76層での事件
75層ボス部屋
茅場が一瞬の内に消えたことで動揺を隠しきれなかったが、奴が死んでいないのは確かだった。
「キリト!!」
後ろから鼓膜を破るかのように叫ばれ。
「麻痺が切れたのか。」
「切れたのか。じゃないよ!!なんで自分だけ死んでぼくを自殺出来ないようにしたの!!」
回りを見て助けを求めようとしたが、皆、「仕方ないだろ。」と言わんばかりの目で見ていた。
「ええと、おれは死んでもユウキは死なせたくなかったからあんなこと言ったんだ。」
「まぁまぁ、二人共。所でキリト、茅場はどうなったんだ?」
二人を制したのはケイタだった。
「あいつはまだ生きてる。後からおれが押していたが、最後、刺した瞬間に刺さりきっていなかった。ようは、致命傷になるほどのダメージには届かなかったんだ。」
「そうなのか。」
「けどよ、それならこれから先はどうすりゃ良いんだ?」
「決まってるだろ、100層攻略だ。」
おれがいった言葉に周囲がざわめいた。
「簡単に言うけどよ、そんなことできんのかよ。」
「やらないとどちらにしろ死ぬには変わらない。」
「そうだな。じゃあ、行くか《76層》」
長い螺旋階段を登っていくと、扉が見えてきた。が、今回は扉ではなく、転移門の様なものだった。
「どうなってんだ、こりゃあ?」
「進むしかないだろ。」
おれは皆より一歩早く転移門に入った。
目を開くと、そこは草原だった。
「ん?この草原、どこかで似たようなものがあったような?」
「あれ?ここって始まりの街のフィールドに似てない?」
「どういうことなんだ。」
「おい!来るときに使った転移門がないぞ!!」
「何!?」
「転移結晶は使えるのか!?」
「転移!!アルゲード!!」
「使えない!?まさかこの層より下には戻れないのか!?」
「まさか!!」「そんな!?」等の声が上がったそれはそうだ、これじゃ下の層に戻ることは出来ずに、攻略が進んだ情報が回せない。
(情報。そうだ、あいつなら。)
メニューウインドウからメッセージを送ろうとしたが、送れるのが、この層にいるメンバーだけだった。
「くそ!!メッセージも無理なのか!!」
「ん?なんだこりゃ。」
「どうしたんだクライン。」
「嫌な、アイテムを取り出そうとしたら、文字化けしてわかんねーんだ。それに、スキルの熟練度が下がってるスキルがあるんだ。」
「そんなわけ」
おれはアイテムストレージを見てみたが、確かに文字化けしている。
二刀流と片手剣熟練度も下がっている。
「ん?なんかこのアイテムの文字だけ光ってる?」
おれはそのアイテムを押し、実体化させるボタンをタッチした。
「ね、ねぇ、キリト!!ネックレスが!?」
「え!?」
ユウキの方を見るとネックレスが宙に浮いて、光と共に形を変えた。
「ふぃー、やっと出られました♪」
「ユイちゃん!?」
「ユイなのか!?」
「お久しぶりです。パパ、ママ♪」
「なんで戻れたんだ?」
「パパが私のプログラムを消される前にネックレスにし、その後に私のMHCP-01は消した事になりました。どこにもデータが残っていなければそう思いますよね。それで私は感情模倣プログラムをつけられたNPCに扱われました。それで、出ようとしても出れなく、どうにかしようとして、今に至るわけです。」
「ええと?つまりどういうこと?」
「う~ん、私のダミーが消え、本物の私が生き延びた。ってことですね。」
「それって、カーディナルにばれないのか?」
「前みたくコンソールに触れなければ大丈夫です。カーディナルがしていることはクエスト作成とNPCに売るアイテムの相場をいじるだけです。」
「じゃあ!!」
「はい。私はパパとママの子供として過ごせます♪」
ユウキは泣きながら嬉しがっていた。回りにはクラインやエギル、アスナ、ケイタ、ササマル、ダッカー、テツオ、サチと言った、信頼できるメンバーだけだったので助かった。
「とりあえず、主街区に行こう。」
「ここの層は全体的に難易度は高くありません。そこの森を進むと近道です。」
「なら行くか。」
「キリト君、あとで説明してよね。」
「はい。」
森を進んで行くと、フレンジーボア、ウインドワスプ、センチネル、と言った、低層のモンスターだけだった。その上弱い。レベルの表示は60ちょっとしかない。
「どういうことなんだ。これは?」
「キリト、プレイヤーがいるよ。」
ユウキの見ている方向を見ると確かにいた。金髪のポニーテール、長い耳、背中に可愛く生えた羽の様なもの、どう見てもプレイヤーではなく、NPCだった。だが、妖精型のNPCは初めて見た。恐らくユウキが間違えたんだろう。おれはクエストを受けられるかどうか聞くために近づいてみると、こちらに気付いたのか振り向いた。
「お兄ちゃん!?」
「え!?」
「やっぱり、お兄ちゃんだ!?」
「え?どういうことだ!?確かに妹はいるけど全く似てないぞ!!」
「お兄ちゃん!!耳かして!!」
おれは首に腕を回され、耳に近づくとおれにしか聞こえないように小さな声で喋った。
「桐ケ谷和人でしょ。お兄ちゃんの名前。」
「え!?おれの名前を知ってるってことは!?」
おれはリアルだと不本意だが、引きこもりのゲーマー、要するにニートの様なものだ。だからおれを知っている人なんて片手で数えられる人数だ。
「もしかして、《直葉》?《桐ケ谷直葉》なのか!?」
「そう!!」
「キリト♪その人は誰なのかな~♪」
顔は笑っているが、見るからに怒っているのは確かだ。どうにかしようとした瞬間、直葉が動いた。
「はじめまして、《キリト君》の妹の《リーファ》です。」
「い、い、妹ー!?」
「おいー!!スグーー!!ばらすなよ、どうにかしようとしたのに!?」
「え!?本当に兄妹!?」
「はい♪」
「こ、こここ、こちらこそはじめまして。キリトの奥さんのユウキです。」
「はい。って、え?奥さん!?」
もうこの後はごったごたになってしまった。アスナ達はポカーンとしている。
「もう今日は問題だらけだな。」
「ホントだね。ボスの攻撃の一撃死、ラスボスの正体看破、76層以下には戻れない、アイテムは文字化けするし、スキルの熟練度が下がるし、ユイちゃんはネックレスから元の姿に戻るし、キリトの妹が出てくるし。」
「なんだかまた、問題が起きそうだよな。」
そのキリトの予想は的中した。
「きゅる♪」
「ほら、きゅる♪って、え?きゅる!?」
後ろを振り向くと、青いもふもふの毛をつけているモンスターがいた。嫌、正確にはモンスターではなく、
「ピナー!!どこいったのー!!」
どこかで聞いた声が森に響いた。
「シリカー!!こっちこっち!!」
「あ!?ユウキさん!!」
シリカはこちらに気づき、走ってきた。
「ピナ!!やっと見つけたよ!!」
「なんでもうこの層にいるんだ?」
「アルゴさんから聞いたんです。75層は突破されたけど、なにか様子が変だって。」
「あいつ情報早すぎだろ!!」
「倒してから一時間たってないのにね。」
アハハと苦笑いしながらユウキが呟いた。
「まぁ、主街区に早く行かないと夜になるし、話はそっからだな。」
「パパ、主街区はもう目の前ですよ。」
「解ったよ、ユイ。」
頭を撫でてやると、ユイは嬉しそうに笑い始めていた。
「ん?キリト。なんかノイズみたいなの走ってない?」
「え?どこに?」
「あそこ。あの、主街区の近くの空。」
ユウキとスグに言われた方を見ると、確かにノイズのようなものが走っていた。
「あ、なにか出てきた。」
ユウキがそう呟いた瞬間、キリトは走り出した。ユウキ達には遠目で見えて居なかったのか、出てきたのは、人だ。
「間に合え!!」
キリトは出てきたプレイヤーを受け止めようとしたが、間に合わないと解り、その場で滑り込み、自分を下にしてぎりぎりの所で受け止めた。
「ふぅ。」
「キリトー!!どうしたの!?」
「プレイヤーが落ちてきたんだ。」
「どう言うことなの!?」
「とりあえず、宿屋に行って寝かせるしか無いな。アスナ、この子を背負ってくれないか?」
「え?」
「この子は女の子だ、このままおれが背負ってたらハラスメント警告コードに引っ掛かって、おれは監獄行きだ。」
キリトの上に乗っているプレイヤーは、黒髪のショートの女の子だった。確かにこのままだと、キリトは監獄に飛ばされる。キリト程の実力者が攻略組から抜けるのは、相当な痛手だ。
「解ったわ。」
「おーい!!アスナー!!」
またもやどこかで聞いた声だった。
「リズ!?」
「なによ、そんなに驚いて。最前線で問題が起きたそうだから来たのに。」
「そういえば、どんな問題が起きたんですか?」
「もうすぐ主街区だから歩きながら話すぞ。」
キリトは主街区まで歩きながら、手短に話をした。
「え!?じゃあ、もう下に戻れないの!?」
「そう言うことだな。」
「あぁ、私の、リズベット武具店が。」
「ま、まぁ、また同じような店を、って、二人共、スキル値が減ってるんじゃ!?」
二人は自分のウインドウを開くと、
「あ!?確かに減ってます。」
「わ、私のも。」
「リズに至っては、メイスだけじゃなくて、鍛冶スキルまで減ってる。」
「う、う~ん。」
「あ!?目が覚めた?」
「ここはどこ?」
「どこって、アインクラッドの76層だけど。」
「アインクラッド?」
「君の名前は?」
「え?《朝田詩乃》だけど。」
「それはリアルの名前だろ。この世界でリアルの名前は出しちゃダメだろ。」
「この世界?どういうこと?」
「どうなってるんだ?」
「ねぇ、右の人差し指と中指を揃えて下に振ってみて?そしたら、一番上に名前が書いてる筈だよ。」
「わ!!ホントに出た。え~と、シ、ノン?それが私の名前みたい。」
「そうか、シノン。この世界に来る前に、なにかあったか覚えてないか?」
「解らない。」
「そうか、ならスグ、リアルだと、SAOに囚われた人達はどうなったか知ってるか?」
「うん、SAOに囚われた人達は本当に死んでるよ。お兄、キリト君のいる病院でも、何人かね。」
「そうか。」
皮肉にも、リーファがこの世界に来たため、現実のSAOのプレイヤーが死んでいる事がわかった。
「で、お前達はどう、て、エギルどこ行った?」
「あれ?そういえばいないね。」
「おーい!!お前達!!こっちに来ーい!!」
主街区の中から声が聞こえたので、そちらを向くとエギルが大声を出し、こちらに手を振っていた。
「なんだ?エギル。」
「実はな、おれ、ここの店を買ったんだ。」
「は!?」
「そんな金、どこにあったんだ!?」
つい先程のヒースクリフとの勝負の時にキリトが言っていた、「儲けの殆んどを、中層ゾーンのプレイヤーの育成に使ってるの」と、キリトは言っていたので、金は殆んど無いはずだった。
「おいおい、おれ達がさっきまでやってたのはなんだ?ボス戦だろ。それでおれは使わないアイテムを売って、この店を買ったんだよ。」
「そう言うことか。」
「この店は結構良いぜ、なんせ、飯屋も宿屋もできる。」
「へぇ。」
「お前達はどうする?宿代、安くしとくぜ。」
これを聞いて、リーファとシノンはすぐに手をあげた。おれ達も少々悩んだが、なんせ、他に宛は無かったので、泊まることにした。
「じゃあ、全員、好きな部屋に入っててくれ。」
「おれとユウキとユイは同じ部屋だな。」
「うん♪」
「はい♪」
「んじゃ、おれ達は別々だな。」
全員がエギルの店に入り、それぞれが自分の部屋に入っていった。
部屋の中で
「所で、ユウキは何のスキルが減ったんだっけ?」
「え~とね、片手剣と空絶剣だね。料理スキルと裁縫スキルはちょっとしか減ってないよ。」
「おれのは、片手剣と二刀流と体術スキルだった、釣りスキルもちょっとしか減ってない。」
「どう言うことなんだろうね?ユイちゃん、なにか解る?」
「解りません。何故か皆さんが頻繁に使うスキルが減少しています。」
「そうだね、ぼくの細剣スキルは減ってないからね。」
「まぁ、また上げ直すとして、明日はどうする?」
「ぼくはユイちゃんとお買い物かな、なんの食材アイテムがあるか見たいし。」
「じゃあ、おれはダンジョンに行ってくる。」
「じゃあ、もうそろそろ、寝ようか♪」
ユウキがそう言い、一つのベッドに3人が並んで眠った。