ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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書けました~

今回は懐かしい彼が登場します・・・名前だけだけどwww

KBO「なんでや!!」




第十八話 アインクラッド解放軍

2024年10月31日 第1層 はじまりの街

 

 

広場に設置された転移門が青白い光を放つ。

22層からキリト達はユイを連れてはじまりの街へと訪れた。

 

「……ここに来るのも久しぶりだな」

 

「そうだね……」

 

言いながら2人は空を仰いだ。

どこまでも澄んだ青空が広がっている。

2年前のあの日。当たり前の日常が終わり、有り得ない非日常がはじまった場所。

物思いに耽っていた2人だが、やがてユウキは首を振って

 

「ね、ユイちゃん。なにか見覚えある?」

 

キリトに背負われているユイに問いかけた。

ユイは少し首を捻り

 

「んー……わかんない」

 

そう言って首を振る。

 

「はじまりの街は広いからな。とりあえず、マーケットに行ってみよう」

 

そう言ってキリトはユイを背負ったまま歩き出す。

ユウキはその後ろをついて歩く。

歩きながらユウキは少し辺りを見回してみる。

そして

 

「キリト、今ここってどのくらいのプレイヤーがいたっけ?」

 

ふと疑問に思った事を問いかけた。

 

「生き残ってるプレイヤーが約6000人、『軍』を含めると全体の3割くらいがここに残ってるらしいから、2000人ってとこじゃないか?」

 

問いかけにキリトはそう返す。

対するユウキは訝しげな表情で

 

「それにしてはさ、人が少なすぎない?」

 

そう返す。

言われたキリトも周囲を見回してみた。

 

「確かに……」

 

2人が通っているのは大通り。

沢山の店舗や屋台が並び立っているエリアだ。

先程キリトが言った通り、2000人がこの町に居るのならばここが賑わっていないのはおかしい。

しかし、そんな場所であるにもかかわらず、プレイヤーとすれ違う事すらない。

あまりに妙な街の様子に、2人が顔を見合わせて疑問符を浮かべていた────その時だった。

 

「子供達を返して!!」

 

何処からか女性の声が聞こえてきた。

 

「お、保母さんの登場だぜ!」

 

「よ! 待ってました!」

 

続いて複数の男性の声も聞こえてくる。

キリト達は声の聞こえてきた路地に視線を向け、直後に互いに頷いて走り出す。

場所は変わって路地の先にある空き地。

そこに複数の男性プレイヤーが横列で空き地の入り口を塞いでいた。

それらは皆、『軍』のユニフォームを装備していた。

奥には3人の子供たちがいる。

少年2人が少女を庇うようにしていた。

「子供達を返してください!!」

『軍』のプレイヤー達に向かい女性プレイヤーが訴える。

それを彼らは笑いながら

 

「人聞きの悪い事を言わないでもらいたいな? ちょっと子供たちに社会常識を教えてやっているだけさぁ。これも『軍』の立派な任務でねぇ」

 

「そうそう。市民には納税の義務があるからなぁ」

 

そう言って返す。

浮かべる笑みはどれも下劣だ。

女性はプレイヤー達の隙間を覗き込むようにして

 

「ギン、ケイン、ミナ! そこに居るの?!」

 

そう叫ぶ。

すると一人のプレイヤーは隙間を塞ぐように動いた。

それを見て女性はさらに表情を険しくする。

彼らが行っているのはMMORPGでのマナー違反の一つ、『ブロック行為』である。

一定以上の力でプレイヤーに危害を加えようとすると『犯罪防止(アンチクリミナル)コード』が働くアインクラッド。

それを利用し、集団で壁を作る事で恐喝行為などを行う為に、犯罪者(オレンジ)がよく使うマナー違反行為だ。

 

「先生! サーシャ先生! 助けて!」

 

『軍』のプレイヤー達の背後から少女の怯えた声が聞こえてきた。

サーシャと呼ばれた女性プレイヤーは

 

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

そう叫び返した。

 

「先生! それだけじゃ駄目なんだ!」

 

それに対して返ってきたのは少年の声。

サーシャは疑問符を浮かべる。

すると、『軍』のプレイヤー達は下卑た笑みを浮かべながら

 

「あんたら、随分と税金を滞納してるからなぁ」

 

「装備も置いて行ってもらわないとなぁ? 防具も全部、なにからなにまでなぁ? くくくく」

 

そう告げる。

つまりは金銭だけでなく、所持しているアイテムや、身に着けている物ですら置いていけと言っているのだ。

あまりにも傍若無人かつ下卑た要求にサーシャの表情は険しくなる。

 

「そこをどきなさい! さもないと……」

 

言いながら腰の短剣に手を伸ばす。

今にも抜いて斬りかかろうとしていた───────その時だった。

彼女の両脇を、2人の男女が勢いよく駆け抜けてきた。

互いに跳躍し、『軍』のつくっている壁を飛び越える。

着地して相対したのはキリトとユウキ。

突然の事に、『軍』の面々もサーシャも呆気にとられている。

そんな彼らを気にもせず

 

「もう大丈夫だよ? 装備を戻して」

 

ユウキは優しく少年達に言う。

そこでようやく『軍』にプレイヤー達は正気に戻り

 

「おい、おいおいおい! なんなんだお前ら? 『軍』の任務を妨害すんのか!?」

 

プレイヤーの一人があからさまに不機嫌さを表に出しながら叫んだ。

 

「まぁ、待て」

 

それをリーダーらしき男が制して前に出てきた。

キリト達を威圧するように睨みつけて

 

「あんたら見ない顔だけど……解放軍に楯突く意味が解ってんのかぁ!!」

 

叫びながら腰の剣を抜き放った。

それを見て子供たちは怯えたように身をすくめた。

ユウキは表情を険しくして

 

「キリト、ユイちゃんをお願い……」

 

言いながら愛剣、クリスキャリバーをストレージからオブジェクト化する。

鞘から刃を抜き放ち、静かに男に歩み寄った。

ニヤける男の前でユウキは止まる。

それを訝しんだ直後、ユウキは剣を振り上げ─────瞬間、オレンジのライトエフェクトを纏った斜め斬りが繰り出された。

片手剣単発ソードスキル『スラント』だ。

男は避けることも出来ず

 

「ぐ、が!」

 

モロに喰らってしまい後方に飛ばされ、地面に転げる。

起き上がろうと顔を上げると、ユウキがまたも『スラント』のモーションを取っていた。

再び男に放たれる斬撃。

またしても避けられずに男は後方に飛ばされた。

地面に付してユウキを見上げるリーダーの男。

そんな彼をユウキは冷やかな目で見ながら

 

「安心してよ……『圏内』ではどんな攻撃を受けてもHPは減らないから……軽いノックバックが発生するくらいかな」

 

一旦そこで区切り

 

「でもね……『圏内』戦闘は心に恐怖を刻み込むんだよ!」

 

言い放ち、三度『スラント』のモーションをとった。

それを見たリーダーの男は

 

「や、やめ……」

 

地面を這いずりながら逃げようとするも、無慈悲に斬撃が放たれる。

直撃を受けて、残りのメンバー達の前に無様に倒れ込んだ。

 

「お、お前ら! 見てないで何とかしろぉ!」

 

倒れたまま男は叫ぶ。

メンバー達はそれぞれ自身の武器に手を伸ばした。

対するユウキは剣先を彼らに向けて、鋭い視線で一瞥する。

放たれる威圧感に『軍』のプレイヤー達は耐えきれなくなり、一人、また一人とその場から逃げだしていった。

全員がそこから逃げたのを確認し、ユウキは剣を鞘に収めた。

そして息を吐いて、後ろの子供たちに目を向ける。

彼らは呆気にとられたようにユウキを見ていた。

 

「あ……」

 

怯えさせてしまったのかと思い、ユウキは表情を暗くして俯く。

すると

 

「すげぇ……すげぇよ姉ちゃん!」

 

少年の一人がそう言って眼を輝かせたのだ。

今度はユウキが呆気にとられる。

 

「初めてみたよあんなの!」

 

「うん! 凄いカッコよかった!!」

 

もう一人の少年と少女もそう言いながらユウキに近づいてくる。

後ろからは

 

「ありがとうごさいました!」

 

サーシャが頭を下げてお礼を言って来た。

彼らの反応をみて、ユウキは照れながら笑っている。

そんな彼女を見ながら

 

「どうだ? ママは滅茶苦茶強いだろ?」

 

そう言って背負っているユイに問いかけた。

その時、不意にユイが空に向かって手を伸ばし始めた。

 

「みんなの……みんなの……こころが……」

 

そう呟きながら、高く右手を伸ばしていく。

その様子にキリトは異変を察知して

 

「ユイ? どうした?」

キリトは問いかける。

ユウキもユイの異変に気付いて駆け寄ってきた。

 

「ユイちゃん? 何か思い出したの?」

 

ユウキに問われ、ユイはキリトの背に顔を埋める様にして

 

「あたし……あたし……あたし、ここには……いなかった……ずっとひとりで、くらいとこにいたっ……」

 

悲しげで苦しげな声で訴えるユイ。

その直後

 

「う、ぁあ、あ゛あ゛ぁぁあぁぁ!!」

 

眼を見開き、体を仰け反らせ、ユイは高い悲鳴を上げる。

同時にノイズのような雑音がキリト達の耳に奔った。

思わず2人は耳を塞ぐ。

背負われていたユイはバランスを崩して地面に落ちそうになった。

直後にノイズは収まり、ユウキは素早くユイを抱きとめる。

ユウキの腕の中でユイは怯えたように震えながら

 

「まま……こわい……まま」

 

そう繰り返す。

そしてキリトに視線を移したあと、そのまま意識を失ってしまった。

 

「なんだよ……今のは……?」

 

今起きた事が理解できないキリトはそう呟き、気を失ったユイをただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年11月1日 第1層 はじまりの街 教会

 

 

翌日、キリト達は意識を失ったユイの為、サーシャと子供たちが暮らしている教会で一泊させてもらっていた。

幸いな事に朝にはユイの意識は目覚め、特に目立った異常はないようだった。

そして今、彼らはサーシャ達と朝食を採っていた。

1階広間には20人近い子供たちが並べられた料理を我先にと食べている。

その光景にキリト達は呆気にとられていた。

 

「これは……凄いな」

 

「ふふ、いつもこうなんですよ。静かにって言っても聞かなくて」

 

キリトの呟きにサーシャは笑って答える。

そしてユイに視線を向けて

 

「ユイちゃんの具合、どうですか?」

 

そう問いかけた。

視線の先のユイは固型パンを黙々と食べている。

 

「一晩休ませていただいたので、この通りなんですが」

 

「今までにもこんな事が?」

 

「わからないんです。この娘、22層の森で迷子になってて……記憶がないみたいなんです。それではじまりの街に……」

 

サーシャの問い掛けにユウキが答える。

すると彼女の隣に座っているユイが、ユウキに笑顔で固型パンを差し出してきた。

ユウキはそれを受け取り、微笑みながらユイの頭を優しく撫でる。

 

「この子の家族がいるんじゃないかって思って」

 

ユウキの言葉にサーシャは少し考えて

 

「残念ですけど、はじまりの街にいた子ではないと思います」

 

そう言って子供たちに視線を向けた。

 

「ゲーム開始時に、子供達のほとんどが心に大きな傷を負いました。私、そんな子たちを放っておけなくて、この教会で一緒に暮らし始めたんです。毎日困っている子がいないか街を見回ってますが、ユイちゃんみたいな子は見た事がないですね」

 

「そう……ですか」

 

サーシャの言葉にキリト達は表情を曇らせた。

その時、教会の扉を叩く音が聞こえてきた。

サーシャ、そしてキリト達は訪問者を確かめるため、食堂から出て礼拝堂に行き、頷き合ってから扉を開いた。

そこに立っていたのは1人の女性プレイヤー。

身長は高めで、銀色の長い髪を後ろに束ねており、『軍』のユニフォームを纏っていた。

彼女はキリト達を真直ぐに見て

 

「初めまして、ユリエールです」

 

そう名乗った。

 

キリトとユウキは訝しげな表情をして

 

「『軍』……の人だよね? 昨日の事で抗議に来たって事かな?」

 

そう尋ねると

 

「とんでもない! その逆です。寧ろよくやってくれたと、お礼を言いたいくらいです」

 

ユリエールは苦笑い気味にそう答えた。

その言葉にキリト達は疑問符を浮かべる。

ユリエールは姿勢を正し

 

「今日は、お二人にお願いがあってきたのです」

 

真剣な表情でそう告げた。

とりあえず要件を聞くため、サーシャはキリト達を奥の部屋へと招き入れる。

丸型のテーブル、それぞれが椅子に座った。

ユリエールは一息ついて

 

「元々私達は……いえ、ギルドの管理者シンカーは、今のような独善的な組織を創ろうとしていた訳ではないんです。なるべく多くのプレイヤー達で、情報や資源を均等に分ち合おうとしただけで……」

 

「だが、『軍』は巨大になりすぎた……」

 

キリトの言葉にユリエールは頷いて

 

「はい。内部分裂が続く中、台頭してきたのが『キバオウ』という男です」

 

そう言葉を続ける。

出てきた名を聞いてキリトは表情を若干しかめた。

忘れる筈もない、第1層のボス攻略の際に当時のキリトの弱体化を図る為に動かされた男だ。

ボス攻略後に自分のやり方でクリアを目指すと言い、『アインクラッド解放隊』を結成し、その後『MTD』というギルドと統合し『軍』へと昇華させた。

しかし、25層ボス戦時に甚大な損害を被って、『軍』は最前線から撤退し、その方針を大きく転換させた。

その結果、効率のいい狩り場の独占や徴税と称した恐喝紛いの行為が横行し始めたようである。

ユウキが先日撃退したのは、その急先鋒だったと言う。

 

「ですが、ゲーム攻略を(ないがし)ろにしていた彼へのギルド内からの反発が強くなったんです。その不満を抑えるために、キバオウは自身の配下で最もハイレベルなプレイヤー達を最前線に送ったんです」

 

それを聞いてキリト達は顔を見合わせた。

脳裏に74層で無謀なボス戦を挑んだ『軍』のプレイヤー達を思い出す。

 

「コーバッツさん……だね」

 

ユウキは呟いた。

 

「結果はリーダーと部隊員2名の死亡による撤退。最悪の結果にキバオウは強く糾弾され、もう少しでギルドから追放できるところまで追い詰めたんです。ですが……追い詰められたキバオウは、強硬策に出ました」

 

そこで一旦区切られて、ユリエールは表情を曇らせる。

 

「シンカーを……ダンジョンの奥地に置き去りにしたんです」

 

それを聞いてキリトは目を見開いて

 

「て、転移結晶は?!」

 

そう尋ねる。

ユリエールはただ首を振った。

それはつまり転移結晶を持っていかなかったという事だ。

 

「彼はいい人過ぎたんです……キバオウの丸腰で話し合おうと言う言葉を信じて……三日前の事です」

 

「三日も前に……それで、シンカーさんは?」

 

ユウキが問いかけた。

 

「かなりハイレベルなダンジョンの奥なので、身動きが取れないようで……全ては副官の私の責任です。ですが、私のレベルでは突破出来そうにないですし、『軍』の助力はアテにできません。そんな所に、恐ろしく強い2人組が現れたと聞きつけてお願いに来たんです!」

 

そう言ってユリエールは席を立ち

 

「キリトさん、ユウキさん! お願いします! どうか、一緒にシンカーを助けに行ってくれませんか!?」

 

頭を下げて懇願してきた。

その瞳からは涙が零れそうになっていた。

彼女にとって、シンカーという男性はとても大事な人物なのだろう。

しかし、キリト達もおいそれと信用する訳にはいかなかった。

どうするか2人が思案していると

 

「だいじょうぶだよ、ママ。その人ウソついてないよ」

 

ユイが口を開いてそう言った。

ユウキは驚いて彼女を見る。

「ユイちゃん? そんな事わかるの?」

 

「うん……うまくいえないけど……わかる」

 

そう言ってユイはユウキを見る。

その瞳には一点の曇りもなかった。

するとキリトがユイの頭に手を添えて

 

「疑って後悔するくらいなら、信じて後悔した方がいいよな」

 

笑いかけながら頭を撫でた。

そして、ユウキに視線を向けて

 

「いこう? なんとかなるさ。な?」

 

そう言った。

ユウキは苦笑いして

 

「もう、相変わらず呑気だなぁ……」

 

言いながらユリエールに向かい

 

「ボク達でよければ協力させてください。大事な人を助けたい気持ちは、ボクにもわかるから」

 

そう告げた。

 

「ありがとうございます!」

 

再び頭を下げるユリエール。

 

「ちょっとお留守番しててくれな?」

 

そう言ってキリトはユイの頭を撫でる。

しかし

 

「ユイもいく!」

 

ユイはそう言って顔をしかめた。

 

「ユイちゃん、ここで一緒にお留守番しましょう?」

 

「いや!」

 

サーシャの呼びかけにもユイはそう言って返した。

 

「おぉ……これが反抗期ってやつか……」

 

キリトはユイを見てそう呟く。

そんな彼にユウキは呆れ顔になり

 

「何言ってんのさ! ユイちゃん、これから行く所はとても危険なの。だから……」

 

そう言い聞かせようとするが、ユイは椅子から降りて

 

「ユイもいく!!」

 

キリトの腕にしがみついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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戦闘用の装備に切り替えて、教会を出たキリト達。

結局、彼らはユイを連れていく事にした。

どうしても行くと聞かなく、折れるしかなかったのだ。

当のユイはキリトに肩車されて嬉しそうに笑っている。

ユリエールの先導で訪れたのは、はじまりの街に設置されている黒鉄宮。

その地下へと続く道だった。

その道を歩きながら

 

「はじまりの街の地下に、こんなダンジョンがあったなんてねぇ……」

 

「βの時にはこんなのなかったぞ……不覚だ」

 

2人はそれぞれ口にする。

そんな二人に答えるように

 

「上層の攻略状況によって解放されるタイプなんでしょうね。キバオウはここを独占する計画を立てていたらしいのです」

 

ユリエールがそう言った。

 

「専用の狩り場があれば儲かるからな」

 

キリトが訝しんで言う。

しかし

 

「それが、60層クラスのモンスターが出てきて、まともに狩りは出来なかったようですよ。使いまくった結晶アイテムの所為で大赤字になったとか」

ユリエールがそう言って返すとキリト達は苦笑いになった。

結晶(クリスタル)系のアイテムは利便性が高い反面、その一つ一つの値がそれなりに高く、とりわけ転移結晶は群を抜いて高く、一つ使えばそれだけで懐に結構なダメージ与えるものだ。

儲かるはずの算段が、一転して大損となった事に、キバオウが地団駄を踏んだであろう事は容易に想像できる。

やがて、ダンジョンへと続く階段に辿り着く。

 

「ここが入り口です」

 

キリトの肩から降りたユイはユウキと手を繋いでいる。

物珍しそうに入り口の奥を見ていた。

そんな彼女をユリエールは不安そうに見た。

それに気付いたユウキ達は

 

「大丈夫ですよ。この子、見た目よりしっかりしてるし」

 

「うん。将来は立派な剣士になる」

 

そう言って2人はユイに笑いかけた。

ユイも笑顔で彼らに応える。

そんなキリト達にユリエールは頷いて

 

「では、行きましょう」

 

自身が先導する形でキリト達と共にダンジョンへと足を踏み入れていった。

薄暗い石造りの通路を歩いていくキリト達。

モンスターとエンカウントすると、キリトがそれを引き受ける。

二本の剣を抜き放ち、颯爽とモンスターを撃退していった。

さらに深くまで来ると、蛙型のモンスターが大量に現れる。

 

「おおおりゃぁぁぁ!!」

 

それらをキリトは黒と翡翠の剣で薙ぎ払っていく。

その後ろではユウキが呆れた表情で見ている。

ユウキと手を繋いでいるユイはキリトの戦いぶりに大はしゃぎしていた。

その横ではユリエールが呆気にとられている。

 

「す、すみません。任せっきりで……」

 

「あー、いいんですよ。あれはもう病気みたいなものだし」

 

申し訳なさそうなユリエールにユウキはあっけらかんと答える。

気を取り直してユリエールはメニューを開く。

マップを見ながらシンカーの位置を確認していた。

 

「シンカーさんは今どのあたりかな?」

 

可視化されたマップをユウキは覗き込んで尋ねる。

未踏破のダンジョンの為、道は解らないが大分奥までは来ていた。

ユリエールはマップに映る赤い光点を指差して

 

「シンカーはこの位置から動いてないようです。おそらく安全エリアに居るんでしょう。そこまでいけば、転移結晶が使えますから」

 

そう言ってマップを閉じた。

直後、満足そうな表情をしたキリトが戻ってきた。

 

「いんやぁ~。戦った、戦った♪」

 

「すみません。お任せしてしまって……」

 

戻ってきたキリトにユリエールは言う。

キリトは手を振って

 

「いや、好きでやってる事だし、アイテムも出るから」

 

そう答えた。

それを聞いたユウキは

 

「へぇ~、なにが出たの?」

 

興味津々な様子で尋ねてきた。

キリトはドヤ顔でメニューを開き、手に入れたアイテムをオブジェクト化する。

その手に握られたのはグロテスクな色をした肉だった。

「ナニソレ?」

 

引き攣った表情を浮かべながらユウキは尋ねる。

キリトはとてもいい笑顔で

 

「スカベンジトードの肉! ゲテモノほど美味いって言うからな。後で料理してくれよ」

 

そう言ってユウキに肉を差し出した。

それをユウキは勢いよく掴んで

 

「いやだよ!!」

 

思いっきり床に叩きつけた。

瞬間、肉はポリゴン片となって四散する。

そして素早くアイテムメニューを開き、共通ストレージの『スカベンジトードの肉』を選択しゴミ箱へとドラッグした。

 

「な、なんて事を!」

 

「ボクがゲテモノ苦手なの知ってるでしょ!!」

 

2人は向かい合い子供の様な口論をし始める。

それを見てユリエールは思わず笑ってしまった。

すると

 

「わらった!」

 

ユイの明るい声が耳に届いた。

視線を向けた先ではユイがユリエールに向かい嬉しそうに笑っている。

 

「おねぇちゃん、はじめてわらった!」

 

そう言って笑顔を向けてくるユイ。

ユリエールは一瞬だけ呆気にとられるが、すぐにユイに笑顔を見せた。

それを見てユイは、今までで一番の満面の笑みを浮かべる。

そんな彼女を見てキリトとユウキも微笑み

 

「じゃぁ、行こっか」

 

ユウキはユイの手を握ってそう言った。

さらにダンジョンの奥深くに進んでいくキリト達。

やがて緩やかに曲がった通路に出る。

そこを歩いていくと十字路が見えてきた。

その先から光が見えてくる。

どうやら安全地帯のようだ。

キリトが索敵スキルを使用して

 

「奥にプレイヤーがいる」

 

そう言った。

それを聞いたユリエールは

 

「シンカー!」

 

逸る気持ちを堪え切れずに走り出した。

眠ってしまったユイを背負っているユウキとキリトは顔を見合わせて微笑み合い、ユリエールの後を追って走り出す。

 

「ユリエール───────!」

 

安全地帯から男性のプレイヤーが手を振りながら叫んでいる。

応えるように

 

「シンカ────────!!」

 

ユリエールは手を振って叫び返した。

だが、それに重なるように男性は叫び返してきた。

 

「来ちゃ駄目だ!! その通路には!!」

 

彼の叫びを聞き、キリト達は嫌な予感が奔る。

 

「駄目!! ユリエールさん、戻ってぇ───────!!」

 

ユウキが出せる最大の声で呼びかける。

しかし、ユリエールには聞こえていないようだ。

彼女が十字路に差し掛かりそうになった時、不意に右の壁側から赤いカーソルが出現した。

それを確認したキリトは全力で駆けだす。

AGIを全開にして駆け抜け、ユリエールに追いつくキリト。

右手でユリエールを抱えるようにして体勢を沈める。

同時に左手のダークリパルサーを床に突き立てた。

刹那、激しい金属音が響き渡る。

現れたのは大鎌。

キリトはユリエールを右手から離し、エリュシデータを抜いて、左側の通路に視線を移し構えをとった。

視界に映るのは黒いローブをまとった髑髏。

その手に持たれた大鎌が死神を連想させた。

頭上に表示されたのはこのモンスターの名前

 

The Fatel‐Scythe(ザ・フェイタルサイズ)

 

運命の鎌という意味を持つボスモンスターが彼らの前に出現したのだった。

 

 

 

 

 




すべてを思い出した少女

語るのは自身の真実

頬をつたう涙が意味するのは・・・

次回「ユイの心」

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