ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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家族とは何なのか・・・ユイちゃん絡みのお話はそれを考えさせられますね

これにてユイ編終了です

いよいよアインクラッド編も佳境に差し掛かりました。

出来れば今月中には終わらせたいと思ってます。

ではどうぞご覧ください


第十九話 ユイの心

突如として現れたボスモンスター『The Fatel‐Scythe』

大鎌を携えた死神にキリトは身構えた。

その後ろでなにが起こったのか解らない様子のユリエールに

 

「ユリエールさん、この子と一緒に安全エリアへ!」

 

言いながらユイを背中から降ろしユリエールに預けた。

当のユイは不安そうな表情でユウキを見ている。

ユリエールはそんな彼女の手を引いて安全地帯へと駆けこんだ。

それを確認しユウキも愛剣を抜き放って、死神に目を向けた。

 

「ユウキ、今すぐユイ達と一緒に転移結晶で脱出しろ」

 

不意にキリトがそう言ってきた。

疑問符を浮かべるユウキ。

キリトは死神から目を離さず警戒したままだ。

 

「俺の識別スキルでもデータが見えない……多分、90層クラスだ。俺が時間を稼ぐ、はやく逃げろ!!」

 

「そんな、キリトも一緒に!」

 

ユウキの言葉に彼は振り返る事もなく

 

「後から行く!」

 

そう返してきた。

転移結晶は一瞬で離れた街などにテレポートが出来る便利なアイテムだ。

しかし、万能という訳ではない。

転移先を指定して、実際に転移するまで僅かなタイムラグが発生する。

そこを攻撃されれば転移はたちまちキャンセルされてしまう。

それ故にキリトは殿を務めるつもりなのだ。

 

「ユリエールさん! ユイを頼みます! 三人で脱出して!!」

 

ユウキは安全地帯にいるユリエールにそう叫んだ。

 

「いけない! そんな事……」

 

「早く!」

 

ユリエールが言葉を返すより先にユウキは再び叫んだ。

隣に居るシンカーに視線を送り、互いに頷いて転移結晶を手に持つ。

ユイはそのすぐ傍で不安そうな表情のままユウキを見ていた。

ユウキは頷き笑った後にキリトの横に並び立つ。

 

「なんで逃げないんだよ」

 

「言ったよね? 最後まで傍に居るって」

 

「……そうだったな」

 

ユウキの言葉にキリトは軽く笑う。

その刹那、死神が大鎌を振りかぶり突進を開始した。

同時にキリトは黒と翡翠の剣を交差させる。

ユウキは彼の後ろに回り込み、自身の剣を黒と翡翠の剣に合わせた。

距離が詰まり、勢いよく振り下ろされる大鎌。

直後、衝撃音と共にキリト達は吹き飛ばされた。

天井部に叩きつけられ、そのまま2人は床に崩れ落ちる。

 

「ぅ……くっ……」

 

飛びそうになる意識をなんとか維持し、ユウキは自身とキリトのHPを確認した。

満タンだった筈の自身のHPはイエローに突入し、キリトに至ってはレッドゾーンまで落ちている。

防御していたにもかかわらずだ。

キリトは起き上がろうとするも力が入らずにそれが出来ない。

そんな中、死神は止めを刺そうとするかの如く、ゆっくりと彼に近づいてきていた。

 

「キリト……!」

 

ユウキも身体に力が入らずに動けない。

その時だった。

2人の視界に黒い長髪が映った。

死神の前でそれは停止する。

そこに居たのは安全地帯に居た筈のユイだった。

 

「ばか! 早く逃げろっ!!」

 

「ユイちゃんっ!」

 

叫びながらキリト達は身体を起こそうとする。

その間にも死神は勢いよく大鎌を振りかぶっていた。

まさに絶体絶命の状態。

しかし

 

「大丈夫だよ。パパ、ママ」

 

返ってきたユイの言葉。

それは先程までの幼い感じはどこにもない、知的な声。

瞬間、大鎌がユイに向かい振り下ろされる。

それは彼女の身体を真っ二つに──────切り裂けなかった。

刃が衝突する直前、紫色のシステム障壁がそれを阻んだのだ。

大鎌を弾かれた衝撃で、死神は後退する。

目の前の光景にキリト達は言葉を失ってしまった。

その時、不意にユウキはユイの頭上に表示されているシステムメッセージを見た。

そこに表示されていたのは『Immortal Object』

破壊不能オブジェクト──────すなわち不死属性。

プレイヤーが決して持つ事の出来ない属性である。

メッセージが消えると同時に、ユイの身体がゆっくりと宙に浮かぶ。

死神の目の前で止まり、右手を掲げた。

その瞬間、大きな炎が巻き起こった。

それはユイの右手に集約され、巨大な紅の剣へと姿を変える。

余波の炎は彼女が着ていた服を焼き、瞬時に初めて出会ったときと同じ白のワンピースへと姿を変えた。

動揺したように死神の赤い目玉が動く。

ユイは紅の剣を弧を描くようにゆっくりと回し、迷う事なく死神へと振り上げた。

大鎌で防御の姿勢をとる死神。

しかし、それに構う事なくユイは紅の剣を勢いよく振り下ろした。

刃は大鎌の柄を切り裂き、死神に直撃する。

その瞬間、巨大な炎が死神を包んでいった。

それは死神の身体を徐々に喰いつくしていく。

段々と炎は小さくなり、それが消えると同時に死神はけたたましい断末魔の咆哮と共に消滅してしまった。

ようやく起き上がったキリト達はユイの小さな背中を只見ていた。

 

「……ユイ?」

 

キリトが呼びかける。

 

「……全部、思い出したよ……パパ、ママ……」

 

呼びかけに応えて振り返ったユイ。

彼女は微笑みながらも、その瞳に涙を溢れさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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死神を撃退し、キリト達は安全エリアへと赴いた。

そこは完全な正方形の部屋。

白い壁に囲まれた空間の真ん中に大きな立方体の黒い石が設置されていた。

そこにユイは座り、目の前にキリト達は立つ。

ユリエール達は既に脱出している為、ここには三人しかいなかった。

重い沈黙が漂うが、それを破る様に

 

「……ユイちゃん、記憶が戻ったの?」

 

ユウキが口を開いて問いかけた。

ユイは小さく頷いてからキリト達に視線を向ける。

 

「はい……キリトさん、ユウキさん」

 

口を開いて出てきた言葉にキリト達は目を見開く。

出会った時のような幼さ、たどたどしさは何処にもない。

それは間違いなく『終わり』を意味していた。

戸惑う2人に構う事なくユイは語りはじめた。

 

「『ソードアート・オンライン』という名のこの世界は、ひとつのシステムによって支配されています。システムの名は『カーディナル』。人間の制御を必要としないこのシステムが、SAOのバランスを自らの判断で制御しているんです。モンスターやNPC、アイテムや通貨の出現バランス……プレイヤーのメンタルケアですらも……」

 

そこで一旦区切りユイは目を伏せて

 

「メンタルヘルス・カウンセリングプログラム試作一号、コードネーム『Yui』……それが私です」

 

そう告げた。

言われた言葉にキリトもユウキも息をのむ。

目の前の少女は人間ではなくプログラムだと言うのだから。

 

「うそ……AIだっていうの?」

 

ユウキは信じられないように問いかけた。

ユイは頷いて

 

「プレイヤーに違和感を与えないように、私には感情模倣機能が組みこまれています……偽物なんです……この涙も……」

 

言いながら彼女の瞳からは涙が零れていた。

それは頬を伝い、光の粒子となって消えていく。

そのままユイは言葉を続けていく。

 

「二年前……正式サービスが始まった日、カーディナルはなぜか私に、プレイヤーへの一切の干渉を禁止しました。私はやむなく、プレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けたんです。状態は……最悪でした。恐怖、憤怒、絶望といった負の感情に支配された人々……時として狂気に陥る人もいました。本来なら、すぐにでもプレイヤーの元に訪れなければならない、けど人に接触する事は許されない……私は徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました……」

 

ユイの口から語られていく事実。

設定されたメンタルヘルスの役割を実行しようにも、人への接触禁止の命令によってユイは思考に矛盾が生じてしまったのだ。

それによって異常な過負荷がかかり、記憶の欠落という事象を引き起こしたのだろう。

 

「……でも、ある日。他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメーターを持つ2人のプレイヤーに気付きました。喜び、安らぎ……でも、それだけじゃない……2人の傍に、すこしでも近づきたくて……私はフィールドを彷徨いました……」

 

「だから……22層の森に居たんだね……?」

 

ユウキの言葉にユイは小さく頷き

 

「はい……キリトさん、ユウキさん……私、お二人に会いたかったんです……おかしいですよね? 私、人間じゃないのに……只のプログラムなのに」

 

涙を流しながら、自嘲するかのように言葉を紡ぐユイ。

 

「ユイちゃん……君は本物の知性を持ってるんだね……?」

 

「……わかりません、私が……どうなってしまったのか……」

 

ユイがそこまで言った時、キリトがユイに歩み寄る。

彼女に目線を合わせるようにしゃがんで

 

「ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。自分の望みを言える筈だ。ユイの望みはなんだい?」

 

優しい口調で問いかける。

問われたユイは一度戸惑ったように口を閉じる。

やがて、2人を求めるように

 

「私は……ずっと一緒に居たいです。……パパっ……ママっ……」

 

細い腕をめいっぱいに伸ばし、涙を流しながらそう訴えるユイ。

それを聞いて、ユウキはいてもたってもいられなくなり、ユイに駆け寄ってその小さな体を抱きしめた。

 

「ずっと、ずっと一緒だよ。ボク達はもう、家族なんだから」

 

ユイを抱きしめながらユウキは涙声で言う。

そんな彼女達をキリトが優しく抱きしめて

 

「あぁ、ユイは俺達の子供だ」

 

そう言った。

しかし

 

「もう……遅いんです……」

 

返ってきたのは思いもよらない言葉。

 

「遅いって……なんで……?」

 

動揺したようにユウキは問いかけた。

すると、ユイは自分が座っている黒い石に手を添えて

 

「これは、GMがシステムに緊急アクセスする為のコンソールです。これを使ってモンスターを消去したんですが……同時に、今私のプログラムがチェックされています。『カーディナル』の命令に違反した私は、システムにとっての異物です……すぐに消去されてしまうでしょう……」

 

そう言葉を紡いだ。

 

「そんな……なんとかならないのか?!」

 

キリトの言葉にユイは首を横に振り

 

「パパ……ママ……ありがとう……これでお別れです」

 

泣き笑いで告げてきた。

 

「やだ……いやだ! そんなのいやだよ!! 折角家族になれたのに……消えちゃうなんてそんなの嫌だ!!」

 

「ユイ! いくな!!」

 

ユウキがユイを抱きしめ、キリトは手を握る。

ユイは涙を流し、それでも笑いながら

 

「パパとママの傍に居ると、皆が笑顔になれる。お願いです、これからも私の代わりに……皆を助けて、喜びをわけてあげてください」

 

そう伝えてくる。

ユウキは堪え切れなくなった涙を溢れさせ

 

「無理だよぉ! ボク、ユイちゃんがいないと笑えない! いやだ! もう家族がいなくなるのは嫌なの!!」

 

力いっぱいにユイを抱きしめる。

ユイの身体は光に包まれながら

 

「ママ……笑って……?」

 

そう言い残し、粒子となって消えていった。

彼女が消えてしまった事実にユウキは膝をつく。

 

「ぁ……ユィちゃ……う……うぁぁぁぁ!!」

 

どうしようもない悲しみにユウキは大きく泣き崩れた。

その時だった。

上を睨みつける様にして見上げたキリトは

 

「『カーディナル』!! いや、茅場!! そういつも、思い通りになると思うなよ!!」

 

叫び、コンソールを操作し始める。

 

「キリト……?」

 

涙目のままユウキはキリトを見た。

当のキリトはコンソールを操作しながら

 

「今なら、今ならまだ、ここのGMアカウントでシステムに割りこめる!」

 

そう言ってホロキーボードを高速で打ち付けていく。

必要なコマンドを入力し終えると、システム画面にダウンロードゲージが表示された。

勢いよくゲージが埋まっていき、100%になるのと同時に黒い石が白く輝く。

瞬間、青白い光が爆ぜてキリトを弾き飛ばした。

床に倒れるキリト。

ユウキは立ち上がり彼に駆け寄った。

 

「キリト! 大丈夫!?」

 

そう聞いた直後、キリトは右手をユウキに差し出した。

なにかが握られている。

ユウキも手を差し出して、キリトから何かを受け取った。

彼女の手に転がったのは水色に輝く涙石。

 

「これ……は?」

 

「ユイが起動した管理者権限が切れる前に、システムに割り込んでユイのプログラム本体を切り離してオブジェクト化したんだ」

 

それを聞いたユウキは眼を見開いた。

 

「じゃぁ……これ……」

 

「あぁ……ユイの『心』だよ」

 

キリトの言葉を聞き、ユウキは涙石を見る。

その瞳からは涙がとめどなく溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年11月2日 はじまりの街 転移門広場

 

 

翌日、キリト達はホームに戻る為に転移門広場に訪れていた。

彼らを見送る為に、サーシャや子供たち、ユリエールとシンカーの姿もそこにある。

 

「お二人のお陰で、シンカーを無事に救出できました。本当にありがとうございます」

 

ユリエールが深々と頭を下げてくる。

隣に居るシンカーも頭を下げて

 

「キバオウとそれに連なるメンバーは除名しました。『軍』も解体させて、彼女達と1からやり直そうと思っています」

 

そう告げてきた。

キリトは笑い返し

 

「大変だろうけど、頑張ってください」

 

手を差し出す。

シンカーはそれに応じ、2人は握手を交わした。

 

「姉ちゃん! また遊びに来てよ!」

 

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

「キリトさん、ユウキさん。子供達を助けてくれた事、本当にありがとうございます」

 

サーシャと子供たちは口々に告げてきた。

ユウキも笑って

 

「うん、また会おうね」

 

そう返した。

彼らに見送られながら、キリト達ははじまりの街から22層の主街区『コラル』に転移する。

ホームまでの道を2人並んで歩く。

ユウキの首からはネックレスが掛けられていた。

細い銀鎖の先には涙石が輝いていた。

不意にユウキは立ち止り

 

「ねぇ……この世界、アインクラッドがなくなったらさ……ユイちゃんはどうなるの?」

 

問いかけてきた。

キリトは振り返り

 

「ユイのコアプログラムは、俺のナーヴギアのローカルメモリに保存されるようになってる。向こうでユイとして展開するにはちょっと苦労しそうだど……きっと何とかなるさ」

 

そう言って微笑んだ。

キリトの返事を聞いてユウキも微笑み

 

「じゃぁ、向こうでも会えるんだね? ボク達の……初めての子供に」

 

そう言った。

キリトは頷き

 

「さぁ、帰ろう」

 

手を差し出す。

ユウキは一度ネックレスに手を添えて

 

「うん!」

 

キリトの手をとって、2人は一緒に歩き出した。

その時、一陣の風が吹く。

それに混ざって声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

『ママ……がんばって……』

 

 




穏やかな日常

安らぎを感じる日々

しかし、それを壊すように一通のメッセージが少年に届く

次回「召集」

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