ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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い き て い た ぜ!

年単位で更新止めてたからもう誰もボクのこと覚えてないだろうが生きてます。ようやく続きを書けました。


では久々の更新。98話、始まります


第九十八話 行方を求めて

限定クエストの初回クリアを成してから一週間が過ぎた。

浮島草原『ヴォークリンデ』の小さな浮島の一つに一人のケットシーの少女が立っている。

メインメニューを開いてフレンドリストをスクロールしてあるプレイヤーネームの欄でそれを止めた。

名前は灰色で表示されているのでログインはしていない。

そのプレイヤーネームは『ジュン』。

ネームの横に表示されている最終ログイン日は7日前となっている。

あれから彼はALOに姿を見せていない。

開いていたメニューを閉じ、ケットシーの少女───シリカは表情を曇らせながらため息を吐いた。

傍らにいる相棒の小竜が心配そうに彼女を見ているがシリカはそれに気付く様子もない。

 

「ジュン君……」

 

彼の名を呟いて思い返すのはあの日の少年の顔。

申し訳なさそうで、そして寂し気な表情で彼は姿を消した。

その表情がシリカの脳裏に焼き付いて離れないのである。

あの日から一日経って彼女はジュンのギルド『スリーピング・ナイツ』のメンバーであるシウネーに事情を訊ねてみていた。

事情を訊いたシウネーは表情を曇らせ少し沈黙した後

 

「ごめんなさいシリカさん。あの子が、ジュンがどうしてALOから姿を消したのか、その事情を私は知ってます。でもそれは話せません」

 

そう返答された。

何をどう訊いてもシウネーは話せないとしか返さず、結局なんの情報を得られないまま今日まで時が過ぎてしまった。

 

(ジュン君……貴方は今どこにいるんですか? どうしてALOを辞めようとしてるんですか? 会いたい……貴方に会いたいです……ジュン君)

 

思考が廻り、彼女の瞳に涙が浮かんでくる。

こぼれそうな涙を手のひらで拭い、シリカは再びメニューを開く。

このような気分でゲームに興じることなどできるはずもない。

ログアウトボタンを押そうと右腕を動かした───その時だった。

 

「シリカ」

 

後ろから彼女を呼ぶ声が聞こえ、シリカは操作を止めて振り返る。

目を向けた先にいたのは黒紫の髪を靡かせたインプの少女と黒衣のスプリガンの少年だった。

 

「ユウキさん……キリトさんも……何か用ですか? あたし今日はもう落ちようと思ってるんですけど……」

 

「シリカ、ジュンに会いたいか?」

 

彼女の言葉を遮るように黒衣のスプリガン───キリトがそう問いかけてきた。

それを聞いたシリカは目を見開き聞き返す。

 

「……どういう事……ですか?」

 

「確証はない。けど、ある場所に行けば彼に会える可能性がある」

 

キリトは言いながらシリカを見据えた。

彼女からの返答を待っているのだろう。

彼の隣にいるユウキも何も言わずにシリカに目を向けている。

キリトの言葉にどんな意図があるのか?

どうしてキリトがジュンに会える可能性を知っているのか、その理由を図りかねていた。

しばし考え

 

「……可能性があるのなら、会いたいです」

 

シリカは真っ直ぐにキリト達に目を向けながらそう答える。

彼女の答え、そして目に宿った決意にキリトとユウキは互いに顔を見合わせて頷きあい

 

「わかった。それじゃある場所の住所をメッセージで送っておく」

 

「それを確認したらログアウトしてその場所まで来てくれる? ボク達も一緒にジュンに会いに行くから」

 

そう言うとキリトがメニューを開いてメッセージをシリカへと送信した。

着信音が鳴り、シリカはメニューを開いて届いた内容を確認する。

確認し終えると彼女はログアウトボタンを押してALOからログアウした。

 

「さて、俺達も落ちるか」

 

「ね、ホントによかったのかな? シリカに話しても」

 

同様にログアウトしようとしたキリトにユウキが問いかける。

どうやら彼女はシリカがジュンに会いに行くことにあまり乗り気ではないらしい。

 

「ユウキは反対なのか? シリカがジュンに会う事は」

 

「だってさ、場所が場所だし……下手すればシリカが傷付くかもしれないし……」

 

言いながらユウキは俯いた。

彼女にとってもシリカは可愛い妹のような存在だ。

シリカが現実のジュンに会いに行くことで結果彼女が心に深い傷を負ってしまう事を懸念しているのだろう。

 

「その可能性は充分にあり得る。けど、ユウキも見ただろ? さっきのシリカは本気の目をしていた。どんなことがあっても受け入れる覚悟があるんだと思う」

 

「キリト……」

 

「ともかくこのままじゃシリカも前には進めないよ。そうだろ?」

 

言いながらキリトはユウキの頭を撫でた。

 

「……わかった。万が一の時はボク達がシリカを支えてあげればいいんだよね」

 

少し考えてユウキは言いながらキリトに笑いかける。

キリトは頷き

 

「さぁ、俺達もログアウトしよう。情報を教えたからには俺達には見届ける責任があるからな」

 

「うん」

 

促してユウキと共にメニューを開く。

互いにログアウトボタンを押すと、青いライトエフェクトを放ちながらする2人の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ALOからログアウトしたシリカ────綾野珪子は身支度を整えて自宅を出る。

電車を乗り継いでバスに乗り、メッセージに記されていた場所にまで辿り着いく。

そこは横浜港北総合病院。

步を進めていくと入り口に見知った人物が2人立っていた。

軽装ではあるがALOと変わらずの黒基調の服装の少年と黒紫の髪を靡かせた少女─────桐ヶ谷和人と紺野木綿季だ。

2人と合流した桂子は共に院内へと入っていき、和人のみ受付へ赴いて桂子と木綿季はロビーで待機する。

待つ事数分、ようやく手続きを終わらせた和人が2人の元にゲストカードを持って戻ってきた。

今度はエレベーターへ乗り和人は5階のボタンを押すと扉が閉まりエレベーターが上昇を始めた。

目的の階に着き、3人はエレベーターを降りてそのまま廊下を歩いていく。

その間、桂子は疑問に思っていた事を口にした。

 

「あの……キリトさんはどうしてここにジュン君がいるってわかったんですか?」

 

「ALOでも言ったが、確証がある訳じゃないんだ。だがアイツに調べてもらって、ここが日本で唯一『メディキュボイド』の臨床試験をしている病院だという事がわかったんだ」

 

「メディキュ……ボイド?」

 

歩きながら返ってきた和人の返答。

聴き慣れない単語に桂子はただただ疑問符が増えるばかりだった。

しばらく歩いて和人が立ち止まる。

目を向けた先には『508号室』の看板が掲げられていた。

その下にはネームプレートが差し込まれており『穂村淳(ほむらあつし)』と記入されている。

 

「ほむら……あつし……」

 

「そっか、淳って漢字は『じゅん』とも読むもんね」

 

彼のプレイヤーネームは本名から捩ったもののようである。

ネームプレートを見て木綿季が納得したように言った。

桂子はネームプレートから視線を外し、病室への入り口を見て息を吐く。

そんな彼女の様子を見て

 

「どうするシリカ? やっぱり……」

 

「……大丈夫です。心配してくれてありがとうございます、ユウキさん」

 

訊ねてくる木綿季に桂子はそう返して軽く深呼吸をした。

視線を和人に向けると彼は頷いてゲストカードを扉の端末へと通す。

ピッ! という機械音が鳴ると同時にロックが外れ、和人が扉を開けた。

ゆっくり中に入り、病室の奥の方へと目を向けると、窓際に設置されたジェルベッドに上体を起こした少年がいた。

彼は桂子たちの入室に気付き、こちらへ振り向いてくる。

桂子の目に映ったのは、あの世界で出会った少年の容姿そのものだった。

ただ違うのは髪の色と少し痩せて見える事だ。

診察衣から除く腕は細く肉付きはよろしくない。

それだけでかなり長い間入院していたのだろうという事が理解出来た。

少年は少し驚くもやがて小さく笑って

 

「やっぱり……来ちゃったのか……」

 

そう口にした。

 

「ジュン君……なんですよね?」

 

ベッドの近くまで歩み寄り問いかける桂子。

 

「そうだよシリカ。こっちでは初めましてかな……オレの名前は穂村淳。歳は今年で16だよ」

 

問いかけに頷いてジュン─────穂村淳は軽く自己紹介をし

 

「それにしても、よくここがわかったね? シウネー達が口を滑らせるとは思えないし……」

 

疑問を口にする。

 

「俺の知り合いに情報通がいてね。そいつに調べてもらったんだ」

 

その疑問に答えたのは桂子の左隣に立つ和人だ。

彼の言う情報通とは言わずもがな菊岡誠二郎の事である。

 

「君のVRの動きはとても洗練されたモノだった。『モーションキャンセル』というクセの強いスキルを使いこなし、尚且つあれだけの剣捌きを身に付けるのは相当な時間VRにダイブしなきゃ不可能だ。それこそ───俺達SAO生還者のように」

 

そこで一旦区切り

 

「君は俺達とほぼ同じくらいの時間、VRへフルダイブしていたんだろ? だがSAOで君と同じスタイルのプレイヤーは見た事がない。となれば別の方法でフルダイブするしかないが一般家庭で四六時中フルダイブするなんて不可能だ。それを可能出来るのは、この病院で唯一臨床試験されてる『メディキュボイド』のみ。そして君はその治験者だ。違うか?」

 

そう言って問いかける。

先ほども出た聴き慣れない単語に桂子はまたも疑問符を浮かべながら淳の方へ目を向けると、彼は観念したように頷き

 

「……そうです。キリトさんの言う通り、オレは『メディキュボイド』の治験者です」

 

そう応えを返した。

和人は納得したように目を伏せる。

隣にいる木綿季も同様だ。

ただ1人、桂子のみ理解出来ずにいる。

 

「あの、『メディキュボイド』ってなんなんですか?』

 

「『メディキュボイド』っていうのは、アミュスフィアに搭載されている痛覚遮断などの体感キャンセル機能を強化した世界初の医療用フルダイブ機器のコードネームだよ。コレを用いて全身麻酔の効果を与えたりする事でわずかな事故の可能性を減らしたり、重い副作用を伴う投薬治療者の負担を軽減したりする事等を目的としてるんだ」

 

投げかけられた問いかけに応えたのは和人だ。

そこまで聞いて桂子は再び淳を見る。

メッセージで彼のいる可能性のある場所が病院と記されていた時点で嫌な予感はしていた。

けど違うかもしれないとも思っていた。

何かの悪い冗談だと……

だが、予想は悪い方で的中してしまったのだ。

視線を向けられた淳は自嘲気味に笑って

 

「シリカ……オレは……ガンなんだよ」

 

そう告げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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彼、穂村淳は普通の少年だ

優しい両親に育てられ、友人も多く、身体を動かす事が好きな何処にでもいる少年だった。

それが変わったのは彼が中学に上がったばかりの2023年、春から夏へ季節が移り変わる頃合いのこと。

朝起きて身体が熱っぽく気怠さを感じた彼は体温計で熱を測ると37度後半を示していた。

はじめはただ風邪だろうと思いその日は学校を休んだ。

しかし次の日もその翌日も微熱が続き寝汗の量も明らかに普通ではなかった。

それが1週間近く続き、流石におかしいと思った両親は彼を病院に連れて行き精密検査を依頼する。

それで何事も無ければ良いと思っていたのだろうが現実は残酷だった。

医師から告げられたのは────癌だったのである。

検査結果を聞かされた時、淳の思考は一瞬で停止してしまっていた。

 

───何かの冗談だろ?、と

 

しかし目に映る医師の表情は硬く後ろにいる両親、父は項垂れ、母は泣いていた。

2023年の6月、この日、彼のありきたりの日常は崩れ去ったのだ。

腫瘍が発生していたのは胃であり、幸いにも発見が早く手術で摘出からの投薬治療に持ち込める状態だったのだが、問題は見つかった腫瘍が胃だけではなかった。

すでに腫瘍は転移しており、極稀とも言われる心臓部分に悪性腫瘍として転移していたのだ。

腫瘍の大きさも胃で見つかったモノよりも大きく手術による摘出は極めて難しく、さらには現在使用されている薬品ではあまり効果が見込めなかったのである。

それでも今以上の進行は抑えられるとの事で投薬を余儀なくされたのだ。

抗がん剤の副作用はとてもキツイもので、当時13歳の彼にとっては地獄のようなものだった。

とてもではないが学校に通う事など出来ず、日常生活すらままならない程の苦痛を味わう。

当然入院を勧められ、彼はここ横浜港北総合病院へと収容されたのだ。

そうして闘病を始めた彼に転機が訪れたのは2023年の8月だった。

担当医からとある医療機機の治験を受けてみないかと打診されたのである。

その医療機器こそ『メディキュボイド』。

世界初の医療用フルダイブ機器だったのだ。

アミューズメント用として開発されたアミュスフィアでインタラプト出来る感覚レベルは極めて低く、メスを入れるような激痛はまずキャンセル出来ず、身体の神経は生きているので脊髄反応は必ず残る。

そしてそれは初代ナーヴギアでさえ不可能な事だった。

だが、この『メディキュボイド』は出力を強化し、パルス発生素子を数倍の密度に増やし処理速度を上げ、脳から脊髄全体までをカバー出来るようベッドと一体化させた、あらゆる病気や治療の苦痛から患者を救う為の試作機。

これを用いれば現在進行形で彼を苦しめている投薬の副作用による苦痛を軽減できるだろうと。

しかし、この『メディキュボイド』には難点があった。

それは『フルダイブ機器』という点である。

当時、世界は茅場晶彦の起こした史上最悪とも言える『SAO事件』によってフルダイブ技術そのものを忌避している風潮にあったからだ。

技術の元になったモノは事件の核となっているナーヴギアであり、フルダイブ技術封印論が浮上している真っ最中。

その上数倍の密度に引き上げられた電磁パルスが長期的に脳にどのような影響を与えるか誰も推測できなかったのだ。

当然ながら快く治験を受ける患者は見つからない。

しかし淳はしばらく考え、やがて意を決して治験を受ける事を了承したのだ。

当然両親は反対したが副作用の苦痛が減らせるのなら、何よりもVRという未知の世界というモノに淳は惹かれたのだ。

その想いは両親をなんとか納得させた。

投薬と検査、食事等以外の時間の全てを彼は仮想世界にダイブする事になる。

いつもなら襲いくる副作用の苦痛もダイブしている時は全く感じなかった。

長らく身体を思いっきり動かす事が出来なかった彼が、自由にフィールドを走り回った時の感動は計り知れないモノだったろう。

こうして彼は世界初の医療用フルダイブ機器の治験者となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そうしてオレはいろんなVR世界を渡り歩いたんだ」

 

そう言っている淳は懐かしむような表情で窓の外に目を向けた。

視界に映る空は雲一つなく青空が広がっている。

だがすぐに視線を桂子達の方へ戻し

 

「シウネー達もオレと同じで難しい病気を抱えてるんだ。同じ闘病の苦しみを知ってるからか、オレ達はすぐに意気投合したよ。ギルドを結成して、いろんな世界を冒険してさ……本当に楽しかった……でも」

 

そこで区切り一息ついて

 

「同時にこうも思い始めてたんだ。『どうしてオレは現実でも同じように生きれないんだろう?』って。現実に戻るたびにあの世界との落差に……心が苦しくなるんだ……」

 

そう告げた。

桂子を始め、和人と木綿季も言葉を出せずにいた。

ある程度の予想はしていたが、想像以上に辛い現実を背負っている彼の姿に何も言えなかった。

そんな3人の様子に構う事なく淳は言葉を続けていく

 

「……だから最後に辿り着いたALOで、心に残る事をやり遂げてVRを辞める事にしたんだ。何度もシウネー達と話し合ったよ。でもこれ以上はオレの心が耐えられそうにないんだ……それに……」

 

 

「『メディキュボイド』の臨床試験が今月、7月末をもって終了するからか?」

 

淳が言い淀んだ次の瞬間、和人がそう口にする。

一瞬だけ淳は驚くが

 

「よく知ってますね……その通りです。と言っても一時的に終了して集めたデータを検証解析に入るそうです。少しでも早く実用化に漕ぎ着ける為にと。それと並行して新しい薬の治験の話も来てるんです。それを受けるかはまだ決めてませんが……」

 

そう言って返してきた。

一時的にとはいえ『メディキュボイド』の臨床試験が終わるという事は今まで遮断してきた薬の副作用とまた戦わなければならないという事になる。

アミュスフィアの体感キャンセル機能ではとてもじゃないが長期間の封じ込めは不可能だろう。

さらには新しい薬の治験。

新薬ともなれば副作用も未知のものだ。

今までよりもっと苦しい闘病になるかもしれない。

そういう事情も重なり彼はALO辞め、仮想世界から身を引こうと考えそう決めたのだろう。

重い沈黙が室内を包む。

 

「君は……ジュンは本当にそれでいいの?」

 

沈黙を破って問いかけたのは木綿季だった。

淳は視線を向ける事なく

 

「……もう、疲れたんですよ……」

 

そう返した。

その声はいつもALOで聞いていた活力のあるモノではない。

全てに絶望した人間のソレだった。

和人も木綿季もかける言葉が見つからずに口を噤んでいる。

そんな中、桂子は淳の表情────目を見て思考を巡らせていた。

 

────同じだ……

 

────この人はあの頃のあたしと同じなんだ……

 

────SAOに囚われて、現実にも仮想にも絶望していたあの時のあたしと……

 

 

しばしの沈黙。

それを破るように桂子は俯かせていた顔を上げて

 

「キリトさん、ユウキさん。すみません、ジュン君と2人だけで話をさせてくれませんか?」

 

そう告げる。

 

「シリカ?」

 

「お願いします」

 

和人の目に映る桂子。

その表情、瞳には揺るがない決意が見て取れた。

和人は小さく笑って

 

「わかった」

 

彼女の申し出を了承する。

 

「和人、いいの?」

 

「ああ」

 

和人からの短い返事を聞いた木綿季も桂子を見る。

その表情を見て彼女も納得したように頷き

 

「わかったよ。じゃぁ、ボクたちはロビーで待ってるね」

 

そう言って背を向ける。

和人もその後に続き、2人とも病室を出て行った。

1人残った桂子は一息つき、改めて淳に視線を向けた。

 

「ジュン君。改めて聞きますけど本当にジュン君はALOから、仮想世界から離れるんですか?」

 

「……言っただろ? もう疲れたんだ……現実と仮想との落差に……疲れたんだよ」

 

返ってきた答えは木綿季の時と同じ。

傍目から見ても彼の意思は決まっているようだ。

しかし、桂子にはそうは思えなかった。

出会ってから今まで共にしてきたスヴァルトエリアでの冒険やあの限定クエストをクリアした後の打ち上げ、その時2人で話をした時の表情。

間違いなく彼はALOを、VRMMOを心から楽しんでいた。

現実と仮想どちらにも絶望しているのは確かだろう。

だが、彼にはまだ迷いがある。

桂子にはそう思えてならなかった。

 

「……ねぇ、ジュン君。新しい薬の治験、受けるかどうか最終的に決めなければいけないのはいつですか?」

 

「……8日後の日曜だけど……それがどうかしたのか?」

 

訝しむ様子で桂子の問いかけに応える淳。

それを聞いた桂子は一瞬だけ思考に耽ける。

が、すぐに淳視線を向け直し

 

「なら7日後、前日の土曜日にあたしとデュエルしてください」

 

そう告げた。

その言葉を聞いた淳はさらに訝しんだ様子で桂子を見る。

 

「まだキャラデータは消してませんよね? そのデュエルで貴方が勝ったら、あたしは金輪際ジュン君に関わらないと約束します。貴方の事……忘れます」

 

最後の方は少し悲しげな声だったがはっきりとそう告げる桂子。

 

「……なら、君が勝ったらオレにALOを辞めず、新しい薬の治験も受けろって言うのか?」

 

少々怒りを孕んだ声で問う淳。

すると桂子は首を横に振って

 

「いいえ。あたしが勝ったら、あたしの話を聞いてください」

 

そう返す。

返ってきた言葉に淳は拍子抜けた表情になった。

無理もない、予想していた言葉とは全く違っていたからだ。

 

「なんだよそれ……」

 

「仮想世界から離れるのも、新薬の治験を受けるかどうかもジュン君がキチンと決める重要な事です。それをデュエルの結果で無理矢理なんてあたしは望みません。あたしの話を聞いてもらって、その上で決めて欲しいんです」

 

「……話を聞いてもオレはきっと心変わりなんてしない」

 

「どんな選択を選んだとしても、あたしはそれを受け入れるつもりです。それに─────」

 

桂子はそこで一度区切り

 

「ぶつからなきゃ、何も変えられませんから」

 

迷いの無い、決意に満ちた表情で言い切る。

それはあの限定クエストに挑む際、ブロック行為をしてきた『シャムロック』のメンバー達と対峙した時に(ジュン)桂子(シリカ)言った言葉だ。

微塵の迷いも感じさせない彼女の言葉に淳からは渇いた笑いが溢れる。

 

「はは……そんなの……君が勝とうが負けようが何のメリットないじゃないか……」

 

そう言って淳は一度俯くがすぐに桂子に目を向け

 

「……わかった。そのデュエル、受けるよ」

 

そう返した。

彼の返答を聞いた桂子は頷き

 

「ありがとうございます。詳しいデュエルルールは当日に決める、でいいですか?」

 

問いかける。

 

「構わないよ。どんなルールだろうと負ける気はないから」

 

問いかけに対して淳はそう返した。

 

「……じゃぁ7日後の土曜日、午後6時にヴォークリンデの────あたし達が初めて出会ったあの浮島で待ってます」

 

桂子はそう言うと淳に背を向ける。

そのまま病室の扉まで歩き、足を止めてチラリと彼の方を見た。

彼は桂子の方を見る事なく窓の外に視線を向けている。

一度目を伏せ桂子は病室を後にし、和人達の待っているロビーへと向かっていく。

入り口付近で2人の姿を見つけて足早に歩み寄ると、2人も桂子に気付いて

 

「シリカ、もういいの?」

 

「話は済んだんだな?」

 

そう問いかけた。

 

「はい、お待たせしてすみません。それで、お二人にお願いしたい事があるんです」

 

問いかけにそう返して、桂子は改めて2人に言葉を紡ぐ。

 

「お願い? なにかな?」

 

疑問符を浮かべながら木綿季は訊き返す。

桂子は一度息を吐き、2人を真っ直ぐに見つめながら

 

「あたしに、対人戦のノウハウを教えてください!」

 

決意を込めて目でそう願い出たのだった。




少女は挑む。己が想いを伝える為に。

少年は迎え撃つ。少女を拒絶する為に。

かつて2人が出会った場所で、2つの信念がぶつかり合う

次回『想いを賭けて』

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