ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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いよいよアインクラッド編も佳境です。

どうぞご覧ください



第二十話 召集

2024年11月5日 第22層 コラル郊外の湖

 

 

よく晴れた空が広がる主街区郊外の湖。

その一角でキリトは釣りをしていた。

湖面に垂れ伸びている浮は全く反応はしない。

彼がここで釣りを始めて早4時間、成果は一匹も釣れていない。

つまりは坊主状態だ。

竿を引き上げて、釣り糸の先にある餌のない針を見て溜息を吐くキリト。

そこへ

 

「釣れますか?」

 

背後から声をかけられたことで、激しく驚きながら振り返るキリト。

視線の先には男性プレイヤーがにこやかに笑って立っていた。

見た目は50代で、手には釣り竿が持たれている。

キリトの隣に腰をおろし、針に餌をつけて湖に投げ込んだ。

 

「驚かせてすみません。ワタシはニシダと申します。ここでは釣り師、現実では『東都高速線』という会社で保安部長をしとりました」

 

そう言って自己紹介をしてきた。

キリトも少し頭を下げた。

 

「キリトです。『東都高速線』っていうと……」

 

「はい、このゲームのネットワークセキュリティの担当をしてました」

 

そこまで言った時、ニシダの竿先がクンっと動く。

浮が沈んだのと同時にニシダは竿を勢いよく引き上げた。

水面から青い色の大きな魚が飛び出してくる。

釣り上げた魚が彼のアイテムストレージに自動で収納された。

キリトは感心したように

 

「お見事……!」

 

言いながらニシダを見る。

彼は少し笑って

 

「それ程でもないですよ。ただ釣れるのはいいが料理がねぇ……煮付けや刺身で食べたいもんですが、醤油がないからどうにもねぇ」

 

唸るようにそう言った。

それを聞いたキリトは少し思案して

 

「……醤油なら、心当たりがない事もないですけど?」

そう言ってニシダに問いかける。

 

すると少しの間を置いて

 

「──────なんですとぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

勢いよく顔を上げて叫び声を上げた。

そんな彼をキリトは自宅に連れ帰る。

突然の来客にユウキは驚いた。

しかし事情を聞くと、ニシダが釣ってきた魚を意気揚々と料理してくれた。

 

閑話休題

 

「いやぁ、堪能しました! まさかこの世界に醤油があったとは」

 

そう言って満足そうに出された茶をすするニシダ。

テーブルの上にはユウキが調理し、彼らに平らげられた料理の跡が並んでいた。

ユウキは笑いながら

 

「自家製なんです。よかった持って帰ってくださいね」

 

そう言い、調味料の入った小瓶のニシダに差し出した。

 

「いやぁ、ありがたいですなぁ」

 

受け取ったニシダの表情はとても嬉しそうだ。

ユウキはキリトの隣に座って

 

「それにしても、釣りスキル高いんですね? キリトなんて全く釣ってこないのに」

 

言いながら隣のキリトを横目で見る。

キリトは茶をすすりながら目を逸らし

 

「この辺の湖は難易度が高すぎるんだよ」

 

バツの悪そうな表情でそう言った。

 

「いや、そうでもありませんよ。難易度が高いのはキリトさんが釣りをしていたあの湖だけです」

 

そこへニシダが笑いながら言うと、キリトは驚いたように身を乗り出す。

隣のユウキは笑いを堪えていた。

 

「な、なんでそんな設定に……?」

 

「そう! それです!!」

 

キリトの問い掛けにニシダが指をさして

 

「あの湖には……『主』が居るんです」

 

声をひそめるようにそう言った。

 

「「主?」」

 

それを聞いたユウキは身を乗り出し、目を輝かせている。

対照的にキリトは訝しんだ表情だ。

 

「ええ。私も何度かヒットさせた事があるんですが……ものすごい力で竿毎盗られてしまったんです」

 

ニシダの言葉に笑顔で頷くユウキ。

隣のキリトはジト目で茶をすすっている。

 

「そこで、モノは相談なんですが……」

 

そんな二人にニシダはさらに声を潜めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その日の夜。

ニシダが帰った後、キリト達は食器を片づけて寝室に居た。

キリトはベッドに寝転がって

 

「釣り竿のスイッチなんて出来るのか?」

 

「キリトの筋力パラメーターならいけるって」

 

ユウキは同じベッドに座り、そう返す。

ニシダの相談とは釣り竿の『スイッチ』だった。

彼が主をヒットさせて、キリトにバトンタッチし、主を釣り上げようというものだった。

それを聞いたユウキは大いにテンションを上げて「やろう! キリトやろうよ!」とキリトに迫ったのだ。

その押しにキリトは負けて頷いたのだ。

 

「釣ったらどうする? 飼う?」

 

「飼えるのかなぁ?」

 

そう会話しながら電気を切る。

2人は寄り添うように同じベッドで寝ている。

 

「愉快なおじさんだったな……」

 

不意にキリトはそう呟いた。

ユウキは少し笑って

 

「いきなり連れてきたからびっくりしたよぉ」

 

そう返した。

 

「……この世界には、普通に暮らしてる人も沢山いるんだな……」

 

「そうだね……ボク達みたいに最前線で戦える人達には責任があるんだね」

 

その言葉を聞いてキリトは少し表情を険しくした。

 

「俺は……生き残るのは自分が現実に帰る為ってのが第一だったからな……」

 

キリトが言う。

その声は少し悲しそうで寂しそうだった。

すると、ユウキはキリトの上に跨るように起き上がり

 

「今はキリトに期待してる人、沢山いると思うよ? ボクも含めて……ね?」

 

そう言って笑いかけた。

彼女の首には涙石の付いたネックレスがしてある。

キリトは涙石に手を添えて

 

「そうだな……皆を助けるって……約束したもんな」

 

微笑んで返すキリト。

そして彼はユウキを抱き寄せた。

キリトの腕に抱かれたユウキは嬉しそうに彼の胸に顔を擦りつける。

 

「でも……今はもう少し……このままでいたいな」

 

「あぁ……そうだな」

 

互いにそう言って、2人は目を閉じて眠りに就いた。

翌日、主街区郊外の湖にキリト達は赴くと、そこには沢山のギャラリーが集まっていた。

どうやらニシダが釣り仲間達に主釣りの事をメッセージで知らせたらしい。

その結果、たった一晩で30人近いギャラリーが集まったのだ。

こういう事を予測して、ユウキは大きめスカーフを眼を隠すように巻いている。

さらには地味なオーバーコートを着込んでいた。

彼女はアインクラッドでも5指に入る程の美少女だ。

もし、一般プレイヤーに正体がバレて、尚且つキリトと結婚している事が知れれば彼の命があらゆる意味で危ういだろう。

そうこうしていると

 

「えー、それでは本日のメインイベントを決行いたします! キリトさん、よろしくお願いします」

 

ニシダのイベント決行の合図が出された。

竿を右手に持って、左手には餌を持っていた。

その餌を眼にしたキリト達は呆気にとられた。

ニシダの手にあるのはピンク色のでかいトカゲだった。

逃げ出そうと必死に暴れている。

それをニシダは針にセットして、大きく竿を上段に構えた。

 

「そりゃぁ!」

 

綺麗なフォームで振られる竿。

餌であるトカゲが大きく弧を描いて水面へと着水した。

その時の悲鳴が哀愁漂うものだったとは後のキリト談である。

キリト達を含む、全てのギャラリーが固唾を呑んで見守っている。

しばらくすると、竿の先端が小さく動いた。

 

「ニシダさん、来たんじゃ?」

 

キリトが小さな声で問いかける。

しかし、ニシダは微動だにせず

 

「いえ、まだです」

 

そう答えた。

そうしている間にも、竿の先端はピクピクと動いている。

が、次の瞬間には先端が大きく引きこまれた。

 

「いまだぁ!!」

 

叫び、ニシダが勢いよく竿を引いた。

よほどの大物なのだろう。

釣り糸が目一杯に張り詰めている。

 

「キリトさん!」

 

言われてキリトは竿を握り

 

「ス、スイッチ────ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

そう言った瞬間、ものすごい勢いで引っ張られていく。

両足に思い切り力を入れて踏ん張り

 

「っしゃぁ! こんにゃろぉぉぉぉぉ!!!」

 

STRを全開にして竿を引き上げる。

すると、水面に巨大な影が見えてきた。

 

「来た! 来たよ!」

 

ユウキが指をさして叫ぶ。

他のギャラリーも水面に浮かぶ影を覗き込んだ。

直後、ユウキを含む彼らはビクリと身震いする。

全員が勢いよく反転し、全速力でキリトの両脇を走り抜けていった。

引き上げる事で手いっぱいなキリトは疑問符を受かべる。

その次の瞬間、目一杯に張られていた釣り糸が切れてしまった。

 

「あぁぁ!!」

 

焦ったキリトは湖まで駆けだす。

そんな彼に

 

「キリトー! 危ないよー!」

 

ユウキが叫んだ。

それを耳にし、キリトは湖の散歩手前で停止して振り返った。

 

「なにが───────」

 

そう返そうとした時、水柱が吹き上がった。

水飛沫が飛び散る中、巨大な何かが地面に降り立つ。

驚いた表情でキリトが視界に入れたモノ。

それは魚─────ではない。

少なくとも魚に足は付いてない筈だから。

黄土色の巨大な魚のようなモンスターはぎょろりと目玉を動かして

 

「ギョァァァァl!!」

 

大きく咆哮する。

直後、キリトはAGI全開でユウキ達の所まで駆け抜けた。

 

「ずずず、ずるいぞ! 自分だけ逃げるなんて!!」

 

思いもよらないモノとの遭遇でキリトはかなり動揺していた。

そうこうしていると、モンスターは彼らの方に向かって走り出した。

それを見たキリトは落ち着きを取り戻したのか

 

「陸を走ってる……肺魚なのか?」

 

そう呟いた。

その隣ではニシダが

 

「なにを呑気な! 早く逃げんと!!」

 

慌てた様子で叫んでいた。

他のギャラリー達も大慌てで逃げようとしている。

ユウキは溜息を吐いて

 

「しょうがない……な!」

 

勢いよくマフラーとオーバーコートを脱ぎ捨てた。

ストレージから愛剣、クリスキャリバーをオブジェクト化して抜き放つ。

そのまま勢いよく駆けだした。

 

「ああ! キリトさん! 奥さんが!!」

 

ユウキの行動に慌てるニシダ。

しかし、キリトは落ち着いた様子で

 

「大丈夫ですよ」

 

と、返す。

次の瞬間、ニシダの眼には信じられない光景が映った。

駆けだしたユウキは眼にも止まらぬ速さでモンスターを突き貫いていたのだ。

片手剣上位の重突進ソードスキル『ヴォーパルストライク』

これによりモンスターは一気にHPを持って行かれ、ポリゴン片となり爆散した。

ポリゴン片が舞う中、ユウキは剣を納めて振り返る。

その光景にキリト以外のプレイヤー達は呆然としていたが、やがて一人のプレイヤーが

 

「す……すげぇ!!」

 

そう言ってユウキのもとへ駆けだした。

続く様に他のプレイヤー達も駆けだす。

ユウキを取り囲んで称賛したり我先にと握手を求めたりしている。

最初は戸惑っていたユウキも、次第に笑顔になった。

いまだに呆然とした様子のニシダ。

キリトは少し笑って

 

「お疲れ!」

 

そう言って歩みだした直後、メッセージの着信アラームが鳴った。

差出人の名前を見てキリトは目を見開く。

メッセージの送り主はヒースクリフ。

それは彼らの穏やかな生活の終焉を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年11月7日 第22層 コラル 転移門広場

 

 

ヒースクリフからのメッセージの内容はキリト達の緊急招集だった。

どうやら相当な異常事態(イレギュラー)が発生したらしい。

キリトとユウキは戦闘用の装備に身を包み、転移門広場に訪れていた。

彼らを見送る為に、ニシダもそこに居る。

 

「お見送りありがとうございます。短い間でしたけど楽しかったです」

 

「いやいや、貴重な体験でした。……実は、お二人に会うまで、ゲーム攻略に

挑んでいる方がいるのを、別世界のように考えていました」

 

言いながらニシダは眼を伏せて

 

「この世界に放り出されて2年……今更帰れても会社に戻れるかわからない……それならいっそ、ここで竿を振っていた方がマシだと……情けない話です」

 

苦笑いを見せるニシダ。

それに対し、キリトが口を開こうとした時

 

「そんな事ないですよ」

 

先にユウキが口を開いていた。

 

「ボクは、家族がいないんです。このゲームがはじまる二年前……今からなら四年前に事故で……」

 

それを聞いたニシダは驚いた表情を見せた。

 

「だから、ここから出られない、HPがなくなったら死ぬって言われて、それもいいかなって思ったんです。ボクを待ってる家族はいないんだからって」

 

少し俯いてユウキは言葉を続けていく。

 

「そんな時、広場から走っていく人が見えたんです。こんな状況なのに街を出ようとしていたんですよ。ボク、気になってその人を追いかけたんです。追いついて、その人に聞いたんです「HPがなくなったら死ぬのにどうして戦うの?」って……そしたらその人はこう言ったんです「そうならない為に、現実に帰る為に戦うんだ」って」

 

それを聞いたキリトは少し目を逸らして頬を掻いた。

 

「それを聞いた時、ボクは自分が思い違いをしてる事に気付きました。確かに血の繋がった家族はいないけど、ボクを待ってくれてる人はいるんだって、約束だってしてるのに帰らないでどうするんだって。それからは、その人と一緒に戦ってきました。離れた時間もあるけど、その人がいたから、ボクはここまで来れたんだって思ってるんです。その人が……ボクの隣に居るキリトなんです」

 

そう言いながらユウキの瞳には涙が浮かんでいる。

 

「キリトがいてくれたから、悲しかった事も乗り越えられた。楽しかった事も沢山あった。キリトを好きになって……一緒に居れて、ボクは凄く嬉しかった! ボクはきっと、キリトに出会うために、あの日ナーヴギアを被ったんだってそう思えた! だから、ニシダさんにもある筈なんです! この世界で得られたものが。そして、現実でも失くしたくないって思うものが、きっと!」

 

溢れる涙を拭いながら、ユウキはそう言い切った。

ニシダは笑顔で頷いて

 

「そうですな……人生、捨てたもんじゃない筈ですな」

 

そう言って右手を差し出す。

 

「私に出来る事はなにもありませんが、頑張ってください!」

 

「また一緒に釣りをしましょう!」

 

「きっとここに帰ってきます!」

 

ニシダの言葉に答えるようにキリトとユウキは彼の手を握る。

手を離し、2人は転移門に乗り

 

「「転移! グランザム!」」

 

声を揃えて転移先を指定する。

互いの手をしっかりと握り合って。

青白い光に包まれながら視界に入ったのは、笑顔で手を振るニシダ。

2人は微笑み、手を繋ぎあったまま、第55層グランザムへと転移していった。

 

 

 




知らされる偵察隊の壊滅

対策もないまま攻略組はボス戦に挑む

プレイヤー達と相対したのは、骸骨の狩手だった

次回「奈落の淵」

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