った。

 

「き、貴様ぁ!」

 

キリトのストレートな言葉に、シグルドはみるみる顔を憤慨の色に染めていく。

腰の剣に手を伸ばし

 

「屑漁りのスプリガン風情がつけあがるな! どうせ領地を追放された『レネゲイド』なんだろう! そこのウンディーネもな!!」

 

今にも放剣しそうな勢いで捲し立てるシグルド。

放たれた言葉にリーファは

 

「失礼な事言わないで! キリト君達は、私の新しいパーティメンバーよ!!」

シグルドを睨みつけて強く言い放つ。

愕然とした表情で

 

「リーファ、領地を捨てるのか……?」

 

「……えぇ、私、ここを出るわ」

 

問いかけるシグルドにリーファはそう返す。

その言葉にシグルドは唇を歪め、食いしばった歯を僅かに剥きだすと、腰の剣を勢いよく抜き放って剣先をキリトに突き付ける。

 

「小虫が這いまわる程度は見逃そうと思っていたが……泥棒の真似事とは調子に乗りすぎだ!! のこのこと他種の領地に踏み込んだんだ、斬られても文句はいえんぞ?」

 

威圧感を含んだシグルドの言葉。

しかし、キリトは呆れた顔で溜息を吐く。

そんな彼の態度にシグルドはますます苛立った。

そこへ

 

「斬るなら私からにしなさい」

 

2人の間にアスナが割って入る。

 

「どうしたの? 斬るんじゃなかったの?」

 

鋭い視線を向けてアスナは問う。

シグルドは僅かに剣を握った右手に力を込めた。

その時だった。

 

「まずいっすよシグさん。こんなとこで無抵抗な相手を2人もキルしたら……」

 

右隣に居たシルフのプレイヤーが声をひそめてそう言った。

その瞬間、我に返った様にシグルドは辺りに視線を巡らせる。

周囲では多くのシルフ達が何事かと騒いでいた。

正当なデュエルや、明らかなスパイならともかく、観光者然としているキリトやアスナを一方的に攻撃するのは確かに見栄えのいいものではない。

下手をすれば彼自身の立場にも影響するだろう。

シグルドは小さく舌打ちをしてから剣を収めて

 

「外ではせいぜい逃げ隠れ回る事だな……リーファ」

 

キリト達に捨て台詞を吐いて、次いでリーファに視線を向け

 

「今俺を裏切れば、近いうちに必ず後悔するぞ?」

 

そう言って問いかける。

 

「留まって後悔するよりは、よっぽどマシだわ」

 

リーファはシグルドを見据えてそう返した。

 

「戻りたくなった時の為に、土下座の練習でもしておくことだな」

 

言いながらシグルドは身を翻し、出口に向けて歩いていく。

残りのシルフもその後に続いた。

 

「ごめんね? 変な事に巻き込んじゃって……」

 

彼らの姿が見えなくなって、リーファは申し訳なさそうにキリト達にそう言い頭を下げた。

 

「ううん、リーファちゃんは悪くないよ」

 

「あぁ、俺も火に油を注いだようなもんだし……でも、大丈夫なのか? 領地を抜けるって……」

 

尋ねられたリーファは少し苦笑いし、2人をエレベーターに乗るように促した。

野次馬の群れを抜けて、彼らは丁度降り出来たエレベーターに乗る。

最上階のボタンを押すと、エレベーターはそのまま上昇を開始した。

やがてエレベーターが止まり、壁面のガラスが音もなく開いた。

キリト達は足早にエレベーターから降りて最上部の展望デッキに飛び出す。

視線の先には広大な大空が広がっていた。

 

「おぉ! 凄い眺めだなぁ!」

 

感動したようにキリトは声を上げた。

リーファは笑いながら

 

「そうでしょ? この空を見てると、色んな事がちっぽけに見えてくるよね?」

 

そう言いながら空を見上げる。

その表情は少し陰っていた。

そんな彼女をキリトとアスナは心配そうに見ていた。

 

「……いいきっかけだったよ。いつかはここを出ていこうと思ってたから」

 

「そうか……でも、喧嘩別れみたいな形にさせちゃったな……」

 

「うん、ごめんね?」

 

リーファの言葉にキリト達はそう返す。

すると彼女は2人に視線を向けて

 

「どの道、穏便には抜けられなかったよ。……なんで」

 

そこで一旦区切って再び空を見上げながら

 

「なんで、あんな風に縛ったり、縛られたりするのかな? 折角、自由に飛べる翅があるのにね……」

 

物悲しそうな声でそう言った。

直後

 

「フクザツですね、人間は」

 

キリトのジャケットの胸ポケットからユイが顔を出しながら言う。

彼女を初めてみるアスナは少し驚いた表情をして

 

「わ、可愛い! これってプライベートピクシー?」

 

目を輝かせて問うアスナ。

ユイはポケットから出てきてアスナの目の前まで浮遊し

 

「初めまして、私はユイと言います。アスナさんですよね?」

 

そう言って軽くお辞儀した。

 

「そうだよ、よろしくねユイちゃん」

 

アスナは微笑んでそう返した。

 

「フクザツ……?」

 

その傍らでリーファは先程のユイの言葉に疑問符を浮かべていた。

 

「人を求める心を、あんな風にややこしく表現する心理は理解できません」

 

言いながらユイはキリトの傍まで飛んでゆく。

リーファはますます疑問符を浮かべるばかりだ。

 

「他者の心を求める衝動が人間の行動原理だと私は理解しています。故にそれは私のベースメントでもあるのですが、私なら……」

 

そこで区切ってユイはキリトの頬に小さく口付ける。

その様子にアスナもリーファも驚いた。

ユイは笑って

 

「こうします。とてもシンプルで明確です」

 

そう答えた。

そんな彼女を見ながら

 

「す、凄いAIだね? プライベートピクシーって皆そうなの?」

 

「ホントだね……まるで本物の人間みたい」

 

リーファとアスナはそれぞれ感想を口にする。

 

「こいつは特に変なんだよ」

 

言いながらキリトはユイの襟首をつまんで、ひょいっと胸ポケットに放り込んだ。

 

「人を求める心……かぁ……」

 

ユイの言葉をリーファは小さく呟く。

その時だった。

 

「リーファちゃーーーーーーーん!!」

 

エレベーターの扉が開いてシルフの少年が走り出てくる。

 

「あ、レコン」

 

声の主の方を振り返るキリト達。

 

「ひどいよぉ、行くなら一声かけてくれたって!」

 

「ごめーん、忘れてた」

 

涙目で訴えるレコンにリーファは苦笑いで返す。

項垂れるレコンに

 

「こんにちは、久しぶりだね、レコン君」

 

アスナが声をかける。

 

「ア、アスナさん! お久しぶりです!」

 

勢いよく顔をあげて、レコンはそう返した。

が、すぐに気を取り直した様に表情を引き締めて

 

「リーファちゃん、パーティ抜けたんだって?」

 

そう尋ねてきた。

 

「ん……その場の勢い半分だけどね。あんたはどうすんの?」

 

「決まってるじゃない!」

 

リーファの問い返しにレコンは腰の短剣を抜いて

 

「この剣はリーファちゃんだけに捧げてるんだから!」

 

そう言って短剣を掲げる。

リーファはどうでもよさげな表情で

 

「えぇー……別にいらない」

 

そう返すと、レコンはまたもがくりと肩を落とした。

 

「ま、まぁ、そんな訳で、当然僕もついていくよ……と言いたいんだけど、ちょっと気になる事があるんだよね……」

 

言いながらレコンは真剣な表情で呟く。

リーファは疑問符を浮かべて

 

「気になる事?」

 

と、問い返した。

 

「まだ確証は無いんだけど……少し調べたいから、もう少しシグルドのパーティに残るよ。キリトさん、アスナさん」

 

言いながらレコンはキリト達に向き直す。

 

「彼女、トラブルに飛び込んでいく癖があるんで、気を付けてくださいね」

 

「あぁ、わかった」

 

「あはは……そうだね」

 

キリトが頷く横でアスナは苦笑いしていた。

思い当たる事があるのだろう。

 

「それから、キリトさんに言っときますけど、彼女は僕のンギャァ!」

 

言いかけてレコンは悲鳴を上げる。

途端に右足を持ち上げ、両手で押さえながらピョンピョンと飛びまわりだした。

どうやらリーファが彼の足を踏んだらしい。

その顔は僅かに赤く染まっていた。

 

「余計な事言わなくていいの! しばらく中立域に居ると思うから、なにかあったらメッセでね」

 

早口で捲し立てて、リーファは翅を展開し飛び上がった。

軽くレコンに視線を向けて

 

「私がいなくても、ちゃんと随意飛行の練習するのよ! あと不用意にサラマンダー領に近づいたらだめだからね!」

 

そう声をかける。

レコンは尚も右足を押さえながら

 

「リーファちゃん! 必ず追いつくからねぇー!!」

 

大声でそう返してきた。

リーファは照れているのか慌てて向きを変え、北東の方向へと飛行を開始した。

その後をキリトとアスナもついてくる。

どうやらアスナも随意飛行が出来るようだ。

リーファの隣にまで行ったアスナは

 

「相変わらず仲いいね?」

 

微笑ましそうに言う。

 

「そ、そんな事ないです!」

 

慌てたようにリーファは返した。

 

「彼、リアルでも友達だっけ?」

 

「ん、一応……」

 

問いかけてきたキリトにリーファはバツが悪そうに返した。

 

「ふぅん……」

 

「なによ?」

 

「いや、いいなって思ってさ」

 

キリトがそう言って返すと、彼のジャケットの胸ポケットからユイが顔を出して

 

「あの人の感情は理解できます。好きなんですね、リーファさんの事。リーファさんはどうなんですか?」

 

「し、知らないわよ!」

 

ユイの問い掛けにリーファは顔を赤くして返した。

その様子をキリトとアスナは笑って眺めている。

リーファは何処か釈然としない気持ちを抑えて、身体を半回転させて後進姿勢を取った。

遠ざかっていくスイルベーンの街に視線を向ける。

いつかは出ていこうと心には決めてはいたが、いざ離れるとなると感慨深くなる。

長い時間を過ごした街に別れを告げるように、リーファは心の中で街に「バイバイ」と呟いた。

再び向き直り

 

「さぁ、急ごう! 一回の飛行であの湖まで行くよ!」

 

言いながらリーファは加速を開始した。

キリト達も頷いて加速していく。

鮮やかな翅の音を鳴らしながら空を翔けてゆく。

三人の世界樹を目指す旅が始まった。

 

 

 

 




世界樹目指す三人の妖精たち。

順調に進む道程

しかし、そんな彼らを赤い視線が見つめていた。

次回「ルグルーヘ道程」

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