ソードアート・オンライン 黒と紫の軌跡   作:藤崎葵

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お待たせしました、久しぶりの投稿です。



では96話、始まります。


第九十六話 限定クエスト

裏世界『岩塊原野ニーベルハイム』が解放されてから数日が経った。

スヴァルトエリアにある唯一の街『空都ライン』。

その一角にあるエギルとリズベットが経営してる店にキリト達は集まっていた。

 

「で、キリの字よぉ。今日はどう攻略を進めるんだ?」

 

そう言って訊ねたのは悪趣味なバンダナを頭に巻いたサラマンダー、クラインだ。

彼は今日もスヴァルトエリア攻略を進めるのだと張り切った様子である。

そんなクラインにキリトは苦笑いを浮かべながら

 

「や、すまんクライン。今日集まってもらったのは攻略を進めるためじゃないんだ」

 

そう言って返した。

するとクラインは拍子抜けした様子で

 

「はぁ? んじゃなんで皆を集めたんだ?」

 

問いかけた。

クラインからの問いかけにキリトは

 

「実は、ジュンから頼みたい事があるって連絡があってな。ほら、以前俺と彼がデュエルした後、何かを頼もうとして結局訊かず仕舞いだったろ?」

 

そう言って返した。

それを聞いて、キリトの方へ視線を向けながら口を開いたのは水色の髪をしたケットシーの少女だ。

 

「あぁ、あの時のね。それで彼の頼みたい事って何なの?」

 

「それはまだ訊いてないんだシノン。ここに来てから話すってさ」

 

「ふぅん……そう」

 

キリトからの応えを聞いた少女───シノンは興味なさげに呟き彼から視線を外した。

そんな彼女を見てウンディーネの少女がクスクスと笑い

 

「ふふ、シノのんってば。でも、ジュン君の頼み事って何なんでしょうか? ソラさんも訊いてないんですか?」

 

隣にいるウンディーネの青年───ソラへと訊ねた。

問われたソラは頷いて

 

「あぁ、僕も知らされてはいないよアスナ」

 

ウンディーネの少女───アスナへと返した。

 

「うーん。いったい何だろう、ジュン君の頼みって。ね、シリカちゃん?」

 

「シリカ。あんたは訊いてないの?」

 

「はぇ? リズさんもリーファちゃんも、なんであたしに訊くんですか?」

 

突然問われたもう一人のケットシーの少女───シリカは金髪のシルフと、桃色髪のレプラコーン───リーファとリズベットに問い返す。

すると二人は顔を見合わせた後、にんまりと笑って

 

「え、だって……ねぇ、リズさん」

 

「そうよねぇ、リーファ」

 

意味ありげな視線を彼女に向けた。

それが何を意味すのか一瞬わからなかったシリカだが、やがて意図に気付き

 

「ちょ! 二人とも何考えてるんですか?!」

 

声を荒げて二人に鋭い視線を向けた。

しかしリーファもリズベットも動じていない。

むしろシリカの反応を楽しんでいる。

 

「むぅぅぅ!」

 

シリカは頬を膨らませてそっぽ向いた。

流石に揶揄いすぎたと思った二人はすぐさま謝るがシリカはそっぽ向いたままだ。

そんな彼女たちの様子を見ながら褐色肌のノーム───エギルが呆れ顔で、インプの少女───ユウキが微笑ましそうに見ながら言う。

 

「やれやれ。にぎやかだな」

 

「だねぇ。でも、ジュン遅いね」

 

「あ、来たみたいだよ」

 

 

そう言いながら赤髪のレプラコーン───レインが扉を指さすと同時に扉が開く。

 

「皆さん、遅れました!」

 

入ってきたのは赤髪のサラマンダーの少年───ジュンだ。

しかし、店の中に入ってきたのは彼だけではなかった。

ジュンの後に続いて両肩まである水色の髪を揺らしながらウンディーネの女性が入ってくる。

その後に眼鏡をかけひょろりとした体型のレプラコーンの青年が続き、次いで褐色肌をしたスプリガンの女性。

最後に巨漢のノームの男性が入ってきた。

もちろん言うまでもなくジュン以外の彼女たちにキリト達は面識はない。

疑問符を浮かべている彼らに

 

「あ、すいません。紹介しますね。この人達は俺のギルドメンバーです」

 

そう言って彼女達に視線を向けると、まずはウンディーネの女性が前に出て

 

「初めまして。私はシウネーといいます」

 

そう言ってニコリと笑って一礼する。

その仕草はとても綺麗で、思わず見惚れてしまうほどだ。

言うまでもなく武士道の男はデレついた締りのない表情をしていた。

そんな彼にこれまた言うまでもないがリズベットの肘打ちが炸裂。

ペインアブソーバーで痛みは殆ど感じないが当たり所が悪かったのかクラインは打たれた部分を抑えながら悶絶している。

次に前に出たのは眼鏡をかけたレプラコーンの青年だ。

 

「わ、ワタクシは、タ、タルケンって名前です。よ、よ、よろ、よろしくお願いしま───イダぁ!!」

 

しどろもどろになりながらなんとか名乗り終え、一礼しようとしたところで後ろにいたスプリガンの女性に蹴りを入れられていた。

青年───タルケンは蹴られたところを押さえながら

 

「な、な、何するんですか?!」

 

叫んで女性に抗議する。

 

「いい加減そのあがり症治しなよタルは! 初対面、それも女の子の前だといっつもこれなんだから」

 

しかし女性は気にする様子もなく威勢のいい口調でそう返す。

そして一歩前に出て

 

「アタシはノリ。よろしくね」

 

名乗ってスプリガンの女性───ノリは人懐っこい笑みをキリト達に向けた。

そして次に巨漢のノームが前に出て

 

「テッチって言います。どうぞよろしく」

 

穏やかな口調でそう名乗った。

彼女達が名乗り終わると、最後にジュンがシウネー達の前に立ち

 

「そして、俺がギルド『スリーピング・ナイツ』のリーダーです! 皆さん、一緒に頑張りましょう!」

 

そう告げてきた。

当のキリト達は呆気に取られている。

それは無味もない話だ。

 

「あー……何を頑張ればいいんだ?」

 

「ジュン。貴方まだ何も説明してないんでしょう?」

 

「あ……」

 

指摘されてジュンは苦笑いになる。

その様子にシウネーは呆れたようにため息を吐き

 

「すみません皆さん。うちのリーダーは少し間の抜けているところがあるので……」

 

「ちょ、シウネーそれは酷くない?」

 

言いながら頭を下げているシウネーをジュンはバツの悪そうな表情で見ながら抗議する。

すると彼女は頭を上げてニコリと笑顔を浮かべた。

瞬間、ジュンの表情が強張っていく。

 

「言われたくないのなら少しは自覚しなさいと言っているんです。貴方はいつもいつも───」

 

「だぁぁぁ! ごめん、ごめんって!」

 

唐突に始まったシウネーによるお説教に、ジュンはたじろぎながら謝っている。

しかし彼女のお小言は止まる様子はない。

はたから見ていると悪戯がばれて叱られている弟とお説教をしている姉のようで微笑ましい光景だ。

しばらくするお説教は終了し、ジュンは安堵の息を吐いてキリト達の方へと向き直り

 

「えーっとですね。実はキリトさん達にあるクエストの攻略を手伝ってほしいんです」

 

そう告げてきた。

 

「クエスト?」

 

「はい。皆さんも知ってると思いますが、スヴァルトエリアの各エリアボスを攻略すると特別限定クエストが出現するのは知ってますよね?」

 

疑問符を浮かべるキリト達にジュンは頷いて言う。

ここスヴァルトエリアでは、各エリアボスを攻略すると特別な限定クエストが出現するようになっている。

初回でクリアすればSランク相当のアイテムや素材、かなりの額のユルドが入手できるとのことで、様々なギルドやパーティが初回クリアを目指して特別限定クエストに挑戦しているという話はキリト達の記憶にも新しい。

そして、これまでに出現した二つ、ヴォークリオンデとヴェルグンデのボス討伐後に出現したクエストの初回クリアを達成したのが『シャムロック』のギルドメンバー達だという事も。

詰まる所ジュン達『スリーピング・ナイツ』は特殊限定クエストの初回クリアを狙っており、キリト達にそれを手伝ってほしいという事である。

彼らの意図を察したキリトはジュン達に視線を向けて

 

「なるほど、つまり特別限定クエストの初回クリアのために俺達に協力してほしいって訳か」

 

そう問いかける。

 

「はい。でも全員じゃなくて五名の方にだけ力を貸してほしいんです」

 

問いかけにジュンは頷いてそう返す。

 

「五人だけ?」

 

彼の言葉に疑問符を浮かべてユウキが首を傾げた。

するとジュンはシウネー達に目を向け、彼女達が頷いたのを確認すると彼はキリト達に視線を戻し言う。

 

「実は俺達が初回クリアを狙ってるのは報酬のためじゃないんです」

 

 

「というと?」

 

同様に疑問符を浮かべていたソラが問うた。

 

「皆さんはMMOストリームがある企画を実施しているのをご存じですか?」

 

問いかけに対し、口を開いたのはシウネーだった。

 

「MMOストリームの企画……あ、そう言えば、特別限定クエストを初回でクリアしたパーティはMMOストリームのネットニュースでメンバーが紹介されるって前にレコンが言ってたけど……もしかしてジュン達はそれが目的ってこと?」

 

彼女の言葉に思い当たったリーファがそう問い返すと

 

「はい、そうです。でも紹介されるメンバーは10人までで、人数がそれ以上だった場合はリーダーだけが紹介されるんです。だから……」

 

「なぁるほどなぁ。それで5人って訳か」

 

クラインが腕を組んで頷きながら言う。

 

「実を言うと、ヴォークリンデの時点で要請しようと思ってたんですけど、みんなで話し合ってまずは俺達だけで挑戦しようって事になりまして」

 

「結果は二つとも駄目だったけどね」

 

ジュンの言葉に続き、ノリが肩を竦めながら言った。

彼らの話によると、なんでも負けて死に戻りしたセーブポイントから急いでクエストボスのエリアに戻ったらすでに『シャムロック』のメンバー達によってクリアされた後だったらしい。

それを聞いたキリトとソラは少々訝しげな表情をする。

がすぐにジュン達に視線を戻し

 

「話はわかった。けど、なんで君たち全員でMMOストリームの企画に紹介されたいのか……差し支えなければ教えてくれないか?」

 

そう問うた。

するとジュン達は一度顔を回せて頷き言った。

 

「実は俺達、もうすぐギルドを解散する予定なんです」

 

「解散って……なんで?」

 

「俺達はこのALOでギルドを結成した訳じゃなく、元々別のMMORPGで出会ってギルドを結成したんです。いろんな世界を冒険して統一デュエルトーナメント開催直前にこの世界にコンバートしてきたんですけど、冬が来る頃にはみんな忙しくなって集まるのが難しくなりそうなんです。それで話し合って解散することにしたんですが、その前にこの世界で一番心に残ることをやろうって決めたんです」

 

ユウキに問われたジュンは少し悲しげな表情を浮かべてそう応えを返した。

 

「そっか。確かにギルドメンバー全員でネットニュースに紹介されるなんてそうそうないもんね」

 

「はい。だからこの機会を逃したくないんです」

 

ユウキの言葉に応えたのはシウネーだ。

彼女は改めてキリト達に向き合い

 

「お願いします。どうか私達に力を貸してください」

 

言いながら頭を下げてくる。

同様にジュン達も頭を下げてきた。

キリト達は一度顔を見合わせ、頷きあった後ジュン達に視線を戻し

 

「わかった。そういう事ならぜひ協力させてくれ」

 

「最高の思い出に出来るよう、ボク達も頑張るよ!」

 

そう言って返した。

彼らの返事を聞いたジュン達は嬉しそうな表情を浮かべて

 

「ありがとうございます!」

 

そう言って礼を返した。

 

「さて、そうと決まれば早速メンバー選出だな。ジュン、君たちの戦闘陣形を教えてくれないか?」

 

そう言われ、ジュン達は頷きシウネーが一歩前に出て説明を始めた。

まず前衛はジュンとテッチ。

ジュンは両手剣使いのダメージディーラーである。

これは今までスヴァルトエリアを一緒に冒険してきたキリト達はよく知っている。

テッチはタンクを担当しているらしい。

続いて中衛はノリとタルケンだ。

ノリは鋼鉄の長棍を、タルケンは長槍を主装備としていた。

そして唯一のメイジであるシウネーはヒーラー兼サポーターだ。

これを考慮し、キリト達は自分達から誰を助っ人として出すかを提案した。

 

「まず、キリトとソラは確定だな。俺達の中でトップクラスなのは間違いなくお前さん達だしな」

 

そう言ったのはエギルだ。

これには皆異論は無いようで頷いている。

 

「3人目はアスナがいいんじゃない? 高位の回復魔法も修得してるし、ヒーラーとしては最適だと思うわ。それに全体の指揮能力も高いし」

 

次に提案してきたのはシノンだ。

彼女の言う通り、アスナはウンディーネが習得できる高位回復魔法を殆ど取得し熟練度も上げている。

更には指揮能力キリト達の中ではかなり高い方だ。

基本的に主導はジュン達『スリーピング・ナイツ』だが、万が一の保険という事でシノンは彼女を推薦したのだろう。

 

「そうね。私は問題ないよ」

 

これも皆異論は無いようで、アスナも快く頷いた。

 

「4人目はユウキさんでいいんじゃないかな。速力ならお兄ちゃん以上だし、後衛のシウネーさん達の防衛に最適だと思うんだけど」

 

「わたしもユウキちゃんでいいと思うな。もし前衛が崩れてもユウキちゃんなら充分カバー出来るはずだし」

 

次に提案してきたのはリーファとレイン。

ユウキはキリト達の中でも随一の速力を誇っている。

もし後衛に何かあった場合、彼女達を守るには打って付けの人選だ。

それに彼女は元々前衛向きの戦闘スタイルをしている。

万が一前衛が崩れた場合にも対応できるだろう。

 

「そだねー。後衛を守る人がいないのは不味いと思うし、もしものことも考えるとね。らじゃ! 引き受けるよ!」

 

提案にユウキも快諾する。

これで残りはあと一人となった。

 

「おっしゃ! ラストはこの俺様が───」

 

「アタシはシリカがいいと思うんだけど」

 

勢いよく立候補しようとしたクライン。

だがそれをリズベットが食い気味に遮る。

案の定、クラインは床へと滑り転け、シリカが驚いた表情でリズベットに視線を向け

 

「ちょ、リズさん何を言ってるんですか?!」

 

声を荒げながら問う。

当のリズベットはあっけらかんとした様子で

 

「何って、アンタを指名してるんだけど?」

 

そう返す。

彼女の言葉に呆気に取られるシリカ。

だが、そんな彼女を余所に

 

「シリカか……悪くないな」

 

「あぁ。僕も彼女でいいと思う」

 

キリトとソラは少し思案してから互いに言う。

 

「な、キリトさんにソラさんまで?! あ、あたしなんかじゃ足手まといにしか───」

 

「そんな事ないよ、シリカ」

 

慌てて言うシリカの言葉を、ユウキが言いながら遮る。

尚も納得のいかないシリカだが、そんな彼女に対し

 

「君は自分が弱いと思ってるみたいだが、僕達はそうは思ってないよ」

 

「ソラの言う通りだ。シリカ、君は俺達には無いビーストテイマーとしての実力がある。短剣の扱いもかなりのモノだと思うってるよ」

 

「そうそう。何より、シリカだってあの世界(SAO)を生き延びたじゃない」

 

キリトにソラ、ユウキが口々に告げてきた。

キリト達の陰に隠れがちだが、シリカもあの世界(SAO)を生き延びた一人だ。

主な活動エリアは中層だったが、それでも死の危険がなかったわけではない。

だが彼女は生き延び、見事に現実への帰還を果たしている。

だからこそキリト達は彼女を決して過小評価などしていない。

むしろ頼もしい仲間の一人として認めているのだ。

キリト達の言葉を聞いたシリカだが、尚も彼女は納得いかない様子だ。

そんな彼女に

 

「自信持ちなさい! アンタは決して弱くなんかなんだから。ね?」

 

そう言って最後の後押しをしてきたのはリズベット。

シリカを妹分として可愛がっている彼女は、キリト達以上にシリカの実力も認めているのだろう。

シリカは少し悩むも、意を決して

 

「……わかりました。どこまでお役に立てるかわかりませんけど、あたしで良ければ」

 

そう告げ了承した。

それを聞いたジュンは

 

「ありがとう、シリカ。頑張ろうな!」

 

笑顔でそう言ってくる。

それに対しシリカは少々頬を赤く染め

 

「は、はい! 頑張りましょうジュン君!」

 

勢いよくそう返す。

そんな二人の様子を見てシウネー達も何かを察したようで微笑ましげに見守っている。

 

「ったくよぅ……俺様形無しじゃねぇか……」

 

意気揚々と立候補しようとして見事に枠を持っていかれてしまったクラインがイジケながら言う。

そんな彼にリズベットが苦笑いしながら

 

「悪かったわよ。今度タダで装備メンテしてあげるから、ここはシリカに譲ってあげなさいって」

 

小声でそう告げた。

するとクラインは複雑そうな表情で

 

「……まぁ、しゃーねぇか。人の恋路を応援すんのも武士道だぜ」

 

そう言った。

ともあれ方針が固まったキリト達はクエストに臨むために準備を整え、選ばれた5人と『スリーピング・ナイツ』の5人、計10名で特別限定クエストが発生している『フロスヒルデ』へと出発し、残ったメンバーは彼らの帰りを待つこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フロスヒルデの浮島の一つ。

そこにある遺跡にキリト達は赴いていた。

この遺跡でエリアボス撃破後の特別限定クエストが発生しているのだ。

遺跡の構造は複雑ではなく、一本道になっており、出現するモンスターもそこまで強くはなかった。

彼らはエンカウントしたモンスター達を薙ぎ払いながら奥へと進む。

長い道を進んでいくと、やがて一際広い回廊へとたどり着くキリト達。

奥には大きな扉が見えている。

あの奥が限定クエストのボス部屋と見て間違いないだろう。

皆装備を再確認し、頷きあってボス部屋への扉へと歩き出す。

扉に近づき、先頭に立っているジュンが手を触れて開けようとした───その時だった。

キリトとソラがそれぞれの剣の柄を握りながら勢いよく後方へと振り返る。

 

「ちょ、どしたの二人とも?」

 

「ソラさん、キリト君。何かあったの?」

 

ユウキとアスナが疑問符を浮かべながら訊いてくる。

二人はしばし沈黙したまま来た道を見ていたが、やがて構えを解いて

 

「いや……誰かに見られてる気がしてな」

 

「けど、きっと気のせいだろう。驚かせてすまない」

 

そう言ってくる。

ユウキ達は尚も疑問符を浮かべているが、彼らが気のせいと思ったのならそうなのだろうと納得し、気を取り直してボス部屋の扉を開いた。

大きな金属音が鳴り響き、キリト達はボス部屋へと駆けこんでいく。

彼らが中央へと辿り着いた瞬間、扉は勢いよく閉じてしまう。

直後、最奥にライトエフェクトが迸った。

その中央に出現したのは4つの腕を持つ異形のモノ。

名は『スカジ』。

ボスの名が表示されたと同時に4本のHPバーも表示された。

キリト達はそれぞれの得物を抜き放ち、ここに来る前に決めた陣形を取りボスモンスター『スカジ』と対峙する。

その結果──────

 

「くっそぉぉ!! 負けたぁ!!」

 

彼らは見事に全滅したのだった。

交戦開始直後は何のトラブルもなくボスのHPを削れていたのだが、三本目に突入した途端、スカジへのダメージが通らなくなってしまったのだ。

正確には物理ダメージが極端に通らなくなったのだ。

更には属性ダメージも半減しており、キリト達はなんとか4本目のHPバーへと持ち込んだものの、ダメージを通しきれず負けてしまったのである。

そして現在、彼らはセーブポイントである遺跡の入り口まで戻されていた。

 

「ぶ、物理が殆ど通らないのは痛いですね……」

 

「属性ダメージはそこそこ通ってたけど、初級中級魔法じゃ付け焼刃だしね」

 

タルケンとノリが苦い表情で言う。

 

「上級魔法は魔法系の補助スキルを使っても詠唱には時間がかかるし……」

 

「だねぇ。まさか広範囲特殊攻撃まであるとは思ってなかったよ。流石に範囲が広すぎるからボクもカバーしきれなかったなぁ……」

 

そう、スカジは更に広範囲の特殊攻撃も備えていた。

強力な衝撃波を起こすだけだが、これが一撃ではなく連撃なのだ。

流石に連撃で来る強力な衝撃波を防ぎきることなどできるはずもなく、それによってキリト達は押し切られてしまったのだ。

 

「でも、攻撃のパターンは大体わかりましたよね?」

 

「そうですね。広範囲の特殊攻撃に気を付けつつ、属性攻撃で攻めればなんとか倒せると思いますよ」

 

シリカの言葉にシウネーがそう言って同意する。

やがて座り込んでいたジュンが立ち上がり

 

「よし、そうと決まったら再チャレンジだ!」

 

そう言って気合を入れ直す。

他の皆も頷いて、再びボス部屋を目指そうとしたその時だった。

 

「すまん。先に行っててくれないか」

 

キリトがそう告げてきた。

彼の隣にいるソラも

 

「少しやることが出来てしまってね。すぐに追いつくよ」

 

そう言ってくる。

ジュン達は彼らの言葉に困惑するも、ユウキとアスナは二人の目を見て頷き

 

「ジュン、皆行こう!」

 

「さぁ、急ぎましょう!」

 

同時に遺跡の奥へと駆けだす二人。

ジュン達は状況が呑み込めずにいたが、とりあえず遺跡奥へと向かって走り出した。

最初に来た時とは違い、ユウキとアスナは出現するモンスターを振り切りながら駆けていく。

その様子にやはりジュン達は疑問符を浮かべながら追いかけていく。

やがてメッセージ着信のアラームが鳴り、ユウキが走りながらメニューを開いてメッセージを確認。

確認し終えると彼女は後ろを振り向かず

 

「みんな、もっとスピード上げて!!」

 

更に速力を上げて駆け出した。

アスナも同じように速力を上げていく。

ジュン達は未だ疑問符を浮かべていたが、とにかく意味があるのだと信じて彼女たちの後を追っていく。

やがて最奥の回廊に辿り着くユウキ達。

そこには、30人にも及ぶ様々な種族のプレイヤー達が集まっていた。

彼らは皆、見覚えのある羽飾りを装備していた。

言わずもがな『シャムロック』である。

彼らは扉を囲むように広がっており、いかにも通す気が無いと言わんばかりの陣形を取っていたのだ。

ユウキ達は彼らに近づいていき

 

「すみません。ボク達クエストに挑戦したいんだけど」

 

そう言うと、一際高価そうな防具を身に纏った巨漢のノームが彼女を一瞥し

 

「悪いな。ここは閉鎖中だ」

 

そう返してきたのだ。

 

「……どういう事ですか?」

 

訝しげな表情でアスナは問う。

すると巨漢のノームは

 

「これからうちのギルドがクエストに挑戦するんでな。今はその準備中だ。しばらくそこで待っててくれ」

 

当然と言わんばかりの態度で返してきたのだ。

 

「……どれぐらい待てばいいの?」

 

再度ユウキが問いかける。

 

「一時間ってとこだな」

 

それを聞いたユウキとアスナは表情を険しくさせる。

同様にノームとのやり取りを聞いていたジュン達も眉を顰めた。

先程のノームの言葉で彼らの意図を理解したのだ。

要するに彼らは物理的にボス部屋への道を塞ぎ、クエストクリアを独占しようとしているのだ。

ユウキとアスナがボス部屋まで最速で駆けて行ったのもこうなることを予見したからだろう。

駆けている途中に来たメッセージも恐らくは彼ら『シャムロック』がこのような行為に出る事を知らせるものだったのだ。

故に二人はボス部屋に戻ることを急いだのだ。

実のところ、フロスヒルデが攻略される少し前からこうしたクエストの独占行為が多発しているという事を、ユウキ達はキバオウからの情報で知り得ている。

さらに言えばボスに挑む前にキリトとソラが感じた視線も恐らく『シャムロック』の偵察部隊のものだろう。

彼らはキリト達の後を尾行し、サーチャーを潜り込ませてボスと戦っている彼らを覗いてボスの行動パターンなどの情報も得ていることが推測できる。

恐らくは先の2つの特殊限定クエストもこうやって彼ら『シャムロック』は初回クリアをしてきたのだ。

 

「そんなに待ってられないわ。そっちが先に挑戦するなら別だけど、それが出来ないなら先に挑戦させて」

 

「そんな事言われてもな。こっちは先に来てるんだ、順番は守ってもらわないと」

 

アスナの言葉に巨漢のノームは」全く悪びれた様子はない。

その態度にアスナだけでなくユウキも苛立ちを覚え

 

「なら準備が終わってから来ればいいじゃん。ボクらはすぐにでも挑めるのに、一時間も待たされるのは理不尽だよ」

 

少々冷えた声で言う。

しかしやはりノームは悪びれもせず

 

「それこそ上に掛け合ってくれ、俺らの部隊長は空都ラインにいるからよ」

 

「そんな……それこそ一時間経っちゃうじゃないですか!」

 

宣うノームにあのおとなしいシリカも声を荒げた。

しかし彼は素知らぬ顔だ。

どうあっても通してくれる気はないらしい。

どうするべきか思案するユウキとアスナ。

すると、少し後ろにいたジュンがつかつかとノームの前まで歩み寄り

 

「なぁ、あんた」

 

「あ?」

 

「どうあってもここを通してくれないんだな?」

 

「───ま、ぶっちゃけそうだな」

 

問いかけるとノームは傲岸な態度を崩すことなく返す。

それを聞いたジュンは

 

「そっか……なら戦うか」

 

そう言って背中のフレスヴェルグを抜き放つ。

 

「ん、なぁ?!」

 

目の前に切っ先を突き付けられたノームは流石に驚き、よろめきながら数歩後退する。

いきなりなジュンの行動に、シリカが驚きながら

 

「ちょ、ジュン君! 何を言って───」

 

「シリカ、俺達はどうしてもこのクエストの初回クリアを果たしたい。でもこの人達は譲る気はない。お互いに譲れないなら、戦うしかないよ」

 

「ジュン君……」

 

止めようとするが彼は目の前のプレイヤー達を見据えたままそう返す。

すると後ろにいたシウネー達も苦笑いを零しながら

 

「まったく、しょうがないリーダーですね」

 

「言い出したらジュンは聞かないからねぇ」

 

「こ、こうなったら、とことんやりましょう!」

 

「そうだね、やろうか」

 

皆武器を抜いて構えを取る。

それを見たユウキとアスナも頷き合い、愛剣を抜いて構えた。

未だにどうするべきかシリカが迷っていると

 

「シリカ、ぶつからなきゃ何も変えられないよ」

 

ジュンが彼女に目を向けてそう言った。

それを聞いたシリカは目を見開き、やがて決心して短剣を抜き放つ。

彼女の相棒である子竜もやる気に満ちていた。

構えるジュン達にたじろいでいた巨漢のノームだったが、やがて苛立ちを含んだ様子で

 

「このぉ……後悔すんなよ! お前ら!!」

 

そう叫んで他のメンバー達に合図を送ると、たちまちユウキ達を取り囲んでいった。

緊張が奔り、いざ交戦が始まろうとした───その時だった。

彼女達の耳に、足音が聞こえてくる。

数は2つで、どちらも走っている足音だ。

ノームたちも気付いたようで回廊の入り口に視線を向ける。

瞬間、2つの人影が飛び出てきた。

一人は黒を基調とした装備のスプリガン。

もう一人は白を基調とした装備のウンディーネ。

二人は跳躍し、ユウキ達を取り囲んでる集団を飛び越え、ボス部屋へと続く扉の前で着地する。

そのまま立ち上がり

 

「悪いがここは───」

 

「通行止めだ」

 

振り返り、スプリガン───キリトは不敵に笑いながら、ウンディーネ───ソラは鋭い目でノームたちを見据えてそう言った。

 

 

 

 

 

 




駆けつけるスプリガンの少年とウンディーネの青年。

彼らの助力で、再びクエストボスに挑むさらまんだーの少年達。

果たして勝利の行方は……

次回「激闘」

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