ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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やっと書き上がったよ・・・

今回はようやくユウキちゃんが出てきます。
あの妖精王さんも出てくるのです。

ではご覧あれ~なのです


第二十七話 囚われの少女

 

(なに? いま、何が起こったの?!)

 

目の前で繰り広げられた光景にリーファは只驚いていた。

先程現れた名も知らぬスプリガンの少年。

装備を見たところ、初心者だと思っていた。

だが、そんな彼によってサラマンダーの重戦士2人が呆気なく、只の一撃で両断されてしまったのだ。

リーファはこのゲームを始めて一年弱、つまりは古参組の一人である。

あらゆる狩りやクエストをこなす事で、彼女は今の実力を身につけたのだが……

視線の先に居る彼は違う。

どう見ても装備は初心者の初期装備にしかみえない。

しかし、動きは素人のそれではない。

三人がかりとは言え、リーファを追い詰めていた重戦士達は間違いなく実力派の筈だった。

その内の2人をいとも簡単に倒してしまったスプリガン。

不敵に笑みを浮かべて彼は、宙に居る最後のサラマンダーの重戦士カゲムネに

 

「どうする? あんたも戦うか?」

 

問いかけた。

するとカゲムネは両手を上げて

 

「やめとくよ。もうすぐ魔法スキルが900なんだ、デスペナが惜しい」

 

そう返してきた。

少年は苦笑いで

 

「正直な人だな。で、そっちのお姉さんは?」

 

今度はリーファに向かって問いかけた。

彼の軽い態度に半ば呆れたような溜息を吐いて

 

「はぁ……私もやめとく。でも、カゲムネさんだっけ? 今度はきっちり勝つわよ」

 

「君ともタイマンでやるのは遠慮したいな」

 

リーファの言葉にカゲムネはそう言って背を向ける。

翅を広げ、燐光を残して飛び去っていった。

辺りに静寂が訪れる。

彼らの傍には小さな赤い炎が灯っていた。

少年はそれを見て

 

「これは?」

 

疑問符を浮かべて問いかけた。

 

「リメインライトよ。連中の意識は、まだそこにあるわ」

 

声を潜めてリーファは答えた。

やがて、炎はさらに小さくなり消えていった。

リーファは溜息を吐いて

 

「で、私はどうすればいいかしら? お礼を言えばいいの? 逃げればいい? それとも戦う?」

 

少年に視線と長刀の剣先を向けた。

その言葉に少年は腕組みをして

 

「俺的には、正義の騎士が悪漢からお姫様を助けたって場面なんだけどなぁ」

 

言いながら、リーファを見てニヤリと笑い

 

「涙ながらにお姫様が抱きついてくる……みたいな?」

 

そう言ってみせる。

 

「ば、バッカじゃないの!!」

 

あまりに突拍子もない言葉にリーファは思わず叫んでいた。

そんな彼女を見ながら少年は軽く笑っている。

 

「あははは。冗談冗談」

 

少年の様子にリーファは訝しんだ表情で睨んでいた。

と、そこへ

 

「そうですよ! そんなのダメです!」

 

可愛らしい少女の声が聞こえてきた。

驚いてリーファは辺りを見回すが、姿は確認できない。

と、目の前の少年が慌てたように声を出す。

 

「こら、出てくるなって!」

 

視線を向けると、彼の短衣の胸ポケットから小さな光るものが飛び出してきた。

それは少年の肩に乗る。

 

「パパにくっついていいのはママと私だけです!」

 

「ぱ、ぱぱぁ?!」

 

放たれた言葉にリーファは素っ頓狂な声を上げた。

少年に近付いて声の主を確認する。

それは掌サイズの可愛らしい妖精だった。

 

「あ、いや……これは」

 

少年は慌てたように妖精を両手で包みこみ引き攣った笑みを浮かべている。

リーファは妖精をまじまじと見ながら

 

「これって、プライベートピクシーってやつ?」

 

そう尋ねた。

少年は一瞬、呆気にとられたが

 

「そ、そう! そうなんだよ! あはは」

 

慌てたように答える。

リーファは少年を上から下へと一瞥し

 

「で、なんでスプリガンがこんなとこに居るのよ?」

 

疑問に思った事を問いかける。

少年は目を逸らして

 

「み、道に迷って……」

 

若干情けない表情で答えた。

返ってきた返答にリーファは思わず吹き出してしまう。

 

「あ、はははは! 何言ってるの? 領地はずっと東じゃない、方向音痴にも程があるよ! 君、変過ぎ!」

 

「へ、変って……」

 

リーファの言葉に項垂れる少年。

やがて笑いが収まり、長刀を腰の鞘に納めて

 

「ある程度の経験者ならともかく、初心者が領地から離れたエリアを行動なんて変に決まってるよ? まぁ、とりあえずお礼を言うわ。助けてくれてありがとう。私はリーファっていうの」

 

言いながら右手を差し出してきた。

少年は笑みを浮かべて

 

「俺はキリトだ。こっちはユイ」

 

少年、キリトが手を開くと妖精の少女、ユイは頬を膨らませて顔を出した。

頭を小さく下げてから飛び立ってキリトの肩に座る。

キリトは差し出されたリーファの右手を握った。

 

「ねぇ、君はこの後どうするの?」

 

自己紹介と握手を終えてリーファは問いかけた。

 

「いや、特に予定はないけど……」

 

「そう、ならお礼に一杯奢るわ」

 

答えるキリトにリーファはそう言ってきた。

キリトは笑って

 

「それは嬉しいな。色々教えてくれる人を探してたんだ」

 

そう返した。

リーファは疑問符を浮かべて

 

「色々って?」

 

「この世界の事さ。特に……」

 

キリトは北東の方へと視線を向けて

 

「あの樹の事を……ね」

 

そう言った彼の表情からは笑みは消えていた。

 

「世界樹の事? いいよ、私こう見えても結構古参なの。じゃぁ、ちょっと遠いけど北の方に中立の村があるから、そこまで飛びましょう」

 

「あれ? スイルベーンって街の方が近いんじゃ?」

 

そう言って尋ねるキリトにリーファは呆れた表情でキリトを見た。

 

「そりゃそうだけど、あそこはシルフ領よ?」

 

「なにか問題が?」

 

「……街の圏内じゃ君はシルフに攻撃できない。けど、逆はアリなのよ」

 

「なるほど……でも、いきなり襲われるってわけでもないだろ? リーファさんもいるしさ」

 

尚もキリトは気楽そうに言う。

リーファは再度、呆れた表情になって溜息を吐いた。

 

「リーファでいいよ。ホントに変な人ね……君がいいなら私は構わないけど、命の保証は出来ないからね?」

 

そう言ったリーファにキリトは頷いた。

 

「じゃ、スイルベーンまで飛ぼうか」

 

言いながらリーファは自身の翅を展開する。

半透明な翠の翅を広げて軽く震わせた。

それを見たキリトは

 

「リーファはコントローラー無しで飛べるのか?」

 

感心したように尋ねてくる。

 

「まぁね。キリト君は?」

 

「俺はちょっと前にこいつの使い方を覚えたばかりだからなぁ」

 

言いながらキリトは左手を動かす仕草をした。

 

「そっか。随意飛行はコツがあるからね。コントローラーを出さずに後ろを向いて」

 

「ああ」

 

言われるままキリトは翅を展開したまま背中を向ける。

彼の背に両手の人差し指を伸ばし、肩甲骨の少し上に触れた。

 

「今触ってるの、わかる?」

 

「うん」

問いかけに頷くキリト。

 

「ここから、仮想の骨と筋肉が伸びてると想定して、それを動かすの」

 

「仮想の骨と……筋肉」

 

呟いてキリトは意識を集中させた。

すると黒い半透明な翅が微かに震えだす。

 

「そう、今の感覚をもう一度強く!」

 

さらに意識を背と翅に集中させるキリト。

翅は段々と持ちあがるように動き出した。

 

「むむむ……」

唸りながら両腕を引き絞る。

 

すると翅は完全な形で広がり、充分な推力が生まれた。

その瞬間、リーファがキリトの背中を勢いよく押し出した。

とても素晴らしい笑顔でだ。

 

「うわぁ!!!」

 

声と共にキリトはロケットのように宙へと飛び出していく。

その身体は葉の音を鳴らしながら上昇してたちまち小さくなり、リーファの視界から消えた。

 

「……」

 

少しの沈黙。

途端に我に返ったリーファは咄嗟にキリトから飛び降りていたユイと顔を見合わせて

 

「ヤバい!」

 

「パパ!」

 

共に宙へと舞い上がる。

樹海を抜けて、夜空を2人は見回した。

すると、金色に輝く月に影を刻んで左右にフラフラと移動するキリトの姿が目に入る。

 

「わぁぁぁぁぁぁ……とめてくれぇぇぇぇぇぇぇ」

 

情けなく悲鳴を上げながら尚もフラフラし続けるキリト。

そんな彼を見てリーファとユイは

 

「あはははははは」

 

「ご、ごめんなさいパパ、面白いです~」

 

空中でホバリングしたまま、互いにお腹を抱えて笑いだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 

 

 

散々笑った後、リーファは無軌道に飛びまわっているキリトの襟首を掴んで停止させる。

改めてリーファはキリトに随意飛行のコツを教え込んだ。

元々感覚で物事をこなす性質のキリトはものの十分でコツを掴み、どうにか自由に飛べるまでに至った。

辺りを飛びまわりながら

 

「おぉー! こりゃいいや!」

 

感動したように言うキリト。

子供のようにはしゃぐ彼にリーファは

 

「そうでしょ!」

 

嬉しそうな声で言い、

 

「それじゃ、ついてきて!」

 

タイトターンし方向を見定めて、森の彼方を目指して巡行に入った。

キリトはリーファと並行して飛んでいる。

 

「最初はゆっくり行こうか」

 

「もっとスピード出してもいいぜ?」

 

リーファの言葉にキリトはそう返す。

すると彼女はニヤリと笑い

 

「ほほぅ」

 

翅を鋭角に畳んで加速を始める。

最初は緩やかだった速度が徐々に速くなっていく。

不敵な笑みを浮かべて後方を見るリーファ。

途端に表情は驚いたそれになる。

随意飛行を始めて間もない筈のキリトが自分と並走していたからだ。

 

「これが最高速?」

 

キリトはそう尋ねる。

 

「どうなっても知らないよ!」

 

そう返してリーファはさらに加速した。

弾丸のような勢いで彼女は樹海の上空を飛んでいく。

最高速度で編隊飛行した事はないリーファ。

それはこの速度に耐えられる仲間がいないからだ。

しかし、キリトはこの速度に臆することなくついてくる。

風を切る音が弦楽器の高音のように響き渡った。

 

「はうー、私はもうダメですー」

 

言いながらユイはキリトの短衣の胸ポケットへと入りこんだ。

それを見て互いに顔を見合わせながらキリトとリーファは笑いあった。

気が付けば前方に色とりどりの光点の群が見えてきた。

シルフ領首都『スイルベーン』

その中央からは一際高い、明るく光る塔が目に映った。

街のシンボルである『風の塔』

ぐんぐんと街に近づき、大きな目抜き通りとそこを行き交うプレイヤー達が視界に入ってきた。

 

「見えてきたな!」

 

「真ん中の塔の根元に着陸するよ……って……」

 

キリトの言葉に答えた直後、リーファはある事に気付く。

その表情は強張っていた。

 

「キリト君、ランディングの仕方……わかる?」

 

気付いた疑問をキリトに問うリーファ。

するとキリトも表情を固めて

 

「……わかりません」

 

「えーっと……」

 

そうこうしている内に塔はどんどん近付いていく。

リーファは苦笑いになって

 

「幸運を祈るよ!」

 

一人急減速をし、翅をいっぱいに広げて制動をかけて真下の広場へと降下を開始した。

心の中でリーファは合掌する。

残されたキリトは

 

「そんな、ばかなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

絶叫しながら塔の外壁に突っ込んでいき、直後、激しい衝撃音が悲鳴と共にスイルベーン全域に響き渡った。

 

閑話休題

 

「ひ、ひどいよリーファ……」

 

仰向けに横たわり呟く。

 

「まぁまぁ、回復してあげるから」

 

言いながらリーファは右手を翳して魔法のスペルを唱えた。

青く光る雫が彼女の掌から放たれ、キリトに優しく振りかかった。

 

「おお、これが魔法かぁ」

 

キリトは感心したようにそう言って上体を起こした。

 

「高位の治癒魔法はウンディーネじゃないと扱えないけど、必須スペルだから君も覚えたほうがいいよ」

 

「へぇ、種族によって補正があるんだな……スプリガンは何が得意なんだ?」

 

「えっと、トレジャー関連や、幻惑魔法だったかな。どっちも戦闘には不向きだけど」

 

問われたリーファはそう答える。

キリトは頷いてから勢いよく立ちあがった。

辺りを見回して

 

「ここがシルフの街か。綺麗な所だなぁ」

 

感動したように言うキリト。

 

「でしょ?」

 

彼の言葉にリーファは嬉しそうに答える。

スイルベーンは別名『翡翠の街』と呼ばれている。

華奢な尖塔群が空中回廊で複雑に繋がり合い構成された街並みは、鮮やかなグリーンに輝いていた。

それが夜闇の中に浮かび上がる有様は、まさに幻想的の一言に尽きるだろう。

街並みに魅入っていたキリト達。

そんな時、彼等に向かい走ってくるシルフの少年が目に入った。

 

「リーファちゃん! 無事だったの?!」

 

「あ、レコン。どうにかねー」

 

走り寄ってきたシルフの少年、レコン。

リーファの前で立ち止まり、目を輝かせながら

 

「凄いや、流石はリーファちゃんだ……って」

 

そう言った直後、彼女の隣に居るキリトに気が付いた。

ギョっと目を見開き、バックステップで下がりながら腰の短剣に手を伸ばす。

 

「スプリガンがなんでここに!」

 

今にも斬りかかりそうなレコン。

リーファはそんな彼を制止し

 

「あ、いいのよレコン。この人が助けてくれたの」

 

「へっ……?」

 

彼女から出た言葉にレコンは呆気にとられてキリトを見た。

そんな彼を気にもせずにリーファはキリトに向かい

 

「こいつはレコン。私のフレンドなんだけど、君に会う少し前にサラマンダーにやられちゃってね」

 

「そうなのか。俺はキリトだ。よろしくな」

 

紹介されたキリトはレコンに向かい右手を差し出した。

 

「あ、どもども~」

 

差し出された右手を、頭を下げながら握り返してくるレコン。

しかしすぐに我に返って

 

「いや、いやいやいや! そうじゃなくて!」

 

再びバックステップで距離を取ってキリトを見据える。

 

「大丈夫なの?! スパイとかじゃ?!」

 

「へーきへーき。スパイにしてはちょっと天然ボケ入ってるし」

 

レコンの問い掛けにリーファは笑いながら返す。

隣のキリトは複雑そうな表情をしていた。

レコンは未だに納得できてないようだが

 

「……シグルド達は、いつもの酒場で席取ってるよ。今日の分配をやろうって」

 

そう言ってきた。

それを聞いたリーファは

 

「あ、そっかぁ……」

 

少し思案してから

 

「私、今日の分配はいいわ。あんたに預けるから、四人で分けて」

 

そう返し、トレードウインドウを開いて稼いだアイテムをレコンに転送する。

途端にレコンは残念そうな表情になり

 

「えぇ~、リーファちゃん、来ないの~」

 

情けない声でそう言った。

リーファはそんなレコンを気にするでもなく

 

「うん。お礼にキリト君に一杯奢る約束してるんだ。そんじゃ、おつかれ~」

 

言いながらキリトの腕を掴んで歩き出した。

強引に会話を打ち切られたレコンは

 

「リーファちゃ~ん……」

 

未練がましい声で彼女の名を呼んでいた。

そうして連れてこられたのは『すずらん亭』というNPCレストラン。

店内に入ると、中には客は一組もいないようだった。

奥まった窓際の席に2人は向かい合って腰かける。

NPCのウェイトレスにそれぞれが食べたいものを注文する。

数分後、注文されたものをNPCがテーブルに並べていった。

そんな中

 

「さっきの子は、リーファの彼氏?」

 

「コイビトさんですか?」

 

キリトとユイはリーファに視線を向けて問いかけた。

それを聞いた彼女は途端に顔を真っ赤にして

 

「ち、違うわよ! パーティーメンバーよ、単なる!」

 

そう返してきた。

リーファの反応を楽しむようにキリトは少し笑って

 

「にしては、仲良さそうだったけど」

 

「リアルでも知り合いって言うか、学校の同級生なのよ。それだけよ!」

 

キリトの言葉にリーファはそう返し、咳払いして飲み物の入ったグラスを手に取る。

 

「それじゃぁ改めて、助けてくれてありがとう」

 

グラスを差し出してきた。

キリトもグラスを取って、差し出されたそれを軽く打ち合わせる。

カチンと小気味いい音が鳴り、2人はグラスの中の飲み物を一口飲んだ。

 

「まぁ、成行きだったし……しかし、随分と好戦的な連中だったな。ああいう集団PKってよくあるのか?」

 

「うーん、元々シルフとサラマンダーは仲悪いんだけどね。ああいう集団PKが出るようになったのは最近だよ。きっと近いうちに世界樹攻略を目指してるんじゃないかな」

 

言いながらリーファは自身が注文したババロアをスプーンで掬って口に運ぶ。

 

「それだ。その世界樹について教えてほしいんだ」

 

それを聞いたリーファは疑問符を浮かべて

 

「そういや、そんな事言ってたね。でも、どうして?」

 

そう問いかけた。

キリトは真剣な表情で

 

「世界樹の上に行きたいんだよ」

 

そう答えた。

その瞳には真剣さがうかがえた。

リーファは息を吐き

 

「……それは、多分全プレイヤーがそう思ってるよきっと。っていうか、それがこのALOのグランド・クエストなんだけどね」

 

リーファの言葉を聞いてキリトは少し思考を巡らせる

 

(そういや……明日奈もそんな事言ってたな)

 

ダイシー・カフェでの一幕を思い出すキリト。

改めてリーファに視線を向けて

 

「それで?」

 

キリトは問いかけた。

 

「滞空制限があるのは知ってるよね? どんな種族でも、連続して飛べるのはせいぜい十分が限度なのよ。でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して『妖精王オベイロン』に謁見した種族は全員『アルフ』っていう高位種族に生まれ変われる。そうなれば、滞空時間はなくなって、いつまでも自由に空を飛ぶ事が出来るんだ」

 

「なるほどな……」

 

リーファの説明に納得したように頷くキリト。

 

「確かに魅力的な話だ。上に行く方法は判ってるのか?」

 

「世界樹の内側、根元のところが大きなドームになってるの。その頂上に入り口があって、そこから内部を登るんだけど、ドームを護ってるNPCガーディアン軍が尋常じゃない強さなのよ」

 

説明しながらリーファは再びババロアを口にする。

 

「そんなに強いのか?」

 

キリトの問いにリーファは肩をすくめるような仕草をして

 

「オープンしてから一年たつのにクリアできないクエストなんてアリだと思う?」

 

逆に問い返してきた。

 

「何かのキークエストを見落としてるのか。あるいは、単一の種族じゃ攻略できないか……」

 

唸りながら言うキリト。

するとリーファはニヤリと笑い

 

「へぇ、いい勘してるね。クエスト見落としの方は、今躍起になって検証してるけど、後者なら絶対に無理ね」

 

そう言ってきた。

彼女の言葉にキリトは疑問符を浮かべている。

 

「だって矛盾してるもの。最初に到達した種族だけしかクリアできないクエストを他の種族と攻略しようなんてさ」

 

その言葉にキリトは

 

「じゃぁ、事実上世界樹を攻略するのは無理ってことなのか?」

 

苦い表情で尋ねる。

リーファは頷いて

 

「私はそう思う……でも、諦めきれないよね? 一旦飛ぶ事の楽しさを覚えち

ゃったら、きっと、何年かかっても……」

 

そこまで言った時

 

「それじゃ遅すぎるんだ!」

 

キリトがテーブルを叩いて声を上げた。

リーファは驚いた表情で彼を見る。

視界に映った彼は眉間にしわを寄せて歯を食いしばった表情をしている。

そんなキリトを見て、テーブルに座っていたユイは食べていたクッキーを置いて飛びあがる。

彼の肩に乗って、宥めるように小さな手で頬を撫でた。

やがて、落ち着きを取り戻したようにキリトの身体から力が抜けて

 

「驚かせてごめん」

 

低い声で謝った。

未だにリーファは困惑していた。

そんな彼女を気にするでもなく

 

「でも、俺は世界樹の上まで行かなきゃいけないんだ」

 

そう言うキリトの瞳は鋭い輝きを放っている。

リーファは動揺を鎮めるために、小さく首を左右に振って

 

「なんで、そこまで……?」

 

ようやく絞り出した声で問いかけた。

 

「人を、探してるんだ……」

 

「どういう……こと?」

 

「簡単には説明できない……」

 

問いかけにキリトは答えて微かに笑った。

しかし、その眼はには絶望にも似た何かをリーファは感じ取る。

なにも言えずに押し黙っていると、キリトは立ち上がり

 

「ありがとうリーファ、色々教えてくれて助かったよ」

 

そう言って歩き出そうとする。

そんな彼の腕をリーファは無意識に掴んでいた。

 

「まって。世界樹に……行く気なの?」

 

「あぁ、この目で確かめないと」

 

問いかけにキリトはそう答えた。

 

「無茶だよ……ものすごく遠いし、強いモンスターもいっぱい出るし……そりゃ、君も強いけどさ」

 

いつの間にか掴んでいた手は離れていた。

キリトはなにも言わずに店の外に歩き出そうとする。

リーファは意を決したように顔を上げて

 

「───じゃぁ、私が連れて行ってあげる!」

そう声を上げて彼を引き止めた。

キリトは驚いたようにリーファを見て

 

「いや、でも……会ったばかりの人にそこまで迷惑かける訳には……」

 

「いいの! もう決めたの!」

 

微かに赤く染まった頬を隠す様にリーファは声を上げて顔を逸らす。

横目でキリトに視線を向けて

 

「……明日もインできる?」

 

問いかける。

キリトは頷いた。

 

「じゃ、じゃぁ、明日の午後3時にここでね。私、もう落ちなきゃいけないから、あの、ログアウトには上の宿屋使ってね。それじゃ、また明日!」

 

言いながらリーファはメインメニューを開く。

ログアウトしようとOKボタンをタップしようとした、その時

 

「リーファ。その、ありがとう」

 

キリトが笑いかけながらそう言って来た。

リーファもなんとか笑いかけてOKボタンをタップする。

直後に彼女の身体が光を纏って消えていった。

彼女がログアウトしたのを見届けて、キリトは宿をとる。

案内された部屋に入ると武装解除し、ベッドに仰向けになって横たわった。

そこへユイがパタパタと翅を羽ばたかせ飛んでくる。

宙で一回転した瞬間、小さく発光した。

直後、彼女はピクシーの姿ではなく本来の姿に戻って着地する。

両手を後ろに回して俯きながら

 

「明日まで、お別れですね」

 

寂しそうにそう言った。

 

「すぐに戻ってくるよ。ユイに会いに」

 

微笑みながらキリトは言った。

 

「あの……パパがログアウトするまで……一緒に寝てもいいですか?」

 

微かに頬を赤くしてユイは尋ねる。

そんな彼女の仕草にキリトは照れ笑いを浮かべて

 

「あぁ、いいよ」

 

言いながらユイが入れるスペースを作る。

ユイは嬉しそうに笑い、ベッドの中に入ってきた。

目の前に横になるユイの髪を撫でながら

 

「早くユウキを助け出して、何処かに家を買おうな」

 

そう言って笑いかける。

 

「夢みたいですね。また、パパと、ママと、三人で暮らせるなんて」

 

「夢じゃない……すぐに現実にしてみせるさ……」

 

ユイの髪を撫でながらキリトは言う。

やがて、睡魔が彼を襲って来た。

ゆっくりと瞼が閉じていく。

そんな彼をユイは微笑みながら見て

 

「おやすみなさい。パパ」

 

鈴の音のような声で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

================

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、世界樹の遥か上の枝の一角。

ここに大きな鳥籠が設置されていた。

中には白いテーブルと、大きな天蓋付きベッドが備わっている。

そこに一人の少女が入れられていた。

白とピンクを基調としたワンピースドレスを身に纏い、紫がかった長い黒髪が揺れている。

背中からは透明な翅が二枚伸びていた。

籠の中から遥か空を見上げながら少女は飛んでいる小鳥を見ていた。

その表情は何処か今にも泣きそうに見えている。

 

「今の表情は、君にもっとも相応しいね」

 

直後、籠の外から声が聞こえてきた。

少女は声のする方へと視線を向けた。

 

「希望を求めるも、それは幻想と悟って諦め悲しみに暮れるその表情がさ。凍らせて飾っておきたいくらいに似合っているよ」

 

「……なら、そうすれば?」

 

少女は言いながら声の主を睨むように見ている。

鉄格子のような扉が開いて長身の男が入ってきた。

なびく金髪を額の白銀の円冠が止めている。

彼女を同じように背中からは翅が伸びていた。

いや、まったく同じではない。

それはエメラルドグリーンの輝きをもった四枚の蝶のような翅だった。

顔は作り物とはっきり解る程の美麗だった。

しかし、浮かんでいる笑みは醜悪ともいえるものだ。

薄い唇に張り付いた微笑は、全てを蔑んだ歪んだ笑い。

少女は男の顔を一瞥すると、すぐに視線を逸らす。

抑揚を付けずに少女は口を開いた。

 

「貴方なら思いのままなんでしょ? システム管理者なんだしさ」

 

男は醜悪な微笑を浮かべたまま少女へと近づいて

 

「つれないねぇ。君は大切なお姫様だ。そんな君に僕が酷い事をするとでも?」

 

芝居がかった口調で問いかけた。

 

「どの口が言ってるのさ。人をこんな所に閉じ込めといて、『妖精王オベイロン』……ううん、須郷さん」

 

言いながら少女は目の前の男、オベイロン……いや、須郷伸之を睨む。

すると須郷は肩をすくめて

 

「興醒めだなぁ、ユウキ君。僕は『妖精王オベイロン』! このアルヴヘイムの支配者なのさ! そんな僕にいつまで強気でいるのかなぁ?」

 

そう言ってニヤリと下卑た笑みを見せる。

 

「何を言ったってボクの態度は変わらないよ須郷さん。貴方が支配者なんて、この世の終わりでも有り得ない事だよ」

 

そんな須郷に対して少女、ユウキは一層強い口調で返した。

 

「大体、ボクをこんな所に閉じ込めてなんのメリットがあるのさ?」

 

「……実のところ、君自体には用は無いんだがね。それでも、君をここに閉じ込めて現実への復帰させずに眠らせておく事で、僕の目的の一つは達成できるのさ」

 

ユウキの問い掛けに須郷はそう言い

 

「先日……明日奈との婚約が正式に決まったよ」

 

ユウキの耳元でそう囁くように言ってみせる須郷。

途端に彼女は

 

「な、ふざけないで! どうして貴方と明日奈の婚約が正式に決まるのさ!? 明日奈は反対しなかったって言うの!!」

 

信じられないものを見るようにして叫んだ。

須郷は厭らしい笑みを浮かべたままで

 

「もちろん、明日奈は納得してないさ。けれど、彼女に断る権利は無いんだよ。君が眠り続けているからねぇ」

 

そう言い放った。

それを聞いた瞬間、ユウキは自身がここへ閉じ込められた理由を悟る。

ユウキと明日奈は幼いころから仲が良かった。

死んでしまった双子の姉も交え、よく一緒に遊んだのはいい思い出だ。

家族と死別し、結城家に引き取られてからも明日奈はユウキに変わらずに接してくれた。

ユウキにとっても、明日奈にとっても、2人は大事な親友同士。

だからこそ、須郷は自分をここへ閉じ込めて明日奈の拒否権を奪ったのだろう。

拒否すればユウキがどうなってもいいのかと……

自身がいいように利用されている事もそうだが、何よりこの男が親友へ毒牙をかけようとしている事実にユウキは怒りを隠せない。

 

「やれやれ、反抗的な目だねぇ? まぁいいさ、いずれ君も僕の従順な人形へと変わるんだから」

 

言いながら須郷はユウキを見た。

 

「正気? 頭でも打ったんじゃない?」

 

怒りを抑えてユウキは言う。

すると須郷はクスクスと笑いだし

 

「そんな事言えるのは今のうちさ。見えるかな? この広大な世界には、今も数万というプレイヤー達がゲームを楽しんでいる。けどねぇ、彼らは知らないのさ。フルダイブシステムの真価をね」

 

言いながら籠の外を見下ろし

 

「脳の制御範囲を拡大する事で、思考、感情、記憶までもが操作可能だって事をねぇ」

 

ニヤリと笑って言い放った。

告げられた言葉にユウキは大きく眼を見開いた。

 

「な……そんなの許されるわけない!」

 

「誰が許さないんだい? 既に色んな国で研究は行われているんだよ。しかしねぇ、おいそれと人体実験なんて出来はしない。ところが、ある日ニュースを見ていたら……あるじゃないか、格好の研究素材が一万人も!!」

 

ユウキの叫びに須郷は両腕を広げて声を上げた。

それを聞いてユウキは愕然とする。

そんな彼女に構うでもなく

 

「茅場先輩は天才だが大馬鹿ものさぁ! あれだけの器を用意しながら、たかがゲーム世界の創造だけで満足するなんてねぇ。プレイヤー達が解放される瞬間に拉致できるよう、ルーターに細工するのはそう難しくはなかったよ。結果、僕は300人もの被験体を手に入れる事が出来た! たった二ヵ月で、研究は大いに進展したよ」

 

そう言って声高に語っている。

ユウキはドレスのスカートを握りしめて

 

「ふざけないで……そんな研究、彰三おじさんが許すわけない!!」

 

俯いたまま叫ぶ。

そんな彼女に須郷は囁くように

 

「残念ながら、社長は何も知らないよ。研究は私を含む、極少数で行っているからねぇ。そうでないと商品には出来ない」

 

そう言った。

ユウキは訝しげな表情で

 

「商品?」

 

「アメリカの企業が涎を垂らしながら研究の完成を待ってるんだ。せいぜい高く売りつけてやるよ。いずれ明日奈を妻にし、僕の手中に収まるだろう『レクト』ごとね!」

 

問いかける彼女に須郷は下卑た表情で返してきた。

 

「まぁ、君の両親にも感謝しているよ? フルダイブ技術研究部の主任とその助手であった紺野夫妻が事故で亡くなってくれたからこそ、今の部署の主任になれたんだから。おかげで研究が進んだと言っても過言じゃないさ」

 

そう言ってくる須郷を

 

「……許さないよ、そんな事。ここから抜けだしたら、真っ先に貴方の悪行を暴いてやるんだ!」

 

言いながらユウキは睨みつける。

 

「抜けだす? 何を無駄な事を……」

 

「ボクは信じてる。きっと彼が助けに来るって」

 

それを聞いた瞬間、須郷はユウキに視線を向けて

 

「彼? あぁ、もしかして『英雄キリト』君の事かな?」

 

笑みを浮かべて尋ねた。

途端にユウキの眼が見開かれる。

その様子を見て須郷は面白いものを見つけたと言わんばかりに厭らしく微笑した。

 

「本名は桐ヶ谷君と言ったかなぁ? 先日会ったよ。向こう側でね。あの貧弱な子供がSAOクリアしたなんて、今でも信じられないよ。何処で会ったと思う?君の病室だよ! 君の命は僕が維持しているって言った時の彼の表情は最高だったなぁ!!」

 

芝居がかった言い方でユウキに聞かせる須郷。

目を見開いたままユウキは俯いている。

そんな彼女の顎を指で掬って顔を上げさせた。

 

「賭けてもいいよ、あの小僧にもう一度ナーヴギアを被る根性なんてありゃしないよ!!」

 

追い打ちをかけるように須郷は言い放つ。

ユウキは彼の腕を払いのけて背を向けた。

視線はベッドの方へと向いている。

須郷は満足したように笑って

 

「じゃぁ、そろそろ僕は行かせてもらおう。せいぜい楽しみにしておくことだね。いずれ君を従順な人形に変えてあげるからさぁ」

 

言いながら鳥籠の扉まで歩いていく。

扉の前に立ち、一度ユウキに視線を向けた。

彼女は未だ、背を向けていた。

それを確認し、須郷は扉の暗証キーを入力する。

扉が開いて須郷は鳥籠から立ち去った。

彼が立ち去ったのを確認し

 

「8、11、3、2、9・・・」

 

ユウキはそう呟く。

これは先程須郷が鳥籠の扉を開く為に打った暗証キー。

今までもユウキはここから出るために、彼が打つ暗証キーを見ていた。

しかし、流石に警戒されていた為、打っている時の彼の手元はモザイクがかかったようになり視認できなかった。

そこでユウキは敢えて彼に背を向けて、ベッドに備えてあった鏡から暗証キーを確認したのだ。

目論見通り、モザイクは掛かっておらず、見事に暗証キーを確認する事に成功したのである。

ユウキは鳥籠の端まで歩いていき

 

(キリトは……キリトは生きてる)

 

そう思考を巡らせた。

須郷は彼女の愛した少年の話をする事で、ユウキの心を折ろうと考えた。

しかし、これは裏目に出てしまう。

逆にユウキに希望を与えたのだ。

 

(ボク……負けないよ。君が生きてるってわかったから)

 

思考を巡らせて、ユウキは遥か空を見上げる。

その瞳には希望の光が灯っていた。

 

 

 

 

 

 




現実と瓜二つの姿をしたウンディーネの少女。

大切な友人を取り戻すため、少女は少年と廻合する。

シルフの少女も交え、彼らは世界樹に向けて旅立った。

次回「世界樹へ」

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